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検索対象: ドストエーフスキイ全集11 未成年
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1. ドストエーフスキイ全集11 未成年

「すっかり知ってる ? ああ、そりやお前ならあたりまえ るのは罪だっておっしやったわ : : : アルカージイ、あんたは だ ! お前は賢いんだもの。お前はヴァーシンより賢いよ。 お母さんをよく知ってて ? 」 ヒューマ お前にしろ、お母さんにしろ、人の心を見透すような、人間 「まだよく知らないね、 「ああ、お母さんはとてもいい方ねえ。兄さんはぜひお母的な目を持っている。いや、目じゃない、見方なんだ、ばく さんを知らなくちゃいけないわ。特別によく知らなくちやはでたらめばかりいっている : : : ばくはいろんな点において 悪い人間なんだよ、 「兄さんて人は、優しく両手に抱き取ったらいいんだわ。そ 「だって、ばくは現にお前さえも知らなかったじゃないか。 したら、も、つおしまいよ ! 」 一分間ですっかり だけど、今はすっかりわかってしまった。 ) ーザ。今日はお前の顔を見てると、 「抱き取っておくれ、 丿ーサ、死を恐れるってい 知り抜いちゃったよ。お前はね、 うけれど、きっと誇りの高い、大胆な、雄々しい娘に相違ななんともいえないいい気持ちだ。いったいお前はなんともい ばく、お前が好えないほどいい娘だってことを、自分で知ってるかしらん ? 、よ。ばくよりえらい、ずっとえらいよー ) ーザ ! 必要なと ばくは今まで一度もお前の目を見たことがなかったが : : : 今 きでたまんないんだよ、リーサああ 、、。ナれど、今のところ日はじめて見つけたよ。、 しったいお前は今日、どこでその目 きには、勝手に死がやって来る力ししレ ) ーザ ? どこで買って来たんだい ? 生きるんだ、ただ生きるんだ ! あの不幸な娘はかわいそうを手に入れたんだい、 ーザ、ばくには友達 オしか ? そして、何をその代価に払ったの ? だが、それでもやつばり生を祝福しよう、そうじゃよ、 ね、そうじゃよ、 というものがなかったから、今まではあの「理想』だって、 オしか ? ばくには「理想』があるんだよ、リ ーザ。ねえリーサ、ヴェルシーロフが遺産を拒絶したこと、下らんもののように眺めていたのだ。しかし、お前といっし ・ : お望みなら友達 ょにいると、それは下らんものじゃない : お前、知ってるだろうね ? 」 「知らないわけがないじゃありませんか ! お母さんと接吻になろうか ? だが、お前はばくが何をいおうとしてるか、 わかるだろうね ? : ・・ : 」 し合ったくらいだわ」 「お前はばくの心を知ってるかい、 ーザ、知らないだろ「ようくわかるわ」 「じゃ、 う。あの人がばくにとって、どれくらい大切だかってこと いいかい、約東も契約もなく、ただ友達になるんだ 年を : : : 」 成「まあ、それを知らないでいられますか、すっかり知ってて「ええ、ただただ友達にね。だけど、たった一つ約東がある の。もしあたしたちがいっか互いに責め合ったり、互いに何 R

