不思議 - みる会図書館


検索対象: 観月観世
15件見つかりました。

1. 観月観世

156 《セシリア情報によると、この上の階の人は旦那がフィンランドの人で、奥さんがタイ 人なんだって。どうしてそういう不思議な取り合わせの二人が夫婦になったのかな》 《そんなに不思議か ? 》 友人はばかばかしいというロ調だった。 《どこででも二人は会うだろう。 リの空港でも、イギリスの大英博物館ででも》 《しかしどんなに相手に惚れても、日ざしの薄い北欧の人が、選りにも選って一年中暑 いタイの国の人と結婚しなくてもよさそうなもんだ。日焼けで死んじまうよ》 《お前は意外と頭古いんだな》 《いや、僕は便宜主義者なだけだ》 しかしセシリアの興味はもっと素朴なものが多かった。 《旦那さんたち、気がついてましたか ? 》 とセシリアは言った。どうして呼びかけだけフランス風なのか、鳴滝たちはわからな かった。マダムに当たる男性の呼びかけがないから、いつの間にかそうなってしまった よ、つでもあった。 《今日、コンドミニアムの事務所の人が、虫を退治する会社の人を呼んでしまって、あ の大きなタンプスの木にできていた蜂の巣を取り払ってしまったんです。これくらいも あったんですよ》

2. 観月観世

メイン・プールのすぐ脇には小さい丸い子供用のプールがあって、ほんの四、五十セ ンチの浅さしかなかったから、幼い子供でもその縁に掴まって立てば、優に胸から上は 水面に出る。三、四歳になっていて、走り回るような子供たちに対しては、メイドたち は、外から子供の安全を見守っており、もっと小さい子供たちの場合は、プールの縁に 擱まっている子供の腕や背を支えてやっていた。そんなことをするにも、彼女たちは決 して自分たちは水着になって入るということはなかった。「雇い人」にはプールを使わ というのがマンションの住人たちの暗黙の規則のようにも見えて、鳴滝とその せない、 、 , 皮らの生きた時代は、世界の隅々まで、 友人とは、微かに不平等な違和感を覚えてした。彳 平等と人種差別を許さない空気が行き渡っているものと、彼らは信じていたからだった。 友人の兄の家のメイドはーーセシリアという名前だったがーーーちょっとお喋りで、無 邪気な怠け者で、つまり人のいい子だった。彼女の美点を挙げるなら、このマンション の中で起きたすべてのことを、正確であるかどうかは別として、すべて噂話として把握 していたことだった。 労コンドミニアムには人種的にあらゆる不思議なカップルが住んでいた。土地の人と思 われる家族はほとんどいなかった。 《しかし不思議だな》 と或る日、鳴滝は言った。 155

3. 観月観世

123 包丁 はないんだけどね」 字佐美は笑った。 「そうですね。電気屋さんは、本来は暗い所でしかできない商売ですものね」 この観月観世の会では、本当の身分も過去も明かさなくていいことになっているから、 鳴滝の職業も実は嘘かもしれなかった。 「年とって明るくなるということは、一種の達人だという人がいるけど、僕はこの頃自 然だと思うようになって来ましたよ」 「そ、つですか ? どうして ? 」 「だって、よくたって、悪くたって、もう長く生きなくていいんだもの。気が軽くなっ て明るくならざるを得ないね」 そう言いながら、字佐美は初めて、自分ももしかすると始末に悪い極楽トンボになる のではないか、という不思議な予感に捕らわれた。 「初めて会った時、あの人は破滅型の性格かという気がしたけど、人に対する予感なん て当たらないもんだねー 「そうですね」 「あなたも、ほとんど変わらないね」 「髪をこのごろは染めてるんですよ」

