声 - みる会図書館


検索対象: 老兵は死なず
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1. 老兵は死なず

私は「フーン、そんなもんかいなアーと思いながら聞いていた。しかし父は母の興奮に対し て尊大に笑って、明治の男らしく、 「女医だって何だって、女は女だ : ・ と答えただけだった。 知識を身につけたといったところで、たいしたものじゃないさ、女は : 父の笑いの中にはそういうニュアンスが籠められていた。 話を常磐線車内に戻そう。 メガネの奥さんがあまりに「エライ人」が悪いことをする問題についてしゃべり立てるので、 お父さんはついに新聞を畳んで、 「エライ人って何だ ? 」 と質問した。 「エライ人ってのはエライ人よ」 メガネ夫人はお父さんが返事をしてくれたので元気よく声をはり上げる。 「大臣もエライ人だし、お医者さんもエライ人。大学教授、代議士、校長先生 : : : 」 こ

2. 老兵は死なず

とくる。文句をつけられないよう、大きな声でハッキリ、 「ラーメン ! 」 というと、ロを引き結んだまま、パッー と食券を投げる。 もう何年も何年もつつけんどんにしているものだから、顔もつつけんどんの顔になってしま っこ 0 「マイルドセ。フン下さい」 「ないよッ ! 」 見向きもせずにいう。 学生たちはみな、このおばさんに閉ロしている。 あのおばさんがいると思うと食欲がなくなるという気の弱い人もいれば、あの顔を見るとム たカついてもっと食べたくなる、という変った学生もいる。殴りたいのをこらえているための欲 求不満が、異常食欲を招くのだそうだ。 気それでついにおばさんはクビになった。あのおばさんがいなくなってせいせいした、と学生 んたちは喜んでいる。しかしつつけんどんな態度をしたくらいでクビになるとは、大学も少し厳 しすぎはしないか。私がそういうと、学生たちはこともなげにいった。 「教授にもつつけんどんにしたんじゃないの ? 」

3. 老兵は死なず

つぐ といいかけて口を噤む。タイムカプセルはもういい飽きた、聞き飽きた。 その数日後のテレビに、生徒刺傷事件があった中学校の、朝の登校風景が写し出された。校 門の両側に数人の教師が並んでいて、登校をして来る生徒に向って、 「おはよう 「おはよう」 口々に声をかけているのである。 くちもと 生徒の方はテレビカメラを意識してか、薄い笑いを口許に浮かべ、頭を下げてコソコソと通 り過ぎて行く。 多分、生徒は皆、困っているのである。こんなとってつけたような、シラジラしいことをな ぜしてくれるのだろうと、腹立たしく、情けなく、恥かしさでいつばいになっているのにちが いない。今の子供はそれほど単純素朴ではないのである。 しかし先生の方はそんな生徒の気持を知ってか知らずか、いや、わかってはいても、とにも かくにも何かしなければならないという責務感に駆られてのことなのであろうか、 「おはよう : : ・こ 「今日も一兀気でな」

4. 老兵は死なず

私「ちょっと伺いますが、東京駅へ行くにはどう行けばいいんですか ? 霞ヶ関の改札係「丸ノ内線に乗って下さい」 私「だから、丸ノ内線に出るにはどう行けばいいんですか ? 」 ひびや 改札係、面倒くさそうに「日比谷線のプラットホームに出る」 私「え ? 」 改札係、声を大きくして「日比谷線のプラットホーム ! 」 耳が遠くてその答が聞えなかったわけではない。丸ノ内線に乗るにはどう行けばいいのかと 聞いているのに対して、「日比谷線のプラットホームーという答は不思議であるから聞き返し たのた。だがもしかしたらプラットホームの右側が丸ノ内線、左側が日比谷線ということにな っているのかもしれない。そう考え直して、 私「じゃその日比谷線のプラットホームは ? 改札係「これを真直行って階段を降りるー 私「そこは日比谷線ですね ? 」 改札係「そのプラットホームを真直行く 私「え ? 」 改札係「真直行く」

5. 老兵は死なず

ミタケ アナウンサー「ソ・フ ! 」 松平「あ、ごめんなさい、ソ。フー ちょうち・よう・はっし アナウンサーは何という人かわからないが、丁々発止、丁発止。早くしゃべらないと、ゲー ムの動きが早いから、二人とも猛烈な早ロ。ついには早口一一重唱となる。私はつい引き込まれ、 「日本がんばれ ! そこだツ、それツー : 一所懸命にやれ : うーん、やりますね工、イタリアも。 「慌てないで、慌てないでー ば何とかなりますからね : : : 何とかあと二点 ! まだチャンスはありますよツー 「あツ、とんだ ! 押しこんだ ! プロックアウトー その絶叫が通じたか、日本はどたん場で逆転。 「日本勝ちましたアツー と叫ぶアナウンサ ] の声は興奮に裏返る。私はヘナへナとその場にへたばった。 ああ、熱青は人を動かす。オリンビックってやつばりいいもんですなあ・ :

