という具八ロこま、 冫。しかなかったであろう。 こんじよう 大楠公小楠公が河内弁で国を憂え、今生の別れをする場面は、考えただけで笑えてくるが、私 がはじめてこの場面を見たのは菊人形であった。 かぶと よろい 顔だけが凜々しいツルッとした人形で、菊の冑菊の鎧である。子は父の前で両手をつき、ヒタ と目を見つめ合い、四角ばって坐っていた。祖母や母は、綺麗だと賞めそやしていたが、私は正 直言って美しいとは思えず、薄気味が悪く滑稽な感じがした。 親と子が大真面目に見つめあい手を取り合う芝居を見たりすると、感動するより先にテレ臭さ が先に立ち、本当かなあ、と思ってしまう。考えてみると、私は父の目をヒタとみつめて話をし たことは一回もなかったし、母の手を握って涙にむせんだ、という覚えもない。親子別々に暮し たこともあったし、空襲で命からがらの思いもしているのだが、そんな時でも、格別感動的なセ リフはなかった。 ここにいては焼け死ぬからと、幼い弟と妹をよそへ逃がしたところ、逆に逃がした場所に爆弾 すす が落ち、駄目だったかとオロオロしているところへ帰ってきた。煤だらけの顔がふたっ、 「ただいまア」 いつもと同じ挨拶で上ってきた。親も親で、 「なんだ、お前。乾パンみんな食べちゃったのか。馬鹿。腹こわしたらどうするんだ」 といった調子である。落合直文作詞ではなく「おんどりゃあ」の方が近かった。
Ⅷある。 ところが、その両隣りは無惨を極めていて、片方は停年退職後二度目の就職といった感じのく たびれた老セールスマン。片方は地下足袋の労務者であった。 三人は、軽く目を閉じ、同じリズムで揺れていた。ここでは着飾っている方が、どういうわけ か不自然に見えた。車内を見廻すと、隣りが隣りにふさわしいといったものはほとんどなく、て んでんばらばらである。そのくせ、少し離れて眺めると、午後四時頃東京を走る地下鉄の客とい うひとつの眺めになっていた。こんなものかも知れないな、と思って、私も同じリズムで揺れて 辞書を引いていて気がついたのだが、隣り同士として考えると、随分面白い組合せでならんで 私が使っているのは、明解国語辞典である。ただし横着者で買い替えようと思いながら、まだ 昭和三十五年に出した改訂六十五版というのだが、めくっているとあきないのである。 「恋女房」と「小芋」がならんでいる。 でペそ 「手文庫」と「出臍」 「左派」と「鯖」 「恋愛」と「廉価」
なのと取替えてえ」 語尾がまた、鼻にかかった。 こびん 小鬢に白髪の目立つ、二十年前の天皇陛下、といった感じの主人は、 「お取替えは困るんですけどねえ」 不機嫌を顔に出した固い顔で、防禦するのだが、中年主婦は一向にひるまない 、じゃな 「だって、着られないんだもの。主人も、嫌だっていうし。手通してないんだから、 し」 言いながら、ぶら下っているほかのドレスを体にあてがっているので、鏡に向ってしゃべる格 好になっている。 、じゃない。ね。本当に手、通してないんだから」 「差額の分は、靴下や下着買うからいし 困るんだけどねえ。弱ったなあ。どうすっかなあを連発しながら、二十年前の天皇陛下は遂に 中年主婦に負けてしまった。 主婦は、同じ品質だが、紺に小花を散らした、ちょっとした外出着になる地味めのものと取替 えて出ていった。 「かなわねえなあ」 主人は吐き出すようにこう言った。 「奥さんの前だけどさ」
