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検索対象: ドストエーフスキイ全集11 未成年
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1. ドストエーフスキイ全集11 未成年

と、ぜんぜんものの観念や世界観を異にしている人間には、 に病的な歓喜におそわれることがあった。それは、感激の病 4 しかし、それは厳格にいう いかなる態度をとるべきかを、呑みこむだけの働きがあるの的発現というべきものだが、 を見て、彼は大満足の様子だった。一口にいえば、わたしは と、そのころたえず熱病に悩まされていたのが、い ささか百小 必要に応じて、譲歩することもできれば、多角的になること因となっていたらしいが、それも彼の端麗さを妨げることは もできたのである。それから、もう一つ告白しなければならできなかった。また彼には対立性もあった。どうかすると、 ぬことがある ( といっても、あえて自分を卑下することにはまるで皮肉に解しない ( これがよくわたしをじりじりさせ なるまいと思う ) 。わたしはこの農民出の老人の中に、感情た ) 驚くべき単純とならんで、何かしら一種徴妙な狡猾さ や見解を異にしているという点で、自分にとってぜんぜん新が、彼の心にひそんでいた。それは論駁の際に、、ちばん存 しいあるものを発見した。わたしが以前考えていたよりもは在を明らかにするのであった。彼は議論が好きだったが、し るかに明快な、よろこばしい未知のあるものを発見したのでかしそれはほんのときどきで、しかも独得なやり口だった。 ある。とはいうものの、彼が何ものをもってしてもゆるがす察するところ彼はロシャ国内を広く踏破して、いろんなこと ことのできない、落ちつきと確信をもって奉じている、あるをうんと聞き込んでいたに相違ない。 しかし、くり一込してい 種の極端な迷信には、ときどき堪忍袋の緒を切らずにいられうが、彼の何より好んでいたのは感激であり、したがってそ なかった。がそんな場合でも、 いっさいの原因はもちろん彼れはよく彼の心を訪れた。おまけに彼自身も、感激を誘うよ の無教育だった。彼の心はかなりよく組織立っていて、このうな話をするのが好きだった。概して、彼はしんから話が好 方面においては、より以上のものを世人に見出すことができきだった。 ないほどだった。 わたしは彼の口から彼自身の遍歴談や、大昔の「苦行者た ち』の伝記からとってきたさまざまな伝説を、飽きるほど聞 2 かされた。わたしはそういう方面は、とんと不案内だが、そ まず第一にわたしが彼に心をひかれたのは、もはや前にもれでも彼はこれらの伝説に関連して、ずいぶんでたらめをい 述べたとおり、なみなみならぬ純潔な心持ちと、利己的分子のったものと思われる。なぜなら、それは大部分、ロからロへ いっさい欠如している点だった。ほとんど罪というものを知と伝わった民間の物語を、・ 覚えこんだものだからである。中 らない心が感じられるのだった。心の『楽しさ』だった、し には、てんでまじめに聞いていられないような話もあった。 たがって『端麗さ』だった。『楽しさ』という言葉を彼は非 しかし、見えすいた作りかえやでたらめの間に、、 しつも何か 常に好んで、よくそれを使った。もっとも、ときおり彼も妙しら驚くばかりの完全味のある、国民的感情に満ちたあるも

