グレーヴ - みる会図書館


検索対象: 死刑囚最後の日
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1. 死刑囚最後の日

を、オペードやマショーを貧り食ふ、恐ろしい正義の神テミスも、健康が衰へてき、痩せ細って ゐる。も、フ死にかけてゐる。 はや既にグレーヴの刑場もそれを嫌ってゐる。名譽を囘復しようとしてゐる。この古い吸血婆 たるグレーヴは、七月革命の折には品行を愼んだ。それ以來彼女はよい生活を望み、最後の見事 な行ひを演すまいとしてゐる。三世紀前からあらゆる死刑臺に身を賣った彼女も、羞恥心を覺え て以前の商賣を恥ちてゐる。賤しい名前を無くしたいと思ってゐる。死刑執行人を拒み、鋪石を 洗ってゐる。 現在では、死刑はもう・ハリーの外に出てゐる。然るに、茲に云っておきたいことには、。ハ から出ることは文明から出ることである。 あらゆる兆候は吾人に味方する。あの忌むべき機械、なほよく云へば、ギーヨタンにとっては 丁度ピグマリオンに對するガラテアのやうなものであるあの木と鐵との怪物も、落塘し澁面して るやうである。或る點から見れば、上に述べた恐ろしい處刑も喜ばしい兆である。斷頭臺は躊路 してゐる。切りそこなふまでになってゐる。死刑の古い機械は全部調子が狂ってゐる。 穢らはしいその機械はフランスから立去るだらう。吾人はそれを期待する。もしよろしくば、 吾人の嚴しい打撃を受けて、跛足をひきながら立去るだらう。 そして他の土地へ行って、或る野県な民衆のところへ行って、優遇を求めるがよい。トルコへ でもない。トルコは文化の風に浴してゐる。未開の民へでもない。彼等でさへそれを嫌ってゐる・

2. 死刑囚最後の日

の中で考へるか想像するかしなかった者があらうか ) 、たゞ單に公の廣場、グレーヴの刑場に於て である。或る日共處を通りながら著者は、斷頭臺の眞赤な木組の下の血の溜りの中に横たはって るこの避け難い観念を拾ひ上げたのである。 それからといふもの、最高法院の悲しむべき木曜日の成行に隨って、死刑決定の叫びがパリー の中に起る日が來る度毎に、グレーヴの刑場に見物人を呼び集める嗄れた喚きが窓の下を通っ てゆくのを聞く度毎に、著者は右の痛ましい観念に再會して、それに囚へられ、憲兵や死刑執行 人や群集などのことが頭に一杯になり、死に臨んでる慘めな男の最期の苦悶を刻々に見る氣がし 只今彼は悔をさせられてる、只今彼は兩手を縛られてるーーーそして只一介の詩人たる著者 は、さういふ恐ろしいことが行はれてるのに平然と自分の仕事をしてる全社會に向って、凡ての ことを云ってやらずにはをられなくなり、急き立てられ突っつかれ搖られて、詩を作ってる折に はその詩を頭からもぎ取られ、漸く出來上りかけてる詩を凡て打碎かれ、あらゆる仕事を妨げら れ、萬事にを遮られ、たゞその観念に襲はれ附纏はれ攻めつけられるのだった。それは一の刑 罰であって、その日と共に始まって、他方で同時に苦しめられてる慘めな男の刑罰と同樣に、四 時まで續くのだった。四時になって漸く、切られし頭死せりと大時計の凄慘な一背が叫んでから、 著者は息をつくことが出來、精神の自由をやゝ取戻すのだった。そして遂に或る日、ユルバッ の處刑の翌日たったと思ふが、著者は本書を書き始めた。それ以來始めて胸が和らいだ。司法的 執行と云はれるそれら公の罪惡の一つが行はるゝ時、著者はもはやそれについて迚帶の責がない

3. 死刑囚最後の日

四六 私の小さなマリーよー 彼女は遊びに連れ戻された。今彼女は社馬車の扉口から群集を眺 めてゐて、もうこのをちちゃまのことは考へてもゐない。 恐らく私は彼女のために幾頁か書く隙がまだあるだらう。他日彼女がそれを讀んでくれて、そ して十五年もたったら今日のために涙を流してくれるやうにと ! さうだ、私は自分の身の上を自分で彼女に知らせなければならない。私から彼女へ殘す名前が 何故血に染んでゐるかを、彼女へ知らせなければならない。 四七 が、一人ならすあるだらう。 それらの宿命的な人々のために、グレーヴの廣場の或る地點に、一の宿命的な場所が、人を引き つける一の中心が、一の罠がある。彼等はその周圍を廻りながら遂に自らそこに陷ってゆくのだ。 予が經歴 發行者日ーーこゝに該當する原稿を探したが、まだ見出せない。恐らく、の記事が示す ゃうに、受刑人はそれを書く隙がなかったものらしい。彼が書かうと思ひついた時は、も

