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検索対象: 鎮魂歌
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1. 鎮魂歌

「先生がご気分を悪くなさるといけないと思いまして、もうこの頃は、 " 謎の女″のことはかか ってきても申し上げないことにしております」 勝沼は布団の中に腹這いになって煙草を吸いながらいった。 ある日、勝沼と私は小田原にいた。 「ワイフのやっ、知っているんだ、ばくらのこと」 「挈よっ」 私は鏡台の前で櫛を使いながらいった。 「そうだと思ってたわ」 ムま、つこ。 「だって、始終、電話がかかってくるもの」 「電話 ? 」 勝沼は驚いたようにいって、首をもたげて鏡の中の私を見た。 「本当かい ? 「しよっちゅ , つよ」 「何だっていってくるんだい ? 」 オカいっ帰るかって : : : それてこ 「私がいるかって聞いて、いないっていったら、どこへ行っこ、、 っちから名前を聞くと切ってしまうんだって。家政婦は " 謎の女〃と呼んでるわ。それ、きっと

2. 鎮魂歌

「で、彼は何といってるの ? 」 : 何ともいって来ないのよう : 「何もいってない : 珠夫は暫く考えた。珠夫が考え込むと私は不安になった。私は叫んだ。 : 別れるにしても、 「ねえ、このままじや仕事が出来ないのよう。ご飯も食べられないのよう : こんな喧嘩別れみたいなんじゃいやなの。こんな生殺しみたいなの、もう我慢出来ない : 明日渡す原稿があるのよう、どうすればいいの : : : 」 珠夫はいった。 「じゃあ、ばくが電話をかけてやろう」 私は珠夫を見た。 「、い配するな。必す今日中に電話がかかってくるようにしてやるよ」 珠夫は私を見て励ますようにいった。 「彼だってきっと迷ってるんだよ。郁を嫌いになったわけじゃないさ」 歌「ちがう、嫌いになったんだ。嫌いになったから奥さんと仲直りしたのよう」 魂「昨日まで出刃包丁を布団の中へ入れていた女と急に仲直り出来るわけがないよ。彼も今頃苦ー んでるんだ」 珠夫は煙草の吸殻を灰皿に入れた。私はとり縋るように彼を見上げた。 すが

3. 鎮魂歌

132 眺めてる名司令官のような落ち着きがあった。 「時期ですって ! あなたはいつもそういったわ」 私は叫んだ。 しいながら、損ばかりしてきたのよ」 「時期を見てる時期を見てると、 そう叫びながら、私は珠夫の平静さに一縷の望みを抱いて電話を切った。珠夫が私に持てる説 得力は、弁舌の力というよりは、どんな時も変らぬその平静さにあったといえる。 翌日、後藤は塩尻から帰って来たといって私の家へ来た。 「いやはや、今回という今回はマイりました」 彼は私から疑惑を持たれているかもしれないと疑う風もなくいった。 「私が行ってみますと、森林組合の係の男が交通事故で入院しておるんでございます」 「なんですって ! 今度は交通事故ですか」 「はい、胸をやられておりまして、茅野の病院に入院しているというので、茅野までタクシーで 駆けつけました」 「そういたしますと、繃帯のバケモノのようになっておりまして、昏睡状態で」 「係の人が倒れても森林組合は倒れたわけじゃないでしよう ? 」 「それが森林組合と、 しいましても三人しかおらんのでして : : : 金庫の中に、松本信用金庫に渡す

