されない。わたしは何ものにも滅せられない、わたしは何も 向かって、いったいこれからなんで暮らしていくつもりか、 のにも驚かされない。わたしは番犬みたいに生きる力が強い ときいてみた。 「まあ、なんとかしてやって行くさ」恐ろしく落ちつきはらのだ。わたしは実に都合よく、相反した二つの感情を、同時 もちろん、それは自分がし に感ずることができるのだ、 づて、彼はいった。 オしカそれでもやはり、これが卑屈 今はわたしもよく知っているが、タチャーナ叔母のわずかたくてするわけじゃよ、。ー、 五千ループリそこそこの心細い財産も、この二年間に、半分なことだとは承知してるのだ。そのおもな理由は、あまりお 利ロすぎるからだ。わたしははとんど五十の年まで生きてき がたヴェルシーロフのために注ぎ込まれたのだ。 : 、はたしてい たが、しかしこんなにル ~ きてきたとい、つことカ このころわたしたちは何かの拍子に、母のことをいいたし いのやら悪いのやら、今だにわたしはわからないのだ。もち ・、いだしろん、わたしは生を愛する。それは間違いのない事実だ 「アルカージイ」と彼はとっぜん、沈んだ調子てし た。「わたしはね、わたしたちのいっしょになった初めのこ しかしわたしのような人間が生を愛するのは、むしろ陋劣だ ろ、いや、中ごろにも終わりにも、ソフィヤによくこういつよ。最近になって、何かしら新しいものがはじまった。そう たものだ。 ソフィヤ、わたしはお前をいじめていじめして、グラフトのような連中は、融和しきれないで自殺して いく。けれど、グラフトのような連中がばかで、われわれが て、いじめ抜いている。しかも、お前がわたしの目の前にい るあいだは、さほどかわいそうと思わないのだ。だが、お前賢いのは明瞭な話だ。したがって、ここにも平行線は許され なし。が、それにしても、問題はやはり未解決のままだ。い が死にでもしてごらん、わたしはたしかに自分を罰せずには いられないよ、とね」 ったい地球は、われわれのような人間のためにのみ存在して もっとも、忘れもしない、その晩、彼はかくべついろいろるのだろうか ? どうもそうらしく思われる。が、この考え なことをうち明けてくれた。 : もっとも、問題は依然と 方はあまりに悲惨だ。もっとも : して未解決のままだがね」 「わたしは意志の弱いつまらない人間で、その意識のために 苦しんで来たが、考えてみれば、そうじゃないのだ。考えて彼は沈みがちにこういった。が、それでもわたしは真剣か みれば、わたしは無限に強い人間なのだ。しかも、どういうどうか知らない。どんなことがあっても、決して棄てようと 年ところが強いのか、お前わかるかい ? ほかでもない、現代しない一種の秘密な陰影を、彼は持っていた。 成の聡明なロシャ人に独得な、何ものとでも融和することので 未きる、天から賦与されたカなのだ。わたしは何ものにも破壊 めつ 227
国民的な軽率さ。 キイに辱しめられた彼女は ( 情婦に平手打ちをくわす ) 、彼 ところで彼は否応のない欲望に動かされながらも、恐怖の女はたまたまめぐり会った以前の情夫と関係する。少年は彼 念をいだきつっ放蕩生活にはいっていく。放蕩の空虚、醜女が情夫と接吻しているところを見る。「お父さんにい、 けたってかまいませんよ」があとでいわないでくれと頼む。 汚、無意味さは彼を愕然たらしめる。彼はいっさいをなげう って、恐るべき数々の犯罪の後、おのれみずからを法の手に少年は沈黙を守る。しかしアリフォンスキイは、継母に情夫 渡す。 があって、自分は良人として顔に泥を塗られているのを、少 年が知っているということを承知している。村内で跛の娘の ために騒ぎを持ち上げる。カーチャをいじめて楽しむ。母は カーチャのために前後を忘れる。町でランベルトと、等々。 日そこへⅡ、 ( あまり村でふざけすぎたアリフ 下男オシップ、 初め邸に入れられ、さまざまな話 オンスキイは、百姓たちに殺される、としてもよし。少年が と快活な性質によって主人たちを慰める。アリフォンスキイそれを目撃する、としてもよしーー・そして はオシップの兄弟を笞刑に処した後、オシップを捕えて徴兵 ( なお継母と情夫について、またいかなる程度まで少年がこ 司令部へ引き渡す。