しく面白く、という有様で、とても他人さまの洟のかみかたにまで目を向けるゆとりはなかった。 それと、季節はちょうど夏で、洟をかんでいる人は見当らなかったような気がする。 ー東京間の機内と、中継地のアンカレッジの空港で、洟をかんでいる五人の外人 今度は、。、 を見かけた。 ーで洟をかんでいた。かみかたも格別変っ 五人のうち四人は、私たちと同じティシュ てはいなかった。なかの一人が、片手でかんでいたくらいである。 残りの一人は、本当にハンカチで洟をかんでいた。 もうちょっとで六十という年格好のその人は、ジョン・ウェインのまた従弟といった感じのア メリカ人だった。 どういう職業のひとか見当もっかないが、紺のプレザーを着こなした姿勢のいい大男だった。 この人も風邪をひいていると見え、ひっきりなしに洟をかむ。まず大ぶりの白いハンカチを手 品師のように片手でさっとひろげる。鼻を包むようにして、 「グフッ」 かみ終ると、グロープのような掌で丸めるようにして、ズボンのポケットにねじ込んだ。袖ロ には仕舞わなかった。 一度もティシュは使わなかった。 彼は三度か四度、それこそ私の鼻の先で洟をかんだが、
ラブレターを書いた昔にくらべて、いまは電話一本である。恋もお手軽になって来ている。偶 然とはいいながら、寓意になっていたりする。 「ハネムウン」の右隣りは「はねまわる」である。ホテルの前庭で、恥しそうにセルフ・タイマ ーの写真機で記念撮影をしていた新婚さんの時代とは違ってきている。 だから「結婚」の隣りに「血痕」という字がならんでいるのを見ると、ドキッとしてしまう。 本屋の店頭というのはもっと面白い 山口瞳「血族」の隣りに瀬一尸内晴美「比叡」がしなだれかかっていたりする。井上ひさし「し みじみ日本・乃木大将」が阿刀田高「ナポレオン狂」と隣り合せにならんでいる。 「ミセス」と「マダム」と「ウーマン」がならんでいる。さっきの地下鉄の席ではないが、ミセ スという感じのひとと、マダムが隣り合せに坐っている感じがして、おかしくなってくる。 葬儀屋の隣りが洋装店で、この間は純白の花嫁衣裳が飾ってあった。その隣りはガラス屋であ る。はり灸マッサージがあってたばこ屋である。 隣りは関係ないのだ。全く責任を持っ必要はないのだろう。そう思いながら、このところ、隣 任り同士の眺めというのに凝っている。 の
「お嬢さん」と書くところを「お嫌さん」と書いてしまったことがある。出版社に勤めていた時 分だが、しばらくの間「おイヤさん」と呼ばれて、きまりの悪い思いをした。深層心理などとい うご大層なことを言うつもりはないが、この間違いは少しばかり身に覚えがある。 短気横暴ワンマンの父にどなられて育ったせいであろう、私は子供の頃、親に向って嫌と言「 たことがなかった。言いたくても一言えなかった。同じ年格好の女の子が、父親に向って「嫌よ」 「嫌だ」と拗ねているのを見ると、うちには無い豊かなものを感じて羨しく思「た。嫌という字 とお嬢さんの嬢の字は、私の幼時体験の中で一緒なのかも知れない。 親に何か言われたら、大きな声で「 ( イ」と返事をしないと叱られるのだが子供心に不服は声 に出たらしい。父に 「嫌だと思ったら、その分だけ大きな声で気持よく返事をしろ」 金覚寺
244 八百屋に行くと逢う人、花屋でだけ逢う人というのがいる。その老婦人は、銀行で逢う人であ 七年前に初めて見かけた時、あ、誰かに似ていると思い、そうだ轟タ起子だ、轟タ起子が生き ていたら、こんな感じのお婆さんになっていたに違いないと気がついた 本ものの轟タ起子は、姿勢と歩き方の綺麗な人だ「たが、銀行の轟タ起子はそこのところもよ く似ていた。髪こそ半白だがまだ充分美しか「た。洋服の趣味もよく、物腰には品格とユーモア があった。こういう風に年を取りたい、と私は遠くから眺めていた。 ところが、今年に入って急にいけなくなった。 髪はザンパラになり背中が丸くな「た。服装もチグ ( グになり、毛玉の出たセーターの肩に、 白髪の脱け毛が何本もついているようにな「た。椅子に腰をおろすと、膝頭が開いている。ポカ っ ) 0 亠冂い目脂