2. ドストエーフスキイ全集11 未成年

た。そして、それはもちろん、両方ともわれわれの趣味に適アンナはゆっくり瞳を上げて、鋭くリーザを見すえた。リ ーザは目を伏せてしまった。もっとも、わたしがここへはい していたからです。ところで、今度は自由が与えられたか って来たとき想像したよりも、二人はずっと親密な間柄にな ら、この自由を持ちこたえなければなりません。はたしてう っているらしかった。それはわたしにもよくわかった。そう まくいくでしようか ? この自由も同様にわれわれの趣味に あってくれるでしようか ? 疑問はこれなのです」 考えると、わたしは愉快だった。 丿ーザはちらとアンナを見やった。と、こちらはすぐに目 「あなたはいまばくを優しい人間だとおっしゃいましたね。 を伏せて、何やら自分のまわりをこそこそさがしはじめた。 ところで、ほんとうになさらないかもしれませんが、ばくは 見るとリーザは一生懸命に押しこらえている様子だったが、 あなたのところにいると、だんだんいいほうへ変わっていく いきなり噴き出してしまった。 ふとわたしと視線を合すと、 んですよ。そして、あなたのところにいるのが愉快でたまら わたしはかっとなって、 ないんですよ、アンナさん」とわたしは情のこもった声でい 「リーザ、お前はわけのわからない女だねえ ! 」 「勘忍してちょうだい ! 」急に彼女は笑いやめて、はとんど 「あなたがいまちょうどそれをいってくだすったのが、あた しほんとうにうれしくてたまらないんですの」と彼女は意味 愁いをふくんだような声でこういった。「あたしったら、と んでもないことを考えたもんだから : : : 」 ありげに答えた。 こういった彼女の声は、さながら涙にふるえるようだっ ここでことわっておかなければならない。彼女はわたしの た。わたしはひどく恥すかしくなってきた。わたしは彼女の乱脈な生活や、いまわたしのはまり込んでいる泥沼のこと 手をとって、強く接吻した。 を、一度も面とむかっていいだしたことはないが、しかし彼 「あなたはまあ、お優しい方ねえ」わたしがリーザの手を接女はそれを知っているばかりでなく、わきのほうで根掘り葉 吻するのを見て、アンナはもの柔かにいった。 掘りきいているのだった。それはわたしも承知していた。こ 「ばノは、ね、 丿ーザ、今お前が笑ったのを見て、うれしくてういうわけで、いまの言葉は、最初の暗示ともいうべきもの たまらないんだよ」とわたしはいった。「まったくですよ、 だった。それゆえ、わたしの心はひとしお彼女のはうへ向い アンナさん、この四五日、これはいつも妙な目つきでばくをていった。 年迎えるんです。『どうです、何か聞きはしませんでしたか ? 「ご病人はどんなふうでしよう ? 」とわたしはたずねた。 成やはり何もかも無事ですか ? 』といったような目つきでね。 「ええ、大変いいほうでございます。もう歩いていらっしゃ 耒まったく、何かそういった調子なんですよ」 います。そして、昨日も今日も、馬車でそのへんをひとまわお

3. ドストエーフスキイ全集11 未成年

ものを与えます、それから一つ聞かせてください、なぜあな『人間よりは小さいし、大よりか大きいな』という考えがわ たはタチャーナ・ ーヴロヴナのところをなにに指定なすっ たしの頭に浮かんだ。わたしは屈み込んで、手でさわってみ たのです : : : だってあなたはなんといっても指定なすったんた。それは一人の子供であった。年のころ九つか十くらいの ですもの : : : 」 女の子が〔一かたまりにうずくまって〕体を曲げて縮こまっ わたしは『密会』という言葉をあえて口にし得なかった。 たまま〔わたしを眺めているのであった。〕その目は閉ざさ 「わたし、指定しました」と彼女は赤くなって臆病げにいつれていた。 『凍傷にやられたのだな ! 』とわたしはつぶやいた〔わたし 「なぜ ? なぜほかのどこかでなく の頭に閃いた。〕わたしは両手で肩をつかみ、彼女を立ち上 「わたし : : : わたしそう思ったんですの、ここだとあなたもらせようとした。その努力は多少成功はしたものの、わたし お話がしやすいだろう、とね。〔もちろん〕ああ、なんてい は彼女を支えきれなかったので、さながら丸太の切れはしの ゃなことでしよう」 ように〔彼女はどうとばかり〕ばったりともとの雪の上に倒 れてしまった。けれども、おそらくそのとき受けた衝動のた 「彼女との出会いーー・それは宿命だ」 めであろう、彼女は両眼を見ひらいた。 「ああ、それではお前はまだ気を失ってしまったわけでもな 第二編第九章「雪中の幻」一 いんだな」とわたしは叫んだ。女の子は大きな目でわたしの 独立せる挿話 顔をひたと見つめたが、それでもまだなんのことか合点がい 「焼き払うのだ、焼き払うのだ、文句なしに燃えてしまうが かないらしいふうであった。さてようやくその顔を見わける しし ! 」わたしがそれをまさしく実行するということはきわことができたが、萎びた子供つばい顔が、寒さのために青ざ めてあり得べきことだったが、そのときまったく予期しなかめて、ひと縮みになっていた。目は特別に大きくーーーそのと った一人物との遭遇のために注意をそらされてしまったのできは少なくともそんなふうに思われた、 鼻は押し潰され あご ある。わたしがいまさらのように、どうしてこんな門を越えたように平べったく、ロは並みはすれて大きいくせに、頤が て忍びこむことができたかと、あたりを見まわしたとたん、 力に小さいのであった。これだけのことをわたしはざっと ふと右の片隅、塀の突出部の陰になったところに、なにやらひととおり見て取った。女の子は明らかに何一つ合点がいか ばうっとしたものの姿を見分けた。なにか知らないが寝るか なかったらしく、いきなりまた目を塞いでしまった。わたし すわるかして、一かたまりにうずくまっているのだ。 はまたそろその手を取って、ありったけの力をしばりなが こ 0 604

