かなことです。しかし、ばくは勝って、取り返したかったの わたしはなぜかいまいましくなってきた。 「あなたはおそらく、ばくのところへばかり出かけて来るのです」 でしよう。この広いペテルプルグに、ばくとビヨートルさん「もう一度お前に注意しておくが、あすこにわたしの金とい 下宿の ) のほか、だれひとり遊びに行くような知人がないんでうものは、これ 0 からさきもないのだよ。わたしはね、あの 男自身が四苦八苦なのを知っているので、あの男が約東した ド ) やよ、、 にもかかわらす、あの男に対する債権を、認めないことにし 「お前 : : : そんなことはどっちでもいし たのだ」 「これからどこへいらっしやるんです ? 」 「そういう事情だとすれば、ばくは一倍、苦しいはめに立た 「いや、わたしはもうお前のところへ帰るまいよ。もし何な なきゃなりません : : : ばくはおよそ滑稽な立場におかれたわ ら、少し歩こうじゃないか、なかなか気持ちのいい晩だよ」 しったいあの人はどういうわけ 「もしあなたが抽象論のほかに、少し人間らしい調子で話をけです ! そうとすれば、、 たとえば、あのいまいましい博奕ので、ばくに金をくれるんでしよう、またばくはなんの理由が してくだすったら、 ことにしても、ほんの匂わせるだけのロでもきいてくだすつあって取るんでしよう ? 」 : しかし、ほんと , つにあ 「それはもうお前自身の問題だよ : たら、ばくだってああばかばかしく、釣り込まれていきやし の男から金を取る理由は少しもないかねえ ? 」 なかったでしように」とわたしはだしぬけに、つこ。 ? それはい、 しことだ」と歯の「友情以外には : 「お前は後悔しているのかい 「友情以外には少しも ? あの男から金を取る理由になるよ 間から言葉を押し出すように、彼はいった。「わたしはいっ うなものが、何かないかね ? え、何か考え合わせてみたう お前にとって、博奕はおもな仕事じ も想像していたよ、 ゃない、ただほんの一時わき道へそれただけに相違ないってえで : : : 」 「いったい考え合わせてみるとはなんのことです ? ばく、 いや、まったくお前のいうとおり、博奕は実に下司な 合点がいきません」 ものだ。それに、負けるという惧れがあるからね」 「合点がいかなければ、結局そのほうがいいよ。実のとこ 「おまけに他人の金を取られる惧れがある、ですかね ? 」 ろ、わたしもそうだろうと信じておったよ、アルカージイ。 「お前は他人の金まで取られたのかい ? 」 年「あなたのを取られたのです。ばくはあなたの勘定で、公爵 B ュ son 彳 mon che 「・ ( まあ、これでやめにしておこう ) とにか 博奕はなるべくやらないように、注意したらいいだろう」 成から金をもらっていたのです。もちろん、それは : : : 他人のく、 「もし、もっと前にそれをいってくだすったらなあ ! 今だ ばくとして恐ろしくばかげた、愚 未金を勘定するなんて、
イ・ベトローヴィチの権利に属する金を、公爵から引き出し ところで、そうじゃないんです ! 」とわたしは 「どっこい 、ばていたのです : ・ : ・」 愉快そうに叫んだ。「ねえ、叔母さん、きようだれカカ くに向かって、お前を愛してる、といったかもしれません「アルカージイ」とっぜんヴェルシーロアが、きつばりした 調子でいいだした。「あすこにわたしの金なんか、一コペイ 力もないよ」 「それは冷やかしにいったのさ ! 」急にタチャーナ叔母は、 この一句は恐ろしく意味深長なものだった。わたしは即座 不自然なほど毒々しい調子で引き取った。それはまるで、わ に腰を折られてしまった。ああ、当時のパラドグサルな、混 たしがこの言葉を発するのを、待ちかまえていたようであっ た。