オシップはたちまち逃亡する ( 彼の姓はの経緯に巻きこまれるかについて、なにか考えだすこともで クリショフ ) 。彼らはオルロフを殺す。別れる。クリショフきよう ) 。 ( オシップ ) は彼を逃がす。 アリフォンスキイには恩人があるが、彼は筆頭第一の 事前出のクリコフと同一人と想像されるー訳者。 敵である、つまり恩人だからである。彼のあらゆる恩恵はア 一年半たっと、継母はアリフォンスキイの浮気のため リフォンスキイの誇りを傷つける。しかも彼は恩人の役割を に泣かされる。公然と情婦をおいているのである。オシップ演じないでは生きていかれないくせに、一寸ほどの恩恵に対 の妹 ( つまりそのときオシップの兄弟に笞刑をくわえたのして三間もの感謝を要求するのだ。両人ながらおのれをいや だ ) 。アリフォンスキイは百姓たちに殺される ( ? ) 。 しめ、相手をいやしめ、病的なほど互いに憎悪しあってい 小説の素地。上流婦人であるアリフォンスキイの妻 ( 主る。 人公の継母 ) は、かって婚期を失してくよくよしていたこ ・ろ、許婚をもっていた、 ( 将校かなにか ( 教師 ) ) 。 けれども彼女はアリフォンスキイに嫁した。アリフォンス 一七ページ 634
という叫びに苦心していられたようです」 家で、令嬢がたはたくさんの詩を暗記しているばかりでな 「ああ、そうそう ! 」とヴェルシーロフは叫んだ。「まった く、『知恵の悲しみ』などは自分たちの間で、ちょいちょい くこれのいうとおりだ ! わたしはあのときほんのちょっと した場面を切り取って、芝居にすることもあるくらいだ、先 しかモスクワに逗留しなかったのだが、ジレイコが病気した週はみんながい っしょに集まって、毎晩『猟人日記』を朗読 した、ところで、ばく自身は何よりもクルイロフの寓意詩が ために、ヴィトフトーヴァ夫人の家庭演劇で、チャーツキイ 好きで、それをみんな暗記している、などということを話し の代役を仰せつかったつけ , 「まあ、あなた忘れていらしったんですか ? 」とタチャーナて聞かせました。すると、あなたが、何か暗誦してみろとお 叔母は笑いだした。 っしやったので、ばくは『わがまま娘』を暗誦しました。 「この子はほんとうに思い出させてくれた。正直な話、あの ときのモスグワにおける幾日間かは、わたしの生涯を通じて 一人の娘が婿さんを あのころ、わたし 一等たのしいときだったかもしれないー 持とうと思い立ちました」 たちもみんなまだ若かったなあ : : : そして、みんな烈しい熱 「そう、そう、いや、今こそわたしもすっかり思い出した」 情をもって期待していたつけ : : : わたしはあのときモスグワ で、思いがけなくいろいろな : : しかし、まあ、アルカージ とヴェルシーロフはふたたび叫んだ。「しかしね、アルカ、 イ、そのさきをお話し。お前があのことをそんなに詳しく思 ジイ、わたしはお前のこともはっきり思い出したよ。お前は い出させてくれたのは、ほんとうに何よりうれしいよ : : 」あのころ実にかわいい子供だったよ、すばしつこい子供とい っても、 「ばくはしばらくじっと立って、あなたを見つめていました しいくらいだった。まったくのところ、お前もやはり が、やがて出しぬけに『ああ、なんていいんだろう、これが この九年の間に、だいぶいいところをなくしたようだよ」 ほんとうのチャーツキイだ ! 』ってどなりました。すると、 これと同時に一同は、タチャーナ叔母までが、声を上げて あなたは急にばくのほうへ振り向いて、『いったいお前はも笑いだした。い うまでもなく、ヴェルシーロフは冗談に託し うチャーツキイを知ってるのか ? 』とききながら、自分でもて、彼が年をとったというわたしの苦い評言に対し、同じ武 そばの長いすに腰をおろし、極上の機嫌で、コーヒーに手を器をもって『酬いた』のである。一座はうきうきとしてき おかけになりました。まったくそのときは、思う存分あなた た。実際これはい、 しえて妙だった。 「ばくの朗読がすすむにつれて、あなたはにこにこと微笑し に接吻して上げたいようでしたよ。ばくはそのときあなたに 向かって、アンドロニコフ氏のところではみんな非常な読書ておられましたが、まだ半分どこまでもいかないうちに、あ
