ヨシ子は「牧場のオトコ」と仲よくなったんだ、とアベさんは、つこ。 ある昼下り、ヨシ子に電話をかけて来た。電話を聞いてヨシ子は、 「ちょっとそこまで行ってくるから」 といってジーンズにツッカケという軽装で店を出て行った。 「そして、そのまま帰って来ないんだよな」 アベさんはいっこ。 「そのまま、ツッカケ履いて死んだんだ」 「それよ、つこ、、・ ーしオしとういうこと ? 無理心中なの ? 」 「それがどうもね、よくわからないのさ。ちょっと行ってくるよって出て行ったまんま、夜に あくるひ なっても帰って来ないもんだから、姉の方はひつどく心配したんだよね。それに翌日になって も帰って来ないべさ。警察に頼んだりなんかしてたんだけどそれがわからないんだね : : : した ら手紙が来たんだよ。エリモから」 「エリモへ行ってたの ? 」 「うん、エリモの旅館に泊ってたんだね」 「牧場のオトコと一緒に ? 」 「そうだよ、ツッカケ履いてエリモまで行ってたんだね」 「手紙にはなんて書いてあったの ? 」 しオ「牧場のオトコ」は
値切っているのを聞いて、また竜神さんは怒るかもしれない。 百二十万円は漁師の頭数で割って負担する。 「じや私もその仲間に入れてちょうだい」 「そうかしいいのかい」 「だって私も部落の一員だもんね」 わざと大きな声でいったのは、竜神さんによく聞いておいてもらいたいためである。この後、 何かあったとき、あのとき、寄附をしなかったからといって、怒りに来られると困る。その私 の気持を察してか、 「竜神さん、ここにいるセンセ工も寄附してくれて、近いうちに祠を建てますから、辛抱して ください」 とアベさんは竜神さんに挨拶した。 シロイトにはまたこんな伝説もある。 シロイト部落の外れにあるシロイト橋には、橋の主として大蛸がいたという。その大蛸は実 に巧みに人間に化けて、道を行く人を驚かせた。 「ある時はみめうるわしい若い僧に身をやっして橋上にたたずみ、笛を吹いてもの悲しい調べ を奏でながら、月の光を浴びつつ橋の袂で近づく人を待っていた」
トクさんを探したければ、葬式か祭を探せば必ずいるといわれている。若い頃、トクさんは この町の光昭寺という禅寺で寺男のようなことをしていたが、その時に般若心経を少しばかり 聞き憶えたのを唱えに葬式へ行くのである。その般若心経は後半になると浪花節になる。トク さんはある時期、大黒座という劇場の呼び込みやビラ配りをしていた。大黒座には始終浪花節 がかかったので、それでトクさんは浪花節を聞き憶えたのである。 私はトクさんに是非一度会いたいものだと思っていた。 「トクはホイトだけど、盗みはしたことはないもな。ありや感心だ」 とい、フ人かいた 「けど、盆や彼岸の墓の供え物、みんな盗って食っちまうのはどしたもんだか」 と別の人がいった。 「しかし、トクにいわせれば、墓に供えたもんはみな烏が食っちまう。烏に食われるくらいな ら人間が食った方がいいべ、というんだ。トクは盗んでるんじゃないよ。烏の上前をはねてる 節 だけだ」 の と先の人がトクのために弁解した。 ん そんな話をきくと、ますますトクさんに会ってみたくなった。トクさんは太鼓の名手だといク う。トクさんが祭を好きなのは、太鼓が叩けるからだ。その太鼓はチンドン屋の親方に養って もらっていた時に憶えたものだ。トクさんは太鼓の代りにフライバンを叩く特技もあり、札幌
よ、といわれると、そうかなアという気にもなる。 私はちゃんにも好奇心を燃やした。ちゃんは身の丈一メートル七十はあるように見える。 体重も八十キロはかたい。黙ってテーブルについているだけで何もしゃべらない。ホステスら しい愛想はまるでない。皆が笑うと一緒に笑うだけだ。 「あれじゃあ、つく客もっかないべや」 という人もいるが、彼女の笑い声を聞くと、気だてのいい愛すべき女性のように私には思わ れるのだ。東京ではまず、彼女のようなホステスは見られない。出来れば小説に書きたいと思 う心が、冬の間の東京暮しのうちに強まって行った。それで町の雪が解ければ出かけようと 考えてシロイトのアベさんに電話をかけた。 「アベさん、雪はまだ解けない ? 」 「雪かい、もう殆ど解けてるよ。センセ工、来るのかい」 「銀座会館のちゃんのこと知りたくて」 「そうか、小説に書くのかいー とアベさんは呑み込みが早い。 「いいよ、そんならオレが調べといてやるよ」 簡単に引き受けてくれた。