「そうです、心の優しい人間、ことに婦人は、お前さん沌たるわたしの気持ちを思い起こしたら、もちろん、この場 の心の汚さだけにでも胸をわるくしますよ。お前さんの髪を合何かしら『高潔な』発作を起こすか、それともぎようぎよ うしい一言でごまかすか、またはなにか別のやり方でうまく 分けた頭、薄地のシャツ、フランス人に縫わした服、そんな ものはみんな胸糞がわるい それはいったいだれが縫ってのがれてしまったはずなのだが、ふとわたしはリーザの眉を くれた服です、いったいお前さんはだれに養われてるんでしかめた顔に、何かしらなじるような、毒々しい、当を欠い ほとんど冷笑ともいうべき表情を見つけたの す。いったいだれがルレット遊びなどの金を、お前さんにく た表情、 れるんです。まあ、恥ずかしくもない、だれから金を取ってで、まるで悪魔にそそのかされたような気分になった。 「ねえ、お嬢さん」とわたしはとっぜん、彼女のほうに振り しるのか、思い出してもみるがいし ! 」 母はもうすっかり、かっとなってしまった。わたしは今ま向いた。「あなたはしじゅう公爵の家へ出かけて、ダーリヤ で、母がこんな烈しい羞恥の色を現わしたのを、ついぞ見たさんを訪問なさるようですが、一ついかがでしよう、この三 ことがないくらいである。わたしは腹の中がひっくり返った百ループリをあのひとに直接わたしていただけないでしよ、フ か。これは今日あなたがばくにあてこすりをいわれた金で ような気がした。 「たとえばくが金をつかうとしても、それは自分の金をつかす ! 」 うのです。他人に干渉される覚えはありません」顔を真っ赤わたしは金を取り出して、彼女に差し出した。ああ、この にしながら、わたしは断ち切るよ、フに、つこ。 陋劣な言葉がこのときなんの目的もなく、なんの皮肉もなし 「へえ、自分のだって ? どうして自分のでしよう ? 」 に発せられたものだとは、だれがほんとうにするだろう ? 「ばくのでないとすれば、アンドレイ・ベトローヴィチので実際、そういう皮肉なぞは、ぜんぜんありうべきはずがない す。あの人はいやだなんていやしません : : : ばくはアンドレのだ。なぜなら、わたしはその当時、まるで何も知らなかっ
ているのではないか ? 実際、わたしがいま金を請求した老公はびつくりして、それどころか、きみは非常によく勤 ら、彼自身もそう考えるに違いない、 というような気がしためてくれてるし、これからさきも勤めてくれるに相違ない、 のである。わたしは今わざとこのことをいっておく。 五十ループリの金はあまり些少すぎるから、自分はもう少し 「公爵、まことに恐れ入りますが、今月分の俸給五十ループふやすつもりだ、それが自分の義務だ、自分はタチャーナと打 リをすぐわたしてほしいのです」とわたしは無作法なくら いち合わせをしたのだけれど、『不都合千万にも忘れてしまっ いらいらした調子で、一気にこういい放った。 たのだ』と、一生懸命にわたしをなだめはじめた。わたしは 今でも覚えているが ( わたしはこの朝のことはどんな些細 かっとなって、二人の尻尾つきの女を学校のところまで送っ な事柄でも、一つ残らず覚えている ) 、このときわたしたちて行ったなどという、ばかげた話のために俸給をもらうのは の間に現実的な露骨さで、このうえなくいやな場景がもちあ陋劣だ、自分は公爵のお慰みに来たのではなくて、仕事をし 、った。彼は初めわたしのいうことを理解しなかった。いっ に雇われて来たのだから、仕事がなければ、もう手を切って たいなんの金のことなのか、合点がいかないというふうで、 しまわなければならぬ、しかじかと、きつばりいい放ったの 彼は長いこと、わたしの顔をじっと見つめていた。わたしがである。