法官等が、社會を保護するといふ名目の下に、重罪公訴を保證するといふ名目の下に、實例を 示すといふ名目の下に、猫撫で懇願しながら、陪審者たり人間たる吾々に向って暃人の百を求 めに來ることが、もはやないやうにしたいものである。凡てそれらの名目は、美辭麗句であり 太鼓であり本言である。その脹らみは針で一突すれば縮んでしまふ。その猫被りの饒舌の下にあ るものは、冷酷、殘忍、野、職務熱心を示さうとの欲望、俸給を得るの必要、などばかりであ る。不德官吏共、ロを噤むがいゝ 。裁判官の物靜かな足の下に死刑執行人の爪が覗いてゐる。 非道な檢事 ~ よ一體とういふものであるかと考へる時、人はなか / 冷骭ではゐられない。それ は他人を死刑臺に送ることによって生活してる人間である。本官の刑場用逹人である。その上、 文章や文學に自惚を持ってる一個の紳士で、辯舌が巧みであり、或は辯舌が巧みだと自ら思って をり、死を結論する前にラテン語の詩を一二行必要に應じて暗誦し、效果を與へることにつとめ、・ 他人の生命が賭けられてる事柄に、慘めなる哉、自分の自負心たけを問題とし、特別な模範を、 及びもっかない典型を、その古典とも云ふべき人物を持ってゐて、某詩人がラシーヌを目指し或 はボアローを目指すや、つに、 べラールとかマルシャンニとかいふロ標を持ってゐる。辯論では斷 頭臺の方を狙ひ、それが彼の役目であり本職である。彼の論告は彼の文學的作品であって、彼は それに比喩の花を疾かせ、引照の香りをつけ、聽衆を感心させ婦人を喜ばせるものとなさなけれ ばならない。彼は優雅な口調とか凝った趣味とか精練された文體などといふ、田舍にとってはま たごく新らしい下らないものを澤山持ってゐる。彼はドリー ュ一派の悲壯詩人等と殆んど同じほ
「お前は誰だ。」 彼女は答へもせす、身動きもせず、異を閉ちたまゝだった。 友人等は云った。 「はひりこんできた惡い奴等の仲間に違ひない。僕逹がやって來るのを聞いて、皆逃げ出して しまったが、 此奴は逃げきれないで、そこに隱れたんだ。」 私は再び彼女に尋ねかけたが、彼女はやはりも出さず、動きもせす、見もしなかった。 私逹の誰かが彼女を押伏せた。彼女は倒れた。 彼女は丸太のやうに、命のないもののやうに、ばったり倒れた。 私逹はそれを足先で動かしてみた。それから誰か二人がかりで彼女を立たせて、また壁により かゝらせた。彼女には全く生きてるしるしもなかった。耳の中に大で怒鳴りつけてやっても、 聾者のやうに默ってゐた。 そのうちに私達はじれだしてきた。私逹の恐怖の中には憤怒の情が交ってゐた。誰か一人が私 に云った。 「頤の下に蝋燭をつけてやれ。」 私は彼女の頤の下に燃えてる芯を持っていった。すると彼女は片方の眼を少し開いた。空虚な、 どんよりした、恐ろしい、何にも見て取らない眼付だった。 私は陷をのけて云った。
或る日子供の頃、ノートル。ダームの釣鍗を見に行った時のことを、私は覺えてゐる。 丿ーを足の下に見て、私 薄暗い螺旋階段を登り、二つの塔をつないでる細長い廻廊を通り、パー 潮の川がある、他の男と私自身との血がある。 もし他日私の經歴を讀む者があったら、潔白と幸一碣との多くの年月の後に、犯罪で始まり刑罰 で終るこの呪ふべき年があらうとは、恐らく信じかねるだらう。この一年は不釣合ひな感じを へるだらう。 それにしても、慘めなる法律と慘めなる人間等よ、私は惡人ではなかったのだ。 おう、數日間後には死するのか。そして、一年前のかういふ日には、私は自由で淸らかで、秋 の散歩をし、木立の下をさまよひ、木の葉の上を歩いてゐた、といふことを考へるとー ・ド - ジュスティスの建物とグレーヴの廣場とを取卷 今この時間に、私のまはりには、。、レ いてる人家の中には、往き來し、談笑し、新聞を讀み、自分の仕事のことを考へてる、多くの人 人がゐる。物を商ってる商人逹、今晩の舞踏會の長衣を用意してる若い娘達、子供と遊んでる母 親逹がゐる。
