えいぎんそうじよう 叡山の騒擾はその後もつづいていた。院政の威光も、平家の権力も、山門の大衆だけ には及ばない有様なのである。 たいぐう まうじよう 天台千年の法城は、帝室や、国家からの破格な待遇に狎れて、仏徒は思い上がってい 。平家一門が、人臣の分を忘れて、 この世をば我が世とそ思うーーーといったような思い上がりと同様に、仏徒もまた、仏 弟子の分をわすれて、政治を持ち、武力をすら持って、社会を仏徒の社会と思い違えて さかん 」うまん いるかのように傲慢で、理窟ッばくて、特権意識のみが旺だった。 よろん ( 山門を討て ) という声は、その前から北面の侍たちの間に起っていた輿論であった。 ししたに ドレ、よ、つけんは・つー ) 新大納言や、浄憲法師や、鹿ヶ谷に集まった人々は、その政機を利用して、にわかに、 いんぜん 山門討伐の院宣を名として、軍馬の令をくだした。 物の具を着けた武者たちは、夕方までに、数千騎、御所のまわりに集まった。武臣の うちでも、重要な数名の将のほかは、院宣のとおりに思って、叡山を攻めるのだとばか り思っていたらしい ノくほ お の ぶん よ だいしゅ
CO 上杉謙 = = ロ 囀黒田如水 大岡越前 4 平の将門 新・平家物語三 新・平家物語冨 4 新・平家物語国 5 新・平家物語 引新・平家物語国 新・平家物語因 田新・平家物語 新・平家物語囚 新・平家物語 新・平家物語田 引新・平家物語 一央 5 Ⅲ亠山時・件へ・文 新・水滸伝冨 田新・平家物語 4 新・水滸伝 新・平家物語 新・平家物語嗇 * 乃治郎吉格子他 引新・平家物語 * 柳生月影抄他 忘れ残りの記 新・平家物語 神州天馬侠 C 私本太平記 C 四神州天馬侠 私本太平記冨 田神州天馬侠匀 私本太平記匀 補巻 私本太平記国 1 新編忠臣蔵 C 私本太平記 2 新編忠臣蔵 田私本太平記因 3 梅里先生行状 鴒私本太平記 4 随筆新平家 兀私本太平記囚 1 新・水滸伝ョ 5 随筆宮本武蔵 随筆私本太平 新・水滸伝 * 印は次回配← 太字は既刊 一は毎月十一日に発売されます
よろ 口論や、なぐり合いは、日常茶飯事であるし、何か事ある時は、身を鎧い、武器をハ っさげて、戦をもする当時の僧であった。 気のあらい学僧たちは、朱王房のことばに、すぐ、眼にかどを立てて、 「誰が、いつ、自己を侮蔑したか」 「したじゃないか」朱王房も、負けていないのである。 「なるほど、皆のいう通り武家というやつは、勝手者だ、わけても、平家の如きは旺わ 時には、神仏を焼き、衰えてくると、神仏にすがる、怪しからぬ一族だが、その武家〔 のろ 養なわれて、平家の世には、源氏を呪い、源氏の世には平家調伏の祈りをする、われ 、くら、役目とはいえ、神仏を馬鹿にしているものだ。 れ旧侶とい , っ亠名のほ , つが、し ののし そ , ( だから、平家を罵ることは、自分たちを罵っているのも同じことだといえる。 いったのは間違いだろうか」 「三塔の権威がどこにある」皆が、黙ったので、朱王房は、得意になってなおいった。 しんごん この一山には、三千の僧衆がこもって、真言を修め、経典を読んではいるが、 「あまり、自己を、侮蔑するな、聞き苦しい」 「何だと、朱王房」学僧たちの眼は、彼の顔にあつまった。 ぶべっ 、かん
ぎよう まみ いかなる魔魅も、こういう人間の一念な行には、近よりがたいであろうと思えた。 ぎよう しかし、行の座にすわる僧たちの心には、今の平家に飽きたらぬものや、不平こそ るが、国家改革の新しい源氏とよぶ勢力に対して、なんの恨みもないのである。調伏 ( ずきようのんどか 灯は、壇に満ち、誦経に喉は嗄らしていても、それは、職業としてやっているに過ぎ宀 、刀学 / このえせっしよう 司権者の命令であるし、近衛摂政からのお沙汰というので、 ( やらねばなるまい ) やっているお役目であった。形式的な、勤めであった。 そうじいん いちしちにち その一七日の勤めが終ったので惣持院の学寮に、若い学僧たちが寄り集まって、 「ああ」伸びをしたり、 「肩がこった」と、自分で叩いたり、 ばくへい 「麦餅が食いたいな」と食慾をつぶやいたりして、陽溜りに、くるま座を作って、談 していた。 ひとりが、どこからか持ってきた麦餅を、盆に盛って、 「喰べんか」自分が先に、一枚とって、ばりばりと、噛む。 衆 「もちっと、塩味があると美味いのだが、この麦餅は、麦の粉ばかりじゃよ、 「ぜいたくをいうな、塩でも、なかなか近ごろは、手に入らぬ」 大 「せめて、塩ぐらいは、われわれのロへも、豊かに入るような政治が欲しいものだ」 「ムフになるよ」 ひだま
