ニコライ - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)
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1. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

へいらっしやるときの様子と、ここへ来てからなすったこと菊 : あなたがたを前にして誇りを感じています」 「では、その恥辱というのは、どんな種類のものか、一つ話を、残らず話してくださいませんか ? 」 「ああ、そのことならここの人たちにきいてください。しか していただけませんか ? 」ニコライはまごっき気味で、こう し、わたしが話してもいいです」 言った。 彼は物語った。けれど、筆者はもうその物語をここでくり 検事は恐ろしく顔をしかめた。 「だめです、だめです、 C'est fin 一 ( もうおしまいです ) 、骨を折かえすまい。彼はそっけない調子でざっと話した。。、、 るだけ損ですよ。それに、けがらわしい思いをする価値はあの恋の歓喜については、ひと言も話さなかった。しかし、自 りません。もういい加あなたがたを相手にして、けがらわ殺しようという決心が、『ある新しい事実のために』消え失 しい思いをしたんですから。あなたがたは聞く資格がないんせたことだけは話した。彼は動機の説明やデテールを避けな がら物語ったのである。しかし、予審判事もこんどはあまり です、あなたがたにかぎらずだれひとり : : : みなさん、もう 彼を苦しめなかった。この場合、彼らにとって重大な問題 たくさんです、もう、打ち切ります」 その語調は思いきって断固としていた。ニコライはしいてが、こんなところにあるのではないことは明らかであった。 「それはすっかりよく調べてみましよう。どうせ、証人喚鬥 きくことをやめた。しかし、イツポリートの目つきで、彼が のときに、もう一度その問題にもどらなけりゃならないんで まだ望みを失わずにいることを、すぐに見てとった。 「では、せめてこれだけでも聞かしてください。あなたがペすから。証人の喚問はむろん、あなたの面前で執行すること ニコライは訊問を終えた。「ところで、 ルホーチン氏のところへ行ったとき、あなたの手にどのくらにします」と言い いの金額があったのです、つまり、幾ループリあったのでもう一つあなたにお願いがあるのです。どうかこのテープル の上へ、あなたの身についている品物、ことにいま持ってい す ? 」 られる金を、残らず出してくださいませんか」 「それをお話することはできません」 「あなたはベルホーチン君に、ホフラコーヴァ夫人から三千「金ですって ? さあさあ、わたしもよくわかっています ループリ借りて来た、とかおっしやったそうじゃありませんよ、それは必要なことでしよう。もっと早く言いだされなか ったのがふしぎなくらいですよ。もっとも、わたしはどこへ も行かずに、ちゃんとお目の前に控えていましたがね、さ 「たぶんそう言ったでしよう。だが、みなさん、もうたくさ あ、これが金です、わたしの金です。さあ、数えてくださ んですよ、もう決して言いませんよ」 これでみんなだと思います」 。手に取ってごらんなさい、 「そういうことなら、ごめんどうでしようが、あなたがここ わたし

2. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

の原則です、これがあなたがたの狡猾な手段の基礎になってます。ここに集まっているわれわれ三人は、お互いに高潔な るんです ! だが、 あなたがたはこんな狡猾な手段で、百姓人間なのです。で、われわれは、品位と名誉とを具備した教 どもの目をくらますことはできましようが、わたしはどっこ育ある上流社会の紳士に必要な相互の信頼を基礎として、万 わたしの いだめですよ。わたしはそっちの手のうちを知っています。事を処理してゆかなければなりません。とにかく、 じゅうりん 自分でも、お役人をしたことがあるんですからね、はつ、はつ、生活におけるこの瞬間に、わたしの名誉が蹂躙されたこの瞬 司こも、あなたがたを善良なる親友と思わせてください。 はっ ! みなさん、ご立腹なすっちゃ困りますよ、わたしの卩 う言っても、べつに失礼にはあたりますまいね、みなさん、 無礼をゆるしてくださるでしようね ! 」彼はおどろくほど善 失礼にはあたりますまいね ? 」 良そうな態度で、彼らを見ながらこう叫んだ。「今のはミー 「とんでもない、あなたのお一言葉はじつにりつばですよ、ド チカ・カラマーゾフが言ったんですから、ゆるすことができ ミートリイ・フヨードロヴィチ」とニコライはもったいぶつ ますよ。賢い人が言ったのならゆるすことはできないが、 まっ、はっ ! 」 た調子で同意した。 ミーチカが言ったんだからゆるせますよー 「だが、つまらないことは、みなさん、もってまわったこう ニコライは、この言葉を聞きながら、同じように笑ってい つまらないことは、、丁つかり」以きにしましよ、つ」と こ。検事は笑いこそしないが、目を放さずにじろりじろりとるさい ミーチャは昻然として叫んだ。「でないと、しまいにはどん 穴のあくほどミーチャを見つめていた。それは、ミーチャの ちょっとした言葉じりでも、ほんのわずかな身動きでも、顔な結果になるやらわかりませんよ、ねえ、そうじゃありませ けいれん 面筋肉のかすかな痙攣でも、決して見のがすまいとするものんか ? 」 「あなたの賢明な勧告に、十分したがいましよう」と検事は のようであった。 「しかし、わたしたちは初めからそうしてるじゃありませんミーチャのほうへ向かって、とっぜん口を入れた。「しかし、 こちらの訊問を撤回することはできません。つまり、なんの か」とニコライはやはり笑いつづけながら答えた。「朝どう いうふうに起きたか、何を食ったか、というような訊問ぜめためにあなたはあんな大金が、三千という大金が必要になっ たか、ぜひとも知らなければならないのです」 弟で、あなたを困らせるようなことはしないで、むしろ非常に 「なんのために入り用だったかとおっしやるんですか ? そ の重大な性質の問題から訊問を始めたのです」 ゾ「それはわかっていますよ、とっくに承知して感服しているれはこうです、こういうわけです : : : つまり、借金を払うた マのですよ。しかし、今のわたしにたいするたぐいまれなご好めです」 「だれにですか ? 」 カ意、高潔なお心にふさわしいご好意には、さらに感謝してい

3. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

はしいとかいう場合には、自分が : : : 自分のほうからなにし ないうちに、ニコライのほうへ向かって、「あの人がいま言 ったことを信じてくださいまし ! わたしはあの人を知ってます、と申しでた。 います。あの人はくだらないことを一言うには言いますが、そ「ありがとうございます」とグルーシェンカは会釈をした。 、こじのためでございます。 「わたしは、あの地主のおじいさんといっしょにまいります。 れはただ冗談半分でなければ、し けれど、良心にそむくようなうそは決して言いません。ほんあのおじいさんを連れて帰ってやります。けれど、もしなん とうのことをありのままに言うのですから、それを信じてあなら、ドミートリイさんの問題が一段落するまで、下で待た げてくださいまし ! 」 せていただきとうございます」 「ありがとう、グルーシェンカ、おかげでおれも力がついて彼女は出て行った。ミーチャは落ちついたばかりでなく、 カそれはほ きた ! 」とミーチャはふるえ声で答えた。 すっかり元気づいたような顔つきをしていた。。、、 きのうの金に関する質問にたいして、彼女はちょうどいくんのしばらくであった。時が進むにしたがって、一種奇妙な らあったか知らないが、きのうほかの人に三千ループリもっ肉体的無力感が彼の全身をおかしはじめた。目は疲労のため て来たと言ったのは、たびたび耳にはさんだと答えた。また に閉ざされがちになってきた。とうとう証人の訊問は終わっ 金の出所については、次のように説明した。ミーチャはカチた。人々は、調書の最後の整理にとりかかった。ミーチャは エリーナのところから『盗んで来た』のだと、自分ひとりに立ちあがって、自分のいすのところから片すみにあるカーテ もうせん だけ、うちあけたが、自分はそれにたいして、いや決して盗ンの陰へ行き、毛氈をかけたこの家の大箱の上へ横になる んだのではない、あす金を返しさえすればよいと答えた。力と、そのまま眠りに落ちてしまった。彼はあるふしぎな夢を チェリーナのところから盗んで来たというのはどの金をさす見た。それは少しもいまの場所とこのような時に似つかわし のか、きのうの金か、それとも一か月まえにここで使った金くない夢であった。彼は今どこか荒涼たる広野を旅行してい か ? という検事の執拗な質問にたいして、一か月まえに使るらしい。そこはずっと前に勤務したことのある土地だっ た。ひとりの百姓が、彼を二頭立ての馬車に乗せて、みぞれ った金のことを言ったのだ、少なくとも自分はそうとった、 ミーチャは妙に寒いよ と断言した。 の中をひいて行く。十一月の初旬で、 やっとグルーシェンカも退出を許された。そのときニコラうな感じがした。綿をちぎったような大きな雪が、ばたばた イはばかに熱心な調子で彼女に向かって、もうすぐ町へ帰っと降っていたが、落ちるとすぐ地べたに消えてしまうのであ たとえ てもよろしい った。百姓は巧みに鞭を振りながら、元気よく馬を駆った。 もし自分が何かのお役に立てば、 ば、馬車の便宜を取り計らうとか、あるいはまた付添い人が恐ろしく長いあま色のあごひげを生やした男で、年のころは

4. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

『冷飯をくわされている』検事が心から愛する人も、世界じ検事とニコライはちらりと目くばせした。 「が、それはとにかく、きのうの朝からのことを筋みち立て ゅうでこの若いニコライただひとりであった。ちょうどこ こへ来る途中、彼らふたりは目前に控えた事件に関して、何て、残らず話していただきたいものですね。たとえば、なぜ かの打ち合わせをし、約東をしておいたので、いまテープルあなたが町を離れたか、そして、いつ出かけて、いっ帰った に向かっていながらも、ニコライの俊敏な頭脳は、年長の同かというような : : : そういう事実をみんな : 僚の顔に現われた動きや合図などを、なかば言いさした言葉「それならそれと、最初からきいてくださればいいのに」と や、目まぜや、またたきなどによって、一つ残らず理解した言ってミーチャは大声に笑った。「が、お望みとあれば、き のうのことからではなく、おとといの朝のことから始めなけ のである。 いろんなつればなりません。そうすれば、どこへ、どういうふうに、ど 「みなさん、わたしひとりに話さしてください。 ういうわけで出かけたか、馬車をとばしたりしたかが、おわ まらないことでロを出しちゃいけませんよ。わたしはすぐに すっかり言ってしまいますから」とミーチャは熱した調子でかりになりましよう。みなさん、わたしはおとといの朝、当 地の商人サムソーノフのところへ行きました。それは、確実 言った。 「それはけっこうです。感謝します。しかし、あなたの陳述な抵当を入れて、三千ループリの金を借りるつもりだったの 急に、せつばつまった必要ができましてね、みな をうかがう前に、われわれにとって非常に興味のある、いまです、 さん、急にせつばつまった必要が : : : 」 一つの事実を確かめさせていただきたいのですが。ほかじゃ いんぎん 「ちょっとお話ちゅうでございますが」と検事は慇懃にさえ ありません、きのうの五時ごろ、友人。ヒョートレ ぎった。「どうして急にそれほどの大金が、つまり三千ル チ・ベルホーチンから、ビストルを抵当にしてお借りになっ プリという金が、そんなに必要になったのです ? 」 た十ループリのことです」 「ええ、あなたがたは、ほんとうにくだらないことをきかな 「抵当に入れました、みなさん、十ループリの抵当に入れま つ、どういうわけで、ち したよ。それがどうしたんです ! それだけのことです。旅いでください。どういうふうに、、 ようどそれだけの金がいるようになったかなんて、しちめん 弟行から町へ引っ返すと、すぐ抵当に入れたのです」 の ・ : それは三冊の書物にも書ききれやしません、 「え、旅行から引っ返したんですって ? あなたは町の外へどうくさい : まだそのうえにエピローグがいりますよ ! 」 ゾ出ましたか ? 」 マ「出ましたとも、みなさん、四十露里あるところへ出かけた ーチャは真実を残らず言ってしまおうと望み、このうえ ガんです。あなたがたはご存じなかったですか ? 」 なく善良な心持ちに満たされている人に特有の、まっ正直

5. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

: 」とニコライは活気づいて言い始めた。 いうものですよ : 司法官たちも同様に満足らしかった。訊問が今にもすぐ新し たったいまめがねをはずしたばかりの、強度の近視のために い段階にはいるだろうと感じたのである。署長を送り出した かなり飛び出した薄い灰色の大きな目には、いかにも満足ら あとで、ミーチャはほんと、フに , つき、つきしてきた。 「では、みなさん、もうわたしはすっかりあなたがたのものしい色が輝いていた。「あなたは今われわれ相互の信用と言 です。そして : : : もしあんなつまらないことさえ抜きにしてわれましたが、あれはまったくそのとおりです。その相互の しまったら、今すぐにも話は片がつくんですがね。わたしは信用がなくては、こういう重大な事件の審理をすることがと またつまらないことを言いました。もちろん、わたしはすっきには不可能になるくらいです。つまり、被疑者がじっさい に自己弁明を希望し、またそれをなしうるような場合を意味 かりあなたがたのものですが、しかし、みなさん、まったく のところ、必要なのは相互の信用です、ーーーあなたがたはわするのです。で、わたしたちとしては、できるだけの手段を たしを、またわたしはあなたがたを信用するんです、ーーで採りましよう。われわれがこの事件をどういうぐあいに処理 しているかは、あなたが今もごらんになったとおりです : ないと、いつまでたってもらちはあきませんよ。これはあな ロヴィチ ? 」 そうではありませんか、イツポリート・キ たがたのために言うのです。さあ、用件にかかりましよう、 とっぜん検事に向かってこう言った。 みなさん、用件にかかりましよう。しかし、とくにお願いし 「ええ、そうですとも」と検事は同意した。しかし、その一一ⅱ ておきますが、あまりわたしの心を掘り返さないでくださ いくらかそっけなか わたしの心をつまらないことでかきむしらないでくださ葉はニコライの意気ごみにくらべると、 い。ただ用件と事実だけをおたすねください。そうすれば、 で、もう一度最後に言っておくが、この町へ新たに赴任し さっそくあなたがたに満足のゆくようにお答えします。つま たニコライは、ここで活動を開始したそもそもから、検事イ らないことはもうまっ平です ! 」 ートにたいしてなみなみならぬ敬意をいだき、ほとん ミーチャはこう叫んだ。訊問はふたたび始まった。 ど肝胆相照らしていたのである。「勤務の上で冷飯をくわさ トの、図抜けた心理学的才能と、 れている』わがイツポリー 第 4 第二の受難 弁才とを、頭から信じきっているものは、ほとんど彼ひとり 「ドミートリイ・フヨードロヴィチ、あなたご自分ではおわであった。彼はイツポリートが冷遇されているということ かりになりますまいが、あなたがそうして、気さくに返事しも、すっかり信じていた。彼はこの検事のことを、まだペテ ルプルグにいるころからうわさに聞いていた。そのかわり ' てくださるので、わたしたちもほんとうに元気が出て来ると つつ ) 0

6. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

状を聞き終わると、ひょいと両肩をすくめた。 めたいのです ! ねえ、みなさん、ほんとうにきよめられる 「しかたがありません、みなさん、わたしはあなたがたを責かもしれないでしよう、ね ? しかし、最後にもう一度言っ めやしません。わたしはもう覚悟をしています : : : あなたがておきますが、わたしはおやじの血にたいして罪はないで たとしてはほかに方法がなかったということは、わたしにもす ! わたしが刑罰を受けるのは、おやじを殺したためでは よくわかっています」 なく、殺そうと田 5 ったためなんです。じっさい、危うく殺し ニコライはミーチャに向かって、ちょうどここへ来合わせかねなかったんですからね : : : しかし、わたしはやはり、あ たマヴリーキイ警部が、今すぐ彼を護送して行く旨をおだやなたがたと争うつもりです、これはあらかじめあなたがたに かに説明した。 宣言しておきます。わたしは最後まであなたがたと争って、 「ちょっとお待ちください ! 」とミーチャはふいにさえぎっそのうえはどうなろうと神さまのおばし召し次第です ! み た。そして、おさえがたい感情に駆られながら、室内にいるなさん、ゆるしてください、わたしが訊問のときにあなたが すべての人に向かって言いだした。「みなさん、わたしたちオ こに食ってかかったことを、立腹なすっちゃいけませんよ。 はみんな残酷です、わたしたちはみんな悪党です、わたしたそうです、わたしはあのときまだばかだったのです : : : 一分 ちはみんなのものを、母親や乳飲み子を泣かせています。け後にはわたしは囚人ですから、いま最後にドミートリイ・カ れど、その中でも、 今はもうそう決められたってかまい ラマーゾフはなお自由な人間として、あなたがたのほうに手 ません、 その中でもわたしが一ばんけがらわしい虫けらをさし伸べます。あなたがたと別れるのは、つまり、人間と です ! それだってかまいません ! わたしはこれまで毎別れることなんです ! かいしゅん 日、自分の胸を打ちながら改悛を誓いましたが、やはり毎彼の声はふるえだした。彼はほんとうに手をさし伸べた 日、おなじ汚らわしい所業をくりかえしていたのです。が、 : 、一ばんちかくにいたニコライは、とっぜんどうしたの 今となって悟りました。自分のようなこういう人間には鞭 か、ほとんど反射的とでもいえる身ぶりでその手をうしろへ が、運命の鞭が必要なのです、わたしのようなものにはなわ隠してしまった。ミーチャは目ざとくこれを見つけて、ぶる 弟をかけて、外部のカで縛っておかなけりゃなりません。自分っと身ぶるいした。彼はさし出した手をすぐおろした。 のひとりのカでは、、 しつまでたっても起きあがれなかったでし「審理はまだ終わっていないのですから」とニコライはいく てつつい ゾよう ! しかし、とうとう鉄槌は打ちおろされました。わたらかどぎまぎしながらつぶやいた。「まだ町でつづけなくち けんせき マしはあなたがたの譴責を、世間一般からの侮蔑の苦痛を引き ゃなりません。わたしはむろんあなたの成功を : : : あなたが カ受けます。わたしは苦しみたいのです、苦しんで自分をきょ無罪の宣告をお受けになることを : : : 望んでいます : : : とこ

7. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

ある。それは、この夜以来ながいこと彼女を苦しめた大病の 「わたしの知り合いだったのでございます。知り合いとして ここ一月ばかりおっき合いをいたしましたので」 最初の徴候であった。彼女のきりつとした様子や、悪びれた ところのないまじめな目つきや、落ちつきのあるものごしな それからつづいて、半分もの好きに発せられた質問にたい して、あの人は『時おり』気にいったこともあるけれど、決 どは、非常に気持ちのいい印象を一同に与えた。ニコライな どはたちまちいくらか「心を動かされた』ようであった。そして愛してはいなかった。当時あの人を引き寄せていたの の後あちこちで当時の話が出ると、この女を心底から『じつは、ただ「意地わるい面あて』のためにすぎなかった。つま に美しいなあ』と感じたのは、そのときが初めてだと白状しり、あのじいさんにたいする態度とかわりはなかったと答え た。それまでにも、たびたび彼女を見たことはあるけれど、 た。ミーチャが自分のことで、フヨードルをはじめ、その他 いつも「いなかの〈テラ』の高級物婦 ) のたぐいだと思「てありとあらゆる人に嫉妬するのも知 0 ていたが、かえ 0 てそ いた。「ところが、あの女のものごしといったら、まるで上れを慰みにしていた、とこう彼女は率直に、ありのままをう 流も上流、一流どころの貴婦人のようですよ』あるとき彼はちあけた。フヨードレ ノのところへ嫁こうなどとは夢にも田 5 わ 婦人たちの集まった席で、感激の色をうかべながら、思わずず、ただ彼をからかっただけであった。「このひと月ばかり こうロをすべらしたほどである。けれど、婦人たちは大いにあの人たちふたりのことなそ、考えている暇がありませんで 不満そうな様子でその言葉を聞いていたが、すぐさまそのした。じつは、わたしにたいしてすまないことをしている、 まるで別な男を待っていたんですの : : : けれど、あなたがた 罰として、彼に『いたずら者』というあだ名をつけた。が、 もこんなことをおききになっても、しかたがありますま、 彼はけつきよく、それに満足していた。部屋へはいりしな に、グルーシェンカは盗むように、ちらりとミーチャを見やし、わたしもあなたがたにお答えする必要はないと思いま かす。なぜって、これはわたしひとりきりのことなんですか った。すると、ミーチャも不安げに彼女を見返した。し し、彼女の様子はすぐさま彼を安心さした。まず最初、必要ら』と言って、彼女は言葉を結んだ。 な質問や訓戒がすむと、ニコライはいくらかどもりながら、 で、ニコライもさっそくその言葉にしたがった。彼はま なおきわめて慇懃な態度を保って「退驃中尉ド た小説的な』点について、しつこくたずねるのをやめて、 イ・フヨードロヴィチ・カラマーゾフとは、どういう関係直接まじめな問題、つまり三千ループリに関する主要問題に だったのですか ? 』ときいた。この いにたいして、グル 移った。グルーシェンカは、ミーチャが一か月まえモークロ シェンカは静かな、しかもしつかりした語調でこう答え ェで、まったく三千ループリ消費した、もっとも、自分で金 をかぞえてみたわけではないが、ミーチャの口から三千ルー

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いて、ああいうふうにぜんぜん説明を拒絶してしまわれたのしません。夜の明けるのを待たずに自殺してしまいますー ・ですから、われわれは : わたしはことに今これを痛感します。わたしが生まれて以 「ときに、あなたのその指輪の石はなんです ? 」ミーチャは来、二十年間に学んだことも、こののろうべき夜に悟ったこ めいそう 何か瞑想状態からさめでもしたように、 ニコライの右手を飾とには、はるか及ばないくらいです。それに、もしわたしが っている三つの大きな指輪の一つを指さしながら、にわかに ほんとうにおやじを殺したのなら、どうして今夜、いま、こ こ、つさ , んぎった。 の瞬間、あなたがたと対座しながら、こんな態度がとられま 「化輪 ? 」とニコライはびつくりして問い返した。 ーよ、つ、ど一、つ , して一、フ、、つ請 . し ( り - 、がでを」 ~ まー ) よ、つ、′」、つ , し 「そうです、その指輪です : : : その中指にはまった、細い筋てあなたがたや、世 司にたいして、こんな見方ができましょ のたくさんあるのは、いったいなんという石ですか ? 」とミ う : : : わたしまグリゴ ーリイを誤って殺してさえ、夜どおし ーチャはまるで強情な子供のようこ、 冫いらいらした調子でし不安でたまらなかったのです、 しかし、それは恐怖のた っこくきいた。 めじゃありません、なんの、あなたがたの刑罰が恐ろしいか 「これは煙色ト パーズですよ」ニコライはにたりと笑った。 らじゃありません ! ただ恥辱を思うからです ! それだの 「お望みなら、抜いてお目にかけましよう」 に、あなたがたはわたしの新しい卑劣なけがらわしい行為 「いや、いや、抜いていただかなくってもいいです ! 」ミー を、まだこのうえ、うちあけろと言われるのです。しかし、 チャは急にわれに返って、自分で自分に腹を立てながら、猛たとえそれで疑いがはれようとも、あなたがたのような何一 烈な勢いでこう叫んだ。「抜かないでください、そんな必要つ見ることもできない、なに一つ信じることもできない、 はありません : : : ばかばかしい : : みなさん、あなたがたは ぐらもちにもひとしい皮肉やに話すのはいやです、いっそ懲 わたしの魂をけがしてしまいました ! よしんば、ほんとう役へやってくださいー おやじにドアをあけさせて、その戸 にわたしがおやじを殺したにもせよ、あなたがたに隠しだて口からはいったものがおやじを殺したのです、おやじの金を をしたり、ごまかしたり、うそを言ったり、逃げ隠れたりす盗んだのです。しかし、その者がだれかというだんになる つ「トーしよ、フ , 刀 ? ・ いったい、あなたがたはそんなことを考えと、 わたしはとほうにくれてしまいます。いらいらして ておられるんですか ! ドミートリイ・カラマーゾフきます。が、それはドミートリイ・カラマーゾフじゃありま はそんな男じゃありません。そんなことが平気でできる男じせん。その点をご承知ください。わたしがあなたがたに言い ゃありません。もしわたしが罪を犯したのなら、あなたがた うるのは、これだけです。もうたくさん、たくさんです、し の到着や、最初予定していた日の出など、・ へんべんと待ちゃ っこくきかないでください : : 勝手に流刑にするなり、罰す

