粟田口 - みる会図書館


検索対象: 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)
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1. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

524 ませ おとめ 年ごろは十七、八であろうか。しかし年よりはやや早熟た眸と、純な処女とも受けと おも ・一わく れない肌や髪のにおいを持っている。それだけに、男には蠱惑で、面ざしだの姿だの、 総体から見て、美人ということには、誰に見せても抗議はあるまいと思われるほどであ る。 あわたぐち 「あの : : : 実は : : : 私は京都の粟田口の者でございますが」 「はあ」範宴は、水桶を下ろして、行きずりの旅の娘が、どうして、自分の名を知って いるのかと、不審な顔をしていた。 おととし 「一昨年の秋でございましたか、鍛冶ケ池のそばをお通りになった時、よそながら、お 姿を見ておりました」 「ははあ : : : 私をご存じですか」 「後で、あれが、肉親のお兄上様だと、朝麿様からうかがいましたので」 「え、弟から ? 」 こずえ むね 「私は、あの時、朝麿様と一緒にいた梢という者でございますの。 : 父は、粟田口宗 つぐ かたなかじ なりわい 次といって、あの近くで、刀鍛冶を生業にしています」 「 : : : そうですか」と、驚きの眼をみはりながら、範宴は、なにか弟の身にかかわるこ とで、安からぬ予感がしきりと胸にさわいでくるのだった。 「梢どのと仰っしやるか。 どこかで見たようなと思ったが」 おととい いくたり 「私も、一昨日から、法隆寺のまわりを歩いて、幾人も、同じお年ごろの学僧様が多い あさまろ

2. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

192 つむり 十八公麿は、もう、成りすました道心のように、彼の、剃られてゆく、頭をながめて , 一う いっしゅ 一、また一姓。香は、春の夜を、現世を、夢そと教えるように立ちのばる。 びやくええんろ 式は、済んだ。白衣円顱のふたりのために、僧正は、法名をつけてくれた。 しようぜんばう はんえんしようなごん 十八公麿は、範宴少納言。介は、性善坊。 つむり 「ありがとうそんじまする」二人は、手をつかえて、寒々とした頭を下げた。 わだち その夜ーーー、更けてから。キリ、キリ、と牛車の軌は、ただひとり、黙然と、袖を掻 あわたぐち しようれんいん きあわせてさし俯向いた六条の範綱をのせて、青蓮院から粟田口の、さびしい、花吹雪 の中を、帰ってゆくのであった。 うつむ

3. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「や。もうお立ちになったのか : 今日は、改めてお礼を申しあげようと思うてい 済まぬことであった」 かい・もの 範宴は、胸に借物でも残されたように、自分の怠りが悔いられた。 五 ふたり 若い男女は、先にあゆみ、範宴と性善坊とは、ずっと離れてあるいた。 む 冬の日ではあるが、陽がばかばかと枯れ草に蒸れて、山蔭は、暖かだった。 「ーー幸福にさせたい」範宴は、先にゆく、弟と弟の愛人のうしろ姿を見て、心から つよ、に田 5 った。 「のう、性善坊」 あわたぐちちちうえ 「粟田口の養父上にお会いしたらそちも共に、おすがり申してくれ」 。し」 しようれんいん 「万一、どうしても、お聞き入れがなかったら青蓮院の師の君におすがりしてもと、 しは田 5 , っ : 。あの幸福そうなすがたを見い、あの二人は、世間も何もわすれてい 怪 ただ青春をたのしんでいる姿じゃ」 たそが 第黄昏れになった。

4. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

, 一もそう かたち 菰僧のような容をしている。背に、菰を負い、手に、尺八とよぶ竹をたずさえていて わら 足は、藁で縛っている。 「どなたを、お訪ねですか」 あわたぐち 「去年ごろ、粟田口から上られた、範宴少納言さまは、どこの房に、おいででしょ , 一 「ほ、範宴様を、おたすねか」 「そうです」性善坊は、そういわれて、どこか聞き覚えのある声だとは思ったが、思 当る者もなかった。 「範宴様は、根本中堂の宿房においでになるが、して、おもとは」 、」うん みだどう 「東山の弥陀堂にいる孤雲という菰僧でございます」 「なんの御用で」 「すこし、お願いやら : : : またお顔も見たいと存じまして」 「以前に、お会いしたことが、あるのですか」 「は、、ふしぎなご縁で、六条のお館に、捕われていたこともございますし、また、 のち 衆 の後も、一、二度」 「やっ」性善坊は、びつくりして、 大 なりたのひょうえけにんしようじの 「成田兵衛の家人、庄司七郎どのじゃないか」 : 」かえって、その七郎のほうが、びつくりしたように、光る眼を、大きく「 為「あっ・ 力」 のば 、一も

5. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

℃ 1 雪千丈 「ーーそんなかのう」 「現世で、地獄の風のふかない所は、まず、御所にもなし、お寺の庭だけでございキ かわら ゅうべ ー ) よ , つよ 昨夜あたり、五条の近くまで、用たしに出ると、責に、斬られたか、 、もそ・つ もの え死にしている死骸の着ている衣を、あさましや、野武士か、菰僧か、ようわかりま注 ぬが、二、三人して、あばき合って、果ては掴みかかって争っているではございませ′ か。まったく、眼を掩うてでなければ、町は歩いていられませぬ」山門には、鴉が啼、 ていた。 「ああ、暮れる : : : 」と、つぶやいて、袖門の潜りを出て、箭四郎は、もいちど、振い かえった。 はんえん 「では ごきげんよろしゅう、和子さま、いや範宴様、これから寒くなりますから おからだをな : : : 介どの、さようなら」 雪千丈 あわたぐち とうらん やまはだ 粟田口の雑木の葉がすっかり落ちきって、冬日の射す山肌に、塔の欄が赤く見える。 すけ おお そでもんくぐ つか からす

6. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

むねなり 「弟か、よいところへ」と範綱は、もう宗業が同行するものと独りぎめに決めて、歩「 だしていた。 あわたぐち てんさくえいそう 「粟田口の大僧正のもとへ、添削の詠草を、持って参ろうと思う。そちも来ぬか」 「参一り - オしょ , つ」 まつまろ 「そして、帰りには、日野へ立ち寄って、十八公麿の笑顔を見よう」 「見るたびに、大きゅう育って参りますな」 あかご 「ははは。嬰児じゃもの、育つは、当りまえだ」 「でも、十日も見ぬと、まるで変っているから驚く」 「おまえも、こしらえたらどうだ」 「なかなか」宗業は、首を振って、 おちぶ 「平家といえば、平家の端くれでも嫁に来てがあるが、落魄れ藤家の、それも、御所 ( おんな 書記などの小役人へは、今の女性は、嫁にも来ないからなあ」と喞った。 あそん ぞうにん ばんげ といって、従四位藤原朝臣と、痩せても枯れても、位階があれば、雑人や、凡〒 の娘を、妻にも持てす : : : 」 空地の牛が、晩秋の長閑かな陽なたに寝そべって、悠長な声を曳いて、啼いていた。 「どこへ、お出かけですか」と、肩をならべた。 のりつな か - 」

7. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

「では、旅先のお体でございますか。さすればなおのこと、路銀のうちを私どもの難儀 のためにお割きくだされては、ご不自由でございましように」 「なんの、長者ほどはないが、 路銀ぐらいに、不自由はしない。くれぐれも、、い配しな ・ : ああ さるな。そう案じてくれては、せつかくのこっちの好意がかえって無になる。 思わず邪魔をした。・ とれ、自分の塒に入ろうか」そういうと、男は隣の間に入って、ふ たたび顔を見せもしない。 たそが かんあ やがて、黄昏れの寒鴉の声を聞きながら、範宴も、法隆寺へ帰って行った。そして、 みとびら 山門の外から本堂の御扉を拝して、弟のために、祈念をこらした。 ふでげ あわたぐち その夜ーー凍りつく筆毛を走らせて、彼は、粟田口の草庵にいる養父の範綱ーーー今で かんしん うまや はその俗名を捨てて観真とよぶ養父へ宛てて、書くにも辛い手紙を書き、あくる朝、駅 づかい 使にたのんで京へ出しておいた。 怪盗 しようぜんばう 食物だの、衣服だの、また心づいた薬などの手に入るたびに、性善坊は、範宴の旨を うけて、町の木賃へ運んで行った。 ねぐら

8. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

、は、袂を水で洗っても消えないような気がするのだった。 のみならず , ハ条の館は、どう探しても見つからなかった。 五 あきらめて、二人はまた、もとの五条ロの方へ引っ返した。そして五条大橋を、こノ たそが どは東の方へと渡って行く姿に、もう黄昏れの霧が白く流れていた。 あわたぐちしようれんいん 粟田口の青蓮院についたころは、すでにとつぶりと暮れた宵の闇だった。ここばかい へいせんわぎわ は、兵燹の禍いもうけす、世俗の変遷にも塗られず、昔ながらに、寂としていたので一 人は、 ( やはり法門こそ自分たちの安住の地だ ) という心地がした。 かたく閉じられてある門の外に立って、性善坊は、 「おたのみ申す」と、ほとほと叩いこ。 ろう寺一ま 範宴は、うしろに立って、錆びた山門の屋根だの、楼の様だの、そこから枝をのばー ている松の木ぶりだのを眺めて、 路「十年 : : : 」なっかしげに眼を閉じて、十年前の、自分の幼い姿を瞼に描いていた。 和 月門が開いて、 大 「どなたじゃの」番僧の声がした。 「無動寺の範宴にござりますが、このたび、奈良の法隆寺へ遊学のため、下山いたし ~ せき まぶた

9. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

しようびえん へいしようこく の薔薇園には、きようも、小松殿か、平相国かが、人招きをしているらしく、蝟集すプ くるま こがね 顕官の輦から、眼もあやなばかり、黄金の太刀や、むらさきの大口袴や、びかびかす 2 沓や、ろうやかな麗人がこばれて薔薇園の苑と亭にあふれているのが、五条橋から眺 られたが、 ( 羨ましい ) とは、感じもしなかったし、なおのこと、 ( 不都合な平家 ) などとは、 いもしなかった。 平家を憎悪する気力すらないのが、今の藤原氏であり、源氏の果てであった。 * じゅうぜんじ : ここじゃ」いっか、粟田口へ、二人は来ていた。十禅師の辻まで来ると、 綱は、足をとめて、 「弟、御門外で、待っているか、それとも入るか」と宗業に訊い くっ 「私は、外で待っていましよう」と、宗業はいった。 しようれんいん 「そうか」範綱は、ちょっと、考えていたが、眼の前の、青蓮院の小門を片手で押し がら、 はいえっ ぐに、戻ってくるからな 「じゃあ、今日は、わし一人で、ご拝謁をしてこよう。す と、中へ隠れた。 宗業は、塀の外をしばらくぶらぶらしていたが、やがて、鍛冶ケ池のそばへ行って うらや あわたぐち おおぐち いしゅう

10. 親鸞(一) (吉川英治歴史時代文庫)

・ 4 ( 歌よみか。歌よみなら、牛糞町に住ませて置くのが、ちょうどよろしいのだ ) と、視 られているかのようであった。 うたよみ 生活力のない歌所の歌人たちは、それに対して、不平の不の字もつぶやけなかった。 「ちつ」範綱は、机をわきに寄せた。 すずり 硯に、紙に、たかっていた秋の蠅が、彼と共に、うるさく、起っ。 「奥所ーーー」妻をよんで、 あわたぐちじえん 「粟田口の慈円様へ、久しゅう、ごぶさた申し上げているで、おあずかりの歌の草稿、 お届けいたしながら、ご機嫌をうかがってくる」 「きようは、ご舎弟様が、お見え遊ばしはしませぬか」 「御所の戻りに、寄るとはいうたが : よいわ、いずれ、帰りには、日野の有範の邸 へ立ち寄るほどに、そこで、会おう」 日野へ寄るというと、彼の妻は、 ( またか ) というように、微笑んだ。 子のない彼は、弟夫婦の邸に、子が生れてからというもの、三日に一度は、どうして も、訪れてみねば気がすまないらしかった。 「行っていらっしゃいませ」妻の声をうしろに、籬の菊花に眼をやりながら、我が邸の 門を出ると、 むねなりあそん 「やあ、兄上」末弟の宗業朝臣が、ちょうど、門前に来あわせて、 まがききく ありのりやしき や