もてるとは何か 「そうか。惚れられなくてはダメか ! 」 宗薫は弱々しい声を出して降参しそうになったが、そこでガックリ息絶えるのかと思う もた と、ムックリ顏を擡げた感じで、 「しかし、ぼくはもてない男とは思っていないよ」 私は思わないから : 「じゃ、あなたは勝手にそう思っていなさいー と私はエキサイトして電話を切った。考えてみれば、なにもこんなことにそうムキになっ てわめくことはないのだが、私は興奮のあまり宗薰の家へ乗り込んで行って、その首根っこ を掴んでギ = ウギュウ締めつけながら、 「ごめんなさい、ごめんなさい。ぼくはもてない男です ! 」 と謝るまでとっちめてやりたい衝動に駆られたのである。 男よ迷妄を断て ではいったい男が女にもてるとはどういうことか。 ーツと光が灯る。何とな 例えば酒場に << 氏がやって来る。と同時にホステスたちの顔にパ く全体が華やいだ雰囲気とな 0 てホステスの裾さばきおのずから軽やかに、瞳はくろぐろとち
「やらせるってことは、好きってことじゃないのかね。好感がなかったら、やらせないたろ う ? 」 「何ですって ! ちがうわよ ! 」 私は怒りを覚えて叫んだ。私は常に正確さを愛する人間だからである。 「じゃ聞くけど、あなた惚れられたことある ? 」 : うーん」 「惚れられたことか : うな 宗 ~ 熏は唸った。 「ぜんぜんなかったとはいえないと思うんだけどなあ : : : 」 「思うんだけどなあ : : : じやダメ ! 」 私は女学生時代はイジワルで通っていた。年を重ねていくらかイジワルの角がすり減った が、宗薫と対していると、なぜかイジワル女学生にもどる。 「ダメ ! 」 といわれた宗薫は困ったように「うーん」と唸り、 「しかし、ぼくにとっては、女がやらしてくれればそれがもてたことになるんだがなア」 惚れられなきやダメ ! 」 「そんなのダメー
いやらしい らしさは持てない。というのも、前者よりは慾求不満が溜っていないせいであろうという。 つまり、女の腿を撫でている暇に、さっさとなすべきことをなしているというわけだ。 ところがその二派のほかに、 こういう派がある。それはいやらしさにアグラをかいている という派で、やや表現は古くなるが赤ッ面、ハゲ頭、入歯に喘息、何もかも承知の上で、 「どや ? そないにいやがらんでもエ工ゃないか。まあ、こっちへおいで : : : おいでいうた らおいで : : : 工へへ、やわらかい手工ゃなア : : : 」 というような親爺である。 「金貸してほしいてか ? なん・ほ ? 十万 ? ええがな。貸したげよ。その代り、ええな、 わかっとるな。明日の晩やで工、一晩中、寝かさへんでエ : といやらしさこの上ないが、そこまでいやらしくなるというのも、鈍感さゆえというより はむしろ、ヤケクソのなせるわざではないかと私は愚考するのである。 つまり総体に女にもてぬ男がこの派に属しているように私には思えてならない。彼は己れ がもはや女の夢の対象ではないことを知ったのだ。 そうか、そういうことか ! それならそれでいし うつぼっ 彼のいやらしさの底には、鬱勃たるものが潜んでいるのだ。いやらしくない顔していやら R
そのとき、ヨットの中には私と兄の友達の田村のヤッサンという青年とが残った。ャッサ 8 ンは全く女の子にもてないので、ヤケクソになって子供の私を可愛がり、射的屋へ行っては こ飛び込んだあとヤッサンは つまらぬ土人形を撃ってくれたりしていたのである。皆が海冫 ョットの中にポカンと坐っていた。察するにヤッサンは私のためにヨットに残ったのではな く、泳げぬためにやむなく残らざるをえなかったのであろう。 ( 浮袋は兄が持って行ってし まったから ) 私はヤッサンを見た。ャッサンは空を見ていた。ャッサンは二十四歳か五歳くらいだった であろうか。やがてャッサンはふと気がついたように私を見た。そしてャッサンはにつこり し、我が心を励ますようにこういっこ。 「アイちゃん、何そうまいもん食おか。関東だきどうや ? 」 それで私は今でもカントだきという言葉を聞くと悲哀が胸に溢れ、ヤッサンを思い出すの である。 それにしても考えてみれば、私はホントにませた子供だったねえ。子供の頃からもてる男 よりももてない男の方に関心が行った。今でももてる男よりもてない男の方が好きである。 もてないのでもはやもてることを諦めた男、もてないのでしょんばりしている男を見ると、 カント
カントだきの悲哀 世の中の男の大半は、もてないのでもてたいと思っている男たちであろう。残りの半分が もてないのにもてていると思っている男に占められる。そうしてもてない事実をそっくりそ のまま正確に受け止めて悲観している男、今に見ておれボクだって ! と心ひそかに決意し ている少数派があり、更に極少数派として、もてているのにもてないと思っている男がいる。 私の兄サトウハチローはその珍らしい極少数派の一人である。兄が若い頃、私の母はその 兄を励まそうとして、しばしばいったという。 「ハッチャンはええ顔してるわよ ! 堂々として立派やわよ ! そこいらへんのツッコロく シの二枚目より、よっにどええ ! 」 しかし兄は、 「いや、ダメだよ」 と気弱いポソボソ声。 何 「そんなことないよ。わたしはチャカさんやワタルさんより ( これは二番目、三番目の兄で て 、ツチャンのタイ。フの方が好きゃね ! 」 人からハンサムといわれていた ) / 245
