調子 - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集11 未成年
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1. ドストエーフスキイ全集11 未成年

彼の言葉の中には、深い思想がこもっていたかもしれませ日三百ループリ貸してくれといいましたね。じゃ、これを ん。ところが、あなたはてんでそれを理解しなかったので : 」彼はわたしの前のテープルに金を置いて、自分は肘掛 っ す。理解しなかったのです。そして : : : 」 けいすに腰をおろしながら、神経的にうしろへよりかか 「ばくは人にさし出がましくお説教されるのがいやなんでて、足と足を組み合わせた。わたしはちょっとまごっいて立 ト僧っ子扱いにされたくないんです ! 」と彼はほとんちどまった。 ど怒気を含んで、ぶち切るようにいった。 「ばくど、つしたらいしカ : : 」とわたしはつぶやいた。「実 「公爵、そういういい方は : ・・ : 」 際、きのうお願いはしたけれど : : : そして、ばくは今とても 「どうか芝居がかった身振りはやめにしてください、お願い必要なんだけれど、しかしそういう調子でロをきかれるとす だから。ばくは、自分のしていることが卑劣だということれば : も、自分が遊蕩児で、博奕うちで、おまけに泥棒かもしれな「調子なんかうっちゃってくださし 、。 0 もー ) ば / 、、が . 何か一市 . め、か いってことも、承知しています・ : : ・ええ、泥棒です。なぜっ ならざることをいったとすれば、それはどうかおゆるしを願 て、ばくは家族の金をカルタですってるからです。しかし、 います。まったくのところ、ばくはそれどころでないんです ばくは人からかれこれいわれたくありません。そんなことは よ。まあ、こういうわけなんです。ばくはモスグワから手紙 いやです。決して許しません。ばくは自分で自分を裁きまを受け取りました。実は弟のサーシャが ( ごそんじでしよう、 す。それに、なんだってあんな曖昧なことをいうんでしょ まだ子供なんです ) 、四日まえに亡くなったのです。それに、 、つ ? ・ , もーし . 何、こ、、 カ ~ くししし分があるなら、遠慮なくまっすぐ親父が、これもやはりごそんじでしようが、もう二年越し中 。あんなわけがわからんことを、予言者じみた風を患っています。そして、手紙の模様ではこのごろまた悪 調子でならべ立てる必要はないのだ。ばくに向かってあんな くなって、ロもきけなければ、人の顔も見分けがっかないそ ことをいいたいなら、それだけの権利がなくちゃ。つまり、 うです。こういったわけで、あちらでは大変この遺産を悦ん 自分自身潔白でなくちゃ : でね、親父を外国へ連れて行こうといってるんです。しか 「第一に、ばくは話の初めに居合わせなかったので、あなた し、ばくによこした医者の手紙によると、親父はとうてい二 がた二人が何を話していたのか知りません。ところが、第二週間も、もつまいとのことです。してみると、もう母と妹と として、いったい、ヴェルシーロフのどういうところが不潔ばくが残るきりで、つまり、今ではばくがほとんど一人 : 白なんでしよう ? 一つ伺いたいもんですね」 いや、手短かにいうと、ばくは一人で : : : あの遺産は : : : あ 「たくさんです、後生だから、もうたくさんです。きみは昨の遺産は : : : ああ、いっそあんなものなんか、初めからない

