家族 - みる会図書館


検索対象: 観月観世
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1. 観月観世

絽「いっからそんな仕事始めたんですか ? 「二十代の半ばからですって。それまでは大学でてからほんの数年だったけど、どこか 有名な会社に勤めていらしたらしいのね。つまり二十代の半ばに家出をして、ご家族は そのまま、その方が生きてるのか死んでるのか、どこで暮らしてるのかもご存じないん ですって」 「何で家出したんです ? 」 その男がまだ大学生の頃であった。彼の父は当時、五十歳を少し出ていて年頃が悪か ったのだろうか。もともと気の小さい、性格の弱い人物であったが、急にふさぎ込んで、 会社へも出て行きたがらなくなった。そして或る日手首を切って浴槽の中へ浸け、自殺 をはかった。幸い母が発見したので、命はとりとめたが、その頃から一家は父が自殺を 決行しないように、二六時中、見張らねばならない、という義務を負うようになった。 電車にとび込んで、未遂に終わったこともある。その時も当人が「ホームの端で目眩 がして」と言ったものだから、それ以上追及されずに済んだ。おもしろいことに、父に は見栄つばりで甘えたところがあり、未遂に終わると実にうまい嘘をついてとりつくろ い、ほとばりがさめてまた自分が忘れられそうになる頃、次の自殺をもくろむ、という ことの繰り返しであった。 初めは母と、長男であるその男と、二つ年下の弟が、必死でそのことを外部に知られ めま

2. 観月観世

《そんなことないんだ。英語もほんとうにはできないんだ。日本語もあまり正確じゃな 《普通、高校くらいになると、日本に帰る人多いでしよう ? あなたのうちじゃ、そう いうこと、家族の中で話にでなかったの ? 》 《ヨーロッパの学校に行く人も多かったけど : : : でもうちは父が、家族はいつもいっし ょにいる主義だったから》 恭子はちょっとため息をついた。 《いいお父さんなのね》 恭子の話を聞いていた人の中から、微かな笑いが聞こえた。世間では家族を放りつば けんでん なしにする父親の悪ばかりが喧伝されているが、家族にしがみつく父の独善的な悪は、 今までほとんど取り上げられていないからだろうか、と字佐美は邪推した。 「その青年が一言うには、英語を喋る同級生とも、ついていけない。お父さんの働いてい る会社の仲間の娘や息子たちとも、話が合わなかったんだそうです」 恭子は言った。 「思い切ってヨーロッパに送れば、英語できないったって、何とかやれたんじゃないの かな。帰国子女の日本復帰不適合、というケースでしよう ? 」 「私も彼に言ったんです。お父さんがどう言おうと、アフリカに留まっていたのは、あ

3. 観月観世

爽かさを感じますな」 箕輪が言った。 「それで私はローソクを持ってまいりました」 「ローソク ? 」 「蛍光灯の下で喋るということが、私はあまり好きじゃないのです」 「いい勘だったね。本当にこの家は蛍光灯だ」 鱸は袋の中から、太い茶筒のような形のローソクを二本と、それを受ける黒い塗りの 人々は酒を配り、ローソクをつけ、蛍光灯を消した。 「この会は別にスピーカーが決まっているわけでもございませんでしようし、テーマも ないのでしようが、つい先日、幸福な家族に会いましたので、よろしかったらその話を させて頂こうかと思いまして」 鱸が言った。 「どうぞ、どうぞ。今どき幸福な家族というのは珍しいですからね , 字佐美は少しも信じていない者の気楽さでそう言いながら、自分のコップの中で水割 りのウイスキーの色を見きわめようとした。 「実は私は東京の出身ではありませんで、父の仕事の都合で北海道に生まれて、大学を しよくたい 燭台を二個とり出した。

