なくって、ずっと正確であった。ただ一つ婦人たちの気にい えたのであります。その事実は通常、裁判事件においてしば田 ことに弁論の初めに、 らなかったのは、弁護士が しばくりかえされるものでありますが、しかしこんどの事件 へつにおじ 妙に背中をかがめていることであった。それは、 ほど完全に、しかも特殊な形相をもって現われたことは、珍 ぎをしているわけでもないけれど、まるで聴衆のほうへまっ しいと思います。この事実は弁論の終わりに公表すべきもの しぐらに飛んで行こうとでもするように、その長い背を中ほでしようが、わたくしはまず初めに述べておくことにいたし どから曲げていたので、ちょうど彼の細長い背のまん中にちます。なぜかと言えば、わたくしは効果をあとにとっておい ようつがいでもあって、ほとんど直角に背を曲げることさえたり、印象を適当にかげんしたりせず、問題の中心に直往邁 しん できそうに思われた。彼は初め散漫な調子で、事実をばらば進するという、一つの弱味をもっているからであります。こ らにつかんで来ながら、いかにも無系統らしく論じていたれは、わたくしの立場から言うと、あるいは無計画なことか が、それでもけつきよく、ちゃんとりつばにまとまりがつく もしれませんが、しかし、その代わり誠実なのであります。 のであった。彼の弁論は二つの部分にわけることができた。 わたくしの思想、信条はこういうのであります。つまり、被 前半は批判であり、起訴理由にたいする反であって、とき 告を不利におとしいれる事実は、圧倒的に累積しているけれ として意地のわるい皮肉が出た。けれど、後半になると、急ど、またそれと同時に、その事実を一つ一つ観察してみる に語調も論法も一変して、たちまち悲痛な高みへ高翔した。 と、批判にたえうるものは一つとしてない、 とい , っことであ 満廷はそれを待ちもうけていたもののように、感激のあまり ります。世間のうわさを聞いたり、新聞を見たりするにつけ どよめきはじめた。弁護士はただちに問題へはいった。まずて、わたくしはいよいよこの信念を固くしました。そこへと しょ・つへい 自分の活動舞台はペテルプルグにあるのだが、被告を弁護すっぜん被告の親戚から、弁護に来てもらいたいと招聘を受け るためにロシャの町々を訪れたのは、あえてこれが初めてでたのであります。で、さっそく当地へ来てみますと、さらに はない。自分が弁護の労をとってやる被告は、みんな罪なき っそう自分の信念を固めました。わたくしがこの事件の弁 人間であると確信しているか、あるいは前もってそう予感し護を引き受けたのは、この恐るべき事実の累積を打破するた ているか、二つのうちどちらかであると述べた。 めです、すなわち起訴の理由となっている事実がことごとく 「こんどの事件もそうであります」と彼は説明した。「初め証拠不十分で、かっ空想的なものであるということを、立証 て新聞の通信を読んだそもそもから、わたくしは被告の利益するためなのであります」 となるようなあるものに、ばっと心を打たれました。つま弁護士はこう言って急に声を高めた。 り、わたくしはまず何よりも、ある法律上の事実に興味を覚「陪審員諸君、わたくしは当地へ新たに来た人間です。した
: 」とニコライは活気づいて言い始めた。 いうものですよ : 司法官たちも同様に満足らしかった。訊問が今にもすぐ新し たったいまめがねをはずしたばかりの、強度の近視のために い段階にはいるだろうと感じたのである。署長を送り出した かなり飛び出した薄い灰色の大きな目には、いかにも満足ら あとで、ミーチャはほんと、フに , つき、つきしてきた。 「では、みなさん、もうわたしはすっかりあなたがたのものしい色が輝いていた。「あなたは今われわれ相互の信用と言 です。そして : : : もしあんなつまらないことさえ抜きにしてわれましたが、あれはまったくそのとおりです。