4. ドストエーフスキイ全集11 未成年

たとき、彼女が傲慢なしかしひどく驚いたような目つきで、 った ! 』とわたしは胸の痺れるような思いで考えた。『ああ、印 じっとわたしを見すえたものだ。が、わたしはこの驚きの中もしおれがあの男を愛していなかったら、あの男に憎まれる に彼女を取り残したまま外へ出ながら、腹の中で考えた。『あのをこんなに悦ぶはずがないのだ ! 』 の女の目はすっかり真黒じゃない : ただ睫毛が恐ろしく黒挙句のはてに、わたしはうとうとしかけたが、 やがてぐっ いもんだから、それで目があんなに暗く見えるのだ : すり眠りに落ちてしまった。ただヴァーシンが仕事をおえ と、ふいにわたしは ( 今でも覚えているが ) あることを思て、几帳面に机を片づけ、じっとわたしの寝ている長いすを い出して、なんともいえないほどいやになってきた : : : そし見つめた後、着物を脱いで蝋燭を消したのを、夢うつつに覚 て、人も自分も一様 , にただいまいましく、胸悪く感じられるえているだけである。それは夜中の十二時すぎだった。 のだった。わたしはなぜかわれとわが身を責めて、ほかのこ 4 とを考えようと努めたのである。 したいどういうわけで、おれは隣りの女の一件につ かっきり二時間ばかりたったころ、わたしは気でも狂った て、まるつきりヴェルシーロフに憤懣を感じないのだろように、夢心地で床を起きあがり、長いすの上にすわった。 う ? 』という疑念がふとわたしの頭に浮かんだ。 隣室へ通ずる戸の向こうから、凄じい叫びや泣き声が聞こえ わたし一個の意見としては、ヴェルシーロフの行動は色情たのだ。部屋の戸は一ばいに開け放たれて、もうあかりのつ に関したもので、おそらく楽しむつもりでやって来たに相違 いた廊下では、人々が馳せちがったり、わめいたりしていた。 ない、と信じていた。しかし、わたしが困惑を感じたのは、 わたしはヴァーシンを呼び起こそうとしたが、もはや彼が床 あながちこのためではない。まったくわたしはそれよりほかの中にいないのに気づいた。マッチがどこにあるかわからな 、彼の人物を想像することができない、とさえ感じられた いので、わたしは暗闇の中で自分の着物をさがし、大急ぎで にどである。したがって、彼の屈辱を悦ぶ心はあるにもせ着替えを始めた。隣りの部屋へは女主人も下宿人も駆け集ま よ、彼を咎めようとは思わなかった。わたしにとって重大な っているらしかった。もっとも、悲鳴をあげているのは一人 のは、そんなことではなかった。わたしにとって重大なのきりだった。それは年とったほうの女で、わたしの覚えすぎ は、さっき隣りの娘といっしょに彼の家へ行ったとき、彼がるほど覚えている昨日の若いほうの女の声は、今びったり沈 きもにくにくしげにわたしをにらんだことである。実際、彼黙をまもっていた。この点がまず最初に頭へうかんだのを、 があんな目つきをしたことは、今までなかったのだ。『とうと今でも記憶している。わたしがまだ着替えを終わらないうち うヴェルシーロフも、あんなにまじめにおれを見るようにな に、ヴァーシンがせかせかとはいって来た。馴れたもので、

