知ら - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集11 未成年
641件見つかりました。

1. ドストエーフスキイ全集11 未成年

「ああ ! 」ととっぜん夫人は叫んだ。「あなたがことづけをばくはあすこで、あなたがビヨーリング男爵と結婚なさるつ お忘れになって、そしてわたしがここへ来ることを知ってらて話を聞きました」 っしたとすれば、 「それはあのひとがあなたにいったんですの ? 」ふいに彼女 いったいなんのためにここへおいでになっ たのでしよう ? 」 は興味を示した。 「いや、実はばくがあのひとに話したことなのです。さっき わたしは首を上げた。彼女の顔には冷笑も憤怒も見えず、 セルゲイ公爵のとこへ行ったとき、ナシチョーキンが公爵に ただ持ちまえの明るい楽しそうな微笑と、やや度を強めたい たずららしい表情が浮かんでいるばかりーーーそれは、彼女の話してるのを聞いたんです」 わたしは依然として彼女に目をあげなかった。彼女を見上 顔につきものの表情だが、まるで子供のようないたずらつば げるのは、とりもなおさず、光と、悦びと、幸福を浴びるこ さである。『さあ、今度こそあなたの急所を突きとめました いったいなんと返事をなさるおつもり ? 』とでもいうよとだった。が、私は幸福になりたくなかった。憤懣の刺はぐ さとばかり、わたしの心臓を貫いた。わたしは一瞬の間 うな顔つきであった。 わたしは返事をしたくなかったので、また目を伏せてしま大決心をしたのである。それから、わたしはだしぬけにしゃ った。三十秒ばかり沈黙がつづいた。 べりだしたが、何を話したのかほとんど覚えていない。息を 「あなたはいまお父様のところから ? 」とっぜん、彼女がこ切らせながら、何やら要領をえないことを話した。けれど も、今はもう大胆に彼女を見つめていた。心臓は高鳴ってい うたずねた。 「ばくは今アンナさんのとこからやって来たのです。老公のた。わたしは何かしら、とってもっかぬことをしゃべった とこへはまるで行きませんでした : : : あなたはそれをごぞんが、しかし辻褄は合っていたかもしれない。彼女は最初のう じなんでしよう」とわたしはだしぬけにつけ加えた。 ちいつもその顔から消えることのない、持ちまえの辛抱づよ 、落ちついた微笑を浮かべながら聞いていたが、やがてだ 「アンナさんのとこで何かあったんですか ? 」 「とおっしやるのは、つまり、ばくが気ちがいめいた顔つきんだんあきれた表情に変わっていった。ついには驚愕の表情 をしてる、ということですか ? しいえ、ばくはアンナさんが、じっとすわった目の中にひらめいてきた。徴笑は依然と してその顔を去らなかったが、それもときどきびりびりとふ のとこへ行くまえから、もう気ちがいめいた顔つきをしてた るえるように思われた。 んですよ」 「どうなすったのです ? 」彼女が全身わなわなふるえている 「あのひとのところでも、正気がっきませんでした ? 」 「いや、正気がっきませんでしたよ。そればかりではなく、 のに気づいて、わたしはとっぜんこうきいた。