その相互の しまったら、今すぐにも話は片がつくんですがね。わたしは信用がなくては、こういう重大な事件の審理をすることがと またつまらないことを言いました。もちろん、わたしはすっきには不可能になるくらいです。つまり、被疑者がじっさい に自己弁明を希望し、またそれをなしうるような場合を意味 かりあなたがたのものですが、しかし、みなさん、まったく のところ、必要なのは相互の信用です、ーーーあなたがたはわするのです。で、わたしたちとしては、できるだけの手段を たしを、またわたしはあなたがたを信用するんです、ーーで採りましよう。われわれがこの事件をどういうぐあいに処理 しているかは、あなたが今もごらんになったとおりです : ないと、いつまでたってもらちはあきませんよ。これはあな ロヴィチ ? 」 そうではありませんか、イツポリート・キ たがたのために言うのです。さあ、用件にかかりましよう、 とっぜん検事に向かってこう言った。 みなさん、用件にかかりましよう。しかし、とくにお願いし 「ええ、そうですとも」と検事は同意した。しかし、その一一ⅱ ておきますが、あまりわたしの心を掘り返さないでくださ いくらかそっけなか わたしの心をつまらないことでかきむしらないでくださ葉はニコライの意気ごみにくらべると、 い。ただ用件と事実だけをおたすねください。そうすれば、 で、もう一度最後に言っておくが、この町へ新たに赴任し さっそくあなたがたに満足のゆくようにお答えします。つま たニコライは、ここで活動を開始したそもそもから、検事イ らないことはもうまっ平です ! 」 ートにたいしてなみなみならぬ敬意をいだき、ほとん ミーチャはこう叫んだ。訊問はふたたび始まった。 ど肝胆相照らしていたのである。「勤務の上で冷飯をくわさ トの、図抜けた心理学的才能と、 れている』わがイツポリー 第 4 第二の受難 弁才とを、頭から信じきっているものは、ほとんど彼ひとり 「ドミートリイ・フヨードロヴィチ、あなたご自分ではおわであった。彼はイツポリートが冷遇されているということ かりになりますまいが、あなたがそうして、気さくに返事しも、すっかり信じていた。彼はこの検事のことを、まだペテ ルプルグにいるころからうわさに聞いていた。そのかわり ' てくださるので、わたしたちもほんとうに元気が出て来ると つつ ) 0
がって、わたくしの受けた印象には、少しも先入見がありまつけられた徳義心、ことに審美感は、ときとしていっさいの せん。粗暴で無軌道な性格を有する被告も、かってわたくし妥協を許さないことがあります。むろん、われわれはこの光 を侮辱したことはありません。ところが、この町の多くの人彩陸離たる論告において、被告の性格ならびに行為にたいす 人は、以前かれから非礼を受けているので、前もって被告にる鋭利な解剖を聞き、事件にたいする峻厳なる批判態度を見 反感をいだいているわけであります。むろん、当地の人々のました。ことに、事件の真相説明のために開陳された深い心 道徳的感情が憤激したのも当然であると、わたくしはよく承理解剖にいたっては、もし尊敬すべき論敵が被告の人格にた いして、少しでも悪意をおびた意識的な偏見をもっておられ 知しています。被告は乱暴で放縦な人間です。もっとも、か れ被告が当地の社交界にいれられていたことは事実です。すたとすれば、とうてい望むことのできないほど深い洞察に満 ぐれた才幹を有しておられる告発者の家庭などでも、むしろちたものでありました。しかし、このような場合、事件にた いするきわめて意識的な悪意をおびた態度より以上に悪い 愛されていたくらいであります。 (Nota bene. 弁護士がこう 言ったとき、聴衆の間に二、三嘲笑の声が聞こえた。もっと致命的なことがあります。それは、たとえて言うと、一種の も、その声はすぐ押し殺されたが、それでも、一同の耳には芸術的、遊戯的本能にとらえられたときなどです。