手術 - みる会図書館


検索対象: 転校生と土地っ子ら
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1. 転校生と土地っ子ら

大倉先生は、手術のあと、確かに完全に切除できたといった。その手前、自分から言 い出せないことが起きたのだろうか。 「わたくしからお話しましよう ! 」 と、婦長がいった。 「病気の部分を切除することについては、文句なしにうまくいきました。その点、治療 会議で全員が一致しています。」 「と、おっしゃいますと ? 」 亮平は、とがめるような口ぶりでいった。 「放射線科の医師から、予防のために左の甲状腺をつぶしてしまう必要があるという 意見が出されたんです。」 「予防のためにですか ? 」 「そうです。と、 しいますのは、甲状腺の癌の場合、片方だけ切除した患者さんの六 十パーセントの人が、もう片方に癌が飛んでいるという統計の数字があるんです。つま り、今のままでは、四十パーセントしか安心していられないということになるんです こうじようせん 273

2. 転校生と土地っ子ら

「たいてい、予定以上の手術が必要になるんです。この間も、乳ガンの手術を二時間ほ きがる どでやれるからって、気軽に手術室に向かった患者がいました。その患者さんは、六時 間くらい手術室から出て来ませんでしたよ。」 「どうしたんですか ? 」 「乳ガンて、案外恐ろしいですな。乳腺が胸から腕の方まで伸びているから、それを伝 わって癌が広がって行くことがあるんだそうです。それで、疑いのあるところは、先の 先までたぐって行くんだとか。その患者さんは、麻酔から覚めたら、ここからこっちの 方まで手術されていたってわけですよ。」 患者は、そういって、自の胸から肩を伝わって腕のあたりまでなでて見せた。 むなさわ 亮平は、その話を聞いて、恐ろしい胸騒ぎを感じた。 もう、何十回この音で腰を浮かせたことだろう。腕時計で計算すると、四時間になん なんとしていた。 「お母さんた ! 」 あんがい 263

3. 転校生と土地っ子ら

「やつばり癌だったのでしようか。」 「癌だとは言えません。しかし、癌でないとも言えません。」 「手術しないとわかりませんか。」 さいばう 「病気になっているところから、細胞を取って検査をする方法もあります。しかし、こ の方法だと、もし、癌であった場合、危険があります。癌細胞を途中で健康な細胞にふ れさせないで取り出すことができないのです。病気の部分を完全に切り取ってしまうの さいぜんさく が最善の策です。」 「癌でないことがはっきりした時は、どうするんですか ? 」 なお 「病気になっている甲状腺をとってしまいます。薬ではなかなか治りませんが、手術で なお したら一週間で治ってしまいます。」 「手術は安全でしようか ? 」 「安全でしたら、わたしの判断だけで手術してしまいますよ。」 大倉先生は、そういって立ち上がった。 とうし そして、線写真を透視台に載せて、病気の部分の説明を始めた。 253

4. 転校生と土地っ子ら

ね。ただし、これは放射線科の意見でして、大倉先生はじめ外科の意見は切除した患部 の状態からみて、左の甲状腺に飛んでいる心配はない、といって対立しているんです。」 「ということは、もう一回手術を受けることになるんですか ? 」 「手術はやりません。」 と、大倉先生がきつばりといった。 「手術はやりませんが、放射線療法で飲み薬を飲むような方法で甲状腺をつぶしてしま う方法が開発されているんです。」 「それじゃ、大倉先生はどうして反対されるんですか ? 」 亮平の質問に、大倉先生は目をかがやかせた。 「そこなんです。」 と、大倉先生は、問題点を三つつあげた。 一、甲状腺を全くなくしてしまった場合、健康に必要なホルモンを外から補わなければ ならない。 一「放射線療法による場合、頭髪が抜け落ちる、骨がもろくなるなどの心配がある。 とうはっ おぎな 274

5. 転校生と土地っ子ら

亮平は、手術スタッフにおじぎをした。 奈恵の手術は、順調にいけば三時間半位だと聞いていた。ところが、三時間半に近づ いても、何の動きもない。亮平も光一も、面会所のソファーに腰かけて、じっと、エレ べ 1 ターの扉を見守っていた。洋介は、時々、奈恵の病室を見に行って、「病室にもも どっていないよ。」と、報告していた。 「だいぶ手間どってますなあ。」 かんじゃ 近くでたばこを吸っていた患者が声をかけてくれた。 「三時間半と見込んでいたもんですから、それからが長くて。 んです。」 と、亮平は、また腕時計を見た。もう、四時間十五分たっていた。 「ここで手術を受ける病気は、予定が予定にならんのですわ。」 と、患者。 「どういうことですか ? 」 もう、四時間過ぎた 262

