忘れ - みる会図書館


検索対象: 男友だちの部屋
109件見つかりました。

1. 男友だちの部屋

から、女にふられたことなんて、バチンコで損をした程度にしか感じていないのだ。 その話を聞くときは、ムは特別怒らない 「ふーん」 というだけだ。こっちの方はウンコの話と違って、私には全く関心のないことだから。 十年前、私の家は事業に失敗して、破産した。大勢友だちがいたが、ただ遠まきに眺め て心配しているだけで、こういう時に身を切って励ましてくれる人というものはなかなか もら いないものである。友だちどころか親からも兄姉からも千円の金も貰わなかった。 そのとき、金を貸してくれたたった一人の人がカッパちゃんだった。 「ねえ、百万、貸してくれない ? 」 カッパちゃんには、平気でそういえたのである。十年前の百万円といえば大金だった。 カッパちゃんは簡単にそういって百万円、貸してくれた。 「あの時、貸してくれたのは、あなただけよ」 彳になってそういうと、 「そうかい、オレ、貸したかなあ、百万なんて金、持ってたのかなあ : : : 」 と、カッパちゃんは忘れてしまっているのである。この「忘れている」というところが

2. 男友だちの部屋

とケチをつけたのがばく。しかし、だから反対というのでもなかった。 「なになに、つばき姫、ますます面白いじゃん」 ととばけた声で言ったのが、ある詩人。それで、「半世界」が決定したのである。 その時、テープルをはさんで向こう側では、佐藤愛子が、だれやらからウンコの話など を聞いていたというわけである。 佐藤愛子は、この本を書いている時、どうしてあなたの友達には変な人が多いの、と言 ゝに、この本を読めば、そう思うのが当然だろう。実際、登場するのは、 われたという。確カ へんな人間たちばかりだ。どうしてこんな人たちが、互いに友だちになれたのか、不思議 にすら思えるだろう。 だが、見かたを変えてみると、当時は、じつにおおらかに人が集まれる時代だったのだ。 意見が違うことは、別れねばならぬ理由ではなかった。酒が入ると意見の違いから議論に し。オオカ内ゲバにはなら わ ~ 【カ・け ) ル、か「十 ( よっこ。ゝ、 なり、けんかになることもしばしばあった。。 説なかった。そして、このおおらかさが、普通なら出会いそうもない人間たちを出会わせた。 水と油、火と水も一緒にさせてくれた。むしろ現代は、このおおらかさの喪失をなげいた 解 方がいいのではないかと思う。 確かに、運動体として、「文芸首都」や「半世界」が、後世に何を残したかといわれて

3. 男友だちの部屋

「すると、つまり、あなたの気持は黙殺されたわけね」 「いや、ちがう。それは暗黙の了解というか、共犯意識というか : 暗黙の了解 ? 共犯意識 ? 彼女はにつこり、おまけの点数を受け入れたというのか ! おまけの点数を受け入れ亠 ということはカツ。ハちゃんの気持も受け入れたといいたいのか , また、そう自分に都合のいいように解釈するツー と私は怒りたくなる。女の子にしてみれば、カッパちゃんの卑しき心情を察知して、 「ふン、フケッ ! 」 敢然と黙殺したのかもしれないではないか。それともテンから甘くみて、 「アラ、またこんなことをしてる、あの先生たら ! ウフ、フ」・ と笑って、ポイと答案用紙まるめて屑籠に捨て、忘れてしまったのかもしれないでは宀 「男友だちの部屋」 この連載を始めるに当って、登場する男友だちはみな、本名を伏せてニックネームで宀 こう、と考えた。ニックネームといっても、私が即席で勝手につけるニックネームであ一

