横一列に食卓を五つ並べて、奥の八畳の正面に青木さんが座り、その左におばあさん、 かって 右に大介、おばさんはお勝手に一番近い所に座った。正男は、表庭を背にして、おばさ んと向き合いに座ったので、青木さん越しに奥庭の植え込みが、ガラス戸の向こうに見 えた。 青木さんの頭の上のカモイには、五人の肖像が掛けられていた。 向かって右の奥の方の肖像は、着物姿の白いあごひげをはやしたおじいさん。おじい ぐんぶく さんの写真は、白っぽく色あせている。その隣りには、軍服姿のりりしい兵隊さん。兵 くんしよう 隊さんは、軍服の肩や胸のところに、たくさんの勲章がついている。その隣りには、べ レー帽をかぶった海軍兵が二人続いている。いかにも「今日は ! 」とでもいっているよ うに、かしこまった敬礼をしている。 一番左の肖像は、黒の紋つきの羽織姿のおじいさん。何かお祝い事のあった時に写し た写真らしい 正男は、それらの写真を眺めながら、だまって食事をしていた。 だんらく やがて、みんなの食事が一段落したところで、青木さんにたずねた。 はおり しようぞう おもてにわ
いった。正男はあわてた。 「先生。学級会は明日じゃないですか ? 」 「いや、少しわけがあって、繰り上げだ。それとも、何か、明日でなければ困る理由で もあるのか・ : ? 」 「いえ、そういうわけじゃないけど : ・ : ・。」 「ならば、予定どおりだ ! 」 あおきだいすけ 学級会は、いやおうなしに始まってしまった。議長は、学級委員長の青木大介、副議 たしろたかこ 長は、副委員長の田代孝子である。二人とも千葉っ子だ。このままでは、転校生のだれ かがわなにはめられてしまう。 正男は、転校生仲間に、千葉っ子のはかりごとのあることを知らせなければならない。 「それでは、これから学級会を始めます。」 と、青木議長。 「質問。質問していい ? 」 「学級会の進め方でかい ? 」 と、
八月十五、十六日のホームスティは、とても楽しかった。楽しかったというよりも、 忘れられない思い出ができた。 正男は、青木さんの家に泊めてもらった。 とうちゃく 夕方、青木さんの家に到着した時には、すぐ近くから、盆踊りのはやし太鼓がドンド コドンドコと聞こえていた。 「大介、盆踊りの会場は、近くなのかい ? 」 うし けいだい 「うん。うちのすぐ後ろが神社で、そこの境内でやるんだよ。」 せんぞ 「お盆は、先祖をまつるって聞いてたけど、神社でやるなんて、おもしろい取り合わせ だね。」 「ここは、神仏一体なんだって。だから、神社の裏に釈迦堂もあるよ。」 「へーえ、めずらしいんだね。」 「明るい内に、見に行くかい ? 」 「うん、みんなで行こうよ。」 し J ー、 大介は、得意になった。 うち しんぶついったい しやかどう
んねえかい。それで、おらんちと、今野んとこの本家と分家で、三軒に分かれて泊まっ幻 てくんねえかい ? 」 青木さんは、そのままのかっこうで、竜子の家と三郎の家に頼みに連れて行ってくれ こころよ どちらも快く承知してくれたが、はたして実行委員会で賛成してくれるかどうか。 よしんば、実行委員会で承知してくれても学級会を通過させることができるかどうか、 かぎ それが鍵だ。そこさえ通れば、やり方は子どもたちにまかされているのだから、学校は 文句をいうはずがない。 次の日の放課後、正男は、実行委員会を開いた。 出席者は、堀川正男、園山静江、塚本哲也、青木大介、それに副委員長の今野三郎と 今野竜子の六人である。 とっゼん 「突然、実行委員会をもったのは、今年のサマースクールは、去年までと違うやり方を してはどうかと思ったからね、それで相談しようと思って。」 こ 0 ほうかご そうだん ほんけぶんけ つうか
一一、転校生にとっても、一年生からずっと一緒にこの学校で過ごして来た人でも、親せ きのようなっきあいをすることは、とてもよい経験になるだろう、ということ。 三、転校生は、本当にこの町の姿に接する機会は、この機会でないと持てないこと。 四、ホームスティについてのむずかしい話は、校長先生が、保護者に話してくれること になったこと。 この四つつです。」 「質問 ! 」 三太の手が上がった。 「だれんちへ泊まんの ? 」 「青木さん、今野さんの本家と分家。 「質問 ! 」 孝子 ! 」 「どうせやるなら、盆踊りの晩やればいい。 「質問 ! 」 ほんとう ほんおど だから、十三人ずつ。」 しん 8