2. ドストエーフスキイ全集11 未成年

ことを、みなまで思い出すことができません。ただそのとあの子は深い溜息をついてるじゃありませんか。「ねえ、お 母さん」とふいにいいだすのです。「もしあたしたちが不作 き、わたしは思わず涙を流しました。だって見ると、オー丿 ャもありがたさに唇をふるわせているんですもの。「わたし法な人間だったら、高慢ちきな心もちのため、お金を受け取 がこれをお受けするのは、お父さんのかわりともなってくだらなかったでしようね。ところが、あたしたちは受け取った さる潔白な、人道的な心を持ったお方だと、信じればこそでんだから、それでもって、あたしたちの心の優しさを証明し たことになるわね。あたしたちはあの人を身分のある年配の ございます : ・・ : 」まったくあの子は言葉すくなに、上品に、 立派にそう申したのでございます。人道的な心を持ったお方人として、信用したんですものね、そうじゃなくって ? 」わ たしは初めのうち、よくわからなかったものですから、「オー とね。ヴェルシーロフさんは、すぐ席をお立ちになりました。 「家庭教師のロも勤めのロも、きっときっとお世話します。 どうして立派な金持ちの方から、お恵みを受けちゃい 今日からさっそくかかりましよう。実際、あなたは立派な免けないんだえ、もしその方が、おまけに親切な心を持ってら っしやるとすれば」すると、オ ] リヤは顔をしかめて、「い 状を持っておいでなんだから・ : ・ : 」わたしは申し忘れました けど、あの人は初めてはいって来たときから、あの子の女学いえ、お母さん、それは違うわ、わたしたちはお恵みがいる 校の免状をすっかり出させて、それを調べてごらんになったんじゃなくて、あの人の人道的な心がありがたいのよ。ね うえ、自分でいろんな学課を試験してみてくださったのですえ、お母さん、お金は取らないはうがよかったわね。あの人 ・「お母さん、あの人はいろんな学課でわたしを試験してが勤め口を世話すると約東した以上、それだけでたくさんじ : もっとも、あたしたちは困ってはいるけ くだすったわ」とオーリヤはわたしに申しました。「なんてやありませんか : 賢いお方なんでしよう。まあ、あんな発達した頭を持った、 れど」「いいえ、オーリヤ、わたしたちの困りようといった 教育のある人と話したのは、ほんとうにまあ久しぶりだわねら、それこそどうしても、ご辞退することができないくらいな え : : : 」こういってあの子はうれしさに輝きわたっているのんだよ」と、わたしはにやりと笑ったわけでございます。で、 です。六十ループリのお金がテープルの上にのってるのを見わたしは腹の中で悦んでおりますと、一時間ばかりたって、 しました。「お母さん、あのお金 て、「お母さんしまっといてちょうだい、勤め口を世話してあの子はまただしぬけに、、 もらったら、第一番にできるだけ早く返して、あたしが潔白をつかうのは、も少し待ってちょうだい」ときつばり申すの 年な人間だってことを証明しましよう。だけど、あたしたちがでございます。「どうして ? 」と聞くと、「どうしても、たた」 といったなり、黙り込むのです。その晩、ずっと黙り通して 成優しい心の人間だってことは、あの方ももう見抜いてらっし 7 いましたが、夜中の一時過ぎに、わたしがふと目をさましま 禾やるわねえ」それから、しばらく黙ってましたが、見ると、

