竜玄 - みる会図書館


検索対象: 蓮如 : われ深き淵より
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1. 蓮如 : われ深き淵より

うに ( 立ちあがりかけて、よろめく。倒れかかるのを蓮如が抱きとめる ) トキお方さまー 蓮如竜玄、ささえてやってくれ。わしが背おうから。 竜玄いや、わたくしめが。 蓮如祐どのはわしが背おう。竜玄、おまえは玄英どのをおぶってやれ。あの年寄りに は、ちときつい山道じゃ。 竜玄はい。 ( と蓮祐を抱きかかえて蓮如の背に ) 蓮如 ( ふと首をかしげて ) 祐どの。 蓮祐 ( 弱々しく ) はい。 蓮如そなた、ひょっとしたら、また、やや子ができたのでは 蓮祐はい、どうやらそのようでございます。 蓮如そうか。 ( ため息 ) しかし、二人ぶん背おうているにしては軽すぎる。祐どの、 すまぬのう。あまりにもそなたに苦労をかけ過ぎているのじゃ。ゆるしてくれ。祐 どの。 188

2. 蓮如 : われ深き淵より

信念をもって蓮如さまのお命をうかがう厄介な男。打ちこわしのどさくさにまぎれ て、必ず蓮如さまを襲いましよう。わたしはあの時、やつの舞う姿を見てそう感じ たのです。あの男は蓮如さまを殺害し、自らはどこかへ姿をくらます決心にちがい ありませぬ。竜玄、一生のお願いでございます。すぐにこの寺を離れて、堅田の法 住どのか、金森の道西どののところへお移りなさりませ。 下間玄英まことに竜玄の申す通りでございます。私めも心からお願い申上げます。 トキ蓮如さま。わたしもあの備後法師が怖ろしゅうてなりません。今すぐにでも、蓮 祐さまとご一緒に寺を出てくださいませ。 竜玄蓮如さま。これは門徒一同のお願いでございますぞ。 下間玄英その通りじゃ。われらの願い、お聞きとどけいただけぬとあれば、不肖、下 間玄英、唯今この場で皺腹かき切って切腹させていただきます。これ、刀を持て。 竜玄どの、介錯お願い申す , 蓮如 ( 苦笑して ) これ、これ、玄英どの。そなたは昔から大げさなお人で困る。わか った、わかった。わしもあの男は怖ろしい。やつが襲ってきたら、とりあえず逃げ しわばら 165 第三幕

3. 蓮如 : われ深き淵より

ろうとするのに必死で水をかける庄助。 なぎなた 乱闘の中を白覆面に高足駄の備後法師、ひとり長刀を構えて蓮如の姿をさ がす。庭先の物置小屋に気づいて、忍び寄り、竜玄と向きあう。 備後法師おう、これは、いっぞやの手能衆か。あのおりの『誓願寺』は見事であった のう。さあ、そこをどけ ! その小屋にひそむのは、まさしく蓮如であろう。わし が用があるのは、その男一人。そちも命が惜しくば、おとなしくそこを立ち去れ。 さもなくば、この長刀の錆にしてくれるわ。さあ、どけー 竜玄そなたこそ先日の舞いは見事であった。しかし、そなたの悪心、まざまざと舞い の手に現れておったぞ。ここは一歩も動かぬ。蓮如さまなら、すでに寺をお離れに なったわい。わしを寺の者と見て侮るなよ。この竜玄がきりきり舞いさせてくれる わ。 備後法師若造、やる気か。 竜玄おう。 てのう 168

4. 蓮如 : われ深き淵より

竜玄なに ? さては追手の山法師か。玄英どの、しばらくここへ。 ( と玄英を背中か らおろし、岩陰に坐らせると、棒を手に一行を守る構え。おーい、待てえ、と呼ぶ 男たちの声。いぶかしむ竜玄 ) はて、あの声には聞き憶えがあるが 堅田の法住の部下、権八と庄助が駆け寄ってくる。権八のほうは鉢巻きに 槍をかかえて、合戦の装束。庄助も刀を腰にさしている。 庄助蓮如さま ! お方様もご無事でございましたか。 蓮如おう、これは庄助どのと権八どの。どうしてここへ ? 庄助大谷の定法寺へ身を寄せておられるはずの蓮如さまが、突然に姿を消されたとい うので追ってまいりました。 竜玄そうか。それにしても、よくこの道がわかったのう。 かんどう じゃ へび 権八なあに、蛇の道は蛇だ。鳥辺の座頭どのが道案内と聞けば、間道づたいとはすぐ に知れること。さ、急いだほうがいいぞ。例の備後法師が後を追っているらしいか 190

5. 蓮如 : われ深き淵より

だんぎ 蓮如そなたを道西どのからおあずかりして、もう何年たっかのう。そなたは談義や説 教も見事にするが、かたわら下間玄英について、みっちりと能楽を仕込まれ、今は 天晴れ手能の名手とうたわれておる。きようは本福寺創立のめでたい日。ひとつ、 例のあれをうとうてはくれぬか。 竜玄あれとは、あれでございますか。 ( 笑いを含んで ) 蓮如そうじゃ。例の『誓願寺』の、「となふれば仏も我もなかりけりーー」というあ のくだりよ。法住どの、如光どの、どうじゃ。 たの 如光いや、それはなによりの娯しみでござる。ぜひ聞かせてくだされ。所望いたす、 竜玄どの。 「所望」「所望」と皆が口々にはやす。 竜玄それでは、お申しつけでございますれば、ったなき芸を演じさせていただきまし よう。どうぞお笑いくださりませ。 てのう 143 第三幕