すなわち いった。当地の人は事情を知っていたが、検事はいやいやな芸術的創作の要求、いわば小説を作ろうとする要求なので がらミーチャを出入りさしていたのであった。それは、検事す。ことに、神から心理的洞祭力を豊富に授かっている場合 の細君がなぜか彼に興味をもっていたからで。細君はきわめは、なおさらであります。わたくしはまだペテルプルグにあ って、当地へ出発する前からすでに忠告されていました。い て徳行の聞こえ高いりつばな婦人であったが、空想的でわが よや、わたくし自身だれの注意を受けないでも、当地で自分の ままな性分で、ときおり、 おもに些細なことで、 く夫にたて突くことがあった。もっとも、ミー チャはあまり反対側に立つ人が深刻精密な心理解剖にたけており、この点 において早くよりわが若き法曹界に、一種の令名を馳せてお 彼らの家を訪問しなかった ) が、それにもかかわらず、わた くしはあえてこう申します」と弁護士は語をつづけた。「わられるかたであることを知っていました。けれど、諸君、 ふき 弟が論敵は独立不覊の見識を有し、公明正大な性格を備えてお理解剖はたとえいかに深みをうがとうとも、なおかっ両刃の のられるにもかかわらず、わが不幸なる被告にたいして、何かついた刀のようなものであります ( 聴衆の中に笑声が起こっ ゾ誤った先入見を蔵しておられるかもしれないのであります。 た ) 。むろん、諸君はこの平凡な比喩をお許しくださること マむろん、それはさもあるべきことです。不幸なる被告がそれでしよう。わたくしはあまり美しい表現をすることが得手で 力だけの報いを受けるのは、きわめて当然なことであって、傷ないほうなのですから。しかし、それはとにかくとして、
一んよ、つ。 、 > んっし、・冫。 、殳面や、毒をふくんだ顔さえ多く見受け も、この推断はいささか公正を矢していた。わが検事は、危 られた。もっともミー チャが当地にいる間、彼らの多くを険を見て意気沮喪するような男ではない。むしろ反対に / 佃人的に侮辱したことも事実である。むろん、傍聴者の中に険の増大とともに、自負心もますますさかんになって、勢い は、ほとんど輸央そうな顔つきをして、とりわけミーチャのを増すというふうの男であった。とにかく、当地の検事が非 っこう無頓着なものもあったが、これとても、眼前 常な熱着家で、病的に感受性が強かったことは、認めなけれ の事件に冷淡なのではなかった。だれもかれもこの事件の結 ばならない。彼はある事件に自分の全心を打ちこむと、その ・末に興味をもっていて、男子の大部分は断々固として、ミー ・刀、刀、刀 4 イ冫いかんに、自分の全違命と自分の全面直 ; 、 チャが天罰を受けることを望んでいた。しかし、法律家だけ くらかこ ってでもいるかのように行動した。法曹界では、い は別で、彼らの興味は事件の道徳的方面よりも、いわゆる現れを嘲笑するものもあった。彼はこうした匪質によって、た 代法律の面に向けられていた。 とえ至るところに名声を馳せるというわけにゆかないまで みんなを興奮させたのは、有名なフェチ、コーヴィチの乗も、こうした田舎裁判所におけるつましい地位の割には、 りこみであった。彼の才能は至るところに知られていた。彼なり広く知られていたからである。ことに世間では、彼の心 わたし ・が地方に現われて、刑事上の大事件を弁護したのは、これが理研究壽を笑っていた。が、筆者の考えでは、これらはみん ・はじめてではなかった。彼が弁護をした事件は、いつもロシなまちがっていると思う。わが検事は、多くの人々が考えて ャ全土に喧伝され、長く記慮されるのであった。当地の検事いるよりよほど深く、まじめな性格をもっていたようであ や裁判長についても、さまざまな逸話が伝えられていた。検る。