ピセートルにて 死刑囚 ! もう五週間の間、私はその考へと一緒に住み、いつもそれと二人きりでをり、いつもその面前 に凍え上り、いつもその重みの下に背を屈めてゐる。 昔は、といふのもこの幾週かが幾年ものやうに思はれるからであるが、昔は私も他の人々と同 じゃうに一人前の人間だった。どの日にも、どの時間にも、どの分秒にも、それた、の思ひがあ った。私の精御は若くて豐かで、氣まぐれな想で一杯だった。そして樂しげにその一つくを、 秩序もなく際限もなく、生活の荒い薄い布地を無盡藏な唐草模様で飾りながら、次々に擴げて見 せてくれた。若い娘、司敎のきらびやかな法衣、闌な戦爭、響と光とに滿ちてる芝居、それから なほ若い娘、夜はマロニエの廣い茂みの下の仄暗い散歩。私の想像の世界はいつもお祭みたいだ った。私は自分の望むものを何でも考へることが出來た。私は自由だった。 今は私は囚はれの身である。私の體は監獄の中に鐵鎖に繋がれてをり、私の精神は一の観念の 中に監禁されてゐる。恐ろしい、血腥い、一徹な観念だ。私はもう一つの考へしか持たす、一つ の確信しか持たす、一つの確實さしか持ってゐない、即ち、死刑囚ー
四 猥褻な小唄の一聯がある。 石に可なり深く刻んである自由の帽子が一つあって、その下にかう書かれてる、「ポリー。 共和。」それはロシルの四人の下士の一人だった。憐れな靑年だ。政治上の所謂必要事なるも のは如何に忌はしいことか。一の観念に對して、一の夢想に對して、一の抽象に對して、斷頭臺 といふ恐ろしい現實をもってくる。而も私でさへ、本當の罪惡を犯し血を流したこの慘めな私で さへ、不平を訴へてゐるのにー 壁の片隅に恐ろしい形のものが白く書かれてる もうこれ以上壁面を探し廻るのを止さう。 のを、私は見て取った。今頃は恐らく私のために立たれてる筈の、あの死刑臺の形た。 私はランプを取落しさうだった。 私は急いで寢藁のところに戻って、頭を族に垂れて坐った。それから子供らしい恐布の念は消 え、異様な好奇心にまた囚へられて、壁面を讀んでゆくことを績けた。 ・ハバヴォアーヌの名前の横で、壁の角に張られ埃で厚くなってるごく大きな蜘蛛の集を、私は オゝ一つの汚點をしか壁面に止めてゐない多くの名前の中に、 拂ひのけた。その蜘蛛の集の下に、こ・ はっきり讀み取れる四五の名前があった。「ドータン、一入一五年。ーープーラン、一八一八年。 カスタン、一八二三年。」私はそれらの名前を讀んだ。 ジャン・マルタン、一八二一年。
和徒刑囚等の恐ろしいがなほ身近に聞えるやうな氣がした。彼等の醜惡な顏がもう窓の縁に覗き 出してるやうに思へた。私は再度苦悶の叫び聲を立てて、氣を失って倒れた。 一四 私が我に返った時は、もう夜だった。私は相末な寢臺に寢かされてゐた。天井にゆらめいてる ランプの光で、私の兩方にも他の粗末な寢臺の並んでるのが見られた。私は病室に移されてるの たといふことが一分っオ 私は暫くの間眼を覺ましてゐたが、何の考へもなく何の思ひ出もなく、たゞ寢臺に寢てるとい ふ幸に浸りきってゐた。確に、他の時だったら、この監獄の病室の寢臺に對して私は不快さと なさけなさの爲めたじろいだらう。然し私はもう以前と同じ人間ではなかった。覆ひ布は灰色て 手觸りが荒く、毛布は貧弱で穴があいてをり、蒲團越しに下の蒲團が感じられはしたが、それ でも、そのひどい覆ひ布の間に、私の手足は自由にくつろぐことが出來、どんなに薄からうとそ の毛布の下に、私がいつも覺ゆるあの骨の髓の恐ろしい寒さは次第に渭えてゆくのが感じられた。 私はまた眠った。 ひどい物昔に私はまた眼を覺ました。夜が明けかゝってゐた。物音は外から聞えてゐた。私の 寢臺は窓の側にあった。私は體を起して、何事かと眺めた。 窓はビセ ートルの大きい中庭に面してゐた。その中庭は人で一杯たった。二列に立並んでる老