3. ドストエーフスキイ全集11 未成年

じような気持ちを持った人間だ』と思いなおしたわけだ。そわしが出会ったのは、ただ落ちつきのない人間ばかりだ、 こんなふうにいった方がいいと思う。人間にはいろいろあ れに、物好きもずいぶん手伝った。『いったい無神論者とは どんなものだろう ? 』といったような気持ちなのだ。だがる。いちいち見わけることができんくらいだ。えらい人もあ れば、つまらん人間もある。ばかな者もおれば学者もいる。 な、その後この物好きもなくなってしまったよ」 彼はロをつぐんだが、まだ話しつづけるつもりらしく、依ごく身分の低いところから出た人もある。けれど、みんな空 然として静かなものものしい微笑を浮かべていた。えて世間の空だ。なぜといってみなされ、一生涯、本の甘味に食傷し には、嘲笑されるなどということは夢にも考えないで、だれて、読んだり講釈したりしておるが、そのくせ自分でもしじ ゅう、合点のいかぬことがたくさんあって、何一つ解いてみ でも彼でも底意なく信用する、心の単純な人があるものだ。 、ろんなものに気が散って、われとわ せることができないし そういう人は必ず大した奥行がない。それは会う人ごとに が身がわからんようになった人があるかと思うと、中には石 大切なことでもさらけ出して見せかねないからである。しか し、マカール老人には、何か別なものがあるような気がしよりも固く冷たい心を持っておって、しかもその頭の中に た。彼を動かして語らせるものは、たんに無邪気な好人物的は、夢みたいな考えがふわふわしておるものもある。また中 わには情というものが少しもなくて、しかも軽はずみな人間が 気持ばかりではなく、何かほかのものがあるらし、 ば、説教家が顔をのそけているような具合だった。彼が医者おる。そんなのは、人を笑い草にさえしておれば満足なの だ。それから、ある人は本を読んでも、ただ自分の気に入っ に向けた ( ひょっとしたら、ヴェルシーロフに向けたものか た言葉の花ばかり抜き出して、喜んでおる。そういう人間 もしれない ) なんとなく狡猾らしい一種の微笑をとらえたと き、わたしは大いに愉快だった。会話は明らかに、この一週は、必す空な心配にあくせくして、しつかりした判断という しつこいようだが、もういちどいっておこう 間以来の論争のつづきらしかった。しかし、不幸にもその会ものがない 話の中に、またもや例の宿命的な一語が響いた。それはきの どうもこの世には退屈なことが多すぎる。つまらん人間 はその日その日に追われて、一かけのパンもなければ、子供 うわたしに電気のようなショックを与え、今でも後悔するほ どのとっぴな行為をさせたものである。 らを養う代もない。そして、夜は固い藁の上にふせっておる 「無神論者というものは」と老人はしんみりした声で語りつけれど、それでも心は軽く浮き浮きしている。罪もっくれば 年づけた。「わしは今でも恐れておるかもしれん。ただな、ア不作法なこともするが、しかし心の中はかるがるとしている 成レグサンドル・セミョーヌイチ、こういうことをいっておきのだ。ところが、えらい人になると、たらふく飲んだり食っ たりして、金貨の山にかこまれておりながら、それでいて心 3 未たい。わしは今まで一人も無神論者に出会ったことがない。 しろ

4. ドストエーフスキイ全集11 未成年

」こ迫ったもの狂わし じなければならぬ場合がある。つまり、自分が牛耳をとった 美な、しかも不安な心臓の動悸や、目前を い決断の予感と、ないまぜられるのだろう ? それはわからことを恥じるのだ。征服者は明らかにわたしだったらしい そこでわたしは恥じたわけである。 なしが、これも同様「多角性』のせいにしておこう。けれ ど、つい近ごろまで、わたしの内部にひそんでいた以前の不その朝、というのは、わたしが常習的発作のあとで、初め 安は、もはやなくなっていた。ついこの間まで経験していたて床を離れたときである、彼はわたしの部屋をのそきによっ ような、未来に対する戦慄を感じないで、自分の財力に確信た。わたしはそのときはじめて、母とマカール老人に関す を持った富豪のように、泰然として、時期のくるまで何もかる、彼ら一同の例の申し合わせを知った。そのとき彼のいっ も延期したのだ。自分を待ち伏せしている運命に、挑戦するたところによると、老人はいくらか快方に向かったが、医者 カわたは彼の病気を確実に保証しない、とのことだった。わたし ような傲慢な気持ちが、一日一日とましていった。 ; 、 しの考えでは、それは事実上の病気恢復と、急速に帰って来は心の底から、向後、自分の行動に気をつけると誓った。ヴ エルシーロフがこれらの事情を伝えたとき、わたしは初めて た生活力によるところも、多少はあるらしかった。このじじ っ間違いない完全な恢復の数日間を、わたしは今でも非常なふと心づいた、ーーー彼自身もこの老人に心底から興味を感じ ている。しかもそれは、彼のような人間から期待しえないく 満足をもって追憶している。 らい、真剣なのである。彼はどういうわけか知らないが、彼 ああ、彼らはわたしにいっさいのことをゆるしてくれた。 つまり、あのときの無法な言行をゆるしてくれたのだ。しか自身にとっても貴重な存在として、この老人を遇しているら しい。しかも、それは母のためばかりではないのだ。これは も、それは、わたしが面と向かって見苦しい人々と呼んだ、 たちまちわたしの好奇心を喚起した、というより、ほとんど その当人たちなのである ! わたしは人間の有するこの特性 わたしを驚かした。そして、正直なところ、もしヴェルシー が〔灯ましい 。これこそわたしのいわゆる心情の叡知なのだ。 少なくとも、それはたちまちわたしを引きつけてしまった、 ロフがいなかったなら、わたしは多くの事柄を不注意に見す ごしたに相違ない。またわたしの心に何よりも根強い、独自 もっとも、ある程度までである : : : たとえばヴェルシーロフ な追憶を遺していったこの老人の特質を、十分に評価するこ とは、ごく仲のいい友達同士のように語りつづけた。ただ とができなかったかもしれない。 し、これもある程度までだ。ほんのちょっとでも話に夢中に ヴェルシーロフは、マカール老人に対するわたしの態度を 年なりすぎると ( また実際よく夢中になりすぎたものだ ) 、わ 成たしたちは二人とも、心もち何かを恥じるように、すぐ心の取越し苦労していたらしい。つまり、わたしの頭や手腕を信 未手綱を引きしめた。この世の中では、征服者が被征服者を恥頼しなかったのだ。そういうわけで、わたしでもどうかする和