2. ドストエーフスキイ全集11 未成年

戸口のはうへ駟け出した。しかし、彼が姿を現わしたのは、重大な用件なのです」とスチェべリコフはしかつめらしく大 女たちにとってバケツに一杯、ひや水を浴びせられたくらい きな声でいった。 効果があった。ふたりはそこそこに姿を隠し、ばたんと扉を 二人はいっとき躊躇したが、それでもはんの少しばかり四 閉めてしまった。スチェペリコフはその後から飛んで行こう分の一ほどドアを開けた。けれど、スチェべリコフはすぐに としたが、やがて立ちどまって、指を一本立て、にやにや笑しつかと扉のハンドルを握って、もう二度と閉められないよ いながら何やら思案していた。このとき、わたしは彼の笑いうにしてしまった。やがて会話がはじまった。スチェペリコ の中になんともいえないいやな、気味の悪い、陰惨な表情をフはしじゅう中へはいろうとあせりながら、大きな声でしゃ 読んだのである。居間の戸口に立っている女あるじに気がっ べりだした。わたしはいちいち一一 = ロ葉まで覚えていないけれ くと、彼は爪先立ちで足早に廊下を横切り、そのほうへ走っど、どうやらヴ、ルシーロフのことや、自分はなんでも話し て行った。そして、二分間ばかり、何やらひそひそ話をして聞かすことができる、なんでも詳しく説明することができ て、むろんのこと情報を受け取ると、彼はもはや堂々たる態るだの、『いや、まあ、あなたわたしにきいてごらんなさい』 度で、断乎たる色を浮かべながら部屋へ引っ返し、テープル だの、『いや、まあ、あなた少しわたしの家へいらっしや、 の上からシルクハットを取り、ちょっと鏡の中をのそいて髪というようなことだった。彼は間もなく中へ通された。 をかき上げると 、、かにも得意らしい自足の色を浮かべ、わ わたしは長いすへ引き返して、盗み聴きしようとしたが、 たしのほうを見向きもせず、隣りの部屋へ出かけて行った。 どうもよく聞き分けられなかった。ただしよっちゅ、フヴェル そして、ちょっと戸口へ耳を持っていって、様子をうかがい シーロフの名を口にすることだけはわかった。わたしは声の ながら、廊下ごしに女あるじに得意らしく目ばたきをして見調子から推して、スチェ・ヘリコフが早くも一座の会話を操っ せた。こちらは指を立てて、脅かすような真似をしながら、 ているのを察した。もののいいぶりも、前のようにおずおす しきりに首を振るのであった。その様子は、『まあ、なんてした調子ではなく、さっきわたしに向いていったように、 悪戯っ子でしようね ! 』とでも、 しいたそうだった。それか「あなたわかりますか ? さあ、これから気をつけて聞いて ら、彼は思いきったような、だがいかにも婉曲な顔をして、下さい』といったようなことを、えらそうに威張りかえって さも慇懃そうに小腰さえかがめながら、指でこっこっと隣りならべているらしかった。もっとも、婦人に対しては、恐る の部屋の戸をノックした。すると中から、 しく慇懃な態度をとっているらしく、もう二度ばかり彼の高 「そこにいるのはどなた ? 」という声が聞こえた。 らかな笑い声が聞こえた。が、これはあまり場所柄にはまっ 「恐れ入りますが、ちょっとはいらしていただけませんか。 た笑い方でなかったに相違ない。なぜなら、彼の声と並行し

