ニコライ - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)
51件見つかりました。

1. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

「わたしがあなたのそばについててよ。もう決してあんたを同情のあまりまくらをさせてやったものであろうが、彼の心 は涙のためにふるえるようであった。彼はテープルに近づ 棄てやしない、一生涯あんたについて行くわ」情のこもった いて、なんでもお望みしだい署名すると言った。 グルーシェンカのやさしい言葉が、彼の耳もとでこう響し 「みなさん、わたしはいい夢を見ましたよ」彼は何か喜びに すると、彼の心臓は燃え立って、何かしらある光明を目ざでも照らされたような、さながら別人のような顔をしなが とこまでも生きたい、ある道ら、奇妙な調子でこう言った。 して進みはじめた。生きたい、。 を目ざして進みたい、何かしら招くような新しい光明のほう 第 9 ミーチャの護送 へ進みたい、早く、早く、今すぐ ! 「どうしたんだ ? どこへ行くんだ ? 」とっぜん目を見開い て、箱の上にすわりながら、彼はこう叫んだ。それはちょう予審調書に署名がすむと、ニコライはおごそかに被告のは うを向いて、次の意味の「拘引状』を読んで聞かせた。何年 ど気絶でもした後に、息を吹き返したような気持ちであった 何月何日某地方裁判所判事は某を ( すなわちミーチャを ) し しかし、その顔には輝かしい徴笑がうかんでいた。 かじかの事件に関する被告として ( 罪状は残らず詳細に書き 彼のそばにはニコライが立っていた。調書を聞き取ったう えで、署名をしてくれと言うのであった。ミーチャは一時上げてあった ) 訊問したところ、被告はおのれに擬せられた カニコライの言犯罪を承認しないにもかかわらず、自己弁護のためになんら 間、もしくはそれ以上寝たのだと悟った。、 の証拠をも提示しない、しかるに、すべての証人 ( 某々 ) も 葉はもう聞いていなかった。さきほど疲れきって、箱の上へ すべての事情 ( しかじか ) も、完全に彼の犯罪を指摘すると 身を横たえたときには、そこにはなかったはずのまくらが いうことを考慮においたうえ、『刑法』第何条何条に照らし いま思いもかけず自分の頭の下へおかれているのに気づ て次のごとき決定をした。すなわち、被告が審理と裁判を回 て、彼ははっと田 5 った。 「だれがわたしにこのまくらをさしてくれたんです ? だれ避するおそれのないように、彼を某監獄に拘禁して、この旨 でしよう、その親切な人は ! 」まるでたいへんな慈善でも施を当人に告示し、かっこの拘引状の写しを副検事に通達する うんぬん、というような意味であった。手短かに言えば、ミ されたかのように、一種の歓喜と感謝の念に満たされなが ーチャはこのときから囚人として、いまただちに町へ護送さ ら、彼は泣くような声でこう叫んだ。 れたうえ、きわめて不快なある場所で監禁されることになる 親切な人は、あとになってもとうとうわからなかった。い 旨を、申し渡されたのである。ミーチャは注意してこの拘引 ずれ証人の中のだれかか、さもなくばニコライの書記かが、

2. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

が、そういう人の道化じみた行為は、他人にたいする憎悪にのに、ばくこうしてあなたを外に立たせておいて。ほんとう田 にばくは、なんてエゴイストでしよう ! ええ、ばくたちは 満ちた一種の皮肉なんです。長いことしいたげられた結果、 おくびようになってしまって、人の前では面と向かってほんみんなエゴイストですよ、カラマーゾフさん ! 」 「心配しなくってもいいですよ。寒いことは寒いですが、わ とうのことが言えないのです。ですからね、グラソートキ たしはかぜなんかひかないほうですから。が、とにかく行き ン、そうした種類の道化は、ときによると非常に悲劇的なも ましよう。ついでにおたずねしておきますが、きみの名まえ のなんです、今あのおやじさんは、この世の望みを、すっか はなんというんです ? コ ーリヤだけは知っていますが、そ りイリューシャひとりにかけているんです。だからもし、イ リューシャが死にでもしてごらんなさい、おやじさんは悲しれから先は ? 」 「ニコライです、ニコライ・イヴァノフ・クラソートキンで みのあまり気ちがいになるか、それとも自殺でもするでしょ う。わたしは今あの人を見てると、ほとんどそう信ぜざるをす。お役所風に言えばむすこのグラソートキン」コーリヤは なぜか笑いだしたが、急につけたした。「むろん、ばくはニ 得ません ! 」 コライという自分の名まえがきらいなんです」 「ばくにはあなたの心持ちがわかりました。カラマーゾフさ ん、あなたはなかなか人間をよく知っていらっしやるようで「なぜ ? 」 「平凡で、お役所じみた名まえだから : : : 」 すね」コーリヤはしみじみとこう言った。 「きみの年は十三ですか ? 」とアリヨーシャはきいた。 「ですが、わたしはきみが大をつれて来られたので、あのジ 「つまり、数え年十四です。二週間たっと満十四になりま ューチカだとばかり思いましたよ」 「まあ、待ってください。カラマーゾフさん、ばくたちはこす。もうすぐです。カラマーゾフさん、ばく前もってあなた に一つ自分の弱点を自白しておきます。それはつまり、ばく とによったら、ジューチカを捜し出すかもしれませんよ。だ けど、これは、これはペレズヴォンです。ばくは今この大をの性質をいきなりあなたに見抜いてもらうために、お近づき 部屋の中へ入れましよう。たぶんィリューシャはマスチフ種のしるしとしてうちあけるんです。ばくは自分の年をきかれ の子大よりも喜ぶでしよう。まあ、待ってごらんなさい、カるのがだいきらいなんです : : : だいきらいなんていう以上で : たとえば、ばくのことでこんなふう ラマーゾフさん、今にいろんなことがわかりますから。だけす : : : それにまた : ど、まあ、どうしてばくはあなたをこんなに引き止めてるんな、ありもしない評判がたってるんです。それはね、ばくが でしよう ! 」とコーリヤはだしぬけに勢いよく叫んだ。「あ先週、予科の生徒と泥棒ごっこをして遊んだ、って言うんで すよ。ばくがそういう遊戯をしたのは実際ですが、ただ自分 なたはこの寒さに、フロックだけしか着ていらっしやらない

3. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

びに行ったが、しかし、正式な訪問の格式はくずさなかつん、わたしはこの事件にたいしてちゃんと心づもりがありま た。おまけに、なんのために遊びに行くのか、自分でもまるすから、こんなことはすぐに片づいてしまいます。なぜっ あいきよう つきりわからないのであった。それでも、細君はいつも愛嬌て、みなさん、まあ聞いてください、聞いてください、 よく彼を迎えた。彼女はなぜかつい近ごろまで、彼に興味をわたしが、自分の無罪であることを知っているとすれば、も もっていたのである。ミーチャは判事とはまだ知り合いになちろんわたしたちはすぐに片づけうるはずです ! そうでし る暇がなかったが、 一、二度〈ムって話をしたことはある。そよう ? そうでしよう ? 」 相手を自分の親しい友人とでも思いこんでいるもののよう れも、二度ながら、女の話であった。 ミーチャは早口に、多弁をろうしながら、神経質に立て 「ねえ、ニコライ・ノノ 。、レフエヌイチ、あなたはわたしの見る つづけにまくしたてた。 ところでは、じつに敏腕な判事さんですが」と急にミーチャ 「では、とにかくそう書きとめましよう、あなたが自分にか は愉央そうに笑いだした。「しかし、わたしが今度はあなた けられた嫌疑を絶対に否定なさるということをね」とニコラ の手つだいをしてあげましよう。ああ、みなさん、わたしは イは相手の胸にしみこむような調子で言い、書記のほうにふ ほんとうに生きかえりました : : : わたしがあなたがたにたい してこんなにざっくばらんな、無遠慮な態度をとるのを、とり返って、書きとむべきことを小声にロ授するのであった。 「書きとめる ? あなたがたは、そんなことを書きとめたい がめないでください。おまけに正直にうちあけると、わたし ・・フエヌイのですか ? しかたがありません、書きとめてください。 け -Q し酔っぱらっているんです。ニコライ・ / ガ チ、わたしはたしか : : : わたしの親戚にあたるミウーソフの つばに同意の旨を明言しますよ、同意しましよう : 家で、あなたとお目にかかる光栄と満足を有したと思いますうも : : : 待ってください、待ってください、こう書きとめて が : : : みなさん、みなさん、何もわたしは平等に扱ってくれ ください。『彼は暴行の罪を犯せり、彼は哀れなる老人に重 と要求してるわけじゃありません。わたしはいま自分があな傷を負わせたる罪人なり』とね。それから、もう一つは内心 に、自分の心の奥底に、自分の罪を感じております、 たがたの前に、どういう人間として引きすえられているかっ : 7 もーし・グリ・ てことを、よく承知しています。わたしには : かし、これはもう書きとめる必要がありません」彼はにわか ゴーリイがわたしに言いがかりをつけたとすれば : : : わたしに書記のほうへふり向いた。「これはわたしの私生活だか けんぎ ら、みなさん、これはあなたがたに無関係なことです。つま にはーーーああ、むろんわたしには恐ろしい嫌疑がかかってい わたし り、この心の奥底の一件ですよ : : しかし、老父の殺害にた るのです ! 恐ろしいことだ、恐ろしいことだ、 だってそれぐらいのことは知っています ! しかし、みなさ いしては、なんの責任もありません ! それは、奇怪千万な

4. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

せんよ」 か、気がっかなかったか ? というニコライの突っこんだ質 問にたいして、マグシーモアはいともきつばりした調子で、 もちろん、ムッシャローヴィチの陳述は、きわめて詳細に 『二万ループリ』あったと答えた。 調書へ記入された。これで紳士たちは退出を許された。カル タの抜き札をしたことは、ほとんどひと言もきかれなかっ 「あなたは以前どこかで二万ループリの金を見たことがあり た。それでなくとも、ニコライは彼らに感謝しきっていたのますか ? 」とニコライはにこっと笑ってきいた。 で、些細なことで煩わすのは望ましくなかったのである。こ 「は、はい、見ましたとも。けれど、二万ループリでなくっ とに、それは、酔っ払ってカルタをもてあそんでいる間に起て七千ループリでございます。それは、家内がわたくしの村 こった、つまらないけんかにすぎない。そのうえ、あの夜はを抵当に入れたときのことでございます。わたくしには、遠 くから見せながらじまんしておりましたが、なかなか大きな 全体としてらんちき騒ぎや醜態も決して少なくなかった : こういうわけで、二百ループリの金はそのまま紳士たちのポ紙幣東で、みんなにじ色をしておりましたよ、ドミートリイ ケットに残ったのである。 さんのもやはり、みんなにじ色でございました : ほどなく彼は退出を許された。とうとうグルーシェンカの 次にマクシーモフ老人が呼び出された。彼はおどおどと小 刻みな足どりで近づいた。取り乱したなりをして、ひどく沈番となった。訊問者たちは、彼女の出現がドミートリイに異 んだ顔つきであった。彼はそれまで下でグルーシェンカのそ常な印象を与えはしないかと、あやぶんでいるらしかった。 ばに、黙って腰かけていたのである。『もう今にもグルーシ ニコライなどはドミートリイに向かって、二こと三こと訓戒 チャはそれにたい エンカによりかかって、しくしく泣きだしそうな様子で、青めいたことを言ったはどである。が、 い格子じまのハンカチで目をふいていたよ』とあとでミハイする答えとして、無言のまま頭を下げた。これは『騒動を起 ル・マカーロヴィチは物語った。こういうわけで、今はかえこしません』という心持ちを知らせたのである。グルーシェ ってグルーシェンカのほうが彼をなだめたり、すかしたりすンカを連れて来たのは、署長のミハイルであった。彼女はい るようなありさまであった。老人はさっそく涙ながらに、 かつい、気むずかしそうな顔つきをしてはいって来たが、見 弟「つい貧乏なために十ループリというお金を』・ たところは、、かにも落ちついているようであった。彼女は のから借りたのは、重々わたしが悪うございました、けれど、 指さされたいすの上に、ニコライと相対して静かに腰をおろ ゾつでも返すつもりでおります、と言った : した。彼女は恐ろしくあおい顔をしていた。寒けでもすると マら金を借りるときに、あの男の持っている金をだれよりも一みえて、美しい黒のショールをふかぶかと首に巻いていた。 おかん とれくらいの金が手の中にあった カばん近くで見たはずだが、。 じっさい、彼女はそのとき軽い悪寒を感じはじめていたので さっ

5. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

「もう一度おたずねしますが、ワイシャツを脱がなければな らんのですか、どうでしよう ? 」彼はいよいよ言葉するど 第 6 袋のねずみ く、いよいよいらだたしそ、つに一一一一口った。 ミーチャにとってはまったく予想外な、驚くべきことがは 「心配ご無用です。そのときはこっちのはうからそう言いま じまった。以前、いや、つい一分まえでも、だれにもせよ自すから」と、ニコライは妙に役人くさい調子で答えた。少な 分にたいして、ミーチャ・カラマーゾフにたいして、こんな くとも、ミーチャにはそう思われた。 ふるまいをなし得ようとは、夢にも想像できないことであっ そのうちに予審判事と検事とは、小声で忙しそうに相談を た ! それは何よりも屈辱であった。検事らの分際として、始めた。上着に、ことに左側のうしろのすそに、大きな血痕 「傲慢な、人をばかにした』やり方であった。フロックを脱がついていたのである。もうすっかりかわいて、こちこちに ぐぐらいならまだしもだが、彼らは下着まで脱いでくれと頼 なっていたが、まだあまりもみくちゃになってはいなか んだ。しかも、そのじつ、願うのではなく命令するのであっ た。ズボンもやはりそうであった。ニコライはなお手ずから た。彼はこれを十分に悟った。彼はプライドと軽蔑の念のた立会人のいる前で、上着のえりや、そでロや、ズボンの縫い めに、無言のまま一から十まで彼らの命令にしたがった。カ目などを、丹念に指でなでまわした。それは明らかに何か搜 ーテンの陰には、ニコライのほか検事もはいった。幾人かのすためらしかった。むろん金である。何よりしやくにさわる 百姓もたちあった。『むろん、腕力の必要に備えたのだ』とのは、ミー チャが服の中に金を縫いこんでいるかもしれな ミーチャは考えた。『それから、まだ何かほかにわけがある い、それくらいのことはしかねないやつだという疑いを、隠 のだろう』 そうともしないことである。『これではまるでどろばうあっ 「どうです、ワイシャツも脱ぐんですか ? 」と彼は言葉するかいだ、将校にたいする態度じゃない』とミーチャはひとり どくたずねた。しかし、ニコライはミーチャに答えなかつでぶつぶつ言った。検事たちはふしぎなはど大っぴらに、彼 た。彼は検事とふたりでフロックや、ズボンや、チョッキ に関する意見をたがいに述べ合っていた。たとえば、やはり や、帽子などの取り調べに熱中していたのである。ふたりとカーテンの陰にはいって来て、ちょこまかと世話をやいてい もこの取り調べに、非常な興味をいだいているらしかった。 た書記は、もう調べのすんだ軍帽に、 ニコライの注意を向け 『まるで遠慮も何もありやしない』という考えがミーチャのさせた。 「書記のグリジェンコをおばえていらっしゃいますか」と書 頭にひらめいた。「そのうえ、通り一ペんの礼儀さえ無視し ていやがる』 記は言った。「いっぞや夏、役所ぜんたいの俸給を代理で受

6. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

彼は方々のポケットから、はした金まですっかり出してして、もう一度確かめることにしましよう。あなたの金のこと まった。チョッキのわきについているポケットからも、二十については心配ご無用です。あの金は保管すべきところに保 管しておきます。そして、もしあなたがあの金にたいしては コペイカの銀貨を二枚出した。数えてみると、八百三十六 ープリ四十コペイカあった。 つきりした権利をもっておられることがわかれば、と言うよ 「これでみんなですか ? 」と予審判事はきいた。 りも、その、証明されれば、、 しっさいの : : : 事件が終わった 「みんなです」 あとで、あなたのご自由ということになります。そこでと、 こんどは : 「あなたはたったいま陳述のとき、プロートニコフの店に三 ニコライはふいに立ちあがった、そして、あなたの衣類 百ループリおいて来た、と言われましたね。ベルホーチンに 十ループリかえし、御者に二十ループリやり、カルタで二百とその他いっさいの品物』にたいして、精密な検査を行なう 「必要があるのです、義務ですからしかたがありません』と ループリまけて、それから : ・・ : 」 ニコライは何から何まで数え上げた。ミーチャは自分からきつばり宣言した。 「どうか検査してください。みなさん、お望みとあれば、ポ 進んで手つだった。いろいろ考えて、一コペイカも落とさな いように計算の中に加えた。ニコライはざっと締めをしてみケットを残らすひっくり返しましよう」 じっさい、彼はポケットを裏がえしにかかった。 「してみると、この八百ループリを加えて、つごう千五百「服は脱いでもらわねばなりません」 ! この 「なんです ? 服を脱げ ? ちえつ、ばかばかしい ループリばかり初めに持っていられたのですね ? 」 まま捜してください。それじゃいけないんですか ? 」 「そうなるわけですな」とミーチャは断ち切るように言っ 「ドミートリイ・フヨードロヴィチ气ど、つしてもそ、つい、つわ けにはゆきません。服を脱いでください」 「しかし、だれも彼もが、ずっと多かったと言ってるのは、 「じゃあ、ご勝手に」ミーチャは暗い顔をしてしたがった。 ど , つい , フわけでしよ、つ」 「しかし、ここでなく、カーテンの陰にしてくださいどな ししゃありませんか」 弟「勝手に言わせておけばい : 兄 の 「しかし、あなた自身でも、そう言われたじゃありませんたがお調べになるのですか ? 」 「むろん、カーテンの陰です」と、ニコライは同意のしるし ゾ力」 マ「わたし自身もそう言いました」 にうなすいた。彼の顔には一種特別なものものしさがあらわ 力「それでは、まだ訊問していないほかの人たちの証言によっれていた。 っ ) 0

7. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

ね』などと言って聞かせた。ミーチャはようやく了解した。 に頼んだ。彼は憎悪のために渋い顔をしながら、つとめてだ 彼は陰鬱な顔をして黙っていたが、それでもとうとう服を着れをも見ないようにして出て行った。彼は人の服を着ている フォンにたいしても、 はじめた。彼は服を着ながら、このほうが自分の古い服よりので、百姓たちにたいしても、トリー フォンはな 品がいいから、これを『利用する』のはいやだけれど、など顔出しのできない人間のような気がした。トリー と言った。『なさけないほど窮屈だ。いったいわたしはこんぜかだしぬけに、ちらりと戸口から顔をのぞけて、すぐにま なものを着て、かかしのまねでもしなくちゃならんのですか た引っこんだのである。『余興の仮装を見に来やがったんだ : みなさんのお慰みにね ? 』 な』とミーチャは思った。彼は前と同じいすに腰かけた。悪 一同はふたたび彼に向かって、それもあまり誇張しすぎて夢のようなばかげたことが頭に浮かんで、彼は自分が正気を いる、じっさいカルガーノフ氏は少々せいが高いが、それも失っているように思われた。 むら はんの少しばかりで、ズボンがほんの心もち長いだけだ、と 「さ、こんどはどうするんです。わたしを鞭で引っぱたこう 言って聞かせた。けれども、上着の肩はじっさいせまかっ とでも言うんですか。もうそれ以外何もすることがありませ ) 0 んからね」と彼は歯ぎしりしながら、検事に向かって言っ 「ええ、 ~ 論・生、ボタンも、つまくかかりやしない」とミーチャ た。ニコライとはも、フ、話をする値、っちもないとでも一一一一口った はうなるように言った。「どうか今すぐわたしの名で、カルように、そのほうへはふり向こうともしなかった。『ひとの ガーノフ君にそう言ってください。わたしが頼んであの人のくっ下をむやみに厳重に調べたものだ。そのうえ、あのばか 服を借りたんじゃない、かえってみんなが寄ってたかって、野郎、わざと裏がえしにしてみろなんて言いつけやがった。 わたしを道化者に変装させたんだってね」 あれは、おれの肌につけてるものがどんなにきたないかって 「あの人はそれをよく知っていて、非常に残念がっ・ていますことを、みんなに見せるためにわざとしたんだ』 : もっとも、自分の着物を惜しがっているのじゃありませ「では、これから証人の喚問に移りましよう」ドミートリイ んよ、つまり、こんどの出来事ぜんたいを遺憾としているののし冫 、こ答えでもするように、 ニコライはこ、つ一一 = ロった。 第です」とニコライはロの中でもぐもぐ言った。 「そうですなあ」やはり何か思いめぐらしている様子で、検 の「あんなやつの同情なんか、くそを食らえだ ! さあ、これ事は考えぶかそうに言った。 「ドミートリイ・フヨードロヴィチ、われわれはあなたの ゾからどこへ行くんです ? それとも、まだやはりここに腰か マけてるんですか ? 」 益のためにできるだけのことをしました」とニコライは言葉 カ人々はまた「あの部屋』へ行ってもらいたい、 とミーチャをつづけた。「しかし、あなたはご所持の金の出どころにつ

8. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

五時にどんとやってしまえば、だれもなんともしようがない とるかのように問いをつづけた。「いったい、どこからあれ ほどの大金を一時に手に入れたのです ? だって、あなた自 じゃありませんか。もしおやじの事件がなかったら、あなた 身の自白によると、同じ日の五時ごろには : : たは何もごぞんじあるまいし、したがって、ここへもおい でにならなかったはずですからね。ああ、これは悪魔のしわ「十ループリの金に困って、ピストルをベルホーチンのとこ ぎです、悪魘がおやじを殺したんです。あなたがたも悪魔のろへ質入れするし、それからまた、ホフラコーツア夫人のと ころへ三千ループリの金を借りに行って、まんまと断わられ おかげで、こんなにはやく知ったんです ! よくもこんなに たとか、なんとかかとか、くだらないことを並べるんでしょ はやく来られたものですね ? ふしぎだ、夢のようだ ! 」 「ベルホーチン君の伝えたところによると、あなたはあの人う」ミーチャははげしく相手の言葉をさえぎった。「みなさ のところへはいって行ったとき、手に : : : 血みどろになったん、こういうぐあいで、困っていたのは事実です。そのとき 手に : : : あなたの金を : : : 大枚の金を・ : ・ : 百ループリ札の東ひょっこり、何千ループリという金ができたんです。どうで を持っておられたそうですね。これはあの人のところに使わすね ? しかし、こうなると、みなさん、あなたがたはおふ たりとも、もしその金の出どころを言わなかったらと思っ れている小僧も見たそうです」 て、びくびくしておいでですね。いや、そのとおりです、言 「そうです、みなさん、そうだったようです」 「すると、そこに一つの不審が起こってくるのです。聞かせやしません。みなさん、図星ですよ、決して言やあしませ ていただけましようかね」ニコライはきわめてもの柔らかにん」ミーチャはなみなみならぬ決心を示しながら、いきなり 言い始めた。「いったいあなたはどこからそれほどの金を、断ち切るようにこう言った。 とっぜん手にお入れになったのです ? 事実からみても、時訊問する側はしばらく黙っていた。 「しかし、カラマーゾフさん、われわれはぜひとも、それを 間の勘定からみても、あなたは家へも寄らなかったじゃあり ませんか」 知らなければならないんですがね」とニコライは静かに、つ つましやかに言った。 検事はこの露骨な質問にちょっと顔をしかめたが、べつに ニコライの一一「ロ葉をさえぎろうとはしなかった。 「それはわかっています。が、言いません」 すると、検事も口を出して、ふたたび注意した、 「そうです、うちへは寄りません」とミーチャは落ちつきは を受けるものは、そのほうが自分にとって有利だと思った らったような調子で答えたが、目は下のほうを向いていた。 ー ) かーレ、 ) て、つい、フ 「そういうわけでしたら、どうかもう一度質問をくりかえさら、むろん訊問に答えないでもよろしい せてください」とニコライは、おずおすはい寄って機嫌でも場合、被疑者はその沈黙のために、とんでもない損失を受け

9. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

平ったいぶかっこうな右足のつめが一つ、どうにもいやでたわるくなったのだろう』しかし、ミーチャはそれにしても、 まらなかった。それを今みんなに見られるのだ。彼はたえが着物はどこかあちらで検査をすましたら、また持ってきてく れることと想像していた。ところへ、ニコライがまるで別な たい羞恥のために、急にわざと前よりよけい乱暴になった。 服を百姓に持たせて、とっぜん部屋へ帰って来たので、ミー 彼は自分から引っぺがすようにしてワイシャツを脱いだ。 ふんまん 「まだどこか捜したいところはありませんか ? ただし、そチャはなんともいえぬ憤懣を感じた。 「さあ、着るものを持って来ました」とニコライは気軽にこ ちらで気恥すかしくなかったら、 う言った。彼は見たところ、いかにも自分の奔走が成功した 「いや、まだしばらく必要はありません」 「いったいわたしはこうして裸でいるんですか ? 」と彼はすのに満足らしい様子であった。「これはカルガーノフ君が、 この興味ある事件のために寄付されたのです。きれいなワイ ごい剣幕でつけ加えた。 シャツもあなたに進呈するそうです。ちょうど幸い、こんな 「そうです、しばらくのあいだしかたがありませんなあ : 恐れ入りますが、ちょっとここへ腰かけて、寝台から毛布でものがすっかり、あの人のかばんの中にあったものですから ね。肌着とくっ下とは、ご自分のを、そのままお使いになっ も取って、引っかけていてくださいませんか。わたしは : てよろしいです」 わたしはこれをすっかりしまっしますから」 げつ - 一う ミーチャは恐ろしく激昻した。 彼らはいっさいの品物を立会人たちに見せて、調査記録を 作った。とうとうニコライは出て行った。つづいて、衣服も「人の服なんかいやだ」と彼はものすごい声で叫んだ。「わ 持って行かれた。ィッポリートも出て行った。ミーチャのそたしのを持って来てください」 「それはできません」 ばにはただ百姓たちだけが残って、ミーチャから目を放さな チャは毛布「わたしのを持ってきてください。カルガーノフなんか吹っ いようにしながら、黙って突っ立っていた。ミー にくるまった。寒くなったのである。むきだしの足が外に突飛ばしてしまえ。あいつの服も、あいつ自身もまっ平ごめん き出ていたけれど、彼はどうしても、うまく毛布をかぶせてだ ! 」 テヤをなだめて、ようやくどうにかこう その足を隠すことができなかった。ニコライはなぜか長 人々は長い間ミ 間、『じれったいほど長いあいだ』帰って来なかった。「人をにか落ちつかせた。そして、あの服は血でよごれているか 犬の子かなんぞのように思ってやがる』とミーチャは歯ぎしら、『証拠物件の中に入れ』なければならぬとか、今では当 りした。「あのやくざ者の検事まで出て行きやがった。たぶ局者も彼にその服を着せておく『権利さえもっていないので んおれを軽蔑してるんだろう、裸の人間を見てるのが気持ちす : : : 事件がどんなふうに終結するかわからないですから

10. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

「いいや、違うと言ったら違うんです、そんなはずはありま力いつばいに叫んだ。「あいつが殺したのです、あいつが強 ぜん ! それは、あいつがわたしを憎んでの中傷です : : : あ奪したのです ! おやじの封筒がどこにしまってあるか、そ いつが見るはずはありません : : : わたしは戸口から逃げ出しれを知ってるのはあいつひとりです : : : あいつです、今こそ 明瞭です ! 」 やしないです」ミーチャは自 5 をはずませながら、こう言っ 「しかし、あなただって封筒のこともごぞんじなら、その封 検事はニコライのほうへふり向いて、ふくむところがある筒がまくらの下にあることも、ちゃんと知っておられたじゃ ありませんか」 ような調子で、言った。 「そんなことは知りません。わたしは今まで一度もその封筒 「出してごらんなさい」 「あなたはこの品をご承知ですか ? 」ふいにニコライは厚いを見たことがありません。今はじめて見るので、前にスメル ジャコフから聞いただけです : : : おやじがどこへ隠していた 紙で作った、事務用の大きな封筒を取り出して、テープルの か知ってるのは、ただあいつひとりです、わたしは知らなか 上へのせた。それにはまだ三ところに封印が残っていた。 ったのです・ : ・ : 」ミーチャはもうすっかり息を切らしてしま 封筒の中身はからつばで、一方の端がやぶかれていた。ミ っ・ ) 0 ーチャは目を丸くしながら、 「それは : : : それはきっとおやじの封筒ですよ」と彼はつぶ「でも、封筒はなくなったおやじのまくらの下にはいってい ゃいた。「その中にあの三千ループリの金がはいっていたのたと、ついさきほど、あなたがわれわれにおっしやったじゃ です : : : もし例のあて名があったら : ・・ : ちょっと拝見。「ひありませんか。あなたがまくらの下にあったと言われるとこ な鳥へ』・ : ・ : やつばりそうです、三千ループリです」彼は叫ろをみれば、つまり、どこにあるかを知っていられたのじゃ ありませんか」 んだ。「三千ループリ、おわかりでしよう ? 」 「むろん、わかりますとも。しかし、金はもう中にはいって「現にそう書きつけてありますよ」とニコライは相づちを、フ つ ) 0 いませんでした。封筒はからつばになって、床の上にころが 「うそです、ばかげた話です ! わたしはまくらの下にある っていました。衝立ての陰にある寝台のそばに落ちていまし ことなんか、てんで知らなかったのです。それに、あるいは ややしばらくミーチャはあっけにとられたように、突っ立まくらの下ではないかもしれません : : : わたしは口から出ま かせに、まくらの下と言ったのです : : : スメルジャコフはな っていた。 んと言っていますか ? あいつに封筒のありかをきいたでし 「みなさん、それはスメルジャコフです ! 」とっぜん彼は、