竜玄 - みる会図書館


検索対象: 蓮如 : われ深き淵より
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1. 蓮如 : われ深き淵より

蓮如それは 。 ( 蓮如首をふる ) ぎようによ 存如言うな。わが父、六代目法主巧如上人も、この本願寺を大きく育てるためにこ そ、格式正しき家の娘をわしの妻にと迎えられたのじゃ。なかなかうるさいところ もあるが、あの如円の気の強さと気くばりあればこそ、こうして本願寺も嵐の中を なんとか生きながらえておる。念仏興隆のためじゃ。仏法広布のためじゃ。なにも かも、そのためじゃ。そこのところを蓮如坊、ひとつわかってくれ。よいな ? 蓮如わかってくれとは父上、なにか深い意味のあるお一一口葉でございましよう。はい、 すでに、覚悟はできております。 存如そうか、わかってくれるか。すまぬ。ふがいない父親じゃ。 ゆずりじよう 蓮如それでは、やはりこの寺の八代目法主として、弟、応玄どのに正式の譲状をお書 きに 存如いや、まだ、そこまではゆかぬ。ただ、わしが世を去った際の喪主に、応玄を立 てる旨の覚え書を先ごろ如円に書かされた。 ( うなだれる蓮如 ) しかし、それだけ では足りぬ、一日もはやく第八代目の譲状を応玄にと、あの女に朝夕うるさくせめ

2. 蓮如 : われ深き淵より

加助本願寺さんなら、なおさら助けてくれたっていいだろう。どこかへ隠してくれよ う。頼むよう。 下間玄英いかん、いかん。どうせ盗人か、百姓一揆のかたわれであろう。寺に迷惑が かかっては一大事。さあ、出てゆけ , 蓮如が姿をあらわす。 蓮如なんの騒ぎですか。玄英どの、どうなされました。おう、庄助さんもきておられ 加助坊さん、助けてくれ ! ( 蓮如の足にしがみつく ) 蓮如どうなされた ? 誰に追われておる ? じにん 加助祇園社の神人たちに捕まったのを逃げてきたんだ。みつかったら殺されるよう。 ここは本願寺だろう ? おれも能登の門徒の一人だ。なまんだぶ ! なまんだぶ。 けー 49 第一幕

3. 蓮如 : われ深き淵より

倒だ。はやく引込んでくれんかなあ。 庄助なにも悪いことをしにきたわけじゃない。おれたち門徒がこの寺の台所を支えて るんだからな。さあ、さっさと用事をすませよう。 ( 腰をかがめて中へはいり、御 影堂と阿弥陀堂をおがんだあとで、如円と下間玄英に挨拶。如円、無表情にうなず 下間玄英これは、庄助と権八ーーーどの。 ( 無愛想に ) なにかご用か。 庄助はい。お約束の写本を法主さまにいただきにあがりました。 如円法住親方はどうなされた ? 庄助はい、ちょっと しようぎよう 如円尊いお聖教の写本をいただきにこられるのに、使いの者をよこすとはのう。法主 さまは、いまお具合が悪うて会えませぬ。帰ってそう法住どのにお伝えなされ。 ( 二人を無視して引込もうとする ) 権八庄助どん。だから言わんこっちゃない。親方を連れて出直そうぜ。やれ、やれ。 ( ふてくされる ) 0