3. ドストエーフスキイ全集11 未成年

神に対する不信の一時期。福音書が彼にいかなる影ても、圧縮された形で、説明に筆を節約せず、しかも場面に 響を与えたかについて、必ず。福音書には異議なし。 よって描写しつつ。そこには調和が必要である ) 。ときとし さしあたり、重要なことはおのれの自我とおのれの利害。 ては『ジル・プラス』の程度に達するほどそっけない物語の 哲学的な問題は彼自身に関する範囲内でのみ彼の興味をひ調子。効果の少ない劇的な場面では、一見してそのようなも のにいっさい価値を措かぬように。 とはいえ、この生活記録の根底をなす理念は観取されなけ ればならぬ、 つまり、根本的理念を残らず言葉で説明す ることを避け、常にそれを謎として残しておくのであるけれ ども、この理念が敬虔なものであり、この生活記録がきわめ て重大なものであって、幼年時代から書き起こす価値を有し ていることを、読者をして常にうなずかしめなければなら 物語られるいっさいの事実の選択によ ぬ。また同様に、 って、あたかもたえず何ものかが強調されるかのごとく感じ させ、たえず未来の人間が前面に押しだされ、台座に上され るようにしなければならぬ。 「ばくが大きくなったら」 ( 一 ) 鼠を捕まえる。 びつこ ⅱこれだけのことぜんぶを四台分 ( ma mum ) に圧縮する跛の娘。 ことⅱ 老人夫婦。 = 自分がなにを書いているか、また自分の書いているのが ( 乳母、洗濯、頸にかけた勲章、ーー・そして安息に ) 。 アンナとヴァシリーサ逃亡。 涯無駄ではないという意識が、一行一行に感取されねばなら 生 最後の聖餐 ( イタリー人、ポケットから金を抜きだす ) ーー・・最初の考え。 罪最初のページ。 ( 一 ) 調子。 (ll) 思想を芸術的に、かっ る 圧縮された形で嵌め込むこと。 教師 ( 酔っている ) 。 偉調子 ( 物語、生活録、つまり作者が顔をだすにし最初の懺悔、あの人はあんな箱や杯の中になにを入れてる 二月二十二日より発送開始一月二十七日 一フンベルト、ドト 試筆 スエーフスキイ 二月十日 十五 二月二十二日

4. ドストエーフスキイ全集11 未成年

うして皆といっしょにすわって話すことはあるまい、そしてたところで』起こったことなんですよ・ : ・ : 」 いったんこの家を出てしまったら、もう一一度と足踏みをすま 「アルカージイ、それは : : : 退屈じゃないだろうか ? ねえ いと覚悟していた。だから、その間ぎわに何もかもいってや tous 一 genres ・ : ( どんな種類のことでも・・・ = ・ ) 」 ( はこまる」 れ、そう思うと、義理にも我慢ができなかったのである。わと続く。ヴォル たしをこんな結末へおびき出したのも、彼自身の責任なのだ。 「そういやな顔をしないでください、アンドレイ・ベトロー 「それはもちろん面白いだろう、ただし、それがほんとうにヴィテ、ばくは決してあなたの想像されるようなつもりで話 滑稽な話ならばね」じっと刺し通すような目つきでわたしをすのじゃありません。ばく、ほんとうにみなを笑わせたいか 見つめながら、彼はいった。「お前は例の「大きくなったとらですよ」 ころ』にいる間に、少し無作法になったようだね。もっと 「ああ、お前の声は神様のお耳に入るだろう、アルカージ -90 、 ) て、つ いいながら、まだまだ礼儀ただしいところがあるイ。お前がわたしたち一同を愛してるってことは、もうちゃ よ。タチャーナさん、これは今日ばかにかわいいじゃありまんと承知してるよ。お前だって、わたしたちの集まりをぶち せんか。しかしどうも恐れ入りますね、とうとうこの包みをこわす気はなかろうね」と彼は妙なわざとらしい投げやりな 解いてくだすった」 調子で、ロの中でもぐもぐといっこ。 けれど、タチャーナ叔母は眉をしかめて、彼の言葉にふり 「あなたはもちろんばくの顔つきで、ばくがあなたを愛して 返って見ようともしなかった。そして、依然として包みを解るってことを察したでしようね ? 」 きながら、差し出された皿に土産物をならべていた。母もや 「ああ、いくぶん顔つきでもね」 はり呆気にとられたようにじっとすわっていたが、わたした 「そう、ところで、ばくはタチャーナ叔母さんの顔つきで、 ちふたりの間が険悪になっていくのは、理解もし直覚もして叔母さんがばくに惚れ込んでるってことを、もうとうから察 いるのであった。妹はもう一度わたしの肘にさわった。 していましたよ。まあ、そんな恐ろしい顔をしてばくをにら まないでください、 タチャーナ叔母さん。それよか笑ったほ 3 、じゃありませんか ! ねえ、笑いましよう ! 」 、つ、刀、し . し 「ばくが皆さんにちょっとお話したいと思うのは」とわたし彼女は急にくるりとわたしのほうへ振り向いた。そして三 は思いきってざっくばらんな調子で話しだした。「ほかでも十秒ばかり、刺すような目つきでわたしを見据えた。 ありません、ある一人の父親が自分のかわいい息子と、はじ 「お前さん気をおつけよ ! 」と彼女は指を立てて脅かす真似 めて対面した一件なのです。それは『例のお前の大きくなつをした。しかし、その調子があまりまじめだったので、これ ノノ 4