5. ドストエーフスキイ全集11 未成年

は真白になり、明るい灰色の目はぎらぎらと輝き、全身憤怒フは、相変わらずわたしの肩をつかんだまま、脅かすように 指を一本立てて、間の伸びたもの思わしげな徴笑に口を弛め のあまりわなわなふるえていた。今でも覚えているが、わた しは恐ろしくばかばかしい、つまらない立場におかれてしまながら、何やら問いかけるような目つきで、じっとわたしを った。なぜなら、この出過ぎ者のおかげで、なんといってい見つめた。 「ばくはね、ばくに対するあなたの行為を、滑稽で卑屈なも しカかいもくわからなくなったからである。 「息子ならどうしたというんです ! この人だってあなたとのだと思います」とわたしは不満の念を抑えかねて、こう切 り出した。 、つしよなら、いずれ悪者にきまってるわ。ねえ、あなたが しかし、彼はわたしのいうことを聞こうともしなかった。 ヴェルシーロフの息子さんなら」彼女はふいにわたしのはう 、いそのくせ、わたしの顔から目も離さないでいるのだ。 へ振り向いた。「あたしからだといって、お父さんに取次 でくださいな、 あの人は悪者です、あきれた恥知らずで「これは大いに調査しなけりゃならんぞ ! 」と彼はもの思わ しげにつぶやいた。 す。あたしあの人のお金なんかいりません : : : さあ、さあ、 「しかし、それにしても、あなたはどういう権利があってばく きあ、このお金をお父さんにわたしてください ! 」 いったいあれは何者です ? まで巻き添えにしたんですか ? 彼女は手早くボケットから幾枚かの紙幣を取り出したが、 いったいあの女は何です ? あなたはばくの肩をつかんで引 年とったほうが ( 後で母親だとわかった ) その手を抑えた。 あれはぜんたい何事です ? 」 / し力、・もー ) かーレ つばって行きました、 「オーリヤ、だって違うかもしれないじゃよ、 「ええ、、つるさい ! 純潔を失った処女とか、なんとかいう たら、このお方はあの人の息子さんじゃないかもしれない んでしようよ : ・・ : つまり、『たえずくり返される除外例』で さあ : : : あんた聞いていますか ? 」 オーリヤはちらと母の顔を見て、何やら思案したらしく、 こういって、彼は指でわたしの胸を押した。 きも軽蔑しきったような目つきで、わたしを見すえると、そ 「ええ、うるさい ! 」とわたしは彼の指を払いのけた。 オカ戸を閉める前 のままくるりと部屋の中へ引き返しこ。 : 、 しかし、彼はとっぜん思いがけなく、聞こえるか聞こえな に、閾の上に立ちどまって、もう一度憤怒の情に堪えぬよう しかくらいの低い声で、長々とさも愉央そうに笑いだした。 に、スチェペリコフに叫んた。 やがてようやく帽子をかぶり、急に顔の様子を変えて、暗い 「出て行け ! 」 おまけに地団太さえ踏んで見せた。やがて戸はばったり閉表情に移りながら、眉をひそめていった。 「ここの細君に教えてやらなけりゃならん : : : あんなやつら - って、今度はもうびんと鍵をかけてしまった。スチェべリコ