2. ドストエーフスキイ全集11 未成年

ガシュタイン てしまって、まるでそんなことは忘れはてたようなあんま、 3 ) で近 。し保養地 ) で、それからパード・ づきになったんだ。しかし、きみはずいぶん長く来なかった だった。もちろん、忘れてしまったに相違ない。 オし力しったいどうしたのだ ? わたしはきみを待ち 「ああ、きみ、ほんとうにきみがだれよりもまっさきに来てじゃよ、、、、 かねておったよ。まったくあれ以来、ずいぶんいろいろと変 くれるに相違ないと思っておったよ。実はね、ついきのうき オしか。ただ困ったことには、わたしはどうも落 みのことをそう考えたよ。いったいだれがよろこんでくれわったじゃよ、 るだろう ? むろん、あの子に相違ない』ところが、そのほちつけないのだ。ひとりきりになると、すぐに落ちつきがな かにはだれもないのだ。が、そんなことはかまやしない。世くなってな。だから、わたしはひとりきりになるわけに、、 ナしか ? これは実際、二二が四という 間の人ってロの悪いものだが、しかしそれはみんなくだらぬないのだ。そうじゃよ、 くらい明瞭だよ。わたしはあれが一口いうが早いか、すぐそ ことだ : ・・ : Cher enfant. ( ねえ、きみ ) この話は実に高尚な、 実に立派なものだからな。だが、きみは自分でも、あのひとれと悟ってしまったよ。ああ、きみ、あれはたった一こと二 こといったきりだが、しかしそれは : ・・ : それは素晴らしい詩 のことを知りすぎるくらい知っておるはずだ。アンナ・アン のようなものだったよ。もっとも、きみはあれの兄弟だね。 ドレーエヴナもきみを尊重しておるよ。あれは、あれは 英国の絵本などにある、厳正優美な顔だよ。あれはー・ , 。端麗ほとんど兄弟といっていいくらいだね、そうじゃよ、 無比な英国の版画だ、この世に二つとないような : : : 二、 三きみ、わたしがあんなにきみを愛したのも、偶然じゃなかっ 年前にはわたしもそうした版画の立派なコレクションをもっ た ! 誓っていうが、わたしはこれを予感しておったよ。わ ていたものだが : : : わたもはいつもその考えをもっておった たしはあれの手に接吻して、泣きだしたものだ」 、ハンカチを持ち出した。彼 んだが、どうしてそれをけろりと忘れてしまったのか、われ彼はまた泣きだす用意らしく ながら不思議なくらいだ」 は烈しく心を震撼されて、きわめて不機嫌な状態におちいっ 「ばくのおばえている範囲では、あなたはいつもアンナさんているらしかった。こんなことは、わたしが知合いになって 以来、ほとんど例がないくらいだった。たいていいつもは、 を心から愛して、高く評価していらっしゃいましたよ」 「きみ、わたしはだれのためをも悪しかれと思ったことはなずっと比較にならぬほど善良で、いきいきしていたものだ。 。気の合った友人親戚などと過ごす生活は、まことに天国「わたしはだれでもみんなゆるしてやりたいと思うよ」彼は のようなものだ。だれでも、ーーー詩人なども : : : まあ、てつ呂律のあやしい調子でつづけた。「わたしはだれでもみなゆる とりばやくいえば、こんなことは有史以前からわかりきってしてやりたいのだ。もうずっと前から、腹なそ立てたことは ないよ。芸術、 la poésie dansla vie ( 人生における詩趣 ) 、貧民 おるよ。実はな、あの夏、わたしたちは初めゾーデンー