「ええ、もちろんです ! ねえ、きみはばくがヴェルシーロちどまりましたよ。きみを待ってるんでしよう。あの男の家 フの私生児だなんていったのを : : : もとの農奴だなんて自慢はそこを曲がるんです」 らしく吹聴したのを、心の中で内々軽蔑しているでしょ わたしはかたくヴァーシンの手を握りしめて、グラフトの そばへ走って行った。彼はわたしとヴァーシンが話している 「きみはあんまり自分で自分を苦しめすぎますよ。もし悪い 間じゅう、前のほうを歩いていたのである。わたしたちは無 ことをいったと思ったら、もう一一度といわないようにすれ言のまま彼の家まで歩きつづけた。わたしはまだ彼と一「ロ葉を ば、それでいいじゃありませんか。きみはまだ前途に五十年交わしたくなかったし、また、できもしなかった。クラフトの という歳月が控えてるんですよ」 性格中もっとも著しい点は、こまやかな心づかいであった。 「そりや、ばくもよく知っています。ばくは他人に対してう んとロ数を少なくしなきゃならないんです。すべての堕落の 第 4 章謎 中で最も下劣なのは、他人の首っ玉にぶらさがるってことで す。ばくは今もみんなにこのことをいったばかりだのに、も う現にきみの」目っ玉にぶら下ってる ! しかし、違うところ はあるでしよう、ね、あるでしよう ? もしきみがその相違 グラフトは以前どこかで勤めていたが、同時に故アンドロ を理解したら、理解する素質があったら、ばくはこの瞬間をニコフ氏の手伝いをして、若干の報酬をもらっていた。氏は わたくし 兄します」 自分の公務以外に、たえず私の事件を取り扱っていたの で、クラフトもそのはうの仕事をしていたのである。わたし ヴァーシンはまたしても微笑した。 「もし気が向いたら、ばくのとこへいらっしゃい」と彼はい にとっては、彼がアンドロニコフ氏に接近していたために、 った。「ばくはいま仕事があってにしいけれど、きみと話すわたしの心にかかる事件についても、いろいろ知っているら しいという点だけでも、非常に重大に思われたのである。と るのは愉央です」 「ばくはさっききみの顔を見て、必要以上に堅固でロ数の少ころが、その上にクラフトは、マリヤ・イヴァーノヴナから ない人という結論を下したんですよ」 ( これは中学時代にわたしが永年下宿さしてもらっていたニ コライ・セミョーヌイチの夫人で、アンドロニコフ氏の実の 年「それは非常に肯綮にあたったかもしれませんね。ばくはき 成みの妹さんのリザヴェータ・マカーロヴナを知っています。姪にあたるのみならず、氏に養育されて、その寵愛を受けた ) で会いました : : : ああ、クラフトが立婦人である ) 、わたしに手渡しするようにとい 0 て、氏から昭 未去年ルガ ( 付近の別荘地
また新しい感情を形づくるんだからね ! 」 がすべてです。でなければ、何かこれに類したことです。し 「人間にもずいぶんいろいろ変わったのがあるからね。あるかし彼は死んでしまいました。ところで、ある人は彼に立派 人は容易に感情を変更するけれど、またある人はそうするのな理論をならべ立てたかもしれません。人生ははかないもの に非常な困難を感じるものだよ」もう議論をつづけたくない だとか生者必滅だとか、または年鑑の中から統計表を引き出 らしい調子で、ヴァーシンはこう答えた。わたしは彼のこのして、猩紅熱で死ぬ子供が何人あるとか、そんなお説教をし 思想にすっかり感心してしまった。 たかもしれませんが、しかし・ ! : その人は退職になっていた 「それはまったくきみのいったとおりですよ ! 」ふいにわたのです : : : 」 しは氷を割って一気にしゃべりだしながら、彼に向かってこ わたしは息を切らし、あたりを見まわしながら、言葉を休 ういった。「まったくある感情を変えようと思ったら、そのめた。 かわりに別な感情を与えなくちゃだめですよ。