起上って、監房の四方の壁にあちこちランプをさしつけた。文字や繒やをかしな顏や名前などが 一杯書いてあって、互に入組み消し合ってゐる。各囚人がみな、少くとも此處に、何等かの跡を 殘さうとしたものらしい。錯筆のも白墨のも炭のもあるし、黒や白や灰色の文宇があるし、石の 中に深く刻み込まれてるのが多く、血で書かれたかのやうな錆びてる字體も處々にある。確かに 私は、もしも自分の精神がもっと自由だったら、この監の石の一つ / \ の上に、自分の眼の前 一頁づゝ擴がってゆくその不思議な書物に對して、興味を持っただらう。そして私は好んで、 板石の上に散らばってるそれらの斷片的な思想を一つに組合せ、名前の下にそれんその男を見 出し、細斷されてるそれらの記銘に、手足を切り離されてる文句に、頭の缺けてる言葉に、それ を書いた人々と同じく首のないその胴體に、意義と生命とを與へてやったことだらう。 私の枕ほどの高さのところに、一本の矢に質かれて燃え立ってる二つの心臟かあって、「生涯の 愛」とその上に書かれてゐる。不幸なこの男は長い約東はしかねたと見える。 その横には、三つの角のある裄子めいたものがあって、その下に小さな顏が無器用に描かれ、 「皇帝萬歳、一八二四年。」と書いてある。 それからなほ、燃え立った心臟が幾つもあって、監獄の中の特質たるかういふ記銘がついてゐ る、「マティュー・ダンヴァンを愛し崇む、ジャッグ。」 それと反對の壁には、「。ハバヴォアース」といふ名前が見えてゐる。その頭字のの大文字は、 唐草模樣の縁取りがついて入念に飾られてる。
いマン・ローラン作】みエリ・去ョ、 ューゴー作け島与志雄訳 一〇〇冊の本 ジ ~ 、ン・クリストフ全八冊三・ん☆☆☆☆ レ ゼラブル全ヒ冊圏・☆☆☆☆ 他☆☆☆ 他☆☆☆ トオマス・マン作実占捷郎訳 岩波文庫より スタンダール作桑原・生島訳 トニオ・クレエゲル☆ 赤 田へ」二川下☆☆☆ エンゲルス大内兵に訳 〔選〕臼井書見大内兵衛大塚 ・高村光太郎自選 空想より科学へ☆☆ 久雄貝塚茂樹茅誠司久野収 第、村光太郎詩集☆☆ 河 , に肇著大内衛解題 桑原武夫武行三男鶴見 ジャック・ロンドン作岩田欣三訳 貧乏物語☆☆ 野治中野好夫松方三郎丸山 イ十日ル乂レ一下 1 い、 荒野の呼び声☆ 真男山ド肇渡辺一夫 ( 五十音噸 ) 古代への情熱☆☆ くわしくはこのために新しく作った小冊 ド著原光雄訳 ンエ : ・エヴィチ作河野与一訳 子「一 00 冊の本」をご覧ください。中 世いをゆるがした十日間全二腓下☆☆ 込みしたい、 進呈します - ) クオヴァ、ディス全三冊憊☆☆☆ 武者小路実篤作 ( 宛化、小社「一 00 冊の本」係 ) ヘミングウ・エイ作谷口陸男訳 情☆ シェイクスビア作中野好夫訳 一止よさ、りば全二冊各☆☆ ( 野直彬注解 よ ニスの商人☆☆ 選全三冊上☆☆ 他☆☆☆☆ 庫夏ⅱ石作 帯全二冊各☆☆ ゲーテ作相良守峯訳 波下〔葷は猫である全二冊各☆☆☆ ファウスト全一一冊各☆☆☆☆ゲーテ作竹山道雄訳 若きエルテルの悩み☆☆ 岩石川喙木作 内村繿三鈴木俊郎訳 芥川之介作 歌 化☆☆☆ 余は如何にして ☆☆☆ デ亠マ作山内義雄訳 羅生鬥・鼻・芋粥・兪盗☆☆ 督信徒となりし乎 本 三好達治選 モンテ・クリスト伯全七冊各☆☆☆ シェイクスビア【作 ~ Ⅲ河・圷「浦訳 の ッ レ ム ノ ト☆☆萩原朔太郎詩集☆☆☆ 冊マーク・トウーン作中村為治訳 、ツクルべリイ 上☆☆ ドストエー「′スキイ作米川正夫訳 松本慎一・西川正身訳 Z 全二冊 下☆☆☆ 1 フィンの冒険 ン自伝☆☆☆ カラマーゾフの兄弟全四冊」←☆☆☆ 川幸次郎訳 ロマン・ロラン著片山敏彦訳 一ー六☆☆マルクス・エンゲルス著大内、向坂訳 水 ーヴェンの生涯☆☆ 伝全册七☆☆岐リ共産党宜 - 言☆ アンドレ・ジイド作川口篤訳 プラトン著久保勉訳 宮沢賢治作谷川三編 田園交響楽☆ ソクラテスの弁明・クリトン☆ 銀河鉄道の夜他 ~ ・四篇☆☆☆ ヒ京勹大をに