ただ、彼 , ぐいったいに病身なために、その経歴の第一歩 ・事のイツポリート・キリーロヴィチが、フェチュコーヴィチから生涯を通じて、ついに自分の地位を築き得なかったので に会うのを恐れてびくびくしているとか、彼らふたりは法律ある。 家生活の第一歩からの古い敵同士であるとか、自信の強いイ 当地の裁判長については、ただこの人が実際的に職務をわ ッポリ ートは、自分の才能をはんとうに認められないためきまえた、きわめて現代的見解を有している、教養ある人道 第 に、まだペテルプルグ時代から、いつもだれかに侮辱されて的な人物だということを言いうるのみである。この人も相当 のでもいるように感じていたので、このカラマ ] ゾフ家の事件に自負心が強かったが、自己の栄達についてはあまりあせら ばんかい ゾで息をとりもどし、これによって頽勢を挽回しようと空想し なかった。彼の生活のおもなる目的は、時代の先覚者となる 々ていたが、ただフェチュコーヴィチだけを恐れているのだと ことであった。それに、彼はいい縁故と財産とをもって カか、そういうようなうわさがしきりに行なわれた。けれどた。これもあとでわかったことだが、彼もカラマーゾフ事件 253
だん力がはいって来て、それからすっと論告の終わるまで、 びようなわが国の新聞雑誌は、なんといっても社会にたいし 法廷全部に朗々と響き渡った。けれど、論告を終わるやいなて、いくぶんかの貢献をしたに相違ありません。なぜかと言 ほ、つじゅ、つ や、彼はすんでのことに卒倒しないばかりであった。 えば、もしこれがなかったら、われわれは放縦なる意志と道 「陪審員諸君」と検事はロをきった。「この事件は全ロシャ徳の廃頽が生み出す恐怖を、多少なりとも詳細に知ることが に鳴り響いております。しかし、一見したところ、そこになできないからであります。新聞雑誌は絶えずこれらの恐布を たまもの んの驚くべきものがあろう ? とくになんの恐るべきものが 掲載して、ただにこの聖代の賜物たる新しい公開の法廷を訪 あろう ? といった気がいたします。われわれにとって、とう人ばかりでなく、あらゆる人々に報道しているからです。 くにその感が深いのであります。われわれはかかる事件に慣われわれがはとんど毎日のように読むものはなんでしよう ? れきっている人間であります ! しかし、われわれの恐怖ああ、それは本件のごときすら光を失って、ほとんど平凡き は、むしろかかる暗黒な事件さえすでに人々を恐れさせるにわまるものに思われるはど、恐ろしい事件の報道なのであり 一「 7 ノ・Ⅱリ一 ! ず たりなくなった、という点にあらねばなりません ! それゆます。しかし、最もおもなことは、わがロシャの国民に すなわち、わが国 え、われわれはおのれ自身の習慣を恐るべきであって、ある事件の大部分が、一般的なあるもの、 個人の罪悪に驚く必要はありません。かかる事件、すなわち民の習性と化したある一般的不幸を証明していることであり 好ましからぬ将来をわれわれに予言するかかる時代の象徴に ます。したがって、一般的悪としてのこの不幸と戦うのは、 たいするわれわれの冷淡さ、徴温的態度は、そもそもいかなわれわれにとって非常に困難なのであります。 る理由によるのでありましようか ? それはわれわれのシニ ここに上流社会に属するりつばなひとりの青年将校がいま ズムにあるのでしようか、それとも、まだ壮年期にありながす。彼はその生活と栄達の道を踏み出すか出さぬうちに、早 かしやく ら、すでに早くも老廃した社会の理性と、想像の衰弱に存すくもいささかの良心の呵責も感ぜずして、卑劣にも夜陰に乗 るのでしようか ? あるいはまた、わが国における道徳性のじて、おのれの恩人ともいうべき一小官吏と、その下女とを 共礎の動揺にあるのでしようか ? それとも、けつきよく、 斬りました。それは自分の借用証書といっしょに、官吏の金 わが国民が、この道徳性をぜんぜん有していないためでしょを奪うためなのであります。その金は「社交界の快楽と、将 うか ? 本職もこの疑問を解決することはあえてしません。来の経歴をつくるために役に立つだろう』というのでした。 まして、この疑問は実に多くの苦悩をともなっていて、すべて彼は主従を殺してしまうと、ふたりの死人にまくらをさせて の公民はこの疑問に苦しまずにいられないばかりか、また当立ち去りました。また次に、勇敢な行為によって多くの勲章 然苦しむべき義務があるのであります。しかし、幼椎でおくを下賜されている若い勇士は、まるで強盗のように大道で恩
