だが彼女は初めに一つだけ手違いをした。ほかでもないスは大して美人ではなかった。背が高くて、ひどい瘠せつばち メルジャコフにたいして、お前なんか眼中にないといったよで、おまけに顔にはいくつか薄痘痕さえあった。もっともは うな態度をとったのである。そこにはなにか偏見があったのんの幾つかではあったけれども、やはり瑕瑾には相違なかっ 、遠い昔のいい伝えによったものか、或いは総じて彼を一た。人のいいマルフア・イグナーチエヴナは彼女のことをな 顧の注意にも値しない人間と思ったのか、そのへんのところかなかの器量よしだとさえ思っていた。 はわからない。ところがスメルジャコフは本当の料理人だっ マリヤ・ニコラエヴナは長いあいだスメルジャコフに水を たのだから、スープの味という点ばかりでなく、第一やるかや向けて、遊びにいらっしゃい、お近づきになりましようとい らぬかということについても、彼の胸一つでどうにでもなる っていたが、そのいい廻しが洒落たもので、わたしたちの隠・ のであった。そのことをマルフア・イグナーチエヴナが軽はれ家へいらっしゃいなとか、わたしたちの巣を訪ねてくださ ずみな娘に匂わせたので、彼女は手の裏を返したようにスメ いなとかいうのであった。スメルジャコフはその返事になに かロの中でもぐもぐ言っていたが、 ルジャコフに愛想よくしだした。が、こちらはかなり長いこ しかしロ汚い言葉づかい とその手に乗らず、なかなかゆるそうとしなかった。ス ] プはしなかった。それでも彼女は一種、微妙なはほ笑みを浮か をだすにはだしてやったが、ひどくもったいぶった顔つきをべながら、ざっくばらんな調子で、いらっしゃいなをいっ していた。ところがどうだろう ? やがて意外千万なことが た。スメルジャコフは行かなかった。で、とどのつまり、彼 はじまったのである。旦那方や上流社会の大好きなマリヤ・女はもうざっくばらんな調子を棄てて、はなから哀願の表情 ニコラエヴナではあったが、スメルジャコフのこの強情さ、冷で招ぶようになった。 ややかな調子がかえって気に入ったのである。スメルジャコ 「いったい、どうしておまえは遊びに行かないの、ちょっと フが自分の交わっている階級のだれとも似ていない、それが寄るだけの暇がないとでもいうのかえ」と、あげくのはてに 気に入ったのである。スメルジャコフはどうかというと、彼マルフア・イグナーチエヴナが言った。彼女は若い二人がね 創女の持っている二枚の着物が気に入った、わけても尻尾のつんごろになるのを見て、内々嬉しかったのである。もしその 弟いている一枚の方がことに御意に召して、彼女がその尻尾をときマルフア・イグナーチエヴナがなにか拙いことをいった の上手に捌いて歩くのが気に入ったのである。初めのうち彼はら、例えば、おまえさんたちは二人とも年頃だが、これからさ ゾこの尻尾に憤慨していたくせに、あとではすっかりお気に召きの運命は神様のお心にあるから、などと仄めかしでもしょ マしたわけである。両人ながらお互い同士高級な人間であるこ うものなら、すっかりことをぶち毀してしまったに相違ない。 力とを認識したのだ。とはいうものの、マリヤ・ニコラエヴナスメルジャコフはこんりんざい隣りへ足を向けないで、話さ きず