V 女は何に迷い苦しむか とうもく ( リウッドの女優を殺したヒッビ 1 の頭目は、荒野に何人もの女たちを集めて暮らし、金がな くなると、彼女らを盗にやらせていたという。この頭目は三十五歳の男で、一種の不思議な魅 力があり、彼が猫を撫でている姿を見ただけでしびれてしまった女や、彼に一種の催眠術をかけ られて犯罪に使われていたと主張している女もいたと、週刊誌は報じている。 この話は遠いアメリカの話のようだが、実は決してひとごとではない。私たちは現在、催眠術 をかけられそうなさまざまのドグマが身辺に渦まいているのを感じる。 左右両翼の極端な思想、あるいは中庸であるだけで安全だと信じること、どちらも危いのであ ろう。そのほかさまざまの精神主義的あるいは宗教的団体から商業主義までさまざまなものが、 私たちの心を安易に捉えようと網を張っている。 それらから敢然と自立してあろうとすること。それは若い人たちに課せられた大きな任務だろ う。人間は苦し、迷うべきものなのである。そうやすやすと救われたりするものではない。し かし荒野の殺人ヒッビーたちも又、この教祖のもとでは、安心し自分で考えるのをやめ、あたか も救われたように思いながら平気で殺人を犯したのだろう。 戦争もなくてすんでいる今、私たちが戦うべきは、自分の中にいる敵である。 193

そう思って考えてみると、恋には、大きく分けて二つの姿がありそうに思える。ひとつは、男 を、弟のように、あるいは年若い燕のようにいとおしみ憐れむ年上の女型の恋であり、もうひと つは、男をつねにあがめ、その保護のもとにありたいと願う年下の女型の恋なのであった。 しつも、その単純さで、私を批難した。 こう分けてしまうと、私の友達などは、、 「そんな単純なものじゃないな。女にはどっちの要素もあるのよ , しかしどの女を見ても、この二つの姿勢は、ほとんど終生変らないのである。 年上の女型の恋は、男がその弱さを見せるときに開花するのだろうか。病弱であったり、体力 的に衰えていたり、失恋、家庭の苦労、貧困、裏切りなどに苦しんでいるとき、女は菩薩になる のである。 「いいわよ、私が何とかしてあける」と女は呟く。 私がこのタイ。フの女性が好きなのは、彼女らが実に完全に母性になるからである。一見、ヴァ ・ンプ型の男まさりの女が、実は内に豊かな母性を秘めていることを知るからである。 しかし残念なことに、私は決して前者に属さなかった。私は小さいときから、父親の庇護を充 分に受けて育っことができなかった。父は暴力的であり、私にとって恐怖の対象であった。私は いつも父性的な愛に飢えていて、それは、今までのところ、変らないのである。私のようなタイ つぶや

な、「未亡人的青春」を送ったことをおかしがるという形で評価してくれたのである。 新婚旅行から帰ってきて、私たちは初めて銀行で貯金通帳を作 0 た。二万五千円ばかりあった。幻 彼は式の費用で有金をほとんど使いつくしていたし、私は母からもらった旅行のお小遣をそっく り残してきたので、やっとそれだけになったのだ。 「早く五万円になるといいわねー と私は言った。 「どうして五万円もいるのさ」 と三浦はきいた。 「だって五万円あると、いっ盲腸炎になっても手術できるもの」 私は翻訳をして稼ごうと考えていた。そして実際、あやしげなス。ハイ物語を訳したりしてささ やかなお金を稼いだ。 しかし果して貯金が五万円になると、まず三浦が盲腸炎になった。私は大学の卒業式には出た 、病院につきそっていたので、その週間の行事にはほとんど出席できなかった。三浦がなおっ たと思って数カ月すると、今度は私が盲腸炎になった。そしてその入院中に、私は妊娠している ことを知った。