6. ドストエーフスキイ全集11 未成年

に心を配り合うだろうというこの思想ただ一つが、来世におな幻が浮かんでくるだろう。ああ、わたしはどうしても人間 ける再会の思想にかわるのだ。よしんばおれがなんの痕跡というものを「彼』なしには想像することができないんだ も残さず死んでいくにもせよ、それでも彼らの中には過去のよ、アルカーシャ。なにぶん「彼』は一度存在していたのだ 記憶が残るに相違ない、おれが生きていて彼らを愛したとい から、この世から去ってしまうなんてはずがないじゃない う記憶がだ。それから彼らも同じくこの世を去って、そのか か。また、よしんば去ってしまったにもせよ、人間は自分で わりにまったく別な人たちがくるとしても、千年の後にはま『彼』をさがしだすに相違ない。わたしは内々こんなふうに た新しい人間が現われて、われわれが彼ら以前に生きていた 考えているのだよ。『彼』は人間どもの間をめぐり歩いて、 ことを考えてくれるはずだ、そしてわれわれがまだ彼ら以前彼らの頭上に両手をさし伸べながら、そういうのだ。白子ら にこの世に来てこの地上に生きたこと、彼らを愛し彼らの幸よ、天使らよ、〕 しったいどうしてお前らは神様を忘れるこ 福を存在の間に見ようと希ったことを、想いだしてくれるに とができたのだ ? 』すると彼は、人々を「彼』のほうへ導い 違いない。〕やがていよいよこの地球も存在を終わり、太陽ていく。そのときさながら「彼らの〕目から薄い膜でも落ち も消えてしまうだろう、けれどどこかに、宇宙の和音の中たようなあんばいだった。歓喜と幸福の叫びが頭上をあまね に、かってはこれらいっさいのことが存在しておって、それく走って、すべてのものが新しい、限りなき愛に復活するの が万有の大調和に役立ったのだという想念が残るだろう。おだ。許しておくれ、アルカーシャ、わたしは未来の人類に関 お、彼らは競って互いに愛し合うだろう。しかし時をへるにする自分の想像画を、こんなふうに完成させなければならな したがって〔彼らは〕彼らの心はいよいよ悩ましくなってく 。わたしは自然神教論的な哲学者で、しかも、すべてのロ るに相違ない。彼らはおのれ一個に関して傲岸かつ大胆であシャ人の例に洩れず夢想家だ、夢を棄てることができないん ればあるほど、いったん隣人のこととなるとますます小心に だ。わたしは自然の教として、自分こそ彼らを『彼』のとこ なるのだ。 ろへ導く人間だ、という結論にいつも到着していた。「彼』 彼らは互いに優しい心づかいをもってかばい合い、子供のは再来し、彼らは新たに『彼』を認めたわけだ」 9 ーシキンの ように愛撫し合って、いまのようにそれを恥ずかしがらぬよ室保存手記 ) うになるだろう。途中で出会っても意味深いまじめな目つき で互いに眺め合う。この目には愛情と憂愁が読まれるのだ、 「さあ、これがわたしの profession de ま一 ( 信仰告白 ) だ」 そして一人一人のものは他人の生命と幸福のために気を揉む「もとのお母さんはまあどんなだったろう、そしてどんなに に相違ない、そのときとっぜん、すべての人の目の前に荘厳ひどい仕打ちを受けてきたことか ? 」