6. 蓮如 : われ深き淵より

竜玄、居ずまいを直して謡曲『誓願寺』の一節をうたいだす。全員、その 美声に打たれてしんとなる。すると、その声に誘われたように、女性の打 ち掛けをかぶった男が廊下づたいに登場。片手にもった扇子で顔を隠しな がら、広間に人ってきて舞いはじめる。竜玄、一瞬たじろぐが、蓮如に目 顔でうながされて再びうたいつづける。他の客たちは、あらかじめ用意さ れた演出と思いこんで、興味ぶかげに舞いを眺める。いつのまにか空が急 に翳って、湖上が白く波立ちはじめている。 如光おう、これは見事な趣向でござるな。竜玄どのの声もすばらしいが、舞いも天晴 うちしゅ れじゃ。あれも本願寺の内衆でござるか。 道西いや、どうでありましような。見たところ、打ち掛けの下は僧衣ではないようじ 144

7. 蓮如 : われ深き淵より

備後法師蓮如どの。 ( 低いがよく響く声 ) 全員、おどろいて部屋の隅の備後法師を眺める。 竜玄ゃあ、これは ! 道西そなたはいっぞやの備後法師ー 竜玄なんという無礼者だ。時と場所とをわきまえよ。いま、お方様が 備後法師わかっておる。三日前からこの家の様子は手にとるごとくに眺めておった。 あや げげ われら下々の者には人を殺めるに作法はないぞ。蓮如どのの命を狙って毎日、待っ ておったのじやからのう。とりこみ中に申し訳ないが、蓮如どのにちと用がござ る。邪魔だてするな ! 竜玄申すな。わしが相手になってやるー おえっ ロ、ふたたび肩をふるわせ、部屋の柱にもたれて嗚咽。 216

8. 蓮如 : われ深き淵より

ちまた て、たくさんの毬の乱暴者がなだれを打ってやってくることじゃ。なによりも彼ら が混乱に乗じて火を放っことがあっては、近所の方々に申訳ない。火を見たら必ず 消しとめること。また、急を聞いて応援に駆けつけるであろう御門徒衆を、乱暴者 が傷つけたり捕えたりすることだけは、何としてでも止めねばならぬ。彼らと戦う のではない。寺を守るのでもない。火事を出さぬこと。門徒衆にけがをさせぬこ と。この二つがわれらの仕事じゃ。よいな。 権八うーむ、これはむずかしい。喧嘩は得意だが、火消しは苦手じゃ。 竜玄蓮如さま。お願いがございます。 蓮如なんじゃ。 竜玄彼らが襲ってくる前に、蓮如さまはここを離れていただきとうございます。 蓮如ふむ、なぜかの。 じにん 竜玄去年の秋、堅田の本福寺に突然あらわれた備後法師とか申す神人の頭、あの男 は、本気で蓮如さまのお命を狙う覚悟と見えました。金ほしさの連中は怖くはあり ませぬ。物盗りの乱暴者も気にはなりませぬ。しかし、あの備後法師は念仏廃絶の 164

9. 蓮如 : われ深き淵より

蓮祐いいえ。わたくしは、しあわせでございます。蓮如さまの背中におわれて、こう 。わたくしは今、このまま死んでしまいたいくらいに、しあわせ してご一緒に を感じておりまする。 蓮如もうロをきかれるな。さあ、鳥辺の座頭どの、御案内くだされ。竜玄、トキ、ゆ くぞ。この峠を越えたら、そこは近江。堅田の法住どのや、金森の道西どのの驚か れる顔を見るのが楽しみじゃ。京の知合いの寺に隠れておるはずのわしが、突然あ らわれたら何と言うであろうのう。おっと、気をつけられよ。その岩は滑るぞ。 ( よろめきながら蓮祐を背おい、幼な子の手を引いて急な山道をこえてゆく蓮如 ) 佐吉あっ , ( と叫んで足をふみはずし、谷底へ滑り落ちてゆく物音 ) 竜玄佐吉 ! 大丈夫か ! 佐吉ー 佐吉 ( 下のほうから声がする ) 大丈夫でございます。うまく木の枝に引っかかりまし た。いま上ってまいりますから、どうぞ先をお急ぎを。ただ、荷物のほうが 蓮如荷物はよい。気にせずに、そのまま上ってくるのじゃ。さ、はやく。 トキ竜玄さま ! 向うに人影が 189 第四幕

10. 蓮如 : われ深き淵より

手当てをする辻の女。玄英、竜玄たちも呆然と立ちつくす。ややあって物 置小屋から姿をあらわす蓮如と蓮祐。駆け寄る竜玄や門徒たち。蓮如、 言であたりを眺める。トキ、泣きながら近づいてくる。 トキ蓮如さま。あのひとは、大事なときに帰ってきてくれました。騒ぎの最中に姿を あらわし、わしは蓮如さまの身がわりになるぞと申しまして。 蓮如おう、加助は、やはり帰ってきたか。 トキはい。そして、また、あの阿弥陀の井戸へ帰ってゆきました。 ( 泣きふす ) 蓮如なに ! 蓮如、井戸に駆け寄って、大声で加助の名を呼ぶ。じっと耳をすますと、 「ナマンダー」とかすかな声が返ってくる。蓮如、いきなり十徳をぬぎす幕 つるべ 第 て、井戸の釣瓶に手をかけると、体にまきつけ、井戸の縁に仁王立ちにな