3. ドストエーフスキイ全集11 未成年

もういっそ大きくならなければい、、 と思うようなことがもラ夫人が何をいおうと、そんなことはいちいち取り上げる必 ちあがるんだからなあ」 要がないよ」 「公爵、あなたはなんという気のよわい方でしよう ! まる 「え、あなたはなんとおっしやったのです ? 」とわたしは言 であなた自身に子供でもあるようですね。だって、あなたに葉尻を抑えた。「そんなことでいちいち腹を立てたら : は子供がないのでしよう。そして、これからさきもありやしや、まったくそのとおりです ! 世間の有象無象にいちいち ュないで . しよ、つー・」 注意を払うわけに、、 いや、これは実に立派な法 「ゴ e ま一 ( ときに ) 」彼の顔は一瞬にして変わってしまった。 則です ! まったくばくにはこれが必要なんです。ばくはこ 「ちょうどアレグサンドラさんがねーー一昨日・ : ・・・えへへー れを手帳へ書きつけておきます。公爵、あなたはときどき実 アレグサンドラ・シニーッカヤさんがね、 きみは三週間 に , つまいことをおっしゃいますね」 前あのひとにここで出あったはずだったね、 あのひとが彼は顔中をばっと輝かせた。 どうだろう、一昨日わしにこんなことをい、フじゃよ、、。 オしカわ「 N 、 ce pas ~ cher enfant• ( そうじゃよ、、、 + ・しカえ、きみ ) 真の しがちょっと冗談半分に、『たとえわたしはいま結婚すると機知というものはだんだんと滅びていってるよ。時がたつに しても、子供ができないという点については、安心できる』 つれてもっとそうなるよ。 Eh,mais•・ ••C'est 】 0 一 ) qui connais といったら、あのひとはいきなりわたしに、さも亠毋々しそ、つ一 esfemm ワ一 ( しかしねえ : : : わしくらい女を知っているものは、ち な調子で、『それどころですか、あなたのような人にこそ、 よっとあるまいて ) まったくどんな女でも、当人がなんとロで 子供ができるんですよ。きっとできますよ。結婚早々、その広言きったって、女の一生というのは、奴隷として仕えるべ 年からどんどんできはじめますよ、見ててごらんなさい』とき男をたえす求めることなんだ、つまり隷属の渇望なんだ , っトしゃよ、、、 オし力へへ ! どういうものか、わしが急に結婚よ。しかも、一つとして例外はないのだ。それを記憶しても するものと、みんながかたく思い込んでるんだよ。しかし、 らいたいて」 毒々しいいい方ではあるものの、なあ、 なかなか気がき 「まったくそうですよ、実に名言です ! 」とわたしは感きわ いとるじゃないか」 まって叫んだ。これがはかの場合だったら、わたしたちはも 「気がきいてて、そして人をばかにしてます」 のの一時間もこの問題について、哲学的な感想を語り合った 「なんだね、 cher enfant そんなことでいちいち腹を立てち に相違ないのだが、とっぜん、わたしは何かに刺されたよう や仕方がないよ。わしはな、今の世にだんだん滅びていく機な気がして、急に顔を真っ赤にした。こうして彼の警句を讃 知というものを、いちばん尊重しとるんだよ。アレクサンド美することによって、金を受け取る前に、彼のご機嫌をとっ

4. ドストエーフスキイ全集11 未成年

ら、わたしは家へ帰った。それはことによったら、滑谷だっ 6 わたしは階段から下りて行った。階段は堂々たるもので、 5 全部あけ放しになっていたので、赤い絨毯を踏んでおりて行たかもしれないが、それでもわたしはかまわない。よし滑稽 くあいだ、ずっと完全にわたしの姿を見おろすことができでないまでも、陋劣で平凡中庸な感情よりも、滑稽で寛大な ほ、フがましだ ! この『兄』との対面は、だれにもうち明け た。三人の従僕はみんな戸のそとへ出て、上の手すりにもた なかった。マリヤ・イヴァーノヴナにも話さなければ、ペテ れながら立っていた。わたしはもちろん沈黙をまもることに ザにさえもうち明けなかった。こ ルプルグへ来てから、リー レ ~ 力なかった。わた きめた。下男を相手に口論するわナこよ、、 しは足を早めようともせす、かえって余計にゆっくり歩きなの対面は、他人から平手うちの恥辱を受けたのも同じだ。と ころが、そんなことなど夢にも期待していないときに、とっ がら、階段を下までおりきった。 ああ、そんなことはくだらない話だ、青二才の癇の仕業にぜんこの紳士が姿を現わして、にこにこしながら帽子をと すぎない、などという哲学者どもがあれば、勝手にいわしてり、さもなれなれしげに、『今晩は』というではないか。も : けれど、古傷が おけ ( それは彼ら自身の恥辱なのだ ! ) 。けれど、わたしにちろん、首をひねるだけのことはあった : 現にこの手記を草してまたロをあけたのだ。 とってそれはまさに手傷だっこ、 いる今の瞬間まで、 っさいが終わりを告げて、しかも 5 報復さえもできているこのときまで、いまだに癒着しない手 傷なのだ。おお、誓っていうが、わたしはいつまでも怨みを 料理屋に四時間以上もすわり通したのち、急に発作でも起 忘れない復讐心の盛んな人間ではない。むろん、わたしが侮こったように、わたしはそこを駆け出した。もちろん、ヴェ ルシーロフの住居をさして行ったのだが、もちろん、また不 辱を受けたとき、いつも病的なほど復讐を望むのは疑いもな い事実ながら、誓っていうが、それはただ寛大な態度による在だった。まるで帰って来ないとのことだ。婆やは退屈そう 復讐なのだ。わたしは寛大をもって敵に報いよう。ただ相手な様子をしていたが、だしぬけにダーリヤをよこしてくれと がそれを感じ、理解してくれさえすればいし いいだした。わたしはそれどころではなかった ! それか それで腹 が癒えるのだ ! ついでにい、 し添えておくが、わたしは復讐ら、母のもとへも駆けつけてみたが、中へはいらず、ルケリ 心は強くないけれど、怨みはいつまでも覚えている。ただしヤを玄関口へ呼び出した。彼女の口から、ヴェルシーロフの そのくせ寛大なのだ、 ーザもやはり不在なことを知った。見 こういうことはほかの人にもある来なかったことや、 ・こつつ、つ、カ ? ・ うけたところ、ルケリヤも何やら用事があるらしく、やはり そのときは、ああ、そのときは寛大な気持ちをいだきなが何かわたしに頼みたそうにしていたが、ここでもわたしは、