四年ばかりま 「これはまるで見当ちがいだ」とだれかがいった いや、実はばくも親し え、モスグワである一人の将軍が : 「きみの引いて来た事実は、今の場合と性質を異にしていま くその人を知ってたわけじゃよ、 オしカ : : : あるいは彼自身かくすが、しかしそれにしても、類似はあります。そして、事態 べっ尊敬に価する人でもなければ、事実そのものも合理的でを説明する足しになりますよ」とヴァーシンはわたしにいっ ないかもしれませんが、しかし : : とにかくこの将軍が子供た。 を一人なくしたのです、 いや、実際は一人じゃなくっ 4 て、女の子が二人あったのを、引きつづいて猩紅熱でなくし たのです・ : ・ : ところが、どうでしよう、その人はすっかり落 ここでわたしは読者に対して、なぜわたしが『思想の感 胆してしまって、始終くよくよしてばかりいるのです。あま情』に関するヴァーシンの議論に、ああも感心したかという りふさぎようがひどいので、訪問してその顔を見るのも気がわけを、自白しなければならぬ。また同時に、わたしの感じ ひけるくらいでしたが、 とどのつまり、半年ばかりたっ た烈しい羞恥をも自白しなければならない。わたしは、ズヴ て死んでしまいました。将軍がこのために死んだということ エーレフの想像したような原因ではないけれども、実際デル は、もう間違いのない事実です ! してみると、 いったい何ガチョフのところへ行くのを恐れたのだ。まだモスグワにい 年をもって彼を蘇生さすことができたか ? それに対する答える時分から、彼らを恐れていたので、それで臆病風を吹かせ 成はほかでもない。同等な力を持った感情です ! 墓の中からたのだ。彼らは ( しかし彼らの中の甲にしろ乙にしろ、そん 未その二人の女の子を掘り出して、彼の手に返してやる、これなことはどうでもいいのだ ) 、彼らは弁証家だから、ことに
「こっちへおいで、 丿ーザ、そしてわたしを接吻しておく 母は、まるで獣のようになってしまった。母はおどおどして れ、この年とったばか女をさ、 もし気が向いたらね」と いた。マカール老人は一同の驚きを見て、これも同じように つつ ) 0 彼女はだしぬナこ、 びつくりしたらしい 丿ーザは彼女を接吻した。なんのためか知らないが、こう 「アルカージイ、も、フたくさんですよ ! 」とヴェルシーロフ しなければならなかったのだ。で、わたしもはとんど飛びか が厳しい調子で叫んだ。 からないばかりにして、タチャーナ叔母を接吻した。実際リ 「みなさん、ばくにとっては」とわたしはひときわ声をはり ーザという女は、非難の言葉で圧倒するようなことをしない上げた。「ばくにとってはこの赤ん坊のそばに ( とマカー で、疑いもなく彼女の心中に生まれるべき、新しい、美しい老人を指した ) 、あなた方のような人を見るのは、ーー、穢ら 感情を、祝福と喜びをもって迎えてやらなければならなかつわしいことです。ここにたった一人神聖な人がいます、 たのだ。けれども、こうした感情を示すかわりに、わたしはそれはお母さんです。しかもそのお母さんも : : : 」 とっぜん立ちあがって、一語一語きつばりと刻みながらいい 「あなたはこの人をびつくりさせるじゃありませんか ! 」と 医者は依怙地な調子でいった。 「マカール・イヴァーノヴィチ、あなたはまた『端麗さ』と 「ええ、ばくは自分が全世界の敵だってことは、よく承知し いう言葉をつかいましたね。ばくはつい昨日も、いや、この四ていますよ」 ( あるいは何かこれに類したことを ) わたしは 五日のあいだ、この言葉で苦しんでいたんですよ : : : そうでヘどもどしながらいいかした。が、もう一度あたりを見まわ す、ばくは今までずっと苦しんできました。ただ以前はなんすと、挑戦的な目つきでヴェルシーロフを眺めた。 で苦しんでいるのか、知らなかっただけです。ばくはこの言 「アルカージイ ! 」と彼はまた叫んだ。「これとちょうど同 葉の一致を宿命的なものだと思います。ほとんど奇蹟的だとじ場面が前に一度、われわれのあいだに演じられたことがあ 思います。これをあなたの目の前で明言しておきます : : : 」 るよ。後生だから、こんどは真しんでおくれ ! 」 けれど、わたしはたちまち押し止められた。