囲「人種差別を彼は批判したんですか」 「今は差別撤廃の動きでしよう。法的にも個人的にも。しかしそういう動きがあった後 って言、つんです」 で言われてることを、自分は信じない、 「何によらす、信じないなら信じなくてもいいんじゃないか ? 」 「彼もそう言ってました。僕は、多分嘘つきだし、心が病気なんですから、僕の言うこ とは信じないでくださいって」 ・ : だね , 「おもしろい男と一言うべきか、めんどくさい男と言うべきか : 呟きか聞こえた。 「それであなたは何て答えたんです ? 」 それだけが恭子に対するまともな質問だった。 「大丈夫よ。世間全体が大嘘つきだから、慣れてるじゃないの。それに、私、嘘とわか ってる嘘、って嫌いじゃないのよ、もしかしたら、不細工だけど表現力のないほんとよ りおもしろいから、って」 「そしたら ? 」 「何の表情も見せませんでしたよ」 そしてやがて、青年の《おばさんが知ってるかどうか知らないけど》が始まったので あった。
のうちにどこかへちょっと行って、チップもらったり、どうやら、その日食べるだけの 最低のお金は手にしてる。だから、もうそれ以上は働きたくないんだよ。一日働けなん て言われたら、もう絶望的になっちゃう人もたくさんいる。でも統計の上では、そうい う人も失業者だから》 《そ、つでしようね》 《僕、その話もここの医者にしたんだ。そしたら「今はスクワッターに住んでても、い つかはいいうちに住みたい、そういう希望は正規の雇用がなければ叶わないだろう」っ て言ったから、僕はまた「そうでしようね」と言ったんだ。中にいくらかは、そういう 向上心のある人がいるはすだから。だけど : : : 》 《だけど、どうなの ? 》 《ュカってあるでしよう》 《ュカ ? 》 突然言われて、恭子にはその音の意味がわからなかった。人の名前のようにも感じら れた。 《ほら、床を張る、の床》 月青年は自分の足元を指して見せた。 《僕たちにすると、床張ってないうちなんて、家畜小屋の延長みたいな気がするでしょ ゆか かな
「すると問題のお父さん一人残ったわけだ。まだ死にもせず : : : 」 「蒸発したご長男って方、『一人救けると、二人殺すことになるということもあるんで すよ』っておっしやるらしいのね。『そういうこともあるんですよ、それを知っててや る事ですね』って、おっしやるんですって」 「家出をするのはかまわないけど、なぜ彼はまともにならなかったんですかね」 鳴滝が呟いた。 「弟がつぶれてしまった以上、自分だけ人並みになることは許されないと思うんですっ 「ま、それでよかったんじゃないかな。よく釣り合いのとれた話ですよ」 荘保が声をあげた。 「今の話、完璧なくらいよく調和とれてるんだね。僕、自分の生活は別として、調和と か釣り合いとか、これで、意外と好きなんですよ。のんだくれのおやじを探しに行った 時、帰りに雪がばらついて来た、ということに僕は感動したね。そういう嘘みたいなこ 夜とって実際は時々あるんだよ。おもしろいなあ の 「奥さん、そんな話を聞いて来たのに、何で何もおもしろい話ないなんて言ったんで 福 鱸がからむよ、つに一一一口った。
日本人によくあるでしよう。草木鳥獣の命は愛でるけど、人間一人ひねりつぶしても夢 も見ない人って、よくいるでしよう」 「僕も大分そのキライはありますね。人間ってのは、僕を傷つけるからいやなんですよ。 あんまり同情しないですね。その点、大猫は僕を傷つけませんからね」 ホテルマンの鱸が言った。 「そう、僕もそれはそれでおもしろいと思うから、相手に何も言わなかったの。辻褄が 合わないとか、人間の命の方が大切じゃないのか、とか、ほら、そんなつまらないこと 言ってみても始まらないでしよう。それよか、この女、何考えてるのかてんでわからな って思ってる方がすっと、おもしろいもんね」 「それでその女の方と、お別れになったんですか ? 」 永峰恭子が尋ねた。 「いや、今も一緒にいますよ。僕ね、そういう神経の図太い女と一緒にいるの大好きな 夜今日の荘保は、心理が酒にゆっくりと融けて流動的になっている、という感じである。 の 「永峰さん、奥さん」 福 祝彼は呼んでから、 「奥さんでしょ ? 」 のー ひと つじつま
字佐美暁照がたった一人住む家の門は、、 しわゆる長屋門であった。昔は、使用人が住 むようになっていた門の脇の部屋は、今では、古自転車や、古シート、ちょっとした園 芸用具、肥料の袋や猫車などを置く納屋として使われている。 家は既に鉄筋に建て換えたので、こんな「都内」にまだこういう間のびのした地主の 家があったかと思わせるような古さと重々しさ、信じ難いゆとりは、こ。こ オオ長屋門だけに みなそこ 夜残っている。今夜その門は、水底のような月光にまぶされていた。 かんげつかんぜ の 先月海の傍の座敷を借りて観月観世の会のメンバーが集まった時には、あいにくの曇 福 こと はんらん 祝り日で月はついに拝めなかったが、 今夜はまさに美酒が盃に溢るるが如き月光の氾濫で ある。 祝福の夜 あふ