・でもうすっかりしずまって、一同が事の真相を悟ったとき さし出された書類を受け取った。カチェリーナは自分のいす に、廷丁がうんとお目玉をちょうだいしたことだけである。 にどっかと腰をおろすと、顔をおおって、痙攣的に身をふる もっとも、廷丁は、証人が一時間まえに少し気分を悪くして、わせ、声を忍んで泣きはじめた。彼女はしきりに身ぶるいし 医者の診察を受けたが、 しかし、そのときは健康体でもあっ ながらも、法廷から出されはしないかという懸念から、かす たし、法廷へ出るときまでずっと、つじつまの合ったことをかなうなり声さえおさえていた。彼女のさし出した書類は、 尋一口ったので、こんな事態が起ころうなどとは、まったく予期 ミーチャが小料理屋「都』から出した手紙で、イヴァンが 憙られなかったし、それに証人自身が、ぜひ申し立てをした『数学的』価値のある証拠と名づけたものである。ああ、裁 いと言い張ったのだと、十分根拠のある説明をした。し か判官たちも、事実、この手紙に数学的価値を認めたのであ し、一同がまだすっかり落ちついてわれに返らないうちに、 る。この手紙さえなければ、ミーチャは破滅しなかったかも ・すぐこの事件に引きつづいて、また別な事件が突発した。ほ しれない、少なくとも、あんな恐ろしい破滅のしかたをしな かでもない、カチェリ】ナがヒステリイを起こしたのであかったかもしれないー くりかえし一一一口うが、筆者はくわしく - る。彼女は大声に悲鳴を上げながら、慟哭しはじめた。が、 観察することができなかった。今でもただいっさいのこと いっこうに法廷を出ようとはせず、身をもがいて、外へ出さ が、雑然と頭に残っているばかりである。確か裁判長はその ないようにと哀願し、いきなり裁判長に向かって叫んだ。 場ですぐ、この新しい証拠書類を、裁判官たちと、検事と、 「わたしはすぐ、今すぐもう一つ申し立てなければならない弁護士と、陪審員一同に提供したはずである。筆者のおばえ 一ことがありますー : これは証拠の書面です : : : 手紙ですているのは、ふたたびカチ , リーナの訊問が始まったことだ ・手にとってすぐ読んでくださし。 : これはそけである。もう落ちついたか ? という裁判長のやさしい問 の悪党の、それ、その男の手紙です ! 」と彼女はミーチャを いにたいして、カチェリーナはすぐさまこう叫んだ。 指さした。「お父さんを殺したのは、あの男です。あなたが 「わたしはだ、じようぶです、だいじようぶです ! わたし たも今すぐおわかりになります。あの男がお父さんを殺すつはりつばにあなたがたにお答えができます」彼女は依然とし 弟もりだと、わたしに書いてよこしたのです ! ですが、あちて、何かひょっとして聞きもらされでもしないかと、ひどく のらのかたは病人です、譫妄狂にかかっているのです ! わた 恐れているようなふうで、言いたした。 ゾしはもうあの人が譫妄狂にかかっているのを、三日も前から 裁判長は彼女に向かって、いったいこれはどういう手紙 マ知っています ! 」 で、どういう場合に受け取ったのか、くわしく説明するよう こ、レ J 」乙、つ」。 カ彼女は夢中になってこう叫んだ。廷丁は、裁判長のはうへ