くり返しいう彼がいかに強い感情をもって、これだけのことをいった 、母とマカール老人に対する一同の申し合わせを、わたし か、わたしは表現の言葉を知らない。なみなみならぬ真剣な は知らなかったのだ。しかも、わたしは前からの行動によっ 深い憂愁がその輪郭に現われていた。何よりも不思議なこと 年て、この種の騒ぎを引き起こしやすい人間だとにらまれてい には、まるで悪いことでもしたような目つきをしていた。た しうまでもないことである。 成たのは、、 とえば、わたしが裁判官であり、彼が被告ででもあるような 未「やめさせなさい、あれをやめさせなさい ! 」タチャーナ叔具合だった。これがわたしをますます猛り狂わせた。 399
えた付焼刃でなければ、無意識的によそから借りて来たもの 3 である。こういった人間は、必ず後日わるい意味の変化を生 じて、「とくな』仕事をはじめるようになる。そして高潔な 「まあ、お掛け、まあ、おすわり、まだ足がよく立たんだろ 思想などは、若い時分の迷いとして、惜しげもなくほうり出う」自分のかたわらの席を指さして、例の輝かしい目つきで してしまうに相違ない。 いつまでもわたしの顔を眺めながら、彼は愛想よく招じ入れ この長たらしい笑いの講釈を、物語の進行を犠牲にしてま た。わたしはそのわきに腰をおろしていった。 でここに載せるのは、考えあってのことなのだ。なぜなら、 「ばくあなたを知っていますよ、あなたはマカール・イヴァ ーヌイチでしよ、つ」 これは、わたしの生涯中、もっとも重大な思索の一つと信じ ているからである。とりわけ、一人の選ばれた男と結婚しょ 「そうだよ、お前。でも、起きられてよかったなあ。お前は うと考えながら、とつおいっ思案にくれて、狐疑逡巡のうち若いのだから、ほんとうにけっこうだ。年よりは墓へ向けて に注視をつづけて、最後の決心を躊躇している年ごろの娘た歩いておるが、若いものは生きるこったて」 ちに、わたしはとくにこれを一読してもらいたいと思う。読 「あなたは病気なんですか ? 」 者よ、みずから毫も理解を有せずして、結婚の問題に教訓的「病気なんだよ、お前、とりわけ足がな。この家の閾ぎわま 態度をもって容喙する憐れむべき未成年を冷笑するなかれ。 では、どうやら体をはこんで来てくれたが、ここへすわると とにかく、笑いが最も正確な、魂の試金石であることだけは っしょに、むくむくと脹れてしまった。これはちょうど則 信じている。試みに小児を見たまえ、 ただ小児のみが完の木曜日に、度が下ってからこちらのことだよ ()m つま 全に見事な笑いのすべを知っている。そのために彼らは魅惑り気温が零下になったことをいうのだ ) 。わしは今までずつ 的なのである。泣く子供はわたしにいまわしい感じを与えると、膏薬を塗っていたのだ。実はな、一昨年モスグワでリー 笑いかっ楽しむ小児は、それこそ天国からさす光であヒテンが、 エドムンド・カールルイチという医者が処方 る。これこそ人間がついには小児のごとく清らかに、純朴と してくれた膏薬でな、なかなかよく利いたもんだ、そりやよ なる未来の啓示である。そこで、この老人の示した東の間のく利いたもんだよ。ところが、今度は急に利かなくなってし 笑いに、何かしら子供らしい、言葉につくせない魅力に富んまった。それに、胸もつまったようでな。おまけに昨日から だあるものが、稲妻のように閃いたのだ。わたしはすぐさま背中までが、まるで大にでも噛まれるような気がして : : : 毎 そばに寄った。 晩ねむることもできん始末だ」 「どうしてあなたの声がまるつきり聞こえないんでしょ 37 イ
立ったまま、ばんやりしていた。あまりどぎまぎしてしまっ笑われたってかまわない。彼の告白はむしろ「感動に満ち て、呼び戻す決心さえっかなかった。『書類』という言葉は、 て』いたはどである。たといときどき皮肉なところや、ある とくにわたしの、いを震撼した。ランベルト以外に、だれから いはさらに進んで、滑格なところがちらちらと感じられたに これを知ることができよう、しかもあれほど正確な表現を用しても、わたしはものの現実性を理解し許容しえないほど、 いたではないか ! わたしは恐ろしく惑乱した心持ちで家へそれほど狭量な人間ではない、 ただしこういっても、理 帰った。