七郎 - みる会図書館


検索対象: 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)
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1. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

蹴っぷして見せい」 「滅相もないことを」一人の侍がとめると、 「嫌か ? ・」 「で・も」 「主命だぞっ」この腕白者は、身装こそ小さいが、ロは大人を負かしそうであった。主 命といわれて、家来たちは、持てあました。 ばち まね 七郎は、扱い馴れているらしく、かりそめにも、仏の像に、そんな真似をしたら、罰 があたって、脚も曲がろうと、なだめたり、説いたりした。 「罰 ? 」寿童丸は、かえって、罰ということばに、反感を燃やしたらしく、 なりたのひょうえためなり みうち 「右大将小松殿の御内でも、成田兵衛為成と、弓矢にしられた父をもっ寿童丸だぞ。 罰がなんじゃ。あたらばあたってみるがよい。おぬしら、臆病かぜにふかれて、そ くるまながえ れしきのことができぬなら、わしが行って、踏みつぶして見せる」と、輦の轅に片足を かけて、ばんと飛び下りた。 五 七郎は、驚いて、 「まま、待たせられい」だだっ子の寿童丸を、他の家来たちとともに、無理やりに、輦 の上へ、抱いて、押し上げようとする。

2. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「性善坊か」すると、はっきり、 「ただ今帰りました」彼の返辞であった。すぐ上がってきて、 「範宴さま。ただいま、戻ってくる途中で、ふしぎな人に会いました。後ろに従れて参 りましたから、お会い下さいまし」といって、 こうん 「孤雲どの。こちらへ」と、呼んだ。 しようじの 怖る怖る、庄司七郎の孤雲は、そこへ来て、うつむきがちに坐った。範宴は、ト / 首を かしげ・て、 「はての ? 」 「おわかりになりませんか」 「知らないお方だ」孤雲は、その時、しずかに顔を上げて 「ああ、よう御成人なさいましたな」 「あ。 : キ〕郎・か」 「やはり覚えていらっしやった」と、孤雲は、ばうばうとした髯の中で、うれしげに、 微笑した。 ただすはら 「忘れてなろうか。糺の原で、あやういところを、救うてくれた庄司七郎 : 時、そなたは、なぜ逃げたのか」 「その仔細は 」と、性善坊がひき取って、 みちみち 「途々、聞いてきたところでございまする。私から、代って、お話いたしましよう」 ひげ っ 。あの

3. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

, 一もそう かたち 菰僧のような容をしている。背に、菰を負い、手に、尺八とよぶ竹をたずさえていて わら 足は、藁で縛っている。 「どなたを、お訪ねですか」 あわたぐち 「去年ごろ、粟田口から上られた、範宴少納言さまは、どこの房に、おいででしょ , 一 「ほ、範宴様を、おたすねか」 「そうです」性善坊は、そういわれて、どこか聞き覚えのある声だとは思ったが、思 当る者もなかった。 「範宴様は、根本中堂の宿房においでになるが、して、おもとは」 、」うん みだどう 「東山の弥陀堂にいる孤雲という菰僧でございます」 「なんの御用で」 「すこし、お願いやら : : : またお顔も見たいと存じまして」 「以前に、お会いしたことが、あるのですか」 「は、、ふしぎなご縁で、六条のお館に、捕われていたこともございますし、また、 のち 衆 の後も、一、二度」 「やっ」性善坊は、びつくりして、 大 なりたのひょうえけにんしようじの 「成田兵衛の家人、庄司七郎どのじゃないか」 : 」かえって、その七郎のほうが、びつくりしたように、光る眼を、大きく「 為「あっ・ 力」 のば 、一も

4. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

59 黒白 いのですか。家名を何となされますか。ここな、親不孝者つ」と主人の子であること 7 忘れて、胸ぐらを締めつけた。 「あっ、くるしい こらっ七郎、貴様は俺を撲りに来たのか」 「打ちます、撲ります。亡きあなた様のお父上に代って、打たせていただきます」 かえ 「この野郎」刎ね返そうとすると、七郎は、さらに力をこめて、朱王房の喉を締めつ もんぜっ うめ た。うウむ : : : と大きな呻きを一つあげて、朱王房は、悶絶してしまった。 ぐったりと四肢を伸ばしている朱王房の姿をながめて、孤雲は、落涙しながら、 「若様、おゆるし下さい。あなたを、範宴御房にも劣らぬ立派な者にしたいばかりに すが かような、手荒な真似もするのですから」取り縋って、詫びていたが、気づいて、 あたり 「そうだ人が来ては」と、にわかに鋭くなって、四辺を見まわした。 幸に、性善坊の落して行った笠がある、それを、朱王房の頭にかぶせて、背に負お , 一 うめ とすると、朱王房は、うーむ、と呻いて、呼吸をふきかえした。 だがもう暴れ狂う気力はなかった。永い土牢生活のつかれも一度に出たのであろう 孤雲の肩にすがったまま、ぐったり首を寝せていた。 っさんに逃げて行った。 孤雲は、谷間に下り、水にそって、比叡の山から里へと、 ひえい

5. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「なアンじゃ」少年は、赤い口で嘲笑った。 「鹿よのう、そんなことに、驚いたのか」 ずねん : やがて、誦念いたー 「いえいえ、さようなことに、庄司七郎は、驚きはしませぬ。 ている姿の気だかさに驚きました。衝たれたのでございます。何か、こう五体がしび炳 かげろう ま・ 1 とみほとけ こもび るように思いました。ちる梅花も、樹洩れ陽も、土の香から燃える陽炎も、真の御仏 つつむ後光のように見えました」 ようす みぞう ただわこ 「凡の和子ではございません。作られている三体の御像の非凡さ、容子のつつましさ」 「ふーむ : : : 」 「世の中に、あんな和子もあるものかと、ほとほと感服いたしました」腕白な主人の がおそろしく不機嫌なものに変っているのに気がついて、七郎は、ちと賞めすぎたか 4 と後悔して口をつぐんでしまった。案のじようである。 つば 「小賢しいチビめ」輦のうえから、少年は唾をして、罵りだした。 わっぱ 「そんな、利巧者ぶるやつに、ろくな童はないそよ。第一、まだ乳くさいくせに、仏、 じゅどうまる じりなどする餓鬼は、この寿童丸、大ッ嫌いじゃ」家来たちの顔を、じろじろ見まわー 誰も、雷同しないので、寿童丸は、いよい デて、どうだというように、待っていたが、 不機嫌になった。 「やい、やいつ。あの餓鬼めの作ったとかいうその土偶像を奪ってきて、わしの前で - 一ギ」か がき くるま あぎわら ののし

6. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

かすがい 四、五本の鎹が、ばらばらと落ちると、牢の柱が前に仆れた。 炎の中からでも躍りだすように、朱王房は外へ出て、青空へ、両手をふりあげた。 「しめた。もう俺の体は、俺の自由になったそ。 うぬ、見ておれ」走り出そうとす るので、 「あっ、若様つ、どこへ 」と、孤雲は彼が歓びのあまりに気でも狂ったのではない かと驚いて抱きとめた。 「離せ」 「どこへおいでになるのです。若様の行く所へなら、どこへまでも七郎とてもお供をい たす覚悟でございます」 ねじ 「山を去る前に、範宴の細首を引ン捻ってくれるのだ」 「滅相もない。範宴さまと、性善坊どのとは、この身に恩こそあれ、お恨み申す筋はあ りません」 「いや、俺は、嫌いだ」 いのち あなた 「嫌いだからというて、人の生命をとるなどという貴方様のお心は、鬼か、悪魔です」 「貴様までが、俺を、悪魔だというか。俺は、その悪魔になって、範宴とも、闘ってや るし、この山とも、社会とも、俺は俺のカのかぎり、争ってやるのだ」 「ええ、貴方様はつ」満身のカで、狂う彼をひきもどして、道へ捻じふせた。そして、 すぐ 「まだ、そのねじけたお心が、直におなり遊ばさぬかつ。お父上のご死去を、ご存じな たお

7. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

妻子に対する思慕にも耐えられなくなったというのである。 し・よ、つじのし みうちびと なりたのひょうえ 「もう何をかくしましよう、わたくしは小松殿の御内人です。成田兵衛の郎党で庄司ー ろう 郎という者です。先年はまだ和子様が日野の里においでのころ、無礼を働いたことも るので、うすうす、和子様のお顔は存じ上げておりました」 「ではやはり、蔵人殿のご推察どおり、六波羅方の諜し者じゃな」 「、ゝにも」と七郎・は、きつばりいっこ。 しよ、つこく 「新院大納言が、相国に不満をいだいて、何やら密謀のあるらしい気配、夙く、それ つけ しの主人成田兵衛が感づいて、あの衆の後を尾行よというおいいつけなのです。す「 じようじゅ に、小松殿も、それをお気づきある以上は、もはや、事を挙げても、成就せぬことは あきら 火をみるよりも、瞭かです。決して、お館には、さような暴挙にご加担なされぬよう〔 申しあげたいといったのは、その一事です」 「ほう、それでは、すでに小松殿を初め六波羅では、新大納言の策謀を感づいておら るのか」 てぐすね 「一兵なりと動かしたらばと、手具脛ひいて、待ちかまえているのです」範綱は心の ( あぶない ! ) と、思わず大息につぶやいた。さしあたって不安になるのは、法皇の 4 ん身であった。あれほど、仰せられたことであるから、新大納言一味の策にのせられプ ばん まわ

8. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

法皇は、板ばさみになったお顔つきで、ちょっと、当惑していられたが、範綱が沓の しりそ まえに死を賭して坐りこんでいる姿をみると、むげに、退けられなかった。 もと かしら 「しばしの間、遠慮せい」側近は、お声の下に、無一言の頭を下げて、去るよりほかなか むほん 範綱は、その人々が去るのを待ってから、すでに、新大納言に謀叛の下ごころがある ことを、平家方では、察知しているということを、今日の庄司七郎の言葉を例証とし て、つぶさに、内奏した。 ばうしゅ 法皇は、さすがに、顔いろを変えられた。御自身が、謀主になっても亡したいほど憎 悪する平家ではあるが、それほどにまた、怖ろしい平家でもあるのだった。わけて、法 皇は清盛入道が感情的に激発したらどんなことでもやりかねない男であるということ を、幾つもの実例で骨身にこたえて御承知なのであった。 「やめよう」すぐ、こういわれた。 みゆき ししたに たちまち、鹿ヶ谷への行幸は、沙汰やめになった。武者所の人々は、 かんげん 「いらざる諫言だてをする歌よみめ」と、範綱を憎み、 ととの みくるま 「このままでは、味方の気勢にかかわる」といって、調えた御輦を、空のまますすめ ししたに たいまっ て、松明をともし、暗い道を鹿ヶ谷の集まりへと急いで行った。 ただのくろうど だが、その列の中にいた多田蔵人だけは、途中から闇にまぎれてただ一人どこかへ姿 を消してしまった。 っ , ) 0 から ほろぼ

9. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

ちで、彼はといわれるほどな人物には、すすんで、学問を受けた。 「お体を、おこわしにならないように 」と性善坊は、日夜の彼の精進に、ロぐせの ようにいっていたが、それは杞憂にすぎなかった。 はんえん ぜいじゃく やがて範宴の体質がそんなことでこわれるような脆弱なものでないことがわかると、 「まったく、 異常なお方だ」と心から頭が下がってきて、もう、そんな通常人にいうよ うないたわりはいえなくなってきたのであった。そして、同じ侍いて仕えているにして も、九年前と今日とは、まったく違った畏敬の心をもって、 ( 師の御房 ) と呼び、そして範宴から垂示を受ける一弟子となりきっていた。 やまと 七月の末だった。かねてから、範宴の宿望であった大和の法隆寺へ遊学する願いが、 中堂の総務所に聴き届けられて、彼は、この初秋を、旅に出た。 っ : 」と生善坊は、無論、供に従いていた。そし 「何年ぶりのご下山でございましよう : て、下山するごとに変っている世間を見ることが、やはり、軽い楽しみであるらしかっ それでも、性善坊の方は、麓や町へ使いに下りることが、年に幾度かあったが、範宴 は、ほとんどそれがなかった。 「すべてが、一昔前になったな」京都の町へ入ると、範宴は、眼に見るものすべてに、 きゅう はつあき かしず

10. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

158 ひたち 頼朝の兵は、枯れ野の火のように、武蔵を焼き、常陸へ入る。 おうみじ 義仲は、近江路へと、はや、軍馬をすすめていると聞えた。 まつまろ そうした、眼まぐるしい、一刻の落着きもない都のなかを、毎日、十八公麿は、がた がた車で、日野の学舎へ一日も怠らずに通いつづけているのである。 じゅどうまる すると、ある日、悪童組の寿童丸や、ほかの年上の生徒が五、六名、民部の留守を見 すまして、 、つーしぐ - わっぱ 、牛糞町の童」と、十八公麿をとりまいていった。 、。ほんとは、日野の有範の子じやろう」 「おまえの父親は、六条の範綱ではあるまし それは十八公麿も、知っているので、かなしくはなかった。黙って、澄んだ、まるい 眼をして、そういう悪太郎達の顔をながめていた。 おびや 寿童は、脅かすように、 「よいか。まだ、おまえの知らないことがあるそ。教えてやろうかー・ーそれはな、おま えの実の父、藤原有範は、世間には、病死といいふらしてあるが、まことは、こっそり むほん 館をぬけだして、数年前から、源三位頼政の一類と一緒に謀叛をたくらんでおったの ・・と、つ じゃ。そして、頼政入道や、その他の者と、宇治河原で、首を打たれたのだ。 なりたのひょうえ だ知るまい。知っているのは、わしの父、成田兵衛だけだ。わしの父はな、宇治の平等 院で、源氏武者の首、七つも挙げたのだぞ」 のりつな ありのり