5. ドストエーフスキイ全集11 未成年

を避けながら、不幸な許婚の夫の行為を、あたかも最高のヒ くってかかりそうな身がまえ、みんなが公爵のことを悪く思 ロイズムででもあるかのように、たえず誇りとしているよう こ、つい、フものから ってはいないか、という不断の猜疑、 な具合だった。たえずわれわれ一同にむかって、こういってして、不幸な恋人に関する別様な意見が、妹の心の深い奥底 いるように思われた ( ことわっておくが、ひとことも口をきに形成されていくのではあるまいか、というような想像を、 いたわけではない ) 。 多少なりともさせる根拠となった。しかし、わたしは大急ぎ 「だって、あなた方のうちただの一人でも、あれだけのことで自分自身の意見をつけ加えておこう。わたしの見るところ はできないでしよう、 あなた方には名誉と義務の要求のでは、彼女の態度はたとえ全部でないまでも、半分くらい正 ために、自分で自分の身をわたすようなことはできないでし当なものだった。最後の断定に躊躇、動揺を感するというこ よう。あなた方のだれ一人だって、ああした敏感で潔白な良とは、われわれのだれよりも彼女の立場においては、もっと 心を持っている人はないでしよう ? またあの人が前にした もゆるされてしかるべきことだった。わたし自身も心底から ことにしろそうよ。だれだって腹の中で悪事をしない者はな正直に白状するが、もういっさいのことが大団円を告げた今 いじゃありませんか。ただみんなはそれを隠しているのに、 日にいたるまで、われわれ一同にあれはどの難問を課したあ っ の不幸な男を、どういうふうに、、、 とのくらいの程度までに評 あの人は自分自身をつまらない人間と意識するよりも、 そ自分の身を破滅させたほうがいい と考えたんですからね』価していいのか、かいもく見当がっかないのである。 ン冖」、かど、 彼女の動作の一つ一つが、そう語っているように思われ 彼女のおかげで家の中は、ほとんど一つの小地 た。なんとも、 しいかねるけれど、わたしも彼女の立場におか 獄に化さないばかりだった。あれほど強く愛していたリーサ れたら、やつばりこんな態度をとったに相違ないだろう。そは、当然、はなはだしく苦しまねばならぬはすだった。しか れからまたほんとうにこういったような考えが、彼女の腹し、もちまえの性格で、彼女は無一言に苦しむほうをとった。彼 いや、心の中にひそんでいたかどうか知らない。おそら女の性格はわたしに似ていた。というのは、高漫で専制的な くそうではないのだろう。彼女の理性のより明晰な他の半面のである。わたしはいつも、 そのときも今も考えている は、必ずや自分の『英雄』のやくざ加減を、残らず見ぬいてことだが、彼女は公爵を愛したのはこの専制的な性格のため いたに相違ない。なぜなら、この不幸な、自己流の意味で寛ではないか、つまり男のほうが無性格なので、最初の二一一口、最 年大な人間が、同時にこのうえもないやくざな男だったという 初の一時間から彼女に服従した、そのためではなかろうか ? これは初めから予定した打算ではなく、何かこう、心の中で 成ことは、今となってみると、だれひとり疑いをいれるものが 未ないからである。それに彼女の高慢な態度、われわれ一同に自然にできあがっていくことなのである。しかし、こうした田

