尽くされて疲れるとは当節の夫、どうなっちゃってんの、と日本の前途のために心配になってき た。それによると、女房からあんまり身体を大事にしろ大事にしろといわれると疲れるというし、 身だしなみについて干渉されても疲れる。特に問題は性生活である。 といってもセックスをし過ぎて疲れているというのではない。どうやら私の推察では、男は 「妻というものは常にセックスをしたがっていて、夜になれば隣の寝床より亭主をねらっている セックスアニマルである」というような被害妄想を勝手に抱き、そのため何もしないうちから疲 れ果てているという風に思える。中に、 「上役が隣に寝ているような気がする」 と述懐する人あり。サラリーマンの悲哀ここに極まれり。 うるわしき義理人情 モロタイ島で発見された元日本兵中村輝夫さんには奥さんがいて、その奥さんは今は再婚して いて子供もあるという。中村さんは台湾へ帰っても、行く所がない。二人の年老いたお姉さんが そういう断片的なニュースを読 いるから、そのどちらかの家で厄介になるよりしようがない んで、私はずっと暖かい気持であった。
128 と夫はいっただけである。浮気を認めているたけではなく、信しないのである。二度、三度、 四度、いえばいうほど信じない 男はお家騒動の・ハカ殿さまよ、と彼女は憤然といった。家来が自分に背くことがあるとは夢に も思っていないんだわ / つまり男は女房を家来だと思っているのだ。憤って彼女は浮気をやめ た。めでたし、めでたし。 差別待遇 テレビ番組の中に、夫婦物「てのインタビ = ー番組がよくあるが、そんなとき、インタビ = ア ーが決まって出す質問に、 「奥さん、いかがですか、ご主人の浮気の方は ? 」 せりふ という台詞がある。待ちうけていたようにまくしたてる奥さんもいれば、ゼッタイ、主人を信 じていますというたしなみある奥さまもいらっしやる。ところでこれらのインタビュー ご亭主 の浮気は根ほり葉ほり聞くが、 「ご主人、奥さんの浮気の方はいかがですか」 と聞くインタビュアーがいないのはどういうわけか。これは、ご亭主への遠慮 ? 奥さんへの
浮気の弁解 そろ スワッピングというのがはやっているそうである。スワッピングとは夫婦が揃って別の夫婦と よろこび 浮気をすることだそうで、それも別々ではなく一室で共に歓を尽くすという。これによって夫 婦生活もより円満、女房もヤキモチをやかなくなりましたとは愛好者の言葉である。 だが果してすべてがそううまく行くだろうか。夫婦同士、相手を取り替えるということになれ きら だんな ば、奥さんの方は相手に気に入られても旦那さんの方が気に入られない ( 何しろ女は好き嫌いが 激しい故 ) 場合など起きてくるのではなかろうか。 と何度見合いをしても旦那さんがモテぬために、スワッピングが成立しないということになれば 男 奥さんとしてはどういう気持になるか ? そればかりでない。大事の際に旦那さん、にわかに不 能状態に陥 0 たとする。その時、傍なる奥さんとしてはいかなる態度をなせばよいか。 夫婦まんざい
理想的女房像 私はテレビの「夫婦善哉ーのファンである。昨夜もそれを見ていると、牛乳販売店の夫婦が出 てきた。 「ご主人は浮気しますか」 というミヤコ蝶々の質問に若い奥さん、 「してへんと思いますけど、でもハラマキ忘れてきたことがありますし : : : 何してるのやら : : : 」 ふろ 蝶々に問いつめられた旦那さんは、風呂屋に忘れたといっている。 蝶々「旦那さんはああいうてはるけど、奥さん、どう思います ? 」 奥さんしばらく考えて「そんなら、浮気してへんと信じますー こういうのを世の男性はかわいい女というのである。私の友人は浮気をしてサルマタを裏返し にはいて帰ってきた。よっぽど急いだのであろう。裏返しといってもモモヒキと重ね合わせたま とまの裏返しである。つまりモモヒキの外側にサルマタがきている。いくらなんでもこれは風呂屋 男 のせいにはできないのである。 春の夜の油断大敵火の用心 だんな
で、奥さんの方には背中を向けつばなしだという。 テレビの位置を変えれば奥さんの方を向くのではないかと私は意見を述べたが、結果は同じこ とであったらしい。結局、その夫婦は別れることになったので、私はその旦那さんに質問した。 「なぜテレビがそんなに好きなんですか」 「テレビが好きというわけではないんですがねー 旦那さんはいった。 ことわざ 「西洋に、セミの亭主は幸福である、という諺があります。セ、、、のメスは鳴かないから」 テレビがメスの鳴き声除けとは、初めて知ったのでありました。 悪妻修業 ソクラテスの妻クサンチッペは、悪妻の代名詞となるほどの世界的悪妻といわれている。ンク ラテスの息子のランプロクレスと、 「野獣の残酷なのと母親の残酷なのとではどっちが耐えがたいと思うかね 「ぼくは母親だと思います。とにかく、あんなのがそうならー という会話を交している。だがその悪妻を妻として平気でいるソクラテスに、人がそのわけを
