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検索対象: ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)
120件見つかりました。

1. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

のが、金を見るやいなや、ばくを抱きしめようとするじゃあ「なぜ、なぜこのうえなく都合よくいったんでしよう ? 」あ りませんか。ええ、まったくです、あの人はしじゅう両手をきれかえったようにアリヨーシャを見つめながら、リーズよ 伸ばしてばくのからだにさわっていました。こんなぐあいだ叫んだ。 ズ、もしあの人が金を踏 ったものだから、必ず自分の屈辱を痛感したに違いありませ「それはこういうわけですよ、リー ん。ところへ、ちょうどそのときばくが失策をやったのでみにじらないで持って帰ったら、うちへ帰って一時間ばかり たったころ、自分の屈辱を思って泣くでしよう、そりや必ず す、非常に大きな失策をやったのです。ばくだしぬけにこう そうあるべきです。そうして泣いたあげく、明日にもさっそ 言ったのです。もしほかの町へ行く旅費がたりなかったら、 まだそのうえにもらうこともできるし、ばくも自分の金の中くやって来て、 , ーー夜の明けないうちにばくのところへ来 からいくらでもあげます : : : すると、この言葉がとっぜんあて、さっきと同じようにあの紙幣を投げつけて、踏みにじっ たかもしれません。しかし、今あの人は司自分で自分を殺し の人の胸にこたえたのです。なぜおまえまでがおれを助けに た』ってことを自覚してはいましようが、とにかく非常に勝 飛び出すのだ、というような気がしたのでしよう。ねえ、 1 ズ、貧乏な人というものは、あまりみなから恩人顔をされち誇った気持ちで、意気揚々と引き上げたのです。だから、 ると、たまらなくいやなもんだそうですよ : : : それはばくも明日にもこの二百ループリを持って行って、むりに受け取ら せるのはほんとうに楽なもんですよ。だって、もうあの人は 聞いたことがあります、長老さまがお話くだすったのです。 ばくどんなふうに言っていいかわからないけれど、自分でも金を投げつけて、踏みにじって、りつばに自分の潔白を証明 したんですもの : : : それに、あの人も金を踏みにじるとき、 よく見うけました。それに、自分でもそのとおりな感しがし ますものね。しかし、何より一ばんたいせつなのははかでもまさかばくが明日もう一度持って行こうなどとは、夢にも考 ありません、あの人は最後の瞬間まで、紙幣を踏みにじろうえなかったでしよう。ところが、この金はあの人にとっては などとは夢にも思ってなかったのですが、それでもなんとなそれこそほんとうに必要なんです。もちろん、今こそ非常な く予感していたに相違ありません、それはもう確かな話で誇りを感じているでしようが、それにしても、自分がどれだ す。なぜって、あの人の喜び方があまりはげしいから、それけの助力を失ったかってことを、今日にも考えすにはいら : じっさい、やりきれますまい。夜なぞはいよいよいちずにそのことを考えて、 を予感せずにはいられないほどでした : れないことになったように思われますが、それでもやはり、夢にまで見るに相違ありません。そして、明日の朝になった 非常に都合よくいったのです。ばくの考えでは、むしろこのら、さっそくばくのところへ駆けつけて、わび言でもしかね ない気持ちになるでしよう。そこをねらってばくがはいって うえなく都合よくいったのです : ・・ : 」

2. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

つかなかった。ただ彼女が自分にやさしくしてくれる、自分カルガーノフはミーチャとグルーシェンカの関係をよく知 を「許して』そばへすわらしてくれるということを、胸をふっていたし、紳士のこともおよそ察していたが、そんなこと るわせながら感じたばかりである。グルーシェンカがコップはあまり彼の興味をひかなかった。いや、あるいはぜんぜん の酒を傾けるのを見て、彼はうれしさのあまりわれを忘れて興味をひかなかったのかもしれない。何よりも彼にとって興 しまった。とはいえ、一座の沈黙がふいに彼を驚かした。彼味があったのは、マグシーモフである。彼はマグシーモフと っしょに、たまたまここに泊まることになったのであっ は何やら期待するような目で、一同を見まわしはじめた。『と かい - 1 う きに、われわれはどうしてこうばんやりすわってるんでしょて、ふたりのポーランド紳士にこの宿屋で邂逅したのも初め う ? どうしてあなたがたは何も始めないんです、みなさてのことなのであった。しかし、グルーシェンカは前から知 ん ? 』あいそ笑いをうかべた彼の目が、こういうように思わっていたし、一度だれかといっしょに彼女の家へ行ったこと もある。そのとき彼はグルーシェンカの気に入らなかった れた。 が、ここでは彼女は非常にやさしい目つきをして、彼を見ま 「この人がでたらめばかり言うものだから、ばくたちさっき もっていた。ミーチャが来るまでは、ほとんどなでさすらな から笑い通してたんですよ」とっぜんカルガーノフは、 いばかりであったが、当人はそれにたいして妙に無感覚なふ チャの胸の中を察したかのように、マクシーモフを指さしな うであった。 がらロを切った。 チャは大急ぎでカルガーノフを見すえたが、すぐに視彼はまだ二十歳を越すまいと思われる、しゃれた身なりを した青年で、非常にかわいい色白の顔に、ふさふさとした美 線をマグシーモフへ転じた。 「でたらめを言うんですって ? 」と、さっそくミーテヤは何しい亜麻色の髪をしていた。この色白の顔には、賢そうな、 がうれしいのか、例のぶつきら棒な、木をたたいたような笑ときとしては年に似合わぬ深い表情の浮かぶ、明るく美しい 空色の目があった。そのくせ、この青年はときどき、まるで い声を立てた。「はは 「ええ、まあ、考えてもごらんなさい 。この人は、二十年代子供のような口をきいたり、幼ない顔つきを見せたりする 弟のロシャ騎兵がだれもかれも、つぎつぎにポーランドの女とが、自分でそれと自覚していながら、いささかも恥じる色が なかった。全体として、彼はいつもやさしい青年であったけ の結婚してまわった、なんて言い張るじゃありませんか ? 」 ゾ「ポーランドの女と ? 」とミーチャはまたしてもおうむがえれども、非常に偏屈で気まぐれであった。どうかすると、そ しつよう の顔の表清に何かしら執拗な、じっとすわって動かぬあるも マしに言って、こんどはもうすっかり有頂天になってしまっ のがひらめくことがある。つまり、相手の顔を見たり話を聞

3. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

めいそう い何がこの『瞑想者』をこうたえまなく執拗にさわがしてい考えていたらしい遠まわしな質を持ちかけるのであった が、なんのためか説明はしなかった。しかも、非常に熱中し るのか、ムロ点がいカオカオ 彼らは哲学的な問題も語り合ったし、また創世のとき太陽て何かたずねている最中に、ふいにびたりと口をつぐんで、 まるで別なほうへ話を移すのであった。 や月や星は、やっと四日目につくられたばかりだのに、どう しかし、ついにイヴァンを極端にまでいらだたせて、その して最初の日に光がさしていたのだろうか、この事実をなん 心に激烈な嫌悪の情を植えつけたのは、このごろ彼がイヴァ と解釈すべきだろうか、などという問題をも話し合ったこと がある。しかし、イヴァンはまもなく、問題は決して太陽ンにたいしてまざまざと示すようになった一種特別ないまわ や、月や、星でないということを悟った。じっさい、太陽しい、なれなれしさである。しかも、これが日をふるにした がって、ますます目立ってくるのであった。しかし、それかと や、月や、星は、興味のある問題に相違ないが、スメルジャ いって、イヴァンにたいして失礼な態度をあえて見せる、と コフにとってはぜんぜん第三義的なもので、必要なのはまる いうわけではさらさらない。それどころか、いつも非常にう つきり別なものらしかった。そうして、そのときどきによっ てぐあいは違うけれど、とにかくどんな場合でも底の知れなやうやしい調子でロをきいたが、なぜかしら、彼は自分とイ い自尊心、おまけに侮辱されたる自尊心が、ありありと顔をヴァンとがあることについて、共通な関係でも持っているよ のぞけ始めるのであった。イヴァンはそれがひどく気にくわうに思いこんでいるらしい。そして、いっかふたりの間に一一戸 い交わした秘密の約東でもあって、自分たちふたりにだけは なかった。これから彼の嫌悪の念がきざし始めたのである。 ない - 一う その後、家庭に内訌が生じて、グルーシ、ンカが現われたわかっているけれど、まわりにうようよしている人間どもに とでもいうような調子でいっ り、兄・ トミートリイの騒ぎがもちあがったりして、いろいろは、とうていわかりつこない、 めんどうなことがつづいたとき、ふたりはこのことについても話をする、これがきまりのようになってしまったのである。 もっとも、イヴァンはその時にもこの真因をーーーしだいにつ もりムロった。もっとも、スメルジャコフはこの話をすると きでも、非常に興奮した様子を示しながらも、やはり彼自身のってゆく嫌悪の原因を、長いあいだ悟ることができなかっ たが、このごろになってようやく事の真相がわかってきた。 どんなことが望ましいのか、どうしても正確に突きとめるこ 、ら、らした感じをいだきながら、彼はいま とができなかった。それどころか、不用意のうちに顔をのそ腹立たしい、しし けるいつも決まって茫とした彼の希望が、ひどく非論理的無言のまま、スメルジャコフのほうを見ないで、すっとくぐ で秩序が立っていないのに、むしろ一驚を喫するくらいでありの中へ通り抜けようと思った。と、その瞬間、スメルジャ コフはっとペンチを立ちあがった。その身振りを見ただけ った。彼は絶えず何かきき出そうとするかのように、前から しつよう

4. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

はじめた。しかも、この方面において非常な才能を示したの金はわけてやらなかった。たとえ彼女に棄ててしまうとおど かされても、やはり折れて出なかったに相違ない。で、老人 で、しまし冫。 、こよ多くのものが、ひと口に、ジドーフカ ( ユダヤ 女 ) と呼びなしてしまうくらいになった。しかし、べつに高はほんのわずかな金をわけてやったばかりであるが、それで も、このことが世間へ知れ渡ったとき、みんな目を丸くして 利を貸すのなんのというわけではないが、世間で知られてい 驚いたものであった。 るところによると、ほんと、つに・伐女はしばらくフヨードル・ 「おまえもばかな女ではないから』八千ループリばかり分け カラマーゾフと組んで、一ループリにつき十コペイカなどと いう捨て値で手形を買い占めていた。そうして、この手形のてやるとき、彼はグルーシェンカにそう言った。『おまえ自 しかしな、今までどおりの年々の 中には、十コペイカにつき一ループリくらいもうけになるの身でやりくりするがいし もあった。 手当てよりほかには、死ぬまでわしから、一文も取れないも サムソーノフはこの一年ばかり両足がはれたため、歩くこのと思ってくれ。それから、遺言のときだって、何ひとつお とができないで、病床に横たわっていた。何十万という大金まえに分けてやりやしないから』そして、ほんとうにこの宣 言を実行した。死ぬるときに自分の全財産を、生涯そばにお 持ちであったが、非常にけちないっこくものの男やもめで、 いて、召使なみにこき使っていたむすこたちゃ、その妻子た もう一人前になったむすこたちにたいして、暴君のようにふ るまっていた。けれど、自分のプロテジェ ( 被保護人 ) には、 ちにすっかり譲ってしまって、グルーシェンカのことはひと かなり自由にされていた。もっとも、はじめこの女をうんと言も遺一一一口状に書いておかなかった。そういうことが、あとで きびしく扱って『精進パタ』で養うつもりでいたのだと、当すっかりわかったのである。しかし「自分の財産』のやりく りに関する忠言では、グルーシェンカも彼に少なからぬ助カ 時、ロの悪い連中が、かげ口をきいていたが、しかし、グル ーシェンカは自分の貞操にたいして、底の知れない信頼の念を受け、「仕事』の筋道を教えてもらった。 フヨードル・カラマーゾフは、初めちょっとしたゲシェフ . を老人の胸に植えつけておいて、巧みに自分の解放を成就し ( 取引き ) の関係で、グルーシェンカとかかりムロいになっ たのである。この一大手腕家たる老人も ( 今はもうとっくに なき人であるが ) 、やはり非常に人並みはずれた性質で、またが、とうとう自分でも思いがけなく前後を忘れて、ほとん ど気がちがいそうなほどこの女にほれこんでしまった・この ず何よりも恐ろしくけちで、石のようにがんこな男であった。 ときすでに虫の息になっていたサムソーノフは、これを聞い それゆえ、グルーシュンカにすっかり打ちこんでしまって、 し , オここに注意すべきことがある。グル この女でなければ、夜も日も明けなかったけれど ( 最近二年て恐ろしく笑、興じこ。 シェンカはこの老人に、いささかもかくし立てなく、誠〉 間は、まったくそうであった ) 、それでもまとまった大きな

5. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

えしやく えない。入り来る客たちにたいしても、彼は会釈しようとも会釈をしたが、やはり気をつけの姿勢であった。カルガーノ しない。それはまるで、自分が人の指揮監督を受ける身分フはすっかりまごっいてしまって、まるつきり礼をしなかっ た。長老は祝福のために上げた手をおろし、ふたたび一同に で、客と対等の人間でないことを、いかにも心得ているよう 辞儀をして着座をこうた。くれないがアリヨーシャのほおに なふうであった。 長老ゾシマはアリヨーシャといまひとりの修行僧にともなのばった。彼ははずかしくてたまらなかった。不吉な予感は われて来た。僧たちは立ちあがると、指が床にとどくほど深事実となって現われ始めたのである。 い辞儀をして彼を迎えた。それから、長老の祝福を受ける長老は皮張りの、おそろしく旧式なマホガニイの長いすに せつぶん と、その手を接吻するのであった。ふたりの僧を祝福し終わ腰をおろし、ふたりの僧を除く一同の客を、反対の壁ぎわに ると、長老も同じく指が床にとどくくらいひとりひとりに深すえてある、黒い皮のひどくすれた、四脚のマホガニイのい ひし . 」り・・は い辞儀を返して、こちらからもいちいち祝福を求めた。これすに並んですわらした。ふたりの僧は両側に 。冫しまひとりは窓のそばに座を占めた。神学生と らの礼式はまるで毎日のしきたりの型のようでなく、非常に戸のそまこ、、 荘重で、ほとんど一種の感激さえともなっていた。しかし、ミアリヨーシャと、それからいまひとりの修行僧は立ったまま ゥーソフにはいっさいのことが、わざとらしい思わせぶりのであった。庵室ぜんたいは非常に狭く、なんとなくわびしげ ように見えた。彼はいっしょにはいった仲間のまっさきに立に見えた。いすテープルその他の道具は粗末で貧しく、もう っていたから、よし自分がどんな思想をいだいているにもせほんとうになくてはならないものばかりであった。はち植え よ、ただ礼儀のためとしても ( ここではそういう習慣なのだの花が窓の上に二つと、それから部屋の片すみにたくさんの その中の一つは大きな聖母の像で、 から ) 、長老のそばへ寄って祝福をこわねばならぬ、手を接聖像が並んでいる、 ) よりだいぶ前に描かれた 吻しないまでも、せめて祝福をこうくらいのことはしなくちどうやら教会分裂 ( 計純驪 3 計世 ゃならない、 これは彼が昨夜から考えていたことなのでものらしい。その前には燈明が静かに燃えている。そばには ある。ところが、今いたるところで僧たちの妙な辞儀や接吻金色燦たる袈を着けた聖像が二つ、またそのまわりには作 弟を見ると、彼はたちまち決心をひるがえしてしまった。そり物の小天使やら、瀬一尸物の卵やら、『マーテル・ドロロー トリッグ式十字架や のして、ものものしくまじめくさって、ふつう世間ふうの会釈サ ( 嘆ける聖母 ) 』にいだかれた象牙製のカ ゾをすると、そのまま、いすのはうへ退いた。フヨードルもそら、古いイタリアの名匠の石版画などが幾枚かあった。これ マのとおりにした。・伐はこんどはさるのよ、つにミウーソフのま らの優美で高価な石版画のはかに、聖徒や殉教者や僧正など カねをしたのである。イヴァンも非常にものものしいまじめなを描いた、ごくごく素朴で民衆的なロシャの石版画ーーーどこ紹 さん

6. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

知識を持ってらっしゃいますか、 ドミートリイさん ? ・」 「奥さん、ほんとうにあなたがそんなにご親切な方だとは ! 」 「ちっとも持っていません、奥さん、 ええ、奥さんちっと彼は異常な感激をこめて叫んだ。「ありがとう、あなたは とも持っていません ! 」とミーチャは神経的にいらいらしな ばくを救ってくださいました。あなたは人間ひとりを不自然 な死から、ビストルから救ってくだすったのです : : : ばくは がら叫んで、ちょっと席を立とうとした。「お願いですから、 ひと通り聞いてください。たった二分間だけ自由な物語の時永久に感謝いたします : : : 」 を与えて、まず最初にばくの来訪の目的たる計画を、すっか 「わたし三千ループリよりかずっとたくさん、数えきれない り話さしてください。それに、ばくは時間が必要なのです、 ほどたくさんさしあげます ! 」とホフラコーヴァ夫人は輝く 非常ににしいのです : : : 」すぐにまた夫人が口を出しそうな ような微笑を浮かべて、ミーチャの歓喜をながめながら叫ん 気配を感じたので、相手をどなり負かそうという意気ごみだ。 で、 チャはヒステリッグにこう叫んだ。「ばくは絶望の「数えきれないほど ? しかし、そんなには必要がないので あまりにこちらへ伺ったのです : : : 絶望のどん底に落ちてしす。ばくにとってなくてかなわぬのは、あの運命をかけた三 まったので、奥さんから金を三千ループリだけ拝借しようと千ループリです。そこで、ばくのほうでも無限の感謝をもっ 思って伺ったのです。しかし、奥さん、確実な、確実このうて、その金額にたいする保証をするつもりでおります。はか えない抵当があるのです、確実このうえない保証があるのでではありません、ばくはある計画を提供したいと思います、 それは : す ! お願いですからひととおり : 「たくさんですよ、ドミートリイさん、言った以上は必すい 「そんなことはあなたあとで、あとで ! 」とホフラコーヴァ たします」われこそ慈善家だという無邪気な誇りをいだきな 夫人も負けないで手を振った。「それに、さきほども申した とおり、あなたのおっしやることは、なんでも前から知り抜がら、夫人は断ち切るような調子でこう言った。「わたしあ いていますの。あなたはいくらかのお金がほしい、三千ルー なたをお助けすると言った以上、必ず助けてお目にかけま プリのお金が入り用だとおっしゃいますが、わたしもっとたす。わたしはいとこのつれあいのペリメーソフと同じよう 弟くさんさしあげます、数えきれないほどたくさんさしあげま に、あなたもやはりお助けしますわ。あなた金鉱のことをな のす。わたしあなたを助けてあげますわ、 んとお考えになります、 ゾけれど、わたしの言うことを聞いてくださらなくちゃなりま「金鉱ですって、奥さん ! ばくそんなことは一度も考えた マせんよ ! 」 ことがありません」 カ ミーチャはまたもやいすからおどりあがった。 「そのかわり、わたしがあなたに代わ 0 て考えてあげまし

7. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

くぶん病的に見えるのは、今のところむりからぬ話である。子で、一時だと、二度まで答えましたので : : : ところが今は たんでき 彼がこのごろ恐ろしく不安な『遊蕩三昧』の生活に耽溺してじめて : : : 」 いることも、また問題の金のことで父親とけんかをして、非 「、い配なさることはありません」と長老はさえぎった。「か 常にいらいらした気分になっていることも、一同の者はよくまいません、ちょっと遅刻されただけで、たいしたことはあ りませんじゃ : 知り抜いているからであった。このことについては町じゅう でいろいろなうわさが立っていた。もっとも、彼は生まれつ 「じつに恐縮のいたりです。あなたのおやさしいお心とし きのかんしやく持ちで、『常軌を逸した突発的な性情』を持て、そうあろうとはそんじておりましたが」 こ、フたち切るように一一一口って、 っていた。これは、町の治安判事セミョーン・カチャーリニ ドミートリイはいま一ど頭を コフが、ある集会で彼を評した言葉である。 さげた。それから急に自分の『おやじ』のほうを向いて、同 彼はフロッグコートのボタンをきちんとかけ、黒の手袋をじようなうやうやしい低いお辞儀をした。田 5 うに、彼は前か はめ、シルクハットを手に持って、申し分のないしゃれたい らこのあいさつのことをいろいろと考えたあげく、この方法 でたちではいって米た。つい近ごろ退職した軍人のよくするで自分の敬意と善良な意志を示すのが義務だと心にきめたの ようにロひげだけたくわえて、あごひげは今のところそり落であろう。フヨードルはふいを打たれてちょっとまごっいた としている。栗色の髪は短く刈りこんで、こめかみのあたり が、すぐに自己一流の逃げ道を案出した。ドミートリイのあ では、ちょっと前のほうへときつけてあった。彼は軍隊式に いさつにたいして、彼はいすから立ちあがりさま、同じよう 勢いよく大またに歩いた。 一瞬間、彼はしきいの上に立ちどな低いお辞儀で答えてみせたのである。その顔は急に尊大で まって、ひとわたり一同を見まわすと、いきなりつかっかと しかつめらしくなったが、それがまた、かえって非常にどく 長老を目ざして進んだ、この人がここのあるじだと見分けをどくしい陰を添えるのであった。それから、 つけたのである。彼は長老に向かって、深く腰をかがめ祝福無言のまま、部屋の中の一同に会釈を一つして、例の勢いの をこうた。長老は立ちあがって祝福してやった。ドミートリ パイーシイのそ しい歩きぶりで大またに窓のほうへ近寄り、 弟イはうやうやしくその手を接吻すると、異常に興奮した、と ばにたった一つ残っていたいすに腰をおろすと、全身を乗り のいうよりいらいらした調子でロをきった。 出すようにして、自分がさえぎった会話のつづきを聞く身構 えをした。 ゾ「どうも長らくお待たせして相すみません、ご寛容をねがい マます。父の使いでまいりました下男のスメルジャコフに、時 ドミートリイの出席は、わずか二分かそこいらしかかカら カ間のことを念を押してたずねましたところ、きつばりした調なかったので、会話はすぐにつづけられねばならぬはずであ

8. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

る程度までで、うちあけたというよりむしろ慇懃な態度だっ はいって来た。じつのところ、一同はいつの間にか彼を待た たのです。じっさいフランス人は慇懃な態度をとるすべを知なくなっていたので、このふいの出現は最初の瞬間、いくぶ っていますからね。それに、ばくが外国人だったからでもあん驚咢の念すらひき起こしたものである。 りましよう。けれど、ばくはその人の言うことがよくわかり ました。いろんな話の中に、当時官憲から追究されていた社 第 6 どうしてこんな男が生きてるんだー 会主義の革命家のことが話題に上ったのです。その話の主要 な点は抜きにして、ただこの人がなんの気なしに口をすべら ドミートリイは今年二十八、気持ちのいい顔だちをした、 した、非常に興味のある警句をご紹介しましよう。この人の中ぜいの青年であったが、年よりはずっと老けて見える。筋 言うことに、『われわれはすべて無政府主義者だの、無神論肉の発達したからだっきで異常な腕力を持っていることが察 者だの、革命家だのというような社会主義めいた連中は、あしられたが、それでも顔にはなんとなく病的なところがうか まりたいして恐ろしくないのです。われわれはこの連中に注がわれた。やせた顔ははおがこけて、何かしら不健康らしい 目していますから、やり口もわかりきっていますよ。ところ黄がかった色つやをしている。少し飛び出した大きな黒みが が、その中にごく少数ではありますが、若干毛色の変わった かった目は、一見したところ、何やらじっと執拗に見つめて やつがいます。これは神を信するキリスト教徒で、それと同 いるようであるが、しかしどことなく、そわそわして落ちっ 時に社会主義者なのです。こういう連中をわれわれは何よりきがない。興奮していらだたしげに話しているときでさえ、 も恐れます。じっさい、これは恐ろしい連中なんですよー その目は内部の気持ちに従わないで、何かまるで別な、とき 社会主義のキリスト教徒は、社会主義の無神論者よりも恐ろとすると、その場の状況にぜんぜんそぐわない表情を呈する しいのです』この言葉を聞いて、あの時ばくは衝撃をうけまことがあった。 したが、 今こうしてお話を聞いてるうちに、なぜかふいとこ 「あの男はいったい何を考えてるのか、わけがわからない』 れを思い出しましたよ : : : 」 とは彼と話をした人の批評である。またある人は彼が何かも 「で、つまり、それをわたくしたちに適用されるのですな、 の思わしげな、気むずかしそうな目つきをしているなと思う わたくしたちを社会主義者だとおっしやるのですな ? 」と。ハ うちに、とっぜん思いがけなく笑いたされて、面くらうこと ィーシイはいきなり単刀直入にきいた。 があった。つまり、そんな気むずかしそうな目つきをしてい しかし、ミウーソフがなんと答えようかと考えている間ると同時に、陽気なふざけた考えが彼の心中にひそんでいる に、とっぜんドアがあいて、だいぶ遅刻したドミートリイが ことが、証明されるわけである。もっとも、彼の顔つきがい いんすん

9. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

ときには、もう心持ちがずっと楽でした。なぜといって、わ ああいう行為を敢行するということは、あなたのお考えにな たくしはもう家で皮切りをしたのですものね。いったんこの るよりもはるかに困難なことです。じつのところ、わたくし はただこのことだけに感心したので、それでお宅へ伺ったよ道程へ踏みこんだら、それからさきはべつにむずかしいどこ うなわけです。いったい決闘の場で謝罪しようと決心なすつろじゃない、かえって快に楽しく運んでゆきました』 聞き終わったとき、彼はじつに気持ちのいい目つきをして たとき、はたしてどんな感じをおいだきになったのでしよう か ? もし、このような失礼な質問にご立腹なさらなかった余をながめた。 『いや、どうもじつにおもしろうございました。わたくしは ら、そしてもし覚えていらっしゃいましたら、一つ話して聞 かせてくださいませんか。どうかわたくしの質問を、軽率なまた二度も三度もおじゃまにあがります』 それ以来、彼はほとんど毎晩のように通い始めた。もし彼 動機から起こったものと思わないでください。それどころ か、こんな問いを発するについては、わたくし自身も秘密のが自分のことも話したら、余らはもっともっと親しくなった しかし、似は自分のことはほとんどひと一一一口も話 に相違ない。 目的を有しているのです。もし神さまがわたくしたちふたり をもっと親しく近づけてくだすったら、あるいは後日お話すさないで、いつも余のことばかり根掘り葉掘りしていた。に もかかわらず、余は非常に彼を愛し、心の底から信頼してし るかもしれません』 まった。『あの人の秘密なそ聞いて何になる、そんなことを 彼がこう言っている間、余はその目をひたと見つめて、 た。すると、とっぜんこの紳士にたいして強い強い信頼の念しなくとも、あの人が正しい人間だってことは、ちゃんとわ と、そうして ( こんどは逆に余のほうから ) 異常な好奇心をかっている』と考えたからである。そのうえ、彼は重要な地 感じた。余はこの人の心中にも何かしら、なみなみならぬ秘位を占めた人ではあるし、年齢からいっても、余とはたいへ ん相違があるにもかかわらず、余のような青二才のところへ 密がある、ということを直感したのである。 「わたくしが敵に謝罪した瞬間、どんな感じがしたかというやって来て、ごうも余をあなどる気色がなかった。それに、 おたずねですが』と余は答えた。『それよりいっそ、はじめきわめて聡明な人であったから、余はこの人からいろいろ有 弟からお話したがいいでしよう。これはまだだれにも話さなか益なことを学んだ。 の ったことなのです』と言って、余は例のアファナーシイとの「人生が楽園だってことは』とっぜん彼はこんなことを言い ゾ出来事から、ひたいを地につけて彼に謝罪したことまで、すだした。『わたくしも前から考えていました』それから、急 にまたこんなこともつけたした。『わたくしはこのことばか マ つかり話して聞かせた。「これだけお話したら、ご自身でも カおわかりになるでしようが』と余は言葉を結んだ。『決闘のり考えているのです』余の顔を見て微笑し、『わたくしはそ

