と、首ががくりと傾く ) 蓮如祐どの ! 祐どの、どうされた ! 一体、これはどういうことだ。祐どの ! な ぜ返事をせぬ。これ、なにか言うてくれ。祐どの ! ( 激しく蓮祐の体をゆする ) 祐どの ! ( と、蓮祐の上におおいかぶさり、肩をふるわせて号泣する ) わしをお いて、ひとりでゆくのか ! 祐どのー トキ蓮祐さまー かたさま 竜玄お方様 , 順如ああ , まわりの様子が解しかねる風情の幼い蓮淳。妙宗は激しく泣きじゃくる。 道西、無言で涙をぬぐう。そのとき、音もなく部屋にすべりこんできて、 皆の背後に坐る備後法師。片手に大刀をつかんでいる。道西、遠慮がちに幕 第 蓮如のそばへゆき、小声で何かささやく。蓮如、肩で息をしながら蓮祐か ら離れる。トキ、近づいて蓮祐の頭を枕にのせ、布団をととのえる。蓮
順如父上 , 蓮如 ( まっすぐに蓮祐の枕元へ ) 祐どの ! わしじゃ ! すまぬ。すっかりおくれて しもうた。祐どの ! ( と、布団の中の蓮祐の上体を胸に抱きかかえ、大声で名を 呼ぶ ) 祐どの、どうされた。わしじゃ。蓮如が帰ってきたぞ。さあ、目をあけられ よ。祐どの ! 蓮祐 ( うっすらと目をあけて蓮如をみつめ、かすかに徴笑する ) ああ、蓮如さま お帰りなさいませ。 蓮如おお、気づいたか ! わしじゃ、蓮如じゃ。顔が見えるか。声がきこえるか。苦 しければ枕をあてて横になってもよいぞ。どうじゃ。 蓮祐 ( ゆっくりと首をふり、細い声で ) このままーー抱いていてくださいませ。 ( 力な幕 第 く咳きこむ ) わたくしにはもう、そんなに時間がございませぬゆえ。 トキなにをおっしゃいます、蓮祐さま。ほら、お子さまがたもこうして心配しておら こんでくる。トキと道西、竜玄もつづいて現れる。妙宗もその後から。
じっと散らばった紙片をみつめる。 その騷ぎで赤ん坊が目をさまし、弱々しく泣く。蓮祐、布団から抱きあ げ、頬ずりする。 蓮祐どうされた ? お乳がほしいのか ? よし、よし、いい子だ。さあ、たーんとお 飲み。 ( 胸をはだけて豊かな乳房をふくませる ) 蓮如祐どの。 ( ぼつりと ) 蓮祐 ( だまって蓮如をみつめる ) 蓮如わしも寺を出て、加助たちと一緒に働こうか。 蓮祐 ( しずかに首をふって ) いいえ。 蓮如しかし 蓮祐トキが加助の女房なら、わたくしもあなたさまの妻。お心の中はようくわかりま す。蓮如さまはいま、命がけでその「ふみ」とやらを書いておられます。お続けな 107 第二幕
さわ て罪や障りが深いのでしようか。わたしにはそこがわかりませぬ。 トキわたしにも、わかりませぬ。 蓮如祐どの。 ( 蓮祐をふり返って ) 蓮祐はい。 蓮如以前、そなたも同じ不審をわしにたずねたことがあったのう。憶えておられる によりよう 蓮祐はい。あれは姉の如了が亡くなったときでございました。わたくしが泣きながら怨 みごとを口走っておりましたら、蓮如さまがいろいろ慰めて、お話してくださった のです。 蓮如そのおりの話を、ミッどのにしてやってくれぬか。そなたの一一一口葉のほうが、たぶ ん判りやすかろう。思ったままを言うてみなされ。 蓮祐でもーーー ( と遠慮しながらミツを眺め、心をきめて ) では、わたくしが以前にお幕 第 聞きしたままを申上げましよう。 ( 全員が蓮祐を注視する ) まず、蓮如さまはこうおっしやられました。一一一口葉にとらわれてはならん、と。
がなんだ。笑わせるな。くそ坊主 ! 地獄 ( いけ ! ( 障子を倒して外 ( とび出す ) トキあんた ! ( 加助の後を追おうとする ) 蓮祐トキさん , 蓮祐、トキの袖をつかんでとめようとする。 蓮祐トキさん、待って トキ祐さま、とめてくださいますな。トキはあのひとの女房です。それに、わたしも またあのひとの感じていることがわかるような気がします。毎日食べものを買いに町 へ出ても、目にするのは飢えて倒れている人たちばかり。野盗に火をかけられた焼け 跡に、ふるえて泣いているみなし児もいる。雪の中をさまよい歩くお年寄りもいる。 。京の町はいま、まるでこの世の幕 生きながら見捨てられ、大に食われる病人たち 第 地獄です。それを見て心の痛まぬ者がおりましようか。 蓮祐トキ