4. 観月観世

昨日まで枕元において絶えず飲んでいたペットボトルが、宇佐美一人では手の届かな い場所にあった。 「ここにおいておいて頂けば大丈夫です。自分で飲めます , 痛み止めのことは一一一口うのを忘れたが、不思議なことに、看護婦は吸いよせられるよう に宇佐美の枕元のあの麻薬の壜に目をとめた。 あめ 「これは何 ? 飴でもないわねー 「お袋の骨」 ぎよっとしたよ、つである。 「嘘だよ。いつも飲んでいるサプリメントなんですよ」 「これが ? 」 若者は率直だった。 「漢方だからね。枯れ葉の粉みたいなもの」 「枯れ葉ですか ? 軼「つまり塵だよ。地球のゴミ」 妣あの麻薬も、つまりは土地に生えた草根木皮のたぐいであろう。あの土地では罌粟を 月 栽培していた気配はなかった。しかし麻薬は植物から採ったものだったはすだ。 看護婦が去ってからも、字佐美はしばらくの間、痛み止めの座薬をもらうか、それと ちり

5. 観月観世

「そ、ついうことです 輪が呟いた。 「この宮殿の前は、イタリア式の官庁街になっていて、きれいな泉水が、これはもう完 成してるんです。 夏でしたからね、ル 1 マニアとはいえけっこう暑いんですよ。その泉水はもちろん水 遊び禁止なんだが、そこで、ジプシーの子がお巡りの眼なんか気にもしないで遊んでる。 すごいもんだね。さすがのお巡りも子供には何も言えないのか、それともジプシ 1 が怖 いのかわからなかったけど」 平木は言ってからちょっと首を傾げた。 「とても不思議なことがあるんですよ。僕は、今でもあのチャウシェスクの宮殿を思い 出して、あんな豪華な宮殿なのに、どうしてああ寡黙な、言葉少ない感じがするのかと 思う。もちろんまだ完成してなくて、人の住んだ気配がないからかもしれませんがね。 なんかあの印象は、黙してる。眼を伏せてる、声が低い、っていう感じなんだ。 しようぜっ 殿社会主義は、人でも、風景でも、物でも、饒舌じゃないね。資本主義はそこへ行く と実にお喋りですよ 沈「それは価値の多様性ということでしよう」 字佐美が言った。

6. 観月観世

152 をコンドミニアムっていうんですけど、その方が僕らとしてもホテル代を払わなくて済 むし、向こうもメイドに遊び癖をつけさせなくて済むからいい、と一言うんです 「なるほど 「一月二、三万円の月給で働いている出稼ぎの娘なんですけどね。ご主人さまが十日間 も家を空けていないとなると、徹底して怠けるだけでなくて、男を引き込んで自分がそ このマンションの持ち主気取りで暮らしたりするのもいるらしいんです。その間に間男 がこっそり銀器を持ち出したり、後で悪い仲間と連絡を取り合って泥棒に入ったりする ケ 1 スもないわけじゃない。何しろ内部にメイドという手引きがいて、どんな金目のも のがどこにあるかわかっているんですから、泥棒にとっても入り易いでしようからね 「じゃ君たちは、メイドのお目付に雇われたわけだ」 「ということにしてもらったんです。朝と夜はちゃんとうちでご飯作らして食べて、洗 濯物もきちんとさせてくれれば、その兄さんの一家も安心して日本に休暇で帰れる、つ ていうことでした 「ありがたい話だね」 それはシンガポールの銀座通りと言われているオーチャード・ロードからほんのちょ っと細い道を入っただけだったが、。 シャングルと言いたいような南洋の大木が生い茂っ ている不思議な一区画だった。そこにマンションの走りとでも言いたいような古い三階

7. 観月観世

材とだ、と字佐美は考えていた。 「字佐美さんとこのテニス・クラブで知り合った数人の方たちが、いろんなボランティ ア活動をしていらっしやるんですよ。でも、私むしろああいうことに懐疑的なもんです から、逆に誘われたら簡単に行ってしまったんです」 荘保千明が太い笑い声を洩らしたが、それは決して冷たいものではなかった。 そこで恭子は、一人の青年と知り合ったのだった。彼は確かに入院患者ではあったが、 いつも自由に病院を出入りしていた。最近は勤め人の中にも、社会の複雑なメカニズム に耐え切れなくなって、中には病院から毎日会社に通っている半病人もいる、というこ とを恭子も話に聞いていたから、青年の行動をさして不思議にも思わなかった。 《あなた、よくでかけるのね。どこへ行くの ? 学生さん ? 》 それだけ声をかけられたのも、あたりに他の人がいなかったからである。 《いや、僕は学校には行っていないんです》 受験するにも学力がないので、彼は絵を習いに行っているのであった。 《いいじゃないの。画家に学歴なんて要らないわよ。あなた今に有名な絵描きさんにな って、つくつくいし 、大学になんか行かなくてよかった、って思うかもしれない》 恭子は真実、そのような運命のどんでん返しの物語が好きなのであった。 《でも、僕、絵もそんなにうまくないんだ》

