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検索対象: 死刑囚最後の日
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1. 死刑囚最後の日

1 、日」年 ~ い / 、 ・、く囚人用のバケツから汲み取られた薄いスープの分前、敎育を受けて啓發されてる 身でありながら、手荒く取扱はれ、看守や監視等から虐待され、一言言葉を交はすに足りる者と 思ってくれる一人の人もなく、自分のしたことに絶えす戦き、 & 、らどうされるたらうかといふ ことに絶えす戦いてる、たゞ殆んどそれだけのことが、死刑執行人が私から奪ひ得るものではな あゝ、それでもやはり、恐ろしいことた ! 四 黒い馬車は私を此處に、この呪はしいビセー トルに連んだ。 或る距離を〈だてて遠くから見ると、この建物は或る嚴かさを持ってゐる。丘の上に地平線上 に擴がってゐて、昔の光輝の多少を、王城の樣子を、なほ失はすにゐる。然し近寄ってゆくに從 って、その宮殿は破家となってくる。破損してるその切阿は見るに堪へない。何とも云へぬ寢し い見すばらしい風が、その堂々たる正面を穢してゐる。壁は病やみみたいである。もう硝子戸 もなければ、硝子窓もない。交叉してる太い鐵格予がついてゐて、それのあちらこちらに、囚人 や狂人のれた顏がくつついてる。 それは目近に眺めた人生だ。

2. 死刑囚最後の日

110. 「今日は、サムソン先生 ! 」と鐵柵にぶら下ってる子供等は叫んだ。 一人の助手が彼に續いて乘った。 「ひや / 、、どんたく先生 ! 」と子供等はまた叫んだ。 彼等は二人とも前部の腰掛に坐った。 こんどは私の番だった。私は可なり確かな態度で馬車に乘った。 「しつかりしてる ! 」と憲兵等の側の一人の女が云った。 その不逞な讃辭は私を元氣づけた。牧師が私の側に來て席を占めた。私は馬の方に背を向けて 後ろ向きに、後部の腰掛に坐らされたのだった。さういふ最後の注意を見て取って私はぞっとし 彼等はそれを人情のあることだとしてゐる。 私はあたりを見廻してみた。前には憲兵等、後にも憲兵等、それから群集に群集に群集、廣場 の上はまるで人の頭の海だった。 鐵門のところに、騎馬の憲兵の一隊が私を待ってゐた。 將校は命令を下した。荷馬車と附添の行列とは、賤しい群集の喚藤で押し進めらる、やうに動 き出した。 鐵門を通過した。馬車がポン・トー・シャンジの方〈曲った時、廣場中が鋪石から屋根に至 るまでどっとわき立ち、方々の橋と河岸とが應〈合って、地震のやうな騷ぎになった。 こ 0

3. 死刑囚最後の日

こんできたのだらう、と私達は思った。 見に行ってみようと私逹は決心した。私は立上って蝋燭を取った。友人等は順実についてきた。 私逹は隣りの寢室を通った。妻は子供と眠ってゐた。 それから私達は客間に出た。何の變りもなかった。宵像はどれも赤い壁布の上に金枠の中にち っとしてゐた。たゞ客間から食堂へ通する扉が、いつもの通りでないやうに私には思へた。 私逹は食堂にはひった。そして一廻りした。私は眞先に歩いた。階段の上の扉はよく閉ってゐ たし、窓もみなさうだった。爐の側まで行って、見ると、布巾戸棚が開いてゐて、その扉が壁の 隅を隱すやうにそちらへ引張られてゐた。 私はびつくりした。扉の後ろに誰かがゐると私逹は思った。 私はその扉に手をかけて戸棚を閉めようとした。扉は動かなかった。驚いて一層強く引張ると、 扉はふいに動いて、私逹の前に一人の老婆の姿が現はれた。背が低く、兩手を垂れ、眼を閉ち、 不動のまゝで、つっ立って、壁の隅にくつついたやうになってゐた。 何かしらひどく醜惡な感じたった。今考へても髮の毛が逆立つほどである。 私はその老婆に尋ねた。 「何をしてるんだ。」 彼女は答へなかった。 % 私は尋ねた。

4. 死刑囚最後の日

或る日子供の頃、ノートル。ダームの釣鍗を見に行った時のことを、私は覺えてゐる。 丿ーを足の下に見て、私 薄暗い螺旋階段を登り、二つの塔をつないでる細長い廻廊を通り、パー 潮の川がある、他の男と私自身との血がある。 もし他日私の經歴を讀む者があったら、潔白と幸一碣との多くの年月の後に、犯罪で始まり刑罰 で終るこの呪ふべき年があらうとは、恐らく信じかねるだらう。この一年は不釣合ひな感じを へるだらう。 それにしても、慘めなる法律と慘めなる人間等よ、私は惡人ではなかったのだ。 おう、數日間後には死するのか。そして、一年前のかういふ日には、私は自由で淸らかで、秋 の散歩をし、木立の下をさまよひ、木の葉の上を歩いてゐた、といふことを考へるとー ・ド - ジュスティスの建物とグレーヴの廣場とを取卷 今この時間に、私のまはりには、。、レ いてる人家の中には、往き來し、談笑し、新聞を讀み、自分の仕事のことを考へてる、多くの人 人がゐる。物を商ってる商人逹、今晩の舞踏會の長衣を用意してる若い娘達、子供と遊んでる母 親逹がゐる。