4. 鎮魂歌

集英社文庫最新刊 はし 田 錬 死生 ( 上 ) 明中 晰国 し代 な春 みの 英秋 を家 雄時 ぶ代 吹失 ては を雄 現大 人か れた 出な て根 す構 原ゴ 題革 えで を衝 えと 者あ 追突 ぐ密 が時 へり る輸 こ転 キ大 野ー と流 のた 繰変 すれ 心 長刺 る身 セ青 る典 ジの 藤 本 義 む ば 朝 郎生 を涯 た 実っ おた ま日 せの て反 あ乱 らグ ) わた すめ リ ル塩 文平 庫八 五 木 寛 之 れ て 日 々私 をは .. 故 風郷 浦 綾 家 憎現 の の 、何 罪 グ ) 間 作愛 欲の 意駐 る家 する 求す 石 原 虫 の ク イ ンば とっ ヒと 春た の銀 ェ座 ネへ ー出 にす あ湘 ぃ南 れマ るフ 痛イ 快ア 長の 編ゲ 曾 野 綾 オ 丁、 せ政 て情 描不 き安 日中 移米 民の の国 っ 若 な し 草 で 円 地 史 小 町 相 と愛 現欲 代の を修 わと わ妖 せし てく 演ら の女 世心 界の 広 田 本 の よ 話 か豊 せか るに 民ゆ 了・る にや 乾に た茫 愛漠 のと ーし 瞬た 国 第 部 描 明 の お 編 阜 阜 か の ま 田 衛 19 日 丁 る日 自本 ・然経 を済 彼支 のる 生商 活社 とマ 意ノ 見の を海 通外 し勇 て飛 描と 快荒 作鹿 く 成 伊 の 子 れ旅 る芸 佳人 編の 他踊 トよ 六せ 歳る の淡 記恋 等を 初描 期い 傑て 作旅 を情 収あ

5. 鎮魂歌

144 私の胸は熱くなった。 「子供は親爺を不潔な人でなしだと思っている。それ以上に母親が汚い女だったということを知 ったらきっと家出するだろう。自殺するかもしれない。ばくの娘はそんな娘なんだ」 「じゃあ、あなたひとり悪者になって憎まれたままなのね。それでいいの ? 」 「やむをえない」 勝沼は、つこ。 「それだけは父親としてばくがしなければならないことだと思うんだ」 いいたい言葉がどっとロもとに集まるのを私は押えた。勝沼は私の方へ椅子を引き寄せて私の 手をとり、温かい大きな厚ばったい手と手の間になだめるように挾んだ。 「何が食べたい ? 」 彼は微笑した。 「食べたいものをいってごらん」 「何も : ・・ : 食べたくない」 私の声は籠った憤怒のために 「どうしたの ? いってごらん」 勝沼は、つこ。 「怒ってるのかい ? 郁ちゃん」 くぐもっていた。勝沼は困ったようにじっと私を見ていた。

6. 鎮魂歌

「今後、私を甘くみることはやめていただきます ! 」 私はやっと口をつぐんだ。珠夫は煙草を灰皿の中へ入れた。私はこれから出るであろう珠夫の 一一一一口葉に対して身構えた。珠夫はいった。 「じゃ、また来るよ・ーーー」 身構えた私は呆気にとられて珠夫を見た。 「よく考えて、二、三日うちにまた来る」 それだけいって珠夫は立ち上った。 「何を考えるの ? 何を ? 誤魔化さないでよ ! 卑怯者 ! 」 私は叫んだ。その言葉で私は珠夫を罵ったのではなく、むしろ取り縋ったのだ。今、この場か ら珠夫に立ち去られたくなかった。珠夫は燃え立った私の怒りを鎮める義務がある。しかし珠夫 は静かに鈍感に ( 鈍感のふりをして ) 私をふり切った。彼は立ち上った。それを見て私は叫んだ。 「鍵を置いて行ってちょうだい , 鍵を ! 」 玄関の鍵と門の鍵は珠夫が私の家にいた頃の習慣のまま、まだ彼の手もとにあった。それがあ れば彼はどんな時間でも自由に私の家に出入りすることが出来たのだ。 珠夫は黙ってポケットを探り、鍵束から鍵を外して炬燵の上に置いた。彼は無表情だった。そ の無表情には怖ろしい深淵が口を開けていた。私はまざまざとそれを感じた。彼にとって、今一 緒にいる女は、何の意味もない存在なのだ。私は漠然とそれを感じた。それと同じように、私の