6. ドストエーフスキイ全集11 未成年

あとで老公のいったところによると、わたしは非常にいさ士といっしょに証書を作成している最中なのです。わたしの ぎよい態度で、これだけのことを述べおわったそうだ。 ところへヴェルシーロフ氏の代理人がやって来て、決闘申込 偽りならぬ悲しみの色が、公爵の顔に現われた。 みを伝えたのです : : : エムス事件に関する正式の申込みです 「あなたはわたしに終わりまでいわしてくださらなかったん ですよ」彼はしみじみした調子で答えた。「わたしがいま心 「ヴェルシーロフがあなたに決闘を申し込んだんですっ 底から出た言葉をもって、あなたに応対しているとすれば、そて ? 」とわたしは叫んだ。目が燃えはじめ、血が顔に上るの れは現在、わたしがヴェルシーロフ氏に対していだいているを感じた。 ほんとうの感情が、因をなしているのです。わたしは、今あ「そうです、決闘を申し込んだのです。わたしはすぐに受納 なたにこまかい事情を残らずお話しできないのを、残念に思 しましたが、しかし顔を合わす前に、あの人に一通の手紙を いますが、これだけのことは名誉にかけて誓います。わたし送ることに決心しました。それには、わたしのあの行為に対 はもうずっと以前から、エムスにおける自分の行為に、架、 する今の見解をのべて、あの恐ろしい過失に対する悔悟の情 深い慚愧の念を感じているのです。べテルプルグへ来る旅支を、つつまず表白してあるのです : ・ いや、まったくあれは 度を整えながらも、あらゆる方法を講じて、ヴェルシーロフただの過失だったのです、不幸な運命的な過失だったので 氏に満足を与えようと決心しました。つまり、あの人の指定す ! ついでにおことわりしておきますが、連隊内のわたし する形式で、まったく文字どおりに謝罪しようと決心したのの地位からいうと、そんなことをするのははなはだしい冒険 です。わたしがこうして自分の考え方を変えた原因は、高遠でした。なぜって、顔合わせの前にそんな手紙を送れば、わ な力強いある影響なのです。わたしが法廷で争っていたとい たしは否が応でも社会の輿論に問われることになりますから うことも、わたしの決心にいささかの影響も与えませんでしね : : : あなたもおわかりになるでしよう ? が、それにもか た。わたしに対するあの人の昨日の行動は、深く深くわたし かわらずわたしは心を決しました。ところが、その手紙はま の心を、いわば、揺り動かしたので、あなたははんとうにし だ出さないでいるのです。なぜなら、決闘の申込み後、一時 ないかもしれませんが、今だにわたしは正気に返ることがで間ばかりたったとき、またあの人から手紙をもらったので きないように思われるくらいです。ところで、あなたにお知す。それには、心配をかけてすまなかったと詫びを述べ、ど らせすることがありますーーーわたしが老公のところへやってうか決闘の申込みは忘れてほしい、自分はあの「瞬間的な狭 - 来たのも、実は、ある一つのなみはすれた出来事を報告する量と利己心の突発』を ( これはあの人自身の言葉です ) 、後悔 . ためなのです。というのは、三ⅱ、 繕ⅱつまりあの人が弁護しているとつけ足してある。こういうわけで、今ではあの人

