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検索対象: ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)
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1. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

むしろ被告にたいしてきびしいむきだしの憤怒を顔色にだし て現われた。それがために、彼はいやおうなく自分の申し立 てをきわめて正直なものと認めさせたうえ、自分自身にも一 第 8 証人の陳述『餓鬼』 種の威厳を添えたのである。彼は少しずつ控え目に口をき 証人の訊問が始まった。けれど、筆者はもう今までのようき、たずねられるのを待ってから、考え考え正確に答えた。 に、くわしく話しつづけることをやめよう。それゆえ、呼び彼がきつばりと、歯に衣着せず答えたところによると、一 出された証人がひとりひとり、ニコライの口から、おまえた月前に使った金は三千ループリ以下であろうはずがない , ードル・ 4 チ . 』 ちはまっすぐに正直に申し立てなければならぬ、あとで宣誓 この百姓たちでもみんな『ドミートリイ・フョ をしたうえ、その陳述をくりかえさなければならないのだかの口から三千ループリと聞いた、と申し立てるに相違ない。 「ジプシイの女たちだけにでも、どのくらい金をまいたかし ら、などと言い聞かされたことも省略しよう。また終わりに 証人ひとりひとりが、その供述調書に署名を要求されたことれやしません。あいつらだけにでも千ループリ以上ふんだく もはぶこう。ただ一つ言っておかなければならぬことがあられましたよ」 る。と一一一口うのは、訊問者が何より最も注意をはらった要点「五百ループリもやりやしなかったくらいだ」とミーチャは は、主として三千ループリの問題であった。つまり、はじめこれにたいして沈んだ調子で言った。「もっとも、あのとき のとき、すなわち一か月前このモーグロエで、 ドミートリイ勘定なんかしなかったが : : : 酔っ払っていたもんだから、残 が初めて豪遊をきわめたときに使った金は、三千ループリで念だなあ : : : 」 このときミーチャはカーテンを背にして、テープルのわき あったか、千五百ループリであったか、それからまた、きの うの二回目の豪遊のときは、三千ループリであったか、千五にすわったまま、沈みがちに黙って聞いていた。『ちえつ、 も、フこ、つなりや、ど、つだって 百ループリであったか、という問題である。しかし、悲しい勝手な申し立てをするがいし かな、すべての証明はことごとくミーチャの申し立てに反し同じことだ ! 』とでもいったような、わびしげな疲れた様子 弟ていた。一つとしてミーチャの利益になる証拠はなかった。 をしていた。 の中には、ほとんど仰天するような新しい証拠を提供して、 「あいつらにやっただけでも、千ループリどころじゃありま ゾミーチャの申し立てを根底からくつがえすものさえあった。 フォンは せんよ、ドミートリイ・フヨードルイチ」とトリー マまず第一に喚問されたのは、トリーフォンであった。彼は訊断固としてしりそけた。「あなたが見さかいなくやたらにお おく カ問者の前に出ても、つゆいささか臆する色がないばかりか、 孑けになると、あいつらはわれがちに拾ったじゃありません 考えた。 きぬ

2. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

ま起訴者の論告の中から、取りあえず一例をあげてみましょ なら、もう世界じゅうにだれひとりその封筒のあったこと釦 う。被告は真夜中、くらい庭を走り抜けて、へいを乗り越えも、その中に金がはいっていたことも知らなかったに相違な きね ようとしたとき、自分の足にすがりついた従僕を銅の杵でな したがって、その金が被告によって奪われたということ ぐりつけましたが、それからすぐにまた庭へ飛び降りて、まも、ぜんぜん知られずにすんだはずである』これは告発者ご る五分間ばかり被害者のそばで世話をやきました。それは、 自身のお言葉であります。こういうわけで、一つの場合にお 彼が死んだかどうかを確かめるためでありました。ところが いては、被告はまるきり警戒心が欠けていて、驚愕のあまり 起訴者は、被告がグリゴーリイ老人のそばへ飛び降りたの前後を忘却して、床の上に証拠物件を取り残したまま逃走し は、憐の情からだという被告の申し立てを、どうしても信ながら、二分の後、いまひとりの人間を殴打し殺傷したとき じまいとしておられます。「いや、そういう瞬間に、そう、 には、たちまち冷酷な打算的感清を現わしたことになりま う感清が起こりうるものであろうか ? それは不自然であす。しかし、それも、 ししとしましよ、フ。そ , っした切ムロ、た る。彼が飛び降りたのは、自分の凶行の唯一の証人が生きてたいま彼は、コーカサスのわしのように残忍、鋭敏であった いるか、死んでいるかを見さだめるためであった。したがっ と思うと、次の瞬間にはすぐ、あわれなもぐらもちのよう て、これはすでに被告が凶行を演じたことを立証するもので に、盲目なおくびよう者になったかもしれません。そこがす ある。こういう場合、何かほかの動機、ほかの衝動、ほかのなわち、心理作用の徴妙な点かもしれません。けれど、もし 感情からして庭へ飛びおりるはすはない』と、こう起訴者は彼が凶行を演じておいて、その凶行を目撃した者の生死を見 言われます。なるほど、これは心理的な説明です。しかし、 さだめに飛びおりるほど、残忍で冷酷で打算的であったとす 今その心理解剖を事実にあてはめてみましよう。ただし、別れば、なぜこの新しい犠牲者のために五分間も費やして、さ な側面からであります。するとやはり、検察官の説に劣らならに新しい証人を作るような危険をおかしたのでしよう ? いほどはんとうらしくなってきます。凶行者が下へ飛びおり なぜ彼は被害者の頭の血をハンカチでふいたりなそして、そ たのは、証人が生きているか死んでいるか、見さだめようとのハンカチが後日の証拠となるようなことをするのでしよう いう警戒心のためと仮定しましよう。けれど、起訴者自身のか ? いや、もし彼がそれほど打算的で残忍であるならば、 証明するところによれば、被告は自分が手にかけて殺した父むしろへいから飛び降りたとき、打ち倒れた下男の頭をさら きね 親の書蒼に、この犯罪を立証する有力なる証拠品、すなわちに例の杵でたたき割り、その息の根を止めて目撃者を根絶 三千ループリ在中と上書きした封筒を、破ったまま棄てて来し、自分の心からいっさいの不安を除いてしまったはずでは たではありませんか。『もし彼がその封筒さえ持って行ったありませんか ? またさらに、彼は凶行の目撃者の死を確か

3. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

・でもうすっかりしずまって、一同が事の真相を悟ったとき さし出された書類を受け取った。カチェリーナは自分のいす に、廷丁がうんとお目玉をちょうだいしたことだけである。 にどっかと腰をおろすと、顔をおおって、痙攣的に身をふる もっとも、廷丁は、証人が一時間まえに少し気分を悪くして、わせ、声を忍んで泣きはじめた。彼女はしきりに身ぶるいし 医者の診察を受けたが、 しかし、そのときは健康体でもあっ ながらも、法廷から出されはしないかという懸念から、かす たし、法廷へ出るときまでずっと、つじつまの合ったことをかなうなり声さえおさえていた。彼女のさし出した書類は、 尋一口ったので、こんな事態が起ころうなどとは、まったく予期 ミーチャが小料理屋「都』から出した手紙で、イヴァンが 憙られなかったし、それに証人自身が、ぜひ申し立てをした『数学的』価値のある証拠と名づけたものである。ああ、裁 いと言い張ったのだと、十分根拠のある説明をした。し か判官たちも、事実、この手紙に数学的価値を認めたのであ し、一同がまだすっかり落ちついてわれに返らないうちに、 る。この手紙さえなければ、ミーチャは破滅しなかったかも ・すぐこの事件に引きつづいて、また別な事件が突発した。ほ しれない、少なくとも、あんな恐ろしい破滅のしかたをしな かでもない、カチェリ】ナがヒステリイを起こしたのであかったかもしれないー くりかえし一一一口うが、筆者はくわしく - る。彼女は大声に悲鳴を上げながら、慟哭しはじめた。が、 観察することができなかった。今でもただいっさいのこと いっこうに法廷を出ようとはせず、身をもがいて、外へ出さ が、雑然と頭に残っているばかりである。確か裁判長はその ないようにと哀願し、いきなり裁判長に向かって叫んだ。 場ですぐ、この新しい証拠書類を、裁判官たちと、検事と、 「わたしはすぐ、今すぐもう一つ申し立てなければならない弁護士と、陪審員一同に提供したはずである。筆者のおばえ 一ことがありますー : これは証拠の書面です : : : 手紙ですているのは、ふたたびカチ , リーナの訊問が始まったことだ ・手にとってすぐ読んでくださし。 : これはそけである。もう落ちついたか ? という裁判長のやさしい問 の悪党の、それ、その男の手紙です ! 」と彼女はミーチャを いにたいして、カチェリーナはすぐさまこう叫んだ。 指さした。「お父さんを殺したのは、あの男です。あなたが 「わたしはだ、じようぶです、だいじようぶです ! わたし たも今すぐおわかりになります。あの男がお父さんを殺すつはりつばにあなたがたにお答えができます」彼女は依然とし 弟もりだと、わたしに書いてよこしたのです ! ですが、あちて、何かひょっとして聞きもらされでもしないかと、ひどく のらのかたは病人です、譫妄狂にかかっているのです ! わた 恐れているようなふうで、言いたした。 ゾしはもうあの人が譫妄狂にかかっているのを、三日も前から 裁判長は彼女に向かって、いったいこれはどういう手紙 マ知っています ! 」 で、どういう場合に受け取ったのか、くわしく説明するよう こ、レ J 」乙、つ」。 カ彼女は夢中になってこう叫んだ。廷丁は、裁判長のはうへ

4. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

で、ミーチャにきいたのを記憶している。 「被告は自分を有罪と認めるか ? 」 第 2 危険なる証人 チャはいきなり席を立った。 いんとう わたし 「わたしは、自分の乱酒、淫蕩については、みずから罪を認 筆者は検事側の証人と弁護士側の証人が、裁判長によって めます」彼はまた突拍子もない、まるでわれを忘れたような区別されていたかどうか、またどういう順序で彼らが呼び出 声でこう叫んだ。「怠隋と放縦については、自分に罪があるされたか、そういうことは少しも知らない。い ずれ区別され ことを認めます。運命に打ち倒されたわたしはその瞬間、永てもいたろうし、順序もあったことだろう。ただ筆者の知っ 久に潔白な人間になることを望んだのです ! しかし、じ、 しているのは、検事側の証人がさきに呼び出されたことだけで さんの、 わたしの敵であるおやじの死については、 ある。くりかえして言うが、筆者はこれらの訊問を、残らず 断じて罪はありません ! またおやじの金を盗んだことにつ順序を追うて書くつもりはない。それに、筆者の記述は一 いても決して、決して罪はありません。そうです、罪なんか面、よけいなものになるかもしれない。なせなら、検事の論 あるはずがないんです。 ドミートリイ・カラマーゾフは卑劣告と弁護士の弁論がはじまると、両者の討論のうちで、すべ 漢です、しかし盗賊じゃありません ! 」 ての証拠や供述の経過と内容が、明瞭かっ特徴的な光をとも 彼はこう叫んで、自分の席へ腰をおろした。明らかに、彼なって、ある一点にしばられていくように田 5 えたからであ は全身をがたがたふるわしていた。裁判長はさらに被告に向る。この二つの有名な弁論を、筆者は少なくとも、ところど かって、ただ質問だけに答えたらいいので、余事を語った ころだけはくわしく書き取っておいたので、その時機がきた り、夢中で叫んだりしないようにと、ごく手短かにさとすよら、読者に伝えることとしよう。またその弁論にはいる前 うな語調で言い聞かせた。次に裁判長は審理の開始を命じ に、とっぜん法廷内で勃発して、疑いもなく裁判の結末に恐 た。証人一同は宣誓のために出廷を命ぜられた。筆者はこのろしい運命的な影響を与えた、思いがけない異常な挿話をも とき証人ぜんぶを見た。被告の兄弟だけは、宣誓せずに証言記そうと思っている。で、ここにはただ公判のはじめから、 弟することを許された。僧侶と裁判長の訓戒がすむと、証人た この『事件』のある特質が、すべての人々によって、明確に のちは引きさがって、できるだけ離れ離れに腰をかけさせられ認められたことだけを述べるにとどめよう。それはほかでも ゾた。やがて証人ひとりひとりの取り調べが始まった。 ない、彼告を有罪とする力のはうが、弁護士側のもっている マ 材料よりもはるかに優勢であった。この恐ろしい法廷に、さ カ まざまな事実が集中しはじめ、いっさいの恐怖と血潮とが、 252

5. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

検事はラツ。ハの音を聞きつけた軍馬のように、ぶるぶると くて、スメルジャコフなんです ? それに、なぜあなたはど 身ぶるいをした。 こまでも兄さんの無罪を信じるのですか ? 」 「わたしはあなたの信念が、まったくあなたの衷心から出た 「わたしは兄を信じないわけにゆきません。兄がわたしに嘘 ものであることを信じます。わたしはあなたの信念に条件をなど言わないことを、わたしはようく知っています。わたし つけることもしないし、またそれを不幸な兄弟にたいする愛は兄の顔つきで、兄の言うことがうそでないと知ったので と混同することもしません。それはぜひ認めていただきたい のです。あなたの家庭に勃発した悲劇にたいするあなた独得「ただ顔つきだけで ? それがあなたの証拠の全部なんです の見解は、すでに予審のときから承知しております。露骨にか ? 」 言いますと、あなたの見解は非常に特殊なもので、検事局の 「それよりほかに証拠をもちません」 集めた他のいっさいの陳述と、ぜんゼん矛盾しています。 「では、スメルジャコフが犯人だということについても、兄 で、くどいようですが、いかなる根拠によって、そういう考さんの言葉と顔つき以外に少しも証拠はないのですか ? 」 え方をされるようになったのみか、進んで下手人は別な人「そうです、ほかに証拠はありません」 つまり、あなたが法廷で公然と指定された人であって、 これで検事は訊問を中止した。アリヨーシャの答えは、修 あなたの兄さんは無罪であるという、断固たる信念に到達さ聴者の心にきわめて幻滅的な印象を与えた。すでに裁判が始 れたのか、それをおたずねする必要があるのです」 まる前から、スメルジャコフについては町でさまざまな風評 「予審ではただ訊問にお答えしただけで」とアリヨーシャは があった。だれそれが何を聞いたとか、だれそれがしかじか 落ちついた小さな声で言った。「自分からスメルジャコフをの証拠をあげたとか、そういうような取りざたが行なわれて 告発したわけじゃありません」 いたのである。アリヨーシャに関しても、彼が兄のために有 「が、それにしても彼を犯人として指名されたでしよう ? 」 利となり、下男の罪を明らかにする有力な証拠を集めたとい 「わたしは兄ドミートリイの言葉として彼をあげたのです。 ううわさがあった。ところが、意外にも、被告の実弟として 弟わたしは訊問を受ける前に、兄の捕縛されたときの様子や、 当然な精神的信念のはか、何一つ証拠をもっていないとは。 のそのとき兄自身がスメルジャコフを名ざしたことなど聞いて しかし、やがてフェチュコーヴィチも訊問を始めた。いっ ゾいたものですから。わたしは兄に罪がないことをまったく信被告がアリヨーシャに向かって、父に憎悪を感じるとか、お マじます。したがって、もし下手人が兄でないとすれば : ・ : 」やじを殺すかもしれないなどと言ったか ? また彼がそれを ちんじ 力「そのときはスメルジャコフですか ? : ・ : なぜほかの人でな 聞いたのは、椿事勃発まえの最後の面会のときであったか ? 273

6. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

のある話を始められそうであった。とっぜん、彼の顔に何やのだと思っている。『これは、あの世が実在しているという、 ら心配らしい色が浮かんだ。 いわゆる物的証拠じゃないか』と先生たちは言っている。あ 「ねえ、きみ」と彼はイヴァンに話しかけた。「こんなことの世と物的証拠、なんたる取り合わせだろう ! それはま を言っては、はなはだ失礼だけれど、きみはカチェリーナのあ、 いいとしてさ、悪魔の実在が証明されたからって、神の ことを聞くつもりで、スメルジャコフのところへ出かけて行実在が証明されるかね ? ばくは理想主義者の仲間へ入れて ったくせに、あの人のことは何も聞かずに帰って来たね。た もらいたい。そうすれば、その中で反対論をとなえてやる ぶん忘れたんだろう : : ・ よ。『ばくは現実主義者だが、唯物論者じゃないんだよ、ヘ 「ああ、そうだった ! 」イヴァンはとっぜんこうロ走った。 ! 』ってなものさ」 彼の顔は心配そうにさっと曇った。「そうだ、ばくは忘れた 「おい、きみ」とイヴァンはふいにテープルから立ちあがっ んだ : : だが、今ではもうどうでもいい、何もかもあすだ」 こ。「ばくは今まるで熱にうかされてるような気がする : と彼はひとりごとのようにつぶやいた。「だが、きみ」と彼はむろん、熱にうかされてるんだ : ・ : まあ、かまわず勝手なこ いらいらした語調で、客のほうに向かって、「それはばくが とをしゃべるがいし ! きみはこの ( 劇のときのよ、つに、ばく いま思い出すべきはずだったんだ。なぜって、ばくは今そのをやっきにならすことはできまいよ。だが、なんだか恥ずか ことで頭を悩まされてたんだからね。どうしてきみはおせつ しいような気がする : : : ばくは部屋の中を歩きたい : かいをするんだ ? それじゃまるで、きみが知らせてくれた はこの前のときのように、おりおりきみの顔が見えず、きみ ので、ばくが自分で思い出したんじゃない、というように、 の声が聞こえなくなるけれど、きみのしゃべってることはみ ばく自身信じてしまいそ、つじゃよ、、 んなわかる。なぜって、それはばくだもの、しゃべっている 「じゃ、信じないがいいさ」紳士はあいそよく笑った。「信のはばく自身で、きみじゃないんだもの ! ただわからない 仰を強要することはできないからね。それに、信仰の問題でのは、このまえきみに会ったとき、ばくは眠っていたか、そ は証拠、ことに物的証拠なんか役にたちゃしないよ。トマスれとも、さめながらきみを見たかということなんだ。一つ冷 が信じたのは、よみがえったキリストを見たからじゃなくっ たい水でタオルをぬらして頭へのせよう、そうしたら、おそ て、すでにその前から信じたいと思っていたからさ。早い話らくきみは消えてしまうだろう」 が、降神術者だがね : : : ばくはあの先生がたが大好きさ : ・ イヴァンは部屋のすみへ行って、タオルを持って来ると、 考えてみたまえ、あの先生がたは、悪魔があの世から自分た言ったとおりに、ぬれタオルを頭にのせて、部屋の中をあち こち歩きだした。 ちに角を見せてくれるので、降神術は信仰のために有益なも 2

7. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

との降いにたいして、患者が自身でおととい診察を受けに来 たこと、そのとき近いうちに発作が起こると予言したけれ 第 6 検事の論告性格論 ど、患者が治療を望まなかったこと、などを証言した。『 者はまったく健全な精神状態ではなかったのです。自分でも ートは論告を始めた。彼は額とこめかみに病的な おかん わたしに言ったことですが、患者はうつつに幻を見たり、と冷汗をにじませ、からだじゅうに悪寒と発熱をかわるがわる つくに死んでしまった人を通りで見たり、毎夜、悪魔の訪問感じながら、神経的にぶるぶると小刻みに身ぶるいして、 を受けたりするそうです』と医師は言葉を結んだ ) 自分の申た。それは、彼自身のちに言ったことである。彼はこの論告 し立てを終えると、この有名な医師は退出した。カチェリー を自分の chef d'æuvre( 傑作 ) と心得ていた。自分の一生涯を ナが提出した手紙は、証拠物件の中に加えられた。裁判官は通じての chef d ・すなわち白鳥の歌と考えていたので 合議の上で審理を継続し、このふたり ( カチェリーナとイヴある。じっさい、彼はそれから九か月後、悪性の肺病がもと アン ) の意外な申し立てを、調書に書きこむことにした。 で死んでしまった。だから、もし彼が自分の最後を予感して わたし しかし、筆者はもうそのあとの審理を書くまい。その他の いたものとすれば、彼はじっさい、自分で自分を臨終の歌を 証人の申し立ては、それそれみんな異なった特質を持っては うたう白鳥にたとえる権利を、りつばにもっていたのかもし いたが、しかし、けつきよく、以前の申し立てを反復し、裏書れない。彼はこの論告に自分の全心全霊をそそぎ、あらんか きするにすぎなかった。けれど、くりかえし言っておくが、 ぎりの知性を傾けて、そのためにはからずも、彼の心中に公民 すべての申し立ては検事の論告で一点に集約されているか としての感情や、「呪うべき』疑問が、少なくとも、彼の内部 ら、筆者はこれからその論告に移るとしよう。人々はいずれにいれうる範囲において、ひそんでいたことを証拠だてた。 も興奮していた。みな最後の大椿事で電気に打たれたように ことに、彼の論告はその真剣さで人を動かした。彼は被告の なって、熱心に大団円、ーー・検事の論告と、弁護士の弁論と、罪をはんとうに信じていたのである。彼は人から注文された 裁判長の判決を待っていた。フェチュコーヴィチは、カチェ のでもなければ、単なる職務上の要求のためでもなく、心か 弟 ーナの申し立てに打撃を感じたらしかったが、その代わりら被告の罪を認めて、『復讐』を主張しながら、『社会を救い の検事のほうは大得意であった。審理が終わったとき、ほとんたい』という希望にふるえていたのである。ィッポリー ゾど一時間ちかく休憩が宣せられた。やがて、いよいよ裁判長反感をいだいていた当地の婦人連でさえ、異常な感銘を受け マが弁論の開始を宣言して、検事ィッポリートが論告を始めた たことを告白したはどである。彼はひびのはいったような、 力のは、ちょうど夜の八時であったように田 5 う。 きれぎれなふるえ声で弁じはじめたが、やがてその声にだん

8. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

たは至るところでそのことを、大っぴらにわめき散らしたじまったから、もう訂正したくなかったんです。人間というも ゃありませんか。証拠は何十といってあります。あなたが言のはどうかすると、くだらない動機からでたらめを言うもの われたのは三千ループリで、千五百ループリじゃありませですよ」 ん。それにこんども、きのう金が出て来たとき、また三千ル 「ドミートリイ・フヨードロヴィチ」と検・事 . はさとすよ、つに ープリもって来たと、やはり大ぜいの人に言われたじゃあり言った。「どんな動機から人がうそを言うかってことは、容 ませんか : 易に決定できるもんじゃありません。ときにおたずねします 「何十どころじゃありません、何百という証拠があなたがた が、あなたの首にかかっていたその守り袋なるものは、大き の手ににぎられています。証拠は二百もあります、聞いた者なものでしたか ? 」 「いいえ、大きくはありません」 は二百人もあります、いや、千人くらいは聞いたでしょ 、フ ! 」とミーチャは叫んだ。 「たとえば、どのくらいの大きさです ? 」 「ね、そうでしよう。だれもかれもみんな証明しています。 「百ル ] プリ紙幣を半分に折った、まあそれくらいの大きさ してみれば、みんなという言葉は、何かの意味を持っているです」 はずですよ」 「では、そのきれというのを、見せていただけないでしよう 「なんの意味もありませんよ。わたしがでたらめを言った いずれどこかに持っておいででしようから」 ら、みんながわたしのあとについて、でたらめを一一一一口うように コんん、、はか、はかーしい : ・ : そんな : なんというくだらない : なったんです」 ものがどこにあるか知るもんですか」 「しかし、あなたはなんのために、あなたの言葉を借りる 「しかし、まあ、聞かせてくださいし 、つどこであなたはそ と、でたらめを言わなければならなかったのです ? 」 の袋を首からはずしたんです ? あなたの申し立てによれ 「そんなことだれが知るもんですか。じまんのためかもしれば、家へは寄らなかったのでしよう ? 」 ませんね : : : ちょっとその : : : どうだ、こんなにたくさんの 「ええ、フェ ーニヤのところを出ると、すぐべルホーチンの 弟金を使ったそといったような : : : あるいはまた例の縫いこん家へ向かって行きましたが、その途中で首から引きちぎつ のだ金のことを、忘れたかったからかもしれません : : : そうでて、金を取り出したんです」 ゾす、まったくそのためなんですよ : : : ええ、ばかばかし 「暗やみの中で ? 」 マ : 幾度あなたはそんなことをきくんです ? ただでたらめ「ろうそくが必要だったとでも言われるのですか ? そんな 力を言ったのです、それつきりです。一度でたらめを言ってし ことは指一本ですぐできましたよ」 5 、 0

9. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

す。すなわち、フヨードル老人がひとり家に閉じこもってい その朝か、またはその前夜に金を取り出して、何か別な用途 て、恋人の来るのを気ちがいのように待ちあぐみながら、所にあてるとか、支払いをするとか、どこかへ送ったかもしれ 在なさに封筒を取り出して破ったのではないでしようか。彼ない。また最後に、自分の考えや行動や計画を根本的に変更 は、司こんな封筒を見たってはんとうこしよ、、 しオし力もしれん。 してしまい、しかもその際そのことを前もって、全然スメル 一束になったにじ模様の紙幣三十枚のほうが、たぶんきき目 ジャコフに告げる必要がないと思ったのかもしれない。 が多いだろう。きっとよだれを流すに違、よ、 しオし』こう考えこうした仮定を下しうるものとしたら、どうしてあれほど頑 て、封筒を破りすて、金を取り出したのではないでしよう 強な、あれほど決然たる態度で、被告を罪することができま か。なにしろ彼は持ち主のことですから、大いばりで封筒をしよう ? 彼はとっぜん強盗の目的で親を殺したとか、じっ 床の上に投げ棄てたわけなのです。それが何かの証拠物件にさい、強盗が行なわれたとか、そういうことがどうして言わ 、な 6. り・はー ) よ、、 オしカ ? などと心配するはずはむろんありませれましよう ? これはもう魚作の範囲に属しているのであり ん。どうです、陪審員諸君、こうした仮定、こうした事実はます。もし何か盗まれたことを証拠だてようとするなら、そ きわめてありうべきことではないでしようか ? これがなぜの盗まれたものを示すか、あるいは少なくとも、そのものが 不可能なのでしよう ? もしこれに似たようなことでもあり存在していたという確実な証拠をあげなければなりません。 うるとしたら、強奪の罪はおのずから消滅するわけでありまだが、そのものをだれも見た人はないのです。 す。金がなければ、したがって強奪するはすもないのです。 近ごろペテルプルグでこういう事件がありました。やっと もし封筒が床の上に落ちていたことが、その中に金のはいっ十八になったばかりの、またはんの子供のような若い貧相な ていた証拠になるとすれば、その反対に、封筒が床の上にこ行商人が、昼日中、おのを持って両替店に押し入り、典型的 ろがっていたのは、もうその中に金がなかったからである、 な残忍性を発揮して、亭主を惨殺したうえ、千五百ループリ すなわち、主人がその前に金を抜き取ったからである、こうの金を奪ったのであります。五時間後に彼は捕縛されました 証明のできないわけがどこにありましよう ? 『そうだとし が、ただ十五ループリを消費しただけで、総額に近い残りの 弟ても、もしフヨードル自身が封筒から金を出したとすれば、金を持っていました。のみならず、凶行後、店へ帰って来た のその金はいったいどこへおいたのだろう ? あの家を搜索し番頭は、単に金を盗まれたということだけでなく、その盗ま ゾたときに、。 とうして発見されなかったのだろう ? 』という反れたのがどんな金かということまで、すなわちにじ色の紙幤 マ駁があるかもしれませんが、第一に、彼の手文庫の中から一 が何枚、青いのが何枚、赤いのが何枚、金貨が何枚あったと カ部分の金が発見されました。第二に、彼フヨードルはすでに いうことまで、くわしく警察に届け出たのであります。はた