5. ドストエーフスキイ全集11 未成年

この男がひ みか、こういう手合いの例にもれず、なぜか高慢ちきでさえのもくろみも、すっかり承知してるに相違ない。 あった。彼はわたしを恐ろしく注意ぶかく見まわしたが、ひとをランベルトの手下扱いにするかもしれないと思うと、わ たしはまた急にかっとなった。あばた面がわたしに話しかけ とことも口をきかなかった。ランベルトは気がきかないに もほどがある、 わたしたちを一つテープルにすわらせなるがはやいか、ランベルトの顔にはなんともいえない、ばか がら、お互い同士紹介する必要を認めなかったので、相手はげきった不安の表情があらわれた。あばた面はそれと気づい て、からからと笑いだした。 わたしをランベルトの取り巻きの一人で、ご多分にもれぬい んちき仲間と思ったに相違ない。わたしたちとほとんど同時『いやはや、ランベルトはすっかり他人の自由になっていや に着いた若い連中に対しても、彼は食事のあいだ、同様、ひがる』とわたしは考えた。その瞬間、わたしはしんから彼を 曽んだ とことも口をきかなかった。にもかかわらず見、つけたとこ こういうわけで、わたしたちは食事の間、ずっと一つテー ろ、彼らをよく知っているらしかった。彼はただランベルト ほとんどひそひそ声の内証話プルを囲んでいたけれども、かっきり二つのサークルに別れ とだけ何やら話していたが、 で、しかもおもにランベルトが一人でしゃべっており、あばてしまった。一組はあばた面とランベルトで、窓に近くさし た面は怒りつばい調子で、ちぎれちぎれに、最後通牒的な言向かいにすわっているし、いま一組はわたしと脂じみたアン 葉を投げるばかりだった。彼は高慢ちきな態度を持して、意ドレエフで、二人はならんで腰をかけ、前にはトリシャート フが陣どっていた。ランベルトは食べものをいそいで、のべ 地のわるい冷笑的な表情を捨てなかったが、ランベルトのほ うはその反対に、恐ろしく興奮して、しじゅう何やら説き伏っポーイに後を催促していた。シャンパンが出たとき、彼は せようとしているらしかった。たぶん、何かの仕事を勧めてふいにわたしに杯をつきつけた。 「きみの健康を祝して飲もう ! 」あばた面との話を中途で切 いたのだろう。一度、わたしが赤葡萄酒の壜に手を伸ばした とき、あばた面は急にシ = リー酒の壜をとって、わたしに勧りながら、彼はそういった。 「ばくにもきみと乾杯させてくれませんか ? 」美男子のト丿 めた。それまでわたしに一口もものをいわなかったのだ。 「これをやってみたまえ」わたしに壜を突き出しながら、彼シャートフが、テープルごしに杯をさし伸べた。 シャンパンが出るまで、彼はなんだかひどく考え深そうに はこ、ついった。 年そのとき、わたしはふいに悟った。彼はわたしのことを、黙りこんでいた。大木はそれこそまるでロをきかなかた が、そのかわりさかんに食った。 わたしの来歴 成もう洗いざらい知っているに相違ない、 未も、わたしの名も、ランベルトがわたしをあてこんでいるそ「ええ、喜んで」とわたしはトリシャートフに答えた。 459

