に浮かんだ若干の感想と印象を、べつにご依頼はなかったも 密」 ( これは貴兄の表現による ) を小生一人にのみ伝えてく ださったらしい。その点をも深く多とするものであります。のの、遠慮なく述べさせていただきたいと思います。実際、 小生はヴェルシーロフ氏の説に同意します。つまり貴兄のご しかし、この「理想」に関して、小生の意見を聞かせよとい う貴兄のご依頼は断然おことわりしなければなりません。第とき孤独な青春時代を送られる人に関しては、十分に危惧の 念をいだいてしかるべきであります。貴兄のごとき青年は、 一、これは手紙などに書きつくせないことですし、第二に / 生自身これに答えるだけの準備ができていない。まだもっと決して少なくありません。彼らの才能は、事実つねによから ぬ方向へ発達せんとする傾向を有します、ーーあるいはモル よく消化しなければなりません。 『ただ、これだけのことはいえると思います。現代の青年がチャリー グリポードフの喜劇「知恵の悲しみ』中の人 ) 式の卑屈に 大部分、自分自身の頭脳から生み出されたものでない出来合堕するか、それとも無秩序に対する秘密な翹望にこりかたま いの思想に飛びついて、しかもその思想的ストックがきわめるか、どちらかです。しかし、この無秩序に対する翹望は、 ほとんどっねに、 秩序と「端麗」 ( 貴兄自身の言葉 て軽少であり、しばしば危険なものであるのに比較すると、 貴兄の「理想」は独創的な特色があります。たとえば、貴兄を借用します ) に対する、秘められた渇望から生じるものら の「理想」は、少なくとも一時デルガチョフ一派の思想からしい。青春は、それが青春であるという理由だけでも、清浄 貴兄を守護したのであります。しかも、彼らの思想が貴兄のなものであります。あるいは、あまりにも早く現われるこう した狂憤の発作が、この秩序に対する渇望と、真理探究の精 それに比して独創性に乏しいことは疑うまでもありません。 ーヴロヴ神を含んでいるのかもしれません。現代青年のある者がこの また最後に小生は、かの尊敬すべきタチャーナ・パ ナの意見に、心から同意するものであります。小生はこの夫真理と秩序を、ああいう愚かしい滑稽な事物の中に発見し、 人を個人的に知ってはおりましたが、きようまで妥当な評価かっ何ゆえかかるものを信ずる気になったのかと、人をして をなしえなかったのであります。彼女の所説のごとく、大学唖然たらしめているのも、はたしてだれの罪かわからぬと は貴兄にこのうえもなく望ましい影響を与えるに相違ありま思います。ついでにいい添えておきますが、以前、まだあ せん。学問と生活は疑いもなく三四年間に、貴兄の思想と努まり遠からぬ過去、つい一時代前の過去においては、これら 力の領域をさらに拡張するでしよう。もし大学卒業後、ふたの興味ある青年たちは、さして憐れむ必要がなかった。なぜ たびおのれの「理想」に帰ろうと望まれるならば、それを妨なれば、その時代の青年たちはほとんど例外なしに、結局最 げるものは何一つないはすです。 彳にわが国の最高文化階級に加わって、これと一心同体に融 「さてこれから、貴兄の腹蔵なき記録を通読の際、小生の心合することに成功したからであります。彼らはたとえば、
「そうだろうと思った : : : ついぐずぐずしてて、キニーネをしょに、放浪の途にのばったりなどしないことをはっきり承 早く飲ましてあげなかったものだから、すっかり熱にうかさ知していた。またふいにわたしをつかんだかの新しい希望 れてしまって ! うつかり寝すごしたんですよ、マカール・ がいかなるものであったかも、わたしは自分で知らずにい イヴァーヌイチ」 たのだ。しかし、ある一つの一一一一口葉はたしかに口から出した、 わたしは立って、そとへ出た。母はとにかく彼に薬をのま ただしなかば譫言ではあったけれど、 『あの人たちには せ、寝床の中へ入れてやった。わたしも自分の床に身を横た端麗さがない ! 』『むろん』とわたしは前後を忘れて心の中 えたが、ひどく興奮していた。わたしはなみなみならぬ好奇で叫んだ。『この瞬間から、ばくは端麗さを求めるのだ。あ の念をいだきながら、心の中でこの遭遇に立ち戻っていき、 の人たちにはそれがない、だから、そのためにばくはあの人 ありたけの力を緊張させて、そのことを考えつづけた。