っている。その中にアベさんがいる。テラスに立っている私に向って先頭のオオクポさんが近 づいて来た。 「センセ工、見かけなかったかい」 ホラ、おいでなすった。 「タカノのじいさん ? 」 「そうなんだ、どっかへ行って、昨夜帰って来ないんだ。それでこうして : : : 」 それは聞かなくてももうわかってる。 「それはご苦労さんね。まあひと休みして行ったら ? お茶でも飲んで」 「そうすっか」 「休ませてもらうべ」 一同はテラスに腰を下ろし、 「いい天気だなア」 「今日は昆布はよく採れるぞ」 タカノさんがおじいさんを探し始めた時、浜では丁度、昆布採りの旗が上って、皆が昆布採 りの支度をしているところだった。そこへタカノのじいさん、いなくなったぞ、という知らせ ーし力ないのである。 が来た。タカノのじいさんがいなくなった以上、昆布採りをするわけによ、、 そして昆布採りは中止になったのだ。 ゅんべ い合せたように草原の方に顔を向ける。
「いろいろ考えるもんやから、億劫になるのよね」 「何を考えるのよ ? 」 「飛行機が落ちへんやろか、とか」 「それに旅支度がたいへんやとか」 行くと決心してから出発の日まで落ち着かなくなって生活のリズムが乱れるのだという。 「どうして落ち着かなくなるの ? 」 「だって出発の日までには気温やお天気に変化があるでしよう。寒い日もあれば暖かい日もあ る。雨がつづいたりすることもあるでしよう。そのたびにスーツケースに詰めた衣類を入れた り出したり、雨がつづけばレインコートや折りたたみの傘を入れる。それがカラッと晴れ上る とレインコートはやめとこうか、なんて迷うし : : : 」 そんなら何日も前から荷造りなんかしなければいいのだ。荷造りは前日にすれば。 「そうはいかんわよ。気になってじっとしてられないもの。早目に支度をしておかんと忘れ物 の をするやないの」 あ 「忘れ物たって、たかが三日か四日の旅行でしようが。今は何でも簡単に買える時代だし」 っ という私の言葉も聞かず、 「風邪薬とか胃腸薬とか肩凝り性なのでトクホンとか、それに老眼鏡。それからカメラの使い 方も教わらなくちゃならないし、そうするとフィルムも何本かいるでしよう。それに目覚し時
ってもらおうとする男性が増えて来るかもしれない。 「女房には好きなように羽をのばさせておくことだよ。家が建ったのも君のおかげ、ゴルフへ 行けるのも君のおかげ、そういって感謝の言葉さえ惜しみなく使っていれば、飲み屋のツケだ って怒りながらだけど払ってくれる。浮気しても、ペコペコ謝ればそれですんでいくしねー 昔の女は生活力がなかったから、夫のふとした浮気にもたちまち生活の不安を感じて、生き るか死ぬかの大騒ぎをやらかした。その点、女房に生活力をつけさせておけばラクでい、。 そういって、なに皿洗い 、よ、洗っとく。洗濯もしてやるよ。きようの買物は何々だい ? よし、じゃあ帰 りにマ 1 ケットでハム二百グラムとアイビキ三百グラムだね。よしわかった、と気安く、機嫌 よく協力するので妻は満悦して、 「うちの主人は皿洗い、洗濯、料理、何でもしてくれるのよ。だって私、稼いでるんですもの。 向うはとやかくいえないわ。自分の働きだけじゃあ、これだけの生活出来ないもの」 と幸福ィッ。ハイでいる間はいしー 、ナれど、そのうちにいつの間にか、夫と子供の生活を必死で 守る働きパチとなって、 「昔の女はよかったわねえ : そうポャく日が来なければししカ 男と女がありのままに仲よく平等に生きて行くのは本当に難しいことです。