4. 蓮如 : われ深き淵より

ればすくわれるとか、たくさん金や物を出せば出すほど往生が定まるとか、一門の 指導者を生き仏としてあがめるとか、悪いことをすればするほど浄土が近づくと か、ありとあらゆるまちがった教えが津波のように広がりつつあるのだ。これでは 親鸞聖人の教えは死ぬ。この世から絶えてしまう。そして人の心は本当にはすくわ れぬ。だから今こそ、この時こそ、なんとか人々に大声で伝えねばならぬ。それは ちがうのだ、と。親鸞聖人はこう教えられたのだ、と。これこそが真の念仏、正し い他カ信心の道だとな。 わしが父上の気持ちに逆らってまで如円どのや応玄どのと争って、この本願寺を継 かねがもりどうさい いだのは何のためだ。むろん堅田の法住どのや、金森の道西どのをはじめとする門 によじよう 徒のかたがたに推されたこともある。父の弟の加賀の如乗どのの強いおカぞえもあ った。しかし、それだけではない。暮しのためでもない。名誉のためでもない。わ しが弟、応玄どのと対立してこの寺を継いだのは、今、この自分こそが、どこの誰 よりも親鸞聖人の御教えを正しく把握しているという確信があったからだ。わしで なければこの本願寺を親鸞聖人ゆかりの寺として、今の世に建てなおすことができ

5. 蓮如 : われ深き淵より

たてられておるが、それはまだじゃ。しかし、わしの体も日、一日と弱ってきてお る。気力もおとろえた。いずれ、正式の譲状を応玄に渡すことになるじやろう。 蓮如はい。 存如あの女も、わが腹をいためた応玄が本願寺第八代の法主となれば、あとは自分た ち親子の天下。庶子とはいえ長男のそなたが、この寺に居候のように生涯とどまる 北へゆかぬか。 わけにもゆくまい。そこでじゃ、どうだ、そなたひとつ、 女」国へ ? 存如うむ。越の国は始祖聖人以来、われらには縁の深い土地。人々の念仏の心もあっ によじよう く、つながりのある寺も少くない。ことにわが弟の加賀の如乗どのは、以前からそ なたのことをえらく高く買っておってのう。真宗にとっては、まだ未開の土地だ が、すでに種はまかれ、芽はあちこちに萌えはじめておる。そなたがいって、その 地に念仏の花を開かせるのじゃ。仏弟子として、やり甲斐のある仕事ではないか。 どうじゃ。 蓮如 ( 独り言のように ) どうじゃ、とは、そうせよ、というお一一一〕葉か ほっこく こし えにし 41 第一幕

6. 蓮如 : われ深き淵より

った。いや、この堅田の法住、つくづく感服させられましたぞ。われら無学のやか らには、難しい話はさつばりわからん。これまでただ無闇と頭をさげておったが、 親鸞聖人のお念仏のこと、今はじめてよーく納得いたした。 るすしき そこで、遠慮なく申上げておくが、この本願寺の次の留守職のこと、われら門徒は 何もまだ承知しておりませぬ。今の話をうかがって法住、はっきりとわかり申し た。わしはあんたを近江へ迎え受けるつもりでいたが、きつばりとあきらめる。蓮 如どの、あんたこそこの本願寺を背おって、念仏興隆の時代を開くただ一人のお人 と見た。こうと決めたらわしらはてこでも動かぬ。うむ、海賊の血が騷いできた おんどう ぞ。あの若い応玄どのにはこの寺はまかせられぬ。われらはこれから各地の御同 ぎよう 行と語りあい、何がなんでも蓮如どのをかついで八代目にすえ、この本願寺を門徒 の城とする覚悟を決めた。よろしいな ? 蓮如さあ。そう申されても 。わたしはもうこの寺から出てゆこうと心を決めたば かりですから。それに如円さまや応玄どのと、この寺をめぐって骨肉の争いをはじ めたくはないのです。

7. 蓮如 : われ深き淵より

ぞんによ るすしき 存如蓮如の父。本願寺第七代留守職 ( 法主 ) 如円存如の妻。蓮如には義母に当る 蓮如存如の庶子。三十九歳 によりよう 如了蓮如の妻 ゅうし 祐子蓮如の妻如了の妹。のちの蓮祐 おうげん 応玄本願寺嫡男。如円の実子 うじゅう かただ こうや 堅田の法住堅田門徒の頭で紺屋の元締 鳥辺の座頭仏説琵琶の名手 たちぎみ 辻の女立君と呼ばれる辻の遊女 大男 ( 五郎 ) 公家の下人 小柄な男 ( 太郎 ) 公家の下人 かすけ ちょうさん 塩売りの加助能登から逃散してきたも と塩焼き れんによ によえん しもづまげんえい 下間玄英本願寺執事 トキ如円の召使い。下間家の養女 びんごうし きよみずのさかのもの 備後法師清水坂者の頭。祗園社神人 たっ 坂者 < ( 辰 ) じよう 坂者 ( 尉 ) さだ 坂者 o ( 定 ) 餅売り女 ( おふく ) 魚売り婆 ( つね ) とぎや ごんばちこうじゃ 他に、法住の輩下の研屋の権八、麹屋 の庄助、瀕死の老女、大原女、念仏踊 りの男女、など じにん