4. 死刑囚最後の日

川私にはもう何の未練もない。私の心の最後の絲の一筋も切れた。彼等が爲さんとする事柄に私は 丁度ふさはし、。 四四 牧師は善良な人だし、憲兵もさうである。子供を連れていってほしいと私が云った時、彼等は 一滴の沢を流したやうたった。 濟んだ。今や私はしつかりと身を持しなければならない。死刑執行人のこと、護送馬車のこと、 憲兵等のこと、橋の上の群集、河岸の上の群集、人家の窓の群集のこと、そこで落ちた人の頭が 鋪きつめてあるかも知れないあの痛ましいグレーヴの廣場に、私のために特に備〈られる物のこ と、それをしつかりと考へなければならない。 さういふものに對して覺悟をきめるために、また一時間ほどあると私は思ふ。 四五 群集はみな笑ふだらう、手を叩くだらう、喝采するだらう。而も、喜んで死刑執行を見に駈け てくるそれらの自由なそして看守などを知らない人々のうちには、その廣場に一杯になる群立っ た頭の中には、私の頭の後を追っていっかは赤い籠の中に轉げ込むやうに運命づけられてる頭が、 一つならすあるだらう。私のために共處へ來てるがやがて自分のために共處へ來るやうになる者

5. 死刑囚最後の日

市廳は不氣味な建物である。 尖った急な屋根、奇妙な小塔、大きな白い時計面、小さな圓柱の並んでる各階、無數の硝子窓、 人の足で擦り減ってる階段、左右二つの迫持、さういふものをつけて共處に、グレーヴの廣場と 同平面に控へてゐる。陰鬱で、悲しげで、全面老い朽ちて、ひどく黒すんで、日が當ってる時で さへ黑く見える。 死刑執行の日には、そのあらゆる戸口から憲兵が吐き出され、そのあらゆる窓から人の眼が受 刑人を眺める。 そして晩には、刑執行の時間を報じたその時計面が、建物の暗い正面に光ってゐる。 一時十五分だ。 私は今のやうな感じを覺ゆる。 激しい頭痛。寒い腰と、燃ゆるやうな額。立上ったり屈みこんだりする度に、腦の中に液體で もはひってるやうな氣がし、そのために腦味噌が頭蓋骨の内側にぶつつかるやうな氣がする。 痙攣的な身震ひがする。そして時々、電氣にでも打たれるやうにペンが手から落ちる。 煙の中にでもゐるやうに眼がひり / 、痛む。 肱の具合が惡い。

6. 死刑囚最後の日

せんからね。」 私はすっかりさう云って、それからしつかりした聲で績けた。 「讀んで下さい。」 彼はその長い主文を、各言葉の眞中ではためらふやうに、各行の終りでは歌ふやうにして、私 に讀んできかした。それは私の上告の却下だった。 「判決は今日グレーヴの廣場で執行されることになってゐます。」と彼は讀み終へた時まだそ へ出かけるのです。 の公文書から眼を擧げないで云ひ添へた。「正七時半にコンシェルジュリー 私と一緒に來て頂けますか。 少し前から私はもう彼の言葉に耳をかしてゐなかった。典獄は牧師と話をしてゐた。執逹史は その公文書の上に眼を据ゑてゐた。私は扉の方を佻めてゐた。扉は半開きのまゝになってゐた あゝ、淺ましくも、廊下には四人の銃卒がー 執逹史は此度は私の方を見ながらその問を繰返した。 「えゝいつでも。」と私は答へた。「御都合次第で。」 彼は私に會釋しながら云った。 「三十分ほど後に、迎ひに參りませう。 そこで彼等は私一人を殘して出ていった。 逃げる方法が、あゝ、何等かの方法がないものか。私は脱走しなければならない。是非とも、

7. 死刑囚最後の日

或る日子供の頃、ノートル。ダームの釣鍗を見に行った時のことを、私は覺えてゐる。 丿ーを足の下に見て、私 薄暗い螺旋階段を登り、二つの塔をつないでる細長い廻廊を通り、パー 潮の川がある、他の男と私自身との血がある。 もし他日私の經歴を讀む者があったら、潔白と幸一碣との多くの年月の後に、犯罪で始まり刑罰 で終るこの呪ふべき年があらうとは、恐らく信じかねるだらう。この一年は不釣合ひな感じを へるだらう。 それにしても、慘めなる法律と慘めなる人間等よ、私は惡人ではなかったのだ。 おう、數日間後には死するのか。そして、一年前のかういふ日には、私は自由で淸らかで、秋 の散歩をし、木立の下をさまよひ、木の葉の上を歩いてゐた、といふことを考へるとー ・ド - ジュスティスの建物とグレーヴの廣場とを取卷 今この時間に、私のまはりには、。、レ いてる人家の中には、往き來し、談笑し、新聞を讀み、自分の仕事のことを考へてる、多くの人 人がゐる。物を商ってる商人逹、今晩の舞踏會の長衣を用意してる若い娘達、子供と遊んでる母 親逹がゐる。

