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検索対象: ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫
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1. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

公爵はリーザに「ばくには妻があるんです」 ( 公爵も魅惑的 ) 「それは冗談でしよう、冗談でしよう ? 」 彼女はシャートフ殺害の直後カルトウゾフのところへ 公爵は冗談のような振りをする。 逃走する。 もうその前にグリショフと会談していた公爵は、彼の住ん 第三編の中で。養娘の結婚は絶えず猶予なしに追求されでいるところへさがしに行く。 る。ネチャーエフはスチェパン氏を追い込んだ。滑稽な無神シャートフには公爵はすでに以前から予告しておいた。シ 論者ぶり。スチェパン氏とヴァルヴァーラ夫人の涙ながらのヤートフは彼に、あなたは貴族のお坊ちゃんだ もぎ放さ れている。ーーーあなたはほかの連中より高潔だ、耐えきれな 結婚の前日、公爵はとっぜん養娘に熱した調子で「きみは 、あなたは自然化されなければならない ( スイスで ) 推察 ばくに必要な人です」 する。 やしないご 養娘は思いもよらずスチェ。ハン氏を拒絶する ( スキャンダ ル、公爵は名声を傷つけられる ) 。養娘は突然リーザのため ドロズドフ「わたしは確信している、あれは単なる跛の女 に驚愕を感じ、彼が妻帯者であることを彼女に知らせる。 じゃなくて、そこには何か隠れている」 ーザは彼に身をまかせ、その後でシャートフのところへ、ま た騎士カルトウゾフのところへ。 麦に、 Rien de plus ( もう何もない ) 、公爵について、公爵 養娘が手を切った時、リーザはふいに狂憤に陥り ( 嫉妬のの後でヴァルヴァーラ夫人について、家政、不安、親友を失 ため、公爵に励まされて手を切ったと思っているからである ) った、スチェパン氏は怠惰な優越、美男子、これはこうして そして、今まで養娘と交渉を持っていないので ( 軽蔑に達起こったのだ。わが王子は四年間旅行をつづけた = シャート するまで ) 無我夢中で彼女のところへ駆け出し、彼女をぶつアについて「あなたが悪いのじゃない」 ( ? ) ところが、彼女から公爵は妻帯者であると知らされる。 「シャートフ君、やめてくれたまえ。ばくはこのことで びつこ ーザは ( 跛の女についての報知で ) 驚愕に達するまで発来たんだ」 一狂しそうなほどのショッグを受け、情熱的な素朴さで有頂天 ( そのとき大文豪のこと、跛の女のことを語る ) 丿ーザは跛の女のことをたずねた。 胙になり、前後不覚で公爵に身をまかせ、自分はどんなに彼を 愛していたかを徴に入り細をうがって物語る。ナイーヴさ ある祭日に。ドロズドフ家で ( 落ちつきなさい、ひとロお 悪 ( 公爵令嬢カーチャ ) 公爵の情欲の狂暴さ。ものにした あがんなさい ) ( 檄文、スチェパン氏が悪いのだ ) カルトウ 2

2. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

オ ! 」ひん「なんですって ? だれを手引きしたんですの ? 」 「女とい、つものは、とてもわかりつこありやしよ、 「へえ、いったいあなた方はまだごぞんじないのですか ? 」 曲ったような苦笑を浮かべつつ、ピヨートルはこうつぶやい 彼は巧みに驚愕の表情を示しながら叫んだ。 「たくは類のないほど正直な、優しい、天使みたいな人で「スタヴローギンとリザヴェータさんをですよ ! 」 「えっ ? なんですって ? 」とわたしたちはロを揃えて叫ん す ! 類のないほどいい人です ! 」 「とんでもない、知事公がいい人だってことは、ばくらに も : ・ : ・知事公がいい人だってことは、ばくも始終みとめて「じゃ、本当にごそんじないのですか ? ふゅう ! ( と彼は ロ笛を吹いた ) とんでもない悲劇小説が持ち上ったのです しいえ、一度だってそんなことはありやしません ! だけよ。リザヴ , ータさんがいきなり貴族団長夫人の馬車から飛 ど、もうその話はやめましよう。わたしのロの出し方もずいび出して、スタヴローギンの馬車へ乗り移ると、そのまま 「相手の男』といっしょに、スグヴァレーシニキイへ突っ走 ぶんまずかったのですから。さっきあの貴族団長の細君が ってしまったんです、しかも昼の日中にね。つい一時間ばか ね、本当に憎らしい、昨日のことで二こと三こと皮肉をいっ り前です。いや、一時間にもならぬくらいです」 たんですのよ」 わたしたちは化石のようになってしまった。が、もちろん、 「おお、あのひとは今きのうの皮肉どころじゃありません・ あのひとには今日の心配が別にあるんです。それに、あのひすぐに先を争って、くわしい様子をたずねた。けれど、驚い とが舞踏会に来ないからって、どうしてそんなに気をお揉みたことには、自分で偶然その場にい合わせたといってるくせ 事 に、彼は何一つ順序だった話ができなかった。とにかく、 になるんでしよう ? むろん、あんな醜事件にかかりあった 以上、けっして来られやしませんさ、或いはあのひとに罪は件は次のようにして起こったらしい。貴族団長夫人が『朗読 ーザとマヴリーキイを連れて、馬車でリーサの ないかもしれない。けれど、世間が承知しませんよ。もう手会』から、リ 母 ( 彼女は依然として足を病んでいた ) の家へ着いたとき、車 が汚れてるんですからね」 「なんですって、わたしよくわかりません。なぜ手が汚れて寄せから二十五歩ばかり隔てた小わきのほうに、だれかの馬 ザは車寄せへ飛び下りるやいな 車が待ちかまえていた。リー るんですの ? 」とユリヤ夫人は不審げに相手を見つめた。 霊 「いや、ばくは何も保証するわけじゃありませんがね、しかや、いきなりこの馬車のほうへかけ寄った。馬車の戸は開い ザがマヴリーキイに向かっ し、町じゅうのものが、あのひとの手引きだといってはやして、またばたりと閉まった。リー て、「勘忍してちょうだい ! 』といったかと思うと、ーー・、馬車紹 悪立てていますよ」 こ 0

3. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

だって、あなたをこんな境遇に落とした に、あなたもよくおなんなすって、何か恥すかしくないだけ恩なものですか ! このは、あの人じゃありませんか。あなたがよその家庭教師を しいじゃありませんか。そうすれば、・ の仕事についたら、 く僅かな間にシャートフさんへ、部屋代だの諸がかりだのをしてらっしやるとき、あなたと結婚しようという利己的な目 返せるわけですよ。諸がかりだって、ほんの知れたもんです的で、家の人と喧嘩をさしたのは、あの人じゃありません か。わたしたちも少しは聞いています : : : もっとも、あの人 からね : : : 」 は今も自分から、まるで気ちがいみたいに飛んで来て、往来 「わたしのいうのはそんなことじゃありません : ・・ : わたし、 一杯に響くほどどなりたてましたがね。わたしはだれのとこ あの人にそんな迷惑をかける権利がないんですの : : : 」 「そりや筋の立った、立派な公民らしい感情です。でも、わろへも押しつけがましく出かけはしないんですが、わたした もしシャートフさんが気ちちはみんな同じように、連帯の責任があると信じてればこ たしのいうことをお聴きなさい。 がいめいた空想家を廃業して、ほんの少しでも正しい思想のそ、あなたのためを思って来たんですの。わたしはまだ家を 人となったら、ほとんど何一つ失わないですむんですよ。た出ないうちから、このことをあの人に宣言したくらいですか らね。もしあなたがわたしに用がないとお考えなら、これで だ馬鹿な真似をしなきゃいいんです。仰山に太鼓を叩いて、 ごめんこうむりますよ。ただ何か不幸が起こらなければよご はあはあ舌を吐き出しながら、町じゅう駆け廻るような真似 をしなけりやいいんです。あの人は傍から両手を抑えていなざんすがね。しかも、そんなものは、わけなく避けることが かったら、夜明けまでにはこの町の医者を、大方みんな叩きできるのに」 うち 起こしてしまうでしようよ、まったく。さっき家の通りの大彼女は椅子を立ってまで見せた。 マリイはこうした頼りない身の上ではあり、またずいぶん という犬を、すっかり起こしてしまったんですもの。医者な 苦しんでもいたし、それに実際のところ、間近に迫った産 んかいりやしません。今もいったとおり、わたしがいっさ、 引き受けますよ。しかし、婆さんくらいは、手廻りの用に傭を思う恐れがあまり強かったので、彼女を帰してしまう勇気 がなかった。とはいえ、マリイはこの女がとっぜん憎くてた ってもいいでしょ , フ。しくらもかかりやしませんから。もっ とも、あの人だって、馬鹿な真似しかできないわけじゃなまらなくなった。いうことが見当ちがいだ。マリイの胸にあ い、たまには何かの役に立つかもしれませんわ。手もあれることとまるで違っている ! しかし、無経験な取上げ婆さ 電ば、足もあるんですもの。薬屋へ駆け出すぐらいは、してくんの手にかかって、命を落とすかもしれないという予言は、 れるでしよう。それつばちのことを恩に着せて、あなたの感ついに嫌悪の念を征服してしまった。けれど、その代わりシ ャートフに対しては、この瞬間からいっそうわがままになり、 悪情を侮辱するようなことはないでしようよ。それに、よに ; はた 13 ノ

4. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

ないんだぜ。きみにはなんの権利もないのだ。きみは品物を「帰りやしないそ ! 」とシャートフはわめいた。 ししか・ね、・も 「さあ、これを取ってくれたまえ。もう一枚。 オしかきみに それで話はおしまいじゃよ、 買っただけだ、 そんなことを要求する権利はない。ばくはどうしても、夜中う一枚あるだろう。もうそれより駄目だ。きみが喉の張り裂 力ない。どうしてそんな金けるほどどなったって、ばくは出しやしないから。どんなこ にそんな金をこしらえるわけに、、 とがあったって出しやしないから。出さない、出しやしな が手に入るもんかね ? 」 「きみはいつでも金を持ってるよ。ばくは十ループリひくとい ! 」 っこじゃよ、 彼は前後を忘れて夢中になって、汗をたらたら流してい オしか。なんだ、折紙つきのユダヤ人のくせに」 彼が後からさし出した紙幣は、一ループリ二枚だった。 いいかね、あさっての朝、正十 「あさって来たまえ、 、、、だろこうして、シャートフの手には合計七ループリできた。 二時に来たまえ。すっかり耳を揃えてあげるよ 「じゃ、勝手にしやがれ、明日はまた来るから。リャームシ ン、八ループリ用意しておかなかったら、ばくはきみをのし シャートフは三ど兇暴な勢いで窓を叩いた。 「じゃ、十ループリよこしたまえ。そして、明日の朝ひきあちゃうから」 『ふん、おれは家にいやしないんだから、ばか野郎 ! 』とリ けに五ループリ」 「いかん、明後日の朝五ループリだ。明日はどうあっても駄ャームシンははらの中ですばやく考えた。 「待ちたまえ、待ちたまえ ! 」もう駆け出したシャートフの 目だ。まあ、来ないほうがいいよ、まるで来ないほうが」 後から、彼は気ちがいのようにわめいた。 「十ループリよこしやがれ、こん畜生 ! 」 「なんだってきみはそんなに悪口をつくんだい ? まあ、待「待ちたまえ、引っ返して来たまえ。ねえ、きみ、いま細君 ちたまえ、あかりをつけなきや。ほら、こんなにガラスを毀が帰って来たといったのは、ありや本当なのかい ? 」 ばか ! 」シャートフはべっと唾を吐いて、一目散にわが家 : よる夜中、こんなにどんどん叩く しちゃったじゃないカ やつが、どこにあるものかね ? さあ ! 」と彼は窓から紙幤をさして駆け出した。 をさしのそけた。 4 シャートフは引っつかんだ、 紙幤は五ループリだっ 断わっておくが、アリーナは、ゆうべ会議を通過した決議 霊た 「どうしても駄目だ。たとえ殺されたってできやしない。明のことを、少しも知らずにいたのである。帰宅した時、ヴィル ギンスキイはすっかり頑倒してしまって、まるでカ抜けした 麦日ま都合できるが、今はどうしても駄目だ」 悪 / イ。 さっ

5. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

の家庭教師をつとめ、古くからザフレビーニン家で身内同様 通り越して、覇気のないぐうたらに近いほうらしかっこ。 「こんな美人が今まで嫁に行かずにいたのは、不思議なくらに取り扱われ、娘たちにもすこぶる調法がられていた。今や いだ』とヴ = リチャーニノフはいい気持ちで、しげしげと彼この娘がナージャナジ = ージにとって、格別なくてはならな い人となったのは、明らかに見え透いていた。ヴェリチャー 女をながめながら、われともなしにこんなことを考えた。 「たとえ持参金はないにしろ、またやがて、まもなくでぶでニノフはひと目見ただけで、この家の娘たちはいうもさらな ぶに肥ってしまうにしろ、今の間ならこれだけでもずいぶんり、友だちの令嬢たちまでが、ことごとくパーヴェル・。、 かたき ヴロヴィチを目の敵にしているのを見抜いてしまった。とこ のぞみ手があるだろうに : ろで、今度ナージャがはいって来て局面が第二段に移ると、 ほかの妹たちも、みんなそう器量の悪いのはいなかった。 友だちの令嬢たちの間にはなかなかおもしろみのある、相当この娘も彼を憎んでいるなと断定した。それと同時に、パ 1 ー・ウ . エル・ ーヴロヴィチがそれにいっこう気づかないの に美しい顔をしたのも幾人かまじっていた。それやこれやに とい、つことをも認め だんだんと気がまぎれていったが、しかし彼はもともと別のか、それとも気づくのを欲していない、 たのである。疑いもなく、ナージャは姉妹じゅうでいちばん 考えがあってやって来たのである。 ーヴェル・ の美人であった。野育ちな娘のような趣があって、ニヒリス 六番めの娘で、まだ女学校に通っている、 めいた大胆さを持った、小柄なプリュネットで、目を炎の ーヴロヴィチの花嫁候補にあげられているナジェージダ・フト ように輝かし、見事な唇をほころばして、すばらしい歯を見 エドセエヴナは、顔を見せるまでに長いこと待たした。ヴェ リチャーニノフは、今か今かと首をながくして待ちこがれてせながら、時には意地悪そうにも見えるが、あでやかなほほ えみを浮かべる、ほっそりとつり合いのよくとれた少女で、 いたが、ふとそれに気がついて、われながら不思議に思い ひそかに苦笑をもらした。さてようやく彼女は姿を現わしどことなくずるい、やんちゃっ子という感じであった。まだ た。と、一座はたちまち鳴りをしずめた。彼女はマリヤ・ニまったく子供子供した顔ではあるが、その燃ゆるような表情 には、もう思想らしいものの萌芽がうかがわれた。とは、 キーチシナというこつけいな顔つきをしたプリュネットで、 え、彼女の歩きぶりにも、ロにするひと言ひと言にも、十五 気性のてきばきした、ロの悪い、仲よしの友だちといっしょ 、ー・ウエル・。、 にはいって・米たがノ ーヴロヴィチがひと方なという年の争われない証拠が見えていた。あとでわかったこ , ーヴ . エル・。、 とたが、パ ーヴロヴィチが初めて彼女を見た時 夫らずこの娘を恐れているのは、見るからにそれと知れた。こ の には、ほんとうに模造皮の学校かばんを手にさげていたとの のマリヤ・ニキーチシナはもう一一十三のこえを聞いた、ロの 永達者な、才はじけた娘で、近所の懇意な家で小さな子供たちことであるが、もう今ではそんなものを持たなくなってい

6. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

に叫んだ。「きさまはつらあてにそんなことをいうんだ : 顔がなんだか急にげつそりしてしまった。 きさまなら、それくらいの事をいい出すだろうと、こっちも ・ : 」なんとなく異様な声で、彼はこうつぶやい 「死んだ : た。酔っぱらった時の癖で、例のいやな、だらけた薄笑いを初手から覚悟していたよ ! 」 ヴ われを忘れて、彼はたくましい拳固をパーヴェル・・、 もらしたのか、それとも顔のどこかが引っつったのか カ次の瞬間 ロヴィチの頭上に振りかざした。もうひと息で一撃のもとに エリチャーニノフには見分けがっかなかった。 : 、 おんな ーヴロヴィチは十字を切ろうとし、さも相手をなぐり殺したかもしれない。妓どもは、きやっといっ またた ガ・ . エル . 。、 ーヴロヴィチは瞬き 骨の折れる様子で、ぶるぶるふるえる右手をあげた。しかて飛びのいた。しかし、パー し、十字はうまく切れず、ふるえる手はそのままぐったりと一つしなかった。野獣めいたものすごい憎悪が込み上げてき たれてしまった・ややあって、彼は杭から尻を持ち上げ、敵て、彼の顔を醜くひん曲げてしまった。 かた 娼の妓につかまって、そのからだにもたれかかりながら、前「やい」と彼は前よりもずっとしつかりした、ほとんど酔い そばにヴェリチャーニノフがいるこどれと思われないような声がいい出した。「きさまはあのロ 後を忘れたように、 とすら念頭にない様子で、自分の勝手なほうへずんずん歩きシャ流の : : : を知ってるか ? ( ここで、彼は、とうてい紙上 出した。けれど、ヴェリチャーニノフはふたたびその肩をつで公にすることのできないような罵詈の言葉を発した ) さ あ、そこへでも消し飛んで行くがいい ! 」 かんだ。 それから、カまかせにヴェリチャーニノフの手を振りはら 「いったいきさまはわからないのか、この酔いどれの人でな ったが、思わず足を踏みそこなって、あやうく倒れそうにな : 、よナりや、あの子の葬式も出せないじゃな しめ、きさま力しオ。 った。妓どもはそれを抱きとめて、きやっきやっと叫びなが いか ! 」と、はあはあ息を切らしながら彼は叫んだ。 ーヴロヴィチを引きずらんばか ら、ほとんどパーヴェル・ こちらはくるりと、顔をふり向けた。 りにせき立てて、今度こそもうあとを見ずにかけだした。ヴ 「砲兵の : : : 少尉補 : : : あれを覚えておいでかな ? 」と彼は エリチャーニノフはそのあとを追おうとしなかった。 まわらぬ舌で、れろれろいった。 翌日の午後一時ごろに、役所の制服を着た、中年の、かな 「なん、だ、と、お ? 」ヴェリチャーニノフは、病的にぎく りきちんとしたひとりの官吏が、ボゴレーリツェフの別荘を りとしながらわめいた。 ーヴロヴィチ・トルソーツキイから ーー・ウエル . 。、 「あれが、ほんとの父親だ ! ひとっさがし出して : : : おと訪れて、 クラヴジャ・ベトローヴナの名 依頼を受けた者だがといい、 むらいを出すがいいやな : 「うそっけ ! 」とヴェリチャーニノフはとほうにくれたようあてになった一封の紙包みを、うやうやしく夫人に手渡し げんこ

7. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

ヴェリチャーニノフは見つめられているのを知っていたけまあ、こんなふうに考えた次第です。少なくとも、これだけ田 れど、もう心内の動揺をかくそうともせず、椅子に腰かけたは堅く信じきっておりましたよ ! 」 まま、身じろぎもせず、リーザの手を握って、じっとこの娘「で、ナタリヤ・ヴァシーリ エヴナは ? 」とヴェリチャー一一 ノフは尋ねた。 の顔を見入っていた。しかし、リー ザは何かひどく気がかり 「ナタリヤ・ヴァシーリ なことがあると見え、自分の手を客に握られていることも忘 エヴナですか ? 」とパーヴェル・ れて、父親から目を離さなかった。彼女は父のいうことを何ーヴロヴィチは心もち顔をしかめた。 ひとっ聞きもらすまいと、おどおどした様子で耳をすまして「あなたはあれの気性をごぞんじのはずです、覚えていらっ 、た。ヴェリチャーニノフはすぐにその大きな水色の目を見しやるでしよう。あれはあまり物事を口に出していいたがら とむね まわきわ て、なるほどと思い当たったが、何よりも激しく吐胸をつか ないほうでしたからね。が、そのかわり『臨終の際に』この れたのは、並みはずれて抜けるように白い透き通るばかりの子と別れを告げた時には : : : その時こそは何もかも口に出し 顔色と、髪の色つやであった。この二つの徴候は、彼にとってしまいましたよ ! ただいま、わたしは『臨終の際』と申 てあまりにも意味深いものであった。、、 : カまたその反対に、 しましたが、実のところ、いよいよなくなるという前の日 エヴナに 顔の輪郭や唇のかっこうは、ナタリヤ・ヴァシーリ に、急に気がたかぶりましてね、機嫌がわるくなってきたの そっくりであった。その間にパーヴェル・。、 ーヴロヴィチです。みんながいろんな薬を飲まして、わたしのからだを台 は、もうだいぶ前から何やらしゃべり始めていた。ひどく熱なしにしようとしているが、わたしのはただの熱病なので、 を帯びた、感慨にたえんというふうであったが、ヴェリチャ医者はふたりとも何ひとつわかっちゃいない、あのコッホさ ーニノフは少しも聞いていなかった。ただちらと小耳にはさんが帰ったら ( 覚えておいででしよう、わたしどもの町で一 んだのは、こういう最後の一句だけであった。 等軍医をしていた老人ですよ ) 、わたしは二週間で床を離れ 「こんなわけで、アレグセイ・イヴァーノヴィチ、この子をてみせます、などといい出すじゃありませんか ! それどこ 神様から授かった時のわたしどもの喜びようといったら、とろか、最後の息を引き取るつい五時間ばかり前まで、三週間 てもあなたには想像もおっきにならないくらいです ! このたったら伯母さんの命名祝いが来るから、その時はどうして 子ができてからというもの、もうこれだけがわたしにとっても伯母さんの領地へ、お祝いに行かなくちゃならないなん 何物にも替えがたいものになりました。ですから、もし神様て、そんなことまで気にしていたものですて。この伯母さん の思召しでわたしの静かな幸福が消えてなくなることがあるというのは、リ ーザの教母なんで : ・・ : 」 にせよ、それでもリーザだけはわたしに残っているから、と ヴェリチャーニノフはふいに椅子を離れたが、相変わらす

8. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

に対する恐るべき無知、恐るべき抽象癖、一方に偏した不具 えている公判に対しても相当の希望 ( ? ) をいだきながら、 堂々とその日を迎えようと意気込んでいるとのことである。的な鈍い発達のために、非常な軽佻に陥 0 たものと評してい る。彼の精神的方面では、衆説がことごとく一致している。 法廷で一しゃべりするつもりでさえいるのだ。 トルカチェンコは逃亡後、十日ばかり経って、どこか郡部そこにはもはや議論の要がない。 ばん さて、万遺漏なきを期するためには、このうえだれのこと のほうで逮捕されたが、その振舞いは比較にならぬほど慇懃 で、嘘もっかなければごまかしもせず、知っているかぎりのをいったらいいのか、わたしにはまったくわからない。マヴ ) ーキイはどこかへ行ってしまった。ドロズドヴァ老婦人 ことを残らす白状して、あえて弁解がましいことをいわず、 : ところで、 は、すっかり赤ん坊のようになってしまった : おとなしく罪に服しているが、しかし、同様に駄弁を弄した がる傾向がある。彼は自分から進んで、いろいろなことを話もう一つ思い切り陰惨な出来事が語り残されているが、たた すばかりでなく、談ひとたび民衆とその革命的 ( ? ) 分子に事実を伝えるだけに止めておこう。 関する知識に及ぶや、たちまち妙なポーズを取って、聴き手ヴァルヴァーラ夫人は旅行から帰ると、町のほうへ落ちっ いた。と、留守のうちに積もり積もったさまざまな報知が を感嘆させようとあせるのであった。聞き及ぶところでは、 彼もやはり法廷で何かしゃべるつもりだそうである。総じ一時に夫人をおそうて、烈しくその全幅を震憾した。彼女は て、彼とリプーチンとは、あまりびくびくしている様子がな一人で居間に閉じこもってしまった。それはもう夜のことだ ったので、人々は疲れて、早く床に就いた。 それはむしろ不思議なくらいだった。 くり返していうが、この事件は全部かたがついたわけでは翌朝、小間使がさも秘密らしい様子をしながら、ダーリヤ に一通の手紙を渡した。彼女の言葉によると、この手紙はも 。もう三か月も経った今となっては、この町の社会も一 う前日とどいていたのだが、夜おそくみんな休んだ後のこと 息ついて身づくろいした形で、だいぶ余裕ができてきたの だったので、彼女は遠慮して起こさなかったとのことであ で、自分自身の意見も持つようになった。はなはだしきにい たっては、当のピヨートルを目して、天才呼ばわりするものる。それは郵便ではなくて、一人の見知らぬ男が、スクヴァ さえある、少なくも、「天才的な能力を持った男』と評してレーシニキイなるエゴールイチのところへ持って来たので、 いる。「あの組織はどうです ! 』とグラブなどで指を上のほエゴールイチは昨晩、すぐさま自分でやって来て小間使へ手 うへ向けながら、こんなことをいい合っている。もっとも、渡しすると、そのまますぐにスクヴァレーシニキイへ帰って そんなことはごく罪のない話で、しかも少数の人しか口にし行った、ということである。 ない。多数の者は、彼の鋭い才能を否定しないけれど、現実ダーリヤは胸をときめかしながら、長い間その手紙を見つ 刀 2

9. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

考えるものがなかった。ただキリ ! ロフが世捨て人のような田 ほとんど朝じゅう人が黒山のように集まっていた。 実際、警察はキリーロフの遺書のために、迷へ導かれて暮らしをしていたので、遺書にも書いてあるとおり、あれほ しまったのである。すべての人は、キリーロフのシャートフど手を尽くして搜索したフェージカが、幾日もいっしょに、 殺害をも、『下手人』の自殺をも、信じ切っていた。もっとたにもかかわらず、いっこうに知れなかったということは、 も、警察はとほうにくれたといい条、ぜんぜん手も足も出な警察のほうへもわかったのである。しかし、この混沌たる事 いほどではなかった。たとえば、キリーロフの遺書に漠然と件の中から、何ひとつ一般的な、連絡を明らかにするような 挿入されている『公園』という言葉は、ビヨートルの期待し事実をつかみ出すことができないので、それが何よりも一同 たほど、その筋の人を迷わせはしなかった。警察はすぐスグを悩ました。もしリャームシンのおかげで、翌日とっぜんい っさいが暴露されなかったら、はとんど恐慌状態に陥るほど ヴァレーシニキイへ飛んでいった。単にそこに公園があっ て、ほかには市中のどこにもないという理由のみでなく、あ威嚇された町の人々が、どんな途方もない結論に到達する か、まるで想像もっかなかったに相違ない。 る一種の直感に導かれたのである。最近この町で起こったさ まざまな戦慄すべき出来事は、直接間接スクヴァレーシニキ リャームシンは、ついに持ちこたえることができなかっ イに関係しているからであった。少なくも、わたしはこう想た。そして、最近ピヨートルでさえ心配し始めたことが、事 像している ( 断わっておくが、ヴァルヴァーラ夫人は朝早く実となって彼の身に現われたのである。初めトルカチェンコ に、続いてエルケリに監督されることとなった彼は、翌日い なんにも知らないで、スチェパン氏を取り抑えに出かけたの ちんち床の中にふせっていた。見受けたところ至極おとなし く、壁のほうへ顔をそむけたまま、ほかから話しかけられて 死体はその日の夕方、ちょっとした証跡を頼りに池の中か ら発見された。それは下手人どもがうつかり置き忘れたシャも返事もせず、ほとんど一こともものをいわない。こういう ートフの帽子が、犯罪の場所で見つけられたのである。死屍わけで、彼は市中に起こったことを、終日少しも知らないで を一見した印象といい、検屍の結果といし 二、三の推論の過ごした。ところが、いっさいの出来事を嗅ぎつけたトルカ 一小すところといし どうしてもキリーロフには共犯者があっチェンコは、夕方になって、ピヨートルから授けられたリヤ たに相違ない、という疑いがまず第一に生じた。続いて檄文ームシン監視の任をおつばり出し、町から郡部へ去ろうとい に関係のある、シャートフ、キリーロフの加わっている秘密う気を起こした。つまり、なんのことはない、逃げ出したの 結社の存在も、同じく明らかとなった。 : 、 カその会員はどうである。エルケリが、みんな血迷ってしまったと予言したの いう連中なのか ? 『仲間』のことなど、その日はまだ夢にも は、実際だったのである。ついでにいっておくが、リプーチ