四郎は、袖をひいて、 「しつ」と、たしなめた。 平家の武者の眼が道には充満しているのである。けれど、その日は、無事だった。次 の日も、無事だった。 げんざんみ 源三位頼政が旗をあげたという沙汰は、洛内はおろか、全国の人心に、 ( やったな ! ) という衝撃をつよくあたえた。 うしお だが、潮のように、宇治川を破り、平等院をかこんだ平家の大軍は、数日のうちに、 しるし がいせん 三位頼政父子の首、その他、渡辺党、三井寺法師の一類の首を、剣頭にかけて、凱旋し てきた。その首数、二千の余といい触らされ、血によごれた具足の侍が、勝ち祝の酒に 酔っぱらって、洛中を、はしゃいで歩いた。 一敗地にまみれて、壮烈な死をとげた源三位頼政の軍に、民心は同情と、失望をもっ そして心のうちで、 お一さか 「どこまで、悪運がつよいのか」といよいよ、傲り栄える平家を憎んだ。石の上の雑草 あきら みたいな、うだつの上がらない自分たちの生活に、また当分、陽があたらない諦めを嘆 ひ
せきがく 塔も、碩学も、社会にとっては、縁なき石に等しい。武家が天下を取ったり取られたり するたびに、、いにもない祈蕾をし、能も、智恵もなく、暮しているのが今の僧徒だ。恥 しいことでは、ないか」 みよう一うばう すると、妙光房という学僧が、 「いかにも、朱王房の説のとおりだ 僧徒だからとて、時の司権者に、圧えられ て、無為無能に、納まってばかりいていいものではない」と、共鳴した。 「いや、違う」という者も、出てきた。 「、なぜ ( 理 , っ ? ・」 てんべん 「僧には、僧の使命がある。ーー・ー政治だの、戦だの、そんな有為転変を超えて、社会よ えいぎん りも、高いところにあるのが僧だ、叡山だ。 平家が悩む時には、平家も救ってやろ う、源氏が苦しむ時には源氏もなぐさめてやろう。それが仏徒の任務だと思う」 「ばかなっ」朱王房は、一言に退けて、 「支配者ばかりが、人間かーーー平家という司権者の下には、何百万の人民がいることを 忘れてはならない。その民たちが、望むところを、助成してやるのが、僧徒の使命だ」 「じゃあ、僧徒は革命家か。 : : : 飛んでもないことをいう」 「そんな、大それたことを、いうのじゃない」 「でも、朱王房のいうことは、そういう結論になる」 あきら 「俺は、悪政の下に、虐げられている民へ、諦めの哲学や、因果などを説法して、司権 0 おさ
かに積まれている先輩です。ーー・私がおそるるのはその学問です。あなた、今までの十 べてをーーー学問も智慧も武力もーーー一切かなぐりすてて、まこと今日誕生した一歳の囲 児となることができますかの」 「できる。 できるつもりです」 ふしよう 「それをお誓いあるならば、不肖ですが、範宴は、一歳のあなたよりは、何歳かの長し ですからお導きいたしてもよいが」 「どうそ、おねがいいたします」覚明は誓った。 かって、木曾義仲にくみして、矢をむけた時の平家追討の返翰に そっ・一う じんかい ーー清盛は平家の塵芥、武家の糟糠なり。 かくみよう ・はと一つ と罵倒して気を吐いた快男児覚明も、そうして、次の日からは、半僧半俗のすがた すてて、誕生一歳の仏徒となり、性善坊に対しても、 かしず ( 兄弟子 ) と、よんで、侍く身になった。 、よりとも の 覚明ひとりではない。時勢は、源頼朝の赫々たる偉業を迎えながら、一方には、そ ( ーし 成功者以上の敗亡者を社会から追いだしていた。 だん の壇の浦を墓場とした平家の一族門葉もそうである。 よしつね ・も それを討つに先駆した木曾の郎党も没落し、また、あの華やかな勲功を持った義経 ~ 古 そうめつ らが、またたくまに帷の人々と共に剿滅されて、社会の表からその影を失ってしま ( かっかく へんかん あ