10. ドストエーフスキイ全集13 カラマーゾフの兄弟(下)

るドアがあいていた』という、きわめて重要な申し立てをし はふしぎにも 、いっこう根底のある返答をしなかったが、そ たグリゴーリイ訊問のときなど、弁護士は自分の質問の番にれでもやはり、むすこの財産相続に関する計算が『不正』で なると、ぐっとグリゴーリイのふところ深く食いこんで放さあった、フョ ードルはどうしてもむすこに『まだ幾千ループ なかった。ここで言っておかなければならぬことは、グリゴ リかを払わなけりゃならなかった』のだと主張した。ついで ーリイが法廷の荘厳にも、大ぜいの傍聴者にも、いっかな悪 に言っておくが、その後、検事はこの訊問を、 びれる色もなく、、 しくぶんものものしく思われるほど、落ちル・。、 ーヴロヴィチがじっさいミーチャにたいして払うべき つきはらった態度を持して、法廷へはいって来たことであものを払わなかったかという質問を、とくにしつこくくりか る。彼は、妻のマルフアとふたりきりで話でもしているよう えして、きけるだけの証人に、ひとり残らずきいた。アリョ に、しやくしやくとして余裕のある態度で申し立てをした。 シャやイヴァンさえも除外しなかった。けれど、だれから たた、いつもよりいくらかていねいなだけであった。彼をまも的確な返答をうることができなかった。だれもかれも単に ごっかすことは、とうていできなかった。まず検事は彼に向その事実を肯定するだけで、いくぶんでもはっきりした証拠 かって、カラマーゾフの家庭の事情を、詳細にわたって長々を提供するものは、だれひとりなかった。それからグリゴー おうだ と訊問した。そこに家庭内の光景があざやかに描き出され リイは、ドミートリイが食堂へおどりこんで、父親を殴打し た。その話しぶりから言っても、態度から言っても、なるほ たあげく、もう一度出直して殺してやるぞ、とおどして帰っ どこの証人は素直で公平らしかった。彼は深い敬意をもってたときの光景を物語ったとき、一種陰惨な空気が法廷に満ち 故主のことを申し述べたが、それでも、ミーチャにたいする渡った。しかもこの老僕は落ちついてむだのない、一風変わ フョ、・ーレ ノのやりかたは公平でなかった、大だんなの「子供った言葉で物語ったが、かえってそれが非常な雄弁となった たちにたいする養育のしかたはまちがっていた』と言った。 のである。ミーチャがそのとき自分を突き倒したり、顔をな 『あの人は、あの子は、もしわしというものがいなかったら、 ぐったりして侮辱したことについては、今はもうべつだんお しらみに食いころされてしまったこってしようよ』ミーチャ こっていない、 とっくにゆるしていると一「ロった。死んだスメ 弟の幼年時代を物語りながら、彼はこうつけ加えた。『また父 ルジャコフのことをきかれたとき、彼は十字を切りながら、 の親の身でありながら、現在むすこのものになっている母方のあれはなかなか器用な若い者だったが、ばかで病気に打ちの ゾ財産を横領したのも、よいことじゃありません』フヨードル めされて、そのうえ不信、い者であった。この不信心を教えた 々がむすこの財産を横領したというには、いったいどんな根拠のはフョ ードルと、その長男だと申し立てた。ところで、ス 力があるのか、こういう検事の訊問にたいして、グリゴーリイ メルジャコフの正直なことは熱、いに主張して、スメルジャコ