思い - みる会図書館


検索対象: 男友だちの部屋
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1. 男友だちの部屋

276 新聞への注文 この頃、私はあまり新聞を読まない。広告があまりに多いので、頁をくるのが面倒くさ くていやになる。世の中には「新聞も読まないやっ」と軽蔑していう風潮があるが、べっ る。だが客の方は私がいけなかったなどといわでものことをいう。 あっけ 私は呆気にとられてそばで見ている。 「立ったままお客さまにものを渡すなんて何ということをするんです」 昔の主人はそういって女中を叱ったものだ。客は客で、 「気をつけて下さいよツ」 ぶっちょうづらにら と仏頂面で睨んだ。そこで山だし女中も客に怒られ、主人に叱られ、サービスのし方 を覚えて行った。 今は客と主人が謝りつこ。いたわりつこ。お互いに相手が怒らないのを物足りなく思い ながら。 ひとり女中だけ、ノホホンとしている。これ天下泰平といってよいのであろうか ?

2. 男友だちの部屋

133 男友だちの部屋 コアラちゃんは叫んだ。私がかぶっていた帽子が風で飛んだのだ。コアラちゃんは必死 で追いかける。 「いいんです、もうほっといて : : : 」 私の叫びも耳に入らぬようで、必死で掴んでホッと顔を上げた途端、また、 今度は私がかぶっていたカッラが飛んだのだ。やっとの思いで帽子を掴んだコアラちゃ んの目の前に飛んで来た怪しの黒きモジャモジャ , きようがく その時のコアラちゃんの驚愕した顔を私は忘れない。一瞬の後コアラちゃんは、帽子 片手に懸命にカッラを追いかけたのであったが、漸くつかまえたそのモジャモジャが、い ったい何であったか、コアラちゃんにはさつばりわからなかったにちがいない コアラちゃんとは後にも先にもこの時だけのつき合いで終ってしまった。この誠実献身 かしやく の人を思うとき、私の胸は呵責でいつばいになる。

3. 男友だちの部屋

「申しわけありませんが、スペシャルルームになるんですがよろしいでしようか」 「スペシャルルーム。結構ですとも」 おうよう 実に鷹揚なものだ。何しろ x 十万円入るのである。矢でもテッポでも持って来い、とい う気分だった。 十二月に入り、クリスマスが過ぎた頃、ウサギちゃんから電話がかかって来た。 「もしもし、アイちゃん、あのね、もう x 百万円、出さないかし」 「 X 一日一刀 ? ・ゾ」 , っして ? 」 「株が下って来たんだよ。だからここで更に買い足したいんだ。そうすれば来年になった ら、確実に上るからね。一躍、億万長者ですよ」 「億万長者はいいから、それよりわたしにくれる x 十万はどうなったの ? 」 「ああ、あれはそのうち、持って行く。そんなことより今は、買って買って買いまくる時 期なんだ」 屋「それより早く利息ちょうだいよう」 の「まあ、そうガッガッしないで待って下さい。ひと月やそこいらで、何もせずに x 十万、 手に入れようというのはムシがよすぎると思いませんか」 友 男 そういわれればあまりガッガッいうのも恥かしし 「とにかく、ばくに委せなさい。大舟に乗った気でいればい

4. 男友だちの部屋

ム「」 , っして ? ・」 カッパちゃん「ホテルの便所は気持がいいからね。気持よくウンコが出来るのはホテル が一番だ」 私「女の子を待たせておいてウンコしてるの ? 」 カッパちゃん「そうだよ。オレは一日に四回するからね。いつも外でウンコをしたくな った時はどうするかということを考えてるんだ」 カッパちゃんのウンコ四回の話は、飽きるほど聞いているが、その度にカッパちゃんは、 「どうだい ! 」と自慢そうな顔になるのが私はふしぎでならない。するとアザラシちゃん つつ ) 0 アザラシちゃん「オレは一回、毎朝、必ず出る。朝起きて朝刊を取りに行って、それを 持って便所に入るんだ。といってもべつに時間がかかるというわけでもないんだ。すぐに 出る。だけど、必ず新聞を持って入るんだなあ。日によって、今にも出そうに迫ってる時 屋があるけど、それでも新聞を必死で探してる。手近にない時は新聞の間に挟んであるチラ のシね。アレをひっ掴んで駆けて入るんだ。大急ぎでひろげて、何とかバーゲンセール、夏 ・ : なんて読んでる」 だもの一掃、とかね、卵一割引 : 男 カツ。ハちゃん「なるほど、一種の条件反射なんだな」 カッパちゃんはもっともらしく亠月く。 つい私も引き込まれて、