ないでーしよ、つか」 らです、殺さなかったからです ! わかりましたか、検事さ ん、殺さなかったんですよ ! 」 ーチャは休息をこうた。検事側は慇懃にそれを許可し た、ひと息いれると、彼はつづきを話しだしたが、よほど苦 彼はもうあえぎあえぎ言っていた。彼がこんなに興奮した ことは、長い訊問中まだ一度もなかったのである。 しそうであった。彼は精神上の苦痛と、屈辱と、強いショッ 「ところで、みなさん、あのスメルジャコフは、あなたがたグとを感じたのである。それに、検事も今はわざとのよう を一まっ にどんなことを言いました ? 」彼はしばらく無言ののち、に に、「瑣末な事柄』に拘泥して、絶えずミーチャをいらだた チャがへいの上に馬乗りになって、自分の わかにこう言って言葉を結んだ。「それを聞かせてもらえませはじめた。ミー 左足にすがりついたグリゴーリイの頭を杵でなぐりつける せんか ? 」 「どんなことでもおききになってかまわないですよ」と検事と、そのまますぐ、倒れた老僕のほうへ飛びおりた、という はひややかな、いかめしい態度で答えた。「事件の具体的な話をするやいなや、検事は急にミーチャを押し止めて、へい の上に馬乗りになっていたときの様子を、もっとくわしく話 事実に関したことならば、どんなことでもおききください チャはびつくりして、 くりかえして申しますが、われわれはあなたからどんな問い してもらいたいと言った。ミー を出されても、それにたいして十分満足な答えをすべき義務「なに、それはこういうふうに腰かけたんです、馬乗りにま たがったんです、一方の足をあっちに、い ま一方をこっち があるのです。おたずねの下男スメルジャコフを見つけたと き、当人は立てつづけに十度もくりかえして襲ったかと思わに : イ冫カカって、意識を失ったま 「で、杵は ? 」 れる非常にはげしい癲剩の発乍こ、、 っしょに検証した医師は患「杵は手に持っていました」 ま病床に横たわっていました。い 「ポケットの中じゃなかったですか ? あなたはそれをくわ 者を診察すると、ことによるととても朝までもつまいとさえ しく記し 意していますか ? どうです、あなたは強く手を振り 言ったほどです」 チおろしましたか ? 」 「ふむ、それじゃおやじを殺したのは悪魔だ ! 」と、ミー 「それはきっと強かったでしようね、そんなことをきいて何 弟ヤは思わずロ走った。彼はその瞬間まで『スメルジャコフだ にするんです ? 」 のろ、つか、それとも違うかしらん ? 』としきりに自問していた 「あなたがそのときへいの上に腰かけたと同じように、 ゾらしい マ 「またあとで、もう一度この事実にもどることとして」とニそのいすに腰をかけて、どっちへどう手をお振りになった か、よくわかるように、手まねをして見せていただけません カコライは決めた。「今はさきほどの陳述をつづけていただけ
それから、調書に書かれようとどうしようと、わたしは った ) 。こういうわけで、 ミーチャがたった八百ループリし どこまでも悪党とどなりますからね、このこともやはり書きか手もとに持っていなかったという、検察側にとってなんと こんでください ! 」と彼は叫んだ。 なく尻くすぐったい事実も、これで説明がついたわけであ ニコライはこれを調書に記入したが、 ・しか 7 もっ しかしこの不快な場る。これは今までのところ、たった一つしかない、 面においても、なお十分賞賛すべき敏腕と、事務的能力を発まらない証拠ではあるけれど、なんといっても、ミーチャに 揮した。彼は厳然としてミーチャをさとしたうえ、すぐ事件とって有利な事実だったのである。これで、彼の利益になる の小説的方面に関する訊問をいっさい中止し、さっそく根本唯一の証拠もついえさった。自分では千五百ループリしかな の問題へ転じた。根本問題の中でも紳士たちのある申し立て いと言っておきながら、紳士に向かってはあすかならず残金 が、訊問者一同の異常な好奇心を呼びさました。