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検索対象: 無名仮名人名簿
58件見つかりました。

1. 無名仮名人名簿

肥と思う。鴨をいらないといわれると、店としては値段の取りようがなくて困るのではないか。第 一、皮や味噌や細切りの葱なども、鴨とワンセットとして用意してあるに違いない 貧乏性のせいであろう、こういう時私はどうも申しわけないというか落着かない気分になり、 ゆっくりと賞味出来なくなってしまう。だが、この友人は、ロを動かしながら、メニューを引っ くり返し眺め、給仕人を手招きする。 「チャーハンを支那茶でおじゃにしたのどうかな。おやじさんに言って作ってよ」 この人にとってメニューは、そこに載ってないものを注文するためのヒント集であるらしい これは別の友人だが、この人はどちらかといえば酒よりも甘いものが好物である。行きつけの ーへゆくと、必ず、マダムがそっとケーキや大福を出してくれる。ほかの人には出さず、彼ひ まぶ とりにである。別にマダムとどうこういう間柄ではないのだが、間夫になったような気分になり、 かなり高い店であったが、せっせと通っていた。 ところがある日、いつもの時間より早く入ってゆくと、カウンターで大福を食べている男がい たというのである。 「その男の、俺は特別なんだぞという顔は、そのまま、俺の顔だと思ったね」 友人は苦く笑いながら、こうつけ加えた。 この日、彼には甘いものは出なかったそうだ。北京愕鵯ではないが、カモは時間別に何羽もい

2. 無名仮名人名簿

224 うちの近所の八百屋にも、メロンがならんでいる。一個三千五百円か、高いなあと思って、手 に取ったら、お尻のあたりがかなり熟れていたらしく、親指がめり込んでしまった。 買うべきか買わざるべきか、モタモタしていたら、目ざとく見つけたらしい若主人が寄って来 た。いたすらつばく笑いながら、 「キズものだから、千円でいいよ」 と一一一口 , つ。 ちょうど客があったので、四切れに切りわけて出したところ、これがアタリで、何ともおいし かった。柳の下にメロンは二個おっこっていないかと思ったわけでもないが、次に出かけた時も、 私はついメロンに手を出した。このとき、うしろから声があった。 「奥さん」 私は奥さんではないが、近所の商店ではこう呼んで下さる。若主人である。彼はニャリと笑う とこ , つ一一一口った。 「〈フ日は親化は駄目よ」 先手を打たれて、親指メロンはただ一回しか食べることが出来なかった。 お恥しいはなしだが、私は平常心をもってメロンに向いあうことが出来ない。 オしか、と無理をして なんだこんなもの。偉そうな顔をするな。たかが、しわの寄った瓜じゃよ、 みくだ 見下す態度をとりながら、手は、わが志を裏切って、さも大事そうに、ビグビグしながら、メロ

3. 無名仮名人名簿

相手は、かなり様子のいい男性で、まるで新劇俳優演するハムレットみたいな声でしゃべった。 話題は、試写室でいま見たばかりのフランス映画から、デュヴィヴィエ論になり、仏教からドビ ュッンーからサルトレ、・、 ホーボワールにまで発展した。 私も、せいいつばいの知ったかぶりで応戦した。こういうときは、わが家の、草ばうばうに生 えた手入れの悪い庭も、当時まだ汲取り式だったポッチャンとはねかえってくるご不浄のことも 忘れて、オフェーリ アみたいな声が出る。 ポーイが、半分嫌がらせのように手荒いしぐさで何度もコップの水をつぎにくる。窓の外は、 暗くなっていた。 「食事でもいかがですか」 私たちの坐っている喫茶店は、二階はレストランになっていた。チラリと上を見た彼の視線か ら考えて、二階へいって洋食をいただくことになりそうだ。 「残念ですけど、ちょっと約束がありますので」 気がついたら、こう言っていた。気取りの限界に来ていたのかも知れない。 相手も、そういえば、ばくも人と逢う約束がありました、とハムレットのような声で言い、喫 茶店の表でお別れをした。 その前から、私は風邪気味なのに気がついていた。背中がスースーして洟が出る。こういうと きは、風邪薬より先に熱いおそばを食べる方がいし

4. 無名仮名人名簿

「お前も毎晩見て知ってるだろう。ひと様が眠っている時にこっちは起きて働いているんだよ。 そのお金なんだから、お前も今度こそしつかりやってきてくれなくちゃ困るよ」 この演説が効を奏したとみえて、彼女はみごもった。お婿さんのところから帰ってすこしする と、米粒のようにカチびっていた八個のオッパイが桃色にふくらんで来た。肩で息をして、食べ たものを、ケポッと吐いたりしている。おなかもふくれて来て、獣医さんは押したりさすったり して、 「三匹は確実です」 と一一 = ロ、つ。 前に約束した友人たちに電話をして、予定日を割出し、 ( 猫は六十四日で生れる ) 大浮かれに 浮かれていたところ、急におなかがしばんで来た。桃色に光っていたオッパイはまたもとの米粒 になってしまった。中で胎児が死んだのかと、獣医さんの診察を乞うたところ、中はカラッポだ というのである。 想像妊娠であった。 猫に想像妊娠なんてあるんですかと驚いたら、ネズミにもありますという。種を殖やしたいと いう欲求のあらわれだということだったが、友人たちの意見としては、私に責任があるという。 鼻先で五千円札をヒラヒラされたので、責任を感じたというのである。ペシャンコのおなかに なった一歳半の牝猫は、気のせいか元気のない声で私の顔を見て啼いている。私は手をついて謝