当時たちを見捨てるのだ』 この遭遇から何を期待したのか、 自分でもわからない。 何かうしろでさらさらと音がした。わたしは振り返った。 もちろん、わたしの思案は支離滅裂なものだった。わたしの見ると、母がわたしの上に屈み込んで、臆病そうな好奇の目 頭の中にひらめいていたのは、思想ではなく、思想の断片に つきでわたしの顔をのそきながら立っていた。わたしはいき すぎなかった。わたしは壁のはうへ向いてふせっていたが なりその手をつかんだ。 ふとその一隅に落日のくつきりと明るい光のしみを見つけ 「お母さん、どうしてあなたは家の大事なお客さんのことを た。それは、ついさきほどまで、呪わしい気持ちで待ちもうけ ばくになんにもおっしやらなかったんです ? 」こんないい方 ていたものである。その刹那、いまでも覚えているが、わたをしようとは、自分でもほとんど思いもうけないのに、わた しの魂は急に喜びにふるえ、何か新しい光でも胸にさし込んしはだしぬけにこうきいた。 だような思いがした。この甘い一瞬間を、今でもまざまざ 不安の色は一時に、すっかり母の顔から消え、何やら喜び と覚えているし、また忘れたくもない。それは要するに、新とでもいったような表情が、さっと輝き出した。。 : カ彼女は しい希望と新しいカの一瞬であった : : : わたしはその当時、なんにも答えす、ただひとことこういったばかりである。 丿ーザのこと 健康を恢復していたところなので、そういうカの勃発は、わ「リーザのことも、やつばり忘れないでね、 - しかー ) 、 たしの神経状態の必然的結果だったかもしれない。 も。お前はリーサを忘れておいでだよ」 年その輝かしい希望は、今でも信じている、 これをわたし彼女は赤い顔をしながら早口にいい、 大急ぎで出て行こう 成は今ここで回想し、かっこの手記に記入したかったのだ。も とした。彼女も同様、甘ったるい感傷的なことをいうのが 未ちろん、わたしはそのときでも、自分がマカール老人といつ大きらいだったからである。この点、わたしにそ 0 くりだっ
た。この日記の最後の一節は、発射の寸前に記入したものでめるため酒を一ばい飲もうと思ったが、そうすれば血の出か刀 あり、ほとんど真暗な中で、字形さえ弁ぜずに書いたのだ、 たが多くなるだろうと考え、やめてしまった』と書いてあっ としるされてあった。彼は自分の死後火事などひき起こすのた。すべてこういったような調子なのだ、とヴァーシンは言 葉を結んだ。 を恐れて、蝋燭をつけなかったとのことである。 「いったんつけたものを発射の前に、ちょうど自分の命と同「あなたは、それも下らないことだというんですね ! 」とわ たしは叫んだ。 じように、また消してしまうのはいやだ」ほとんど最後の行 「いつばくがそんなことをいいました ? ばくはただ写しを こういう奇妙なことがつけ足してあった。 この自殺の前の日記は、おととい彼がペテルプルグへ帰るとらなかっただけです。しかし、下らんことでないとして とすぐ、まだデルガチョフのとこへ行かない前に書き始めた も、実際あの日記はかなり平凡なもの、というより、むしろ のだ。わたしが彼のもとを辞してからは、ほとんど十五分ご自然なものでした。つまり、こういう場合に、とうぜん書か とに書き入れをしている。ことに最後の三四節は、もう五分れるべき種類のものなんです : : : 」 おきくらいに書き込んでいるとのことだった。ヴァーシンが 「しかし、なんにしたって、最後の思想じゃありませんか、 この日記を長いこと、自分の目の前にすえておきながら ( 彼最後の思想ですよ ! 」 はそれを読ましてもらったのである ) その写しをとっておか 「最後の思想は、どうかすると、非常に下らないことがある なかったのを、わたしはぎようさんにいぶかり咎めた。それもんですよ。ある一人の自殺者が、やはりあんなふうな日記 に、日記は全部で大判一枚くらいのものだし、感想もみんなの中で、こうした重大な瞬間だから、せめて一つでも『高遠 短いものばかりだったというから、なおさらである。 な理想』が訪れてもよさそうなものだのに、かえってどれも これもみな浅薄な、空虚なものばかりだ、と訴えています 「せめて最後の一行だけでも、写しとけばよかったのに ! 