4. 男友だちの部屋

252 私は忘れていたが、私の結婚生活の破綻はすでにもうこの頃に芽生えていたのだ。 せん おそらく私は、、 しっても詮のない愚痴を父母への手紙に托していたのであろう。 それに対して父が、どんな手紙をくれたのか、慰めであったか叱責であったか私の記憶 しあわ 結婚して母となり、子をはぐくみ育てること以外に、女が倖せに生きる途はないと考え ていた明治の男である父は、家庭の不幸を訴える娘に対して、ただなだめすかして我慢さ せるほかにどんな方策も考え得なかったにちがいない。結婚を解消した後の私は、親戚の 厄介者として肩身狭く一生を過すだろう。 ( 女が独り立ちするためのどんな教育も私は受けてい なかったから ) 父はそう思ってただ、白楽天と共に詠歎するしかなかった。 それから三十四年経った。三十四年の歳月は私をして「人生れて男子の身となるなかれ、 百年の苦楽女に倚る」と男にポャかせる女にした。 泉下の父は安心しているカョ . ゝ、よしんでいるか。時々私はそれを知りたいと思う。 オモチャとクロサワ はたん

5. 男友だちの部屋

間「私の調査したところでは、愛人がいるという様子は全くありませんでした。だが彼が疲 れ果て、何か悩んでいることだけは確かです」 と私立探偵は報告した。 いったい彼は何を考えこんでいるのだろう ? 愛人のことか ? 妻と別れることか ? 板バサミの身をどうすることも出来なくて、ただ毎日、途方にくれ、迷っているのか ? もし、私立探偵のいうように愛人がいないとしたら、疲れるはど何を考えこんでいるの だろう ? みおも うつくっ もしかしたら、あらぬ疑いをかけて、嫉妬に狂う身重の妻のことを考えて、鬱屈してい るのではあるまいか それとも仕事がいやになっているのかもしれないし、友だちに借りた金が返せなくて困 っているのかもしれない。 私は何となく、彼が可哀そうである。 彼の身重の若妻も、可哀そうである。 彼が抱えこんでいる心配ごとを、おそらく若妻は理解しないだろう。いや、しないとい

6. 男友だちの部屋

しかしまあ、よくそ思い出して買って来てくれました、と私は少し感激した。そういえ ばいつだったか近いうちにホンコンへ行く、とウサギちゃんがいっていたことを思い出し た。その時、私は厚かましくもいったのだった。 「ホンコンへ行くんなら、ハンドバッグの一つぐらい、私に買って来なさいよ ! 」と。 しいですとも。どんなのがお好みですか ? 」 「とにかく大きいやつがいいわ。手帳、小銭入、名刺、老眼鏡、サングラス、文庫本、札 束のぎっしり詰った札入 : : : 私はいろいろ入れますのでネ、小さなハンドバッグでは入り きらないし、さりとて大きなのでは産婆さんの鞄みたいなのが多いのよ」 「なるほど。大きく何でも入って、産婆さん風でないモノですね」 「その通り。ヘンなのを買って来ると承知しないからネ」 という会話を交したのは年の暮のことだったか。私は忘れていたが、ウサギちゃんはち ゃんと買って来たのだ。 丁度、ある雑誌でウサギちゃんと対談の機会があって、その席で私はハンドバッグを受 け取った。 「もし気に入らない時は女房が悪いんだから、怒るのなら女房に怒りなさい」 といいながらウサギちゃんがさし出したハンドバッグ。私は袋からとり出して眺め、 「う ~ ん、結構。やつばり奥さんはモノのわかる方。これほどの人がなんであんたなんか

7. 男友だちの部屋

196 こう考えて来ると、どうやら私は「失敗をしても失敗と思わない失敗を犯している」と いえそうである。私の人生に波瀾が多いのはもしかしたらそのためかもしれない。 大分前のことだが、私の読者だという少女が広島から訪ねて来た。父親は早く死に、母 親は原爆症で十日前に亡くなった。天涯孤独になったので働き口を紹介してほしいという。 とんそう 可哀そうに思って三晩ほど家に泊め、働き口を探しているうちに、貯金通帳を持って遁走 してしまった。貯金は忘れもしない三十二万円で、その時の我が家の全財産である。ご丁 寧に通帳の上にハンコまで乗せておいたのだ。 どこの何者ともわからぬ女の子をいきなり家に泊めるなんて常識がなさすぎる、と知人 友人警察こそって私を非難した。確かに「失敗」といえるのであろうが、この時も考えて みると、 「チクショウ ! やりやがったな ! 」 と思うだけで「失敗した ! 」とは思わなかった。早速その事件を小説に書き、随想にも 書き、原稿料を大分稼いだので、いくらかモトは取れたという気持である。私のように乏 しい才能をひねり出して辛うじてもの書き稼業を継続している者は、あさましいことに、 失敗すらも、「しめた ! 」という感じになるのだ。いつだったか白昼、強盗が入って来た ときもそうだった。

