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検索対象: ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)
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1. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

ほうをながめていた。 の ? 」とアリヨーシャはいらだたしげに叫んだ。 「いや、もう決して何も。しかし、ちえつ、ばかばかし、 「きみにはわかるまいが、顔つきがまるつきり違ってしまっ 今じゃ十かそこらの小学生だって、そんなことほんとうにし たぜ。以前あれはど評判の高かった温和さは、これつからさ きもありやしない。きみだれかに腹でも立てたのかね ? だやしないよ。が、まあ、どうだっていいや : : : じゃ、なんだ ね、いまきみは自分の神さまに向かって腹を立てたんだね、 れか失敬なことでも言ったのかね ? 」 「あっちい行ってくれ ! 」ふいに、アリヨーシャがこう言っ謀反を起こしたんだねーーー位もあげてくれなかった、祝日に 、依然として相手のほうを見ないで、大儀そうに片手を振勲章も授けてくれなかったっていうんでね ! ええ、きみは まあなんて男だ ! 」 りながら。 アリヨーシャは目を細めるようなぐあいにしながら、長い 「ほ、フ、これはまたどうしたことだー まるで世間なみの罪 深い人間と同じように、大きな声をしてどなりだしたね。し間じっとラキーチンを見つめていた。その目の中にはとっぜ ふんまん : が、ラキーチンにたいする憤懣の んなにやらひらめいた : ・ かも、それが天使の仲間なんだからなあ ! アリヨーシカ、 ば情ではない。 きみははんとうに人をびつくりさせるぜ。いやまったく、 くはまじめに言ってるんだ。ばくはここへ来てから、もうす「ばくは神にたいして謀反を起こしたのじゃない、たたネ いぶん長くものに驚いたことがないんだがね。なんてっての世界を認めない』のだ」と急にアリヨーシャはゆがんだよ うな徴笑をもらした。 も、ばくはきみを教養ある人間と思ってたんだぜ : : : 」 アリヨーシャはとうとう彼のほうを向いた。しかし、やは「神の世界を認めないとは、どういうことだね ? 」ちょっと り妙にばんやりした様子で、相手の言うことがよくわからな相手の答えに首をひねったのち、ラキーチンはこうきいた。 しふうであった。 「なんのご託宣だい ? 」 アリヨーシャは答えなかった。 「いったいきみはあのおじいさんが臭いにおいを立てたした ので、そんなに・ : : しかし、まさかきみはあのおじいさん「そんなくだらないことはもうたくさんだ、これから実際問 ・、、ほんとうに奇跡のひと幕を演じるだろうと、まじめに信題に移ろう。きみ、きよう食事をしたかい ? 」 じてやしなかったろう ? 」ふたたび心底から驚いたという顔「覚えてない : : : 食べたろう、たぶん」 「きみはどうも顔色で判ずるところ、少し元気をつけなくち になって、ラキーチンはこう叫んだ。 「信じてたよ、そして今でも信じてる、むしろ信じたいのやならないようだぜ。じっさい、きみの顔を見てると、気の 毒になってくるよ。だって、ゆうべも寝なかったんだろう。 だ。これからさきも信じるよ。さあ、それから何がききたい 2

2. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

できるのだろう ? 』何かこんなふうの思索や、推察をした後 い。なぜなら、彼の愛の性質が、実行的だからである。消棲 で、彼は必ず心の中でこう言って自分を責めていた。しかし的な愛し方は彼にはできないことであった。いったん愛した それでも、考えないわけにはいかなかった。 このために 以上、ただちに救助にとりかからねばならない。 今ふたりの兄の運命にとって、この争いがじつに重大な問 は確固たる目的を立てて、おのおのの人にどんなことが望ま 題であり、あまりにも多くがその解決にかかっているという しく必要であるかを、正確に知らなければならない。 ことは、彼にも本能的にわかっていた。『一匹の毒虫がいまて、目的の正確なことを確かめたうえで、はじめて自然な形で 一匹の毒虫をかみ殺すのだ』とは、きのう兄イヴァンがいらおのおのに助力を与えることができる。ところが、今は正確 こんとん いらした気分にまかせて、父とドミートリイについて言った なる目的の代わりに茫漠と混沌とがいっさいを領している。 一一一一口葉である。してみると、イヴァンの目から見てド たった今「破裂』という言葉が出たが、 しかし、この「破 イは毒虫なのである。あるいは、 もうとっくからそうなのか裂』という言葉をなんと解釈したらいいのであろう ? この もしれない。 もしかしたら、イヴァンがカチェリーナを見た混沌の世界にあっては、最初のひと言からして彼にはわから よ、つこ。 ときからではなかろうか ? もちろん、この言葉は何心なく イヴァンのロをすべり出たに相違ないが、何心なく出ただけ アリヨーシャの姿を見るやいなや、カチェリーナは、もう に、なおさら重大な意味がある。もしそうだとすれば、この帰り支度をして席を立ったイヴァンに向かって、早口にうれ 場合、平和なぞあろうはずがない。それどころか、かえってしそうに話しかけた。 一家における憎悪と敵視との新しい導火線が現われるのみで「ちょっと ! ちょっと待ってくださいまし ! わたし、表 しん ある。 心から信用しているこのかたのご意見が聞きたいのですか しかし、アリヨーシャにとって最も大切な問題は、ふたりら。奥さん、あなたも行かないでいてくださいまし」と彼女 のうちだれを愛したらいいか ? ひとりひとりのものに何をはホフラコーヴァ夫人に向かってこう言いたした。彼女はア 望んでやるべきだろうか ? ということであった。彼はふた リヨーシャを自分のそばへすわらした。夫人はその向かい仰 どう 弟りの兄を両方とも愛している。けれど、この恐ろしい矛盾撞 にイヴァンと並んで座を占めた。 兄ちゃく の着の中にあって、ひとりひとりに何を望んでやったらいいの 「ここにいらっしやるのはみんな、世界じゅうにまたとない / だろう ? このいっさいの入り乱れた中にはいったら、だれわたしの親しいお友だちばかりです、わたしのたいせつな親 しんそこ マでもとほうにくれてしまうのがあたりまえである。ところ友ばかりです」心底から苦しそうな涙に声をふるわしなが 力が、アリヨーシャの心は米知とい、つものを忍ぶことができな ら、彼女は熱した調子でこう言った。アリヨーシャの、いは、 ちゅう 幻 7

3. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

女はほんとうに心底からグルーシェンカにほれこんだのさ。 で話したんだ。なんでも、おれはぐでんぐでんに酔っ払って いや、グルーシェンカではない、自分の空想にほれこんだの いて、まわりではジプシイの女どもが歌をうたってたつけ どう - 一く だ、自分の夢にほれこんだのだ、なぜって、それは「わたし ・ : しかし、おれは声を上げて慟哭したんだ。そのとき自分 の空想ですもの、わたしの夢ですもの』ほれこまずにいられから声を上げて慟哭しながら、ひざをついてカーチャの面影 るはずがないー しかし、アリヨーシャ、どうしておまえはに祈ったものだ。そして、グルーシェンカもそれを了解して ころも あの女たちのところから逃げ出して来たい ? 法衣のすそをくれたよ。あれはそのときいっさいの事情を了解して、確か からげて駆け・出したのかい ? はつはつはっ ! 」 自分でも泣いたんだよ : ・ : しかし、こんなことを言ったって 「兄さん、あなたは、自分がどんなにカチェリーナさんを侮しかた : よ、ー 今となっては、ああいうふうになるのが当 辱したかってことに、ちっとも注意をはらわなかったようで然だったんだろうよ ! あのとき泣いておきながら、きよう すね。兄さんはあの日のことを、グルーシェンカに話したでは : : : きようは 『あいくちを心臓へぶすり』か ! 女な しよう。たった今グルーシェンカがあのひとに面と向かつんていつもこんなもんだよ ! 」 て、「あなただってその美しい顔を売りに、 こっそりと若し 彼は伏し目になって考えこんだ。 男のところへいらしたでしよう ! 』って言ったんですよ。ね「そうだ、卑劣漢だ ! 疑いもなく卑劣漢だ ! 」だしぬけに え、兄さん、これ以上の侮辱があるでしようか ? 」アリヨー 彼は沈んだ声でこう言った。「泣いたって泣かないたって同 シャが最も心を痛めたのは、まるで兄がカチェリーナの屈辱じこった、やはり卑劣漢に相違ないー どうかあの女にそう を、喜んでいるように思われることであった。もちろん、そ言ってくれ、もしそれで腹がいえるなら、喜んで卑劣漢の名 んなことがあり得ようはずはないけれど : まえをちょうだいするってな。しかし、もうたくさんだ、さ 「なあるほど ! 」ドミートリイは急に恐ろしく顔をしかめよならさ。何もしゃべることなんかありやしない ! おもし て、てのひらで自分のひたいをたたいた。彼はもうさきほどろい話は少しもないのだからなあ。おまえはおまえの道を行 アリヨーシャからこの侮辱のことも、「あなたの兄さんは卑きな。おれはおれの道を行くから。もういっかぎりぎり決着 劣漢です ! 』とカチェリーナが叫んだことも、一度にすっか という時の来るまで、しばらく会いたくないよ。さような ら、アリヨーシャ り聞いたくせに、今はじめて気がついたのである。「そう、ほ んとうにおれはカーチャのいわゆる「あの運命の日』のこと彼は固く弟の手を握りしめると、依然として伏し目になっ を、グルーシェンカに話したかもしれん。ああ、そうだ、話 たまま頭を起こさずに、ばっと身をひるがえすと、急ぎ足で した、やっと思い出したよ ! やはりあのときモーグロエ村町のほうへ歩きだした。アリヨーシャは、兄がこうだしぬけ

4. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

「この妙にふとった顔の大きな男は、きっとあまりせいが高るだけです。みなさん通りがかりの旅のものを : : : 朝までい っしょにおいてくれませんか。ほんとうに朝までです。どう くないに相違ない。そして、なんだか腹を立てているらし い』これだけの考えが、ミーチャの頭にひらめいたばかりでかこの世のおなごりにこの部屋へおいてくれませんか ? 」 。ハイプをくわえながら長 ある。しかし、その友だちらしいいまひとりの見知らぬ男彼はもうしまいのはうになると、 いすにすわっているふとった男に向かって頼んでいた。相手 は、なんだか図抜けてせいが高いように思われた。もうそれ 以上なにも見分けることができなかった。彼は息がつまってはものものしく口からパイプを放して、いかつい調子でこう 言った。 きた。一分間もじっと立っていられなかった。彼はビストル ニエボーランド語パン ( 紳 ここはわれわれが借り切っ の箱をたんすの上において、からだじゅう冷たくなるよう 士・貴君 ) の呼称である な、心臓のしびれるような心持ちをいだきながら、いきなりてるんです。部屋はほかにもありますよ」 っこ、ゾっー ) 「やあ、 ドミートリイさん、あなたですかしオし 空色の部屋で語りあっている人々を目ざして出て行った。 「あれ ! 」とグルーシェンカは第一ばんに彼の姿を見つけてこんなところへ」とふいにカルガーノフが声をかけた。 「まあ、いっしょにおすわんなさい、よく来ましたね ! 」 て、驚きのあまりかん高い声を上げて叫んだ。 「ごきげんよう、きみはばくにとってほんとうに大事な人だ : 無限に貴い人だ ! ばくはいつもきみを尊敬していまし 第 7 争う余地なきもとの恋人 たよ : : : 」すぐさまテープルごしに手をさし伸べながら、ミ ーチャはうれしそうに勢いこんでこう答えた。 ミーチャは例の大またで、急ぎ足にテープルのすぐそばま 「あ、痛い、ひどい握りようですね ! まるで指が折れそう で近、ついた。 だ」とカルガーノフは笑いだした。 「みなさん」と彼は大きな声でほとんど叫ぶように、とはい 「あの人はいつでもあんな握り方をするのよ、いつでもそう え、ひとことひとことどもりながらロをきった。「ばくは : よ」とグルーシェンカはまだおくびようそうな徴笑をふくみ : なんでもありません ! こわがらないでくださ ばくは・ 弟い ! 」と彼は叫んだ。「ばくはまったくなんでもないのです、ながら、おもしろそうに口をはさんだ。彼女はミーチャが乱 のなんでもないのです」彼は急にグルーシェンカのほうへふり暴などしないとふいにこう確信はしたものの、依然として不 ゾ向いた。こちらはひじいすに腰をかけたまま、カルガーノフ安の念をいだきながら、非常な好奇心をもって彼の様子を見 まもるのであった。彼女に異常な衝撃を与えるようなあるも マのほうへかがみこんで、しつかりとその手にしがみついてい のが、彼のどこかにあったのである。そのうえグルーシェン相 : ばくもやはり旅のものです。ばくは朝までい こ。「よノ、・

5. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

い、これはあたしにとって、それはそれは大事なことなんで なたはばくの持っていない多くの能力を持っています。あな たの心はばくの心より快活です。第一、あなたはばくよりはすもの」 「まく、服のことまで考えなかったけれど、あなたの好きな るかに無垢です。ばくはもういろんなものに触れました、い : だって、ばくもやはりカラマーゾフですものを着ますよ」 ろんなものに : 「あたしはね、ねずみがかった青いビロード の背広に、白い の、あなたにはそれがわかりませんか ! あなたは笑ったり たとえ、その相手がビケのチョッキを着て、ねずみ色をした柔かい毛の帽子をか ふざけたりするくらいなんでしよう : ・ : ・ ばくにしてもね : : : それどころか、かえって笑ってくださぶってほしいの : : : それはそうと、さっきあたしがあなたは ふざけてくださし ~ 、。まくはそのほうがうれしいくらいできらいだ、昨日の手紙はうそだって言ったとき、あなたはあ たしの言ったことをほんとうにして ? 」 す : : : あなたは、うわべこそ小さな女の子のように笑ってい るけれども、心のなかでは殉教者のような考え方をしている え、ほんとうにしなかった」 んですもの : ・・ : 」 「おお、いやな方、・ とうしても癖がなおらないのねえ ! 」 「じつはね、あなたがばくを : : : その : : : 愛してらっしやる 「殉教者のようですって ? それはどういうわけ ? 」 「そりやね、 ーズ、さっきあなたはこんなことをきいたでようだ : : と思ったけれど、あなたがきらいだとおっしやる ーノよ、つ、 : ばくらがあの不しあわせな人の心をあんなふうのを、ほんとうにしたようなふりをしてたんです。だって、 に解剖するのは、つまりあの人を見下げることになりはしなそのほうがあなたに : : : 都合がいしから いか、って。この質問が殉教者的なのです : : : ばくはどうも 「あら、なお悪いわ ! 悪くってそして一等いいのよ、アリ うまく言い現わせないけど、こんな質問の浮かんでくるよう ヨーシャ。あたしあなたが好きでたまらないわ。さっきあな な人は、みずから苦しむことのできる人です。あなたは安楽たがいらっしやるとき、判じ物をしたのよ。あたしが昨日の いすにすわっているうちに、いろんなことを考え抜いたにち手紙を返してくださいと言って、もしあなたが平気でそれを がいありません : : : 」 出して渡したら ( それはあなたとして、まったくありそうな 「アリヨーシャ、手を貸してちょうだい、どうしてそんなに ことなんですもの ) 、つまり、あなたはわたしを愛してもいな 引っこめるの ? 」うれしさのあまりカ抜けのしたようなよわければ、なんとも思っていないことになる。つまり、あなた 丿ーズはこう言った。「それはそうと、アリ よわしい声で、 はばかなつまらない 4 イ 、曽っ子で : : : そして、あたしの一生は ヨーシャ、あなたは僧院を出たときどんなものを着るつも滅びてしまうと思ったの、 ところが、あなたは手紙を庵 り、どんな服を ? 笑っちゃいや、おこらないでちょうだ室へおいてらしたので、あたし、すっかり元気がついたの

6. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

からすむぎ 「したが、きのこは ? 」の音をのどから押し出すように、 ロムいちごか塩づけの玉菜、それからひきわりの燕麦がつく ほとんどみたいに発音しながら、とっぜんフェラボント ことになっております。土曜日にはキャベツの水煮とえんど うのそうめんスープ、それに果汁入りのかゆが出ます。これはこうきいた。 ひもの にはみんなパタがつくのでございます。日曜には乾魚とかゆ「きのこ ? 」と修道士は面くらって問い返した。 「そうじゃ、そうじゃ、わしはあいつらのパンなどは少しも がス ] プに添えられることにな 0 ております。神聖週間 ( 斎の いりはせん。わしはそんなものから顔をそむけて、森の中へ 第五週 ) にはもう月曜から土曜の晩まで六日間というもの、 ンと水ばかりで、ただ生の野菜を食べるくらいのものでござでもはいって、そこできのこかいちごで命をつなぐわ。とこ いますが、それさえ制限がありまして、毎日食べることはでろが、あいつらは自分のパンを手ばなそうとしおらん。つま きません。第一週について申したとおりでございます。神聖り、悪魔に結びつけられておるのじゃ。このごろ、けがらわ しいやつらは、そんなに精進することはいらん、などと言い 金曜には何ひとっ食べることはできません。それと同じで、 神聖土曜にも三時まで断食いたしまして、三時すぎたら初めおるが、やつらのこうした考えは、まことに高ぶってけがら てパンを少しばかりに水を飲んで、ぶどう酒を一杯だけいたわしいものじゃ」 だきます。神聖木曜には・ハタをつけない小麦団子と酒を飲ん「いや、まったくでございます」と修道士は嘆息した。 「あいつらのところで悪魔を見たかの ? 」とフェラボントは で、ときによりほかのものを食べるにしても汁けなしのもの です。なぜと申しますに、神聖木曜に関するラオデキアの会きいた。 議録にも、「四旬斎の最終の木曜を慎みて守らざれば、四旬「あいつらとはだれのことでございます ? 」修道士はおずお 斎のすべてをけがすこととなる』と言うてあるからでございずと問い返した。 ます。わたくしどものほうではこんなふうにいたしておりま 「わしは去年の五旬節に僧院長のところへ伺うたが、それ以 す。しかし、あなたさまとくらべましたら、これしきのこと来ちっとも出かけぬわ。そのとき、悪魔を見たのじゃ。ある がなんでございましよう ! 」と僧は急に元気づいて言った。 ものは胸のところに抱いて袈裟の陰に隠し、ただちょっと角 「なぜと申して、あなたさまは年じゅう、ーー・・復活祭にすらだけのそかしおる。またあるものはポケットの中からのぞか ハンと水ばかり召しあがっておいでになります。しかも、 していたが、悪魔め、目をきよろきよろさせながら、わしを こわがっておる。あるものはけがれきった腹の中に巣をくわ わたくしどもの二日分のパンは、あなたの一週間分にもあた るくらいでございます。ほんとうに驚き入った偉大なご精進せておるし、またあるものは首っ玉にかじりつかせてぶら下 でごギ、います」 げておるが、当人はそれと気がっかずに連れて歩いておるの 194

7. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

みんなおれの味方なので、あまり強く突っかかるわけにゆかよ。で、その娘を相手に恐ろしい露骨な、それこそあきれ返 なかったのさ。もっとも、おれのほうでも悪かった、わざとるようなことをしゃべり散らしたけれど、娘はただ笑ってい 相当の尊敬をはらわなかったんだからなあ。つまり、鼻っ柱るじゃないか。それに、たいていの女は露骨な話を好くもの だよ、覚えとくがしし ところが、このアガ ] フィヤは生娘 が強かったのさ。この中佐はがんこではあったが、まったく なので、よけいおれはおもしろかったわけなのさ。それから のところ、あまり悪い人間でないどころか、このうえもなく まだこういう特色がある。その娘はどうしたってお嬢さんと 人のいい客ずきなじいさんだった。この人は二度結婚した が、二度とも死なれてしまった。先妻のほうは何か平民の生呼ぶわけにはいかないのだ。なぜって、いつも好きこのんで 自分をおとすようにしながら、父親や伯母といっしょに暮ら まれだったそうだが、その忘れがたみもやはり素朴だった。 おれがその町にいたころは、もう二十四、五の薹の立った娘して、交際社会でほかの人と肩を並べようとしたことがな 。それに仕立てのほうでりつばな腕を持っていたから、み で、父親と亡くなった母方の伯母と三人で暮らしていた。こ の伯母さんは無ロで素朴なたちだったが、姪のはう、つまりんなからちやほやされて重宝がられていた。じっさい、仕立 中佐の姉娘のほうは、はきはきして素朴な人だった。元来おての腕はたったが、ただやさしい気立てからしてやることな れは過去を追想するとき、人のことを悪く言うのがきらいなので、仕事賃など請求したことはない。しかし、やろうと言 たちだが、 この娘ほど美しい性質の女をほかに見たことがなわれれば辞退はしないんだ。中佐のほうにいたっては、なか なかそんなことはないー 中佐はその小さな町では第一流の いよ。その娘はアガーフィヤというんだ。いいかい、アガー フィヤ・イヴァーノヴナというんだ。それに顔もロシャ趣味名士のひとりなんだ。ずいぶん手広く交際していたから、町 んさん せいの高い、よくふとった、 じゅうのものを招待して、晩餐会や舞踏会を催していた。ち で悪いほうじゃなかった、 ようどおれがこの町へ着いて大隊へはいったとき、近いうち 目つきのいい女で、顔こそ少し下品だったかもしらんが、な に中佐の二番目の娘が首都からやって来るというので、町じ かなかいい目をしていたよ。二度ほど縁談があったけれど ゅうその話で持ちきっていた。それは美人の中での美人で、 も、断わってしまって、嫁入りしようとしないんだ。そのく こんど都のさる貴族的な専門学校を卒業したんだそうだ。こ 弟せ、いつも快活な気分を失わないでいたよ。 と一一一一口っても、 れがあのカチェリーナ・イヴァーノヴナ、つまり中佐の後妻 のおれはこの娘と仲よしになっちゃった、 とうしてどうして、純潔な にできた娘なのだ。もう故人になっていたこの後妻は、ある・ ゾああしたふうの仲よしじゃよ、。、、 マもので、いわば親友のようなぐあいだった。じっさい、おれ名門の将軍家の出だったけれど、おれの確かに聞いたところ はよくいろんな婦人と完全に無垢な、清い交際をしたものだでは、少しも持参金を持って来なかったそうだ。とにかくい 1 きむすめ

8. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

くるりと向きを変えて、出て行こうとします。わたくしはそ ったく愉快な人間になる必要がありますからなあ、そうじゃ ありませんか ? 七年ばかり前、ある町へ出向いたことがごの後から、「そうです、そうです、あなたはイスプラーヴニ ざいます、ちょっとした用事がありましたのでな。そこでわッグで、ナプラーヴニッグじゃありません ! 』とどなりまし , ミ、「いいや、いったん言われた以上、わしはナプラーヴ たくしは幾たりかの商人どもと仲間を組んで、イスプラ ニッグです』どうでしよう、これですっかりわたくしどもの ヴニッグ ( 警察署長 ) のところへまいりました。それはちょ いつもこうなので っと依頼の筋があったので、食事に招待しようという寸法だ仕事はおじゃんになってしまいましたー ったのでございます。出て来るのを見ると、その署長というす。きまってこうなのです ! わたくしはいつもきまって、 あい上う 自分の愛嬌で損ばかりしておるのでございます。ずうっと以 のは、白っぱい頭をしたふとった気むずかしそうな仁で、 しろもの 前、あるひとりの勢力家に向かって、『あなたの奥さんはく つまり、こんな場合一ばんけんのんな代物なのでござい ます。なぜと申して、かんしやくがひどいのですよ、かんしすぐったがりのご婦人ですな』と言ったのです。つまり、名 やくが : : : わたくしはそのそばへすかずかと寄って、世なれ誉ということにかけて神経過敏なほうだというつもりたった た人らしいくだけた調子で、「イスプラーヴニック ( 署長 ) さのでございます。そのお、道徳的な心のありかたをさしたも 一八三七年生ま ん、どうかその、われわれのナプラーヴニック のなので。ところが、その人はいきなり、『じゃ、あなたは れ、作曲家であ 者であった り同時に文学 ) にな 0 てくださいまし』とや 0 たものです。『い妻をくすぐ「たんですか ? 』とききました。わたくしはどう したものか、ついがまんができなくなって、まあお愛嬌のつ ったい、ナプラーヴニッグとはなんですか ? 』わたくしはも 。しくすぐりました』とやったのです。ところ こいつはしまった、と思いました。きまじめもりで、「よ、、 うその瞬間に、 が、その人はさっそくわたくしをこっぴどくくすぐってくれ な顔をして突っ立ったまま、じっと人の顔を見つめてるじゃ ましたよ・ : ・ : それはずっと昔のことなので、もう話しても、 ありませんか。「わたくしは一座を浮き立たすために、ちょっ さほど恥ずかしくないのでございます。こういうふうに、わ と冗談を言ったのでございますよ。つまり、ナプラーヴニッ ク氏は有名なロシャの音楽指揮者でしよう。ところが、われたくしは一生涯、自分の損になることばっかりしておるので ございます」 弟われの事業のハーモニイのためにも、指揮者が必要なんで』 のなかなかうまく理屈をひねくって、こじつけたでしよう、そ「あなたは今もそれをしてるんですよ」ミウーソフはけがら ゾうじゃありませんか ? 「ご免こうむります、わしはイスプわしいという様子でこう言った。 マラーヴニック ( 警察署長 ) です、自分の職名がだじゃれのたね 長老は無言でふたりを見くらべていた。 「そうですかね ! だがね、ミウーソフさん、わたくしはロ 力にされるのを許すわけにはいきません』と言ったと思うと、 じん

9. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

ふたたび彼女のはうへ引き寄せられた。「アレグセイさん、 て、このひとはもうドミートリイを愛していなし ! 』 あなたは昨日のあの : : : 恐ろしい出来事をご自分でごらんに 「それはそうです ! ほんとうにそうですわ ! 」とホフラコ なりました。そして、わたしがどんな様子であったかという ーヴァ夫人が叫んだ。 ことも、よく 7 」ぞんじでいらっしゃいます。イヴァン・フョ 「ちょっと待ってくださいまし、奥さん、わたしはまだかん ードロヴィチ、あなたはごらんになりませんでしたけれど、 じんなことを言っておりませんの、ゆうべ決心したことを、 このかたはごらんになったのです。昨日このかたがわたしのまだすっかり言ってしまったわけではないんですの。わたし ことをなんとお思いになったか知りませんが、たった一つ、 の決心は恐ろしいこと、わたしにとって恐ろしいことかもし よくわかっていることが」ざいます、 もし今日、今すぐれません。それはわたしにも感じられますけれど、もうわた あれと同じことがもう一度あったら、わたしはあれと同じ感しはどんなことがあっても、この決心を変えません。どんな しよう力い 情を現わし、あれと同じ言葉を吐き、あれと同じ動作をした ことがあっても、一生涯、この決心を押し通します。イヴァ に相違ありません : : : アレクセイさん、あなたはわたしの動ン・フヨードロヴィチは、優しい、親切な、博大な心を持っ 作を覚えてらっしやるでしよう。あなたご自身わたしのあるた、永久に変わることのないわたしの相談相手で、人間の心 どうさっ 一つの動作をとめてくだすったのですものね : : : ( こう言い 理の深い洞察者で、そして世界じゅうにかけがえのない、わ ながら、彼女はばっと顔をあかくした。その目は急に輝き始たしのたったひとりの親友ですが、このかたもすべての点に めた ) 。アレグセイさん、はばかりなく申しますが、わたしおいて、わたしに賛成して、わたしの決心をほめてください ました : は何ものとも妥協することはできません。それにわたし今と : このかたはいっさいの事情をごそんじでいらっし ゃいます」 なっては、ほんとうにあの人を愛しているかどうか自分でも よくわかりませんの。わたしあの人が気の毒になりました。 「ええ、ばくは賛成しています」低いがしつかりした声で、 これは愛の裏書きとしては、あまりよくないほうですからねイヴァンはこう言った。 え。もしわたしがあの人を愛していたら、やはり引きつづい 「でも、わたしはアリヨーシャにも ( あら、ごめんなさい、 て愛しているとしたら、気の毒なんて心持ちにならないで、 アレグセイさん、わたしはついあなたを、アリヨーシャなど かえって憎くなるはずじゃありませんか : わたしはアレクセイさんにも、 と呼び捨てにしました ) 、 彼女の声はふるえ、まっげには涙の玉が光っていた。アリ 今わたしのふたりの親友の目の前で、この決心がまちがって きたん ヨーシャの心中で何やらびくりとふるえるものがあった。 るかどうか、忌憚なく言っていただきたいのでございます。 「この令嬢は正直で誠実だ』と彼は考えた。「そして : : : そしわたし本能的に初めからこう感じていました。ほかではあり 2

10. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

お嬢さんがたほど、やくざなものはないよ、あんなのにくらそ ! 」 べたら : : : ふん ! もしわしにあいつの若さと、あの年ごろ アリヨーシャがドアの向こうへ出て行くが早いか、彼はま のわしの顔があったら ( なぜと言うて、二十八のころのわし た戸だなへ近寄って、杯半分ほどひと息にあおった。 は、あいつより男まえがよかったからなあ ) 、それこそわし 「もうやめだ ! 」とつぶやいてのどをくっと鳴らし、一尸だな もあいつに負けんように、女を泣かせて見せるんだがなあ。 にかぎをおろすと、またそのかぎをポケットにしまって、寝 畜生 ! なんと言うたところで、グルーシェンカは手に入れ室へ行き、カの抜けたからだを床の上へ横たえるやいなや、 させやせん、なんの、手に入れさせるものか : : : あんなやそのまま眠りに落ちてしまった。 みじん つ、木つば微塵にしてやるんだ ! 」 この最後の言葉とともに、彼はまたすさまじい剣幕になっ 第 3 かかり合い てきた。 「おまえももう帰れ、ここにおったところで、今は何も用事「まあ、お父さんにグルーシェンカのことをたずねられなく いいあんばいだった』アリヨーシャはまたアリヨーシ はありやせん」と彼は鋭い調子で断ち切るように言った。 アリヨーシャはいとまを告げるために近奇って、父の肩をヤで、父のもとを辞して、ホフラコーヴァ大人の家へおもむ 接吻した。 きながら、心の中でこう考えた。『でなかったら、きのうグル 「なんだっておまえそんなことをするのだ ? 」と老人は少々 ーシェンカと会ったことを、話さなきゃならなかったかもし 驚いた様子で、「まだ会うことはあるじゃないか、うん ? れない』アリヨーシャはふたりの敵手がゆうべのうちに新し それとも、もう会えんとでも思うのか ? 」 く元気を回復して、夜が明けるとともにふたたび石のように 「決してそんなことはありません。ばくはただその、なんと冷たい心になったのを直感したのである。「お父さんは恐ろ いう気なしに : しくいらいらして、意地がわるくなっている。きっと何か考 ところが、兄さ 「うん、わしもやはりなんという気なしに : : : わしもただそえついて、それを固執しているに相違ない。 弟の : : : 」と老人はわが子を見つめた。「おい、ちょっと、おんのほうはどうだろう ? こちらもやはりゅうべのうちに気 のい」と彼は後から声をかけた。「いっかまた、近いうちに来分を持ちなおして、同じようにいらいらした意地わるい、い持 ゾんか、ウハー ( 魚汁 ) を食べにな。一つウハ ] をこしらえるかちになっているに違いない。そして、もちろん、何かもくろ : ああ、どうしてもきようの間に マら。しかし、きようのようなやつじゃない、特別なんた、ぜんでいるにきまってる、 カひ来てくれ ! そうだ、あす来い、よいか、あす来るんだ合うように、兄さんを捜し出さなけりゃならない :