「失敗 に「小作人ーにされてしまっていた。そうなって百姓は始めて気付いた。 彼等は少しでも金を作って、故里の村に帰ろう、そう思って、津軽海峡を渡って、 かにこうせん 蟹工船にはそういう、自分の土地を「他 雪の深い北海道へやってきたのだった。 人」に追い立てられて来たものが沢山いた。 積取人夫は蟹工船の漁夫と似ていた。監視付きの小樽の下宿屋にゴロ / ( 、している 船と、樺太や北海道の奥地へ船で引きずられて行く。足を「一寸」すべらすと、ゴ ン′ ( 、 / ( 、とうなりながら、地響をたてゝ転落してくる角材の下になって、南部セン べイよりも薄くされた。、 カラ / ( 、とウインチで船に積まれて行く、水で皮がペロ / ( 、 蟹 になっている材木に、拍子を食って、一なぐりされると、頭のつぶれた人間は、蚤の 子よりも軽く、海の中へたゝき込まれた。 かたま ーー内地では、何時迄も、黙って「殺されていない」労働者が一かたまりに固って、 資本家へ反抗している。然し「殖民地」の労働者は、そういう事情から完全に「遮 断ーされていた。 苦しくて、苦しくてたまらない。然し転んで歩けば歩く程、雪ダルマのように苦し みを身体に背負いこんだ。 ふるさと いっすん のみ
とが尠なかった。そういう状態が一月し、二月するうちに、笠原は眼に見えて不機嫌 になって行った。彼女はそうなってはいけないと自分を抑えているらしいのだが、長 いうちには負けて、私に当ってきた。全然個人的生活の出来ない人間と、大部分の個 人的生活の範囲を背後に持っている人間とが一緒にいるので、それは困ったことだっ , 」 0 「あんたは一緒になってから一度も夜うちにいたことも、一度も散歩に出てくれたこ 者と , もないー しま 活終いに笠原は分り切ったそんな馬鹿なことを云った。 生 私はこのギャップを埋めるためには、笠原をも同じ仕事に引き入れることにあると 党思い、そうしようと幾度か試みた。然し一緒になってから笠原はそれに適する人間で ないことが分った。如何にも感情の浅い、粘力のない女だった。私は笠原に「お前は はしゃ ふてく 気象台だ」と云った。些細のことで燥いだり、又逆に直ぐ不貞腐された。こういう性 質のものは、とうてい我々のような仕事をやって行くことは出来ない。 勿論一日の大半をタイピストというような労働者の生活からは離れた仕事で費し、 帰ってきてからも炊事や、日曜などには二人分の洗濯などに追われ、それは随分時間 かわいそう のない負担の重い生活をしていたので、可哀相だったが、彼女はそこから自分でグイ 227
た。臨時工だから別に一銭も出さなくてもい、約東だが、皆がよく働いてくれたから とい、つのが其の理由らしかった。それがどの程度の確実さがあるかどうか、とにかく 皆は此処をやめると、又暫らくの間仕事に有りつけないので、知らずにその事を当て にしていた。だが、 晩飯の時間を賃銀から一一銭三銭と差引いたり、何百人の人間を平 気で一時間以上も待たして、一銭玉を三つずつ並らべる会社が、何んで六百人もの人 間に十円 ( 大枚十円 ! ) を出すものか。十円を出すという噂さを立てさせているのに 者は、明かに会社側の策略がひそんでいるのだ。そんな噂さを立てさせて、首切りの前 活の職工の動揺を防いで、土俵際でまンまとしてやろうという手なのだ。 生それが今日工場で可なり話題になったので、私は明日工場に入れるビラにこの間の 党事情を書くことにした。一昨日入ったビラに、その前の日皆がガャ / ( 、話し合った、 賃銀を渡す時間を早くして貰おうというようなことがちアんと出ていたために ( 事は さしょ - っ そんな些少なことだったが ) 、皆の間に大きな評判を捲き起したのである。私は机の あぐら 前に大きな安坐をかいた 暫らくすると、下のおばさんが階段を上がってきた。「さっきは子供にどうも ! 」 と云って、何時になくニコ , ( 、しながらお礼をのべて下りて行った。私たちのような 仕事をしているものは、何んでもないことにも「世の人並のこと」に気を配らなけれ 149 もら かん