ドストエーフスキイ作中村白葉訳 ウイン・ハー著浦松佐美太郎訳 し J 白 秋詩抄☆☆ アルプス登攀記全二冊各☆☆☆罪 剛全三冊他☆☆☆ ファラデー著矢島祐利訳 太幸治作 ヘルマン・ヘッセ作実吉捷郎訳 ロウソクの科学☆ ン☆☆ ア 富嶽百景・走れメロス他八篇☆☆ 小宮豊隆編 島崎藤村自選 ダーウイン著島地威雄訳 ビーグル号航海記全三冊各☆☆☆藤村詩抄☆☆寺田寅彦随筆集全五冊各☆☆☆ トク・ベルツ編菅沼竜太郎訳 大畑末吉訳 福沢論吉著 アンデルセン - 自〕☆☆☆ ベルツの日記全四冊各☆☆ 福翁自伝☆☆☆ 00 1
さういふ風にして、利己主義の混和は最も美しい社會的結合を變質させ不自然になす。それは 白大理石の中の黑脈である。それが到るところに通ってゐて、鑿の下に不意に絶えす現はれてく る。彫像は造り直さなければならない。 確かに、茲に言明するにも及ばないことではあるが、吾人は四人の大臣の百を要求する者では ない。それらの不幸な人々が一度捕縛さるゝや、彼等の犯罪によって惹起された憤怒の念は、吾 人に於ても凡ての人に於けると同樣に、深い憐憫の情に變った。吾人は思ひやった、彼等のうち の或る者等の片寄った敎育のこと、千八百四年の陰謀の熱狂的な頑固な再犯者であり、牢獄の濕 つばい影の下に早老の白髮となってる、彼等の百領の偏狹な頭腦のこと、彼等の共通な地位が宿 命的に要求してゐたもののこと、千八百二十九年八月八日に王政自身がまっしぐらに駈け降りた あの急坂を、途中で立止ることの不可能たったこと、それまで吾人が餘り考慮を拂はすにゐた、 王家の者の勢力のこと、殊に、彼等のうちの一人が彼等の不幸の上に緋の衣のやうに擴げかけて ゐた威嚴のことなどを。それで吾人は、彼等の命が助かることを衷心から希望する者であり、そ のためには常に盡力を惜しまない者である。萬一彼等の死刑臺がグレーヴの刑場に立てらるゝこ とであったとすれば、たとひ本想にもせよ吾人は信じたいのであるが、多分その死刑臺を顛覆す るために暴動が起ったであらう。そして今これを書いてる著者はその前聖な暴動の仲間にはひっ てゐたであらう。なせかなれば、これもまた云っておかなければならないことであるが、儿て社 會的危機に於ては、あらゆる死刑まのうちでも、政治的死刑臺は最も呪ふべきものであり、最も
日、彼はもう萬事駄目だと思った。慘めな彼は斷頭臺の下に蹲まり、夜の鳥が眞晝の光に遭った ゃうに七月命の太陽に不安を覺え、自分を忘れようとっとめ、耳をふさぎ息をひそめた。そし て六ヶ月間姿を見せなかった。生きてるしるしさへ示さなかった。けれども次第に彼はその闇黒 の中で安心しだした。彼は議會の方に耳を澄ましたが、もう自分の名がロに上せられるのを聞か なかったひどく恐れてゐたあの響きの高い堂々たる言説ももう聞えなかった。「犯罪及び刑罰 論」の大袈裟な註釋ももう聞えなかった。人々は他の事柄に頭を向けてゐた。或る重大な社會的 利害問題、或る村道問題、オペラ・コミック座に對する補助金問題、或は、卒中患者みたいな十 五億の豫算から僅か十萬法の出血治療をなす問題、などに頭を向けてゐた。もう誰も彼首切人の ことを考へてゐなかった。それを見て彼は心が落着き、穴から頭を出して四方を眺めた。そして ラ・フォンテーヌの物語の中の或る鼬鼠のやうに、一足二足と匐ひ出し、それから思ひ切ってそ の木組の下からすっかり外に出で、次にその上に飛び乘って、それを修繕し修復し研き擦り動か し光らして、使はれなかったために調子が狂ってるその古い錆びた機械に再び汕をぬり始める。 そして突然彼は振向いて、監獄の中から手當り第に助かるつもりでゐる不運な者を一人捉へ、 その頭髮をんで自分の方へ引寄せ、何もかも剥ぎ取り、繩で結へ鎖で縛る。そして再び死刑執 行が始まる。 それは恐るべきことではあるが、然し事實である。 猶實際、不幸な囚人等〈六ヶ月の角豫が與へられた。、そのため彼等は助かるかも知れないといふ