わたしはこういった後で、老公があれほど驚こうと 月給をもらう、などということを、老公が想像もしなかった は思いもよらなかった。もちろんとどのつまり、わたしが言 のは、もっとも千万な話である、 いったいなんのための葉を返すのをやめると、彼はとうとうわたしの手に五十ル 月給なのだ ? もっとも彼は後になって、あれはちょっと忘プリの金を押し込んでしまった。この金を受け取ったことを れていたのだと、しきりに弁解した。そして、なんのことか思い出すと、今でも顔が赤くなるのだ ! 世間のことはいっ 気がつくやいなや、さっそく五十ループリの金を取り出したでも、陋劣な行為でけりがつくものである。何より悪いのは、 が、妙にあわてて顔を真っ赤にするのだ。様子を察したわた彼がそのときわたしにむかって、きみは疑う余地もなく立派 しは、急に立ちあがって、今となっては、もはや金を受け取な勤めをしているのだと、うまく説き伏せたために、のめの るわナこ、、 よ、、ときつまり、、 し切った。わたしは月給のめとそれをほんとうにしてしまったことである。それに、な 話を聞かされたけれど、それは明らかに間違いでなければ、 んだか受け取らないわけにいかなくなったのだ。 わたしがいやだといわないように、べてんにかけたものに相 「 Cher, cher enfant 一」と彼はわたしを抱いて接吻しなが 年違ない、わたしは今は俸給をもらうわけなんか少しもないこら、こう叫んだ ( 白状するが、わたしもなぜだか知らないけ 成とを、知りすぎるほど承知している、なぜなら、勤めなそはれど泣きだしたのだ。もっとも、すぐに気を取りなおしはし 未まるでないのだからといっこ。 たものの、今これを書きながら、顔が赤くなるのを覚える ) 。
カレタ ) てす。あの人は、プリエ躾けなくらいに思 0 てるんです」 ーコヴァ夫人のほうはパス ( 用 ~ ~ カルタ勝負 「そらごらんなさい、不躾けでしよう ! 」と彼はまた指を立 ) をや 0 て負けたわけです。今あの人の希望は、一 法の一種 にかかってアンナさんにあるのです。ところで、わたしはあてて見せた。 「何がそらごらんなさいです ? 」 なたに二千ループリを提供します : : : 無利息で、手形も書か ないで : : : 」 「不躾けだってことですよ : : : へ ! 」と彼は急に笑いだし た。「あなたにとって不躾けだってことはわたしにもよくわ こういいきると、彼は決然たる面もちで、しかつめらしく 椅子のうしろにそりかえり、目を剥き出して、わたしを見つかります、ようくわかりますよ。しかし、邪魔はなさらんで めるのであった。わたしも同じく目を丸くして、彼を見返ししようね ? 」と彼は目をばちりとさせた。 しかしこの瞬きの中には、なんともいえぬ高慢ちきな、人 「あなたは、ポリシャーヤ・ミリオンナャ街あたりでできたをばかにしたような、卑劣な何ものかがひらめいた ! つま り、わたしの心中に卑劣なものがひそんでいると目星をつけ 服を着ています。あなたには金がいります、なかなか金がい ります。ところで、わたしの金は公爵の金よりいいですよ。 て、この卑劣な点を利用しようという魂胆なのだ : : : それは 明瞭なことだった。しかし、わたしは事の真相がはたしてな わたしは二千ループリ以上提供します」 「いったいなんのためです ? なんのためですってば、くそんであるか、それがいかにしてもわからなかった。 きよ、つだし 「アンナさんもやはり、あなたのご姉妹ですな」と彼は意味 いまいましい」 っ一 ) 0 わたしは床をとんと鳴らした。彼はわたしのほうへ屈み込ありアこ、 「きみにそんなことをいう権利はないです。ぜんたいとし んで、思い入れたつぶりでこういっこ。 