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検索対象: ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)
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1. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

ど、これらの旧ポーランドの連中は、自分たちは僧権派でもあるのみか、むしろそれより優れているくらいなのを、知ら なければ、法王派でも、ローマ派でもなく、ロシャ人はそんないとみえる。この点は一言っけ加えておかなければならな しかし、向かっ腹など立てることはない。それよりかん なことなどとっくに承知しているべきはずなのだ、と力説し ている。しかし、「旧ポーランド」すなわち亡命のポーランじんなのは、なぜさっさとやって来ないのだろう ? わが国 ド人たちが、ジェスイット的な意味における法王を支持して - でも、ポーランド人が天賦の才能を発揮して、そのためにい いないとか、僧権派的空想に無関係であるとか、そんなこときさかも人種上の区別なしに尊敬され、高い位置を獲た例も いくつかある。なにも相談などする必要はないから、どんど はちょっと考えてみただけでも、実に滑稽千万である ! ヴ アチカンの力を十分に認めており、また常に認めてきた彼らんやって来たまえ。自分のほうから和睦し、服従すればよい 、、、、日一不ーー一フン【「ン ) い、つ -,O のは として、どうしてヴァチカンによらずにいられるか ? 他ののだ。しかし、断わっておくカ 諸国がもはや耳を傾けようともしなくなったにもかかわら決して復興しやしない。ただあるのは新しきポーランド、 帝によって解放せられたポーランド、将来スラヴ民族が解放 ず、ヴァチカンのみは決して旧ポーランドを裏切らなかった ツ。、こ復活するとき、疑いもなくすべてのスラ のみならず、かえって全力をつくして、彼らの妄想を支持しされてヨーロノし , ているではないか ! どうして ! 彼らもヴァチカンを裏切ヴ民族と平等の運命を有すべき、更生のポーランドである。 しかし、旧きポーランドは決して復活しないだろう、なぜな らないだろうし、ヴァチカンも彼らを裏切らないだろう。和 。し力なる時であるか ? ら、旧ポーランドはロシャと共存し得ないからである。その 睦に対する夏の試みがなされたのよ、、ゝ ほかでもない、亡命のポーランド人全部が反ロシャの運動を理想が、ロシャに代わってスラヴの世界における主位を占め おこして、ポーランドの軍隊なるものを組織し、亡命の貴族ることだからである。ロシャに対するその標語は、 : 0 ( e ・ to 一 de lå que 」 e m'y mette' ・ ( そこを退け、おれがすわるんだ ) で 組が莫大な金 ( むろん、自分の金ではない ) を持って、コン スタンチノープルに現われた時である。したがって、この和ある。ここに興味のあることは、ポーランドの第一線に立っ 睦は、コストマーロフ氏の定義したとおり、単なる術策にすた主唱者が、ただ学者や画家のことばかりいっていることで ぎないのだ。ついでにいっておくが、彼らは自分たちの学者ある。いったい亡命ポーランドの指導者や、貴族連中はどう や、技術家や、画家をわれわれに提供して、「どうか採用してしたのだ ? かりにロシャが甘言に乗せられて、和睦を望む と声明したとすれば、彼らは尊大な恰好ですわり込んで、 記もらいたい、はたしてロシャにはこれが必要でないのか ! 」 のといっている。彼らはおそらくわれわれを野蛮国民と考え「では、あなたのほうの条件は ? 」とたずねるだろう。そん むしず な場面を想像してみただけでも、虫唾が走るではないか。 作て、彼らの提供するいっさいのものが、われわれのほうにも 32 ~

2. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

無用とせらるるか ? 」 (r ノーヴォエ・ヴレーミャ』コストマ 2 和解に対する旧ポーランドの夏の試み ーロフ氏の論文より ) この夏のはじめ、わが国におけるこれらの僧権派の煽動家 は、ロシャの新聞雑誌をさえ通じて、示威運動を試みた。狼 コストマーロフ氏は『ノーヴォエ・ヴレーミャ』紙で、す が羊に化けて、在外ポーランド「亡命団」の使者といったよべてこうした阿諛的提議に対して、立派な応答をしている。 うな調子でしゃべりだしたのである。彼らは休戦を提議した ただこの卓越した論文を抜萃するだけの余裕がないのを、遺 間こよって のである。どうかわれわれをも仲間に入れてほしい、われわ憾とする。コストマーロフ氏は、明晰で確かな推診ー れもスラヴ同胞主義の必要を認めたから、仲間はずれになり これらはすべて陥穽にすぎないこと、彼らはコンラッド・ヴ といったわけである。彼らの語調はとほうもなく アレンロードのごとき裏切り人を手引きして来ようとしてい 優しくて、いろいろ理由をならべるのだ。 るものであって、旧ポーランドの連中は本能的に、肓目的に ロシャとロシャ人を憎んでいることを証明した。ただコスト 「われわれには ( と彼らはいう ) 技師もあれば化学者もあマーロフ氏は、中には立派なポーランド人もあって、ロシャ り、工芸家、職工、簿記方、農業家、等々がある」そういう人と親交を結び、不幸に際してこれを救い、助力を惜まない ものがたくさん亡命しているから、彼らを入国させてほし という事実を認めている。それはもちろん、ほんとうである ・「はたして諸君には」と『ペテルプルグ報知』一七二号が、たとい二十年も親交をつづけた後にもせよ、もしこのロ に論文を書いたリトアニヤの一住民はいう。「かってロシャシャ人が相手の立派なポーランド人に向かって、ポーランド ポーランド出身のロシャの統計・ のためにテンゴポールスキイ ( 経済学者、一七九三ー一八五七 ) をに関する政治問題で、ロシャの確信を表明するが早いか、た ポーランド出身のフラ 生み、フランスのためにヴォローアスキイ ( ンスの金融・財政学者、ちまちこのポーランド人は一生涯、相手のロシャ人にとって コス 一八一 0 ) を生んだ環境に、なんの用もないのだろうか ? ま陰にあるいは陽に、不倶戴天の仇敵となるに相違ない。 た風習を柔らげ、性格を高尚化する芸術の領域においては、 トマーロフ氏は、このことに言及するのを失念している。 現在ポーランド社会の代表者として彫刻家プロッキイ、画家この「和解」に対する夏の試みは、ロシャ人の間に多くの マティコのごとき人々が、到るところ名声を馳せている。諸擁護者を得るとともに、コストマーロフ氏のごとき有力な反 君はこれらの人々を必要としないのか ? 文学者、評論家、対論者をも迎えたが、これはすべて疑いもなく、僧権派がヨ 産業家、工業経営者、その他の事業家の群れについては、今 ーロッパからわが国へ送った密使のしわざであって、要する きら喋々するまでもなし三ⅱ 、。者君はこれらの人々をもはたして に、全ヨーロッパ僧権派の・陰謀の一分派にすぎない。なるほ

3. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

なぜといって、こちらのほうが、亡命ポーランドをロシャしたが、しかしわが国には威勢がいいどころか、まさに嫌悪幻 へ入れると申し出たのに、彼ら自身のほうがやって来ないとすべき筆の所有者がある。彼らもポーランドの鶯どもと調子 すれば、つまり彼らは条件を待っているのだ。ひとっこんなをあわせて、さえずり立てているが、 ( しかも、そのさえずり ふうに想像してみたまえ、ロシャが突如、彼らを何か交戦国ようといったら ! ) ポーランド人は彼らを操りさえもして の一方と認めて、講和会議を始める ! やがて、彼らは続々いないのだ。なにもかも無私無欲に行なわれているので、彼 とロシャへ移って来るが、おえらがたはさっそく不平をい らは自分で自分が何をしているかを知らないのである。そこ だして、りつばな位置や特権を要求しはじめ、やがては全ョに見られるのは、単につらあてであり、欺かれたる希望であ ーロッパに向かって、おれたちはだまされたと叫びだし、結り、傷つけられたる自尊心にすぎない。『取引所報知』 ( 二五 局、ポーランド人の叛乱が勃発する : ・ : いったいロシャがみ七号 ) に載ったイロヴァイスキイ氏に関する論説などは、ま すみすそんな甘い手に乗って、そんなばかなことをすると思 さにその好適例である。せめて書き方だけでも満足にいって いればまだしも、なにぶん自己撞着だらけなのだ ! っているのか ? もちろん、ポーランド人自身も、そうした あざとい狂言で、ロシャをだますことができようとは、信じ わが国の学者、イロヴァイスキイ氏が、ガリシャで逮捕せ かねていたのであるが、純な心を持ったロシャ人の味方にはられ、侮辱を受けたのは、周知の事実である。学術上の目的 期待をかけていた。これが僧権派の仕事であり、ロシャに向をもってガリシャを旅行中、彼は誤って一人のポーランド・ けられた僧権派の第一歩であることは、なんら疑いの余地がカトリック僧に、その地の旧跡を教示してほしいと依頼し ない。その第一歩はそもそもなんのためであるか、という質 た。その後、彼はロシャの僧侶を発見したけれど、意地わる 問が出るかもしれぬが、現状に対して探りを入れ、思想を混いカトリッグ僧は、彼をロシャの汎スラヴ主義者であり、煽 乱させ、自分の真の足跡をかくし、ロシャの文士たちを抱き動家であるというロ実のもとに、ただちに当局へ告訴したの 込み、露領ポーランドを動揺させ、等々、等々が、はたしてである。イロヴァイスキイ氏はいっさい無遠慮に逮捕せら 僧権派にとって無用のわざだろうか ? 彼らにどんな胸算用れ、身体検査を受けた後、獄から獄へと移されたが、ようや があるかわかったものではない ! く土地の一学者の運動によって、国境まで送致されたのであ った。この事件はたちまちわが国で公表され、『モスグワ報 3 『取引所報知』のとっぴな所論威勢 知』もその所説を掲載した。その他の諸新聞も反響を一小した のよいというより毒意のある筆 が、多くのものはさしたる熱意もなく、単に奇異なる事件と われわれはいま「威勢のいい文士たち」ということを口にして取り扱ったにすぎなかった。ロシャの学者がなんの理山

4. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

蜚語を取り締って、公衆に警告する必要を感じたはどである」七号からである。「ノーヴォエ・ヴレーミャ』は『新聞と雑 誌』と題する欄に、『ゴーロス』 ( 声 ) 紙の説を引用している。 内ノーヴォエ・ヴレーミャ』はこの件に関して、翌日ごくあそれは英国新聞 "Morning Post" および外国で発行される づさりした形ではあったが、「モスグワ報知』は少々事態を二、三のポーランド語雑誌の論文に関するものである。 誇張しすぎたのであって、「官報』が注意したのは、公衆の 間で聞かれたちょっとした饒舌にすぎず、実際はさほど重大十月二十二日の "Morning Post" に、意想外な点におい な意義を有する事柄ではない、という意見を掲載した ( わたて興味ある論文が掲載されたが、それによると、親トルコ しは記憶に残っている『ノーヴォエ・ヴレーミャ』の思想派の一新聞が、ヴィスラ河沿岸地方を、ドイツに譲与する問 題について、すでにロシャとドイツとの間に交渉が始まっ を、自分の言葉で述べたのである ) 。 これは大きにそのとおりかもしれない、「官報』はほんとた ( ! ) 由を報じている。 "Morning Post" の目から見ると、 うにただの「おしゃべり」のことをいっただけかもしれない これは一種の取引きであって、ドイツはその報酬として、 「ロシャの・ハルカン半島における領土獲得」に援助の義務を のだ。にもかかわらず、『モスグワ報知』の想像は、疑いも なく根拠を有している。しかし、『モスクワ報知』のいって負うことになるのである。ロンドンの一新聞はさらに力説し いるアングロ・マジャールとよ、、 。しったいなんのことなのだていわく、ヴィスラ沿岸地方のポーランド人は、「現在より ろう ? わが国の辺境や、のみならず国の内部でさえも、自さらに悲惨なる奴隷状態に落ちないために」、すなわちプロ 分自身のローマ僧権派が現われるに相違ない。今はもう五月シャ人の権力に東縛されることをきらって、目下暴動のこと またが もし「露領ポーランド」に ではない。今ではもうだれもが、全世界に跨る僧権派の陰謀をいっさい念頭に有していない を口にしている。わが国の最も自由主義的な新聞でさえも なんらかの動乱が生じたら、これはひとえに、「ロシャとプ が、この陰謀が侮るべからざる力を持っていることに、同意ロシャの奸策」によるものである : : : ここに注目すべきは、 したほどである。もしヴァチカンの陰謀本部が、ロシャにおこの論説が "Morning Post" に現われる数日前、 "Dzien ・ nik polski" ( 『ポーランド日報』 ) が、多少、調子こそ違ってい けるローマ僧権派を見すごして、これを仕事に使わなかった ら、おかしなものだろう。ロシャ軍の後方における混乱は、ヴるけれども、同じ問題について論じていることで、その際こ 記アチカンにとってきわめて有利なのであるが、ことに現在にのポーランド新聞は、次のように報道している。ロシャ政府 のあたってしかりである。そこで、もう一つ抜き書きをさしては自国の軍隊を、沿ヴィスラ地方から撤退するにあたって、 ホーランド貴族の監視といっ 作もらうが、今度はもう「ノーヴォエ・ヴレーミャ』の五 同地方の農民に宣伝書を撒き、。、 327

5. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

きいの騒擾の試みを弾圧するために、農村自警団を組織せよる ) 、ロシャに悪意をいだく人々が、今次の戦争のよき終末 と命じたとのことである。これらの論説の内容を伝えながを妨げる目的をもって、利用しつつある荒唐無稽な構想に、 ら、『ゴーロス』紙は、なんのために "Dziennik P01ski" や誇大な意義を付与するごときことを好むものではない。 'Morning POSt ・・ま、、 カくも急にやっきとなりだしたのか し、今回のことは、吾人の目にかなり重大に映ずるのであっ と驚嘆している。ロシャが沿ヴィスラ地方の農民に宣伝書をて、 "Dziennik Polski" および "Morning Post" 両紙の論 撒布したとか、またロシャとプロシャの agents provoca ・ が、とっぜん、あきらかに、なんらの原因もなく出現したと teurs ( 煽動委員 ) カ : 、「『コングレスフカ』で人為的な暴動」 いう事実を、もはや不間に付するわけにゆかないのである。 をおこそうと努めているとか、そういった愚にもっかぬ作り 言が、そもそもなんの必要があって考え出されたのだろう ? してみると、やはりわが国にも、僧権派の陰謀の支脈みた この意想外かっ唐突な報道は、必ずやなんらかの目的を有いなものがあるのか ? 明らかにポーランド出身と思われる しているに相違ない。 これを掲載した新聞はおそらく、沿ヴレドホフスキイが、候補者に推されたという報道からだけで イスラ地方における暴動勃発を危惧せしめるような情報を有も、推して知るにたるではないか。なぜなら、あれほど聡明 しているので、明らかにその結果をおそるるのあまり、運動な人々で充満している法王庁の枢機卿会議が、レドホフスキ の意義を歪曲せんと努めているのである。こうした手口はべイなどを選出して味をつけるだろうなどと、まじめに信す つに珍しいものではない。すでに一八、 ~ / 三年にも、ポーランることができるのは、ただポーランドの海外煽動員の軽はす ド人と西欧の一味によって、一度使用されたことがある。こみな頭くらいなものだからである。実際、もし新法王がロー の一事を回想しただけで "Dziennik Polski" および "Mor ・ マおよび全世界における法王の主権回復の問題でなく、祖国 ningPost" の論説が、ある意味を有しており、ポーランド人の復興にばかり熱中していたらどんなものか。しかし、それ がトルコに同情しているとか、わが西部国境地方に革命煽動は別として、ロシャに僧権派陰謀団の分派があることは、な を行なって、ロシャの国状を困難ならしめんとひそかに望んんといっても明瞭である。「ノーヴォエ・ヴレーミャ』はそ でいるとかーオ 、つこ、過般のマジャール新聞の記事と、何か秘のうえ、次のようにつけ加えている。 密の関連があるものと認めるのに、十分である。さらに奇と すべきは、これらの論説が、法王の位置に枢機卿レドホフス 「ポーランドにおけるカトリッグ教のにせの圧迫の間題に関 キイが候補者として推されたという報道と、時を同じゅうし し、目下 "Journa1 de St ・ Pétersbourg" およびイタリア僧 たことである。われわれは ( と『ゴーロス』紙はいってい権派新聞との間に執拗に行なわれている論争は、わが国の西 3 ~ 8

6. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

にきまっている。これがはたして裏切りでないだろうか、 や、王どころか、黄色い靴で面をはるポーランドの大官のお きみはなんと考える ? きみはポーランド人やオーストリア情けのほうが、彼らにとっては兄弟のよしみよりも大切なの 人のために、ロシャの利害を売っているのではあるまいか ? だ」といっているが、これは裏切り人の話である。はたして 政治上の混乱を支持し、これに奉仕するものではあるまい きみは、ロシャ人がおのれの利益や、金銭に対する動物的な か ? きみはかって何人も秘密委員など派遣したことがない 恐怖から、黄色い靴か何かの前に跪拝するのが本望なのか ? のを、間違いなく、十分、確実に承知していながら、どうしそれどころか、ほかならぬ今、この現在にあたって、オース てイロヴァイスキイ氏のことを、スラヴの古跡研究に名をか トリアに対してとるべきわが最上の政策は、きみの望んでい りて、混乱の種を蒔きに行ったなどとあえて書いたのか ? るようなものではなくて、最も高き自己の国民的品位を保つ きみのような言葉を信するものが、ロシャにだれかいるだろ政策である。もしわれわれが、きみの望むとおり、屈辱的な うか ? しかるに、きみはさながらおのれの掌をさすがごと態度を示せば示すだけ、われわれはそれに準じて、オースト く、知悉しているもののように、、かにも断固たる態度で、 ) アの横暴を強化し、増大することになるではな、、。 この事件を語っているのだ。混乱の種を蒔くのははたしてだそも何がゆえにわれらはオーストリアを恐れねばならないの れであるか ? だろう ? オーストリアは、たとえみずからそれを欲して さて、今度は問題を転じよう。きみは自分の私憤を晴らすも、われに向かって剣を抜く勇気は金輪際ないのである。事 ために、みすみす知れきった虚偽を書き立てて、明白にロシはむしろその反対で、後日、戦争が終末を告げた時に、悲し ヤの利害を、ポーランド人や、オーストリア人や、永久に反むべき誤解が生じないために、今こそ剛直な、歯に衣着せぬ 露的宣伝をつづけている数限りない、ありとあらゆるヨーロ政策をとるべき時機なのである。われらとしては、なにも自 ッパの有象無象に、売るような行為をした後に、なおもロシ分自身に対して手形を振り出す必要などありはしよ、。 ヤの読者の同情を得るものと期待しているのか ? はたして リスに対しても、全然それと同一の見方をしなければならな きみはそれほどロシャの読者を軽視しているのか ? 。彼らは少なくとも、われわれが彼らを恐れたりするわけ またその文章の調子はなんであるか ? その戦々恐々たるがなく、かえってこちらこそ、彼らがわれわれになし得るよ 態度はなんであるか ? オーストリアに対するその卑加さは りもさらに多くの災害を、彼らに加え得るものであること 記なんであるか ? まるで「オーストリア様がご立腹あそばを、合点しなければならぬのだ。彼らはこのことを承知して のす ! 」といわんばかりでないか。ゴーゴリのコザ【ック首領は いなければならぬにもかかわらす、ロシャに関して誤った観 作部下のものに向かって、「他国の王のお慈悲のほうが、い 念をいだいており、『取引所報知』のような突拍子もない言

7. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

家の日山総目次 までジェントルマンたらざるを得ない 3 虚偽は真実のために必要である虚偽の自乗は真 実を生むというのははんとうであるか ? : ・・・・・・・ : ・ 第 3 章 わがロシャにおけるローマ僧権派 2 和解に対する旧ポーランドの夏の試み : 3 「取引所報知』のとっぴな所論威勢のよいとい うより毒意のある筆 十一月 第 ~ 章 "striutskie" なる言葉は何を意味するか ? : 2 動詞 "stushevatjsya' ・の歴史 第 2 章 下男根性か慇懃さか ? : 2 この世にあり得る最も下男的な場合 : ・ 3 前からいいたく思っていたスラヴ民族に関するぜ んぜん特殊な一つの言葉 第 3 章 講和の取り沙汰「コンスタンチノープルはわが 有たらざるべからず」というは可能であるか ? 一一一 0 六 三六 三四四 : 三一一六 ノ 十二月 第章 前述した一つの事実の終極的説明・ : 2 抜き書 3 歪曲とごまかしーーー・そんなことはわれわれにとっ て朝飯前だ 4 意地わるな心理学者産科医の精神病学者・ : 5 わたしの意見ではかなり多くのものを明らかにす る一つの場合 6 わたしははたして幼き者の敵であるか ? 「幸福 な」という言葉は時として何を意味するかについ 第 2 章 1 ネグラーソフの死その墓上で語られたことにつ 2 プーシキンレールモントフネクラーソフ : 3 詩人と公民人としてのネグラーソフに関する一 般の取り沙汰 4 ネグラーソフに有利な証人 : 各人各説 2 ふたたび最後の「予言」・ 3 すべからく時機を捉うべし : ・ ・元四 ・三四九 ・三五六 ・三天 ・三六四 三六六 ・三七一 一宅四 ・三七九

8. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

人の音楽者たちも故人の子息のところへ行って、どうか葬列なく、むしろ共通人なのである。この市というのは、西部 行進のあいだ奏楽する光栄を与えていただきたい、と頼んだ 地方の大きな県庁所在地の街で、そこにはユダヤ人がおびた ものでございます。すべての貧民があるいは十コペイカ、あだしく住んでいる。そのうえ、ドイツ人、ロシャ人はもちろ るいは五コペイカ持って来るし、金持ちのユダヤ人たちはたんのこと、ポーランド人、リトアニヤ人などがいるのだけれ くさんの寄進をして、大きな生花の花環を贈りました。そのど、それがみんな、こうしたあらゆる国籍の人が、この正直 両側には白黒のリポンをつけ、その上には金文字で、故人のな老人を、めいめい自国の人のように見なしたのである。当 おもなる業績を書き立ててありました。例えば病院の設立と人自身はプロテスタントで、 しいかえればドイツ人、完全な か、なんとかいうのでしたけれど、わたしはそこに何が書い ドイツ人である。彼が牝牛を買って、貧しいユダヤ人のとこ てあったのか、いちいち見分けがっきませんでした。それろへ届けたやり方など、純然たるドイツ式ウィットである。 にまた、彼の業績を残らず数えあげることができましようまず「なんでわしにお礼をするつもりだ ? 」という問いで相 手の度胆を抜いたものである。そこで、貧しいユダヤ人は、 彼の墓前では、新教の牧師と、ユダヤの僧侶が追悼演説を「恩人」にお礼をするために、かけがえのない山羊を売るこ して、二人とも涙を流しました。ところが、彼は古いすり切とこしこ・、、 冫オカもちろん、不平がましいことは少しもいわず、 れた制服を着、頭を、あのなっかしい頭を、古びたプラトー かえって山羊が四ループリにしか売れなかったのを、心の底 クで蔽って、呑気そうに横たわっていましたが、それはさな から苦に病んでいた。「なにしろ、自分たち貧乏人のために がら眠っているようでございました。それほど顔の色がすが働いている気の毒な老人にしたって、やつばり生きてゆかな すがしかったのです : : : 」 ければならないのだ。今までこの一家のために、あれだけ くしてくれたのに対して、四ループリなどでなんとしようが 2 唯一の場合 あるものか ? 」ところが、一方、老人は胸に一物あるので、 それは唯一の場合だ、と人はいうだろう。これは失礼、わた かげでほくそ笑んでいたわけである。「さあ、今におれはあの しはまたやり損いをしたらしい またしても唯一の例外の中貧しい男に、ドイツ式のウィットを見せてやるぞ ! 」と胸を に大きな問題の : : : まあ、早い話が、わたしが自分の『日記』おどらしていたものである。こうして、いよいよユダヤ人の の第 2 章の標題にした、「ユダヤ人問題」の解決の端緒を見ところへ牝牛を届けた時、彼はきっと一人で気持ちよく笑っ いだしているのだ。ついでながら、なぜわたしはこの老医師て、さらに勇気が満ちてくるのを感じたに相違ない。そして を「一般人」などと名づけたのだろう ? これは一般人ではおそらく、どこかの貧しいユダヤ人の産婦をみとりながら、 702

9. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

作家の日記 だらどうか ( これもきわめてあり得べきことだ ) ? もし僧そらく近東問題のみが話題とな 0 たのではあるまい。もし現 世界に、外交関係で最も有利な位置を占めている国があると 権派がフランスの新政府をして、ビスマルグ公に対して、法 すれば、それははかならぬオーストリアなのである ! 王選挙に関する彼の見解はフランスの意見と合致しない、と 声明させたらどうだろう ? ( これは、共和党が駆逐された暁 4 目下オーストリアの考えていることに こは、必ず実現することである。 ) そのうえに、もしフランス ついて の新政府が ( ヨーロッパに強力な同盟国を獲得できそうなの しかし、人あるいは、オーストリアには動揺があって、オ を見越して ) 一八七一年に奪取された二州のうち、一つなり ーストリアの半ばは政府のするところを望んでいない、とい と戦い取ることができると悟ったら、それによって新政府 ンガリ 、つであろ , つ。 ーには一小威運動がおこって、ハンガリ は、少なくとも向こう一一十年間、国内におけるおのれの政権 ー全体が反ロシャ・親トルコの猛烈な気勢を示している。そ と、勢力を固めることができる。その時はどうするか ? れのみか、イギリス・マジャール・ポーランドという組み合 や、この際どうして興奮せずにいられようそ ! わせの、ある陰謀さえ摘発された。一方、その領土内のスラ なかんずく、ここにもう一つちょっとした事情がある。 ィッ人は尊大で傲慢である、ドイツ人は不従順な態度が我慢ヴ分子は、現在のところ、政府支持の態度をと 0 てはいるも できない。今までフランスは、完全におとなしくドイツの後のの、オーストリア政府は彼らに疑わしい白眼を向けて る。むしろハンガリー人に対するより、ひどいくらいかもし 見下におかれ、その要求次第で、ほとんど一挙一動に対する れない。もしそうとすると、目下オーストリアはヨーロッパ 報告を提出し、軍隊に一師団か一砲兵中隊を増設するにも、 の国家として望み得る、最も有利な立場にあるといえるだろ 百方釈明してきたものであるが、今やこのフランスが突如、 といったわ 生意気にも頭を持ちあげようとしているのだー しかり、まさにそのとおりなのである。カトリックの陰謀 けで、おそらく僧権派は、むしろビスマルク公のほうがほと が疑いもなくオーストリアでも、着々進行しているのは事実 んどみずから進んで火蓋を切るだろうと、大胆に予想してよ である。僧権派は先見の明があるから、彼らがこの国の現在 いほどである。現に一八七五年にも、火蓋を切ろうとしたで はなしか。もしそれを敢行しなければ、永久にフランスを掌の意義を理解しないはずはない、彼らが機を逸するはずはな もうむろん、彼らはこの「最もキリスト教的な」カトリ 中から逸することになる。もっとも、一八七五年と今とでは ック国に、ありとあらゆる動揺のロ火をつけるためには、想 状況がちが , つ。が、もしオーストリアがドイツ側につけば 像もできないほどあらんかぎりの口実、体裁、形式をつくし ・ : 手つとり早くいえば、最近の独墺両首相の会見では、お