5. ドストエーフスキイ全集11 未成年

しまった。わたしは彼が策略を弄するに違いないと、頭からみに父親がないから、侮辱したってかまわないと、たかをく くったのさ」 予想してかかっていた。ところが、彼はまるで明けすけに、 ラン・ヘルト、ばくらの話の調子は 「そりやど、つか知らない 子供じみた態度で切り出すではないか。わたしはもちまえの : そして恐ろしい好奇心のために、一応か少々子供じみてるね。ばくは恥すかしいよ。きみはまるでば 多角性のために : くを十五六の子供扱いにして、無作法に露骨に人をからかお れの言葉を聞こうと決心した。 うと思って、そんなことをいうんだろう。きみはアンナ・ア 「ねえ、ランベルト、きみにはわからないだろうカ ンドレエヴナと示し合わせたんだな ! 」憤怒のために全身を 多角性の人間だから、きみの話を聞くことにするよ」とわた しは断乎たる調子で声明して、シャンパンをがぶりと飲んだ。ふるわせ、機械的に酒をがぶがぶ飲みながら、わたしはこう 叫んだ。 ランベルトはすぐにまた注ぎたした。 「アンナさんは毒婦だ ! あいつはきみやばくばかりでな 「ほかでもないがね、アルカージイ、もしビヨーリングのよ ばくがきみを く、世間ぜんたいをだましかねないやつだー うな人間が、おれにさんざ悪態をついて、尊敬する婦人の面 前で人をなぐったりなんかしたら、おれはそれこそ、何をし待っていたのは、きみのほうがうまくあのひとの片をつける ところが、きみはそれをおめおと思ったからだ」 でかすかわかりやしな、 め我慢した。だから、おれはきみを軽蔑する。きみは意気地「あのひととはだれだい ? 」 「マダム・アフマーコヴァさ。おれはすっかり知ってるよ。 なしだ ! 」 「ビヨーリングがばくをなぐったなんて、よくもきみはそんあのひとはきみの持ってる手紙を恐れているって、きみが自 な失敬なことがいえるね ! 」とわたしは赤くなって叫んだ。分で話したじゃないカ : きみはあの 「それはむしろばくのほうがあいつをなぐったんで、あいつ「手紙だって : : : でたらめいっちゃいけよい・ ひとに会ったのかい ? 」とわたしはまごっきながらつぶやい がおれをなぐったんじゃない」 「いや、なぐったのはあいつで、きみじゃないよ」 「ああ、会ったよ、なかなか美人だ。 TI ・ esbelle ( 実に美しい ) 。 「ばかいえ、ばくはおまけに、あいつの足まで踏んでやった きみも一隻眼を備えているよ」 んだ ! 」 「きみが会ったのはわかってるさ。ただあのひとと話なんか 年「いや、あいつはきみを手でたたきのけたうえ、ポーイたち ひと 成 : しかもあの女が馬車にする勇気がきみにあるものか。それに、あのひとのことをそ に引っぱり出せといいつけたんだ : ういう調子で話してもらいたくないんだ」 、未乗って、きみを笑いながら見物していたんだ。あのひとはき イ 09