8. 男友だちの部屋

224 まだバラの花壇になっていた方がよかったのに、と雑草を見ていろいろな人がいった。 しかし私はあの安つばいローズ色の、いつばいに咲ききった大きな花弁が、雨に打たれて 色を失い、やがて端の方からうす茶を帯びて少しずつめくれ返って枯れたまま、がつくり 首を落してぶら下っている姿を見るよりは、まだしも雑草が生い茂っている方が野趣があ 、と抗弁したものだった。 ハラのなくなった庭は、今はそれなりに定着して、私はバラがここに植わっていたこと をすっかり忘れていた。二本の桜、ばけ、こでまり、雪ゃなぎ、つつじ、さっき、桃、ざ くろ、藤ーーそれらは昔ながらの場所にあって、季節が廻って来るとひっそりと花を咲か アルジ せ、ひっそりと散っている。主である私は、それらの花々を特に愛でるわけではない。い っ咲いていっ散るかも知らずに、そっちはそっち、こっちはこっちで暮している。 花の方もまた、そっちはそっち、こっちはこっちで咲き、散っている。 そんな花々の営みに気づくと、突然、私はゆえしれぬかなしさのようなものに襲われる。 それは無心の赤ン坊を見たときに感じるあわれに似ている。またある日、突然、春めいた 明るさが庭いつばいに漲っていることに気がついたときの、胸をしめつけられるような感 動にも似ている。 あのバラを切ってしまったのは、丁度十年前だ。何といっても私は元気だった。今なら ば私は切らないだろう。そして季節が来ると咲ききった無数のローズ色のバラが色を失い みなぎ

9. 男友だちの部屋

街を歩いていると、時々アナグマちゃんは、私にそういう。アナグマちゃんはパチンコ がしたいのである。 ( 失業者というものには、バチンコ狂が多いことを、私はその頃の男友だちに ムこ出してほし、。貸してほしいのではな よって知った ) バチンコをしたいが金がない。不。 出してほしいのである。そこで、 「チョコレートなどほしくないかね」 といって気を惹くのだ。 「しようがないねえ、二十円だけよ」 と私は念を押して十円玉を二個渡す。ああ、遥けくも生き来しものかな。その頃、バチ ンコ玉は一個二円だったのだ。 アナグマちゃんは、十個の。ハチンコ玉をあっという間にすってしまうこともあれば、当 りに当って、受け皿からこばれんばかり、という時もある。私は早いとこ景品に替えよう と、横からその玉をザクリ、ひとっかみ掴み取る。するとアナグマちゃんはいう。 屋「頼む、タバコと替えて来てくれよ」 の「タバコだって : : : あんた、チョコレートの約束よ」 だ「また、も , っすぐ溜るからさ、タバコにしてくれよ」 男 仕方なくタバコと替えて、私はそばに立って見張っている。溜るのを待って、ザックリ 掴む。するとアナグマちゃんはいう。

10. 男友だちの部屋

176 と相手を怒らせてしまう。 ハンサムというものには、このような陥穽があるのだが、たいていのハンサムはそのこ とに気づかず、己れのハンサムぶりを過信して花々が風にそよぐ央さばかり味わっている ものだから、 「ハンサムなんだけど、もうひとつ、もの足りないのよ」 「ハンサムだと思ってスカしてる」 「イヤミねえ」 「どうしてあんなにカッコつけるの」 本当はカッコなんかつけてはいないのだが、 そういわれたりするのも、己れの顔に安住 しているためではなかろうか しいい男がいたためしがない」 「自分をいい男だと自負している男こ、 これが私の持論である。 ハンサムは己れの顔を忘れなくてはいけない。忘れたときからまことのいい男になって 行く。プ男もまた、自分の顔を忘れなければならない。忘れたときから彼もまた、いい男 になるのである。 たまたま、「いい男とは何か ? 」と質問するハイミスがいて、私は答えた。 かんせい