5. 無名仮名人名簿

自分で隠した場所が判らなくなる。これでは元も子もないから、せいぜいいつもより念入りに猫 にプラシを掛けてやって出掛けるくらいが関の山である。 ただし、自分の為に隠したことはないが、ひとからの預り物を隠したことはある。 年若の女友達から、一晩だけダイヤを預って欲しいと頼まれたのである。彼女は、ある大タレ ントの附き人であった。ロケで地方へ出掛けるのだが、自分のアパートにはよく管理人のおばさ んが合鍵で入っては掃除をしてくれるので、具合が悪いという。家庭の事情もいろいろあること ひきだし だから承知をしたのだが、まだ指環に作っていない一カラットほどのダイヤの粒を預り、抽斗へ 仕舞ってべッドに入ったところ、眠れないのである。 もし泥棒が入ったらどうしよう。 のんきもの 私は不眠の苦労を知らない暢気者だが、この晩ばかりは目が冴えてどうにも寝つかれない。 仕方がないので起き上り、預りもののダイヤを隠すことにした。 ・ダ 野菜籠のキャベツの中に仕舞おうか、それとも食べかけのチーズケーキの真中に、べ へそ ンスを踊る踊り子のお臍のように埋め込んで隠そうか、散々考えたが、隠すという才能がないの であろう、どうにもいい考えが浮かばない。 ウイスキーを飲もうと冷蔵庫から氷を出していて、あ、そうだとひらめくものがあった。 製氷皿の氷を全部あけ、新しく水を張った。その中のひとつにダイヤを落し込んだ。これなら 大丈夫である。

6. 無名仮名人名簿

とり 聞と、ふたりのお姐さんの頭の上には大きなお酉様の熊手がある。場違いな店に飛び込んだことに ールと二、三品を注文し 気がついたが、今更引っこみもならす、カウンターの隅っこに坐ってビ かぎ 鉤の手になったカウンターの向うには二、三人の客が飲んでいたが、私は見ないようにしてビ ールを飲み、魚をむしっていた。 飯食いドラマと馬鹿にされているが、あれだって書くのは骨が折れる。一時間ものとなると、 テレビ用の三百字の原稿用紙で七十枚はある。ぶつ通しで、十六時間かかって書き上げて体重を 計ったら、間にちゃんと食べていたにもかかわらず一キロ減っていたことがある。 炭坑夫が八時間働くのと、オペラ歌手がワン・ステージ歌うのと、ビアニストがリサイタルを するのは、みな同じエネルギーだと聞いたことがあるが、テレビのドラマを書くのもそのくらい くたび 草臥れる。 女ひとり、誰の助けも借りずやっているんだから、たまにはこのくらいのことをしたって、罰 は当らないんだ。 心の中で言いわけと強がりを呟きながらテレビを見い見いビールを半分ほどあけたところへ、 」こドシンと置いた。 お姐さんが新しいビーノ レの詮をポンと抜き、私の前し 「お頼みしませんが」 みなまで言わせす、ゲソの焼いたのが一皿、またドシンと出てきた。

7. 無名仮名人名簿

名人かたぎの建具師で、頑固だが腕はかなりよかったらしい 。日露戦争の生き残りで、乃木大 将の下で旅順を攻めた。私は戦後の一時期、この人とひとっ屋根の下で暮したことがあるが、今 から思うと、なぜ当時のはなしを丁寧に聞いて置かなかったのかと悔まれてならない。 大体が無ロな人間だったから、聞いたはなしといえば敵の砲撃が激しくなると、兵隊たちの中 いじよく で、居職のものは、つまり仕立屋とか時計職人とか、うちにいて食べられる者は、片手片足を上 げて、 「撃ってくれ ! 撃ってくれ ! 」 と叫んだというはなしぐらいである。祖父もそうしたのかどうかは知らないが、肩を撃たれ衛 生兵にかつがれ後方におくられ一命を拾った。 すもう 面差しが死んだ志ん生に似ていたせいか、志ん生のひいきであった。角力も好きだったが、 色とんがらしは、この二つと同じ位好きだったらしい わん 自分専用のとんがらしの容れ物を持っていて、おみおつけの椀が真赤になるくらい、かけるの である。見ただけで鼻の穴がムズムズしてきた。とても人間の咽喉を通る代物と思えなかった。 このとんがらしが原因で、祖父はよく祖母とぶつかった。 頑固なくせに気弱なところのある祖父とは反対に、祖母は、気はいい癖にロやかましいたちで あった。