10. ドストエーフスキイ全集15 作家の日記(下)

を、心ひそかに悔んだに相違ない。子供の心は柔らかいもの通じてこの娘は、敬皮の念をいだかないでは、母を想い起こ である。 すことができなかったほどである。幼いジュンコーフスキイ この点について、わたしは次のようなちょっとした場合をたちが、死んだ姉に加えた侮辱は、疑いもなく厳重に罰しな 知っている。ある母親が、七人の子を残して死んだ。その中ければならないけれども、これは子供らしい、愚かな、空想 の一人、七つか八つの女の児が、母の死骸を見て、烈しく慟的な過失である。まったく子供らしさのゆえであって、心情 哭しはじめた。その泣きようがあまりひどかったので、ほとの堕落を示すものではない。宗教初歩を習いたくなさに、中 んどヒステリー同然の姿で、子供部屋へ担ぎ込んだが、みな学校でカトリッグ教徒であると名乗ったニコライ少年の悪戯 にいたっては、それこそほんとうに子供の悪戯である。これ どうして慰めたらいいのか、とほうにくれてしまった。と、 そこに居あわせた頭の悪い居候の女が、彼女を慰めようと思は友たちに向かって「どうだい、お前らは宗教初歩なんか って、急にこんなことをいいだした。「お泣きでない、何を習ってるが、おれなんかうまくみんなをだましてのがれた そんなに泣くの ? だって、お母さんはお前を、かわいがっぜ、 しいあんばいに、おれの苗字がポーランド人に似てるか ていなかったじゃないか。覚えておいでだろう、罰を食わらな」といった、学童にありがちなごまかしなのである。こ したことがあるのを ? お前、隅っこに立たされたじゃない れは徹頭徹尾、小学生の悪戯である。 愚かな良くない悪一 の、おばえておいでだろう ! 」ばか女はこれで事態をよく 戯ではあるが、厳に罰する必要こそあれ、少年を見かぎつ することができる、これで今に泣きやめて、おちつくだろうて、あいつはもうすっかり堕落して詐欺師になった、などと と思ったのだ。 しかし、ハ乂ジュンフ なるほど、一応は目的を達して、女の児思い込むような筋合いのものではない。 はびったりと泣きやめた。そればかりか、翌日も、葬式の時ーフスキイは思い込んでいるらしい , もー ) 〉て、つ信いしてい、な、刀・ にすらも、妙に冷たく取り片づけたような、むっとした顔つ ったら、法廷でああも愚痴つばく泣き言をならべはしなかっ きをしてしュ / 、こ。「だって、母ちゃんはあたいをかわいがってたろう。 くれなかったんだもの」といった気持ちである。自分が辱し わが国の裁判所では被告が無罪になった時 ( ことに、有罪 - められ、迫害され、愛されなかった子供だという考えが、彼であることが明燎なのに、裁判上の慈悲で、やっと放免にな 女の気に入ったのである。まったく、数え年八つの子供に ったような場合 ) 、識判長は被告に自山を宣告するに際して、 そういうことがあったのだ。けれど、子供らしい空想は長被告はこの無罪判決を、いかに受け取るべきであるか、この くは保たなかった。数日ののち、女の子はふたたび母を恋し事件ぜんたいから何をもって人生に出て行くべきか、向後か がって、はては病気にまでなってしまった。その後、一生をような不幸を避けるにはどうしたらよいか、といったような 羽 0