それに、ああした「一年ごしの迷い』が、夢のよう想を穢さないだけの用心ぶかさはある。何よりもかんじんな に幻のように消えてしまうなんて、どうしてそんなことがのは、わたしがついにあの人間を理解したということだ。事 起こりえたのだろう、 こういう疑念も、とっぜんわたしの真相があまり単純なのに、わたしは幾分かいまいましいよ の、いにひらめいた。 うな、残念なような気持ちさえ感じた。わたしはいつも心の 中で、彼を雲にとどきそうなほど高いところへ押しあげて、 第 9 章ヴェルシーロフの失踪 彼の運命を何か神秘の衣に包まずにはいられなかったのだ。 今でもこの神秘の帷が取り去られるのに、もうちょっと複雑 味が欲しいと願ったのは、自然の道理ではあるまいか。 もっとも、彼と彼女との遭遇にも、二年間の苦痛にも、少 ファトム けれど翌朝、わたしはずっと爽やかに、和んだ心で目をさ なからぬ複雑な内容がある。『彼は生の宿命を欲しなかった ました。わたしはきのうの彼の『告白』のある個所を聞きのだ。彼に必要だったのは自由であって、宿命への隷属では ながら、いくぶん軽率な態度というより、むしろ不澄な態度ない。 ところが、この宿命へ隷属することによって、ケーニ さえ示したことを回想して、思わず心から自分で自分を責めヒスペルグで待っていた母を侮辱せざるをえないようになっ たほどである。むろん、その告白は統一のないもので、とこ たのだ』 : : : そのうえ、わたしはいずれにしても、この人を ろどころ混沌として、辻褄の合わないところさえあったもの一個の伝道師であると考えていた。彼は心に黄金時代を抱い の、きのう彼がわたしを自分のところへ呼んだのは、何も堂て、無神論の将来を見ぬいていた。ところが彼女との遭遇が 堂たる演説を聞かすつもりではなかったのだ。ただああいう いっさいを傷つけ、めちやめちゃにしてしまったのだ ! あ 年瞬間に、わたしを唯一の親友としてさがし求めてくれたことあ、わたしは決して彼女を裏切ったのではないが、それでも 成だけでも、わたしにとっては非常な光栄である。それは永久やはり彼の味方をする。 未に忘れることができない。わたしはこういう表現をどんなに たとえば母のような人ならーーーとわたしは考えつづけた 8 なご
言も盛んだったし、また・ハシューツキイ司令官についてもい 「ここにはばくのほかに、も一人下宿人があるんです。やは ろんな話が行なわれたものだ。記念碑を引っぱって帰ったと り同じようなあばた役人で、もう大分のお爺さんですが、そ いう一件さ。それから、あの仲間は宮廷生活に関する逸話れがすこぶる散文的な人間でしてね。あのビヨートル氏がロ が、恐ろしく好きなんだよ。先帝陛下のときに大臣をしてい を開くが早いか、さっそく腰を折ったり、反対したりするん たチェルヌイシェフね、あの人が七十からの老人になってです。で、とどのつまり、ピヨート ル氏が、まるで奴隷みた も、とうてい三十ぐらいにしか見えないように顔をつくっ いにその男の世話をして、一生懸命ご機嫌をとるようになり て、先帝陛下を出御のときに驚かし奉ったというような話ました。それもただ自分の話を聞いてもらいたいがためなん です」 「それもばく、聞いたことがあります」 「それはまた別な混沌たるタイプだ。しかも、もっといとう 「だれだって聞いてるさ。こうした昔話は、まったく混沌のべきものかもしれない。第一のタイプは、全身すべてこれ感 頂上だよ。ところが、お前よく覚えておおき、こういう混沌激だ ! 『まあ、 しいから、ほらを吹かせてくれ、ーーー・見てご たる人間のタイプは、われわれが考えるよりもずっと深く、 らん、実に面白いから』といいたそうだ。ところが、第二の 社会にひろまっているのだ。自分の同胞を幸福にするためほうは、全身すべてこれ憂鬱だ、散文だ。『いや、でたらめは に、駄ばらを吹きたいという欲望は、最も進歩したロシャの いわさんぞ、いったいどこで、いつ、何年にあったことだ ? 』 社会にさえも、発見することができるよ。なぜって、われわ てっとりばやくいえば、、 / ートのない人間なのだ。