7. ドストエーフスキイ全集11 未成年

ら、とうとう彼女を立たせた。すると彼女は双の肩をふるわたしの問いを、まるで合点することができなかった。ただ わせはじめた。一二度またもや倒れそうになったが、とどの例の大きな黒い目で、じいっとわたしを見つめるばかり、そ つまり、どうやらこうやら一人で立っていられるようになっしてその眼ざしはいよいよ刺しとおすような具合になるので あった。そのうちにとうとうくちびるを動かして、早口にさ た。と、たちまちその目には好奇の色が光りだした。 彼女は目を醒ましたのである。はたしてわたしの想像は誤さやいた。 「あたい、さぶい ! 」 らなかった。彼女はたしかに十を越してはいないらしかった それは別につらそうでもなく、いわばなんの考えもなく口 が、それにしてもひどくみすばらしい身なりをしていた : をついて出てきたので、ちょうど言葉を発射したといったよ おそらく三年ごしご用を勤めてきたとおばしい、古ばけた、 破れ外套を身にまとっていた。少なくとも、その外套は短いうなあんばいであった。しかも「さむい」でなく「さぶい」 といったので、その「ぶ」が鋭く耳立った。その間にも彼女 袖を縛って前を合わせていたので、女の子の腕はほんとうに くる 包まってさえいなかったのである。おまけに足には無骨な靴はわたしの目を見つめるのをやめなかった。 を〔同じような毛の靴下の上から〕はいていた。〔しかもそ「それどころか、お前は凍え死んでしまうよ」とわたしはく の両肩にはなにか特別なやり方で〕頭のまわりに長い粗布のり返した。「家はどこなの ? おいで、ばくがお家まで連れ きれを巻いていたが、その両方の端が肩から垂れ下って、そてってあげるから、おいで ! 」とわたしは次第に浸み入るよ うな調子でくり返した。 れに木の皮で編んだ長めの小籠が一つずつ結えつけてあっ た。ひょっとしたら縫いつけてあったのかもしれない。それ〔わたしがどんなに骨折っても、彼女は身動きもせず、歩こ うともしなかった。やがてまたふいにくちびるを動かして、 はびんなどが割れぬために使われる籠だが、また、事実二つ もういちど同じ言葉を発射した。 の籠が一つずつ首をのぞけていた。こうした慣わしのあるこ 「あたい、さぶー とはわたしも以前から知っていた。よく小さい子供がこんな いれもの わたしは彼女の手をつかんだ。で〔もし彼女が〕彼女は足 容器を持って、労働者の組合などから酒を買いに安料理屋へ 使いにやられるとき、この小籠がびんの割れるのを防いでくを引きずりながら、わたしのあとからとばとば歩きだした。 ノれるわけである。〔いまの場合、女の子は塀にもたれてすわわたしは彼女をすかしながら、チョッキのポケットから二十 作 いったいどコペイカ玉を取りだして、自分でもなんのためとも知らず彼 り込み、そのまま寝入ってしまったのである。〕 年うしてそういうことになったのだろう ? 彼女は長いこと、女に与えた。そのとき彼女はとっぜんわれに返った様子でく プルヴァール 未家はどこなのか、どこから連れられてきたのか、などというるりと向きを変えたかと思うと、並木通りのほうへすたすた 8

8. ドストエーフスキイ全集11 未成年

お前さんは女性の征服者になるつもりで、当地へやって来たよ ! 」 んだね ? 上流の社交界を斬りしたがえるつもりだったんだ 「それをおよこし、出してごらん ! 」とタチャーナ叔母は猛 ね ? 私生児に生みつけられた怨みを、そこいらへんの有象り立った。 無象にはらそうという、大それた量見をおこしたんだね ? 」 「決して、決して、これをくり返しておことわりします。ば 「タチャーナ叔母さん」とわたしは叫んだ。「そんな悪口をくはあなたの立会いの席で、これをあのひとの前におきま つくのはやめてくださいー ことによったら、ばくがここです。そして、ひとことも挨拶を聞かないうちに出て行くので もと 妙に気が荒くなったのも、そもそもはあなたの悪口が囚かもす。つまり、ばくが自分からなんの強制も報酬もなく、自山 しれませんよ。そうです、ばくは私生児です。そして、ほんと意志でわたすのだということを、あのひとに知ってもらいた うに、その私生児に生みつけられた怨みをはらそうとしたの いのです、自分の目で見てもらいたいのです」 かもしれません。ほんとうにそこいらの有象無象に復讐しょ 「また気どってみたいのかえ ? やつばり惚れてるんだね、 うとしたのかもしれません。まったくこの事件じや地獄の悪 この大っころめ ! 」 魔だって、不幸の原因になったものを見つけ出すことはでき 「まあ、いくらでも好きなだけ、下品なことをおっしや、 ませんからね。でも、ばくが穢らわしい悪魔どもと握手するかまいませんよ。自分が悪いんだから、怒りやしません。あ のをしりぞけて、自分の情熱に打ち勝ったことだけは記億しあ、たとえばくはあのひとの目に、あのひとをつけ狙って陰 . 、曽っ子に見えたってかまやしない。 て下さい。ばくは無言のまま、あの女の前に書類をおいて、あ謀を企てたあさはかなイ のひとが一言も発するのを待たずに、そのまま出て行ってし ただばくが自分自身を征服して、あのひとの幸福をこの世の まいます。それはいまにその目でごらんになるはずです ! 」何よりも尊重した、その気持ちだけ認めてもらえばい、 「およこし、その手紙をすぐおよこし ! すぐにこの机の上平気です、タチャーナ叔母さん、平気ですよー ばくは自。分・ へおおき ! だけど、まさかうそをついてるんじゃないだろ自身に、元気を出せ、希望を持て、と叫んでるんです。これ が社会に踏みこむ第一歩だとしてもかまいません。そのかわ 「手紙はばくのポケットに縫いこんであります。マリヤ・イ り、終わりはよかったです。高潔な終わりでしたー ヴァーノヴナが自分で縫ってくれたんです。ここで新しい服あの人を愛してるからって、それがいったいなんです」わた をこしらえたとき、ばくは自分で古いほうから引っぱり出し しは感激に目を輝かせながら、言葉をつづけた。「ばくは て、この新しい上着に自分で縫いつけました。ほら、ここにそれを恥としません。お母さんが天使なら、あのひとは地上 あります。さわってごらんなさい。うそじゃありませんの女王です ! ヴェルシーロフはお母さんのところへ帰って ひと 503