6. ドストエーフスキイ全集11 未成年

者であることを、すぐに見破らないはずがない。それとも、ほの上となったのだ。ちょうどそこへ思いがけなく、こういう かならぬそのまやかし者が、そのとき彼女に必要だったのだ拾いものが出てきたではないか。それは、くだらない女同士 と、想像できないこともない。が、はたしてそうだろうか ? のこそこそ話でもなければ、涙つばい愚痴でもなく、また讒 わたしは二人の会見の詳細を、どうしても知ることができ訴や捏造でもない。そこに現われたのは手紙である、書面で なかったけれども、その後いくどとなく、この場面を心のうある。つまり、老公の娘をはじめとして、自分から彼を奪い ちに想像してみた。何より最も真に近そうなのは、ランベル取ろうとしている連中の腹黒い企みを、数学的に証明するも トが劈頭第一に、口さきと身振りとをもって、親愛なる友人のである。してみると、公爵はたとえ夜逃げをしてなりと、 のために心底から心配しているわたしの幼な友達、とでもい危急をのがれねばならぬ。その行くさきは要するに、彼女ア ー ) か、し、 い、つまでも ンナのところである。そして、できることなら、二十四時間 った役割を彼女に演じて見せたらしい なく、この最初の会見において、わたしが『書類』を持って内にでも結婚しなければならない。でないと、瘋癲病院へぶ いることを、きわめて露骨にほのめかしたに相違ない。そしち込まれてしまう。 しかし、ことによると、こんなふうだったかもしれない。 て、これは絶対の秘密で、ただ彼ランベルトのみがこの秘密 を握っていること、わたしがこの書類をもって、アフマーコ ランベルトはこの令嬢に対して、ほんのこれつからさきも奸 ヴァ将軍夫人に復讐しようともくろんでいること、等々を匂計を弄するような真似をせず、いきなりぶつつけに「マドモ わせたのも疑いをいれないところだ。しかし、何よりも肝要ワゼル、あなたは一生オールドミスで暮らすとも、百万長者 な点は、この紙きれのもっている意味と価値を、できるだけの公爵夫人でおさまるとも、要するに、ご決心一つです。そ 正確に説明したらしいことである。 れには書類がありますから、それをあの若造から盗み取っ さて、アンナのほうはどうかというと、彼女はちょうどそて、あなたにお手渡しします : : : ただし三万ループリの手形 のとき、こういったふうの情報にすがりつかざるをえないよと引換えにね』と切り出したのかもしれない。わたしはそう うな、なみなみならぬ注意をもって、それに耳を傾けざるをだったに違いないとさえ考えている。ああ、彼はすべての人 えないような : : : またいわゆる『生存竸争』のために、まんを、自分と同じような悪党と思っていたのだ。くり返して まと彼の針に食いっかざるをえないような、そういうはめに いうが、彼には悪党の単純性、悪党の素朴さとでもいうよ 年落ちていたのである。ちょうどその時分、彼女の婚約の夫がうなものがあった : : : それはともかくとして、アンナも相手 成職を免じられて、ツアールスコ工へうっされて監視をうけるの単刀直入的態度にびくともせず、立派に心の手綱を引きし 未こととなったうえ、しかも彼女自身までが、監視される身めながら、本性まる出しの調子で話すゆすり者の言葉を、最

