「でつかくなるとも。しようこを見せつからこっちさ来てみろ ! 」 父の自慢げなことばにさそわれて、太一は温室の中へ入った。そのとたんであった。 「ばか。足元を見ろ、足元を ! 」 父が何事かと思うほどすごい勢いでどなった。 足元を見ると、一株の小さな植物を踏みつけていた。 「なんだい、こんなちゃっけえ ( 小さい ) もん。」 「なんだと。そいつあスイカの苗だ。この世で初めて、ま冬に育ってるスイカ様だい。 それをふんづけやがって、このばちあたりめが。」 「痛えってかい、血が出たってかい ? 病気のかあちゃんをほっにらかしておいて、よ くもそんなことがいえたもんだ ! 」 太一は、たった今、父の仕事の意味がわかりかけたのに と思うと、よけいに腹が 立った。腹立ちまぎれに表に出た。 太一が表に出たとたんである、太一は、身もすくむような光景を見た。鳥屋の猟犬 が、太一の兎をくわえてまっしぐらに走って来たのである。太一は、とっさに猟犬を追 19 ]
食べるのにはいいあんばいだ。 水 , ーー , 、水もだいじようぶ , 父の使っていた古い弁当箱に、一 リットル以上は入る急須型の水さしを満タンの水 の中で、弁当箱に入れて、さかさに引き上げたのだから、水が減って吸ロ以下になれば ほきゅう 自動的に補給される。あおみの物だって、なつばをひとっかみ入れた。これだけの準備 るす があれば二日や三日留守にしたっていいくらいだ。 ( それにしても、また、ヘビにのまれるといけないな。 ) 信也は、去年、ゆだんをしてひょこをへビにのまれてしまったくやしさが、いまだに 頭の中にこびりついている。水槽の中に入れておけば絶対にだいじようぶだと思って も、なかなかよしという気持ちになれない。 ( そうだ、少しだけすきまを残して、あとはべニヤ板をかぶせてしまおう。その上に重 い石を載せておけば、犬や猫にだってやられないだろう。ガラスの水槽だから、明かる さは心配ないんだから。 ) 信也は、次々にひらめくすばらしいアイデアにわれながら感心した。 ペんとうばこ ゼったい きゅうすがた 202
: かあちゃんに付いててやんねえと : ・ : ・。」 と、太一は口から出まかせに返事をした。 すると、母が、 「かあちゃんのことならもう心配ねえよ。医者を呼んでもらったご恩がえしだあな。お 供してくるがええ。」 っこ 0 をス これではもうことわりようがない。太一は不安な気持ちをこらえて、鳥屋について行 ぞうきばやし った。冬の雑木林はさびしい。枯草と落ち葉で寒々とした風景だ。かさりかさりと一足 ごとに鳴る落ち葉の音が、悲しく胸をさした。 時折り野鳥をうち落としながら、三、四十分林の中へ入って行くと、小学校の運動場 ぐらいの広さの原つばがあった。太一の腰のあたりまで伸びた雑草が、そのまま枯れ草 になっている。それがところどころで途切れて、地面が顔を出していた。 「いいあんばいだで。ここでおっ放せば、草むらから草むらへと逃げるから、そのすき をねらってうてばいい。 兎を放しに行くから、こいつの首輪をおさえててや。」 185
「何 ? 」 「なんでもいいからさ ! 」 時夫は、面会所へ行った。 「ビロちゃん、だいじようぶそうじゃないか。」 「うん。だったら何 ? 」 「信くんのひょこのこと、タベおとうさんたちが話してたよ。」 「だからさ、それがどうしたんだよ。」 「ぼくがビロちゃんをみててやるから、行ってみて来いよ。往復六時間あれば行って来 れるだろう。そうすれば、お母さんには仕方がないとしても、おとうさんの方はきっと どいじようぶだよ。」 「ないしよじや行けっこないよ , 「どうしてさ ? 」 「電車賃がないもん ! 」 「いくらかかる ? 」 ゅう 221
「半分くらい、半分くらい日が当たってたと思う。」 「ぼうしは ? 」 「かぶってない。」 その時、本部から連絡が入った。 「 : : : 市立病院はだめだ。国立病院で待機している。そちらへ向かってください。どう 「五号隊、国立病院に向かいます。どうそ。」 「ご苦労様 ! 」 救急車は、行き過ぎた道を急いでターンした。 そういう間にも、広子ははつひつはつひっと、苦しそうな息をしていた。 救急隊員は、広子の手首を握ったまま、じっと脈をとっていた。 信也は、病院でも医師から救急隊員に聞かれたことと同じようなことを聞かれた。信 也は、そのたびにつらい思いをした。 216