て、アンナ・アンドレーエヴナのことは、ロにしないでくだ 「あなたに邪魔をされないためです」 「それでなくたって、ばくは無関係ですよ」とわたしは叫んさい」 「ほんのいっときでいいから、そう威張らんでください ! 、。公爵は今に金を手に入れて、みんなを 「あなたが沈黙をまもってくださることは、わたしも知ってねえ、お聞きなさし / おります。実にけっこうです」 保護してくれますよ」と彼は重みをつけていった。「みんな 年「ばくはきみに褒めてもらう必要なんかありやしな い。ばくを、みんなを保護してくれるんですよ。あなた聞いています 成は自分として非常にそれを望んでいるが、しかしそれはばく 耒の関知したことでないと思います。むしろばくとしては、不「じゃ、ばくが公爵から金をもらうだろうと、そう思ってる
んですね ? 」 て、みんなを ( みんなをですよ ) 保護することができます。報 「今だってもらってるじゃありませんか ? 」 だから、あなたは邪魔をしたり、逃げをうったりしちゃいけ 「ばくは自分の金を受け取ってるんですよ ! 」 ませんよ・ : : ・」 「どうして自分の金です ? 」 「きみはきっと気でもちがったんでしようー なんだってそ 「あれはヴェルシーロフの金です。公爵はヴェルシーロフにんなに『みんな、みんな』としつこくいうんです ? 公爵が 二万ループリの借りがあるのです」 ヴェルシーロフを保護するとでもいうんですか ? 」 「それはヴェルシーロフさんの金で、あなたのものじゃあり 「いや、それは決して、あなたがた親子ばかりじゃありませ ません」 ん、ヴェルシーロフさん一人でもありません : ・・ : まだほかに 「ヴェルシーロフはばくの父親ですよ」 もあるのです。アンナさんはあなたにとって、リサヴェータ 、、、、、きようだい 「いや、あなたはドルゴルーキイで、ヴェルシーロフじゃあさんと同じ姉妺ですからね ! 」 りません」 わたしは目を丸くして彼を見つめた。と、彼のいやらしい 「それはどちらだって同じことだ ! 」実際、わたしはそのと目の中には、何やらわたしを憫れむような影が、ちらりと映 きこう考えたのである。もちろん、わたしとても、それが同ったのである。 じことでないのは承知していた。それほどわたしもばかでは 「おわかりにならなけりや、それでもいいんです ! なかったのだ。しかし、わたしはこのときもまた『こまやかおわかりにならんほうがいい、 そのほうがずっと、 し、。それ な心づかい』のために、そういうふうに考えたのである。 は感心なことです : : : もしほんとうにおわかりにならんとす 「たくさんです ! 」とわたしは叫んだ「ばくはまったくわかれば : んない。いったいきみはなんだってこんなつまらないことの わたしはもうすっかり腹を立ててしまった。 ために、わざわざひとを呼びつけたんです ? 」 「ええ、うるさい、そんな下らないことは聞きたくもない、 「へえ、じやほんとうにわからないんですか ? あなたはわ気ちがい ! 」わたしは帽子をつかんでこうどなった。 ざと白っぱくれてるのじゃありませんか ? 」妙に疑り深い徴「これは下らんことじゃありませんよー じゃ、よ、つ」ざ′ル 笑を浮かべて、じっとわたしを刺すように見つめながら、スすか ? ときに、あなたはまたおいでになりますな ? 」 チェべリコフはゆっくりといっこ。 「いや、来ません」わたしは閾の上に立ったまま、断ち切る っ学 ) 0 トてつこ、 「ばくちかってもし 、、。ほんとうにわかんないんです ! 」 . を」し / 「わたしはこういうのです、 公爵はいまに金を手に入れ「おいでになれば、そのときは : : : そのときはまた別な話が