6. 転校生と土地っ子ら

実は、今日、妻の奈恵が Z 国立病院へ行って、のどのふくらみを手術するか、あるい はこれまでどおり飲み薬を続けるだけで済むか、どちらかの診断をもらって来ているは ずである。もし、飲み薬を続けるだけでいいといわれていれば、これまでの状態と変わ りはない。しかし、「手術の必要あり」と言われていれば大変だ。「手術」ということ がん は、のどのふくらみは癌による疑いが強いーという診断であって、妻が健康になる見 通しは、深い霧の中にかくれてしまう。それを思うと、早く結果を聞きたい気持ちと、 少しでも先にのばしたい気持ちとがからみ合って、どうしても自然な言葉が出て来なか っこ 0 しかし、奈恵からはいっこうに言い出しそうもない。亮平は、次第に息苦しくなって 来た。 「なあ、結果が悪かったのかい ? 」 奈恵は、はりつめていた気持ちがいっぺんにふっ切れたらしく、目に涙をうるませ きり しだい 247

7. 転校生と土地っ子ら

亮平の言葉に、奈恵は涙でこたえた。 奈恵の手術後の経過は順調だった。 きゅうにゆうそうち まず、酸素吸入装置がはずされ、間もなく声滴も打ち切られた。 ひどくかすれてはいるが、声も確実に回復している。声のかすれは、のどのはれがひ けばもっとよくなるといって、ムコヒリンの吸入をやってくれた。薬を水じよう気にし て、吸わせるだけのことだから、亮平にもできた。 さいぎん そうさ 洋服のままで機械を操作すると、外部からの細菌を持ち込む心配があるので、亮平 は、白衣を買って来て専用にした。 「お医者さんみたい。」 と、奈恵は笑った。 やがて、傷口をぬい合わせてあった糸も抜いてもらった。 手術後、一か月半たった時には、あるていど元気のある仲間のいる病室に移された。 そこでは、毎日、放射線治療室に通って、手術したところに放射線を当てるだけの治療 271

8. 転校生と土地っ子ら

択は、本人とその家族。どう ? 」 亮平は、ほっとした。大倉先生は、人が悪い。話してあるならある、と、そう言って くれればいいのに。と、亮平は心の中で笑った。 「なんた、まだ知らないと思って心配しちゃったよ ! 」 と、ふりむいたとたん、奈恵がべッ トの上に顔を押しつけて泣いた。 奈恵は、たくさんの医学書を読み、癌にかかった人の手記を読み、人から話を聞いて 得た知識を結集して、自分なりに出した結論だったのである。それがすべて正解であっ たことが悲しかった。奈恵は、さらに先の先の方まで、すでに答えを用意してあるのだ ろう。その答えも満点だったらーーーーと思うと、泣かずにはいられなかったにちがいな 。奈恵は、もちろん、手術を選んだ。 そして、いよいよ手術をする時がせまった日、亮平は、ふたりのむすこを連れて、病 院へ行った。奈恵はすでに手術衣姿だった。 奈恵は、最初のうちむすこたちに毎日の生活上のことをことこまかに注意していた。 それが済むと、 257

9. 転校生と土地っ子ら

「奈恵、よかったな。手術、終わったよ。」 「さ、坊っちゃんたちも ! 」 と、婦長。 「お母さん、起きて ! 」 「お母さん。光一、光一だよ、お母さん ! 」 いいご家族で・ 「谷丘さん、 と、沢井さんが声をつまらせた。その声につられて、洋介がわっと泣き出した。 「沢井さん、仕事でしよ。」 婦長にたしなめられて、沢井さんがまた声をしぼり出した。 「谷丘さん、手術、終わりましたよ ! 」 その時だ。 奈恵が、とろんとした目を開けて、 「ガイ、・ゴホウ : と、まるでけもののような声をあげた。 266

10. 転校生と土地っ子ら

「うん。 「光ちゃん ! 」 「なに ? 」 「お母さんがいったこと、頼むわね。」 奈恵は、二人の手をいとおしむように重ねた。 「うん。 だから、お母さんもがんばって。」 「うん。心配しないで待っててね。」 奈恵の目のかがやきが薄れて来た。そこへ手術衣で身を固めた手術スタッフがやって 来て、奈恵の乗ったストレッチャ 1 を取り囲んだ。 「あなた。」 と、奈恵が呼んだ。 が、奈恵はもう神経がもうろうとしていた。 亮平を見る目に、もう、カがない。 「結構です。お願いします ! 」 こう なあに、お母さん。」 261