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検索対象: 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)
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1. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

九 「そんな所に、何をしておいでなされましたか」附人の寺侍は、叱るように、止を仰 いていった。稚子の遮那王は、 「何もしておりはせん」首を振って、 あきがお 「おまえ達を、探していたんだ」と、あべこべ にいう。下の者は、呆れ顔をして、 「早く、下りておいでなさい」 たこ 「行くぞっ」遮那王は、凧のように、両袖をひろげて、丘の上から姿勢をとって、 「ぶつかっても、知らないぞーー・」丘のうえから、鞠をころがすように、駈け下りて 「あっ 」身をよけるまに、一人の寺侍へ、わざとのように、遮那王は、どんと、 つかった。大きな体が仰向けざまこ云 ; っこ。、 。車カオ 4 さい遮那王は、それを踏んづけて、 方へ、跳びこえた。 ノノノノ」手を打って、笑いこける。 世「おろかなお人じゃ。だから、断っておいたのに」 はや の 足の迅さ。寺侍たちは、息を 見向きもしないで、もう、すたすたと先へ行く。 むねなり さっそう って、その小さくて颯爽たる姿を追ってゆくのであった。宗業は、見送って、 矼「兄上、やはり、鞍馬寺の牛若でございますな」 た つけびと まり あおむ

2. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

台の下にかがまって、手をついている出迎えの若僧があった。 慈円は、一瞥して、ずっと奥へはいってしまったが、つづいて範宴が上がろうとする ころもたもと と、若僧はふいに彼の法衣の袂をつかんで、 「兄上」と、呼んだ。 思いがけないことであった。それは性善坊と共に、先年、都に帰った弟の朝麿なので ある。 常々、心がかりになっていたことでもあるし、この青蓮院へついてもまっ先にその後 お の消息をたずねたいと思っていたのでもあるが、まさか、髪を剃ろして、ここにいると は思わなかったし、師の慈円も、そんなことは少しも話に出さなかったので、彼は驚き の眼をみはったまま、 ばうぜん しししながらも、しばらく、弟の変った姿に茫然としていた。 朝麿はまた、兄の痩せ尖った顔に、眼を曇らせながら、 ここでお目にかかるも面目ない気がいたしますが、ご覧のとおり、ただ今では、 とくど じんゅう : どうか、その後のこと 僧正のお得度をうけて、名も、尋有と改めておりまする。 は、、こ宀ズ心くだき、いますよ , つに」と、き、し、つつむいていった。 「そうか」範宴は、大きな息をついて、うなずいた。それで何か弟の安住が決まったよ うに心がやすらぐと共に、もういっそう深刻な弟の気もちを察しているのでもあった。 「お養父君も、ご得心ですか ? 」 み いちべっ

3. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

254 居間へ呼ばれるなら常のことであるが、表の間に待てとは、何事であろうかと、範宴 は、ひろい大書院の中ほどに、、 月さい法体を、畏まらせて、待っていた。 「近う」と、慈円はいう。 おそ 畏る畏る、範宴は、前に出る。 そのすがたを、慈円は、眼の中へ入れてしまいたいように、微笑で見て、 にゆうだん 「入壇のことも、ます、済んだの」 「 , つ、れ 1 しい、か」 「わかりません」 「 ~ 古ーしいか」 しし ' ん」 「血か」 「有です」 ど , ついう気がする」 「この山へ、初めて、生れ出たような : 「む。 : しかし、入壇の戒を授けたからには、おもともすでに、一個の僧として、一 せきがく 山の大徳や碩学と、伍して行かねばならぬ」 ほったい

4. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

0 すけ 「あ、もし」介はあわてて、吉光の前のことばを遮った。 わっぱ 「ーーーおしかり遊ばすな。和子様のは、世間のいたずら童が、飛びまわるのとは違いま する」 「で・も、こ , つい , っ時には」 「ごもっともです。けれど、介のぞんじますには、おそらく、和子様は、お父君のお病 つき 気に、トさな胸をおいためあそばして、それを、お祈りしていたのではないかと思われ ます」 : 、ど , っして ? ・」 こねっち 「介が、諸方をお探しして行きますと、いっか、和子様をおぶって粘土を取りに参りま まつまろ した丘の蔭にこう、坐っておいであそばしました」介は、庭へ坐って、十八公麿がして まね いたとおりに真似をして合掌した。 みだによらい そして、三体の弥陀如来の像を作っていたこと、一心に何か祈念していたこと、それ ふるまい たんげん がとても幼い者の振舞とは思われないほど端厳な居すまいであったことなど、目撃した ままを一、つぶき、に舌しこ。 ひとみ えがお 「まあ : : : 和子が : : : 」母の眸には、涙がいつばいで、それが笑顔にかわるとたんに、 ばろりと、白いすじが頬に光った。 すけ さえぎ

5. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

の葉舞して、ふもとへ散った。 むねなり ろくはらおおじ 範綱と、宗業とが、そこへ降りてきたころには、六波羅大路から、志賀山道への並木 へかけて、 「わあっ 「あれじゃ」人の波であった。埃がひどい。その中を、 「寄るなっ」 ばんげ 「凡下ども ! 」竹や、棒を持ったわらじばきの役人が、汗によごれながら、群衆を、叱 ってゆく。 見るとーー、人間のつなみに押しもまれながら、一台の檻車が、ぐわらぐわらと窪の多 い道を揺られてゆく。 ひ けいりぞうひょう 曳くのは、まだらの牛、護るのは、眼をひからした刑吏と雑兵であった。 うしお もんがく ほ - り・ 「文覚文覚」追っても、叱っても、群衆はついてゆくのである。その埃と、潮に巻きこ まれて、範綱、宗業のふたりも、いっか、檻車のまぢかに押されて、共にあるいてい る。 ふとばしら 丸太か石材でも運ぶような、ふつうの牛車のうえに、四方尺角ばかりの太柱をたて、 こうしぐみ あらい格子組に木材を横たえて、そのなかに、腕をしばられた文覚は、見世物の熊のよ うに、乗せられているのだった。 , 刀ナ . , 、カ、つレ」 よろめくので、彼は、脚をふんばって、突っ立っていた。役人 ; 、よこゝ のりつな かんしゃ

6. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

水に映された月のように、澄みきっていた法話の筵も、風がたったように掻きみだ亠 れた。 「、なにや」 「なんじゃと」 振り向く。起っ。そして、次々に、「行ってみい」と、崩れては、走り去る。もう , だいしゅ うなっては、何ものも映らない大衆の心理を法然は、知っていた。 世「きょ , つは、これまでにしておきましょ , っそ」 きようづくえ の 経机に、指をかけて、頭を、人々のほうへすこし下げた。 残り惜しげな顔もある。また、なお何か、質疑をしている老人もあるし、 にて候そや」 何事が起ったのか、その時後ろの方で、がやがや騒ぎだす者があって、 「え、文覚が」 「文覚が、ど一 , っしたと ? 」 「行ってみい、行って見い」崩れだして、十人、二十人ずつ、わらわらと四条の方へ 駈け降りて行った。 」も′れがく うつ むしろ

7. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

、、ゝこぐるま 貧乏ぐるまの 音がする 学舎の往き帰りに、さかんに、そんな歌がうたわれた。 まったく、十八公麿のような古車で通ってくる者は一人もない。家の近い者は、従壑 くっ 、唐傘をささせて来たり、綺羅びやかな沓をはいて通うし、遠い者は、蒔絵車や螺 車を打たせて、牛飼にも衣裳をかざらせ、 けつや 「おれの牛は、こんなに毛艶がよいそ」と、牛までを誇った。 そうした中に、学舎のうちでも最も年上な一人の生徒がいた。十八公麿はわすれて なりたのひょうえ すけ たが、お供の介は見覚えていた。小松殿の御家人、成田兵衛の子である。まだ十八公 じゅどうまる したた が日野の館にいたころ、強かな仇をした小暴君の寿童丸なのである。 寿童は、知っていた。 虫が好かないというのか、いまだに、あのことを根にもっているのか、とかく、意 がわるい。そして、 ほっとうにん はや 貧乏車の音がするー・。ーという歌を流行らせた発頭人も彼であることが、後にわか「 すけ 「介、あの悪童が、張本じゃ、和子様のため、何とかせねばいかぬ」 「うむ、懲らしてくれたいとは思うが」 やかた ちょうばん きら まき一え

8. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

よわ 夜半にあらしの ふかぬものかは : 愛らしい唇で、童歌のようにうたった。 じえん 「おお」慈円僧正は、背を寒くしたように、その声に打たれた。 「、よ , ついっこ。 : 六条どの、待たねばなるまい、夜が明くるとも」 のりつな 。し」ほろりと、範伺は、つこ。 うれしいのである。この子の才智のひらめきが。同時におそろしい こんなに光る珠を、なんで、平家の者が、眼をつけずにおくものか。待とう。 よわ 夜半にあらしのない限りもない。介は、今の童歌の声に、 「ああ、あのお可愛らしいお姿も、今宵かぎりか」と、洟をすすった。 タ闇にちる花は、白い虫のように、美しく、気味わるく、光のように明滅してい と・ーーそこへ、 えもん あわただしく、告げてきた。待ちかねて 「お使いの者、もどりました」高松衛門が、 「どうあった ? 」と、僧正がたずねると、使者は、次の間にぬかすいて、 なかっかさ 「中務省の御印可、無事、下がりましてござります」と、復命した。 七 人々の顔に、喜色が、かがやいた。

9. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

g 「して、当日の集りに見えらるる方々は」 うえもんのじよう ふと・ : っ 「されば」と、右衛門尉は、懐をさぐって、燭の下に、連名の一巻をひろげながら、 しきぶだいふまさつな しゅぎようしゅんかんそうずやましろのかみもとかね おうみの れんじよう ほっしようじ 「ーーー近江中将蓮浄どの、法勝寺の執行俊寛僧都、山城守基兼どの、式部大輔正綱ど うえもんのじよう しんほうがんすけゆき へいほうがんやすより の、平判官康頼どの、また、新判官資行どのを始めとして、かく申す右衛門尉、ならび くろうどゆきつな 、蔵人行綱」と、読んだ。 四 院の文官と、北面の武士と、ものものしく連判してあるのである。 くろうど 範綱は、眼をそらした。そして蔵人の眼をみると、蔵人は、じっと自分の眼を見つめ て、こう秘密をうちあけた以上は、是が非でも加盟させずにはおかない、拒めば即座に ひとみ という殺気のある眸をかがやかしてい 左の手によせている太刀にものいわせても 彼は思案を決めていた。 「なるほど」範綱は、すこし後へ退がった。そのあいだに、 そうず 「ーー・では僧都の庵にあつまると申しても、歌、猿楽などいたして、半日を、風雅に遊 ばうというわけでもないですな」 しんちん 「もとより、表面はーーーそういう態にしてあるが、まことは : ・・ : 」右衛門尉は、深沈と ふ 更けてゆく燭の蔭を、見まわした。 「ーーーまことは、北面の侍ども、また、ただいま読み申した連判の輩が、血をすすり いおり ともがら・

10. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「勝たせたいものだ」 きたどの きっこうまえ すけ 、、 , 、やがて、吉光の前の住む北殿へ走って、 : 」介は、何か考えこんてしたが、 こで、彼女としばらく何か話していた。範綱も、やがて知って、 らくちゅう 「その様子では、洛中のさわぎも、ただごとであるまい。怪我してはならぬゆえ、十ハ いった。十八公麿は、聞くと、 学舎をやすんだがよいぞ」と、 公麿も、きようは、・ 「気をつけて参ります。決して、あやうい所へは寄りませぬから、学舎へ、やって下キ いませ」 すが と、縋った。泣かないはかりに熱、いなのである。心もとない気もするが、 軍馬で通れぬようであったら、戻ってくるのじゃ」注意 1 「では、気をつけて。 て、ゆるした。 なぎなた よろいむしゃ 箭四郎が見てきた通り、洛中は、大路も小路も、鎧武者と、馬と、弓と長刀とに、 まっていた。 ゆる わだち 心棒の弛んだ軌が、その中を、十八公麿をのせて、ぐらぐらと、傾いで通った。車 ( なぎなたたお 十八公麿は、そ ( 前に、薙刀が仆れかかったり、あらくれた武者が、咎めたりしたが、 ~ 中で、孝経を読んでいた。 すけ 原「箭四、見たか。和子様の、なんという大胆な : : : 」介でさえ、舌を巻いた。そして わず、 「やはり、和子様にも、どこかに、源氏武者の血があるとみえる」と、つぶやいた。 まっ