7. ドストエーフスキイ全集11 未成年

それにつづくこの朝の出来事を、逐一書いて行くのはやめと頼んだ。わたしはルカ伝の一章を読んだ。彼女は泣きもし にしよう。もっとも、追檍に価するようなことはずいぶんあなければ、かくべっ悲しそうでもなかった。けれどそのとき った。ヴェルシーロフは葬場に姿を見せなかった。また一同ほど、彼女の顔が精神的に意味深く感じられたことはかって ないほどだった。その静かな眼ざしには思念が輝いていた。 の顔つきによって、彼が教会へやって来るものとは、だれも 期待していないらしいのが、もう出棺前から察しられた。母しかし、母は不安な気持ちで何か待ち受けているようには、 まるで見受けられなかった。会話は絶え間なくつづいた。故 は敬虔な態度で祈っていた。見うけたところ、全心を祈に 傾注しているらしかった。棺のそばには、タチャーナ叔母と人の追憶談もかなり出た。タチャーナ叔母も、わたしの前に ) ーザしかいなカった。か、いっさいなんにも描写せぬこと知らなかったことを、いろいろと話して聞かせた。ぜんたい として、もしこれらの話を書きとめたら、ずいぶん面白いも にしよう。葬式のあとで一同は家へ帰って、食卓についた。 けれど、また彼らの様子で判断したところによると、食事にのができたに相違ない。 タチャーナ叔母さえも、いつもとはがらり様子が違ってい も彼を期待していないらしかった。一同が食卓から離れたと き、わたしは母に近よって、かたく抱擁し、誕生日の祝いをるように思われた。恐ろしくしとやかで、恐ろしく優しく 述べた。 ーザもつづいてそれにならった。 て、それに第一、恐ろしく落ちついていた。そのくせ、母の 「ね、兄さん」とリーザはそっと耳うちした。「母さんたち気をまぎらすために、かなりよくしゃべってはいたのであ る。けれどただ一つのデテールを、わたしははっきり記應に はあの人を待ってるのよ」 「そりや察してるよ、 丿ーザ、様子でわかるよ」 刻みこんだ。母は長いすに腰かけていたが、その長いすの左 「きっといらしってよ」 手にあたる特別な円テープルの上に、何かの用意でもしてあ 「してみると、たしかな情報を握ってるんだな』とわたしはるような具合に、古い聖像がのっていた。それには袈裟の飾 考えたが、べつに根掘り葉掘りしなかった。わたしの気持ちりがなくて、ただ二人立ちになっている聖者の頭の上に、ト など、くだくだしく書き立てないはずだが、こうした想像さな冠がつけてあるばかりだった。この聖像はマカール老人 それはわたしも知っていた。また、故 は、その朝淦刺たる気分にもかかわらず、また重石のようにのものであった、 わたしの胸へのしかかった。わたしたちは母を取り巻いて、人が肌身はなさず持っていて、それを奇蹟の聖像といってい ししくたひ 年客間の円テープルの前へ腰をおろした。ああ、わたしはそのたこともわたしは知っていた。タチャーナ叔母ま、、 かこの聖像を見やった。 成とき母のそばにいてその顔を眺めるのが、どんなにうれしか 禾ったか ! 母はとっぜんわたしに福音書の一節を読んでくれ「ねえ、ソフィヤ」ふいに話の腰を折りながら、彼女はこうい 5