しかも着実に離れのロケーションを探り当ててやって来た、という感じである すずき 「鱸君 ? 」 「そうです。こちらですか」 「入って下さい」 かずひこ 鱸和彦は青白い顔色の男であった。自分ではホテルマンだと言っているが、人生の ひなた 日向を歩いて来た男の顔色ではない。、 どこか暗く、医者はまだ発見していなくても、癌 を患っているのではないかと思われるような肌の色をしている。 「遅くなりました」 彳は部屋の入り口でていねいに手をついて挨拶した。 「鱸君は皆さんをもう ) 」存じでしたね」 「はあ、偶然、それぞれの方にお目にかかりました」 「それは結構。まあ、お上がり下さい 「今日は何か、オードヴルでも持ってまいろうかと思いましたが、 そちらは宇佐美先生 世がご用意下さるとのことでしたので」 「僕じゃないんですよ。結果的には鳴滝君が車に積んで持って来てくれたんです。それ しいという人たちだから 観にここにいる人たちは、食いものはど、つでも、 「私など老人のせいもあって、昔はかなり大食いでしたが、今は空腹という状態にも、
「どうぞ、 ( 屋上 ) 階をお押し下さい。降りた所に部屋のドアが一つだけありますか ら、そこですー と一言った。 「後から来る人には、そう言ってくれたまえ。鍵は僕が預かるから 四階までが客室で、屋上は五階に当たるようであった。 ドアは既に開いていた。ドアを入ったところが二十畳以上はあろうと思われる客間で、 ソフアが十二、三人分はある。隅に小さな流しや冷蔵庫も目立たないようにしつらえら れていた。 「こっちが寝室かー 字佐美は早速奥の部屋を探検した。 「一応、寝室もある。浴室はさらに奥で : : : 驚いたね。野天風呂もついてるよ 「こんな屋上にですか ? 隣のビルから覗かれそうですね 二人がこんなことを語り合っているうちに、他のメンバーも少しずつ集まって来た。 自称易者だという荘保千明と、今は百姓だという箕輪十三郎であった。 「永峰恭子さんから電話があって、ご主人が入院しているので、見舞ってから行きたい ので、少し遅くなる、ということでした」 箕輪が言った。
141 包丁 すからね。帰ってもしようがない。多分死ぬまでここで働くでしよう》 自殺志願者はその間、うろうろと辺りを歩き廻っていて、マクシミリアノの話など聞 いていないようでもあったが、 桐野は、彼は話を聞いていると睨んでいた。 ほんとうなら、桐野と従弟は、かかわり合いになるのを恐れて、その辺で引き上げて もよかったのである。またそれも可能だと思えたが、 二人は何となく心配で、マクシミ リアノとこの男を二人きりにはできないような思いで、そこを立ち去りかねていたのだ った。 やがて向こうから短い修道服の裾と、腰に締めた縄のベルトをひらひらさせながら、 ハウロが帰って来るのが見えた。 彼は手ぶらだったが脅えても急いでもいなかった。 《ステフアノさんはいなかったのか。包丁はどうした ? 》 マクシミリアノはパウロに尋ねた。 《いました》 ハウロは少し間延びした声でまじめに言った。 《今、昼の食事の支度の最中だから、包丁は貸せない、そうです》 《困ったな》 《ほんとうは大事な包丁で、誰にも貸したくはないんだけれど、貸してくれという人に
Ⅷと怒鳴った。 《急ぐことはありませんよ》 マクシミリアノは髭を微かに揺らしながらのんびりと言った。 《時間はあなたにも私たちにもたくさんありますよ。誰も妨げませんから》 その言葉の通りパウロはなかなか帰って来なかった。 《何をしているんだ ! 》 男はさらに苛立ちをつのらせてマクシミリアノを怒鳴った。 《修道院というところは、規則がたくさんあってね。何をするにも修道院長の許可がい るんです》 《修道院長が留守の時はどうするんだ》 《少なくとも台所の責任者のステフアノさんという人に許可を求めなければならないで しよう。ステフアノさんはスペイン人で、もう五十五年も日本にいるんですよ。来た時 には、お前はほんの二年だけ日本に行って働け、って言われたから二年だけのつもりだ ったんです。そしたらずっと帰してもらえないで、それから一度も祖国に帰ったことが ないんですよ。 今もう七十五歳で、重い鍋を持ち上げるのが難儀になりかけていますからね、スペイ ンの郷里へ帰る気力もなくなっているらしいですね。それに親も兄弟も皆亡くなってま
122 ふと気がつくと、宇佐美の鬱病は、少し軽快していた。人中に行くのがいやなことは、 今でも変わらない。しかし不特定多数はいやでも、特定少数の人々と会うなら、何とか やって行ける、と思う程度にはなったのだ。 そんな時、最初からの会のメンバーだった永峰恭子と、或る日宇佐美はクラブでばっ たり顔を合わせたのであった。 「いいとこでお会いしました と恭子は言った。 「実はこないだ、鳴滝厚さんにお会いしました」 恭子は言った。 「ほう、元気でした ? あれ以来、ずっと会わないけど だから生きているかどうかと思っていました、と本当なら宇佐美は言いたいところだ った。 しよ、つ 「ええ、お元気でした。景気はどう ? って聞いたら、こんな時代の割にはい、 て明るい顔でした。そして、またあの会をしてくれよ、なんて言ってました . 「そうだね。お互いの年齢による変化を見るのもまた一興だしね」 「鳴滝さんは、だんだん年取るごとに明るくなって来てますよ 「あの人、電気屋さんだったでしよう。だから明るくなった、ってシャレを一一一一口うつもり