かりなんだ。この間の名誉論なんかその例だ ! ちえっー で、この千ループリだけ、ばく自分で取っておきますから、 : と、つと、フその ばくは前から手を切りたいと思っていたが : この一かたまりをすっかりおさめてくだ 後はすっかり、 ばくはムフまでき はんと、つに , つれし、 きい、あの負債の内金としてね。ばくの考えでは、これが二千時が来てうれしい ループリか、あるいはもっとたくさんあるだろうと思います」みらとつながれてるように感じて、心の中で顔を赤らめなが しかし、今では ら、きみら : : : きみら二人に接していたー 「じゃ、千ループリだけは自分に残しておくのですか ? 」 断じて、自分が何者にもつながれているものとは思わないか 公爵はにやりと笑った。 「あなたいるんですか ? そういうわけなら : : : ばくあなたら、それを承知してくれたまえ ! きみのヴェルシーロフは が取らないとおっしやるだろうと思って : : : しかし、もしおばくを焚きつけて、アフマーコヴァ夫人を攻撃し、夫人に恥 オしカ : : : それでいて、よくも 辱を与えさせようとしたじゃよ、 入用だったら、さあ、どうか : ばくに向かって名誉などを説かれたものだ。ほんとうにきみ 「いや、いりません」とさも軽蔑したように、くるりとそっ ばを向いて、またもや部屋の中を歩きまわりはじめた。「ちらは二人とも、二人ながらそろって、破廉恥な人間だ。いっ えつ、ばかばかしい、なんだって返すなんて気をおこしたんたいきみたちはよくまあ、恥すかしくなく、ばくから金が取 れたものだ ! 」 です ? 」とっぜんおそろしい挑戦の色を顔に浮かべながら、 わたしは目の中が暗くなった。 彼はわたしのほうへ振り向いた。 「あなたに説明を要求するために返すのです ! 」わたしも負「ばくは友人として、きみから金を借りていたのです」とわ たしは恐ろしく静かにいいだした。「きみが自分から提供し けずに叫んだ。 「もうそんなきまり文句や身ぶりはたくさんだ、とっとと出てくれたので、ばくはきみの好意を信じて : : : 」 「ばくはきみの友達じゃないー きみに金を提供したのは、 て行ってくれたまえ ! 」彼はとっぜん、前後を忘れたものの ように地団太を踏んだ。「ばくはもうとうから、きみら二人そんなためじゃない。なんのためかってことは、きみ自身承 を追い出そうと思っていたんだ、きみとそうしてきみのヴェ知しているはずだ」 「ばくはヴェルシーロフの勘定の中から取っていたのです。 ルシーロフを ! 」 「きみは気でも狂ったんですか ? 」とわたしは叫んだ。実際もちろん、それはばかばかしい話だが、しかしばくは : 「きみはヴェルシーロフの許しをえずに、あの人の金を引き そうらしく思われたのである。 。し。し力ない。それに、ばくもあの人の金を許可な 「きみら二人は、今まで大げさな言葉でばくを悩ましつづけ出すわナこよ、、 た。それもまったく口さきだけなんだ。いつもいつも言葉ばしにきみにわたすわけがないです : : : ばくは自分の金をきみ 8
人間はロスチャイルドになるわナこ、、 レ冫し力ない。ただ中どころである。彼は一生懸命にほしがっているとはい、 し条、そのほ教 の人間になれるだけである。ところが、ロスチャイルドにな しがりようが足りないのだ。つまり、ほかに金儲けの方法が ったら、いや、単になろうと望んだだけで ( ただし、それは なかったら、乞食になってでも金を残そう、乞食になったら ファーテル式でなく、真剣に望むのだ ) 、もうその瞬間から、 もうその日から、自分のためにも、家庭のためにも余計な買 社会の水準をおどり越えるのだ。わたしにはそれがはっきり 物でもらった金をつかわない、というくらいの根気がないの わかっている。 だ。ところで、こういう貯蓄の方法をとるとしても、つまり 二三年前ある新聞で読んだことだが、ヴォルガ河を航行し乞食になって金を残そうと決心しても、何千という金を貯え ている汽船の上で、一人の乞食が死んだ。