書い - みる会図書館


検索対象: 無名仮名人名簿
215件見つかりました。

1. 無名仮名人名簿

4 たが、これでご飯を頂いているのである。たまには身銭を切らなくてはと思ったのである。 英語の話せる金髪碧眼中年美女の店員が、愛想よく世話をやいてくれる。試し書きをしてもよ いかとたすねると、どうぞどうぞと、店名の入った便箋を差し出した。 私は名前を書きかけ、あわてて消した。稀代の悪筆なので、日本の恥になってはと恐れたので ある。 「今頃は半七さん」 私は大きな字でこう書いた。少し硬いが、書き味は悪くない。 優雅な手つきで私の手を止めるようにする。 試し書きにしては、荒つばく大きく書き過ぎたのかと思い、今度は小さ目の字で、 「どこにどうしておじやろうやら」 と続け、ことのついでに、 「てんてれつくてれつくてん」 と書きかけたら、金髪碧眼は、もっとおっかない顔で、 と万年筆を取り上げてしまった。 片言の英語でわけをたすね、判ったのだが、縦書きがいけなかったのである。 ところが、金髪碧眼中年美女は、

2. 無名仮名人名簿

ッキングのついた留めのついているのを持ってくる子もいたし、何代目のお下りなのか、でこば こになった上に、上にのせる梅干で酸化したのだろう、真中に穴のあいたのを持ってくる子もい 当番になった子が、月使いさんの運んでくる大きなャカンに入ったお茶をついで廻るのだが、 アルミのコップを持っていない子は、お弁当箱の蓋についでもらっていた。蓋に穴のあいている 子は、お弁当を食べ終ってから、自分でヤカンのそばにゆき、身のほうについで飲んでいた。 ときどきお弁当を持ってこない子もいた。忘れた、と、おなかが痛い、と、ふたつの理由を繰 り返して、その時間は、教室の外へ出ていた。 砂場で遊んでいることもあったし、ポールを蹴っていることもあった。そんな元気もないのか、 羽目板に寄りかかって陽なたばっこをしているときもあった。 こういう子に対して、まわりの子も先生も、自分の分を半分分けてやろうとか、そんなことは 誰もしなかった。薄情のようだが、今にして思えば、やはり正しかったような気がする。ひとに 恵まれて肩身のせまい思いをするなら、私だって運動場でポールを蹴っていたほうがいい お茶の当番にあたったとき、先生にお茶をつぎながら、おかずをのぞいたことがある。のぞか なくても、先生も教壇で一緒に食べるので、下から仰いでもおよその見当はついたのだが、先生 のおかずも、あまりたいしたものは入っていなかった。 昆布の佃煮と切りいかだけ。目刺しが一匹にたくあん。そういうおかすを持ってくる子のこと

3. 無名仮名人名簿

しい年をして鍵がなくて出られませんとも一言えないので、そのへんは上手に取りつくろい、さ ーかかったのだが、そうなると、親ゆずりののばせ性で、カッとなって、もうどこに て鍵を探しこ 仕舞ったか判らなくなってしまう。 トの鍵は、ふたっ持っていたが、整理整頓のよろしくないほうなので、ひとつはとうに どこかへもぐり込み、手許にはひとっしかなかったのである。 あっちの抽斗、こっちの・ハッグと大汗かいて探し廻っているうちに、ふと気がついた。 万一の用心に予備の鍵を妹と友人の ()n 女史に預ってもらっていた。すぐに受取りにゆこう、と 思いついて、笑ってしまった。鍵を受取りにゆくためには、鍵をしめて出掛けなくてはならない のである。 ひとり暮しをするためには、整理整頓をよくしなくてはならないということが、骨身に沁みて よく判った。 鍵は、前の日に着たコ ートのポケットに入っていた。 鍵は泥棒用心と、うちに入るために必要だと何となく決めていたのだが、それより先に、うち を出るために必要である、ということを教えていただいた。 それにしても、こんな判り切ったことに気がっかないで、よくもまあ、何百万人というかたに 見ていただくホーム・ドラマを書いていたものである。 ひきだし