8. 無名仮名人名簿

116 田舎から出てきたエノケンは何をやってもドジで、勤め先をしくじってばかりいる。散々失敗 したあげく、狭い下宿のチャプ台で、エノケンは田舎へ残した母親に手紙を書く。「仕事は極め てうまくいっている。会社は自分の人間を見込んで、高価な大型の機械を自分に任せてくれてい る。何十人という人間をあずかる重要な仕事についてます」といった手紙の文にダブって、ダブ ダブの白いつなぎを着たエノケンが、ホースで・ハス ( 乗合自動車 ) を洗っていた。 五、六。車はキャデラッグで大型だが彼は極めて小型で、花沢徳衛という俳優に似ていた。迎え の車はどの車も光っていたが、彼のは群を抜いてビカビカであった。 ある朝、少し遅れて一階へおりて行くと、ほかの車はみな出たあとで、彼のキャデラックだけ せんべい が玄関に残っており、彼は車の中で煎餅を食べていた。 運転席に坐り窓を全開にして、顔を外へ出し、赤んばうの頭ほどある大きな丸い煎餅をかじっ ていた。 待たせているので、お茶受け代りに貰ったものであろうが、煎餅の粉を車の中に落すまいと精 いつばい気を遣っていることは、大きく顎を突き出したその格好からも充分に察することが出来 不意に私は、何十年も忘れていた映画の一場面を思い出した。映画はエノケン主演の喜劇であ る。

9. 無名仮名人名簿

顔が似ていると、声も似ている。性格も似ていることが多い。この人も、ジョン・ウインと 同じようにタカ派であり、洟のかみかたも保守派なのであろう。 それにしても、あのハンカチは、誰が洗うのだろう。彼の鼻はうつ伏せでは寝られないのでは ないかと心配になるほどみごとにそびえ立っていた。私のような情ない団子鼻でも、これだけの 洟が出るのだから、あの体格、あの鼻では、まず私の倍は出るに違いない。 実は私も、随分前のはなしだが、気取ってハンカチで洟をかみ、その後始末で往生したことが ある。私は昔人間で、ひとり暮しのこともあり、洗濯はすべて自分の手でゴシゴシやるのだが、 人間の洟が落ちにくい代物だとは知らなかった。 まるでとろろのようにまつわりつき、洗っても洗ってもスッキリせず、ヌルヌルしている。水 で洗ったのがいけないのかと思い、熱湯をだしたら、今度は洟が煮えて白く浮き上り、我がもの と思えど、 いささか気持の悪い思いをした。このあと、塩辛のお茶漬を食べるのが嫌になった。 こんな苦労をしたのに、まだ洗いが足りなかったらしく、洟は執念深く布地にしみ込み、乾き上 ったら、カバカバしたところがあった。 む リーニング屋か知らな ハンカチで洟をかむというのは、たしかに粋なしぐさだが、奥さんかク をしが、陰で泣いている人間がいるのである。 洟それとも、あのジョン・ウェインは、夜更けのホテルの洗面所で、パス・タオルを腰に巻き、 ひとりハンカチの洗濯をするのだろうか。エチケットというのは、どこかやせ我慢に支えられて

10. 無名仮名人名簿

あわび 食事は結構すくめであった「特に鮑のグラタンは絶品で、キエ子は座頭市のような目つきにな り、うっとりと溜息をつきながらロだけはせわしなく動かしていたところ、いきなり口の中でガ ツンときた。貝殻の破片でも入っていたかと、主人側に判らぬよう気を遣いながら、そっとナフ キンで受けてみたところ、何と金冠である。 キエ子は胸が悪くなった。 カウンターの向う側で、指図をしたり味見をしている初老のシ = フ ( 料理長 ) がいる。虫歯の ありそうな顔をしているからあの男のに違いな、。 キエ子は、子供の頃読んだ漫画の「フグちゃん」を思い出した。たしかおみおつけかなにかの 中から腕時計が出てくるのがあった。同じ金でも腕時計ならまだ許せる。 友人が戦争直後の市で、一杯十円で食べた進駐軍の残飯シチ = ーの中に桃の種子が入ってい たと聞いたことがあったが、それも戦争直後である。戦後三十四年もたって一流料理店のグラタ ンから金冠とは何事であるか。 だが、ここで騒ぎ立てては、招いて下さった主人側は恐縮するであろう。招待客は自分ひとり ばんさん ではないことだし、折角の晩餐を台なしにするのは本意ではないので、金冠はさりげなくくるん で・ハッグに仕舞った。 「これ以上デブになると後妻のロに差支えますので」 下手な冗談でごまかしてグラタンはそのまま残したが、それから先の料理は胸がっかえて味も