8. ドストエーフスキイ全集11 未成年

じや感づいているらしい、少なくとも、ゆうべのあの男の調「お母さんは、お父さんになんにもおっしやらなかったわ 9 子で判断するとね : : : みんな知っているのだ、ばくをのけてそれに、お父さんもおききにならないんですもの。きっとき みんな知っているのだ ! 」 きたくないんでしよう」 「だれも何にも知りやしません。あの人は決して友達に話を「知っていながら、そのくせ知ろうとしない。それはそうだ ろう しやしませんわ。また、するはずがないんですもの」とリー 。、かにもあの人らしいや ! まあ、お前は勝手にこの ビストルの話なんかするばか ザがさえぎった。「ところで、あのスチェべリコフについて兄貴の役まわりを笑うがいし ) ーザ、これが は、あたしこれだけのことしかいえませんの。スチェべリコな兄貴をさ。しかし、お母さんは ? ねえ、 フはあの人を苦しめています。でも、あのことは、スチェべお母さんに対する非難になることを、お前がいったい考えな かったのかい ? ばくは夜っぴてそのことで苦しみ通した リコフも、ただほんの当て推量をしているくらいのもんでし こう考えるに相違ない。 よう : : : また兄さんのことは、あたし幾度もあの人に話しまよ。いまお母さんは、まず第一に、 『わたしも同じような間違いをしたから、これはきっとその したから、あの人は兄さんが何も知らないと、信じきってい ますわ。ただなぜ、どんなふうに、昨日あんなことがもちあせいに違いない。瓜の蔓に茄子はならない、道理だから ! 』 がったのか、それがわかんないんですの」 とね」 「いや、少なくとも、ばくは昨日あの男と、すっかり総勘定「まあ、なんて意地の悪い、残酷なことをいうんでしょ をしてしまったよ。だからまあ、それだけでも心の荷がおり ーザは叫ぶと、 、つ ! 」急に目に一泯をにじませながら、 丿ーザ、お母さんは知ってるだろうか ? たとい , つものさ , なり立ちあがって、足ばやに戸口のほうへ歩きだした。 いや、どうして知らないはずがあろう。きのう、ついきのう 「お待ち、お待ち ! 」とわたしは彼女を抱きとめて、また椅 ばくにくってかかったんだからなー 子の上にすわらせ、抱いた手を離さずに、自分もその側に腰 ったいお前は、あらゆる点から見て、自分を正しいと思ってをおろした。 「あたしここへ来る途中、こんなことになるだろうと思って いるのかい ? まるきりこれからさきも、自分を咎めるよ、フ なことはないのかい ? いまどきの人はどういうふうにこれたわ。兄さんはどうあっても、あたしに謝らせなくちゃ、承 を見るか、またお前がどんな考えを持っているか、というの知できないんだわ。よくってよ、あたし謝るわ。あたしは は、つまりばくや、お母さんや、兄弟や、お父さんのことね、ただ負けずぎらいのために、今まで黙ってたの。あたし 年 成を、どう考えているか、そこんとこはばくも知らないがねなんにもいわなかったけれど、あなた方やお母さんなどのほ , つが、あたし自身よかも、ずっとかわいそ、つに思うわ : : : 」印 ヴェルシーロフは知ってるのかい ? 」 未

9. ドストエーフスキイ全集11 未成年

「きみ、きみは今わしにとって、まるで親身のような気がすとに残念だよ。わしはなんのためにこの世に生きておったの釦 か、さつばりわからんのだよー しかし、きみにはほんと、つ るよ。このひと月の間に、わしの心臓の一部になったように 思われる ! 『社交界』ではただ『社交』があるきりだ。そに感謝しておる : : : わしは : れつきりだ。カチェリーナ ( 彼の娘 ) は立派な婦人で、わし彼はなんだかとっぜんぶつりと言葉をきった。そして妙に しょげて考え込んでしまった。彼は何かショックを受けた後 の自慢なのだが、それでも、あれはしよっちゅう、ほんとう にしよっちゅうわしを侮辱するんだよ、きみ : : : それに、あ ( ショックは何がもとか知らないけれど、のべつに起こるの の命名日にやって来る娘たちゃーーー el 一 e ・ sont cha 「 mantes( あだった ) 、いつもたいていはしばらくのあいだ健全な思考カ の子たちもかわいいけれど ) , ・ーーあの子らの母親たちは、ただを失って、自分で自分の支配ができなくなるようなふうだっ た。もっとも、それはすぐに癒ってしまったので、格別から 刺繍を持って来るだけで、何一つ話ができないんだからね。 だにさわるようなことはなかった。わたしたちは一分間はど わしのところにはもう六十くらいグッションができそうなは ど、あの連中の持って来た刺繍がたまっておるが、みんな大じっとしていた。彼の厚ばったい唇はすっかり弛んで、垂れ てしまった。何より最もわたしを驚かしたのは、彼がとっぜ や鹿ばかりなんだよ。わしはあの連中も好きなんだけれど、 きみと話しとるとまるで親身の、ーー・息子じゃない、弟のよん自分の娘のことを、しかもあんなうち明けた調子でいいだ したことである。もちろん、わたしはそれを病気のせいにし うな気がしてな、ことに、きみが何か反駁するのが大好きな んだよ。きみはなかなか文学的だ、きみはずいぶん多読しと 「 cher enfant. わしがきみを呼び捨てにするのを、怒っては るとみえて、感動するすべを知っとるよ : 「ばくは何も読みやしません、決して文学的じゃありませおらんだろうな。え、どうだね ? 」 ん。ばくは手当り次第に読んだだけだし、それに、この二年彼はとっぜんこんなことをいいだした。 「いえ、決して。実ははじめのうち、ばくは幾分か腹が立っ ばかりまるつきり何も読みませんでした。それに、もう読ま たものですから、あなたにも『きみ』といおうかと思ったん ないつもりです」 ですが、それはばかげたことだと気がっきました。だって、 「なぜ読まないつもりなんだね ? 」 あなたがばくに「きみ』とおっしやるのは、何も、ばくを侮 「ばくには別な目的があるからです」 「 Cher•• : ただきみもわしと同じように生涯の終わりになっ辱するためじゃないんですからね」 しかし、彼はもう耳をかさないで、自分の質問も忘れてし て、 je sais ( ou 「 mais je ne sais rien de bon ( わたしはすべて を知っているが、いいことは少しも知らない ) とい、つなら、まこまったらしい