それはその界隈でるためには、。、 ノンと塩だけで生活し、それ以外のものを用い いつもばろを着て、袖乞いをしていたが、 死後そのばろ着物てはならない。少なくとも、わたしはそう考えている。前し の中に三千ループリからの紙幣が縫い込んであるのを、発見挙げた二人の乞食も、きっとこんなふうにしたに相違ない。 したとのことである。それから、またつい二三日前、同じく つまり、ほんのパンばかり食べて、ほとんど青天井の下で寝 乞食の記事を新聞で読んだ。これは少しお上品な方で、料理起きしないばかりだったのだ。もちろん彼らはロスチャイル 屋なぞ歩きまわって、手を差し伸べている組だったが、こい ドになろう、などという野、いをもっていなかったろう。彼ら シキン つをふん縛って見ると、五千ループリの現金を身に着けてい は純然たるアルパゴン ( モリ = ール『守 た。これからして、二つの結論が出てくるわけだ。第一に、 ゴーゴリ「死せる魂」中 ) の仲間にすぎない。しかし、ぜんぜん たとえいくコペイカというような小さな額でも、根気よくっ別な形式の金儲けの希望を意識の中に有し、ロスチャイルド んでいったら、後には大きな結果が生じるものである ( 時日たらんとする目的をいだいている者には、この二人の乞食以 の長いことなどは、頭から問題にならぬ ) 。第二に、金儲け上の欲望と意力がなくてはならない。 ファーテルは決してか の方法はいかに単純なものでも、間断なくそれをつづけてい かる力を現わさない。 この世には種々様々な力がある。意志 ったら、成功は数学的に保証されるのだ。 と欲望の力は別して種類が多い。水を沸騰させるだけの熱度 ところが、世の中には人から尊敬を受ける身分で、賢い控もあれば、鉄を赤熱させるだけの熱度もある。 え目な性質でありながら、どんなにもがいても、五千ループ これは一個の修道院である、禁欲生活の難行苦行である。 リはおろか、三千ループリの金も、持てないような人がたく ただここにあるのは理想でなくて感情である。 いったいなん きんある。そのくせ、彼らはそういう金がほしくてならない のためになるのだ ? それがはたして道徳的なことである のた。いったいこれはどうしたわけか ? 答えはしごく明瞭 か ? そういう大金を身につけながら、一生涯ばろを着て、
やつです。ねえ、まず最初に金をもってかなくちゃならん、 に、これが全部ですよ ! 」とわたしは叫んだ。「金がすべて 万事はそれからのことですよ。もし金を持って行ってだめなですよ ! 神聖な人間というものは、ばくやあなたくらいの ら、そのときは : : しかし、わたしは今日このことを考えまもんです。ビョ ーリングは自分を売ったんじゃありません いときめました。今日はただ金を工面することに力を傾倒し か。アンナさんも自分を売ったんじゃありませんか。ところ ヴェルシーロフが偏執狂だって て、そのあとは、明日になってからのことにしましよう。一で、ヴェルシーロフは、 ことを聞きましたか ? 偏執狂 ! 偏執狂です ! 」 昨日のあなたの儲けには、まだ一コペイカも手をつけてあり 「あなたは気分は確かですか、アルカージイ君 ? なんだか ません。それは三千ループリに三ループリ欠けるだけです。 あなたの借金を差し引くと、三百四十ループリおつりが行く目つきが変ですよ」 「それはばくをだしぬいて出かけるためですか ? なに、ば・ わけだ。まずそれを受け取ってください。それから、ほかに もう七百ループリ、それでちょうど千という金がまとまりまくはもうあなたのそばを離れやしないから。ゅうべ夜っぴて す。