教わったけど、今まで病人が出たってためしがないもん。まじめに守っているのは、小 っちゃい子たちぐらいのもんさ。」 時夫の言うとおり、広子と遊んでいた子たちが、ちょろちょろとかけて行くのが見え 広子は、放送の意味がよくわからなかったらしく、一人取り残されて砂遊びに熱中し ている様子だった。 信也は、何か悪いことでもしているようなうしろめたさを感じたが、そのまま、時夫 とキャッチボールを続けていた。 ちょうどその頃、太陽がやや西に傾きかけて、ひょこの入った水槽を照らし始めてい 水槽の中の温度は、ぐんぐん上昇するのに、ふたのすき間が狭いので、外へ逃げよ うがない。ひょこたちは、しだいにむし暑くなってくるのを感じて、落ち着かなくなっ て来た。 じようしよう 208
と、太一は涙ぐんだ。 鳥屋は、あわてて 「悪りい、悪り 無理をいって悪りかったな。」 と、頭をかきかき帰って行った。 鳥屋は、その後、ふつつりと太一の種兎を欲しがらなかった。太一は、いつの間にか そんなことのあったことを忘れていた。 ところが、その年、寒さがきびしくなるにつれて、母の病気が重くなって来たのだ。 ほっさ 母は、発作が始まるとおなかに手を当て、体を二つに折りたたむようにして痛みをこ らえた。その母のひたいには、汗が玉になってゆれた。 そんな時、太一はどうしようもなくて、ただせなかをさすってやることしかできなか った。そういうことがしばしば起こるようになっていたのである。 そんな、ある朝のこと。 母が、また、両手でおなかをおさえて顔をゆがめた。 「かあちゃん、あんとん ( なんとも ) ねえかい。」 179
信也は、これから e 市にある母の生家へ、家族そろって遊びに出かけるところだ。一 刻も早く出発したいのは信也の方だが、この暑い最中にバスや電車を乗りついでと。ほと ぼと行くのかと思うと気が重い。それに、いざ家を留守にするとなると、飼育中のひょ このことが心配で、なかなかふんぎりがっかない。 さっきから、ワラ小屋にもぐり込んでひょこの安全対策をいろいろと工夫していると ころだ。 「だから、うちの自動車で行けばいいのに。たった一台で、この広い空がどうなるって こともないでしよ。 もうちよと待ってよ。」 と、信也はいかにも子どもつばくさからってはみたものの、しよせんは六年生の男の だか 子、声変わりが始まっていて、かん高い声が出ない。信也はあわててひょこを入れた水 槽に金網をかぶせた。水槽は縦四十五センチ、横八十センチの大型だ。その中に五羽の ひょこを入れてある。 五羽のひょこは、信也が敷いたばかりのなじみの悪いワラに足を取られながら、ゆで こぶんからっ 卵をついばんでいた。ゆで卵は五箇分、殻付きのまま二つに割ってあるから、ひょこが そう ご 201
と、時夫はあきらめた。 「おじさんにだよ ! 」 おじさんは、すぐに電話に出た。 「もしもし。 あ、お前か。広子はどうだ。 : そうか。こっちは光化学スモッグ警 : ばかな、こっち 報でてんやわんやだ。信也はどうしてる ? 何、こっちだろうって ? ・ からは朝出たっきりだよ。 : うん、うん。じゃ、時くんにちょっと聞いてみる。この まま、待ってられるかい。 ・ : あ、そうか。それじゃ、五分したらかけてくれ。じゃ。」 おじさんが受話器を置いた。時夫は、おじさんとおばさんが、電話でどんな会話を交 わされたか、おおよそ察しがついた。もう、すべてを告白して、これからどうしたらい いのか、大人の判断を待っしかない、と覚悟を決めた。 「おじさん、ごめんなさい。 実は、信くんは、ひょこが心配になって、いなかへ行 きました。。ほ、ぼくがすすめたんです。ごめんなさい、ごめんなさい ! 」 「そうか、そうだったのか。こんなことがなけりや、お礼を言わなけりやいけないとこ ろなんだけど、ちょっとむちゃなことになってしまったから、それだけは言ってやれな かく′」 234
。ヘット病院で手当てを受けさせてやってちょうだい。」 「だめなんだって、そういうのもー。」 と、正太の声が泣いた。そして、泣きながら説明した。 ぼぎん 「自分たちで募金してもいいかって聞いたんです。そうしたら、校長先生が、兎がけん ふえいせい かで死ぬなんてことは絶対にない。ただし、回りが不衛生だとばいきんが入って化膿す ることがあるから、傷口の手当てをしつかりするんだ。もし、死んだら手当てが不十分 だったと思ってあきらめろ。その代わり傷がなおったら君たちは動物外科の名医だ ちりよう そういわれたんです。だから、・ほくたちブラウンの傷の治療にかけます ! 」 びようとう 「そう、すてきね。それじゃ、ここはあなたたちの外科病棟ってわけだ。それじや病院 長は正太君、看護婦長は久美さんということになるのかな ! 」 「うわあ、すっげえ ! 」 いま泣いた正太が、もう笑った。 なお ブラウンは、なんとしても治りたいと田 5 った。 ミミーだって、きっと喜んでくれる。そうした 元気になって退院して行ったら、 かのう