7. ドストエーフスキイ全集11 未成年

わたしは彼に熱い接吻をした。 ったのです。あのひとの心の中に存在していました。いや、 「アルカージイ : 今でも存在しているし、これからさきも存在するに相違あり いつでも今のように清い心を持っておい ません ! しかし、もうたくさん ! どうでしよう、ばくはで」 これからすぐ、あのひとのところへ出かけて、事情をすっか わたしはまだ生れて一度も、彼を接吻したことがなかった り聞いたものでしようか、どうでしよう ? 」 のだ。彼が自分のほうからそれを望もうとは、夢にも想像で わたしは『冗談です』といったが、胸の中には涙があふれきなかった。 ていた。 「そうね、もしそうしたかったら、出かけるがいいさ」 「ばくは、この事件をあなたに話したので、なんだか心が穢 れたような気がします。どうか怒らないでください、お父さ ん。しかし、女のことは ( くり返していいますが ~ 、女のこ 『もちろん、出かけるのだ ! 』と家路をさしていそぎなが とは第三者に語るべきものじゃありません。相談相手にだっ て、とても理解できないんですからね。天使にだってわかりら、わたしは肚をきめた。『すぐに出かけよう。きっとあの コンフィデント っこありません。もし婦人を尊敬するなら、相談相手をこしひとは一人で家にいるに相違ない。なに、一人だろうと「ほ コイフィデント かにだれがいようと同じこった。外へ呼び出すまでのこと らえないほうがしし 、もし、自分を尊敬するなら、相談相手 だ。あのひとはおれに会ってくれるだろう。むろんびつくり , をこしらえないほうがいいです ! ばくはいま自分を尊敬し ていないのです。さようなら。ああ、ばくは自分の誤りをゆはするだろうが、しかし会ってくれるに違いない。もし会っ てくれなかったら、ぜひとも話さなければならぬ急用がある るすことができない : 「たくさんだよ、アルカージイ、お前は大げさに考えすぎるといわせて、どこまでも意地を張ろう。すると、あのひとは 何か例の手紙に関係したことかと思って、会ってくれるに相 のだよ。お前、自分でもそういってるじゃないか、『なんに 違ない。そうしたら、おれはタチャーナ叔母のことをすっか もありやしなかった』って」 り聞いて、そのうえで : : : そのうえでどうするというのだ ? わたしたちは堀端へ出て、別れを告げた。 年「ときに、お前は一度もわたしを、子が親に対するような隔もしあのひとの言葉が正しかったら、おれもあのひとに対し 成てのない心持ちで、接吻してくれたことがないねえ ? 」とって恥すかしからぬ人間になる。が、もしこっちの考えが正し くて、あのひとのほうが悪かったら、そのときこそはもうい しいたした。 未ぜん、彼は妙に声をふるわせながら、こう、 第 6 章賭博場にて 293