6. ドストエーフスキイ全集11 未成年

いと思ってるんだけど、ただいつも一寸のばしにのばしてる峻厳な調子で、なんのかかわりもないように、雷のごとく響 んでね。 きわたる。 Dies irae, dies illa 一 年は過ぎゅくー・・・・すべてわが世のよき年はー 怒りの日、その日に ところで、あの男は首をくくりやしないかと、ばく心配で たまんないんです。だれにもいわないで、首をくくってしま そのときふいに悪魔の声が聞こえる。悪魔の歌なんです。 あの男はそういう人間なんです。このごろは、だれ悪魔の姿は見えない、ただ歌ばかり。讃美歌と並行して、讃美 もかれも首をくくるじゃありませんか。もっとも、われわれ歌に交じって聞こえるんです。ほとんど讃美歌と溶け合わな みたいな人間が多いかもしれませんね、 こいつはなんと いばかりでいながら、しかもまるで別なんです、ー、ーそいつを もいえない。たとえばですね、ばくは余分な金がなくちや生なんとかうまくこしらえるんですね。長い歌でやみ間なくっ きていかれない。ばくには余分の金のほうが、必要な金よりづく。それがテノールなんです、ぜひテノールでなくちゃい ずっと大事なんでね。ときに、きみは音楽が好きですか ? けません。その歌は静かに優しい調子ではじまる。「思い出 ばくは恐ろしく好きなんです。こんどきみんとこへ行ったずるやグレートヘン、なれいまだ幼く、あどけなかりしころ ふみ ら、何か弾いて聞かせましよう。ばくはピアノがとてもうまなりき、母と伴ないみ堂へ詣で、古りたる書を目もてたどり ず いんです。ずいぶんながく習いました。真剣に習ったのです。つ、おばっかなげに祈蒋の句をば誦しけるよ』ところが、歌 もしばくがオペラを作るとしたら、ファウストから題材を取は次第に強く烈しくなって、調子もだんだんあがってくる。 るつもりです。ばくはこのテーマが大好きなんでしてね。ばその中には涙もあれば、救いのない不断の憂愁もあり、絶望 くはしじゅう伽藍の内部の場面を作ってるんです。といっ の響きさえこもってるんです。「赦しはなからん。グレート なれ て、ただ頭の中で想像してるんですがね。ゴチック式の大伽ヘン、この世に汝の赦しはなからん ! 』グレートヘンは祈ろ 藍、内陣、合唱隊、讃美歌、そこへグレートヘンがはいってうとするけれど、胸からはただ叫び声がもれるばかりなんで 来る。そのときね、中世紀風の合唱を聞かせるんです。十五す、 ほら、あんまり泣いて、胸に痙攣が起こったときに 年世紀という時代がはっきりわかるような合唱を、グレートへよくあるでしよう、あれなんです、ーーーサタンの歌はたえずや レンタチーフ み間なくつづいて、まるで刃物のように魂を突き刺すのです。 成ンは悩みもだえている。はじめは叙唱なんです、静かな、 と、ふいにほとん 末けれど恐ろしく悩ましいレシタチーフ。ところが合唱は陰鬱そして、節は次第に高くなっていく、

