禅房 - みる会図書館


検索対象: 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)
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1. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

亠よオこ よくそ思い切って脱れてきたと、自分で自分の勇気を宥わるのであった。しいんと、 冬の夜は冴え返っている。眼を閉じて、捨ててきた過去の生活を考えると、よくも、そ こに長々といたものかなと今さらに思うのであった。 えんじ みえ あの嫉視と邪智の泥沼に。嘘と見栄だけにつつまれた臙脂地獄に 「も少しです、ご庵室は」 「い、ギ、オ ( しょ , つ」 「住蓮様は、おりましょ , つか」 松虫はまた、若い安楽房のすがたが、なぜか 鈴虫は、よく住蓮の名を口にする。 忘れ得なかった。 彼女たちは女である、彼らはまた、若い男性なのだ。こうして、生命がけで、御所を すてて逃げてきたのは、ただ仏陀だけが魅力だったとは思われない。やはり、恋にちが いないのだ。鈴虫は住蓮を、松虫は安楽房をあの専修念仏会のタベから忘れ得なくなっ から けれどそれは、醜い生活の殻から真実の生活 ていることは否めないことであった。 のりらいさん へ出ようとする真剣な願望に、仏陀をカとし、法の礼讃を明りとしてきたので、二人の 胸には、恋しつつ、恋とは自覚していないかもしれぬ。さればといって、まだ信仰と、 しうまでもなかろう。 うほどの開唐もないふたりであることは、、 のが

2. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

ちょうさっ って、為政者の処置を罵り、そして手先になっている侍たちを、嘲殺するように笑った り・・した。 奉行の伊賀判官末貞は、 「名を申せ、寺籍をいえつ」と、彼を責めた。僧侶は、大地に坐り直し、 ししたに 「おれは、鹿ヶ谷の住蓮だ、おれの念仏を停めてみい」といって、それから牢へ打ちこ まれても、念仏を唱えていた。 「げつ、住蓮 ? 」捕えてから驚いたことである、奉行は、もろもろへ達して、彼の顔を 見知っている者を求めた。その結果、誰のことばも、 「住蓮にちがいございませぬ」と、証明した。 たむろ 意外な獲物に、奉行の屯は、凱歌をあげた。一方の安楽房もすでに獄舎にいるので、 断獄は、即日に决まった。 ゆくえ つばね 不明なのは、依然として、松虫の局と鈴虫の局の行方であったが、そのうち、師 走も暮れ、新春の松の内も過ぎたので、いよいよこの二人から先に処刑することになっ ・ーー承一兀の元年、一一月の初旬。 , ハ条河原の小石は、まだ氷が張っていた。暖かい日だったので、加茂の水は雪解に ごっていた。 このえろう 近衛牢から曳きだされた住蓮と安楽房のふたりは、矢来のそばの杭につながれていた せいしゃ

3. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

ひど ほうは、もっと酷かった。 」と、彼は短気にそこを目ざして人里へ降りて行ったので、た 「岡崎の善信御房へ ちまち、捕吏の眼にとまって、 まいす ノイ ! 」と、まるで悪魔のように追いまわされた。 「鹿ヶ谷の売曽 遠く叡山のふもとの方まで、彼は逃げ走って、山林の中へかくれたが、そこは実に、 たむろ 捕吏の屯以上に、危険な地域であった。なぜならば、念仏門の敵地だからである。叡山 ふる ししたに の山僧たちは、この附近へ鹿ヶ谷の一名が逃げこんだと聞くと、奮い立って、山狩りに こわだか し交わして通る言葉を聞いて、住蓮は、叡山の 奔命していた。 その人々の声高にい、、 策動や、この虚に乗じて、素志をとげようとしつつある彼らの肚をまざまざと見た。 すまい 「この分では、善信御房の岡崎のお住居も、どうあろうか」と、心もとなく思いなが ら、深夜、山林からそっと出て近づいてみると、果たして、遠く竹や柴で柵を作って、 そこへ通う道には、官の見張が立っている。 河原づたいに、彼は、洛中へまぎれ込んだ。そして、様子を聞くと、市中は沸くよう な騒ぎなのだ。そして、口々に、 ′ ) ちょうじ 「御停止じゃ」 ひとこと 「念仏は、一一一 = ロも」 「ああ、南無」 「それ、うかつにロへ出すと」 キ、く わ

4. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

重い自 5 をついて、山荘の奥でうっ向いた。 つばね あの松虫の局と 沈默 . していると、二人の胸には、今さら、悔いがのばってきた。 鈴虫の局さえここに匿わなければと。 だが、一日ましに、事情が苦しくなるほど、一日ましに、二人は、あの匿い人をふり 捨てる気になれなかった。 「おれたちは、邪道に落ちているそーー」と、ある時は、住蓮が告白した。 「なぜ」 「ようく自分の胸に手を当てて考えてみることだ、いつの間にか、お身のことは知らな つばね ・ : 鈴虫の局の眼がものをいう。する いが、わしは鈴虫の局に恋をしているらしい カカ と、自分にあらぬ血が奏で初めるのだ」 「それは、おぬしばかりじゃな、 : 実をいえば、わしもだ。わしも何か、そういう 自分の気持に気づいていないことはないが」 に、よにん 「やはり、女人をここへ入れたのは、わしらの誤りだった。御仏の旨にちがっていた」 つまり自分たちの修行が未熟なためだ。女人を魔視し、女 「いや、御仏がではない しようど・つもん 人を避けることを教えているのは、旧教だ、聖道門だ、それではならぬと法然上人も仰 し せられたことだし、善信御房のごときは、身をもって、あの通り示されている。 かも、善信御房の信心は、誰が見ても、玉日さまを妻となされてからの方が、確固とし て、頼もしげに見えているではないか」 かくま かくまびと

5. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

つかイ、 「上人。」ー今あれへ行ったお弟子は、三、四年前まで、この地方の修験者の司として はりまのきみべんえん 怖ろしい勢力を持っていた播磨公弁円ではございませぬか」 「そうだ、あの弁円じゃよ」 「変りましたなあ」権之助がつぶやくと、城主の国時も、 かなた 「あれが、元の弁円か」と、彼方の湯呑み小屋から、土瓶の湯と盆をさげてくる証信の すがたを眺めて、感じ入っていた さゆ がらん そこで白湯を一碗のむと、親鸞は、もう八分どおりまで竣工かけている伽藍の足場の 下まで行って、 むなぎ 「見事な棟木、結構な欄干、これはちと贅沢じゃの」と、つぶやいたり、 「来るたびに、眼にみえて、作事が進んでいる。これ皆、有縁の方々の尊い汗、贅沢と はいわれまい、信仰の集積、ただ、この伽藍が親鸞ひとりの隠居所となっては、、ゝ、 贅沢じゃ、そうならぬように、親鸞はこの棟木を負うた気で住まねばならぬ」そんなこ とも、独り一一一一口のよ , つに、つこ。 証信一房は、側から、 みやこ 「先ごろ、京都へのばられた真仏御房が、勅額をいただいて参られるころには、伽藍の ふしん しつかい 普請も、悉皆、成就いたしましよう」 じレつじゅ しんぶつ ぜいたく がらん どびん うえん でき

6. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

27 ろ春は南へ と、呶っこ。 「え : : : 士ロ報とは」 お勅使が着いて今すぐこれへおいでなさる」 「お勅使だ。 まろこ 「えつ、御下向ですか」ふたりは、転び込むように、奥の房へ駈けこんだ。 年景の家来たちは、表へ廻って、庵室のうちへ春を告げるように、大声でいって廻 ( のりみつきよう 皆さま皆さま。お欣びあれ、勅使岡崎中納言範光卿が御下向なされ、主人の年旦 が案内してただ今これへ見えられましようぞ」そういって、雪を蹴立てながら、人々 2 ふもと すぐ麓へ引っ返して行った。伝え聞いて、 ごしやめんせんげ 「さては、御赦免の宣下」と、房の人々は、にわかに色めき立った。 こおど 西仏などは、子どものように、雀躍りして、 しようしんばう 「御赦免じゃ、御赦免じゃ」と、はしゃぎ廻った。まだ何も知らなかった生信房は、 仏があまりはしゃいでいるので、 わけ 「この、おどけ者」と背をどやした。。こが、 オその理を聞くと、 : そ、それはほんとか」と、どっかと坐ってしまって 「えつ、御赦免の勅使が ? うれし泣きに、泣き出した。 静かなのはーー依然として親鸞のいるーー奥の一室であった。 め・んしげ - う 勅使の一行が通ってきた北国の駅路には、綸旨下向のうわさが、当然、人々の耳目 うまやじ

7. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

254 悲をもってこの後の安住を老骨へおさずけ下されい」 親鸞の前へ出た三郎盛綱の偽らない物語りはこうだった。 終始、じっと聞いてい た親鸞は、 まなこ 「無自覚の四十年五十年は夢中の一瞬です。おん眼をひらかせ給わば、一年も百年千年 の生き心地を覚え給うに相違ない。何日なとご発心はおそくはない。ようこそ来るべき ところへ参られた、いでこの上は親鸞が、ご仏縁の仲だちをお授け申しあぐるであろ かみそり ほうぜんばうこうじっ その夜すぐ、親鸞は彼のために剃刀を取った。そして、法善房光実という名を選んで 授ナた。 四 第につじっ′ばう 「どうじゃ盛綱どの : いや光実御房。生れかわった気がするじやろうが」四、五日た って、西仏は新しくここに加わった佐々木三郎盛綱の光実にこう話しかけこ。 「ありがたい、ただありがたさで、今は胸がいつばいだ」と、光実は、いからいった。 きずなまど もだ 「どうして今までおれは、あんな絆に惑ったり悶えたりしていたのか、ふしぎでならな 「そこが、俗世間だ、濁流の中に住んでいるうちは、濁流から出る道もわからない」 「そればかりか、上人から聞かされる一語一語が、いままで、鎌倉の将軍家から貰った っ

8. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

ギよい もりつな 盛綱とよぶ者ーーー折入って上人に御意得とう存じて、はるばるこれまで身ひとつで参 ( おっとめの折とあらば、他の室にてお待ち申すも苦しゅうござ た者でござる。 ぬ、お取次だけを」と、行きとどいている会釈。 もりつな おうみ よっ と教順は胸に大きなものをぶつけられた気がした。近江の佐々木盛綱といら ばこの辺土にも知れ渡っている源家方の豪族である。 さいぶつばう あわただしく、奥へ告げに行くと、ちょうど廊下でぶつかった西仏房がそれと聞」 て、 「なに、佐々木殿が見えたと」っかっかと彼は玄関へ出てきたのである、そしてほの ゅうやみのきば るいタ暗の軒端に、その人の影を透かして見て、 「やあ」と、なっかしげにいっこ。 かくみよ ) っ 「三郎盛綱どのか。珍らしい珍らしい、元の木曾の幕下太夫房覚明じゃ」 「えっ ? 」と、盛綱は、意外な旧知を見出して驚きながら、 : オオなるほど、世も変ったが、おぬしがかような所におろ , 一 「木曾の覚明じゃと。 とは、さてさて時の流れは、思いがけないことになるのう」 「ます上がれ」と、西仏は遠来の旧友に、昔の武者言葉を出して、 「師の上人もご在室、ゆるりと昔語りもしよう」先に立って、いそいそ奥の室へ案内ー ばっか

9. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

「それにしても」と、住蓮は、闇の中でつよく顔を振った。 「女と、男ではないか しかもお互いが若いのに」 「ちがう、ちがう ! 」安楽房も、友のことばにつれて、ひとりでに声が激して行った。 「そういうおん身の考え方は、浄土門でもっとも忌み嫌う聖道門的考えかただ。師の上 なんによ 人のお教えでは、男女の差はないはずだ、そういうけじめを捨てよという所に念仏門の 新味もある、狭い旧教とちがった意義もあるのだ」 「わかっている。 だが、世間は」 「おん身は、この処置を、世間へ訊くのか、御仏の、いに訊くのか」 「ウム」と、住蓮は声をつまらせて、 「そういわれると困るが」 みほとけ 「おれたちは、信仰の子ではないか。御仏の心をもって信念とするからには、世俗の思 わくなどを考えていては、何もできやしない」 じゅんじゅん 安楽房の情熱的なことばは、諄々と、友の意見を圧してゆく。彼は彼女たちを救うた めに、多少の難儀はかかっても、何とか、あのふたりの喘いでいる地獄の淵へ、手をさ しのべてやりたいという。 みだ 場合や事情に惑って 「どんな者にでも、弥陀の慈悲はひとしくなければなるまい によしよう いては、人はおろか、自分すら救うことはできまい。あの女性たちは、そこに目醒め とうして救わすにいられるものか」彼のそうい て、死を賭して、脱け出してきたのだ。。 あえ ふち

10. 親鸞(三) (吉川英治歴史時代文庫)

第「お : : : そう仰っしゃれば」やっと解けたらしく、 しゅうち 「思い出しました」松虫は、何とはなく、羞恥に顔を染めた。 ひきあ 「住蓮をお紹介わせしましよう」安楽房は、ちょっと戻って行って、すぐ友の住蓮を伴 れてきた。武士として鍛えた体に、聡明な知識を持ったこの二人の若くて逞しい男性の とら すがたは、すぐふたりの気持をつよく囚えてしまった。 間もなく、ふたりは山を降りてしたが、 、 ' ふたりとも妙に無口になっていた。加茂の岸 ひとみ に立って振向くと、山にはまだポチと二つの灯が残っていた。 住蓮と安楽房の眸が そこで呼んでいるように。 同時に、松虫も鈴虫も、これから帰って行かなければならない御所の奥の生活と、そ この灯の色を想像してよけいに、いが暗くなった。 なんどき 「もう何刻でしよう、松虫様」 「さあ : ・ : ・」 「すっかり遅くなってしまいました。何と、云い訳をしたらよいでしようね」鈴虫は、 もうその心配に、胸をいためているらしかった。 おり 御所の規律のやかましいことはいうまでもない。 まして、後宮は、貞操の檻である。 松虫も、同じように、局の老女や役人の猜疑な眼や針のような言葉が、帰らぬうちから 頭を刺して、さっきから足がすすまないのであった。 ちょっと出るにも、帰るにも、こんな憂いが離れない内裏の生活を思うと、彼女たち きた つばね さい だいり っ