仕事ではございませぬ。夫婦が二人三脚で寺を支えておりますゆえ、連れ合いのこ うもり - とを「坊守」と申します。本願寺が今日あるのは、半分は蓮祐さま、あなたさまの ご苦労によるもの。蓮如さまは、いつもその事をわしらに語られておりますぞ。じ つを申せば、きようもぜひあなたさまとご一緒に、との蓮如さまのつよいお申出で 蓮如いや、なに、わしが頼んだのではない。法住どのが、暗い寺の中にこもってばか りおらずに、たまにはのびのびした明かるい近江の景色をそなたに見せたいと言わ れてな。ま、いずれにせよ、祐どの、きようは随分と気が晴れたことでありましょ う。疲れが出たら、いつでも休ませてもらうがよい。トキ、光徳丸は眠っておるの トキ ( 抱いた赤子の顔を皆に見せながら ) ごらんくださいませ。ほら、この安心し きったお顔。さきほどお乳をいただいてから、ずっとねむねむでございます。 如光ほう。光徳丸と申されるか。ところで、いったい何人目のお子さまかの。あんま り子福者でおられるので、よう憶えきれんわ。 ( 一同、笑いさざめく ) 131 第三幕
しばらくよそへ身を隠しているように説得してはくれぬか。このままでは、いずれ この寺は乱暴者のなすがままじゃ。寺はこわされても一向にかまわぬが、祐どのや そちの身に何かあってはと気が気でならぬ。のう、二人で光徳丸とともに、難をさ けているがよい。しばらくの辛抱じゃ。 う、もり・ 蓮祐いいえ、わたくしは寺を離れませぬ。わたくしはこの本願寺の坊守でございま っと す。大事なときに寺を守ることこそ、坊守の勤め。たとえ蓮如さまが何と言われま しようとも、わたくしはおそばにおりまする。トキさん、あなたこそ光徳丸と一緒 に トキなにを言われます、お方様。わたしはこの寺の、あの門前に捨てられていたのを 拾われた身。本当なら夫の加助とともに、寺を守って死んでもいい立場でございま す。あの根性曲りの加助めが、本願寺を離れて帰ってこぬ以上、このわたくしめは 二人分の奉公をいたさねばなりません。それにしても、こんな時に姿も見せぬと は、加助もふがいない男じゃ。あんな者としばらくでも夫婦でいたのが悔まれ る。ええい、腐れ加助めが , 162
れんによ 蓮如本願寺八代目法主 れんゅう 蓮祐蓮如の二度目の妻 うじゅう 堅田の法住堅田門徒の頭で本福寺の主 かわがもりどうさい 金森の道西湖南金森の門徒の総帥 びんごうし きよみずのさかのもの 備後法師清水坂者の頭。祇園社神人 鳥辺の座頭仏説琵琶の名手 たちぎみ 辻の女立君と呼ばれる辻の遊女 しもづまげんえい 下間玄英本願寺執事 トキ下間玄英の養女で本願寺の召使い 竜玄金森の道西の甥。蓮如につかえる 庄助法住の輩下 かただ じにん 権八法住の輩下 ミッ法住の姪 佐吉本願寺内衆の一人 順如蓮如の長子。生母は前妻の如了 妙宗蓮如の四女 蓮淳 ( 光徳丸 ) 蓮如の六男 乳母 夜盗 ( 竜吉 ) 夜盗 ( 寅次 ) その他、海賊衆、門徒衆、男女、子供 など
蓮如竜玄 ! 権八 ! 誰でもよい。わしを降ろせ ! しつかりと支えるのじゃ。 ( 駆 け寄る数人 ) 蓮祐蓮如さまー 蓮如いそげ ! いくぞ。 蓮如、綱を体にからめ、釣瓶に足をかけて、井戸の中へ消える。ややあっ て、井戸の底から、「たのむ ! 」と蓮如の声。四、五人がかりで綱を引き あげると、血だらけの加助を背おった蓮如、ずぶ濡れの姿でせり上ってく る。加助の血を浴びて妻惨な姿。 トキあんた ! ( 駆け寄る ) 竜玄まだ息はあるか ! 権八さあ、ここへ。 ( と戸板をおく ) 174
れんによ るすしき 蓮如本願寺第八代留守職 ( 法主 ) れんゅう 蓮祐蓮如の二度目の妻。病死した前 によりよう 妻、如了の妹。もと祐子 たちぎみ 辻の女立君と呼ばれる辻の遊女 ざとう 鳥辺の座頭仏説琵琶の名手 によえん トキかって如円につかえた召使い かすけ 加助蓮如に救われて本願寺に住みつい た能登の塩焼き びんごうし きよみずのさかのもの 備後法師清水坂者の頭。祇園社神人 他に時宗の聖。若い僧、その他の人々 ひじり ゅうし じにん