そこで、わたしが残りの二千ループリをもらっておきま勝負の夢ばかりみていたのも、やはり虫の知らせだったん しよう。それからゼルシチコフのところで、二手に分れて輸だ。出かけましよう、出かけましよう ! 」まるでいっさいの 贏を争ってみましよう。一万ループリの山をはってみるんで謎をとく鍵を見つけたように、わたしは叫ぶのであった。 す、 もしだ 「じゃ、そういうことなら出かけましよう、あなたは熱に、フ ことによったら、、つまくいくかもしれない。 めなら、そのときは : : しかし、それよりほかに手がないんかされているんだけれど。まあ、向こうで : : : 」彼はしま、 だから」 までいわなかった。いかにも苦しそうな、顔つきをしてい た。わたしたちはもう出かけようとしていた。 彼は宿命に取り憑かれたような目つきでわたしを見た。 「そうです、そうです ! 」と、さながらよみがえったよう 「ときに」ふいに戸口のところで足をとめて、彼はいった。 に、わたしはふいに叫んだ。「出かけましよう。ばくはただ 「この災難をのがれる方法が、もう一つあるんですよ、勝負 のほかに」 あなたの帰りを待ってたんです : : : 」 「どんな ? 」 ことわっておくが、わたしはこの数時間中、ただの一分間 も、ルレットのことを考えなかったのだ。 「公爵らしい方法ですよ ! 」 いったいなんです ? 」 「なんです ? 年「しかし、陋劣じゃないかしらん ? 卑劣な行為じゃないか 「あとでわかりますよ、ただご承知ねがいたいのは、もうそ 成しらん ? 」とだしぬけに公爵がたずねた。 未「それは、ばくらがルレットに出かけることですか ? なれを利用する資格がわたしにないということです、もう手遅 7
「それならポル・イムペリアールといったらいいです。ばく いるのに気づいた。彼らは例の銀行をやってる家から、帰っの て来たばかりだった。後で聞いてみると、そこでさんざんに に洒落なんかいうのはやめてもらいましよう」 わたしはもちろん、賭けに勝とうとあてにしてはいなかつやられたとのことである。 た。ゼロが出るという可能は、三十六に対する一の割合しか 「ああ、ダルザン」とわたしは叫んだ。「幸運はここにある なかった。しかし、わたしがこんなことをいいだしたのは、 んですよ ! ゼロにお賭けなさい ! 」 第一には、空景気のためだったし、第二には、何かでみなの「負けちゃって金がない」と彼はそっけなく答えた。 心を引きつけたい気持ちのためでもあった。ここではなぜか 公爵は、まるつきりわたしに気づかないようなふりをして だれもがわたしをきらっていて、しかもそれをわたしに思い 知らせるのを央としている。それがこっちにはわかりすぎる 「そら、ここに金があります ! 」わたしは自分のうず高い金 ほどわかっていたからである。ルレットは一回転した、 貨の山を指さしながら叫んだ、「いくらいります ? 」 と、一座の驚きはどうだったろう。またしてもゼロが出たの「畜生 ! 」ダルザンは真っ赤になってどなった。「ばくはき 人々は声を上げて叫んだ。もう勝利の名誉は、すっかみに金を貸してくれなんて、頼まなかったはずです」 りわたしの頭をくらましてしまった。わたしはふたたび五ル 「あなた、呼んでいますよ」とゼルシチコフがわたしの袖を ープリ金貨を百四十枚受け取った。ゼルシチコフはわたしに 向かって、いくらか紙幣でわたそうかときいたが、わたしは わたしを呼んでいるのは、例の賭けでポル・イムペリアー 何やらわけのわからないことを、唸るように答えたばかりでル十枚負けた大佐だった。もういく度も呼んで、ロ汚く罵っ ある。もう実際おちついて、順序だったロをきくことができているのだった。 なかったからだ。頭は ~ うっとして、足はふらふらとカ抜け 「どうか取ってください ! 