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自分には敵がある。とこう思いこんでいた。あまり気のくさやろう、あの人は自分の年を知られるのを恐れているが、い くさするときなど、もういっそ刑事訴訟専門の弁護士にでもま自分はあの人の秘密を握っているのだから、明日になった なってしまう、とおどかすのであった。思いがけなくカラマらみんなに話して聞かせる、などと言っておどかしてやろ 、つ まだ若々しくって愛らしい彼は、こういうことにか ーゾフの父親殺し事件が突発したとき、彼はこれこそ「ロシ ャ全国に知れ渡るような大事件だ』と考えて、全身の血をおけると、人並みすぐれたいたずらものであった。この町の貴 わたし 婦人たちは、彼のことをいたずら小僧と呼んでいたが、それ どらせた。しかし、筆者はまた先まわりしているようだ。 がまたひどく当人の気に入っているらしかった。しかし、彼 隣室では町の若い予審判事が、令嬢といっしょに話してい 。、レフェノヴィチ・ネリュードフは非常にりつばな階級とりつばな家柄に属する人で、そのう た。この田刀は、ニコライ・ノノ といって、つい二か月前にペテルプルグからここへ赴任してえりつばな教育も受けており、またりつばな感情をも持って いた。もっとも、彼はかなりの遊び好きであったが、それも 来たのである。あとで町の人たちは、ちょうど「犯罪』の行 ごく罪のない、社交上の法則にかなった遊び好きであった。 なわれた夜に、こういう人たちがわざと申し合わせたよう に、警察署長の家に集まっていたことを語り合って、奇異の見かけから言うと、せいが低くて、弱々しく腺病質なたちだ 感さえいだいた。が、これはきわめて単純な、きわめて自然った。彼のほっそりとした青白い指には、いつも図抜けて大 な出来事であった。ィッポリートは、前の日から細君が歯をきな指輪がいくつか光っていた。ところが、彼が職務を遂行 病んでいたので、そのうめき声の聞こえないところへ、逃げするときには、自分の使命と義務を神聖視してでもいるよう 冫いつもに似ずものものしい様子になるのであった。こと 出さなければならなかった。医者は晩になると、カルタをし 引する祭に、隹 に平民出の殺人犯人や、その他の凶悪犯を訊ド ないではいられない性分であった。ニコライはもう三日も前 問をあびせて度胆を抜く手腕をもっていた。また、じっさ から、この晩だしぬけにミハイル・マカーロヴィチのところ 、彼らの心中に敬意でないまでも、とにかく一種の驚嘆の へ行こうと思っていた。それは、ミハイル・マカーロヴィチ 念を呼び起こすのであった。 の長女オリガに不意打ちを食わしてやろうという、ずるいた くらみなのである。彼はオリガの秘密を知っていた。という ベルホーチンは署長の家へはいると、たちまち度胆を抜か のは、この日は彼女の誕生日にあたるのだが、町じゅうのもれてしまった。そこに居合わす人々が、意外にも、もはや何 のを舞踏会に招待しなくてはならないので、これがいやさ もかも承知している、ということがわかったのである。いか にも、一同はカルタをほうり出して、総立ちになって評議し に、わざと町の社交界に知らすまいと思っていたのである。 そのほか、あの人のことでまだうんと笑って、皮肉を言ってていた。ニコライまでも令嬢たちのところから飛んで来て、

