竜神 - みる会図書館


検索対象: 日当たりの椅子
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1. 日当たりの椅子

そのさまは恰も目に見えぬ竜神の太い腕が、カに任せて一気に屋根を剥ぎ取り、空中へほうり 出すかと思えるのであった。 「これは怒りんボの竜神がまた何か気に障ってるにちがいない」 と私と娘がいし 、合っていると漁師から電話がかかって来た。 「センセ工、だいじよぶかい。何ともない ? 」 「ありがと。今んとここっちはだいじよぶだけど、下はどう ? 」 「オランチはなんともないけど、竜神さんの祠が飛んだよ」 「竜神さんの祠が ? で、例の崖はどう ? 崩れた ? 」 「いや、あっちはなんともない。今度のは雨が少いからね。風だけだから」 そうか。竜神さんもやつつけられているのだとしたら、今回は竜神さんが怒ったのでは なかったのだな。 ん しかしたださえ怒りんボの竜神さん、やつつけられたとなれば、また怒り出すかもしれない。 集落の者がやつつけたわけではないのだが、怒りんポだから集落に八ッ当りしてくるかもしれ神 の 翌日、私は山を降りて行った。竜神さんのご機嫌を伺いに出かけたのである。シロイトの集 落の東の外れに近い崖下に、祠を失った竜神さんは緑色のビニ 1 ルシートにくるまれていた。 竜神さんのご神体は高さ一メートルほどの黒っぱい自然石で、草書体で「龍神」と彫ってあ

2. 日当たりの椅子

「村人が私の偉大な力を知らない筈はない。きっと恐れているにちがいない」 毎日そう思っては、村人が祀ってくれる日を今日か明日かと待っているのだが、一向に集落 にはその気配がない。 竜神はイライラし出した。そしてある日、ついに我慢が出来なくなって暴れ出した。緑色の 沼の水を波立てかきまわしたので、沼の水は溢れて地盤がゆるんで崩れ、崖下の道は土砂に埋 もれてしまった。 「どうだ ! わかったか ! 」 竜神はそう叫んで村人の様子を眺めたが、一向に村人は竜神の存在に気がっかない。 「どしてこう年がら年じゅう、この崖は崩れるんだア ? 」 と不思議がっている。 これでもか、これでもか、と竜神は暴れた。村人は集まって思案を廻らすが、それでも竜神ん 神 の怒りであることに気がっかない。 親と子供との間にも似たようなことがある。子供は一所懸命に暴れてわるさをし、おとなにの かまってもらえない欲求不満を報らせようとしているのだが、おとなは少しもそれに気がっか ず、 「ほんとにこの子はきかない子だねえ。 いったい誰に似たんだろ」

3. 日当たりの椅子

る。竜神のご神体とはどのようなものかと思っていたが、石とは知らなかった。一緒に行った 8 よろず屋のアベさんの話によると、その石は何でも昔、シロイトの漁港を作ろうと浜を掘って いたら土の中から出て来たのだそうである。 「そうだったの : : : でも、なぜそれを竜神と決めたの ? 」 「う 1 ん、なぜ決めたんだろね」 「見たところ、べつだん形が竜に似てるというわけでもないわね」 「そうだね」 「その石が出たときに、何か異変でもあったのかな」 「どうだかねー アベさんはいっこ。 「ともかく、その石を竜神と決めたんだ」 「なるほどね」 ここが何とも面白い。格別竜の形に似ているわけでもないし、天からお告げがあったわけで もない。浜を掘っていたら大きな石が出て来た。でつかい石だな、ともかく竜神にしよう : どうも釈然としない話だが、釈然としないところをその そういうことでご神体が出来た : ままにしてあるところが面白い アベさんは説明した。

4. 日当たりの椅子

「きっとおばあちゃんの根性ワルが遺伝してるのよ、これツー ッわよ ! 」 と殴ったりする。 わかってもらえない孤独にいよいよ暴れる子供と同じように、気の毒な竜神はとことん暴れ たらしい。そして一方漁師たちは相談に集まってはただ途方に暮れるばかりであったという。 ところがある日、一人の男が夢を見た。夢枕に竜神が現れて、自分を祀らなければもっとも っと暴れるそ、と憤怒したのである。男がその夢の話をすると、全く同じような夢を見た者が 四人も五人も出て来た。 そんなら、というので早速、竜神を祀ったところ、不思議なことに崖が崩れて道が塞がると いうことはなくなった。しかし、その祭を忘れると、必ずまた大雨が来て崖が崩れるというこ とも伝えられているというから、この竜神はよくよく怒りつぼい竜神なのである。 昨年の夏、北海道を襲った颱風は、四十・四メートルという風速でシロイトを通って行った。 しやもう、とにかく、「ものすごい」としかいいようのない景色だった。 海は低く垂れこめた雲に包まれて、泥色に濁ってひっくり返り、柏の林からは一斉に吹きち ぎられた柏の葉が、黒い灰のように渦巻きぶつかり合いながら空間を横切って消えて行く。牧 場の赤い屋根、青い屋根が一か所剥がれたと思うと、るみるめくれ上って屋根は裸になる。 いけません ! きかないと・フ