5. 死刑囚最後の日

その十個の文字の組合せ、その風采、その顏付は、恐るべき観念を呼び起させるやうに出來て ゐる。その機械を考案した不幸の醫者は、宿命的な名前を持ってゐたものだ。翁衵い 餮者 Guil- lOtin その醜惡な名前で私が想起する形象は、漠然とした不足なものであって、それだけにまた不氣 味なものである。名前の一綴々々がその機械の一片みたいだ。私はその各片で、異樣な機械を頭 の中で絶えす組合せたり壞したりしてみる。 それに就ては誰にも一言も尋ねかねるのではあるが、然しそれがどんなものであるかも分らす、、 どんな風にしたらよいかも分らないといふのは、恐ろしいことだ。何でも、一枚の跳板があって、・ 俯伏しに寢かされるらしいが : 。あゝ、私は百が落ちる前に頭の毛が白くなってしまふことた けれども、私は一度それを瞥見したことがある。 或る日午前十一時頃、馬車でグレーヴの廣場を通りかゝった。すると焉車は突然止った。 廣場は雜沓してゐた。私は馬車の扉口から覗いてみた。賤しい群集が廣場と河岸とに一杯にな ってゐて、河岸の胸壁の上にも女や男や子供等が立ってゐた。群集の頭越しに、三人の男が組立 ててる赤い木の臺みたいなものが見えた。

6. 死刑囚最後の日

その時、彼が私に差出してる煙草入は間を距ててる金網にあたった。それも、馬車の動搖のた めに可なり激しくぶつかって、開いたまゝ憲兵の足の下に落ちた。 「金網の奴め ! 」と執逹史は叫んた。 彼は私の方へ向いた。 「これはどうも、困りました。煙草をすっかりなくして ! 」 「あなたよりもっと多くのものを私はなくしてゐます。」と微笑みながら私は答へた。 彼は煙草を拾はうとしながらロの中で呟いた。 「私よりもっと多くのものだって ! 云ふだけなら容易いさ。パリ 1 まで煙草なしとは、ひど いことだ。」 その時敎誨師は彼に少し慰めの言葉をかけた。私は他に氣を向けてたかも知れないが、とにか くそれは私には、私が初め受けてた説敎の續きのやうに思はれた。そして少しづつ、牧師と執 吏との間に會話が始まっていった。私は彼等の方を話すまゝにさしておいて、自分の方では考へ 始めた。 市門に近づいてゆくと、やはり私は他に氣を奪はれたには違ひないが、パ ーが平素よりも騷 騒しいやうに思へた。 馬車は一寸入市税關所の前に止った。市の税關吏が馬車を檢査した。もし羊か牛かを屠殺所に 運ぶのたったら、彼等に金袋を一つ投げ出さなければならないだらう。然し人間の百は常然何も

7. 死刑囚最後の日

直ちに、扉や、窓や、屋根を越して、たとひそれらの桁構に自分の肉を殘さうとも ! お、、畜生、惡、呪はれてあれ ! この壁を破ることは立派な道具でしても數ヶ月はかゝるだ らう。然るに私には一本の釘もない、一時間の餘裕もない。 調書の云ふところに從へば、私はこゝに移送された。 然しその旅のことは語るたけの値打がある。 七時半が鳴った時、執逹史はまた私の監房の入口に現はれた。彼は私に云った。「迎ひに來ま した。」あゝ、彼だけではなく、他の人々もー 私は立上った。一歩進んた。が二歩とは進めないやうな氣がした。それほど頭が重く足が弱っ てゐた。それでも私は氣を取直して、可なりしつかりと歩いていった。外に出る前に、監房の中 を最後に一寸見廻した。 私はそれを、自分の幽閉監房を好きだった。 それから、私はそ れを本虚な打開いたまゝに殘して外に出た。そのため監房は妙な有樣に見えた。 けれども、監房は長くそのまゝではないだらう。鍵番等の云ふところによれば、誰かが、丁度 今頃重罪裁判廷で拵へられてる一人の死刑囚が、晩にはやって來る筈になってゐる。 臨下の曲り角で、敎誨師が私に加はった。彼は食事をしてきたのたった。 コンシェルジュリーにて