7. ドストエーフスキイ全集11 未成年

な情報と邂逅とは、まだまだこれでしまいにならなかった なく断ち切るようにいって、彼女はくるりと自分の部屋へ踵 : : : この不幸な一日を回想してみると、まるでこれらいっさを転じた。 「いや、そりやだめです ! 」とわたしは叫んだ。「あの男は いの意外な事件や偶然が互いに申し合わせて、何か打ち出の っこ何用で来たんです、返答をしてください」 小槌みたいなものから、一時にわたしの頭上へ降りかかオ 「まあ、なんてことでしよう ! ような気がしてならない。 じゃ、人が何用で行ったり わたしが下宿の戸口をあけるかあけないかに、控え室で一来たりするか、それをいちいちあなたにお話ししなくちゃな らないんですね。わたしたちだってめいめい自分の考えを持 人の青年にぶつつかった。やや長めな青白い顔は気どった 「優美な』表情を浮かべ、背の高い体には素晴らしい毛皮外ってさしつかえないと思いますがね。若い人ですから、わた 套を着こんでいた。彼は鼻眼鏡をかけていたが、わたしを見しにお金を借りようと思ったのかもしれないし、だれかの所 ると同時に、それを鼻から引っぱりおろし ( どうやら礼儀のをききに来たのかもしれない、またことによったら、わたし 、ツを持ち上げたが、 が前からあの人に約東しておいたかもしれませんよ : ためらしい ) 、丁寧に片手でシルグノト 「前からって、いつです ? 」 べつに立ちどまろうともせず、優美な微笑を浮かべながら、 だってあの人が訪ねて来る 「やあ、 b 。 ns 三物 ( 今晩は ) 」といったまま、そばをすりぬけて「ああ、なんてことでしよう ! 階段へ出た。わたしたちは互いにすぐ相手を見わけた。わたのは、初めてのことじゃありませんからね ! 」 しは生まれてこの方たった一度モスグワでちらと見たばかり主婦は行ってしまった。何よりかんじんなのは、家の人の だが、それはアンナ・アンドレエヴナの兄にあたる侍従武官調子が変わったことである。彼らはそんざいな口のきき方を の小ヴェルシーロフだった。つまり、ヴェルシーロフの息子はじめた。わたしはそれを悟った。これは明らかにまた、例 おかみ だから、ほとんどわたしの兄弟みたいなものである。主婦がの秘密なのだ。秘密が一歩ごと、一刻ごとにふえてゆく。は じめて小ヴェルシーロフが、妹のアンナといっしょに訪ねて 見送りについて来ていた ( 主人はまだ勤めから帰っていなか った ) 。彼が出て行くと、わたしはすぐさま主婦にくってか来たのは、わたしが病気しているときのことだった。そのこ つ、 ) 0 とはわたしもよく覚えている。またついきのうもアンナが、 ・カ子 / もしかしたら老公がわたしの下宿に泊まるかもしれないと、 「あの男はここで何をしていたんです ? ばくの部屋にはい 驚くべき一言をもらしたのも、はっきり記憶している : 年ったんでしよ、フ ? 」 が、これらいっさいのことはあまりに混沌として、醜悪な感 成「決してあなたのお部屋になんかはいりやしません。あの人 は、わたしのところへいらしたんですよ : : : 」早口にそっけじすら与えるので、わたしはこのことについて何一つ考えっ 未 52 ノ