6. 老兵は死なず

私の家には今、犬が四匹いる。 月にいた・フルドッグが死んだ後、娘がどこからか、生後三か月の雑種犬の牝を貰って来たの だが、名前を考えるのが面倒なのでとりあえずチビと呼んでいた。それが三年経ってチビでは なくなったので、いい名前をつけてやらねばと思った。 しかし三年の間、チビと呼んでいたので、本人は自分の名前はチビであると思いこんでいる のではないだろうか ? そう思って試しに、「トシコーと呼んでみたら喜んで走って来る。「マ しっぽ リ」と呼んでも「アンポンタン」と呼んでも尻尾を振ってやって来る。要するに彼女にとって 名前など何でもいいのだ。飼主の声に反応しているだけらしいということがわかったので、チ ビと呼びつづけることにした。 一年前、娘がチビを連れて散歩をしていると、道で一匹の雑種犬と行き会った。チビはスビ 犬たちの春 めすもら

7. 老兵は死なず

そういわれると、なるほど、という気持になって来て自信を失うのが困るのである。気をと り直し、 そもそも現代の価値観混乱は、何かというと弱者の立場を思い遣れという、この思い遣 りごっこに原因があるのだー そう断じてみる。 貧しければしようがないというが、現代に於ける貧しさとは何であるか。テレビを楽し ′」ちそう み、冷蔵庫を置き、子供にツギの当ったものは着せず、御馳走ではないにせよ、一家は満腹し ている。そういう貧しさです。耐乏生活に耐えた上での、どうにもならない昔の貧しさと今の 貧しさとはちがうんだ ! どうしてもサラ金から金を借りなければ生きて行けない貧しさでは ないのに借りる ! そこに問題があるのだ : むな とカんでみるが、カみながらも空しさは救いようもない。 だって、誰だって人並の生活をしたいでしよう ? それを望むのがなぜいけない ? そういう声が聞えて来るからである。 いったい、女の誇りはどこへ行ったのだー うつ という嘆声の、何と空しく虚ろなことだろう。本当は、一番それをいいたいのだが、誇りな どという観念は今時もう通じないのである。 お

8. 老兵は死なず

61 負けました 「では、なぜ、この本を選んだんですか ? 「学校の図書室にありましたから : : : 」 かわい あくまでその声は穏やか、目は。ハッチリと色白で可愛らしい。つまり彼女は図書室であり合 せの本を一冊読んだ。べつに何の感銘も受けないが、その一冊を読んだということだけで、私 に会ってレポートを書く気になった。ふしぎな発想である。 著者に会いに行くということは、その著述のどこかに感銘を受け、それによって会いたいと 思うものであろう。少なくとも私などの世代はそうである。感銘を受けるとその作家のものを もう一冊読みたくなる。その作家をより深く知りたいと思う。一冊が二冊、五冊、七冊と増え て行き、自分なりの理解を深めた時点でその人に会いに行くーー・そういうものではないのだろ いったい何が面白く うか。関心も興味もない、行きずりに一冊読んだ程度の作家のところへ、 て訪ねる気になるのだろう ? 私は別の一人に訊いた。 「あなたは何を読んで下さったんですか ? 「『娘と私のアホ旅行』 「それだけ ? 」

9. 老兵は死なず

三、地域内で一声運動を展開する。 四、刺傷教師の減刑嘆願署名運動を起す。 いったい一声運動で生徒の荒れた心を鎮めることが出来ると、 何という哀れな決議だろう。 本気で考えてのことだろうか。 けいら 父母が授業を参観するということは、父母を警邏係にするつもりなのか。それとも教師の立 場のどうにもならなさ、その辛さを見学してもらうという目的であろうか。それらの決議を生 徒たちがどう感じるかを、想像し考えた上でのことなのだろうか。 みまわ その後、一声運動を実践しようとしたお母さんが、学校周辺を見廻っていたところ、タ・ハコ を吸いながら・フラ。フラ歩いている女子中学生を見つけた。そこで早速、 「早くお家へ帰りましようね」 ここそと優しい声をかけたところ、 「うるせえな、いっ帰ろうとひとの勝手だろ ! 」 たちま 忽ちゃられてガックリ来たという。 いわないこっちゃない、だから一声運動なんて無意味なんだ。コケにされ、反発されるが関 の山なんだ : : : とその話を聞いた私は思わず我が意を得たり、という気持になったが、 「なら、どうすればよろしいんでしようか ? 」 つら

10. 老兵は死なず

189 現代若者考 うらや んでいる親がこれを見てごらん。羨ましくてきっと涙が出るわ 「そういうものかしらねえ : : : ふゥーん : : ・こ なっとく と友達は納得しない。 ート、そして だから、こういうエリート族は困るのだ。亭主もエリート、 亭主の父親もエリ 三人の息子も。工 リートでなかったのは彼女だけだが ( 何しろ昔からの私の親友 ) 工 囲まれているうちに、価値観が片寄ってしまったのだろう 私がそういうと彼女は少し気を悪くした様子で、 「そういうアイちゃんは昔から片寄ったまま、ずーっと固まりっ放しね」 と反駁した。 「アイちゃんは発想が単純すぎるわよ。声変りの声でおべんとおべんとうれしいな、と歌っ たからって、アタマからいい子にきめつけてしまうんだもの。今の若い連中なんて、わけがわ からないのよー いつ、変るかわからないのよ、安心なんかしてられないのよ」 そういわれれば、と私は考えた。 彼はエビフライになって、「おべんとおべんとうれしいな」と歌って、スキツ。フして、 しかし入賞出来ずに帰って来た : ・ 「おかえり。テレビ見てたよ。残念だったね