手に出会えたのだと思う。 昭和二十八年の四月、私は友人と関西旅行へ行った。帰ってくると、三浦が電話をかけてきて、 嬉しそうに、 「ボク、助教授になった」 と言った。どうして急に時間講師から助教授になれたかというと、当時、日大は新制大学の結 成期で、急ごしらえの教授陣を結成する必要に迫られていた。その中に彼の名もあって、文部省 はそのまま認可をドろしたのだという。 カマトトだと笑われるだろうが、サラリーマンの家庭に育ち、兄弟のない私は、大学で昇進す るというのはどういう役職名をもらうことかもわからなかったのである。それで私はすぐ聞き返 「助教授って、なると何かいし 、ことあるの ? 」 「ばかだなあ、夏休みでも月給がもらえるんじゃないかー それはつまり、私たちは結婚できるということなのだった。 三浦は彼の趣味で、結婚式の費用は自分で出すことにした。いや本当の趣味は、前にも述べた ように披露などしないことだったが、それは私の父に対して悪いと考えていた。 214

うんと大切がられてる」 と母親は自信を持って言う。どんな人間にも美点があり、どんな有能な人にも弱点はある。私 は道徳的な評価をあまり信じてはいないが、人間が必ずどこかにおもしろい才能を持っていると いうことだけは、否定する訳こよ、 というだけのことなのである。 彼の信じる生き方、彼の好みと、けなした相手が合わない、 だから、その逆に男性の才能を認めさえすれば、彼は自分を評価してくれる女性とともにいた と思うはずである。 愛される気分と心情 好きな相手に必ず自分を好かせる方法はないものか。 百。ハーセント有効ということはないが、かなりきくやり方は幾つかある。 もしも、あなたが自分を不美人と思い込んでいるようだったら、それだけでもう戦いはかなり 有利なのである。つまり美人でつんとすましていたり、かたくなっていたりする娘は、もっとも 魅力がないものだから、不美人であると思い込んでいるために、態度が自然で、ひとより一歩下 っているような態度はそれだけで匂やかなのである。 。「あいつはろくでなしで : : : 」という人は、彼の目、

を許す、というような。しかしそうではないのである。許すとは心に抱きとることである。 それは決して、特に英雄的なことでもないかも知れない。人間は誰にも弱味があり、その弱点 を許してもらわねば、自分の存在がなりたたないから、少し理性的な人間なら、自分を承認する ためだけでも他人を許すような気がする。 恋愛がどんなにも架空な幻影を見られるのに比べて、許しは、どんなにも現実的であり得るの である。 恋人の美しさは初め、かなり無責任な、非生活的な形で入ってくる。彼は娘の長い髪を美しい 彼よ彼女のロを接吻の とは思うが、それがフケだらけになったときの有様は決して想像しない。 , こ , おど 対象として眺めて心を躍らせるが、そのロが、大福モチをほおばるときの現実的な姿は思い描か ないのである。 しかしやがてそれらの幻の部分は消え、現実の姿だけが残ったとき、初めて恋愛は、永続きの する愛に変形する。 すなわちフケだらけの髪が、若さの悲しみとしていとおしく思え、大福を頬張る様子に健康的 な悪気なさを覚えるようになれば、それは恋が愛に昇格した ( いや、変質したと言うべきか ) 証拠で る。

といなおってやればいい。 女性のなかには、景品つきで自分が貰われていくことに対して、まったくひけ目を感じない人 しる 「先方のお宅がちょっとした御大家なのよ。だから、うちのママ大変、お仕度をいろいろ揃えな きゃならないから」 などと平然とおっしやるお嬢さんがいる。それが結構、一人前の健康や美しさを持った女性な のだ。 何をそんなに、お土産さげてョメに行かねばならないのだろう。こういう女性は大がかりな 仕度や、何百人ものお客を呼ぶ披露宴によって、自分がいかに価値ある人間かを誇示したいのだ ろうが、私はそうは思わない。 家や道具つきで貰われることは、むしろ女の恥のように思える。それどころか、女は弱点を持 金垰ちより忿 ( しいほ、つがしし っていた亠刀かいし 、し、地位や名誉のある父親など持たぬ方が純粋 の愛情にめぐり会うチャンスが多い。 好きだとなったら、計算などできないはずである。彼女が処女でないのを知ったら、いやにな った、などというのは、その女を本当に愛していない証拠である。

