小説 - みる会図書館


検索対象: 男友だちの部屋
21件見つかりました。

1. 男友だちの部屋

カマスちゃんは女を買いに行った小説を書いた。はじめて女を買いに行って、ヒザ小僧 がすりむけた、という小説である。小説の合評会のとき、一人の青年が、 「膝小僧がすりむけるまでやって、それでもまだ、女に愛されたい、愛されたいと作者は いっている。これはいったいどういうことですか、呆れてモノがいえん」 と憤慨すれば、 「いや、女に愛されたいという作者の気持、これはあくまで心の問題であって、やったか らといって、すむものではないんだ」 はーんばく そんなことがわからんようでは困るね工、といった顔で反駁する人もいたりして、なん とも幼稚な批評会であった。 私は私で、「膝小僧がすりむけるとはどういうことやろう ? 」と考え込み、カマスちゃ んに質問すると、 「何しろはじめてのことだからね、無我夢中で、だんだん布団からタタミの上へハミ出し 屋て行ったんスよ」 部 の ということであった。 ち だ「ふーん、タタミの上ねえ : : : それにしても、すりむけるとは、よくよく粗悪なタタミで 男 あったか、それとも膝小僧の方が粗悪であったか」 と考え、 あき

2. 男友だちの部屋

「ハラへったなア」 しゃべらない男というもの と思っているだけなのか、そこのところは皆目わからない。 は、どことなくえらそうに見えるものなのである。 哲学者風ィリネコちゃんは、古ガレージの奥なる居候部屋から出て来て、私たちの居間 へ来てルンペンストーブの前に腰をかけ、何時間でも黙っている。そうしてポツリと呟く。 「ばく、ネコ、杁したことあります」 私はギョッとして彼を見るが、そのまま彼は今いった言葉を忘れたようにじーっと坐っ ている。 「ばく、ネコ、殺したことあります」 この言葉の中には、、かなる深遠なる意味がこめられているのか。ネコとはそもそも何 を象徴するや、と私は考えるのであった。しかし今になって思うと、イリネコちゃんは、 よみがえ ストープに当ってばんやりと少年時代のことでも思い出しているうちに、ふと蘇ってき 屋たことを口に出したにすぎなかったのではないか、と思う。 私と私の夫であったカマスちゃんは、毎日毎日、売れない小説を書いている。居候部屋 だでイリネコちゃんも売れない小説を書いている。毎日のようにやって来る友だちも売れな 小説を書いている。私の家は売れない小説家のタマリ場だったのである。 その中で突如、イリネコちゃんに光が射した。ィリネコちゃんの作品は芥川賞候補に上

3. 男友だちの部屋

222 せていた。考えてみればこの家に住んで二十年になる。その二十年の間に、庭には何の変 化もなかったと私は思いこんでいたのだ。 「バラが植わっているのかと思ったら、そうじゃなかったんですね」 という一一 = ロ葉で私は忘れていたことを思い出した。十年前、私は「その時がきた」という 、 : その書き出しの文章を、私は我が家の庭に、私の身丈よりも高く、何の 小説を書したが、 せんてい 手入れも剪定もせぬままに、毎年、ローズ色のしつこいほど大きな花をたわわにつけてい たバラの描写からはじめたのだった。訪問者がバラのことをいったのは、その小説を読ん でいたためである。 「庭のバラの木という木が、ローズ色の大きな花をいつばいに咲かせる時期が来ると、九 重彰野はいつもその庭を陰鬱だと思うのだった」 その小説はそういう書き出しである。 「今年もバラは庭いつばいに咲き誇り、開いた花弁は外側にめくれ返って日々色褪せ、疲 れ果てたように揃って下を向いているのがいかにも鬱陶しく汚らしい」 じやけん そのバラはこの家を建てた時に私の別れた夫が植えたもので、どんなに邪慳にしても枯 れそうにない、その図太い感じが私はいやだった。そんな鈍感な花を好いている夫に、私 は複雑な思いを抱いていたことを思い出す。