8. ドストエーフスキイ全集11 未成年

いるか、見てやりたくなったのである。わたしは目的を達し 「それに先生はばくの目下の状況を、知りすぎるくらい知っ てるんです。ばくはしじゅう勝負事ばかりして、品行方正な た。ほとんど捕捉しがたい瞬間的な顔面の動きによって、彼 と推察する らざることおびただしかったんですからね、ヴァーシン君」もこの事件では何か承知しているかもしれない、 ことができた。わたしは『どんな株券か』という彼の問いに 「そのことは聞きましたよ」 「何よりも合点がいかないのは、あの男があなたのことを知は答えず、そのまま話をつづけようとした。すると、面白い ことに、彼はこの話をまるでつづけたくないらしかった。 っているという事実です。ちゃんと知ってましたよ、あなた もあすこへ出入りするってことを」とわたしは思いきって尋「リザヴェータさんのご健康はいかがです ? 」と彼は親身な ねてみた。 調子で尋ねた。 「ばくがあの仲間にぜんぜん無関係だということは、先生知「あれは達者です。妹はいつもあなたを尊敬していました よ : りすぎるはど知っています」とヴァーシンはきわめて率直に 満足の色が彼の目の中にひらめいた。わたしはすでに前か 答えた。「それに、あの書生連はむしろ空論家のはうです、 それつきりです。もっとも、きみはだれよりもいちばんら見抜いていたが、彼はリーサに対して、まんざら無関心で はないのだ。 よく、このことをおばえていられるはずですが」 彼はなんとなく、わたしを十分信川していないような気配「この間セルゲイ公爵が、ばくのとこへ見えましたよ」とふ いに彼は報告した。 であった。 「いっ ? 」とわたしは叫んだ。 「いずれにしても、ばくはきみに衷心から感謝しますよ」 「ちょうど四日前です」 「ばくの聞いたところでは、スチェペリコフ氏の仕事は、、 くぶん紊乱を生じたらしいです」わたしはまださぐりを入れ「昨日じゃありませんか ? 」 「いや、昨日じゃありません」 ようと試みた。「すくなくとも、ばくはある株券の話を聞き 彼は不審げにわたしを見つめた。 込みましたよ : 「あとでまたこの訪問のことを、もっと詳しくお話しするか 「いったいどんな株券の話を聞き込んだのです ? 」 もしれませんが、しかし今はこれだけのことをことわってお わたしは、わざと「株券』の話など持ち出したのだが、も く必要があると思います ( とヴァーシンは謎めいた調子でい ちろん、それはきのう聞いた公爵の秘密を、ヴァーシンに話 して聞かせるためではなかった。わたしはただ遠まわしに匂いだした ) 。そのとき公爵はばくの目から見て、アプノーマ わせて、目つき顔つきなどで、彼が株券のことを何か知ってルな精神状態におちいっておられたようでした : : : 頭脳のカ

9. ドストエーフスキイ全集11 未成年

ツ、お前はまるでわざとそうむつつりしてるようだね」 かって、お前は驢馬だとまっすぐにいわないんです ? 」 「わたし頭が痛いんですの」とリーザが答えた。 「それはお前、自分のことをいってるんじゃないかね ! わ 「まあ、なんてことだろう」とタチャーナ叔母が引き取っ たしは第一、だれの批判をするのも好まないし、またできな た。「少しくらい病気だからって、それがなんですか ? ア しよ」 ルカージイ様が食事にお見えになったんですよ。少しは踊り 「なぜ好まないんです、なぜできないんです ? 」 でもして、はしやがなきや」 「大儀でもあるし、また障碍もあるのだ。ある一人の賢い婦 「タチャーナ叔母さん、あなたははんとうにばくの生涯にお人が、わたしに一度こういったことがある、 あなたは ける一つの不幸ですよ。あなたが見えているときには、決し『自分で苦しむことができない性分だから』、他人を批判する てここへ来ません ! 」わたしはしんから憤慨して、掌でテー権利がない、他人の審判者となるためには、苦痛によって批 プルをたたいた。 母はびくっとした。ヴェルシーロフは変な判の権利をえなければならぬ、とこうなのだ。少しぎようぎ 自つきで、じろりとわたしを眺めた。わたしは急にからからようしいきらいはあるが、わたしに適用するには、あるいは と笑って、一同にゆるしを乞うた。 真理かもしれないと思ったので、悦んでその説に服したわけ 「タチャーナ叔母さん、不幸という言葉は撤回しますよ」依だ」 然としてくだけた調子で、わたしは彼女にいった。 「いったいそんなことを、タチャーナ叔母さんがあなたにい 「いえ、いえ」と彼女はさえぎった。「わたしはお前さんのったのですか ? 」 幸福になるよかも、不幸になったほうがずっとありがたし 「お前はどうしてそれを知ったんだね ? 」やや驚きの色を浮 よ。ど , フかそ、つ承知 . してもらいましよ、フ」 かべながら、ヴェルシーロフはわたしを見上げた。 「アルカージイ、この人生では、ちょいちょいした不幸を忍 「タチャーナ叔母さんの顔つきで察したのです。急にぎくっ ぶだけの、腕がなくっちゃだめだよ」とヴェルシーロフは徴としましたからね」 笑を浮かべながら、曖昧な調子でいった。「不幸がなければ、 わたしは偶然いいあてたのだ。後で聞いてみると、この一 生きてる価値はないからね」 句はほんとうに前の晩タチャーナ叔母が、ヴェルシーロフと 「おやおや、あなたどうかすると、恐ろしく退嬰主義者にな激烈な論戦をしながら、 いったのだそうである。くり返して りますね」神経的に笑いながら、わたしは叫んだ。 いうが、概して、わたしがこうして歓喜の念に駆られて、多 「なあに、そんなことはなんでもありやしないよ」 弁を弄しながら一同に向かっていったのは、ぜんぜん時宜を 「いや、なんでもなかありません ! なぜあなたは驢馬に向えていなかった。彼らはそのとき、それぞれ、自分自身の心 276