10. ドストエーフスキイ全集12 カラマーゾフの兄弟(上)

合うことができた ( そのくせ、長兄のほうが遅れて帰って来 ( もしそれがあるとしても ) 、彼は腹を立てるわけにはいかな ひととなり たのである ) 。彼は兄イヴァンの性質を知ることに非常な興かったが、それでも彼は何か自分にもよくわからない、不安 味をいだいたが、その帰省以来ふた月の間に、ふたりはかなに満ちた当惑の念をいだきながら、兄がもう少し自分のそば りたびたびひとところに落ち合ったにもかかわらず、いまだへ近よる気持ちになるのを待っていた。兄・ い深い尊敬を表わしつつイヴァンのことを批評し、何か特別 にどうしても親しみがわかなかった。アリヨーシャ自身も口 数が少ないうえに、何かを待ち設けているような、何か恥ずな見方をもって彼のうわさをするのであった。アリヨーシャ かしがっているようなぐあいであるし、兄イヴァンも初めのは、このごろふたりの兄を目立って密接に結び合わした、か うちこそ、アリヨーシャの気がつくほど長い間、もの珍しその重大な事件のくわしいいきさつを、この長兄の口から聞い うな視線をじっと弟にそそいでいたが、やがてまもなく、彼たのである。ドミートリイのイヴァンに関する感にたえたよ うな批評が、アリヨーシャにいっそうおもしろく感じられこ のことを考えてみようともしなくなった。アリヨーシャもこ れに気づいて多少とまどいぎみだった。彼は兄の冷淡な態度わけがまだほかにある。それは兄ドミートリイはイヴァンに くらべると、ほとんど無教育といっていいくらいで、ふたり をふたりの年齢、ことに教育の相違に帰したが、また別様に 、つしょに並べてみると、性質としても人格としても、これ とれないでもなかった。ほかでもない、兄のこうした関心や 以上似寄りのないふたりの人は、想像することができないは 同情のうすさは、ことによったら、何か自分の少しも知らな ど、極端な対比をなしていたからである。 彼はなぜか べつな事情から生じるのではあるまいか ? ちょうどこの時分、長老の庵室で乱れきった家族一同の会 こんな気がしてならなかった、 イヴァンは何かほかのこ とに心を奪われている、何か重大な心内の出来事に気を取ら見、というよりむしろ寄り合いが催された。これがアリヨー この寄り合 れている、何かある困難な目的に向かって努力している、そシャに異常な影響を与えたのである。じっさい、 いの口実はしごくあやしいものであった。当時、相続のこと れで、兄は自分のことなど考えている暇がないのだ、これ ードルの不和は、うち捨 が、自分にたいする兄の放心したような態度を説明する、唯などに関するドミートリイと父フョ い。なんでもフョ てておかれないほどの程度に達したらし 弟一の原因に相違ない。 の ドルのほうからまず冗談半分に、ひとつみなでゾシマ長老の アリヨーシャはまたこんなことをも考えた、 この態度 ゾの中には、自分のような愚かな修行僧にたいする学識のある庵室へ集まったらどうだ、という案を持ち出したとかいうこ マ無神論者の軽蔑がまじってはいないだろうか ? 彼は兄が無とである。それは真正面から長老の仲裁を求めるというわけ カ神論者であることをよく承知していた。この軽蔑にたいしてではないけれども、長老の位置や人物が何か和解的な効果を けい・ヘっ