」 するとヴァーシンはほほ笑みを含みながら、彼の感想はまよ」 るつきり系統がなくって、頭に浮かんで来ることを乱雑に書「寒けがするというのも、空虚な思想ですか ? 」 とこういうのだ。わたしは、それ「きみはほんとうに、寒けや血のことをいってるんですか ? き込んでいるにすぎない、 がこの場合何よりも貴重なのだと論じかけたが、それはすぐところがね、こういう事実が一般に知れわたっていますよ、 にやめてしまい、何か思い出して話してくれ、とねだりだし 自殺といなとを問わず、眼前に迫っている自分の死を考 た。彼は死ぬちょうど一時間まえに書いた幾行かを、思い出える力のあるものは、たいていあとにのこる自分の死骸の体 してくれた。それには『寒けがして仕方がないので、体を暖裁を心配するのですよ。この意味でグラフトも、血がたくさ
よったら、わたしの『理想』を粉微塵に打ち砕くかもしれな定してしまうに相違ない。ところで、彼らは何をかわりに与 そう思ったからである。わたしは自分の理想は決してだえうるのか ? こういうわけだから、わたしはもっと男らし A 」 れにもわたしやしない、だれにも口外することではない、 くすべき義務があったのだ。ヴァーシンの言葉で夢中になっ かたく決心していたが、しかし彼らは ( といっても、やはり たわたしは、急にある羞恥を感じた。そして、自分がとるに 彼らにかぎったことはないので、そういったふうの人たちのも足らぬ子供のような気がした。 全体をさすのだ ) 彼らは、わたしが自分からそんなことをお このとき、一つの恥ずべき心持ちが湧き出したのだ。なに くびにも口外しないでも、わたしの理想に幻滅を感じさせるも自分の利口さ加減をひけらかそうといういまわしい、い持ち ようなことをいいだすかもしれない。それに『わたしの理 が、わたしに氷を割らして、ロをきかしたわけではないけれ 想』の中には、自分一人で解決のつかない疑問がだいぶあど、「首っ玉に齧りつきたい』という希望もたしかにあった る。けれど、わたしは自分以外の人間にそれを解決してもらのだ。この首っ玉に齧りつきたい、みんなにいい子だと思わ いたくないのだ。この二年間、わたしが本を読まなくなったれて抱きしめてもらいたい、 といったような心持ちを ( 一一一新 のも、つまり、わたしの『理想』にとって不利な個所に行き にしてつくせば、下司根性だ ) 、わたしは恥すべき性情の中 あたり、そのために恐ろしい震撼を受けはしまいか、というで最も卑しいものと考えていた。しかも、ずいぶん前から、 恐れがあったからである。 内部にそれがありそうに思われてならなかったのだ。それは ところが、し 、まとっぜんヴァーシンが一時にわたしの懸案まだわたしがあの長い年月辛抱して、片隅の生活 ( もっとも、 を解決して、しかも最高の意味においてわたしを安心させてそれを後悔してるわけではないが ) をしている時分からのこ くれたのである。実際、わたしは何を恐れていたのだろう ! とだ。わたしは、人中にあっては、人づき合いのわるい顔を 彼らがそもそも何をなしえたろう、 たとえ彼らに弁証法してふるまわなければならぬということを承知していた。わ があるとしてもー もしかしたら、ヴァーシンのいわゆるたしはいつもこんないまわしいことがあった後で、いや、な 「思想の感情』ということを理解したのは、あの一座の中でんといっても思想だけは自分のほうについている、依然とし わたし一人きりかもしれ、ない ! そうだ、まったく美しい思て秘密のままだ、だれにも渡しやしなかったと考えて、わず 想は、否定したばかりでは不十分だ、それにかわるべき同様 かに慰められていたのである。時としては、もしだれかに自 に美しいものを与えなければだめだ。でなか 0 たら、彼らが分の思想を明らかにしたら、心中忽然として無に帰してしま 何をいったにしろ、わたしはどんなことがあっても、自分の い、その辺の有象無象と同じようになり、ことによったら、 感情と別れたくないから、心の中で無理にも彼らの否定を否思想さえ棄てるようなはめになるかもしれない、 こんな想像