4. 無名仮名人名簿

自分のことをこう書くのは気がさすが、彼の説明によると、何百軒もの家を廻るが、私の応対 が一番丁寧だったというのである。 こんなところで逢えるとは田 5 わなかった。ご主人は出張ですか、と言いながら、どうしても自 、とゲソ焼の皿を私の方に押してきた。 分のおごりを受けて貰いたし 「ぬた二丁。いつもの」 お姐さんに目くばせした。当惑している私に、 「クズ屋のおごりは嫌ですか」 店中の人が、私達を見ていた。私は有難くご馳走になることにした。 彼は、クズ屋という商売がいかに収入がいいか熱つばく話してくれた。ラッシもなきや上役 にゴマすることもいらない。 ヒモ一本とリャカーで、借地だけどうちも建てたし、子供二人を大 ここで酒を飲むことも出来る。 きくした。毎晩、風呂の帰りに、 「雨が降ると来ないけどね」 肥ったお姐さんがまぜっかえした。 「娘がばつばっ年頃なんで、おもてを歩いてても鏡台なんかが気になってね」 「娘にや新品、持たせなさいよ」 彼まひるまず話をつづけた。今年は間に合 肥ったお姐さんは、少し酒癖が悪いようであった。 , 。 わなかったが、来年は女房をハワイへゆかせてやる。絶対にゆかせてみせる。それは私に言うよ みいり

5. 無名仮名人名簿

「皆さんそうおっしやるのよ」 と、髪を手でかき上げてお得意の邦子ちゃん、だった。 これは小説を書くようになられてからだが、 「どうして夫婦のことなんかわかるの ? 」 と聞いてみたら、 「猫を見てりやわかるわ。人間だって大した違いはないでしよ」 といわれてしまった。 初めて一緒に京都へ行ったのも、このエッセイの連載のころだった。 事故の一月前にも行ったのだが、遊ぶときの向田さんは可愛らしかった。 迎えに行くと、必ず外に出ていて、大ていじっとしていられないで跳ねていた。車にのると、 「嬉しい、嬉しい、遊ぶのだぞ」 という。この話を、このごろよく向田さんのお母様とする。「邦子が働いてばかりだったと思 うと辛いけれど、こういう話をきくとはっとする」とおっしやるからだ。 新幹線に乗り込むと、私のお金を徴収し、自分も同額を御持参の赤い財布に入れ、「公金」と 称した。 面白くなって、二泊のつもりが三泊になったことがあった。やっと帰った日、私の妹が用があ って行ったら、四日分の猫臭さの中に、編集者らしい人がいたという。

6. 無名仮名人名簿

216 素晴しい机を見つけて夢中になったことがある。 それは、銀座の輸入家具を扱う老舗の奥まった一隅に、ゆったりと置かれてあった。 イタリー製で、黒い漆のような仕上げである。ごくありきたりの形なのだが、こういうのをす ぐれたデザインというのであろう。モダンななかに気品とやわらか味があった。 えんじいろ 大きさも中位で、机の横の部分と、セットになった椅子のグッションと背もたれは臙脂色のモ ロッコ皮である。明らかに婦人用の机である。 私は、女の机としては日本の二月堂が最高だと思っているが、この机は、イタリーの二月堂と いうところがあった。なによりも、偉そうにみえないところがいし こんな机で書いたら、私の書くものもすこしは色つばく女らしくなるかも知れない。私という 人間にも、私の部屋にも似合わないことは百も承知で、欲しいなあ、と思った。問題は値段であ 眠る机