5. 日当たりの椅子

値切っているのを聞いて、また竜神さんは怒るかもしれない。 百二十万円は漁師の頭数で割って負担する。 「じや私もその仲間に入れてちょうだい」 「そうかしいいのかい」 「だって私も部落の一員だもんね」 わざと大きな声でいったのは、竜神さんによく聞いておいてもらいたいためである。この後、 何かあったとき、あのとき、寄附をしなかったからといって、怒りに来られると困る。その私 の気持を察してか、 「竜神さん、ここにいるセンセ工も寄附してくれて、近いうちに祠を建てますから、辛抱して ください」 とアベさんは竜神さんに挨拶した。 シロイトにはまたこんな伝説もある。 シロイト部落の外れにあるシロイト橋には、橋の主として大蛸がいたという。その大蛸は実 に巧みに人間に化けて、道を行く人を驚かせた。 「ある時はみめうるわしい若い僧に身をやっして橋上にたたずみ、笛を吹いてもの悲しい調べ を奏でながら、月の光を浴びつつ橋の袂で近づく人を待っていた」

6. 日当たりの椅子

私の「山の上の家ーが属している集落はシロイトという。またシリエドともいう。両方とも アイヌ語で「小さい岬」という意味である。 シロイトの外れは切り立った崖になっていて、今はその下を国道が通っているが、昔はその 上に大きな沼があった。 「その沼は無気味な静けさの中に横たわり、水の色は青葉のかげがうつっているかと思われる くらい、緑の色が濃かった。底知れないこの沼の底は、地獄の道に続いているかと思われて、 のそき見るのも恐ろしい程であった」 とロ碑伝説にある。 その沼に竜神が住んでいた。 竜神は「私はこの沼の主である」とひとり呟いて集落の漁師たちが祀ってくれるのを待って シロイトの竜神さん

7. 日当たりの椅子

ったのであれば、それに報いなければまた神サマに怒られるではないか。 町史にも漁民が祀ってくれないからといって、シロイトの竜神が暴れた伝説が書かれている。 また竜神のご神体である石がひっくり返っていたのに、誰も気がついて起そうとしなかったと いうので、昆布採りの舟が毎日のように次々にひっくり返ったという話もある。 シロイト神社の神サマは竜神とは違うとはいえ、ここいらへんの神サマは、つこ、 しオしに怒りつ ばく出来ているのかもしれない。 「けど、オレらとしては、神サマにいし 、と思ってしたことなんだけどな」 と自治会長のヤマグチさんは不服そうである。 「山の上に社があった時は、登って行くのがメンドくさいもんで、誰も拝みに行かないべ。サ イセンの上りも少なかったもんな」 「そうだ、それで下へ降ろしたら、サイセンもすつごく増えたしな。よかったよかったってい ってたんだよな」 おサイセンが増えて喜ぶのは人間の方で、神サマとしてはべつにどうということはないので ーなしか、と思うのだが。 「つまり、社を下へ降ろしたのがいけないというよりも、神サマに移っていただくための儀式 をちゃんとやらずに降ろしたのがよくなかったらしいのよ」 私がいうと、三人はますます不服そうに顔を見合せた。

8. 日当たりの椅子

「ヤマグチのおじいさんが若い時分、昆布採りに舟が出るとひっくり返って、みんな怪我をし たり溺れたりしたんだってさ。それが一週間ほどっづいたんだ。あんまり毎日、舟が沈むもん だから、さすがになんだろうなんだろうってことになったんだよね。したら、この竜神さんが ひっくり返ってたんだってさ。その頃は祠はなくて、道端にただ立ててあっただけなんだよね。 それがどういうもんだか、ひっくり返ってたんだ。それでもとへ戻したら、その時から何とも なくなったっていうもね : : : 」 「ひっくり返ってるのに誰も起してくれないから怒ったってわけ ? 」 「うん、まあそうなんだろうね」 全くよく怒る竜神だ。 たてよこ よく見るとご神体の石は縦横にセメントの接ぎ目がある。その接ぎ目はその時のものかもし れない。転がっただけじゃなく、割れたので怒り狂ったのかもしれない。 過去にそんなことがあったので、今度も早急に祠を建立しないと、ビニールシートにくるんん でいるだけではまたいっ怒り出すかわからないのである。 の 「じゃあ早く祠を作った方がいいわね」 「うん、みんなそう思ってるんだけどね、アタマ痛いんだよ。百二十万かかるっていうんだよ シ ね。もう少しマケてもらいてえと思うんだけども神サマのことだから、あんまり値切ってもよ くないんじゃないかっていう者もいたり : : : 」

9. 日当たりの椅子

山の上のセンセ工 長椅子の黒光り シロイトの竜神さん トクさんの八木節 屋根の上の足音は 物置小屋がありますか 神サマの八ッ当り マグニチュード 1 水道見物 エリモの爆竹男 ″仔馬〃のママの心中事件 90 79 工 02

10. 日当たりの椅子

「センセ工の本、読んでる人がいたぞ ! 」 とある日、若い漁師が私を呼びとめて、びつくりしたようにいった。おかみさんがお産をし て町の病院に入院したので見舞に行ったら隣のべッ トの人が私の本を読んでいたという。 「センセェでも、本、読まれてんだな」 「そりやね、いくらか読者はいるわよー 「てえしたもんだ」 と・伐よ、つこ・、、 ーしオカ感心したのかしないのか、よくわからない。ただ驚いただけらし、 つまり、私はそんな町で毎年夏を過すのである。この町に私には何人かの親友が出来た。こ の町の隣の隣のそのまた隣町あたりにも親友が出来た。不動寺というお寺のお坊さんもその一 人である。 坊さんの名は山口つあんという。坊さんだがなぜか、「センセェ」と呼ばれている。この人 も「先生」ではなくて「センセェ」の方らし い。だから私と気が合う。 山口センセ工はいろいろな修行をして、病気を見透したり治す力を持っているので有名であ 「こりや、狐が憑いとんな」とか、 「こりや、竜神さんのたたりじゃな」 っ