8. 観月観世

字佐美は月餅の本場は中国だった、ということさえ忘れていた。 月はやはり、不発であった。会が始まる頃には、雲はいっそ、つ濃くなった。酒もビー ルもあるのに、恭子が持ち込んだ月餅に興味を示した人が多かったのは、意外と甘いも と のを好む人がいるのを、自分が今まで気がついていなかっただけなのかもしれない、 字佐美は反省していた。 月餅の意匠には、中国の菓子職人が工夫を凝らすという。恭子が持って来たのは、一 あんむらくも あひる 個一個の月餅の中に埋め込んだ家鴨の卵を満月に見立て、周囲の餡を叢雲にみなしてい る。 そろ メンバーはほとんど揃っていた。東京の下町のビジネス・ホテルのマネージャーをし ている鱸和彦だけは、会議があってバリ島へ行っているとかで、初めから欠席の通知が 来ていた。 「皆さん、お元気でしたな」 字佐美が言った。 「不思議とこの会では、病人が出ないね」 「初めから、病気の後みたいな人が多いから、病気が目立たないんじゃないかな」 ・つさん′、さ 月自称易者だと言う荘保千明が言った。この男くらい胡散臭い感じのする男はいなかっ た。よく世間では「あの人が詐欺師とは思いませんでした」という言葉を聞くが、実際

9. 観月観世

182 「苺ジャムの壜に、ジャムが入っていないのは、それ一つしかないから、すぐわかる よ と宇佐美は言った。しかしその中に入っているのが、南の島で生死をさまよっている 時に飲ませてもらい、別れる時にも村長からもらったあの麻薬だということは言わなか った。 「かしこまりました」 木下は、字佐美の説明を別に怪しまなかった。傷の上がりがいいとか、鬱血が取れる とかいう理由で漢方薬を手放さない人種は世間にいくらでもいるから、不思議には感じ なかったのだろう。 間もなく帰って行った木下に字佐美が頼んだのは、一日置きに来て、この病院の洗濯 機に洗濯物を入れてドライヤーで乾かすことと、入院や手術料の請求書が出た時に、支 払いのための現金を持って来てほしい、というくらいのことであった。 「お金のことは、経理の倉持君に話しておきますー 「そうしてくれたまえ」 字佐美が木下と知り合ったのは、全く偶然であった。近くの牛丼屋のカウンターで隣 り合わせで食べていた青年が、支払いの段になって、手持ちの金がほんの五十円ばかり 不足していることを、額からたらたら汗を流しながら、持っているはずだと思っていた くらもち

10. 観月観世

「そのどちらでもあったんでしよう」 箕輪が言った。 「というより、うまくではないがどこかでどうしようもなく、なるよ、つになって生きて 来た、という顔をしていました。わりといい顔でした」 きゅうかつじよ 二人はフロントのカウンターごしに、ごく当たり前に久闊を叙した。 「どうして、東京なんか来たの ? 」 鱸のホテルの前はパチンコ屋で、その点滅する原色のネオンが狭っこいロビーにいる 人々の顔色を時々変えた。 姉の夫が南極観測船で出航したので、それを見送りに来たのだ、と野木雪比古は言っ た。長い留守の間、姉と子供は北海道の父の家、つまり野木の家族と暮らすことになっ ている。そんな話をしている間に、エレベーターから、いっか鱸が一度だけ見た野木の 姉の美影が、 四歳になる息子を連れて雪比古を探しにやって来た。同級生がこのホテル にいるらしいから会って来る、と言っても信じられなかったらしい。子供は宵つばりに 世育っているらしく、眠そうな顔もせず、雪比古を見ると「叔父ちゃん ! ーととびついて 来た。鱸はその子の顔を見て、「あ」と思った。 月 観「それほど似ていたんですか、 「叔父と甥ですから、多少は似ていても不思議はないんですが、彼と美影さんはかなり