8. 蓮如 : われ深き淵より

このいきさつを、ずっとさっきから銀杏の木の陰からうかがっている三人 の男。堅田の法住と、その輩下の権八と庄助である。 権八親方、そろそろ出番じやござんせんか。寺をこわされたら、後でまた修復の費用 をいくら寄進させられるかわかったもんじゃない。いっちょう出ていって、神人ど もをぶっとばしてやりましようや。 庄助いや、権八、そんな無茶をしたらあかん。もう少し様子を見よう。 法住うーむ。それにしても蓮如どのは、ほんとに面白いお人だのう。阿弥陀の井戸と は笑わせる。どうやら、やけつばちになっておられるようにも見えるが、弟の応玄 どのに本願寺をゆずって、いよいよここを飛び出される覚悟をきめられたのかもし れん。そうなれば、わしら堅田衆は喜んで蓮如どのを近江へお迎えするぞ。いい か、権八、いつでも飛びだせるようにして、成行きをうかがうのじゃ。 一方、蓮如の意外な強腰に、備後法師、腕組みして思案する。 じにん 55 第一幕

9. 蓮如 : われ深き淵より

たすけてくれー 蓮如さて、どこへ 下間玄英いけませぬ、蓮如どの。追手が祗園社の神人たちとあれば、なおさら逆らっ おおごと ては大事。そうでなくとも本願寺は以前から彼らの目の敵にされておりますのに。 蓮如だが、能登のご門徒衆とあれば見殺しにはできぬ。よし、ではあの井戸へ。 加助えっ ? 井戸 庄助さ、さ、はやく。追手の足音がきこえるぞ。さあ、この釣瓶につかまって下へ降 りなされ。 ( 加助、水をくむ釣瓶につかまって、蓮如と庄助に支えられながら井戸 の中 0 蓮如この井戸は水底が浅いから心配はいらぬ。顔だけ出して水の中へ身を沈めておる がよい。よいか。 加助 ( こもった声 ) つめたいようー そこへ白頭巾に柿色の衣、高足駄ばきの法師を先頭に、ぼさぼさ頭の坂の かたき つるべ

10. 蓮如 : われ深き淵より

備後法師蓮如どの。じつは鳥辺の座頭、仏説琵琶法師から、おぬしの話はきいておっ たのじゃ。われら神人の立場もあって、そう表向きにはいかぬところもあるが、こ れからひとつ、念仏の話をききにときどき立寄らせてもらおう。なにやらこの腕が 妙に有難い腕に思われてきてな。 蓮如それはうれしいが、実はちかぢかこの寺を去るかもしれぬ。弟の応玄どのがこの 本願寺を継ぐことが内々にきまったそうじゃ。そうなればわれら一家は余計者。布 袋丸は母上と同じく、いずれはこの寺を出なければならぬ身の上だったのであろ う。「しんらんさまについてゆけ、そして、ねんぶつをひろめよ」という、母上の 言葉に身をゆだねて、北国のほうへでも移り住むつもりじゃ。そなたはきっと、い つか自然に念仏と出会われよう。その時の再会を楽しみにしておりますぞ。 備後法師では。 ( 手下たち会釈して去る ) 魚売り婆 ( 蓮如の足もとに坐って ) お坊さま。わしもその阿弥陀さまとやらの腕にす がらせてもらえんかのう。お布施のほうは、ほれ、この魚を一匹 餅売り女わたしも念仏を。