」憤怒のあまり顔を紫色にしなが がしてしまった。急にわたしは、今にもさっそく何か恐ろし ら、彼は叫んだ。「きみの前にいつまでも立っている義務は い冒険をしでかしそうに感じた。それに、まだ何か変わった よい。後で受け取らなかったなどといわれたら、迷惑だ。勘 ことをしてみたくてたまらなかった。また何かで賭けを申し定してもらいましよう」 込んで、だれかに何千という金を払ってみたくなったのだ。 してす、いいです、大佐、勘定しなくてもばくはあなた わたしは機械的に紙幣や金貨の山を手で掻き集めるばかりを信じます。ただお願いですから、そうどなりつけないでく で、それを勘定してみようという元気がなかった。この瞬ださい、怒らないでください」こういいながら、わたしは彼 間、わたしはふと自分のうしろに、公爵とダルザンが立っての出した金貨の塊を、手で掻き寄せた。 から
としましよう。それは実際、わたしがたびたびいったことのて来たらしい新聞を、ポケットから取り出して拡げながら、 ある温泉場なんで。なんというところかって、 そんなこ最後のページ ( 相場 ) を読みはじめた。どうやら今度こそいよ とはど、つだって いい。温泉場をめぐっていると、イギリス人 いよわたしを暢気にうっちゃらかしてくれたらしい。五分ば の一団に出会うとする。しかし、ご承知のとおり、イギリスかり、彼はわたしのほうを見向きもしなかった。 人と近づきになるのは非常にむずかしい。 しかし、二か月た 「プレスト・グラーエヴォ鉄道はばしやらなかったですな、 って湯治もすんだとき、わたしたちはみんなで山岳地方へ行え ? なかなかうまくやりおった、引きつづいてうまくやり ったとしましよう。登山会を組織して、先の尖った杖にすがおるわい わたしの知っている連中でも、ずいぶん大勢は って、山のばりをする、ーー何山だろうと同じことでさ。曲しやりましたからね」 り角で、いや、宿泊所で , ーーー例の坊さんたちがシャルトルー 彼はひたとわたしを見つめた。 ズ酒をこしらえている宿泊所で ( この点を覚えていてくださ 「ばくは今のところ、取引所のことはあまりよくわかりませ い ) わたしはたったひとり淋しそうに立って、無言のままこん」とわたしは答えた。 ちらを眺めている土地の者に会ったとしましよう。わたし「否定しますか ? 」 は、この男がしつかりした人間かどうか、突き止めたくなり 「何を ? 」 ました。そこで、あんたどう考えます ? わたしは温泉場に 「金ですよ」 いる間じゅう、話しかける腕がなかったというだけの理由「ばくは金を否定しやしません、しかし : で、この場合、同行のイギリス人のむれに意見をきくことが考えでは、最初が理想で、金は二の次です」 できるでしよ、つか ? 」 「といって、失礼ながら、どういうわけです : : : かりに、 「そんなことばくの知ったことですか。失敬ですが、あなた こに自分自身の資本を持った人がいるとする : : : 」 の話を聞いてるのは実に厄介です」 「まず最初が最高の理想で、金はその次に来るのです。金ば 「厄介ですかね ? 」 かりあって、最高の理想を持たない社会は、必ず崩壊をまぬ がれません」 「それに、あなたの話を聞いていると、疲れてきますよ」 「ふむ」彼はちょっと目を細めて、手で何か妙な仕草をした わたしはなんのためにこう熱くなったのか、自分でも合点 年が、それはきっと何かひどくしかつめらし、 し、得々たる気持がいかないくらいである。彼はまるで何がなんだかわからな 成ちを表わすつもりだったに違いない。それから、きわめても くなったように、鈍そうな目つきでじっとわたしを見つめて 末ったいぶった、落ちつきはらった手つきで、たったいま買っ したが、とっぜん、彼の顔一面になんともいえない愉快そう 巧 3