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プリと聞いたのだ、と証言した。 すべらすか、それとも腹立ちまぎれに」とニコライは、とっ 「あなたとふたりきりのときにそう言ったのですか、それとぜんさえぎった。「自分の父親の命を取るつもりだ、などと もほかにだれかいるときだったのですか ? あるいはまたあ言ったことはありませんか ? 」 「ええ、ありました ! 」グルーシェンカははっとため息をつ なたの前で、ほかの人にそう言ってるのをお聞きになったの ですか ? 」検事はすぐにたずねた。 この 1 「一度ですか、たびたびですか ? 」 降いにたいしてグルーシェンカは、人前でも聞いた し、ほかの人に話しているのも聞いたし、またふたりきりの「幾度も言いました、いつも腹を立てていたときでございま とき直接彼の口から聞いたこともあると断言した。 「ふたりきりのときに聞いたのは一度ですか、それともたび「で、あなたはあの人がそれを実行すると信じていました たびですか ? 」と検事はまたたずね、そして、グルーシェン 、え、一度も信じたことはありません ! 」と彼女はきっ カからたびたび聞いたという答えを得た。 ばり答えた。「わたしはあの人の高潔な心を信じていました ィッポリートはこの申し立てにひどく満足した。それか ら、訊問が進むにしたがって、グルーシェンカがこの金の出から」 所、つまり、ミーチャが、カチェリーナの金を着服した事実「みなさん、どうか」と、とっぜんミーチャは叫んだ。「ど うかあなたがたのまえで、アグラフェーナにたったひとこと を承知していた、ということも判明した。 「だが、一か月前にドミートリイ・フヨードロヴィチが使っ言わせてください」 「お一一一一口いなさい」とニコライは許した。 たのは、三千ループリよりずっと少なかったということや、 「アグラフェーナ」ミーチャはいすから立ちあがった。「申 ちょうどその半額を用心のために、隠しておいたということ さまとおれを信じてくれ ! ゅうべ殺されたおやじの血にた を、せめて一度でも聞いたことはありませんか ? 」 いして、おれにはなんの罪もないのだ」 しいえ、そんなことは一度も聞きません」とグルーシェン ミーチャは、こう一一一口ってしまうと、またいすに腰をおろし 第力は答えた。それどころか、ミーチャはかえってこのひと月 た。グルーシェンカは立ちあがって、うやうやしく聖像に向 ののあいだ、自分には金が一コペイカもないと、しじゅう言い ゾ 通していたことさえ判明した。「いつもお父さんからもらえかって十字を切った。 「神よ、なんじに栄光あらせたまえ ! 」と彼女は熱烈な、人 マるのを待っていました」とグルーシェンカは結んだ。 力「では、いっかあなたの前で : : : 何かの拍子にちょっと口をの心にしみこむような声で一言うと、まだもとの席へ腰をかけ乃