うに ( 立ちあがりかけて、よろめく。倒れかかるのを蓮如が抱きとめる ) トキお方さまー 蓮如竜玄、ささえてやってくれ。わしが背おうから。 竜玄いや、わたくしめが。 蓮如祐どのはわしが背おう。竜玄、おまえは玄英どのをおぶってやれ。あの年寄りに は、ちときつい山道じゃ。 竜玄はい。 ( と蓮祐を抱きかかえて蓮如の背に ) 蓮如 ( ふと首をかしげて ) 祐どの。 蓮祐 ( 弱々しく ) はい。 蓮如そなた、ひょっとしたら、また、やや子ができたのでは 蓮祐はい、どうやらそのようでございます。 蓮如そうか。 ( ため息 ) しかし、二人ぶん背おうているにしては軽すぎる。祐どの、 すまぬのう。あまりにもそなたに苦労をかけ過ぎているのじゃ。ゆるしてくれ。祐 どの。 188
蓮祐これは六男の光徳でございます。蓮如さまも大変なお可愛がりようで、やがて成 長したら蓮淳と名乗らせようと、今から楽しみにしておられます。 道西蓮祐さまにとっては六人目のお子か。 蓮祐はい。 道西それは大変ご苦労でございますな。お亡くなりになられた前の奥方は、あなたさ まの実の姉上でいらしたそうじゃが、あのかたも、たしか七人のお子を 蓮祐はい。姉は十三年間に七人のお子を産んでおります。それにくらべますと、わた くしの苦労など大したことではございません。わたくしが子を産みますたびに、蓮 如さまはそれは大変なよろこびようで、苦労など吹っとんでしまいます。 如光いや、いや、夫婦の仲むつまじければこその子沢山じゃ。それにしても蓮如どの はお元気でうらやましい。わしなぞとっくにもうご用済みでな。ひとつあやかりた いものじゃ。 ( みな、陽気に笑う ) 蓮如 ( くすぐったそうな顔で ) 子供の話はもうよい、よい。なんぞ別な話題はない 132
トキでも、わたしは、蓮如さまを責めたりはいたしません。お二人のかわりに寺を出 ていくのです。そして、あのひとと一緒にかわいそうな人たちのために働きましょ う。蓮如さまは、その「ふみ」を立派にお書きあげください。トキは蓮祐さまを信 じておりまする。 蓮如トキ トキこれまで育てていただいたご恩は忘れません。祐さま、蓮如さま、どうぞお許し くださいませ。 トキ、蓮祐の手をふりはらい、坐りなおして頭をさげると、身をひるがえ して駆け出す。 蓮祐トキさん ! ( と立ちあがる ) 遠ざかってゆく足音と、「あんたー ! 」と叫ぶトキの声かすかに。蓮如 106
はいないのに。ね、祐さま。 蓮祐おもしろい人。 トキあ、あのひとが帰ってきたのかも 足音がきこえ、手に紙帳を持った蓮如が部屋にはいってくる。みちがえる ように憔悴した面もちで眼光のみするどく光る。だが、トキを見て無理し たような笑顔をつくる。 トキこれは蓮如さま。 蓮祐お寒うございましたでしよう。ちょうどトキがおいしい柚子湯を持ってきてくれ ました。さ、温かいうちに 蓮如 ( 震える手で、さし出された柚子湯を一口飲んで ) ゃあ、これはうまい。生き返幕 第 るようだ。 。心配いたしており 蓮祐きようも朝からずっと火の気のない御影堂にこもられて
蓮如打ち明け話だと ? 蓮祐ええ。これだけは一生だれにも明かさぬつもりでした。 ( 荒い息をつき ) ほかの かたはみな、耳を押さえていてください。お願い。恥ずかしいから。 トキ、ミッ、竜玄、みな耳を手でふさぐ。蓮淳も不思議そうにそれになら 蓮祐蓮如さま。 蓮如 ( 無言でうなずく ) 蓮祐 ( 水が流れるように、カなく、細い声で ) わたくしは蓮如さまがずうっと好きで した。お恥ずかしいことですが、姉の如了どのが、まだ元気でいらした頃からで す。姉の夫であるあなたを、こっそり好きだったのです。 ( 少し間をおいて ) です幕 第 から、姉が亡くなったときは、怖ろしくて胸もつぶれるほどでした。心のどこかで 姉がいなくなることを望んでいたのではないか。ひょっとして、蓮如さまと暮すこ