5. 男友だちの部屋

娘の誕生日が近づいて来たある日、彼は電話をかけて来て、誕生日のプレゼントは何が いいだろうと訊ねた。丁度娘は学校へ行って留守だったが、多分ロックのレコードがいし と思うといって電話を切った。娘にそのことをいうと、娘はいった。 ヾバにプレゼントする」 「じゃあ、私からもノ 娘も父親も同じ三月生れである。 娘はタバコを一包み買って来た。一包みというのは十個入りだと思っていたら、タバコ 屋は五十個入りを渡した。娘はタバコ屋にその間違いをいうことが出来なかったので、娘 の予算は遥かに超えた。 娘はそのタバコをたまたまうちへ来た彼の知人にことづけ、ほしいレコードの曲名を書 いたものを渡した。しかし、彼の方からはレコードは届かなかった。誕生日は過ぎ一月経 ち二月経ち、とうとう年が暮れてしまった。娘は一度もそのことを口にしなかったので、 私は彼女の代りに彼を罵った。娘がどんな悲しい思いをして、私の罵倒を聞いているか、 相 ~ わかりながら私はやめることができなかった。 9 「ママを欺すのはい、。 ママは強いから。けれども子供を欺すのは許せない ! 」 しつよう ら 私は執拗に怒った。 中 その年のクリスマスに、やっと彼はレコードを持ってやって来た。それは私の留守の間 のことだったので、娘と父親がどんなふうに会い、どんな話をしたのか私にはわからない ののし

6. 男友だちの部屋

スナックのマスターが出て来て、この頃の若い者は人の迷惑も考えすに、、 坐っているのが多い。他の客のことを考えないのは困る、といっていた。 それを見ていた我が娘、 「そんなら帰ってくれといえばいいのに」 「それはそうだ」 と珍しく私は娘の意見に賛成した。 そうして私は「昔のおとな」を思い出した。昔のおとなには実にうるさいのが沢山いた。 道でキャッチボールしていると、 「こら、通行の邪魔だ、向うでやれ ! 」 と怒るじいさん。日が暮れてもまだ表で遊んでいる子供を見ると、 「早く帰りなさいよ、日が暮れてるのに子供がほっつき歩いてるもんじゃないよ」 と叱るおばさん。 想 感「そこの学生、もういい加減に帰れ ! 」 とすぐ追い立てるそば屋の親爺などがいて、世の中のおとな全部で子供を鍛え叱り、も のを教えたものだ。 ち この頃のおとなは何もいわない。何もいわないから、子供はそれでよいと思っている。 若者の無智はおとなのガマンのせいなのだ。文句いわずにガマンして、かげでブツ。フッ悪 おやじ しつまでも居

7. 男友だちの部屋

士ことの田刀とは カッパちゃんは二回、離婚している。 二回ともカッパちゃんの四十代のことである。 私は前の奥さんも知っているし、後の奥さんも知っている。後の奥さんだった人は、カ ッパちゃんよりも二十近くも年下で、陽気でよく気のつく、料理上手だった。 その奥さんと離婚したとき、カッパちゃんは私にこういっこ。 「今度のことでもし週刊誌が何か訊いて来たら、向うの肩をもってしゃべってくれな」 「・回 , つ」とい , つのは、、 しうまでもなく奥さんのことである。 屋「肩をもつって : : : どういえばいいの ? 」 の「だからさ、俺が浮気ばっかりしてたから、こうなってしまったとかさ : だ「わかった。でもそれだったら特に肩を持つ、ということじゃなくて、本当のことをあり 男 のままにいうってことじゃないの」 と私はからかった。