10. ドストエーフスキイ全集11 未成年

あ、どうでも いい、たくさんです、カチェリーナさん ! ばする者はない。い や、婦人たちでなく、たんに婦人といった 8 くはこの世にありとあらゆる神聖なものに賭けて誓いますほうが適切だ。なぜなら、タチャーナ叔母など勘定に入れる が、この会話もまたばくの聴いたいっさいのことも、必ずこ必要がないからだ。 の場限りにしておきます : : : 偶然あなたの秘密を知ったから 「あなた方の陰謀なんか、唾でも吐きかけてやりたいくらい って、それがどうしてばくの罪なのでしよう ? それに、あだ」などという乱暴な言葉は、決して婦人に向かって発すべ なたのお父さんのほうの勤めも、さっそく、あすからやめてきものではないかもしれない。にもかかわらず、わたしはそ しまうつもりですから、お探しになっている例の手紙のことれを発し、そのために満足を感じたのだ。余事はしばらくお については、あなたもご安心なすってよろしゅうございまくとして、少なくともこの言葉の調子によって、あのときの 自分の立場に含まれていた滑稽な分子を、きれいさつばり拭 「それはなんのことです ? : : : あなたのおっしやる手紙とい い取ったものと信じている。けれど、わたしはあまりこのこ うのは、なんのことですの ? 」とカチェリーナ夫人はヘども とばかり考えている暇がなかった。わたしの頭の中はグラフ どした調子でそういって、顔の色さえ真っ青にしてしまっ トのことで一ばいだった。べつに彼の死がひどくわたしを悩 た。しかしそれはただわたしにそう思われただけかもしれなましたというわけではないが、それでも、わたしは腹の底か わたしはあまりたくさんいいすぎたのに気がついた。 ら強い衝動をうけたのである。そのため、ふつうは人間が他 わたしは急ぎ足で外へ出た。二人は無言のままわたしを目人の不幸、たとえば足を挫いたとか、名誉を失墜したとか、 送したが、その目の中には極度な驚異の色が表われていた。愛するものを喪ったとか、そういうことを見聞きしたときに 手短かにいえば、わたしは彼らに謎をかけたのだ : 感する一種の愉悦感、陋劣な満足感は痕なく消えて、きわめ て純一なほかの感情、ーー悲哀に場所を譲ったのである。そ れは、グラフトに対する哀惜の情か何か知らないけれど、と 第 9 章二つの死 冫カく一種強烈な、そして善良な感情だった。これにもわた しは同様、満足だった。人間というものは、何か異常な報知 によって、全心を揺り動かされたようなとき、本来ならば、 わたしはわが家へ急いだ。そして奇態なことには、すっか ほかの感情や無関係な想念なそはいっさい圧迫し、駆逐して り自分で自分に満足しきっていた。むろん、婦人たちに対し しまうべきはずなのに、かえっていろんな無関係な妄想が、 て、しかもああいう人たちに対して、あんなもののいい方を後から後からと心に浮かんでくるものである。驚くべきこと