た。冬が来ると、「矢張り」労働者はその坑山に流れ込んで行った。 それから「入地百姓」 北海道には「移民百姓」がいる。「北海道開拓」「人口食 糧問題解決、移民奨励ー、日本少年式な「移民成金」など、ウマイ事ばかり並べた活 せんどう 動写真を使って、田畑を奪われそうになっている内地の貧農を煽動して、移民を奨励 して置きながら、四、五寸も掘り返せば、下が粘土ばかりの土地に放り出される。豊 じよ・つ ばれいしょ 饒な土地には、もう立札が立っている。雪の中に埋められて、馬鈴薯も食えずに、一 者家は次の春には餓死することがあった。それは「事実」何度もあった。雪が溶けた頃 生になって、一里も離れている「隣りの人」がやってきて、始めてそれが分った。ロの 党 わらくず い中から、半分嚥みかけている藁屑が出てきたりした。 蟹稀れに餓死から逃れ得ても、その荒プ地を十年もか、って耕やし、ようやくこれで 普通の畑になったと思える頃、それは実にちアんと、「外の人」のものになるように うそ なっていた。資本家はーー高利貸、銀行、華族、大金持は、嘘のような金を貸して置 けば、 ( 投げ捨て、置けば ) 荒地は、肥えた黒猫の毛並のように豊饒な土地になって、 間違なく、自分のものになってきた。そんな事を真似て、濡手をきめこむ、眼の鋭い 人間も、又北海道に入り込んできた。 百姓は、あっちからも、こっちからも自分 のものを噛みとられて行った。そして終いには、彼等が内地でそうされたと同じよう
は想像もっかない「立派な処」に思われた。「こ、の百に一つ位のことがあったって、 あっちじやストライキだよ。」と云った。 まで その事からーーーそのキツかけで、お互の今迄してきた色々のことが、ひょい′ ( 、、と かんがい ふせつ 話に出てきた。「国道開たくエ事」「灌漑工事 . 「鉄道敷設」「築港埋立」「新鉱発掘」 にしん 殆んど、そのどれかを皆はしてきていた。 「開墾ー「積取人夫」「鰊取り」 ーーー内地では、労働者が「横平」になって無理がきかなくなり、市場も大体開拓さ からふと かぎづめ 者れつくして、行詰ってくると、資本家は「北海道・樺太へ ! 」鉤爪をのばした。其処 ぎやくし 生 では、彼等は朝鮮や、台湾の殖民地と同じように、面白い程無茶な「虐使」が出来た。 党 の ←然し、誰も、何んとも云えない事を、資本家はハッキリ呑み込んでいた。「国道開た しらみ 蟹く」「鉄道敷設」の土工部屋では、虱より無雑作に土方がタ、キ殺された。虐使に堪 えられなくて逃亡する。それが捕まると、棒杭にしばりつけて置いて、馬の後足で蹴 らせたり、裏庭で土佐大に噛み殺させたりする。それを、しかも皆の眼の前でやって ろっこっ みせるのだ。肋骨が胸の中で折れるボクッとこもった音をきいて、「人間でない」土 方さえ思わず額を抑えるものがいた。気絶をすれば、水をかけて生かし、それを何度 ふろしき きようじん も何度も繰りかえした。終いには風呂敷包みのように、土佐大の強靭な首で振り廻わ されて死ぬ。ぐったり広場の隅に投げ出されて、放って置かれてからも、身体の何処 カ おうへ、 からだ け
風」の警戒報を受取っていた。それには若し川崎船が出ていたら、至急呼戻すように さえ附け加えていた。その時、「こんな事に一々ビク、ビクしていたら、このカムサ ッカまでワザ、ワザ来て仕事なんか出来るかい。」 , ーーそう浅川の云ったことが、無 線係から洩れた。 それを聞いた最初の漁夫は、無電係が浅川でゞもあるように、怒鳴りつけた。「人 間の命を何んだって思ってやがるんだ ! 」 船「人間の命 ? 「そ、つよ。」 工 「所が、浅川はお前達をどだい人間だなんて思っていないよ。」 ども 蟹何か云おうとした漁夫は吃ってしまった。彼は真赤になった。そして皆のところへ かけ込んできたのだった。 皆は暗い顔に、然し争われず底からジリ、ジリ来る興奮をうかべて、立ちつくして いた。父親が川崎船で出ている雑夫が、漁夫達の集っている輪の外をオド / ( 、してい た。スティが絶え間なしに鳴っていた。頭の上で鳴るそれを聞いていると、漁夫の心 はギリ、ギリと切り苛いなまれた。 夕方近く、プリッジから大きな叫声が起った。下にいた者達はタラップの段を二つ