4. 男友だちの部屋

「じゃあ、何でもいいや」 「カッパちゃんー・・。・。。 , 、ゾ洋っ ? 」 ししでしょ , つ」 「カッパちゃんか : たちま と電話を切った。カツ。ハちゃんは私の言葉には、忽ち従うのである。彼は諍いを好まな 竫、をしても、勝つみこみなど全くないことがわかっているからである。 彼の書く小説に強い男が登場したためしが カッパちゃんは今は小説家だが、だいたい、 , オしいつも弱虫で女好きである。ほかのことは不精だが、女をくどくことだけはマメだ。 弱虫だが、セックスだけは強いのである。私が、カッパちゃんの友だちであることを知っ ている人は、 「あの人は本当にあんなにアソんでいるわけじゃないんでしよう ? 」 とよく訊く。 「いや、だいたい、あの程度のことはしてるんじゃないですか」 と答えると、 と皆、感心する。もっともこの場合、感心するのは男の方であって、女は、同じ、「へ ーえ ! 」の声の中に「呆れはててモノもいえない」という響を持たせているのが常である。 「趣味と実益を兼ねている、というのは彼のことです ! 」 いキ ) カ

5. 男友だちの部屋

なんだか強調したくなる ) 、同じ同人雑誌に属していた。そしてここに書かれている多く の人物たちにも、そこで出会ったのである。 その同人雑誌は、ばくたちの青春そのものと言ってもよかった。ばくが二十年ほど前に 書いた「しおれし花飾りのごとく」という小説も、実を一言えば、その同人雑誌を中心に集 まるおかしな人間たちを、モデルにしたものだ。ただ、ばくは、どちらかと言えば、小説 の世界が出来るだけリアルなものに感じられないように、デフォルメして書いた。だから、 その雑誌は、とうとう日の目を見ずにおわるのである。ばくは登場人物よりも、時のぜい 沢な浪費といいかえてもいいような、青春の雰囲気を主人公にしようとした。なぜそうし こかには、いろいろと理由はあるが、一番の理由は、まだその時代から、さはど遠ざかっ ていなかったからである。ありありとデテールを覚えている時だから、あまりリアルに書 く気にならなかったのである。 不思議なものだ。望遠鏡でのそかねば見えぬほど、事物が遠ざかった時になって、リア ルにものが書けるようになるとは。わざわざ、あいましにばかす必要がないくらい、ばく 説たちの頭から、適当に記憶が抜け落ちて行ったためだろうか。 おや、ちょっと混乱があるようだ。これは、ばくの感想であり、彼女とは関係のないこ 解 とだ。彼女の記憶は、そんなに抜け落ちていない

6. 男友だちの部屋

大仏さんと案内人 カッパちゃんは私の二十年来の親友である。 初めて会った時は定時制高校の英語の先生をしながら、小説を書いていた。 「ほんと , っ【」 と私は思わずそういったことを憶えている。 ニセ教師ではないか ? そう思ったのだ。 本当だと知って、ヘーえ、日本も変ったものだなア、と、改めて「敗戦」がもたらし亠 日本の変貌について感慨をもよおした。私のような戦中派は、教師というものは、人の たるべきものゆえ身をつつしみ、尊厳を保つべく努力しているものだ ( あるいは努力して、 るようなフリをしているものだ ) と思いこんでいたからである。どちらかというとお嬢さ , おし 育ちの世間知らず、親の訓え、世間の通念に馴れていた私のマナコを、真実に向って開、

7. 男友だちの部屋

210 再び青春が蘇ったのは、見合い結婚をして徒労の七年を経た末にひとり身に戻り、小説 を書きはじめてからである。「文芸首都」という同人雑誌に入って、沢山の友人、仲間が こんとん 出来た。未来は混沌としていたが、今までに味わったことのない限りない広がりがあった。 既に二十歳代の後半に入っていたが、まるで十代のような単純無垢の希望に燃えていた。 仲間はみんな貧乏で、一皿三十円のかんびよう巻きを一皿注文して、五人で一つずつ食べ たりした。かってそんなことをみつともないと思うような世界にいた私には、そんな貧乏 が楽しくてたまらなかった。今こそ本当の青春時代が来たと思ったことを憶えている。