と、推せんリストをあげたのは、杉山三太。千葉っ子である。大介を余興に持って来た のは、それなりにこんたんがあるに違いない。 「議長 ! 」 正男は、手を上げた。手を上げずにはいられなかった。 「正男 ! 」 「おれも、推せんする。委員長に大介。衛生に竜子。食料に三太。余興は孝子 ! 」 「ほかに、 いない ? 」 と、大介が教室を見回わした。みんなだまっている。 「それじゃ、決 ! 」 議長は、一人ずつ名前を呼んで挙手させた。 その結果、三十九人中、 こうほ 委員長候補堀川正男二十五票 青木大介十四票 衛生班長園山静江二十五票 けっ きよしゅ
「な、なにをする ! 」 と、三郎は身構えようとした。しかし、身構える間もなく押したおされ、ふろしきのよ うな物で顔をおおわれてしまった。そして、彼等は、三郎の頭といわず顔といわず、と にかくめった打ちにして来た。彼等は、そうして三郎をなぐりながら「スパイ ! 」「裏 切り者 ! 」「こうもり ! 」と、にくにくしげにどなった。その声の中には、確かに聞き おぼえのある青木大介の声があった。 「ちくしよう、大介のやっ ! 」 と、三郎はずきんずきんと痛む頭に手をやった。すると、ぬるりとすべるようななまあ たたかいものが手にふれた。 と、三郎はうめいた。 とうこう 次の日、登校して正男は心臓が止まるかと思うほどびつくりした。 三郎が、頭にほうたいをして、顔にばんそうこうをはっていたのである。 「三郎、どうしたんだ」
今野竜子十四票 食料班長塚本哲也一一十五票 杉山三太十四票 余興班長青木大介三十六票 田代孝子三票 となった。 「それじゃ、委員長に正男。衛生班長は静江。食料班長は、塚本哲也。余興はおれ ! こ ういうふうに決まったよ。あとのことは、実行委員会を開いて考えな。 それから、 おおす みんなは、どの班に入るか班長に希望を出して、多過ぎた場合は話し合いで分かれるん 正男は、こうして、あれよあれよという間に、サマースクールの実行委員長にまつり しめい 上げられてしまった。副委員長は、委員長が指名することになっていたので、これ幸い と今野三郎と、今野竜子を指名した。竜子と三郎はいとこ同士だと聞いていたからだ。
「おじさん。おじさんの後ろにある肖像は、大介君の先祖の人たちですか ? 」 「ま、そんなもんだな。 ーー大介、おめえ、みんなに説明してやれ。」 大介は、てれながら立ち上がって、一番奥の肖像から説明してくれた。 「だいぶ色あせちゃったけど、この人が、この土地に住みはじめた最初の人 : : : なのか な ? 」 と、青木さんの顔を見た。 「もっと前の人もいるはずだけど、写真がない時代だからな。」 にちろ 「ーーー次が、この写真でいえば、このうちの二代目ってとこかな。日露戦争に出たっち たいへいよう ゅうから九十年ぐらい前の写真。次がひいおじいさんで、水兵として、太平洋戦争に出 て戦死したっちゅうからかれこれ四十五、六年前。 その隣りの水兵、ひいおじいさんと同じぐらいの年に写ってるけどおじいさんの弟。 やつばり太平洋戦争で戦死したんだって。最後は、うちのおじいさん。二年前に亡くな おばあちゃんは、このとおり元気 ! 」
地で生まれ、この土地で育ったみなさんが、もっと、先に立って新しい学校を作って行 くことが大切だと思います。そこで、提案です。 一、一組の児童会長には、青木大介君を推せんしよう。 一「二組の児童会長には、今野三郎君を推せんしよう。 一組にも二組にも、旧校舎出身の仲間は十九名います。過半数には二名不足です。み んなで力を合わせれば、二名ぐらい味方につけるのは簡単です。」 正男は、自分でもびつくりするほど、堂々と話していた。 「賛成 ! 」 「がんばろう ! 」 正男の意気込みに押されたのか、だれも反対しなかった。 児童会役員の選挙は、それから三日後に行なわれた。 選挙の結果、一組の会長には堀川正男本人が選ばれてしまった。正男が大介を推せん した時、大介が、 くっ 「正男っていいやつだよ。四月からのつき合いだけど、おれたちのいじ悪にも屈しなか かはんすう