4. 観月観世

何も必要があったのではないが、字佐美は病室に木下凜太郎が待っていることを予測 していた。別に要らないのだが、 洗面用具もティッシューも既に持って来てもらってあ る。それに何がなくても、こういう手術直後の動けない状態では、必要なものは何もな い。ストレッチャーからべッドに移される時、看護婦の中の一人が、「ご家族はいらし てるんですか ? ーと聞いた。病室に誰も待っている人がいないことを、宇佐美はその時、 初めて知った。後の面倒は家族が見ろ、というニュアンスのようにも聞こえたので、宇 佐美は「後から誰かが会社から来るとは思いますが、私は独り暮らしなものですから」 と再度言いわけのように言っておいた。現世で望ましくなさそうに思われていることは、 早めに伝えておくことにしているのである。 日が暮れて来ても、付き添いのいない病室には明かりがっかなかったが、宇佐美は看 護婦が自然に見回りに来るまで薄暗がりの空間に放置され、漂う感覚を楽しむことにし た。と言いたいところだが、 麻酔の効き目は、期待したほど長くは続きそうになかった。 早くも傷がちりちりと痛み出した時、字佐美は看護婦を呼ぶ代わりに、一瞬枕元の麻薬 歔の壜に眼をやった。鎮痛剤は、表面的な痛みを取るだけである。しかし宇佐美の持って 光いる麻薬ならもっと積極的に楽しく人生を味つけしてくれるはずだ。手術中のあの完璧 月 な麻酔と、質は違うがよく似ている。しかも島の麻薬は、呼吸が辛くもならないし、腹 の中に不気味な塊を作ることもない

5. 観月観世

月見の会はもうこれで、少なくとも六年は開かれていなかった、と字佐美暁照は数え ていた。理由は簡単である。自分が大病をしたのである。胃を半分切った。六十も半ば になれば当然、そういうことも起こり得るであろう。癌だったのだろうと思うが、敢え て聞かない。家族がいないのだから、誰かに聞いてもらうというわけにもいかない。そ れに、聞いても聞かなくても同じだからである。自分は癌だったと思って暮らしている。 殿しかし今日一日に、病識がなく、しかもまだ頭脳が動いている感覚さえあれば、それで の、一一一口、つことはない。 医者は半年に一度検査に来い、という。世の老人たちは、病院に行くことに大きな意 義を感じているから、宇佐美もそれらしく振る舞うことにしてはいた。戦争中ボルネオ 沈黙の宮殿

6. 観月観世

170 そっくりだったのである。 「大丈夫ですか ? 」 自分では黙っていたつもりだったが、何か小さな叫び声をあげたのかもしれない。宅 配便の青年は不安そうに聞き返した。 「転んで、足を折ったらしい。どうも立てないんだ」 「救急車を呼びましようかー 不安そうな声が近づいて来た。 「ご家族は、お宅ですか」 「私は独り暮らしなんだ」 妻に先立たれた老人と思ったかもしれない 、と字佐美は思った。 「済まないが、君の携帯を貸してくれますか。僕が自分で救急車を頼みますから。住所 を言、つにしても君じやわからないだろうから」 後から考えてみれば、そんなことはないのであった。宅配人の手にした伝票には、字 佐美の住所があったからこそ、品物は届けられて来たのである。 「荷物はどうしましようか」 相手は尋ねた。 「ものは何なんだろう。牡蠣のような生ものだったら : : : 君がうちへ持って帰って食べ

7. 観月観世

話になるな」 字佐美は、家族がない人間は、普段の生活はどうにでもなるが、病気の時と死ぬ時は 困るだろう、とかねてから覚悟はしていた。ただ死は死ぬ者の勝ちであった。自分が苦 しいからである 労するのではなく、周囲の他人を困らせていなくなれば、 「そうだ、木下君。一つ君に頼みたいことがある」 宇佐美の礼の言葉を木下は背中で受けて表情を見せなかったが、その言葉にやっとこ ちらを見た。 「何でしようかー 「持って来てもらいたいものを思いついた」 「はい」 「ここに、僕の家の鍵がある」 その時初めて字佐美は、自分がまだ事故を起こした時のままの服装で、寝間着にも着 替えていなかったことに気づいたのだった。 軼「台所に冷蔵庫がある。その一番下の左側の奥の方に、ダルフールというラベルのジャ ムの壜がある。壜と中味は違うんだ。中に漢方薬みたいな丸薬が入ってるからすぐわか る。それを壜ごと持って来てもらいたいんだ」 「私がいきなり行ってわかるでしようか。どのジャムの壜か :