もてるとは何か 私の母のように励ましたくなる。しかし同じもてない男でも、もてぬのにもてていると思 っている男は、断乎、くじきたい。川 上宗薰よ、私は断乎、くじきたいと思っているのです ぞ。 249
佐 ~ 藤愛チ私のなかの男たち 世の中の男の大半は、もてないのでもてたいと思っている男たち であろう。残りの半分がもてないのにもてていると思っている男に 占められる。そうしてもてない事実をそっくりそのまま正確に受け 止めて悲観している男、今に見ておれボクだってー・と心ひそかに 決意している少数派があり、更に極少数派として、もてているのに 本文二四五べージより もてないと思っている男がいる 佐 * 藤 = 愛 = 子 私のなカ男たち 佐藤愛子 大正一ニ年大阪生まれ。父は作家佐藤紅緑。甲南高女卒。 昭和一八年結婚。ニ四年、父の死、別居中の夫の死を契機 に自立を決意、文学を志した。三一年第ニの結婚。 昭和四四年、「戦いすんで日が暮れて」で直木賞を受賞。 主な作品「愛子」「加納大尉夫人」「花はくれない」など ューモアと真情にあふれた濶達な作風は定評がある。 講談社 0095 - 127167-2253 ( 0 ) ¥ 490
輝き、声なども急に艶やかな丸みが加わったりする。 もてる男とはそういう男のことなのである。つまり女たちの上におのずからなる変化を生 、せしめるのがもてる男なのだ。笑う時などもけたたましい笑いが急に、 「クウ・ク・ク・コロ、コロ、コロ」 となめらかにまろやかになる。それが、 「キャーツ、キャッキャッキャツ、ゲラ、ゲラ、ゲラ」 となるとこれはもてぬ男が冗談をいったときの笑い声なのだ。しかしもてぬ男というもの は楽天家が多いので、 こ女どもはあんなに笑ってくれたそ、しめた : : : オレはもてているんだ : : : 」 「俺の冗談冫 と確信を抱くのである。しかしよく観察すると、女たちはキャアゲラゲラゲラと笑いはす るが、その笑い声は金属性なのであって、金属性であるということは、彼女たちがなりふり かまわず笑いに身を委せているか、あるいは一生懸命にサービス精神をふるい起して笑って いるかのどちらかなのだ。女がサービス精神を発揮することはあながちもてている証拠では ない。何となく気の毒だから、あわれだから、。ハカげているから、わけもなく憎らしいカ ら、それを隠すためにサービスすることだってあるのた。 まか 240
となのかとよく聞いてみると、「一晩に x 回やらせてくれた」ということであるのには唖然 とした。「もてる」ということは、細やかな心遣いとか、にこやかな応対とか、惚れた様子と か、そんなサービス意識ヌキの好意に接することだと私などは思っていた。一晩に″ x 回や らしてくれた〃ことがもてたことだとすると我が家のクロ猫などはもててもててたまらぬ猫 ということになる。こういう手合にとって「御馳走になる」ということは、山海の珍味にあ ずかることではなく、カレーライス五杯食べて「御地走になった」というのかもしれない。 考えてみると女が浮気をした時に、 「この間はとてもモテたのよ。 x 回もさせてくれたのよ」 とはいわない。女は「させてくれた」とはいわず「させてやった」という。この無意識の 表現は男と女の性慾の質の差を物語っているのである。 チョコレートを持って行って彼は「もてた」と喜んでいる。しかし女の方はおそらくこう の っているにちがいないのだ。 け 「可哀想になって、 x 回させてやったのよ」 の け彼はモテたのではなく、憐れまれたにすぎないのだ。そのヒヒのような性慾を。しかし彼 きの方は客である自分が遊女から憐れまれる筈などないと思い決めているから、相手は自分に こま
「勿論、喜ぶべきですよ。可愛いといって愛でいつくしんでるじゃないの」 「うーん、そうか、では喜びましよう」 宗薰は素直にいってから、 「しかし、あれには少し反論があるね」 「そう ? どんな反論 ? 」 「ほくは愛子さんが思ってるほどもてない男じゃないんだよ」 「ではもてるというの ? 」 思わず私はむっとしていった。 いっか宗薰はある雑誌で私をマントヒヒに、自分をマントヒヒに睨まれた兎にたとえてい たことがあったが、まさにそのような心境で私は開き直ったのである。 宗薫はいっこ。 「ぼくはね、やりたいと思った女とはたいていやってるからね」 「やってる ! それがもてることなの ? 」 「うん。ちがうかね」 も「ちがいますよ。じゃ聞くけど、あなたは好かれたことある ? 若い女の子に : : : 」 237