それらの悪口のほか、子供の学校の教師の悪口、近所の奥さんの悪口、亭主の友達の悪口、そ の友達の奥さんの悪口といった具合に、際限なく悪口は増えていく。女の一生から悪口を取った らカラッポになるのではないでしようか、とその人はいった。 では女が悪口をいっている間、男は何をしているのか。男は悪口はいわない代わり、悪口をい われるようなことを次々にしているのです、ということであった。 恋人の探し方 だんな 夫人の旦那サマが亡くなって二年、夫人は息子や孫と賑やかに暮しているのだが、このとこ ろ毎日イライラしてヒステリーを起こすようになった。 「お気の毒に、おばあちゃんは欲求不満なんですのよー と、ものわかりのいいお嫁さんは同情した。夫人は六十歳で後妻のロといっても容易にはない。 かといって浮気の相手を見つけるのはなおのこと困難である。親孝行な息子夫婦に恵まれ、はた なげ と目には何の不足もないこの身が、何の因果で今ごろ、ヒステリーにならねばならぬかと夫人は歎 男 いてかきくどく。 老人の日というと若い者は「おばあちゃん、いついつまでもお元気で」など気安くいうが、元
148 不思議ねえ」 としきりに不思議がっている奥さんたちがいる。何もそう不思議がることは ない。男とは奥さんのよし悪しにかかわらず浮気をするものなのだから。 女の人の話を聞いていると、ちっとも不思議でないことを一生懸命に不思議 がっているのが不思議である。 「お父さんが教育者なのに、どうしてあんな子供さんができたのか、不思議ね え」 おのず 教育者と父親というものは、自から別モノであると思えば少しも不思議では ないのだ。 「お父さんもお母さんも頭がいいのに、どうしてあんたみたいなできない子供 ができたのか、不思議だわ」 これもちっとも不思議ではない。ただ自分たちが頭がいいと自分で思いこん でいるだけのことなのである。 教育のお手本
章 話 紳士のユーモア と 男一七四五年、ルイ十五世の率いるフランス軍は英国軍と戦うべくべルギーのフォントノワに対 R 峙した。両軍は互いに五十歩の距離をへだてて向き合い、双方の司令官が部隊の前面へ出て互い 強い男の喜びと悲しみ すると後日の新聞が、中村さんの奥さんの今の夫である七十歳の老人が、奥さんと家は中村さ んに返すのが当然だといって村を離れたと報している。 何という素朴な麗しい理人情 / 「男らしさーとはこういうことなのだ。今の日本の男にこ んないさぎよい男がいるだろうか、と感激していると、某男性、 「ぼくだって、そうしますよー 「あなたに ? できるもんですか」 「今こそ天が与え給いしチャンスなり。いざ妻より解放されんと、小躍りして出て行きます」
187 聞いた話 , 見た話ーーー 4 章 たそうである。 憤慨の第一は、山口百恵、小柳ル、、、子、桜田淳子などのチビ歌手の名をあげ た男性が多かったことだそうで、 「大のおとながあんな小娘を好くというのは、男が衰弱している証拠であるー ののし と口をきわめて罵ったあと、突如一人がブッと吹き出した。それは木崎国嘉 とたん 博士があげられた二人の女の名を見た途端だそうで、 、木崎さんて変わってるウー と、彼女たちは喜んだ由。 木崎先生は坊主頭にハチマキ締めてスケートをなさる大阪道明寺の門跡さん と、かく申す私を選んでくださったのだそうである。 ( なにもブッと吹き出す ことはないやのン ) 懐しい味 毎年、年の瀬になると、みるみる生き生きしてくる奥さんがいる。届いたお 歳暮の上包みを上手にはがし、右からもらった物を左へ届け、左からもらった ぜき
9 とカ 「 x x さんのご主人、ホントにやさしい方なの」 ホンマかいな ? という会話が出るようである。そんなとき私は傍にいて、心ひそかに、 と思ってしまう。なぜなら、いつもニコニコしているからといって、すぐやさしい人間であると あわ 決めることはいささか慌てすぎであるような気が私にはするからである。若い女性はしばしば、 ″やさしい″と″おとなしい″とを混同していはしないだろうか。ある若い女性が、 「カレ、とてもやさしい人なの」 トを歩いていた。彼女の方は と感激していたカレなる男は、彼女のこうもり傘を持ってデパー 、グを下げているだけで、彼は買物の入った紙袋と、女もののこうもり傘を持ってい ) : 人はそんな彼にひそかに、「三十点」と る。彼女の感激にケチをつけるようで申しわけなし力不 点数をつけたのである。そして同時に彼女の方にも、「三十点」と点数をつけた。男に女ものの 傘を持たせて喜んでいるような女も女なら、黙々とそれを持っている男も男である。男のやさし さとはそんなものではない。そういうのは「やさしい」というべきでなく、「意気地なしーとい うべきなのである。 ある若い奥さんが、隣の旦那さんはホントにやさしい旦那サマなのよ。それにひきかえうちの 主人ときたら、やさしさなんてノミのハナクソほどもないんだから、と怒っていた。隣のご主人