ど叫ぶような『すべてはおわれり、呪われてあれ ! 』というの『骨董店』を読んだことがありますか ? 」 言葉でぶつりと切れてしまう。グレートヘンはばったり膝を「読みました、それがどうしました ? 」 ついて、われとわが手を握りしめる。 「じゃ、覚えていますか : ・・ : ちょっと待ってください、ーく そこへ彼女の祈蒋 あの作品の終わりにこうい を入れるんです。なんだかごく短いなかばレシタチーフ風のもう一杯のみ乾しますから、 ものなんですが、しかしいっさいかざりけのない、単純なも うところがあるでしよう ? あの気ちがいの爺さんと可憐な のでなくちゃなりません。何かこう、思いきって中世紀風の十三になる孫娘が、ファンタスチッグな逃走と放浪のうちに、 ストラデとうとうイギリスのある地方で、中世紀のゴチック式寺院の 四行詩がいいでしよう、ほんのただ四行だけ、 そばに落ちつき、娘はその寺院で勤めるようになり、見物人 の歌手にして作曲家冫いくつかそういう作品があります、 この祈りの最後の響きと同時に、卒倒してしまうんで にその内部を案内して見せる : : : ところが、あるとき夕日の す ! そこで、混乱がもちあがる。人々は彼女を抱き起こし沈むころ、この子が寺院の入口に立って、タ陽の光線を浴び て、運んで行く、 そのときふいに、雷のようなコーラスながら、子供らしい魂に静かな瞑想をたたえて、じっとこの が響きわたるのです。それはまるで声の落雷とでもいったよ落日を見つめる。少女の魂は、まるで何か謎の前にでも立っ うな、神興に満ちた、勝ち誇ったような、圧倒的なコーラスたような、驚異の念に満ちているのです。なぜって、どちら なんです、いわば、ロシャのドリノシマ・チンミとでもいっ もまるで謎のようじゃありませんか、 太陽は神の思想と して、寺院は人間の思想として : : : ね、そうじゃありません たようなもので、いっさいのものをその根柢から震撼するく らい、カのあるものでなくちゃなりません。これが次第に喜 か ? ああ、ばくにはうまくいい表わせないけれど、しかし幼 びと感激の淮れたホザナ ! ( 栄光あれ ) 』の全員の高唱に きもののこういう最初の思念を、神は愛したもうのです : 移っていく。まるで全宇宙の叫びかと疑われるはどです。彼ところで、娘のそばには、例の気ちがい爺さんが階段に立っ 女はやはり静々と運ばれて行く、 そこで幕がおりるんでて、じっと動かない目で孫を見つめている : : : まったくそれ いや、まったくばくにその力があったら、何かこうい にはべつにど、つとい , つよ、フなところはありません。デイケン ったふうなものを作って見せたいんですが、今じゃもうなんズの描いたこの場景には、まったく何もとり立てていうはど にもできません。ただしじゅう空想するばかりです。ばくはのこともないんですが、しかし読者はこれを永久に忘れるこ のべっ空想してるんです。それこそのべつ。ばくの全生活とができません。そうして、これは全欧州の遺産となりまし は、ただ空想のみに化してしまいました。ばくは夜でも空想た、 いったいどういうわけでしよう。つまり、美しいも してるんですよ。ああ、ドルゴルーキイ、きみはデイケンズのとしてです ! そこに含まれた無垢な感じのためです ! 464
的となるべきものは、アルカーシャ、わたしとお母さんとのしが再びわが家へ帰ったとき、わたしの心は、いわば暗翳に 2 あれ 関係を知りたいと思ってる、そのお前の希みなのさ。彼女が閉ざされてしまった」 ( 同前 ) いっさいを理解することができたとい , フことは。 この憂 鬱症の中に更生の胚子が含まれているのだよ。わたしはお母 わが愛する夢想家よ , さんのことを想いだし、お母さんのことを空想しはじめた。 黄金時代と無神論の夢想家よ 「修道僧のような戒律 : ・・ : もしなんなら、錘といってもいし これこそわれになによりも貴きものなれ : ほんとうの想念 : これそまさしくわれに欠けたるものなれば 「わたしはお母さんのこけた頬のために貴族の思想の多くが ( 同前 ) 根底のないものとなるような気がするよⅢ」等。 ( 同前 ) 「わたしはあの老人を抱いて、接吻した、それはお前も見て 知っている、わたしはあの男の話を聞いて感激したよ。わた しはあの男を一個の貴族と認める。そしてね、ロシャの民衆 がぜんぶ貴族になるときも遠くはないと信ずる : : : わたしは この来るべき真実を直感した、理解した、だから無益な苦痛 冫冫し力ないのた。