それは、ミ の二千三百ループリを渡すと誓ったとしたら、その二千三百 ーチャが例の小部屋でムッシャローヴィチを買収して、三千 ループリの金をどこから持って来るつもりだったのだ、こう ループリの手切れ金を渡そうと約東したことである。彼はそ検事からきかれたとき、ミーチャはきつばりと、あす『ポー のとき、七百ループリは今すぐ手わたしするが、あとの二千ランド人の畜生』に渡そうと思ったのは金ではなく、チ , 一ル 三百ループリは「あすの朝、町で』渡そう、このモーグロエ マーシニヤの土地所有権にたいする正式の譲渡証書なのだ、 ではそんな大金の持ち合わせがないけれど、町には金があると答えた。それは、サムソーノフとホフラコーヴァ夫人に提 のだ、とりつばに誓言した。ミーチャはわずかっとして、供したのと同じ権利であった。検事は『無邪気な言いぬけ』 あす確かに町で渡そうなどと言ったおばえはないと弁明したを聞いて、せせら笑いさえもらした。 、、、 1 ーチ . ャ 、ヴルプレフスキが友の陳述を裏書きしたので、 「あなたは相手が現金二千三百ループリの代わりに、この もちょっと考え直し、どうも紳士たちの言うとおりであった 「権利』の受領を承諾すると思いましたか ? 」 らしい、あのときはひどく興奮していたから、事実そんなこ 「きっと承諾するに相違ありませんよ」とミーチャは熱して とを言ったかもしれない、 と顔をしかめながら承認した。検ぶったぎるように言った。「そうじゃありませんか、あの権 事はむさばるようにこの申し立てを聞き取った。で、 ーチ利から取れる金は、わずか二千ループリやそこいらじゃなく ヤが手に入れた三千ループリの半分もしくは一部分は、じって、四千ループリにも六千ループリにもなるんですからねー さい、町のどこかにし 、や、ことによったら、このモークロあいつはすぐにお仲間のポーランド人や、ユダヤ人や、弁護 工のどこかに隠してあるかもしれない、ということが検察側士などを狩り集めて、三千ループリはおろかチ = ルマーシニ にとって明瞭になってきた ( 後にじっさいそうと決めてしまャ全部を、じいさんの手からもぎとってしまうに相違ありま
ーチャのポケットを捜索すること。 からね」「しかし、あなただって殺そうと思ったじゃありませ グルーシェンカと告別を許されるか。 んか ? 」「そう、殺そうと思いました、ああ、本当にそう思いま した、もしかしたら殺してしまったかもしれません : : : なる 〈一一四ー一一五ページ〉 ほど殺そうと思いました ! 確かにそう思いました ! そう した瞬間がありました : : : ああ人間て陋劣なものですね、皆検事 ( あとで ) 、「些細なことだ、 Passons ( よしましよう ) 、 ぜんたいとしても個 かにも無邪気な将校といったような振りをして、自分がどこ さん、まったく陋劣なものですね、 にいてどんな陳述をしているかも知らないようなふうなんで 人としても : : : きわめてまれな例外を除いて。あなたがたに すからね」と叫ぶ。 しても、わたしがもはや自分の感情を披瀝してしまったのに、 予審判事、「そう、そう。ばくはあのときあの男がいまわ このことをわたしにいいだすなんて陋劣じゃありませんか」 しいくらいでしたよ」 検事、「ばくはただふう変わりな奴として好奇心をもって 観察していましたよ。あの男はさもしおらしい無邪気な様子 地方庁医 ( なんと呼ばれるか ) 。 をしてわれわれを瞞そうとしたのです」 一般の医師、それとも地方庁医。 予審判事、「ああ、よく下層階級の中にああいったふうの はたしてモーグロエへ医師を同行するや。 食わせ者がありますよ。ほら七月の月にあったスネギリョフ の事件、町人スネギリョフの事件、あれなども知らぬ存ぜぬの 証人は宣誓をするか ? 