8. 男友だちの部屋

変型男友だち ャギちゃんと私が出会ったのは、私が二十七歳、ヤギちゃんが二十二歳の時である。今 はヤギちゃんだが、二十八年前のその頃は、ヤギちゃんではなく、カマスちゃんという感 じであった。 私が小説でも書くよりしようがない身の上になって、ある文学志望者のグループに入っ たとき、ウサギちゃんもおり、カマスちゃんもいたのだ。 そのグループには数十人の男性がいたが、その中でカマスちゃんと仲よくなったのは、 お尻にべッタリくろぐろとアイロンの型がヤケコゲになっているズボンを穿いていたから である。 昭和二十五年のその頃は、街には失業者が溢れ、人はみな不如意な暮しを余儀なくされ ていたとはいえ、このような見事なャケコゲのズボンはやはり珍しかった。しかし、見事 なャケコゲがあっても、そのズボンの生地は上等のホームスパンで、もとは大へん高価な 、つか ) か ものであったらしいことが窺える。カマスちゃんはカネモチの息子なのだった。

9. 男友だちの部屋

集英社文庫目録 ( ェッセイ・対談・ノンフィクション ) プラックジャーニ 熊井明子私の猫がいない日々佐藤愛子男の学校白石かずこ 坊主の花かんざし 瀬戸内晴美ひとりでも生きられる 見城美枝子女の日曜日佐藤愛子 見城美枝子男と女の風景佐藤愛子愛子の日めくり総まくり瀬戸内晴美見出される時 見城美枝子女のティータイム佐藤愛子丸裸のおはなし瀬戸内晴美生きるということ 小池真理子恋人と逢わない夜に佐藤愛子娘と私のアホ旅行瀬戸内寂聴寂庵浄福 ア / ム 小池真理子いとしき男たちょ佐藤愛子愛子の獅子奮迅瀬戸内寂聴寂聴巡礼 御所見直好誰も知らない鎌倉路佐藤愛子娘と私の天中殺旅行曾野綾子アラ。フのこころ 駒田信二私の小説教室佐藤愛子男友だちの部屋曾野綾子人びとの中の私 小林信彦地獄の読書録佐藤嘉尚・ほくのペンシ , ン繁昌記曾野綾子私の中の聖書 はるなっ田中光常自然動物わが愛田 小林信彦地獄の観光船佐々木久子酒 あきふゅ 上司のホンネ 田中光常自然動物わが愛 小林信彦地獄の映画館塩田丸男 部下のタテマエ 女にわかるかー 谷川俊太郎わらべうた 小松左京読む楽しみ語る楽しみ塩田丸男 男のホンネ それでもオレは 田村隆一小さな島からの手紙 佐野洋子私の猫たち許してほしい塩田丸男 課長になりたい 佐藤愛子娘と私の部屋司馬遼太郎歴史と小説田村隆一インド酔夢行 佐藤愛子娘と私の時間司馬遼太郎手掘り日本史檀太郎新・檀流クッキング 佐藤愛子女の学校下村満子記者の目女の目檀晴子檀流ク , キング入門日記

10. 男友だちの部屋

「あんたの男友だちはなんであんな汚い人ばっかりなんや」 といったので。 カマスちゃんに出会ってから五年後に、私はカマスちゃんと結婚した。結婚生活は頗る 快適だった : スポンにアイロンをかけてやる必要もなし、ワイシャツなど、色の濃いのを 買っておけば、十日ぐらい、洗濯しなくても黙って着ている亭主である。 私は家事はしないで、来る日も来る日も売れない小説を書いていた。カマスちゃんはあ あだな る女性からシームレスと渾名をつけられた。。 スポンに筋がついていないからなのである。 カマスちゃんは私にそれを報告し、 「アッ、ツ、ツハア と笑っていた。それで私も、 「ワハハ . と一緒に笑った。 そんな風に気が合っていたのだが、 十年余り夫婦でいた後、私たちは離婚し、カマスち ゃんはもとの「男友だち」に戻った。そしてカマスちゃんは年をとってャギちゃんになっ 私の「男友だち」の中には、こんな形の男友だちもいるのである。 すこぶ