かんづめ ヴェート領カムチャッカの領海に侵入して蟹を取り、これを加工して罐詰にするため に仕立てられた一群の蟹工船はどれもこれもボロ船で、しかも「航船」でないために 航海法を適用されない。そこに季節労働として北海道で雇いいれられる百姓・坑夫・ 漁師・土方・学生・貧民街の少年たちは、すべての人間的権利を剥奪されて、会社の 利潤と帝国の「国策」のために言語に絶して虐使される。 蟹工船博光丸に会社から派遣された監督の浅川は友船の c00co を無視し、他の船の はれんち 堵張った網を引きあげてその収獲を横取りするなどの破廉恥漢であるが、彼は自分の成 績をあげるために、労働者に過酷な残業を強い、病人を放置し、「焼きを入れ」、死人 さくしゅ このような非人間的な搾取にた 船にたいしてさえ最小限度の礼もっくそうともしない。 蟹えかねた労働者は自然発生的にサボに入るが、そのうちから幾人かの代表があらわれ て、ついにストライキにまで発展する。ストライキは団結の力によって成功するかに 見えたが、 蟹工船を「護衛」していた駆逐艦から銃剣を擬した水兵が乗り込んで来て、 労働者が自分たちの仲間だと信じていたこれらの水兵によって代表の九人が駆逐艦に 護送されてゆく。 ここで小林は帝国主義国家の「辺境」における植民地的な搾取、未組織労働者の団 結、国家と財閥と軍隊との関係、天皇制の問題などを示そうとした。そして彼はそれ 276 し はくたっ
くんせい 「熱い、熱い、たまんねえな。人間の燻製が出来そうだ。」 燃いてる時なんて ! 」 「冗談じゃねえど。今火たいていねえ時で、こんだんだど。 「んか、な。んだべな。」 「印度の海渡る時ア、三十分交代で、それでヘナイ \ になるてんだとよ。ウッカリ文 やたら 句をぬかした一機が、シャベルで滅多矢鱈にた、きのめされて、あげくの果て、ポイ そうでもしたくなるべよ ! 」 ラーに燃かれてしまうことがあるんだとよ。 船「んな : も・つも・つ 汽罐の前では、石炭カスが引き出されて、それに水でもかけたらしく、濛々と灰が 工 立ちのばっていた。その側で、半分裸の火夫達が、煙草をくわえながら、膝を抱えて 蟹話していた。薄暗い中で、それはゴリラがうずくまっているのと、そっくりに見え のぞ た。石炭庫のロが半開きになって、ひんやりした真暗な内を、無気味に覗かせてい 「おい。」吃りが声をかけた。 それが「誰だ。ーー・誰だ、ーーー誰だ」と三つ位に響きか 「誰だ ? ー上を見上げた。 えって行く。 そこへ二人が降りて行った。二人だということが分ると、 125
「食ったことも、見たことも無えん洋食が、サロンさ何んほも行ったな。」 「糞喰えーーーだ。」 テープルの側の壁には、 一、飯のことで文句を云うものは、偉い人間になれぬ。 一粒の米を大切にせよ。血と汗の賜物なり。 者 一、不自由と苦しさに耐えよ。 活 生 振仮名がついた下手な字で、ビラが賰らさっていた。下の余白には、共同便所の中 わいせつ 蟹にあるような猥褻な落書がされていた。 ちょっと 飯が終ると、寝る迄の一寸の間、ストーヴを囲んだ。 駆逐艦のことから、兵隊 の話が出た。漁夫には秋田、青森、岩手の百姓が多かった。それで兵隊のことになる と、訳が分らず、夢中になった。兵隊に行ってきたものが多かった。彼等は、今では、 ざんぎやくみ おも その当時の残虐に充ちた兵隊の生活をかえって懐しいものに、色々想い出していた。 皆寝てしまうと、急に、サロンで騒いでいる音が、デッキの板や、サイドを伝って、 此処迄聞えてきた。ひょいと眼をさますと、「まだやっている」のが耳に入った。 たまもの なっか
それは今では、皆の心の底の方へ、底の方へ、と深く入り込んで行った。 に見ろ ! 」 然し「今に見ろ」を百遍繰りかえして、それが何になるか。 ストライキが惨め に敗れてから、仕事は「畜生、思い知ったか」とばかりに、過酷になった。それは ふつきゅう 今迄の過酷にもう一つ更に加えられた監督の復仇的な過酷さだった。限度というも の、一番極端を越えていた。 今ではもう仕事は堪え難いところまでに行ってい 者 , 」 0 間違っていた。あゝやって、九人なら九人という人間を、表に出すんでなかっ 党 いた。まるで、俺達の急所はこ、だ、と知らせてやってるようなものではないか。俺達 蟹全部は、全部が一緒にやった、という風にやらなければならなかったのだ。そしたら 監督だって、駆逐艦に無電は打てなかったろう。まさか、俺達全部を引渡してしまう なんて事、出来ないからな。仕事が、出来なくなるもの。」 「そうだな。」 「そうだよ。今度こそ、このま、仕事していたんじゃ、俺達本当に殺されるよ。犠牲 者を出さないように全部で、一緒にサポルことだ。この前と同じ手で。吃りが云った でないか、何よりカを合わせることだって。それに力を合わせたらどんなことが出来 136