法皇は、板ばさみになったお顔つきで、ちょっと、当惑していられたが、範綱が沓の しりそ まえに死を賭して坐りこんでいる姿をみると、むげに、退けられなかった。 もと かしら 「しばしの間、遠慮せい」側近は、お声の下に、無一言の頭を下げて、去るよりほかなか むほん 範綱は、その人々が去るのを待ってから、すでに、新大納言に謀叛の下ごころがある ことを、平家方では、察知しているということを、今日の庄司七郎の言葉を例証とし て、つぶさに、内奏した。 ばうしゅ 法皇は、さすがに、顔いろを変えられた。御自身が、謀主になっても亡したいほど憎 悪する平家ではあるが、それほどにまた、怖ろしい平家でもあるのだった。わけて、法 皇は清盛入道が感情的に激発したらどんなことでもやりかねない男であるということ を、幾つもの実例で骨身にこたえて御承知なのであった。 「やめよう」すぐ、こういわれた。 みゆき ししたに たちまち、鹿ヶ谷への行幸は、沙汰やめになった。武者所の人々は、 かんげん 「いらざる諫言だてをする歌よみめ」と、範綱を憎み、 ととの みくるま 「このままでは、味方の気勢にかかわる」といって、調えた御輦を、空のまますすめ ししたに たいまっ て、松明をともし、暗い道を鹿ヶ谷の集まりへと急いで行った。 ただのくろうど だが、その列の中にいた多田蔵人だけは、途中から闇にまぎれてただ一人どこかへ姿 を消してしまった。 っ , ) 0 から ほろぼ
「なぜ」 そうめつ ちまた 「源氏の人々、諸国に興って、平家を勦滅せよの声、巷を、おののかせておりまする いちず けいる 血まようた平家の衆は、源氏のもの憎しの一図で、およそ、源家の係累のものと から 聞けば、婦女子でも、引っ縛げて、なにかの口実をとって必す斬りまする」 : 」だまって、慈円僧正はうなすきを見せる。 「すでに、お聞き及びでもござりましようが、この子の生みの母は、源系義家の孫、義 きゅうごう 朝の従兄妹にてさいっころから、大軍を糾合して、関東より攻めのばるであろうと怖れ またいとこ よしつね られている頼朝、義経は、この十八公麿には、復従兄弟にあたるのでございます」 「ム。なるほど」 「母は、みまかりました。子はまだ九歳、ことに、私の猶子となっておりますゆえ、 かな平家のあらくれ武士も、よもやと思ってはおりますが、私に、限みをふくむ者もあ ありのり げんぎんみ むほん って、十八公麿の実父有範こそは、源三位頼政公の謀叛に加担して、宇治川のいくさの 折に、討死したものであるなどと、あらぬ沙汰も撒きちらされ、ゆく末、怖ろしい気が いたすのでございます」 じっと、僧正は、考えこむのであったが、ややあって、 「いさい、わかった。頼みのこと、諾いてとらそう」意を決めて、きつばりと答えた。 五 0 さた ま ゅうし げんけい
あって、院の法皇を仰ぎ奉り、新大納言の君を盟主として、暴悪な平氏を一挙に、覆豸 ししたに らくない さんと思うのでござる。洛内にては、人目もあるゆえ、鹿ヶ谷へ集った当日、万端お ついては、源家に御縁の浅からぬお家であり、わけても、法 ちあわせする考え。 の御信任もふかい貴公のこと、むろん、お拒みのあろうはすはないが、改めて、御加 やちゅうすいさん のことおすすめに、一党の使者として、わざと夜中、推参したわけでござる」蔵人が 一急にいうと、右衛門尉も、 「範綱どの。ご返辞はーー・」と、つめよった。 ・ : 」眼を閉じて考えている範綱の眉を、二人は左右から射るように見つめた 返辞によっては、太刀にものをいわせかねない気色であった。 ( 何と答えたらいいのか ? ) 範綱は、当惑した。 平家がどうあろうと、政治がどう動こうと、自分は、歌人である、武士でも政客で ない、また高位栄職をのそんでもいない、歌に文学に、自分の分を守っておればよい であると、常に、そうした渦中に巻きこまれることは避けるように努めているのだっ が、周囲は遂にそれをゆるさないことになってしまった。 いち′ ) ん 一言でも、大事の秘密を聞かれた時は、秘密に与すか、秘密に殺されるかどっちか一 範綱はそれに迫られて、自身の窮地を感じる つに一つを選ばなければならない ともに、上は、法皇の御危険なお立場と、小さくは、奥の北殿に、はや平和に眠った一 あろう幼い二人の者と、薄命な弟の若後家の境遇を、考えずにはいられない。 北面乱星 かみ くみ