ゴが一個転がっている。 「うぬっ ! 今朝はリンゴか ! 」 と睨すえて娘を呼び、よく訊くと、前の晩遅く、娘が水を飲むために居間を横切ったとき にテーブルにぶつかって、リンゴを落したが、拾うのが面倒くさいのでそのままにしておいた とい、フ。 全く、こういう時にややこしいことをしてくれては困るのである。 私の神経はだんだん尖って来た。何か異変は起っていないかと、絶えず緊張しているために 人相が″巾着切り〃のようになって来た、と娘はいう。そういう娘の方だって、ロには出さな が怖い布いと思っているのだろう、″フン詰りの野兎〃とでもいうような顔になっている。 しかし居間から見渡す景色は何ひとっ変らず、快晴つづきの広い空の下に、海も山も草原も まるで平和と幸福の象徴のように輝いているのである。 私の家だけが目に見えぬ不気味な影に包まれているようで、照り輝いているあたりの風景が、 却って遠くよそよそしく悪意を孕んでいるように感じられるのだ。 屋根の上では時々、もの音がする。ゴトンといったり、ガタガタ・ ( チバチといったりする。 かって聞いたあのノッシノッシという足音ではない。烏が何か悪戯をしているのだと思えば思 しくらでもそう思える。 しかし、烏でないと思おうとすれば、、 えないことはない。 それまで別々の部屋に寝ていた私と娘は、一つの部屋に枕を並べて寝ることにした。夜、手
消えている。つまりそこで泥棒は靴を脱いだのである。そして整理簟笥の中の物を物色した しかし何ひとつ目ばしい物はなかったので、座敷からつづく居間に入った。だがそこでも盗 むべき金目の物は何ひとつなかった。もしかしたらモンべッさんとウケ先生が電灯の光を見上 げていた時、泥棒は居間のソフアに腰を下ろして、盗むべき何ものもないこの家の貧困ぶりに 呆れていたところであったかもしれない。 「何を盗まれましたか」 と警察の人に訊かれて答に困窮した私には、その時の泥棒の気持がよくわかる。 やがて泥棒は漸く盗むべきものを発見した。それはステレオの「ダイヤ針ーである。私はそ れがないことに気がついた。 「ダイヤ針がありません ! レコードの針を盗まれています ! 」 私の叫びを聞いて、警察の人はおもむろに手帖に「ダイヤ針」と書き込んだ。そして慰め顔 「針は針でも、ダイヤと名がつけば、やつばりダイヤを盗まれた、といえますな」 といって帰って行ったのであった。 ダイヤ針を盗んだ泥棒は居間の電灯を消し、座敷を通り、そこの電灯もちゃんと消して靴を 履いた。そうして廊下を通り、階段の途中の小窓から外へ出たらしい。 ( のであろう ) 。 よれ水道見物
の裏をかいてその船を爆破させる。海洋学者はファーの命を守るために外海に放す決心をして ファ 1 と別れる。 1 』と答えるのよね。。、 ってい、つのはと 「あのイルカがねえ、『ファー』と呼ばれると、『パ うさん、ってことね。最後に、『パ 1 』という声が波間から聞えてくるの、そこがたまらないの」 そしてその人はファ 1 の真似をして、 「。ハアー」と妙な裏声を出した。 その声を聞いた限りでは、それほど泣くような映画とも思えないのだが。 「で、サトウさんは ? あなたでもやつばり泣くことある ? 」 あなたでも、とは何だ。私だって木石ではない。感動すれば大いに泣く。 「私は『ドー ベルマンギャング』を見て泣いたわ」 「『ド ーベルマンギャング』って、悪者がド 1 ベルマンを使って銀行を襲撃させる話でしょ ト 1 ベルマンが犬にだ それがなぜ泣けるのか、と相手は不思議がる。よく訓練された五匹の・ け聞えるという音波を出す飼主の笛に従って、一匹ずつ銀行へ入って行き、人々を威嚇して胴 にくくりつけられた袋の中に札東を詰め込ませ、順々に引き上げて行く。いかにも賢げに耳を ビンと立て、山奥のワルモノの巣窟に向ってまっしぐら。ひた走りに走る。その一心不乱の姿 に私は泣けてくる。 2 ー 0