9. ドストエーフスキイ全集11 未成年

召ばかりたったとき、公爵は 寝床の用意をした。彼は、うとうとしながら、しじゅうアン彼女が出てから、およそ一時冂 ナの手を接吻して、あなたはわたしの楽園だ、希望だ、天女目をさました。わたしは壁ごしに彼の呻き声を聞きつけたの 要するに、 で、すぐさまその部屋へ駆けつけた。彼は部屋着をきて寝台 だ、『黄金の花』だ、などといいつづけた、 恐ろしく東方的な表現を持ち出したのである。やがて、そのの上にすわっていた。けれど、薄暗いランプに照らされた見 なれぬ部屋にたった一人とり残されたために、すっかりおび うちに、とうとう寝ついてしまった。ちょうどそこへわたし 、 : 、帚ったのだ。 えきった老公は、わたしがはいって行くと思わす身ぶるいし アンナは急いでわたしの部屋へはいって来た。そしてわたて、おどりあがりながら、叫び声をたてた。わたしは彼のそ ばへ飛んで行った。老公はわたしの顔を見わけると、うれし しの前に両手を合わせながら、「どうかあたしのためではな 冫を目に浮かべながら、しつかりわたしを抱きしめた。 老公のためにここを離れないでいてください。そして、 「きみはどこか別の下宿へ引っ越したという話だったが、 あの人が目をさましたら話に行ってください。あなたがいら びつくりして逃げ出したとかって」 っしやらなかったら、あの人はもうだめです、神経性の発作 「だれがそんなことをいいました ? 」 がおこるに相違ありません。あたしは今夜までもたないんじ 「だれがいったって ? いや、ことによったら、わしが自分 ゃなしかと、心配でならないのです : : : 」といった。それか で考え出したのかもしれん。だが、ほんとうにだれかいった らなお重ねて、自分はどうしても出て行かなければならない 用事がある。もしかしたら、二時間くらい帰れないかもしれのかもしれんて。実はな、わしはいま夢を見たよ。ロ髭を生 ないから、そのあいだ老公を預けるとつけ加えた。わたしはやした老人が聖像を手に持って、真っ二つに割れた聖像を手 晩まで必ず居残って、公爵が目をさましたら一生懸命に気をに持ってはいって来ると、『お前の生活もこんなふうこ割 てしま、つのだ ! 』といきなり一つい、フじゃよ、 まぎらせようと、真剣になって彼女に誓った。 「ああ、あなたはきっとだれかから、きのうヴェルシーロフ 「あたしは自分の義務をはたします ! 」と彼女は断乎として が聖像を割った話を聞いたんでしよう」 言葉を結んだ。 彼女は出て行った。先まわりをしていい添えておくが、彼「 N'est-ce pas? 聞いた、聞いた ! ダーリヤさんから今朝 女は自分でラン・ヘルトをさがしに出かけたのだ。これは彼女ほど聞いたんだっけ。あの人はわたしの鞄と犬を、ここまで にとって最後の希望だった。そのほかに、彼女は兄のところ持って来てくれたんだよ」 へも寄るし、ファナリオートフ家の人たちをも訪問した。彼「そらごらんなさい、だから夢に見たんですよ」 ところで、どうだろ、フ、この 「まあ、それはどうでもいし 女がどんな状態で帰って来るかは、想像するにかたくない。