7. 鎮魂歌

4 ーティに出た。私がそういう席に出るのは、久しぶり 私は久しぶりである出版社の創立記念パ というより、殆どはじめてといってよかった。そこで私は一人の初老の男に声をかけられた。彼 はウイスキイグラスを捧げ、酔った足どりで近づきながら私の名をちゃんづけで呼んだが、私は 彼が何者なのか思い出すことが出来なかった。 「川添郁・ : ・ : 」 ・はいった。 「あんたは後家のがんばりという言葉を知ってるかね ? 」 「はあ、知っていますが」 と私はおとなしく答えた。 「あんたはそれだよ。川添郁。実に下品だそ。今日はそんないい着物を着てめかしておるが、そ の中身は下品そのものだ」 「そうですか」 仕方なく私はいった。すると相手はまた声をはり上げた。 「川添郁、あんたは自分の書くものをどう思っているか知らんが、あれは実にくだらんものだ」 私はその男を思い出そうとして、その顔をじっと見た。

8. 鎮魂歌

あまり前のことになる。 前年の春のはじめ、私たちは二十五年ぶりで福岡の空港ロビーで偶然再会した。私は講演旅行 の途次、勝沼は彼が勤めている役所の出張の帰りだった。彼は見送り人らしい数人の男に取り巻 ク年時代はやせたノッポだったが、そのノッポに五十年近 かれていて、いかにも偉そうだった。ト く生きて来た男の肉がついた大きな身体が、見送り人たちより頭の分だけぬっとっき出ていた。 彼が見送り人の頭越しに私の方をじっと見ているのに気がついた。私があっと思ったとき、彼は 進んで来た。 「郁ちゃんでしよう ? 川添の」 彼はなっかしさを目尻の笑み皺にあらわして、親しげな口調で話しかけてきた。 「ばくです。わかりますか ? 」 かっては眼鏡をかけていなかった勝沼は、今は太いべっこう縁の大きな眼鏡をかけていた。彼 は私の近況を聞いた。私が講演旅行の帰りだというと彼はけげんな顔になった。彼は私が名古屋 の外科医と結婚して、病院長夫人でいるとばかり思っていたのだ。仕方なく私は今はものを書い て生活していることを説明した。彼はしんそこびつくりした顔になった。彼は改めてまじまじと 私を眺めた。 「えらいんだなあ、郁ちゃんは」 ばくは今は役人をしていて、世の中のことは何も知らない男になってしまった、と彼はいった。

9. 鎮魂歌

139 鎮魂歌 夏の終り、私は勝沼と横浜の丘の上のホテルにいた。ホテルの窓からはプールのあるホテル ( 庭が見下ろせ、プールの向うには造船所の林立するマストと濁った海が見えていた。勝沼がヨ、 ロッパへ行っていたので私たちは夏の間、会うことが出来なかった。勝沼は元気がなかった。 じめ彼は、それをヨーロッパ旅行の疲れが今になって出てきたせいだといっていた。 「ばくの留守中は電話はかからなかっただろう ? 」 勝沼はいった。その顔に今まで私が見たことのなかった弱々しい微笑が浮かんでいるのを私「 見た 「電話 ? ああ謎の女の ? ええ、おかげさまで : : : あなたの飛行機が飛び立った爆音は休戦一 ツ。、、、こったわ」 勝沼は、つこ。 第四章

10. 鎮魂歌

翌日は日曜日だった。勝沼からの電話はかからなかった。夕方、私は珠夫に電話をかけた。日 曜日だが、仕事があるので五時までは会社に出ていると珠夫はいった。五時までに珠夫を掴まえ なければ彼に連絡がっかなくなる。珠夫はすぐ電話口に出て来て、 「ど , っした ? 」 「かからないのよ , つ」 「かからない ? 」 珠夫は驚いたようにいった。そのまま黙って少し考えた。 「じゃあ、もう一度かけてみよう」 「そうしてくれる ? 」 「すぐにかけるよ」 歌電話は切れた。それからすぐ、ベルが鳴った。 魂「息子らしいのが出て来て、今日はみんないませんっていうんだ」 珠夫はいっこ。 「夜になってからもう一度かけてみるがね。しかしそのうちに必すかかってくると思うよ。きっ