昭和の初めに建てた古い木造家屋だったけれど、五十数坪の広さがあった。それが四畳半一間に なっても、私はその方が気楽だったのである。第一、私は自分で生活を支えるということをこの 上なく、生きがいのある、誇らしげなことに感じていた。 家の大きさや、庭の広さの問題ではない。人間にとって大切なのは、その目的を持っというこ とである。私のような古い人間は、目的を持たずに生きることは、実は不可能なのである。 けたはずれにお金持ちの家のお嬢さんがあって、そのひとが又、どこかの会社の経営者の御曹 子のところへお嫁に行く話をきかされたことがあった。 親が何もかも用意してくれてしまうのだという。今どきそんなおとぎ話みたいなことがあるの ですかと聞いたのだが、二百坪の土地に四十坪の家をたててくれて、銀器やうるしの食器をそな え、ダイヤの指環やミンクのストールも幾つかあって女中さんと外車をつけてもらって新夫婦は できあがるのだという。 皆、初め羨しがったが、そのうちに次第に憐れみを覚えてきた。 「楽しみがないわね、それじゃ」 と一人が言った。 「そうよ、毎月、食器を揃えていくなんて楽しいですものね。そういうお楽しみがないなんて、 ↓ 88

も又若い人々に理解がある、というポーズが好きだから、子供たちの恋愛に反対する親たちとい うのはよほどものわかりの悪いやつだ、という言い方をする。 だからもし若い人々に本当の恋愛の味を味わわせたかったら、親たちも友人たちも、こぞって 彼らに反対すればいい。かって社会の掟や戦争があった時代には、愛し合っている男女がどうし ても結ばれないというケ 1 スがあった。今の日本には戦争もない、社会の掟もない。恋人たちに とってはともに乗り越えるべき何の苦難も本質的にはないのである。そこで恋は溶けかけのアイ スクリームのようなだらけたものになり、「愛の不信」などということがもっともらしい表情で 言われるようになるのである。 愛と憎しみとは同質の感情 大を人間なみに可愛がる人がいる。 南極越冬隊が、タローとジローの二匹の犬を南極に置き去りにしてきたときの、愛大家の怒り はすさまじかった。なにも 、、い加減に忘れて置いてきたのではない。助けようとしても天候そ の他の状態がそれを許さなかったのだ。あのときは、しかも二匹の犬を鎖でつないだまま置き放 げつこう したというので、いよいよ愛犬家たちは激昻したのである。 122

下心があるのではないかと思う。 それより、夫婦の肉体的な愛の表現というものがもしあるとすれば、それはアンマをすること であ「たり、手の届かない背中のかゆいところを、適確にかいてやることではないかと私は思う。 「もう少し右、もう少し背骨より、そう、もう少し下」 などと言われながら、まるでクレーターだらけの月面のようなうす汚い背中に、ぶつんとれ ている小さなかゆみの根源を探りあて、そこをきゅっと押してもらうと、「ああ ! そこだー と人間は生き返るのである。いくら・ ( ーのホステスが優しいからといって、背中がかゆいときに いちいちシャツを脱いでかいてもらう訳にもいくまい。第一、そうした美しい女性たちの手の爪 は長く伸び過ぎていて、虫くいあとをかいてもらうには鋭すぎる。 性そのものも問題だろうが、人間の欲求は、も「と広汎なものである。食べること、眠るこ と、暑さ寒さに対して : セックスの満足さえあれば、それで事足れりというのではない。精 神的な愛というものは、いわば、そうした ( 性をふくむ ) 原始的な共同生活の労りの上になり立っ ものである。それをなおざりにしていて、精神の愛もあり得ないであろう。 悔むことのない性 いたわ