京から近江 ( 抜けるけわしい夜の山道。東の空にはかすかな朝の気配がき ざしているが、鬱蒼たる杉林や高い崖に囲まれた間道は暗い。あたりをう かがいながら蓮如らの一行が登場。先導するのは鳥辺の座頭である。光徳 丸を抱いたトキ。杖をたよりによろめきながら登ってくる蓮祐。それを支 える竜玄。蓮如は幼い女の子の手をひいて登ってくる。下間玄英は肩で息 をしながら、おくれてついてくる。大箱をかついだ寺の内衆佐吉がその腰 を押す。 鳥辺の座頭さあ、ここまでくれば、もう後はひと息じゃ。山道を駆けるが得意の山法 第二場 183 第四幕
人影、すばやく庭の茂みに消える。順如、縁側に立ってあたりを見回す。 順如はて、庭土に足駄の跡が残っておるが、何者であろう。三井寺のかたか、それと 乳母なんだか山伏のようでございました。白頭巾に柿色の衣を着た大男。薄気味わる うございますねえ。 順如山伏のような白頭巾の男、か。何者であろう。いずれにしても父上の身に何かあ ってはならぬ。気をつけねば。 蓮祐 ( 苦しげになにか言うが、ききとれない ) 順如母上、まもなく父上が帰ってこられます。もう少しのご辛抱ですから、どうぞ気 をお確かになさいませ。 外で物音がする。父上さま ! と叫ぶ妙宗の声。順如、はっと顔をあげて 立ちあがりかけるところへ、蓮如、波のしぶきでずぶ濡れの姿のまま駆け 、も ずきん 210
を見捨ててどこへいくものか。心配なさるな。 法住かたじけない、わしを兄弟だなどと、もったいない。法住は果報者でござる。い や、いや、これで心がすっきりと晴れ申した。 道西法住どのはまるで大きな子供のようなお人だのう。 ( 二人で笑う ) そこへ、トキがあわただしく駆け込んできて、息をはずませ、叫ぶように 蓮如に呼びかける。 トキ蓮 , 如さまー 蓮如おお、トキか。目をつりあげて、一体どうした ? 、けんしようじ トキすぐに顕証寺へいらしてください。いま、すぐにー 蓮如 ( さっとたちあがって ) トキ、もしや、祐どのになにか トキここしばらく、お体の具合いが悪くてふせっておられましたが、きようになって 突然、大変なお苦しみようで。うわごとのように蓮如さまのお名を呼びつづけられ 206
いただきます。粗野なところが都のかたにはお珍しいかと存じまして用意つかまっ りました。では、失礼。 ちやせん 法住、一礼して腕まくりし、ミツが箱から出した一尺ちかい大茶筅をかま える。庄助その前に両手で擂り鉢を抱え持つ。片膝を立てた法住、ジャジ ヤジャと勇壮に音を立ててかきまぜると、やがて白く泡立ちはじめる。 蓮如ほう。これが堅田の海賊茶か。話には聞いておったが、目にするのははじめてじ ゃ。それは擂り鉢ではないか。 ミッさようでございます。鉢の刻み目がほれ、あのように勇ましい音を立てるところ が気の荒い船乗りたちの気に人っておりますようで。 蓮祐お茶は黒茶でございますか。 うちゃ 庄助いえ、これは加賀の棒茶と申しまして、茶葉ではなくクキを用いたものでござい ます。棒茶を袋に人れて、時間をかけて煎じましたもので。 139 第三幕
ので、これでご免をこうむります。 権八それに正直いって、お茶よりも仲間と陽気に一杯やるほうが いこうぜ。 蓮如これ、権八。 ( と呼びとめて、笑いながら ) 権八へえ。 蓮如一杯やるのはよいが、ほどほどにな。それに寄り合いの席で、博打はいかんぞ。 権八え ? とんでもない ! 誰がそんな告げ口を。庄助、おまえか。 庄助わしや知らんぞ。なーに、隠すより現わるる、じゃ。そもそもおまえが悪いんじ ゃ。さっきも 。 ( と口論しつつ去る。一同、それを見送って笑う ) 蓮祐堅田のご門徒の皆さまは、どなたも明かるいかたがたばかりで、楽しゅうござい ますこと。きようはひさしぶりのお招きで、心が晴ればれといたしました。法住ど のに、お礼を申上げなければなりませぬ。 かたさま 法住とんでもない。お方様はふだんお忙しい蓮如さまの留守を守って、さぞかし大変 でございましよう。わが宗は、ほかの寺とちがって、寺を支えるのは住持ひとりの 。さあ、はやく 130