8. 男友だちの部屋

222 せていた。考えてみればこの家に住んで二十年になる。その二十年の間に、庭には何の変 化もなかったと私は思いこんでいたのだ。 「バラが植わっているのかと思ったら、そうじゃなかったんですね」 という一一 = ロ葉で私は忘れていたことを思い出した。十年前、私は「その時がきた」という 、 : その書き出しの文章を、私は我が家の庭に、私の身丈よりも高く、何の 小説を書したが、 せんてい 手入れも剪定もせぬままに、毎年、ローズ色のしつこいほど大きな花をたわわにつけてい たバラの描写からはじめたのだった。訪問者がバラのことをいったのは、その小説を読ん でいたためである。 「庭のバラの木という木が、ローズ色の大きな花をいつばいに咲かせる時期が来ると、九 重彰野はいつもその庭を陰鬱だと思うのだった」 その小説はそういう書き出しである。 「今年もバラは庭いつばいに咲き誇り、開いた花弁は外側にめくれ返って日々色褪せ、疲 れ果てたように揃って下を向いているのがいかにも鬱陶しく汚らしい」 じやけん そのバラはこの家を建てた時に私の別れた夫が植えたもので、どんなに邪慳にしても枯 れそうにない、その図太い感じが私はいやだった。そんな鈍感な花を好いている夫に、私 は複雑な思いを抱いていたことを思い出す。

9. 男友だちの部屋

だ。面白かったとか、今回はあまりよくなかったとか、ちょっとした一一一一口葉を与えられるこ とで、書き手の方は嬉しくなったり、発奮したり、とにもかくにもひとっ仕事をし上げた という充足感を味わうことが出来た。それが次の仕事への意欲に繋ったものである。 たが、この頃は「ありがと , っ・こイ、います」とい , つだけだ。「ありがと , つ。こイ、います」と いうだけならまだいい。、 送った原稿が届いたのか届かないのかさつばりわからないが 促の電話がかかって来ないところをみると、多分届いたのだろうと推量しておく、という ような場合が増えた。 いっそ何もいって来ないのなら、催促の方もしないでいてもらいたいものだが、そっち の方はチャンとして来るのが面白くないのである。 また、エ時に電話をかけます、といってかけて来ない編集者も増えた。こっちはかかっ て来るかと思って、夕方の買物に出たいのを延ばして待っている。約束の時間を過ぎても かかって来ないので、意地になって、よし、いつまでも待ってやるそ、という気持になる。 あたた とうとうかかって来なくて日が暮れ、今日の夕飯のおかずは昨日のおでんの残りを温めて 食べよう、とい , っことになる。 昨日のを温めたおでんは、味がしみて結構おいしいのだが、 ( だから文句をいうことはない のだが ) かけて来るべき電話が来なかったために、残りモノのおでんですませた、などと いう条件がついていると、えらいまずいものを我慢して食べた、という気分になってしま つなが

10. 男友だちの部屋

おタヌキよしのタヌキちゃん ある年のある時、タヌキちゃんと鹿児島へ講演旅行に出かけた。私はイヤだというのを、 タヌキちゃんが無理に連れ出したのである。なぜ私がイヤだったかというと、講演料のバ 力安さのためである。その頃の私は借金がいつばいあったから死にものぐるいで金を稼い でいたのだ。私がイヤだというと、タヌキちゃんは猫なで声を出した。 「そんなこといわんと、行ってやってくれよ。はいい男なんだよ、な、オレに免じて行 ってくれ」 というのはその講演会の主催者で、やがて来る参議院議員選挙に立候補しようとして 屋いる人だ。講演会は氏の宣伝のための講演会で、従って氏も講演する。我々はそのお の 添えモノなのだ。 ち しかしタヌキちゃんが猫なで声で頼むので、しぶしぶ私は出かけた。強行スケジュール 男 である。一日に昼と夜、二回も講演をするのである。二回もして、それで一回分の講演料 盟よりまだ安い