8. 観月観世

89 月餅 献身的な人だと勘違いしてくれたらしいが、恭子にすれば、その世界に少し興味が湧い たからに過ぎない。青年が外部の人に心を開いて話をする気になれば、それも一種の療 法と思うのか、何となく半分見舞い客風に来ることを黙認されることになった。 青年の時間はいくらでもあるのだから、話をする時間も自由であった。 「自覚的には、何でおかしくなった、と彼は思うのかな」 中の一人が尋ねた。 の 「蛙が地球に呑み込まれた、っていうことでしよう ? それで大地が崩れたように感じ たんだ」 「常識的に言えば、自分が英語も日本語もよくできないとか、だからどこの学校にも受 ごまか け入れられないとか、愛情という誤魔化しで家族を自分の身の回りに縛りつけておいた 小心な父親のせいだとか、そういうことに責任を押しつけることってあるじゃないの 「かもしれないですけど」 恭子は初めて周囲から雑音のように聞こえていた憶測に答えた。 「でも彼の心には、人種差別の問題がどうしてもわだかまっているんですよ 「すいぶんと良心的なんだね」 鳴滝が呟いたのは、そういう社会的な理由で、自分の精神が歪んだという青年の甘さ を、素早く批判しているよ、つにも聞こえた。 ゆが

9. 観月観世

87 月餅 なたの責任よ、って。そしたら、あんまり朝とタ暮れがきれいなんで、帰れなかった、 って一一一一口ってました 「タ暮れ。馬かなんかの名前 ? 」 とてつもない勘違いをした男がいた。 「いいえ文字通り、夜明けとタ暮れの数十分間、アフリカでは特有の澄み切ったきれい な光が、あたり一面に溢れるように流れるんだそうですー それはもう、日本のどこにも見られないオレンジ色に輝く光であった。それは澄んで いい香りがして、しかも初々しかった。ギリシア神話の登場人物風に言えば、その空気 は、今まで森と動物としか付き合ったことがないので、人間に見られるのを恥ずかしが っているようでさえあった。その光は、強烈な「歓喜そのもの . という感じであった。 「彼はそれを見るために、毎朝、三時半に起きてたんですって。普通若者っていうのは、 夜更かしで朝寝をするもんじゃないですか。それが毎晩八時にはもう眠っているんだそ うです。だから、社会とも家族とも生活が食い違ってしまった、って言ってました」 青年の家には、台所の裏に、使用人たちが住む別棟があった。使用人はメイドが二人 、 , 皮よその一部屋の鍵を密かに所有して、そこに秘 だけだったので、一部屋余ってした。彳 ( 密の友だちを置いていた。 「何だと思います ?

10. 観月観世

「そのどちらでもあったんでしよう」 箕輪が言った。 「というより、うまくではないがどこかでどうしようもなく、なるよ、つになって生きて 来た、という顔をしていました。わりといい顔でした」 きゅうかつじよ 二人はフロントのカウンターごしに、ごく当たり前に久闊を叙した。 「どうして、東京なんか来たの ? 」 鱸のホテルの前はパチンコ屋で、その点滅する原色のネオンが狭っこいロビーにいる 人々の顔色を時々変えた。 姉の夫が南極観測船で出航したので、それを見送りに来たのだ、と野木雪比古は言っ た。長い留守の間、姉と子供は北海道の父の家、つまり野木の家族と暮らすことになっ ている。そんな話をしている間に、エレベーターから、いっか鱸が一度だけ見た野木の 姉の美影が、 四歳になる息子を連れて雪比古を探しにやって来た。同級生がこのホテル にいるらしいから会って来る、と言っても信じられなかったらしい。子供は宵つばりに 世育っているらしく、眠そうな顔もせず、雪比古を見ると「叔父ちゃん ! ーととびついて 来た。鱸はその子の顔を見て、「あ」と思った。 月 観「それほど似ていたんですか、 「叔父と甥ですから、多少は似ていても不思議はないんですが、彼と美影さんはかなり