8. ドストエーフスキイ全集11 未成年

んて ? 」 セルゲイ公爵は事実、健康がすぐれないので、濡れたタオ 「ど、フもそうだと見えるよ。もっとも : : もっとも、お前は ルで頭を縛ったまま、家にこもっていた。彼はわたしを待ち そろそろ出かける時分らしいね。わたしもなんだかしじゅう こがれていた。しかし、彼は頭痛ばかりでなく、むしろ精神 ) でもやらせよう。わたし的にす 0 かり悩んでいたのである。またことわ 0 ておくが、 頭痛ばかりして。ルチャ ( : ~ 歌劇 は倦怠の荘重さ、とでもいうものが好きなんだよ。だが、こ最近ずっと破局のもちあがるまで、わたしはどうしたもの のことはもうお前に話したつけね : : : どうも同じことを幾度か、やたらに興奮して気ちがい同様になった人ばかりに接し : さてと、そろそろ出かけるかな。 もいってしよ、つがない・ ていたので、自分まで知らすしらす、その興奮にかぶれない わたしはお前が好きなんだよ。アルカージイ。しかし、さよでいられないのであった。正直なところ、わたしはよからぬ うなら。わたしは頭痛がしたり歯が痛んだりすると、いつも感情をもって、彼の部屋にはいっていった。それに、昨日、 ひとりになりたくってたまらないんだ」 彼の前で手放しで泣いたのが、恥すかしくてならなかったの だ。それに、なんといっても、彼はリーサとぐるになって、 彼の顔には、何かしら悩ましげな影が現われた。今となっ てみると、そのとき彼の頭が痛んだことを、とくに頭が痛んまんまとわたしをだましおおせたので、わたしは自分のばか さ加減を、承知しないわけにはいかなかった。てっとりばや だということを、わたしも心から信ずる次第である。 くいえば、彼の部屋へはいって行ったとき、わたしの心の絃 「では、また明日」とわたしは、つこ。 「また明日とはなんのことだね ? いったい、あすはなにが は調子はずれの響きを立てていたのだけれど、こうした付焼 あるんだね ? 」と彼は、ひんまがったような微笑を浮かべた。刃の狂った調子は、間もなくどこかへいってしまった。彼の 「あなたのとこへ行きますよ。でなければ、あなたがばくのほうも公平に見て、猜疑心が霧散すると同時に、もうすっか とこへいらっしやる」 り隔てなく胸襟をひらいてきた。彼の心には、ほとんど赤ん 「いや、わたしは行かないが、お前がわたしのところへ駆け坊のような人なっこさと、信じやすい愛情がひそんでいるの がわかった。彼は涙ながらわたしに接吻して、さっそく用談 つけるだろうよ : ・・ : 」 にかかった : : : それに、わたしはまったく彼にとって必要な 彼の顔には何かしら、思いきって不気味な表情が浮かんだ けれど、しかしわたしはもう表情どころではなかった。一大人物だったのだ。彼の言葉にも思想の流れにも、はなはだし しゆったい しラ - が認められた。 年事が出来したのであるー 彼はリーザと結婚したい、 しかも、なるべく早くしたいと 成 3 いう意味を、きわめて断乎たる語調で声明した。 引 9

9. ドストエーフスキイ全集11 未成年

わたしがこういっている間に、彼女は席を立って、次第に 入れないで、耳を傾けていた。 やけど 顔を赤くしていたが、やがてとっぜん、わたしが越すべから わたしはまるで火傷でもしたようにおどりあがった。 ざる一線を飛び越しはしないかと心配するように、彼女はす 「あなた何か約東にお遅れなすったんですの ? 」 ばやくさえぎった。 「ええ : いや : : : ええ、遅れたんです、けれど、すぐ出か けますよ。ただちょっとひとこといいたいことがあるので「どうかあたしを信じてください。あたしは心から、あなた す。アンナさん」とわたしは興奮に駆られて、言葉を切った。のお気持ちを察しているのですから : : : あたしはお言葉まで : もうずっと前からです もなく、それを感じていました : 「今日はどうしても、あなたにいわないでおられませんー あなたがばくをここの : : : 」 ばくはあなたに告白したいのです、 へ招待してくだすった、その優しいデリケートなお心を、も彼女はわたしの手を握りしめながら、ちょっと間が悪そう に言葉を止めた。と、ふいにリーザが気どられぬようにわた ういくど祝福したかしれないんです。あなたと知己になった ことは、きわめて強烈な感化をばくに与えました : : : あなた しの袖を引っぱった。わたしは暇を告げて外へ出たが、すぐ ーザがわたしに追いついたのである。 のお部屋にいると、魂が浄められるような気持ちがします。次の間で、 そして、あなたのお家を出るときには、実際よりもいい人間 4 になったように感じます。それはまったくなんです。あなた 「リーザ、なんだってばくの袖を引っぱったんだね ? 」とわ とならんですわっていると、悪いことを口に出すことができ たしはきいた。 ないばかりか、悪い考えをいだくこともできなくなります。 「あのひとは悪い女よ、ずるい女よ。あのひとにあんなこと あなたのそばにいると、そんなものはどこかへ消えてしまい ます。そして、ちょっとでもあなたのそばで何か悪いことををいう値打ちはないわ : : : あのひとはただいろんなことを嗅 思い出すと、ばくは恥ずかしくなり、おどおどし、心の中でぎ出そうと思って、そのためあなたをそばへ引き寄せてるの 顔を赤らめます。それに、今日あなたのところで妺に会ったよ」早ロな毒々しい声で、彼女はささやいた。わたしは今ま のが、ことに愉快でたまらないのです : : : それはつまり、あでついそ一度も、彼女がこんな顔をしたのを見たことがなか なたの高潔なお心と : : : 美しい態度を証明しているわけだか 「リーザ、お前どうしたの。あのひとはあんな立派なお嬢さ 年ら : : : つまり、あなたが実になんともいえない、兄弟のよう 成な情を示してくだすったので、もしこの隔ての氷を割ることんじゃないか ! 」 「へえ、じゃ、あたしが悪い女なのよ」 未を許してくださるなら、ばくは : 252