7. 無名仮名人名簿

158 次の瞬間、焼けるかも知れないと思いながら、どこかに、勿体ないというかいけないことをし ているという遠慮があり、その反面、日頃やってはいけないことをしているたかぶりもあったよ 、つに田 5 、フ 父は、自分で言っておきながら、やはり社宅である、という気分がぬけないのか、爪先だって 歩いていた。 この時、一番勇ましかったのは母である。 一番気に入りの大島の上にモンべをはき、足袋の上に、これも父の靴の中で一番高価なコード ハンの靴をはいていた。つまり焼けてしまったら勿体ないと思ったのであろうが、五尺八寸の大 男の父の靴を五尺に足りないチビの母がはいているのだから、これは、どうみてもミッキー・マ ウスかチャップリンであった。 このチャップリンが、家族の中で誰よりも堂々と、大胆に畳を汚していた。この母の足も、麗 子の足と同じように親指と人さし指のひらいている日本人の足なのである。 こういう足は、だんだんと少なくなってゆくのだろう。靴の歴史も、もうすぐ三代になる。 洋服を着て、全身や顔の記念撮影をしておくのもし 、いけれど、せつかく下駄から靴への過渡期 に生きている私たちの世代である。家族の素足の写真を撮しておくのも面白いのではないだろう

8. 無名仮名人名簿

る。 キエ子は老眼であった。 老眼鏡が出来上って、かけて見たら、週刊誌のズレていた目玉は、ビントが合うようにビタリ と納まった。 針の目もみんなキチンとあいていた。 「お若くみえます」 などという他人様のお世辞をまに受けて、自分ひとりは年を取らないと思い込んでいたのであ 老眼鏡をかけて鏡を見てみたら、顔のしみもよく見えた。髪を分けたら、知らないうちに白髪 が増えていた。 世の中で自分ひとりがすぐれている。私のすることに間違いなどあるわけがない。違っている のは相手であり世間である。 天上天下唯我独尊は、お釈迦様ならいいが 、凡俗がやると漫画である。 きまりが悪いのでキエ子と書いたが、この主人公の本当の名は、邦子である。 つまり、私なのである。

9. 無名仮名人名簿

178 ーンの、次の場面が心配でたまらなくなるのである。 物をぶつけるシーンに関しては、外国ものの方が断然迫力がある。 ぶつけるものが、大きな花瓶でありシャンペングラスで、ぶつけられる床の方も石造りだから ハリがある。 派手な音がする。叩きつける役者の目鼻立ちもハッキリしていて、演技もメリ さんばう ところが、わが国産時代劇の場合ま、卩 。ロきつけるものが、三方だったり黒田節に出てくる大盃 だったり、せいぜい、こなからとよばれるお預け徳利である。受けとめるのも大理石の床でなく、 畳である。襖である。障子である。いまひとっ迫力に欠けるのもやむを得ない。 因みにこなからは、小半、二合半と書いて、文字通り二合五勺入りの徳利のことである。一升 の半分 ( なから ) の更に半分ということらしい 現代もののホームドラマでも、よく叩きつけるシーンはお目にかかるが、ウイスキーを買うと ついてくるネーム入りのグラスや、プラスチッグの皿小鉢では、クリスタルのシャンペングラス にとても太刀うち出来ない。 私も、四、五年前に「寺内貫太郎一家」というテレビ番組の脚本を書いたが、この中で必ず、 一家揃って大げんかという場面があった。 茶簟笥が倒れる。ガラスが割れるは毎度のことだったが、 「あのあと、ガラスはどうするのですか。うちなんかガラス屋に頼んでも、なかなか来てもらえ

10. 無名仮名人名簿

たりを見た。目頭に大きな目脂がくつついていた。 この間、朝のテレビ番組に顔を出した。 テレビの脚本を書きたいという女性が増えているので、それについて何かひとこと言ってはし いというのである。時間が短いこともあり、意を尽せなかったのできまり悪く思いながら、うち へ帰ってヴィデオ・テープにとってあった自分の姿をもう一度見てみた。 司会者が、放送作家になるコツは何ですか、とおたずねになる。少し困っている私の顔がうつ る。次の瞬間、私は手をあげて目頭から目脂を取るしぐさをしているのである。頭の隅っこに、 あの日の、エレベーターのジャン・マレエがあるのかも知れない。偉そうなことを言う前に、自 分で気がっかないうちに、ひとりでに手が動いたとしか思えない 年をとると、猫も犬も、人間も気むずかしくなる。人を許さなくなる。出来たら、ひとには寛 大、自分には峻厳とゆきたいところだが、そうもゆかないのが老いだとすれば、せいぜいスカー トの折り返しと目脂には気をつけなくてはいけないなと思ったりしている。