なんといっこ のために悲しんだりするわナこ、、 って、すべては神の王国で終わりを告げるだろうからね。こ の無益な苦痛のゆえにわれわれはともかくも神の王国に入れ るのだ」 ( 同前 ) 「そして、彼からあれだけの侮辱を加えられておきながら、 彼女が彼に手紙を送ろうと決心し、まるで足もとから鳥が立 つように、どうか自分をゆるして結婚してくれと頼んだと ま、まさに、 一つの驚異ではないか ! ああいうことがあっ たあとで、どうして彼女は彼に合わす顔があるのだ ? わた
アティズム : もっと になるときがくるだろうかと、ときどき想像してみないわけ れは事実だ。彼らはその当時無神論を唱道した・ : にいかなかった。けれど、わたしの、いはいつも不可能のほう も、それは彼らのごく少数にすぎないが、そんなことはどっ ちでも同じだ。この無神論者たちは、まず名乗りをあげた飛へ判決を下していた。しかし、ある時期の間は可能かもしれ : その時期がくるということは、わたしにとってなん び上り者にすぎないが、それは実行上の第一歩だった、 カここでわたしはいつも別の場 これが重要な点なのだ。そこにはまたしても彼らの論理があの疑問さえないくらいだ。 ; 、 るけれど、しかし論理の中にはいつも悩みがあるからね。わ景を想像したものだ : たしは別な文化の中に育った人間なので、わたしの心はそれ「どんな場景を ? 」 を許容することができなかった。彼らが理想と袂を分ったと彼がもうまえに、自分のことを幸福だといったのは事実で きのあの忘恩的態度、あのロ笛を吹き立てたり泥を投げつけある。もちろん、彼の言葉にはたぶんの感激性があった。彼 がそのとき口にした多くの一言葉を、わたしはこういうふうに たりするような態度、それがわたしにはたえられなかった。 ・馭者馬丁じみた事件のプロセスがわたしをおびやかしたの受けとっている。わたしたちがそのとき語り合ったことを、 だ。もっとも現実というものはいつも、たとえ輝かしい理想すべて洩れなくいま紙上に伝えるのは、この人を尊敬してい るわたしとしては思いきってできかねるものの、でもその に邁進する場合でも、いつも市井の塵の匂いがするものだ。 ときわたしが彼の口から引き出した奇妙な事実を、多少なり それはもちろん、わたしも承知していなければならなかった ともここに再現しようと思う。何より必要なことは、例の はすだ。がそれにしても、わたしは別のタイプの人間だっ た。わたしのほうは選択が自山だが、彼らのほうはそういう「錘』だった。これがいつも前からわたしを脳ましている疑 わけにいかない。で、わたしは泣いた、古い理想を思って泣問なので、その点を明らかにしようと思っていた・、、ーーで、 たしはそれを執拗に追及したのだ。そのとき彼が述べた、、 いた。まったく形容でなしに、本物の涙を流して泣いたかも くぶん幻想的な、きわめて奇怪な思想のいくつかが、永久に しれないよ」 「あなたはそんなに烈しく神を信じていたのですか ? 」とわわたしの心に刻みつけられた。 「わたしは , : フい、つふ , つにってるんだよ、アルカージイ」 たしは半信半疑でたずねた。 と彼はもの思わしげな微笑を浮かべながらいい出した。「戦 「アルカージイ、その質問は余計かもしれないよ。まあ、か いはもうおわって、戦塵も収まったのだ。呪咀と、土塊と りにわたしがそう深く信じていなかったにもせよ、それでも 叱声の後に、静寂がおそってきた。人々はかねて望んでいた 理想を慕って、嘆かずにはいられなかったろうじゃないか。 どうして人間が神なしに生きていけるか、いっかそれが可能とおり、一人ばっちになった。以前の大理想は彼らを見捨て
