七郎 - みる会図書館


検索対象: 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)
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1. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「おのれは、どこの若党か」 さきこうごうのだいしんふじわらのありのりきよう じじゅうのすけ 「前の皇后大進、藤原有範卿に仕える侍従介というものじゃ」 おちぶ ぞうにん 「落魄れ藤家の雑人か」 「なんであろうと、この身にとれば、天地無二の御主君。 : ささ、和子様、も , つお泣 まつまろ きあそばすな」と、侍従介は泣きじゃくる十八公麿をなだめながら、手の泥や衣服の塵 を払って、 「お様も、叔父様も、乳母も和子様のおすがたが見えぬとて、どんなに、お探し申し ているかしれませぬ。泣き顔をおふき遊ばして、介と一緒に、はよう、お館へもどりま しよう」肩を叩いて、歩みかけると、七郎は、跳び寄って、 こじり すけ 「待てつ。用は済まぬ」と、介の刀の鐺をつかんだ。介は、振り向いて、 「何か、文句があるか」 すけ 「おうつ、今の返報を」いきなり、拳をかためて、介の頬骨をくだけよと撲りかかっ しかし、予期していた介は、巧者に、半身をすばやく沈めて、七郎の小手を抱きこむ たぐ ように手繰ったと思 , っと、 」どさっと、草むらへ抛り捨てた。草むらには、狭い野川が這って 「何をさらすっ いたとみえて、七郎が腰を打った下から、泥水が刎ねあがった。 かたき 「や、や。あの若党めが、七郎を投げつけたそよっ。七郎の仇じゃ、おいかけて、ぶち こぶし すけ

2. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「お , つつ 」孤雲は、土牢のロへ、われを忘れて飛びついていた。 「若様。ーーー寿童丸様」朱王房は、牢内の闇から、じっと、孤雲の面を見つめてい 躍り上がるように立って、 「やつ。七郎ではないか」 「七郎ですつ。わ、若様、七郎でございまする」 「なっかしい」と、朱王房は、痩せた手を牢格子のあいだから差し伸べて、 「会いたかった : 「七郎めも、どれほど、お行方を尋ねていたか知れませぬ」 「おお」と、朱王房は、思い出したように、牢格子へ手をかけて、 もの しいところへ来てくれた。お前の腰の刀を貸せ」 「どうなさるのでご、いますか」 人の来ないうちに、早く」 「知れたこと、この牢を破るのだ。斬り破るのだ。 「でも : : 」と、孤雲はおろおろして、厳めしい高札にったり、道の前後を見まわ , ばっぜん たが、折ふし、人影も見えないので、彼も、勃然と、大事を犯す気持に駆られた。 こんしん ふじづる 脇差を抜いて、牢格子の藤蔓を切りはじめた。朱王房は、渾身のカで、それを、揺〔 , つ、こかした。 おもて

3. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

しようじのしちろう 庄司七郎というのじゃ」 「げつ」介は意外な顔をして、 け・に、れ 「あの寿童丸に付いていた成田兵衛の家人、庄司七郎が、その男ですか」振りかえっ - 一もそう て、見直すと、菰僧は両手で顔をかくしたまま、不意に起って、恥かしそうに逃げてし 寺 ( った。 十八公麿の手をひいて、館の坪の内へ入ると、養父の範綱も、吉光の前も、 「おお、無事か」 。オカオカ」一家が、こそって転ぶように縁先へ出てきた。 「怪我まよゝっこ、 先に逃げ帰った車の牛飼から、途中の変を聞いて、おろおろと案じていたところだっ おぶ その危うい野火の中から、十八公麿を救って、ここまで負ってきてくれた男が、以 前、成田兵衛の郎党だった庄司七郎であったと話すと、範綱は、 「さてこそ : ・・ : 」と、思いあわして、うなすいた。 うまやひとや 「ここの厩舎の獄から、縄を解いて、放ってやった七郎というあの侍は、その後、主家 の兵衛から、役に立たぬ不届き者と、家をも扶持をも奪われて牢人となり、菰僧に落ち 。それでは、当時の和子の情けや、当家の恩義を忘れかね 魄れていると聞いたが : つば のりつな

4. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

ぐに立ち昇っていた。それを見ても、風のないのがわかる。 わだち 蝶の群れが、逃げてきた。キキキ、キッ、と軌の音がどこからかしてくる。見ると、 くるま ひながゆさん 日永の遊山に飽いたような牛が、一台の輦を曳いてのろのろと日野の里を横に過ぎて行 くるま 七郎よっ」輦の中で、少年の声がした。武家の息子であろう、ばらっ 「七郎つ。 と、乱暴に、簾をあげて、首を外へ出した。 「どこへ行った、七郎は ? 」牛飼は、足をとめて、後ろの道をふり向いた。郎党ていの 青侍が三名、何かふざけながら、遠く遅れて歩いてくるのが見える。 いた *. ら おとな 「ちツ」と、輦の上の少年は、大人びた舌打ちをした。赤い頬と、悪戯ッばい眼をもっ て、 「ーーわしを、子どもと思うて、供の侍どもまで、馬鹿にしおる」両方の手を、ロのは いっと、大声で呼んだ。その声に、初めて、気がついたように、郎 たに翳して、おうー 党たちは、輦のそばへ駈けてきた。 「馬鹿つ、馬鹿つ、何をしてじゃっ」少年は、頭から怒りつけて、それからいった。 こわっぱ すそ 怪しげなことをしておる 「あれ、あの丘の裾に、うずくまっている小童があろう。 そ。何をしてるのか、すぐ見てこい」 : どこでございますか」七郎とよばれた郎党は、少年の指さす先をきよろ きよろ見まわした。 かぎ くるま れん くるま

5. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「嫌だっ、嫌だっ」小暴君は、轅へ、足を突っ張って、家来の頭をばかばか打ったり 七郎の顔を爪で引っ掻いた。 「離せつ、こらつ、馬鹿つ」 「お待ち遊ばせ。成田兵衛の若様ともあるものが、さような、泥足になって、人が笑」 ます」 ひ 「笑ってもよいわ。わしは、侍の子だ。いちどいったことは、後へ退くのはきらいだ わっぱ でくばとけ わしが行って、小賢しの童めの土偶仏を、蹴砕いて見せるのじゃ。罰があたるか、あ らぬか、そち達は、見ておれ」 「さような、つまらぬ真似は、するものではございませぬ」 「何が、つまらぬ」寿童丸は、家来たちの肩と手に支えられながら、足を宙にばたば させた。持てあまして、 「それほど、仰っしやるなら、やむを得ません、七郎が参りましよう」 「 ~ 打 / 、か」 「主命なれば 、、つけに従わぬのだ 「それみい。どうせ、行かねばならぬもの、なぜ早く、わしのし くるま やっと、小暴君は、輦の中に納まって、けろりという。 はやく、奪ってこい」愚昧な若君だが、こんな懸け引きは上手である。七郎は こギ一か

6. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

の眸には見えた。 ただびと ( 凡人の子ではない ) こう感じたので、彼は、気づかれぬうちにと、足をめぐらして、 腕白な主人の待ちかまえている輦のほうへ、いそいで、引っ返してきた。 くるま どうあったそ ? 」まるツこい眼をかがやかせて、少年は、輦の上から、片足を ぶら下げて、すぐ訊いた。 四 「べつに、面白いことではございません」七郎がいうと、 「でも、なんじゃ」と、腕白少年は、しつこい くるまや 「輦を進りながら話しましよう」 「待て待て」少年は、首を振って、 「話を先にせい」 : 七郎めも、たくさ 「ちと、驚きましたので、落着きませぬと、お話ができません。 わらペ んな童を知っておりますが、あんな童は、見たことがありません」 しようじの 「それみい。面白うないというが、庄司七郎ほどな侍を、そう驚かしたことなら面白い わっぱ にちがいなし 何じや一体、あの童は ? 」 うかカ 「どこぞ、この辺りの麿でござりましよう。私が、近づいて窺っているのも知らず、一 みだ 念に、三体の弥陀の像を土で作っているのでございます」 まろ くるま

7. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「承知いたしました」気のすすまない足を急がせて、丘の下へ、戻ってきた。 ( まだいるかどうか ? ) むしろ、立ち去っていることを祈りながら、七郎は梅花の樹蔭 うない をのぞいた。見ると、自身で作った三体の土の御像をそこにすえたまま、あの髫がみの がっしよう 童子は、合掌したまま、さっきと寸分もたがわぬ姿をそこにじっとさせていた。 あしおと 、一まく しゅんちゅう 虻のかすかな羽うなりも鼓膜にひびくような春昼である。七郎は、跫音をぬすませ 近づくにつれて、その童子のくちびるから洩れる念 て、童子のうしろへ近づいた。 つわもの 仏の低唱が耳にはいった。怖ろしい強兵にでも迫ってゆく時のように、七郎は、脚のつ ふる っそのことや 力いが慄えてきた。・ ' とうにも、脚がある程度を越えられない気がした。い ) まど めて引っ返そうかと惑った。 あとたた かなた じゅどう 寿童の呼ぶ声が、おうウいと、彼方で聞えた。彼は、主人の邸へ帰った後の祟りを考 えて眼をつぶった。 ( そうだ、人の来ぬ間に ! ) 七郎は、跳びかかった。 無想になって合掌している童子の肩ごしに、むずと手をのばした。一体の像を左の小 みだによらい 脇にかかえた。そして、もう一体の弥陀如来をつかみかけると、童子は、びつくりした よ , つに起って、 「あれつ ? 」愛らしい叫びをあげた。そして幼子らしく、手ばなしで、わあっ と、泣くのであった。 二つの像をかかえて、もう一体の像を七郎が蹴とばしたせつなである。 あぶ おさなご やしき

8. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

はって、しばらくじっと性善坊の顔を見つめていたが、 じじゅうのすけ 「おお、貴殿は、そのむかし、日野のお館にいた侍従介どのか」 「挈 : つじゃ こうん 「これは : : : めずらしい」今は、孤雲とよぶ庄司七郎の菰僧と、性善坊とは、かっての 争いも、恨みもわすれて、手を握りあって、互いの変った姿に、しばらくはことばもな 九 「どうしたのじゃ、七郎どの。 いや孤雲どの」 「まあ、聞いて下さい」庄司七郎の孤雲は、岩に腰をおろした。性善坊も、草むらへ坐 つ ) 0 ぶぜん 憮然として、孤雲は、宵の月をながめていた。何か、回顧しているように。やがて、 まぶた そっと、瞼をふいて、 かんじゃ もう、何年前になるか、あの六条様のお館へ、間者に入って、捕まった年からの ことです」 「 , っ亠む : : : 」 「主人の成田兵衛から、不首尾のかどで、暇を出されたので、家にある老母や妻子には すぐ飢えが見舞います。そのうちに、京の大火の晩に、足弱な老母は、煙にまかれて死 0 いとま やかた

9. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

しった 「大人げない奴めつ」叱咤が、頭のうえで聞えた。 七郎は、起き上がって、自分を撲った相手を見た。 はたち 十九か、二十歳か、せいぜいそんな年頃の若党である。腕を捲って、右の肩をすこー うない あ 昂げ、左の手に、泣いている髫がみの童子を抱きよせていた。 みだ 「何処の青侍か知らぬが、よい年をして、なんで、稚い和子様のお作りなされた弥陀 ( あやま ののし 像を足蹴にして砕いたのじゃ。それへ、両手をついて、謝れつ」こう正面を切って罵 ひ いしん れると、庄司七郎も際臣でこそあれ時めく平家の郎党である。尾を垂れて退くわけに ゆかなくなった。 記「おのれ、このほうを撲ったな」 こうぜん ししカ って憚らなかった。 「撲った ! 」昂然と、若者は、し 「人もあろうに、わしの主人の和子様に、無礼を働いたゆえ、打ちのめしたのだ。そ めが、ゾ : っしたっ」 「おのれツ、この下司 ! 」ぐわんと、彼の耳たぶを、烈しい掌のひらが革のように唸 ( て打った。 「あっ 」耳を抑えながら、七郎は、横にもんどり打った。仏陀の像は、また一つ の手から離れ、粉々になって、元の土にかえった。 おさな て まく かわ

10. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

うつけ 「見えぬのか、眼がないのか。呆痴た奴のう。 いておる樹の下に」 「わかりオした」 「見えたか」 わらべ 「なるほど、童がおります」 「さっきから、ああやって、じっと、うずくまったままだそ。怪っ態なやつ。何してい るのか、見とどけてこい」 「はいつ」七郎は、駈けて行った。 どうじ 白い花は、梅だった。後ろからそっと近づいて見ると、まだ、四、五歳ぐらいな童子 が、梅の老樹の下に坐って余念なく、土いじりをしているのである。 ( や ? ) 七郎は、眼をみはった。 みだによらい 童子の前には、童子の手で作られた三体の仏像ができている。まぎれもない弥陀如来 そく のすがただ。もちろん、精巧ではないが、童心即仏心である。どんな名匠の技術でも生 むことのできないものがこもっている。 旨ロ だが、やがて、童子は、土 それだけなら七郎はまだそう驚きはしなかったろう。 ねんず げにまみれた掌をあわせて何か、念誦しはじめた。 その作法なり、態度なりが、いかにも自然で、そして気だかかった。ひら、ひら 四と童子のうない髪にちりかかる梅の白さが、何か、燦々と光りものでも降るように七郎 あんず ・ : あそこの、梅か、杏か、白い花のさ さんさん