8. 死刑囚最後の日

その十個の文字の組合せ、その風采、その顏付は、恐るべき観念を呼び起させるやうに出來て ゐる。その機械を考案した不幸の醫者は、宿命的な名前を持ってゐたものだ。翁衵い 餮者 Guil- lOtin その醜惡な名前で私が想起する形象は、漠然とした不足なものであって、それだけにまた不氣 味なものである。名前の一綴々々がその機械の一片みたいだ。私はその各片で、異樣な機械を頭 の中で絶えす組合せたり壞したりしてみる。 それに就ては誰にも一言も尋ねかねるのではあるが、然しそれがどんなものであるかも分らす、、 どんな風にしたらよいかも分らないといふのは、恐ろしいことだ。何でも、一枚の跳板があって、・ 俯伏しに寢かされるらしいが : 。あゝ、私は百が落ちる前に頭の毛が白くなってしまふことた けれども、私は一度それを瞥見したことがある。 或る日午前十一時頃、馬車でグレーヴの廣場を通りかゝった。すると焉車は突然止った。 廣場は雜沓してゐた。私は馬車の扉口から覗いてみた。賤しい群集が廣場と河岸とに一杯にな ってゐて、河岸の胸壁の上にも女や男や子供等が立ってゐた。群集の頭越しに、三人の男が組立 ててる赤い木の臺みたいなものが見えた。

9. 死刑囚最後の日

死刑囚 ! 所で、それがどうしていけないか。私は何かの書物の中で讀んだのであるが、爲になることけ たゞそれだけだったのを覺えてゐる。印ち、人は皆不定期の猶豫つきで死に處せられてゐる。そ れでは一體私の地位に何がこんな變化を齎したのか。 不に判決が下された時から今までに、長い生涯を當にしてゐた幾許の人が死んだことか。若く て自由で康であって、某日グレーヴの廣場で私の首が落ちるのを見に行くつもりでゐた者で、 幾許の人が私より先立ったことか。今からその日までの間に、戸外を歩き大氣を吸ひ自山に外出 し歸宅してゐる者で、なほ幾許の人が私に先立っことだらうか。 それにまた、人生は私にとってなんでこんなに名殘惜しいのか。實際のところ、監獄の薄暗い に集まってくるそれらの男や女や子供も、幻影 - のやうに見えた。 階段の下に、格予のはまった黒い汚い馬車が私を待ってゐた。それに乘る時、私はどこといふ こともなく廣場の中を眺めた。死刑囚と叫びながら通行人等は馬車の方へ駈けてきた。私は自分 と他物との間におりてきたやうに臥はれる靏を通して、貪るやうな眼付で後についてくる二人の 若い娘を見て取った。その年下の方は手を叩きながら云った。 「いゝわね、六週間後でせう ! 」

10. 死刑囚最後の日

麒はそれを死刑で罰した。そして四人の不幸な男は、ヴァンセンヌの見事なアーチ建築の中に閉ち 込められ、法律の捕虜となって、三色の帽章をつけた三百人の者に護られてゐた。どうしたらよ いか。どういふふうにしたらよいか。吾々と同じゃうな四人の男を、四人の上流の男を、それと 名ざすことさへ憚らるゝ役人と背中合せにし、寢しい太蠅で縛り上げ、荷車に乘せて、グレーヴ の刑場に送ることは、どうも不可能なことではないか。マホガニーで出來てる斷頭臺でもあれば またしも ! だから、死刑を廢止するたけのことた。 そこで、議會はその仕事に取揖る。 ところで代議士諸君よ、昨日まで諸君はこの死刑の廢止を、單に容想で理論で夢想で狂愚で詩 だとしてゐた。・、 カその荷車や太縄や眞赤な恐ろしい機械に諸君の注意を呼ばうとするのは、これ が初めてではない。そしてこの醜惡な器具が期く突然諸君の眼につくといふのは、不思議なこと である。 いや、そこに間題があるのだ。吾々が死刑を廢止しようとしたのは、それは民衆のためにでは なく、吾々のため大臣ともなり得る吾々代議士逹のためにである。吾々はギーヨタンの機械が上 流階級を啄むのを欲しない。そこで吾々はその機械を壞す。もしそのことが一般世人のためにな れば仕合せといふものだ。然し吾々が考へたのは吾々だけのことである。隣りのユカレゴンの 殿が燃えてゐる。その火を消せ。急いで、死刑執行人を廢し、蠅を取除かうではないか。