10. ドストエーフスキイ全集10 悪霊(下) 永遠の夫

この部屋を借り切ってしまう。『そして、ちゃんと閉め切っ大変なお慈悲でもかけてやるような顔つきだった。 て、だれもここへ入れることはならん。 parce que nous おかみが出て行くやいなや、スチェパン氏はすぐさま長い avons å parler. Ou 一 . j ・ ai beaucoup 5 vous dire, ch&e すに腰を下ろし、ソフィャも自分の傍にかけさせた。部屋の amie. ( わたしたちは話があるんだから。そうですよ、ソフィャさ中には長いすや肱掛けいすがあったけれど、恐ろしい姿にな ったものばかりであった。概して部屋はかなり広く、一部分 ん、わたしはたくさんあなたに話したいことがあるんです ) わたし はそれだけのことをする、きっとするよ ! 』と彼はおかみに は板で仕切られて、その向こうに寝台など置いてあった。黄 手を振って見せた。 いろいばろばろの古い紙を張った壁には、神話か何かを描い 彼は恐ろしく急き込んでいたけれど、なんだか舌がよく廻た恐ろしい石版画が掛けてあるし、正面の隅には額のように あか らなかった。おかみは無愛想な様子で聞いていたが、承諾のなったのや、折屏風のようになった銅の聖像が、長い列をな しるしに沈黙を守っていた。とはいえ、その沈黙には何かししてかかっている。全体に、道具類は奇妙な寄せ集めものだ ら無気味なところが感じられた。彼はそんなことにはいっさ った。何か都会ふうなところと、太古の俤を持った百姓ふう い頓着なしに、せかせかした調子で ( 彼は恐ろしくせき込んのところが、見苦しくいっしよくたになったような部屋であ でいた ) 、すぐあちらへ行って、さっそくできるだけ早く、 る。しかし、彼はそんなことにはいささかの注意も払わなか 「一刻も猶予しないで』何か食べるものをこしらえてくれと、 った。それどころか、家から十間ばかりのところから展けて おかみに命じた。 いる大きな湖を、窓ごしに覗いてみようともしなかった。 このときロひげの女房はこらえかねた様子で、 「やっとわたしたちは二人きりになりましたね。もうだれも わたしはあなたに何もかもすっか 「ここはあなた宿屋じゃありませんよ。わたしたちはお客さ入れることじゃないー サモワール んに食事の用意はいたしません。まあ、蝦でも煮て湯沸を立り、そもそもの初まりから聞いてもらいたいのです」 てるぐらいのことで、そのほかには何もできませんよ。新し ソフィヤは烈しい不安の色を浮かべながら、彼を押し止め い魚は、明日でなければできませんからね」 けれども、スチェパン氏は両手を振りながら、「それだけ 「あなた、ごそんじでございますかしら、スチェ。、 / 莱 : のことはするよ、早く、早く』と腹立たしげな、じれったそ「 Comment, vous savez dé」 5 mon nom? ( えつ、あなたは やきとり 電うな声でくり返すのであった。とうとう魚汁に烙鶏というこ もうわたしの名を知ってるんですか ? ) 」彼はよろこばしそ、つに とに決まったが、おかみは村中さがしても鶏は手に入らぬと微笑した。 悪いった。が、とにかくさがしに行くのを承知したが、まるで「さっきアニーシムさんと話をしていらしった時、ちょっと 学 ) 0