アル れはみんな、自分の心の中にひそんでいるこのふしだらのたカージイ、人にはいつでも少々ぐらいほらを吹かせてやれ。 めに、苦しんでるんだからね。ただわれわれの無駄話は少しそれは罪のないことだ。いや、うんと吹かせてやってもいし 性質が違っている。われわれはいまアメリカのことばかり話 くらいだ。第一に、それは自分のこまやかな心を示すことに してるが、それはどうも凄いほどの熱心さだよ。しかも、 なるし、第二には、そのかわりとして、こちらにもほらを わゆる国士といったような連中までが、そうなんだからね ! 吹かしてくれる。一挙にして、二大利益がえられるわけだ。 わたし自身も白状すると、このほうの混沌たるタイプに属し Que diable! ( 大したものさ ! ) 隣人は愛すべきものだ。しか ていて、一生そのために苦しんだわけだ : : : 」 し、わたしはもう帰らなきや。だが、お前は実に気持ちよく落 年「チェルヌイシェフのことは、ばくも自分で幾度も話しましちついたね」と椅子から立ちあがりながら、彼は語りつづけ 成た」 た。「ソフィヤにもリーザにも、お前のところへ寄ってみた 木「じゃ、自分で話しまでしたのかい ? 」 ら、しごく上機嫌だったといっておこう。さようなら、アル幻
す。偉大なる思想は、つねに生きた生活の流れ出る源泉で考えでは、もし言を吐く以上、それを展開さしていかなきや す。ただし、それは理性的、人工的な生活じゃなくって、そなりませんよ : 公爵は額にしわをよせ、ちらと壁の上の時計を見上げた。 の反対に、少しも退屈なところのない楽しい生活なのです。 と、ヴェルシーロフは立ちあがって、自分の帽子を取った。 こういうわけで、この生活の源泉たる高遠な理想は、どうし ても必要かくべからざるものです。もちろん、みんなそれを「展開させる ! 」と彼はいった。「いや、むしろ展開させな いほうがいいでしよう。それに、展開させないで話すのが、 いまいましがってはいまオ・・がね」 わたしの好みなんですから、まったくそうなんですよ。それ 「なぜいまいましがってるんです ? 」 に、もう一つ奇妙なことがあるんです。もしわたしがたまた 「なぜって、理想を持って生活するのは退屈だけれど、理想 ま、自分の信じている思想を展開しはじめるようなことがあ まよいといつも央ですものね」 ると、いつも話のおわるころには、自分の説を信じなくな 公爵は苦虫を噛み潰したような顔をした。 「いったいあなたのお説によると、生きた生活とはなんでする、そういう結果を生じるのです。今もそんなことになりや オしかと心配なんですよ。さようなら、公爵、いつもわた か ? 」 ( 彼は、見受けたところ、だいぶ業を煮やしているらしよ、 しはあなたのところへ来ると、始末のつかないほどしゃべり 、刀子′ こんでしまいますね」 「やはりよくは知らんですよ、公爵。ただそれは何かしら恐 ろしく単純な、恐ろしくありふれた、しじゅうわれわれの目彼は出て行った。公爵は慇懃に見送った。が、わたしは侮 にはいっている、平凡なものだということだけわかっている辱を感じた。 のです。しかし、それがあまりに平凡すぎるため、自然の結「なんだってきみはそんなにふくれたんです ? 」事務机をさ してわたしのそばを通り過ぎながら、彼はこっちの顔を見な 果として、われわれはもういく千年の間それに気がっかない いで、いきなり頭からきめつけた。 で、そばを通り抜けているのです」 「ばくふくれたのは、ほかじゃありません」とわたしは声を 「わたしはただあなたの貴族讃美論が、同時に、貴族否定論 、、、、、こしこ。「くはね、あなたがばくばか である、ということだけ申し上げたかったのです」と公爵はふるわせながら っ一 0 りか、ヴェルシーロフに対しても、奇妙に態度を変えてしま 年「もし、しいてお望みなら、ロシャには貴族階級はかって存ったのに気がついたもんだから : : : もちろんヴ、ルシ ! ロフ の説は、初めのうちこそ、多少退嬰的であったかもしれませ 成在しなかった、といっていいかもしれませんよ」 未「それはどうも、非常に曖昧で、不明瞭です。わたしなどのんが、しかし後のほうは非常によくなりました。そして : ピュロ 23 ノ