数百万の金がわたしの手にはいるとしても、決してそれを手シェーグスビアです、あなた方は大元帥です、式部官です。 放すことではない、サラートフの乞食などになることではな ところが、わたしは無能な一私生児にすぎません。が、それ といって抗弁するだろう。あるいははんとうに手放さなでもやはり、あなた方より優れています、なぜって、あなた いかもしれない。わたしはただ自分の考えている理想を描い方が自分でそれに屈服したからです』とこういっている場景 たにすぎないのだ。が、これだけのことはまじめにつけ足しである。わたしはこの妄想を極度にまで押しすすめて、つい ておく。もしロスチャイルドと同じ額に達するだけ貯蓄に成には教育さえ軽蔑するにいたった。わたしは、この人間が見 功したら、実際とどのつまり、その富を社会に投げつけるか苦しいほど無教育だったら、さらに魅惑的だろうと思った。 もしれない ( しかし、ロスチャイルドと同じ額に達するまでこの誇張にすぎた妄想が、当時、中学校の七年級におけるわ は、ちょっと実行が困難である ) 。じっさい半分の金も出さ たしの成績に影響したほどである。つまり、教育のないほう ないつもりだ。そうでなかったら、卑屈な振舞いになってし がかえって理想の美を増すというファナチズムのために、わ まうだろう。つまり、わたしがいっそう貧しい人間になるき たしは勉強するのをやめてしまったのだ。今ではこの点だけ りだ。ところで、もしわたしがすっかり、本当にすっかり、信念を変えた。教育があっても邪魔にはならない。 最後の一コペイカまで出しつくしたら、乞食になっても、そ諸君よ、いったい思想の独立ということは、こんな些細な のときわたしは忽然として、ロスチャイルドより二倍も富裕程度のものでも、それはど諸君にとって厄介なものだろう になるのだー これが人にわからなかったら、それはわたし か ? ああ、たとえ誤ったものであろうとも、美の理想をも の罪ではない。 これ以上説明するのはごめんだ。 てるものは幸福なるかな ! わたしも自分の理想を信じてい 『それは婆羅門托鉢の教えだ、凡庸と無力の詩趣だ ! 』とるのだ。ただばくの叙述の仕方が下手で、間違っていて、 人々はきめてしまうだろう。『無能と中庸の凱歌だ』 かにも幼稚をきわめている。もう十年もたったら、もちろん そうだ。これにはいくぶん無能と凡庸の凱歌といった趣きもっとうまくいくはずだが、今はただ記憶のためにちょっと はある。それはわたしも是認する。けれど、無力ということ書き残しておくのだ。 がはたしていえるだろうか ? わたしは次のような光景を想 4 像するのがばかにうれしかった。ほかでもない、その無能で 年凡庸な一人の男が、世間の而前に立って、顔に微笑を浮かべ わたしはようやく『理想』の説明をおわった。もし書き方 成ながら、『あなた方はガリレオです、コペルニグスです、カル が下等で、上っ滑りがしていたら、それはわたしが悪いの で、『理想』の罪ではない。 未ル大帝です。ナポレオンです。あなた方はプーシキンです、 もう前にことわっておいたとお
ったのです。解放された人たちは、結合的観念がないため くり返していうが、公爵は恐ろしく無教育だった。わたし に、ついには尊い連鎖というものをことごとくなくしてしまは全部が全部、ヴェルシーロフに同意ではなかったものの、 おお って、せつかく獲得した自由さえも、まもり遂せることがでそれでもいまいましさのあまり、長いすに腰をかけたまま、 きなくなったのです。しかし、ロシャ貴族のタイプは、ヨー くるりとそっぱを向いてしまった。ヴェルシーロフは、公爵 ノバのそれとはぜんぜん似ていない。わが国の貴族階級が歯を側いたことを、十分に見てとったのである。 「あなたがマソンという一一一口葉をつかわれたのは、、、 は、以前の特権を失っているにかかわらず、今日でも名誉 と、フい、つ亠駄 や、文明や、科学や、高遠な思想の守護者として、依然、最味か知りませんが」と彼は答えた。「もし現在ロシャの公爵 高階級の位置を存続することができるのです。しかし、それが、こういう思想をしりそけるとすれば、もちろん、まだそ は固定的な階級に閉じこもるわけではありません。それはたの時期が到ってないのです。絶対に解放されて、しかも不断 だちに思想の死を意味します ( ここがかんじんなことなんでに革新されていく階級へ、加入を望むすべての人にとって、 す ) 。わが国ではそれとまったく反対に、この階級へはいる神約ともいうべきこの名誉と開化の思想は、もちろん、一種 のユ 門戸は、すでに遠い以前から、かなり解放されていました。 ートビヤですが、しかしそれを不可能のものと呼ぶこと ところが、今はこれを完全に解放する時が来たのです。