10. ドストエーフスキイ全集11 未成年

くやせて、落ち込んでいるといっていいくらいだった。額にて ! あんたもずいぶんおかしな人ねえ、ソフィャさん。あの はもうだいぶ小皺がよりはじめたが、目のまわりにはまだなんたのおかげでわたし腹が立つわ、ほんとうに かった。かなり大きなばちっとした目はいつでも静かな、落「まあ、タチャーナさん、なんだってあなたは、今さらこれ ちついた光をおびていた。この目の光が、初めて会ったそもを相手にそう腹を立てなさるの ! それとも、冗談にいって そもの日から、わたしをひきつけたのである。それからまらっしやるんですか、そうかもしれませんね、え ? 」タチャ た、母に沈んだような色や、しょげたような表情のまったく ーナ叔母の顔に、何やら徴笑らしいものを見つけて、母はこ ないのが気に入った。それどころか母の顔の表情はむしろ快うつけ足した。 活なほうだったに相違ないが、ただ彼女はしよっちゅう心配まったくタチャーナ叔母の悪口は、どうかすると、 ばかりして、つまらないことにびくびくしたり、なんでもな うに本気と思えないことがあった。しかし、彼女がほんとう いことに座から飛びあがったり、だれか変わった話をしはしに笑ったとしても、それはもちろん母一人に向けてはほ笑ん ないかと、おびえたように耳をすましたりして、何もかもも だのである。なゼなら、彼女は母の善良な心を深く愛してい ともとどおりだと突きとめるまでは、安心しないのだった。 たから、今この瞬間、母がわたしの素直さに幸福を感じてい 実際、『何もかももともとどおりだ』ということは、彼女にるのを、ちゃんと見てとったに相違ないのだ。 とっては万事よしという意味をもっているのだった。どうか 「タチャーナ叔母さん、ばくもやはりそう感ぜずにはいられ 変わりがなければいいが、たとえ仕合せなことであろうとませんよ。だって、ばくが今まで一度もいったことのない も、とにかく新しいことが . 起こらねま、、 : 、 。しし力というのが母『ご機嫌ようお母さん』をいってはいったのに、あなたのは の願いだった。実際、この人は子供の時分に、どうかしてひうからむやみに人にくってかかるんですもの」わたしもつい どくおびやかされたのではないか、とさえ思われるほどだっ にこう注意する必要を感じた。 た。目のはかに、わたしは彼女の卵なりした顔の形が好きだ 「まあ、どうだろう」と彼女はたちまちかっとなった。「こ った。もし頬骨がもう心もち狭かったら、母はたんに若い時の人ったら、あんなことを何か大きな手柄みたいに思ってる 分ばかりでなく、今でも美人ということができたろうに、とんだよ ! 何かい、お前さんが一生に一度、丁寧な挨拶をし 感じられた。いま彼女は三十九より上ではないが、その暗色たからって、お前さんの前に膝でもっかなきゃいけないの をした髪の間には、もう白いのがひどく目立ってきた。 かい ? それに、あれが丁寧な挨拶なのかねえ ? なんだっ タチャーナ叔母は憤慨に堪えぬ様子で、母を見上げた。 てお前さんははいって来るときに、隅っこのほうをにらむん 「こんなちびさんにー こんな者のまえでびくびくするなんだい ? お前さんがお母さんに八つ当りばかりするのを、わ