「亜 5 いけど : 紅を拭き取った紙を手に、女の子はもう一度くり返した。その目は必死だった。恋人が外に待 っているんだな、と見当がついた。食事のあと、口紅がパッグの中にあると信じて、紅を拭き取 ってしまったのだろう。この顔では、出るも退くも出来ないのである。 彼女は、鏡に顔を近づけ、直重に紅を 私は、口紅の先を紙で拭い、「どうそ」と差し出した。 , つけた。私だ「たら、まず指先に紅をうっし、それを自分の唇に移すけどなあ、と思ったが、勿 論口に出しては言わなかった。 塗り終ると、彼女は大きな溜息をつき、ケースにもどして、 「、ど、つ・も」 と返してくれた。使ったあと、紙で拭うことはしなかった。受取る私の顔のどこかに硬さを見 たのか、彼女はあわててお礼の追加をした。 「ありがと、つ」さいました ! 」 彼女は自分の・ハッ テレビの歌番組で新人歌手が司会者におじぎをするーーーそんな感じだった。 , グをつかむと、ドアに体当りするように勢いよく出て行った。 口紅を貸してくれと言われたのは初めてだが、眉墨を貸してと言われたことは、今までにも経 験がある。
网動をしすめる力があるというのである。筋肉もびつくりするのかも知れない。 ぶつかるといけないので私はうしろを振り返ってから、うしろ向きに歩き出した。 簡単そうにみえるが、これは意外にやりにく、 。体育館か連動場でやるのならはなしは別だが、 街なかの舗道だとなにかにぶつかりそうで、不安になる。 それよりも、向うから歩いてくる人の顔というか視線のほうが、こたえた。 狐につままれたというか、信じられないという顔をする人もいる。すこしおかしいのではない か、という感じで、人の顔をのそきこんでゆくかたもいた。当り前である。自動車ならいざ知ら ず、人間の・ハックというのは聞いたことがない きまりが悪いのとおかしいのとで、ものの十メートルもいったところで足をとめた。しやっく りはみごとにとまっていた。 たまには大きいことを考えようと上を見ると、いい格好の雲が浮かんでいる。 理想とか夢というのは、こういうものだな、と納得がゆくのだが、あまりにも大き過ぎ離れ過 ぎていると、いまひとっ取りとめがなくてビンとこない。私のような小物には雲よりも風船がい 。糸をつけて自分の手で持ち、下から見上げることが出来る。 パチンと破けても、また別の風船を見つければいし ノイローゼだ自殺だとさわぐこともなく
246 フランス映画全盛時代でもあり、まだ外国製品がこんなに街に溢れていない頃だったから、か なりの反響があった。 数は来たのだが、・ とうも内容が面白くない。あの映画のあなたは素敵でした、憧れています、 一本槍である。これでは記事にならないというので、私は編集長にいわれてジャン・マレエ宛て のファン・レターの代作をしたのである。 正直言ってジャン・マレエは好きでなかった。全身イボもホグロもありませんという感じで胸 を張っているこの人より、頼りなげなジェラール・フィリップの方がいいと思ったが、これも月 ハーでもなく、さりとて凝り過ぎぬ 給のうちである。私ははたちの女の子になって、あまりミー ようかなり苦心をして手紙を書いた ひと月ほどして、返事がとどいた。 この企画の仲介をして下すった日仏半官半民団体のオフィスに受取りにゆくと、代表のーーこ の方はフランス人の血が混った温厚な中年の紳士であったが、ちょっと困ったような顔をされた。 一通だけ具合の悪いのがあるという。ジャン・マレエからの返事であった。かまいませんから、 ありのままを直訳して下さいとお願いした。 「貴女の手紙は虚偽に満ち満ちている」 この書き出しの一行は、日活国際会館の、お濠が見える角の部屋で、申しわけなさそうに読ん で下すった代表者の横顔と一緒にはっきり覚えている。