10. ドストエーフスキイ全集11 未成年

「あなたはごぞんじないのです、それがどういうふうだったす : : : 」 ( 七 ) 「少年を堕落さす : : : よくもわたしにそんなことがい か、ばくが〔なにをしようと〕考えたか」 「あべこべですわ、わたしよく知っています、もしなんなえたものですわ。わたしあなたを呼んで、お話しなくちゃな ら、わたしのほうからいいましようか、わたしと結婚しようらないことがありましたの ( でもわたしはね、あなた方の間 とい , つのでしょ , つ」 を裂くのを恐れていました ) 。わたし、あなたをお通ししな しように頼みました。そのとき : : : わたし何ごとも起こらな 「どうしてそれをごぞんじなのです ? 」 いように、すっかりわけをお話しようと思ったのですけど 「まあ、まだあんなことをきいてらっしやるわ ! 」 : ところがとっぜん、あの晩のできごとでしよう。わたし 「あなたはあの人を恐れていらっしたんですか ? 」 「ええ、恐れていましたわ、でもわたしはね、あの人自身のはあの人の考えを知っています、あの人は目を醒ましたので す。あれは爆発でした。きっと、これが最後のものでしょ ためにも恐れていましたのよ」 彼女、「わたしだれも愛してはいません。わたしみんなをう。こんどは義務です。わたしがあの人をゆるしたってこと は、あの人も知ってらっしやるんですわ。おまけに、あの人 愛していますの。あなたなどとても愛していますわ。わた で、わたしやっ し、あなたがしつかりした方だといし 、と思っていました。わの手紙がおかしなものだったでしよう。 : ところがとっぜん。わたしあなたが好きなん たしがあなたに愛着を感じたのも偶然ではなかったのね。あてみました : なたははかのだれとも似ていらっしやらないんですもの、わですの、そしてあなたはわたしにとって大切な人です」 「もう少し待ってくださいな、わたしたちまた会いますわ。 たしあなたにずいぶん期待をかけていますわ」 いらっしゃい、あなた、あの人のところへいらっしゃい。 あなたは未成年です」 ( 四 ) 「あなたは純な方です、 これからわたし、あることをあなたに白状しようと思いま ( 五 ) 「い、 しえ、そんなことをおっしやっちゃいけません、 わたしが自分の心に手綱をつけたいときなんか : : : わたし自すの。世界では、まあどうでしよう、あれをほとんど色仕か けのようにいってるんですの、まあ、そんな : : : そして、わ 身どんなことを空想するか、それをあなたがごぞんじでした たしがわざとあなたを引き寄せようとしているのだなんて。 しいえ、わたしは臆病じゃありません」彼女でもわたしはね、あなたが利ロな方だってことも、わたした ちが二人とも大学生みたいなものだってことも、ちゃんと知 龕にはむしろ驚きがある ) 年 ( 六 ) 「ばくはタチャーナ叔母さんが留守なのがうれしくてっています、そして信じています。わたしのお友だちになる 未たまりません。ばくはあなたに会いたくて焦れていたので方は、決してわたしにそんな判決を下しはしないでしようの