検事は予審の事実、例えばグリゴーリイの訊問を被告に明一点張りでね : : : ところが後になって、奴さんが殺して金を かし、つるや。 盗んだってことが数学的に明瞭になったじゃありませんか」 法を知らざるものに対して検事はいかなる処置・権利を予 検事はミーチャの心理を叙述して、初め犯罪者的のものと 想し、かっその処置を闡明すべきかについて。 認める、或いは半ば無意識的なものであったかもしれない が、ぜんたいとしていわば一般的に、彼は意を決して殺人を 第一章の証人たち。 断行する可能性を有していた。しかしそれはまだ具体的な場 書記 ( 制服 ) 。 証人は同じ部屋の中に列席していたか ? 合、犯罪の瞬間までには距離があった。彼は決心をひるがえ 護送者は警部か、それともまただれか ? したかもしれぬほどである。しかし、情勢が彼の心理に影響 490
だけど、なんだってわたしは、こ って来たのだ、あなたが三千ループリの金を、金鉱とやらへお話じゃありませんか , 行くという条件つきで貸してくれたのだ、とこういうちゃんうばんやり立ってるんでしようね ? まあ、おかけください とした話でした : : ほんとうにごめんくださいましね、わたしは・ ホフラコーヴァ夫人の顔には、とっぜん異常に病的な興奮それよりやはり走ってらしたはうがようござんす、走ってら っしゃい。あなたは今すぐ駆け出して、あの不幸な老人を恐 の色が現われた。 「ああ、たいへん ! あの男は自分の父親を殺したのでろしい死から救わなくちゃなりません ! 」 「しかし、も、つ杁してしまったあとでしたら ? 」 す ! 」彼女は両手をうちながらこう叫んだ。「わたしは決し てあの男に金なんか出しやしません。決して出しやしませ「あら、まあ、どうしましよう、ほんとうにねえ ! では、 れかっゾ」 , っーしもに、らいいので、しよ、フ ? ・ いったいあなたなん ん ! さあ、走ってらっしゃい、走ってらっしや、 とお思いになります、これからどうしたらよろしいのでしょ う何も一一・ロわないでくださいー あの老人を助けておやりなさ 、あのおやじさんのところへ走ってらっしゃい、早く走っ てらっしや、 こんなことを一一一口ってる間に、彼女はベルホーチンに腰をか 「失礼ですが、奥さん、なんでございますね、あなたはあのけさして、自分でもその真向かいに座を占めた。ベルホーチ 男に金をおやりにならなかったのですね ? あなたしつかり ンは大雑把にではあるが、かなり明瞭に事件の経過、少なく 見えていらっしゃいますね、少しも金をおやりにならなかっ とも、きよう自分で目撃しただけのことを夫人に物語り、さ きはどフェ たのですね ? 」 ーニヤの住居をこの足で訪れたことも、杵のこと 「やりません、やりませんとも ! わたしきつばり断わっても話して聞かせた。こうした詳細な物語は、それでなくても しまいました。だって、あの男にはお金のありがた味がわか 興奮した夫人を、極度にまでいらだたせたのである。夫人は らないのですもの。すると、あの男は気ちがいのようになっ絶えず叫び声をたてたり、両手で目を隠したりした : て、じだんだを踏みながら出て行ったのでございます。おま 「ねえ、わたしはこういうことを、すっかり見抜いていたの 弟 けに、わたしに飛びかかろうとしましたので、わたしはびつでございます ! わたしには、生まれつきそうした才能があ のくりして、飛びのきましたの : : : わたしはもう今さらあなた りますの。わたしの想像することは、なんでも事実となって ゾに、何ひとっ隠しだてしようという気はありません。あなた 現われるんですからね。わたしはあの恐ろしい男を見るたび マを信頼すべきかたとしてお話しますが、あの男はわたしにつ これこそしまいにはわたしを殺す人間だ、とこう心の中 カ ばまで吐きかけましたの。ほんとうに想像もっかないようなで何べん考えたかわかりませんわ。ところが、はたしてこの