どう が、どうしてできましよう ? もしこの思想が、たとえ少数 かわが国では、すべての名誉や、科学や、勇気や、すべてそでも人の心に生きてるとすれば、それはまだぜんぜんほろび ういうものに関する美事、功績が、あらゆる人間に、最高階尺、したのではありません。深い闇の中における一点の火のご とく、輝いているのです」 級へ加入する権利を与えるようにしたいものですね。こうい うわけで、最高階級は自然と、文字どおりに純粋な意味で、 「あなたは『高遠なる理想』とか、『偉大なる思想』とか、 っ たんにすぐれたる人の集合に変化してしまい、以前のような「結合的理念』とかいう一一一口葉を使うのがお好きですが、い しいや、むしろ革たい、『高遠なる理想』というのは何を意味するのか、一つ 特権階級ではなくなるのです。この新し、 新されたる形式において、最高階級は維持されうると思いま伺いたいものですな」 「実のところ、どうご返事していいかわかりませんね、公爵」 公爵は白い歯を剥いた。 とヴェルシーロフは静かにほほ笑んだ。「まあ、ご返事がで 「そんなものが、どうして貴族階級といわれますか ? あなきないといったほうがたしかでしよう。偉大なる思想という たが設計なさっているのはマソンの支部か何かだ、貴族階級のは多くの場合、長いあいだ正体を突きとめられないままで じゃありません」 いる感情なのです。わたしはただこういうことを知っていま
えた付焼刃でなければ、無意識的によそから借りて来たもの 3 である。こういった人間は、必ず後日わるい意味の変化を生 じて、「とくな』仕事をはじめるようになる。そして高潔な 「まあ、お掛け、まあ、おすわり、まだ足がよく立たんだろ 思想などは、若い時分の迷いとして、惜しげもなくほうり出う」自分のかたわらの席を指さして、例の輝かしい目つきで してしまうに相違ない。 いつまでもわたしの顔を眺めながら、彼は愛想よく招じ入れ この長たらしい笑いの講釈を、物語の進行を犠牲にしてま た。わたしはそのわきに腰をおろしていった。 でここに載せるのは、考えあってのことなのだ。なぜなら、 「ばくあなたを知っていますよ、あなたはマカール・イヴァ ーヌイチでしよ、つ」 これは、わたしの生涯中、もっとも重大な思索の一つと信じ ているからである。とりわけ、一人の選ばれた男と結婚しょ 「そうだよ、お前。でも、起きられてよかったなあ。お前は うと考えながら、とつおいっ思案にくれて、狐疑逡巡のうち若いのだから、ほんとうにけっこうだ。年よりは墓へ向けて に注視をつづけて、最後の決心を躊躇している年ごろの娘た歩いておるが、若いものは生きるこったて」 ちに、わたしはとくにこれを一読してもらいたいと思う。読 「あなたは病気なんですか ? 」 者よ、みずから毫も理解を有せずして、結婚の問題に教訓的「病気なんだよ、お前、とりわけ足がな。この家の閾ぎわま 態度をもって容喙する憐れむべき未成年を冷笑するなかれ。 では、どうやら体をはこんで来てくれたが、ここへすわると とにかく、笑いが最も正確な、魂の試金石であることだけは っしょに、むくむくと脹れてしまった。これはちょうど則 信じている。試みに小児を見たまえ、 ただ小児のみが完の木曜日に、度が下ってからこちらのことだよ ()m つま 全に見事な笑いのすべを知っている。そのために彼らは魅惑り気温が零下になったことをいうのだ ) 。わしは今までずつ 的なのである。泣く子供はわたしにいまわしい感じを与えると、膏薬を塗っていたのだ。実はな、一昨年モスグワでリー 笑いかっ楽しむ小児は、それこそ天国からさす光であヒテンが、 エドムンド・カールルイチという医者が処方 る。これこそ人間がついには小児のごとく清らかに、純朴と してくれた膏薬でな、なかなかよく利いたもんだ、そりやよ なる未来の啓示である。そこで、この老人の示した東の間のく利いたもんだよ。ところが、今度は急に利かなくなってし 笑いに、何かしら子供らしい、言葉につくせない魅力に富んまった。それに、胸もつまったようでな。おまけに昨日から だあるものが、稲妻のように閃いたのだ。わたしはすぐさま背中までが、まるで大にでも噛まれるような気がして : : : 毎 そばに寄った。 晩ねむることもできん始末だ」 「どうしてあなたの声がまるつきり聞こえないんでしょ 37 イ