8. 死刑囚最後の日

そして、彼女は私より先に、蜜蜂の胸のやうにすらりとした體と小さな足とで、脛の半ばまで 長衣をまくらしながら駈け出し始めた。私は後を追っかけた。彼女は逃げた。彼女の黒い肩衣は 時々駈ける拍子に風を受けてまくれて、その褐色の瑞々しい背が私に見えた。 私は夢中になってゐた。れた古い水溜の近くで彼女に遉つついた。打勝った元氣で彼女の帶 のところを捉へて、ひとむらの芝生の上に坐らせた。彼女は逆らはなかった。息を切らして笑っ てゐた。私は眞面目だった。彼女の黑い睫毛越しにその黑い眸を眺めてゐた。 「お坐りなさいよ。」と彼女は私に云った。「まだ明るいわ。何か讀みませう。御本を持ってい らしって ? 」 私はスパランツアニの旅行記の第二卷を手にしてゐた。いゝ加減のところを開いて、彼女の側 に寄った。彼女は私の肩に自分の肩をもたした。そして私逹は同じ頁を別々にごく低く讀み始め た。頁をめくる前に、彼女はいつも私を待たねばならなかった。私の頭は彼女ほど早く進めなか 「濟んで ? 」と彼女は私がまだ讀み始めたばかりなのに聞くのだった。 そしてるうちに、私達の頭は觸れ合ひ、髮の毛は一緒になり、息は第に近よって、突然ロと ロとが合さった。 また讀み續けようとした時には、本に星が出てゐた。 「あゝ、お母さま、お母さま、」と彼女は家の中に戻ると云った、「あたし逹はそりゃあ走った

9. 死刑囚最後の日

は幽靈なんぞ怖がりはしない。大丈夫た。 わしの住所はな、ポパングール兵營 < 階段二十六 號室、廊下の奥だ。わしの顏を覺えててくれるだらうね。ーーー今晩の方が都合がいゝっていふん なら、今時來てくれよ。 私はその馬鹿者に返辭するのも下らない筈だったが、その時或るをかしな希望が頭に浮んだ。 私のやうに絶望的な地位に在ると、人は時として、一筋の髮の毛ででも鎖が斷ち切れるやうな氣 を起すものである。 「では云ふがね、」と私は死に臨んでる者としては出來るたけの假面を被って云った、「全く僕 は、君を王樣より金持にならせることが出來る。何百萬となく儲けさせることが出來る。 ゝ一つの條件がある。」 彼は呆然と眼を見張った。 「どういふ條件だ、どういふ條件だ。何でも君の望み次第た。」 「番號を三つどころか、四つも知らしてやらう。たから、僕と服を取換へるんだ。」 「それだけのことなら ! 」と彼を叫びながら制服のホックを外し始めた。 私は椅子から立上ってゐた。そして彼の動作を見戍ってゐた。胸は動悸してゐた。もう既に、 憲兵の制服の前にどの扉も開き、それから廣場、街路、そしてパレ ー・ド・ジュスティスの建物 は後ろに遠くなってゆくのが、眼に見えるやうだった。 然るに、彼は不決斷な樣子で振返った。

10. 死刑囚最後の日

のつもりでそんなことを云ひ出すんた。」 こ。「ほんの一寸た。これだけのことた。もし君が一人の氣の 「まあ聞いてくれ。」と彼は答へオ 毒な男の幸をはかってやることが出來て、それも君に何の迷惑も及ばさないことたったら、そ れでも君はそれをしてくれないといふのかね。」 私は肩を聳かした。 「君はシャラントンの顛狂院からでも來たのかね。不思議なことを樂しみにしたもんた。わし だったら、他人の幸禳をはかってやるんだがな。」 彼はを低めて、意味ありげな樣子をした。それは彼の愚かな顏付には不似合ひだった。 「さうだ、君、幸禳だ、財た。それがすっかり君のお蔭でわしに來ようといふのさ。かうい ふわけたよ。わしは憐れな憲兵だ。役目は重いし、月給は少いし、馬は自分持でやりきれない。 そこで、足りない分を手に入れるつもりで富籤をやってる。何とか一工大しなくちゃならないん だからな。たゞい、番號さ ( あてれば、これまで隨分儲かったんたがな。いつも確かなのを探し てるが、いつも外れてばかりゐる。、七十六番にかければ、七十七番が出るって始末た。いくらや 所で、わしにい、機 ・もう少しだ、ちきに話はすむよ。 って 7 も、リ」 , フ 7 も , フきすいカなし 會がきた。ねえ君、かう云っちゃ何だが、君は今日逝っちまふんたらう。所が、さういふ風に死 なせられた者は、確かに前から富籤が分る。たから、明日の晩わしの處〈來てくれないか、何で わし ねえ ? もないことだらう。そして三つばかり番號を、い、のを知らしてくれないか。