10. ドストエーフスキイ全集11 未成年

恥を感じるし、理性は意識的にそんなふうのことを描いてみ実によって、自然と闡明したはうがいし 。さしむきただ一つ 、、こナ、っておこ、つ、 読者よ、乞う蜘蛛の魂を記憶せよ。 る勇気がなかったのだ。ところが、夢の中でわたしの魂は、 心の内部にひそんでいたものを、恐ろしいまで正確に完全なしかも、それは『端麗さ』を標榜して、彼らおよびいっさい しかも予言的な形でさらけ出して見せたのの世人からのがれ去ろうとした人間の、内部にひそんでいる 絵巻として、 端麗さに対する渇望は、このうえなく烈しいものだ だ。いったいわたしは、今朝マカール老人の部屋から駟け出のだー しかし、 ) てれがど、フ った。それはもちろんそうに違いない すとき、こんなことをみんなに証明しようと思ったのだろう なんともお話にならないような渇望 か ? しかしもうたくさん、このことはやがて時期のくるましてはかの渇望、 と、ごっちゃになっていたのだろう ? それはわたしにとっ で、何にもいわないことにしよう ! わたしのみたこの夢は て神秘である。実際それはつねに神秘だった。わたしは人間 生涯における、最も奇怪な出来事の一つである。 のこうした素質に幾度となく驚嘆してきた ( それも主とし て、ロシャ人に多いようである ) 。つまり、このうえない陋 第 3 章マカ ] ル老人の物語 劣な欲望とならんで、最高の理想をおのれの心中にいたわ り - 、十 ( 、ノ、亠む しかも、それがまったく真剣なのだ。こ れはロシャ人独得の多角性であるけれど、ロシャ人の大をな 三日後の朝、わたしは寝床から起きあがった。そして、両さしめるゆえんのものだろうか、それともたんに陋劣をもっ これが問題である , 足を踏んで立ったとき、ふいにもう寝込みはしないと直感して呼ばれるべきものか しかし、閑話休題としよう。いずれにしても一種の凪がや た。わたしは全快の日の近さを完全に味覚した。こんな些細 ってきた。わたしは何でもかでも、できるだけ早く全快し な枝葉末節は、いちいち書きとめる価値がないかもしれない けれど、そのときはわたしにとって記憶すべき日々だったのて、さっそく行動を開始しなければならないと、理屈なしに である。べつにこれという出来事もなかったけれど、何かしらただそう悟った。そこで、日常の衛生をまもり、医者の言葉 喜ばしい平穏な記憶として、長くわたしの心に彫りつけられにしたがおうと決心した ( その医者の人物は論じないことに こんなことはわたしの回想の中でも、稀有のして ) 。なみはずれて落ちついた理知と結び合った狂暴な計 たのである、 ことに属する。わたしの心の状態は今のところ、はっきり名画は ( これも多角性の結果である ) この家を出るまで、つま り、病気の全快まで、延期することにした。いったいどうし をつけないでおこう。たとえ読者がそれを知ったにもせよ、 むろんほんとうにはしないだろう。それより後でいろんな事てああいう平和な印象や、静寂の享楽が、悩ましいまでに甘