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検索対象: ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)
451件見つかりました。

1. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

とても気むずかしいのだ。いや、アーニヤ、退屈はなんでも しかし、退屈だ、やりきれないほど退屈だ。夜中の咳は幾 , なくはない。退屈している時には、仕事も苦しみだよ。それ どころか、懲役のほうがましなほどだ。いや、まったく懲役らか楽になったようだが、概してよく咳をする。痰切れはい いが、それかといって、咳が楽になるというわけではない。 のはうがよかった。お前は笑っているね、笑っていられるの ・はけっこ、つなことだ。 こうした悪夢のためと、それから夜中に起きるために、眠り が足りなくなる。一晩中に六時間か、時によると五時間しか ォルトはすっかりケッセルプルーネンに切り変えてしまっ た。ところでオルトのことだが、いつも先生のところへ行く眠らないことがある。だから、神経はいよいよ衰弱する一方 たびに、先生こちらのことをすっかり忘れてしまって、自分だ。夕方から夜へかけて、ひどいふさぎの虫がやってきて、 の処方したことも、まるで覚えていないような振りをするの何を見るのもいやになるくらいだ。お前は、それもやがて終 た。わたしがケッセルプルーネンのことを根掘り葉掘りたずわりになる、と書いているが、しかし明日でわたしの療養 . ねたら、彼の説明するところによると、化学的成分からいえが、ちょうど半分になるわけで、いままでと同じ長さの後半 【ば、グレンヘンとほとんど同じで、病気に対する効果も同様が残っているのだ。ところで、浴場で会う見たくもない面、 たが、作用のしかたが強い。なぜなら、水温が十度も上だ ことに女のおかめづら、ユダヤ人、ユダヤ女、群集、雑踏、 しかも、こんなことに し、クレンヘンより鉄分をよけいに含んでいるとのことだ。 ほんと、つにく挈、いまいましい ケッセルプルーネンは、その鉄分で内臓を鞏固にし、かっ、 七百ループリつかうなんて ! ただ一つの慰めは、鉱泉がき いてくれるだろうという希望だ。というのは、わたしは鉱泉 作用の度が強いわけだ。右の次第で、わたしは毎朝ケッセル ラルーネンを四杯飲み、食後にグレンヘンを一杯飲んでいるに対して、とても感応性が強いらしいからだ。体力は回復し いてくる様子で、食欲もある。しかし、胃の消化が思わしくな が、オルトは食後のぶんも、ケッセルプルーネンにしろと ・うだろうと思う。わたしはやっとクレンヘンの刺激的な作用 い。いたるところに果物の露店があって、素敵な桃や、葡萄 に馴れて、悪夢も見ないようになり、何よりも体のふるえとや、梨を売っており、しかもみんな安いのだけれども、それ 夜中の寝汗 ( 三度もシャツを変える始末だったからね ) もやがすべてわたしには禁じられている。ただ牛肉ばかり食って しろというわけだ。 んだのに、昨日ケッセルプルーネンに切り変えたが早いか ・夜、また悪夢にうなされ、またそろ汗だ。だから、もうこれ運んでくる食事は量こそたつぶりあるが、粗末なものだ。 とそ鉱泉の作用に相違ない。最近二日間の陰鬱な気分も、ケ魚は一週に一度だけ。お粗末千万なプディングが、毎回かな ッセルプルーネンのせいだろうと、わたしはまじめに考えてらずついている。肉料理が三品だが、そのうち少なくとも一

2. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

るのを、そのままに理解したのです。つまり、神の存在の科論をすることになるのではないでしようか ? ) それは、想像 学的・哲学的否定は、すでに放棄されて、今の事務的な社会することもできない危険な思想です。 主義者は、もうそんなものにかかずらっていません ( 前世紀 小生が当地へ来た当時、このヴィルマンストランド連隊 の全体と、今世紀の前半には、それに熱中したものですが ) 。 スターラ ) の将校ドウブローヴィンのことが、しきりにうわ そのかわり、神の創造、神の世界とその意義、それの否定さにのば 0 ていました ( 彼は絞首刑にな「たのです ) 。人の 一生懸命とり組んでいるのです。つまり現代の文明は、ただ話によると、彼は絞首台に上るまで、気ちがいの真似をして いたそうです。そのくせ、そんな真似をしなくても、すんた その点にのみ無意義を見ているのです。そういうわけで、 生はこのような抽象的なテーマを取り上げても、レアリズムのです。というのは、それでなくとも、彼は正真正銘の気ち に背かなかったであろうと考えて、いささか自負している次がいだ 0 たからです逮捕され、絞首に処也れた 第です。この漬神論の否定は ( もっとも、それは直接的なも眼前の実例によって判断しはじめると、今に始めぬことなが のでなく、つまり面と面と相対したものではありませんが ) 、ら、二つの事実によって驚愕を感ぜさせられます。これはわ 死にゆく長老の最後の言葉の中に現われてくるのです。多くが国において、いっかな変わろうとしない事実なのです。は の批評家は小生のことを、小説の中で見当ちがいのテーマをかでもありません、考察の対象として、一方ではドウブロー うんぬんといって非難しますヴィンの連隊、いま一方では彼自身を取り上げてみると、ま 取り上げる、現実的でない、 カ生はほかならぬこれらのテーマ以上に現実的なものるで二つの違った遊星から来たもののような、驚くべき相違 を発見します。しかも、ドウブローヴィンは、自分の連隊ぜ は、何ひとっ知らないくらいです : ・ 原稿を送るには送りましたが、『ロシャ報知』が何かの理んたいも、またすべての人も、とっぜん自分と同じような人 由で、急に掲載を中止しやしないか、などという考えが頭に間になって、みんなが自分と同じような考え方をするに相違 浮かんでくるのです。しかし、こんな話はもうたくさんでないという、強い信念の中に生き、かつ行動していたので す。人間というものは、自分の痛いところを話したがるものす。ところが、一方われわれは頭から、これは気ちがいだと しいます。にもかかわらず、これらの気ちがいは自分自身の です。ここでいろいろの新聞を読んでいますが、なんのこと か少しもわかりません。一口にいえば、なんにも書いていな論理、自分自身の教義、自分自身の法典、自分自身の神をさ いのです。つい昨日『ノーヴォエ・ヴレーミャ』紙で、教師え持っていて、それらがこのうえもなくしつかりと根をおろ はクラスの中で社会主義を否定すべしという、文部大臣の指しているのです。人々はそれになんらの注意も払いません。 令を読みました。 ( そんなことをすると、生徒とつまらぬ議下らないことだ、なんともかんともお話にならない、だから

3. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

カわたしはなんにもいわなかった。 わたしが行っても会えないで、二日ばかりたってからおいでな気がした。。、、 願いたいといってよこした。もう二日後とすると、明日の日昨日はヴァーリヤのところへ行って、晩には芝居見物に出 かけたが、何もかも胸くその悪いようなものばかりだった。 曜ということになる ( もちろん、それは口実ではなくて、ほ ここはもういよいよ、我慢ならないほど退加になって来た。 んとうに病気なのだ ) 。しかし、日曜日は社が全部閉鎖にな るから、金を出すなんてことは問題外だ。社員の一人が出ておまけにべた雪が降って、実にいやな天気つづきなのだ。か 来て、明日 ( つまり今日 ) シューリマン ( 会計係 ) が自身でてて加えて、またもや胃がしくしくし出した。またカプセル を服用しなければならないのだが、それがどうも都合がわる わたしをホテルへ訪ねて来て、金を渡すはずだといった。 で、わたしは時間を指定しておいたのだが、その約東の時間いのだ。 は過ぎたのに、だれもやって来ない。結局、もし今日金が受取り急いで一筆書いた。社のほうへはやつばり行ってみ る。さよなら、かわいいアーニヤ、ただお前と子供たちのこ け取れなかったら、明日は日曜だから、きっと受け取れない に決まっている。今どうしたものかと迷っている。もういちとばかり考えている。お前が好きでたまらない。かわいい天 ど社へ行ったものだろうか ? しかし、あまりしつこくする使たちに接吻してやっておくれ。お前はわたしのことを考え 、っそ金をもらわずに出発していてくれるかね。わたしは毎晩お前の夢を見ている。つよ のも、なんだかきまりが悪いし くお前を抱きしめる。 て、カトコフにはペテルプルグへ金を送ってくれるように、 完全にお前の・ドストエーフスキイ 手紙でいってやろうか ( もし明日じきじき彼に会うことがで しかしそれも カトコフの編集局の連中はだれもかれも、おそろしく横柄 きなければ ) という考えも頭を掠めるのだが、 にかまえて、だれにでもいけそんざいな態度をとるのだ。わ はたしていいことだろうか ? というのは、例えばだ、もし わたしが明日の日曜日に金をもらわずに出発するとして ( 今たしの見たところでは、シューリマンもえらそうぶって、自 日はとてもだめだ ) 、しかも社のほうでは、月曜日に金を出分の権力をひけらかしたがっているようだ。わたしはそんな ことがそろそろいやになって来た。が、もしカトコフの病気 すように手筈がしてあるとしたら、わたしはたった一日のと がほんとうにひどくなったら、ど、つしよ、つ ? もしかした ころを待ちきれなかった、とい、フことになる。まったくどう ら、それがわたしの将来全体に影響するかもしれない。 したらいいかわからない、実にいやな気持ちだ。 昨日ラッソーヒンから、二十五ループリ受け取った。とこ 交通技術専門学校の学生〈 ろが、「全額お支払いはできません」と来た。彼の答えぶり には、なにかあまり馴れ馴れしい、失礼なところがあるよう衾テルプルグ、一八七八年十一月木〉

4. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

ている云々、とやりだすのだ。で、わたしはとうとう、たとげでどんなに窮屈な思いをしなければならないだろう ! い市会から提供された部屋を受けるとしても、食事は決してれからは、ホテルが市会へ提出する計算書を、できるだけ軽 受けまいと腹をきめた。 くするために、わざと方々のレストランへ食事をしにい もりだ。ところが、わたしはもう二度までもコーヒーが気に ホテルへ帰った時、支配人がまたわたしの部屋へ入ってき て、万事ご満足でいらっしゃいますか、何かお入り用のもの入らなくて、もっと濃く煮なおせと突き返したものだ。ホテ はありませんか、お、つるさいことは」ざいませんか、ときく ルの食堂では、ただめしを食っているくせに、えらそうぶつ のだが、それが卑屈に近いほど丁寧な態度なのだ。わたしはているというだろう。それから、帳場で二ど切手をもらった さっそく、市会の勘定で泊まっているというのははんとうか が、あとで市会へ計算書がまわった時、ふん、いい気になり ね、ときいて見た。「ほんとうでございます」「では、食事やがって、切手までおかみ持ちにした、ということになるだろ は ? 」「お食事万端、すべて市会持ちでございます」「でう ! そういうわけで、わたしは窮屈になってしまった。何 も、わたしはそんなことはいやだ ! 」「そんなことをおっし かの費用は必ず自分持ちにする。それはできることらしい ゃいますと、あなた様は市会ばかりでなく、モスクワ市ぜん結局のところ、わたしはどんなに長く逗留しても、たいして たいを侮辱なさることになります。市会はこのようなお客様金をつかわずにすむのは間違いなしだ。 をお迎えしたのを、誇りにしております、云々」こうなった ( Z ・昨日ソロヴィョフ、カーシキン、プレスノフか ら、アーニヤ、わたしにどうしようがあろう ? 受けないわら、一切合切ひっくるめて、百七十ループリ受け取った。計 レにいかない。そんなことをしたら、モスクワ市ぜんたいの算書はわたしが帰ったら、お前自分で見られるわけだ。中央 歓待を受けようとしなかった、などといううわさがひろがっ 書店とモローゾフからは、まだもらっていない。 ) て、一つ話になり、スキャンダルさえひき起こすかもしれな 昨日の午後四時に、ドルゴルーキイの言葉 ( たしかな言 。そのあとで、晩ラヴロフやユ ー丿エフにきいてみたとこ葉 ) として、銅像の除幕式は六月四日にあるということが、 ろ、みんなわたしの神経過敏に驚いて、そんなことをしたみんなに知れ渡った。ペテルプルグでは、そうしてもらいた ら、モスグワぜんたいを侮辱することになる、それはいつま いという、たっての希望なのだそうだ。除幕式の正確な日取 でも記憶に残って、いろいろなうわさが飛ぶに相違ない、 とりに関する、ドルゴルーキイの最後的な電報は、明日でな きつばりい、つのだ。 ければこないけれども、当地ではだれもかれもが、除幕式は 右の次第で、一から十まで歓待を受けなければならぬとい 四日にあるものと、かたく信じ込んでいる。なおそのほか、 、つン」とカ 、はっきりとわかった。その代わり、わたしはおか このことについて、ペテルプルグから手紙が届いたのだ。方

5. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

こないだろう。きのう受け取った手紙には、十一日にまた書く百ループリ送っておくれ。たとい二十日にスターラヤ・ル くが、出るのは十二日だといっているが ( つまり、わたしの ッサから発送されても、二十四日にはわたしのところへ届 手に入るのは十六日になるわけだ ) 。ところが、それがどんく。もし二十四日に金が届かなかったら、モスグワのリュビ な手紙か、金を封入したものかどうか、それについてはなん ーモアに電報を打つ。おそらく百ループリくらい送ってくれ にもいっていない。予告しなかったところを見ると、きっとるだろう。よしんば例のぐずの癖で、多少おくれるにして 〕封入してないのだろう。とはいうものの、お前は自分で十五も、二、三日のうちには、なんといったって送ってくれるだ 日頃と約東している。わたしは心配でたまらない。どうも考ろう。かわいいアーニヤ、わたしのいうことを実行しておく えて見るところ、お前は忘れているので、もう手遅れになつれ。そうしないと、わたしはどんなに苦しむかわかりやしな た時分に思いだすのじゃないか。そういうわけで、お前に思 もしお前たちがニールへ出かけて、その準備の忙しさに いださせるために、特別便の手紙をだす次第だ。金が着くま紛れて、送金を忘れてしまい、この手紙がお前の帰るまで寝 で、ずっと不安な気持ちでいるだろう。それでなくとも、こんねするとしたらどうだろう ? こは、怏々として楽しまないのに、またこんなおまけがつい かわいいアーニヤ、怒らないでおくれ。わたしはもうほん た。わたしがいつも、ほとんど手紙のたびごとに、即刻、猶とうに不安でたまらないのだ。 一日も長くここに残っていた 子なしに送るようにと頼んでやったのに、どうしてぐずぐずくない。お前は最近よこした三通の手紙の中で、送金のこと は何ひとっ書いてないのだからね。 するのだね ( 抹 ) 。わたしはおもに余白に書いたのだが、 . 何よりも第一、お前が忘れてしまって、手遅れのころに思い お前と子供たちに接吻する。 たすのじゃないかと、それが心配だ。きのう手紙をだした お前の・ドストエーフスキイ ・が、これを書き添えるのを忘れたことを思いだして、心配の腹を立てないでおくれ、アーネチカ。 ため、ほとんど夜っぴて眠られなかった。 6 > ・・ブツイコーヴィチへ くり返していうが、わたしは是が非でも八月の二十九日に 山発するつもりだ。こんな穴の中には、一日もよけいに逗留エムス、一八七九年八月十四日 ( 二十六日 ) したくない。 こんなところに残っているより、 いっそ時計を尊敬してやまぬヴィクトル・フェオフィーロヴィチ、「グ 質に入れても、三等で出発する。ベルリンでも、外套を引き ラジダニン』落掌、ありがたくお礼を申します。しかし、実 取らない。 この手紙は十八日にお前の手もとへ届くだろう。 に驚き入りました。貴兄は、ロシャの検閲があの雑誌を、ロ わ願いだから、この手紙落掌次第、明日ともいわず、さっそシャへ入れてくれると思っていられるのですか ? もし入れ おうおう

6. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

が、ヨーロッパの社会主義者はみんな、共同育児所を宣伝し かったのです。 われわれ ( 小生と妻 ) は、あなたがカフカズ旅行へいらっているのです ! 小生は立派な心を持っていながら、子供の しやると聞いて、心からお悦びしました。第一、療養が間違ない夫婦を幾組か知っていますが、どうでしよう、立派な頭 脳と心を持っていながら、どうもなにか足りないところがあ いなく効果を奏します。小生はそれを信じて疑いません。た ります ( まったくほんとうです ) 。人生最高の目的や問題に ' だあなたが悪い医者にぶつかりなさらないようにと念じてい 彼らはついて、妙に跛行的なのです。お手紙のなかには、人間の残 、ます。 ( おお、有名な医師に気をつけてください ! 忍性と、そして、あなたが心から愛して、そのために自分の 、みんなうぬばれと慢心のために気が狂っていますから、殺さ れてしまいます。いつでも必ず中くらいの医者、ことにつつ一生と、その活動を犠牲にした人が、破廉恥な振舞いをする というのは、誓って申という、数行のお一一口葉があります ( あなたにはこの話をして ・ましやかなドイツ人をお選びなさい。 ドイツ人は医者としてロシャ人より優れていまもかまいません ) 。しかし、どうかあきれないでください しますが もう決してだれからも、何ひとっ期 す。これはスラヴ主義者の小生が保証するのです ! ) 第二に落胆しないでください。 は、長い旅行、ことにカフカズのような異色のある地方へ行待する必要はありません。どうか小生のことを高ぶった先生 小生自 くのは、悩ましいほど単調な ( もっとも、ちょっと見には特らしい口調でものをいうと、非難しないでください 色があるようですが ) わがサングト・ペテルプルグのごたご身、他人から辱しめられましたし ( 中には、無邪気な心持ち たした、俗悪な生活を忘れさせるほど、完全にあなたの気持で侮辱したものもありますが ) 、また小生のはうが自分の性 ちを紛らせるでしよう。ゆっくり骨休めをしてください。た格のために、他人を侮辱したこともあります ( もっとも、ほ だ、最近の出来事を忘れるだけの気力を持っことが必要でんとうのことをいうと、小生は当人の懇願によって、正直な す。そして、自然と新しい土地土地の印象に心ゆくまで浸ることをいっただけですが ) 。にもかかわらず、彼らはその正 ことです。 直な言葉のために、ひどい敵討をしました。ところで、どう それから、八月には、田舎にいらっしやるかわいいお子さでしよう、小生はきっとあなた以上にいまいましがり、憤慨 ん方のところへ、行ってお上げなさい。あなたにお子さん方したに相違ありません。とはいえ、あなたほど、あれこれの がおありなのは、なんといういし 、ことでしよう。彼らは最高人から侮辱された人は、めったにあり得ないでしよう。とい 簡の意味であなたの存在を、どれだけ人間らしくするか知れまうのは、小生自身その目撃者であり、またあなたのお名前が せん。子供は苦しみですが、それは必要かくべからざる苦しあれこれの人から非難されるのを、幾度も耳にしたからで ししことがあります。吊こ ・書みで、これがなかったら人生の目的がありません。ところす。しかし、そういう場合いつも、

7. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

たしはあの家族を見ているのが、実にいい気持ちだった。おでに仕事に着手していたのです。小生はだいたいその月の二 前の娘が二、三日まえに家へ来たよ。わたし自身は熱病をわ十五日までに仕事を終わることにしていますが、印刷屋との ずらって、これでもう五日も家にこもったまま、キニーネを交渉、つづいて発送その他の雑務が残るわけです。そのうえ、 飲んでいるが、しかし、万事うまくいっている。アンナがく 今月は風邪で臥てしまって、今でもまだはっきりしないので れぐれもよろしくといっている。では す。あなたのお手紙は小生に非常な満足を与えました。こと 完全にお前の・ドストエーフスキイ に添付された日記の一章は素晴らしいものでした。しかし、 ト生は、あなたが、「よきもののみを見る」素質を備えた人 9 ・・アレグサンドロフへ の一人である、という結論を引き出しました。もっとも、チ ^ ペテルプルグ、一八七六年三月〉二十九日 エルトコーヴァ女史の育児院については、小生は何ひとっ知 尊敬するミハイル・アレグサンドロヴィチ、また原稿を半りません ( しかし、機会のあり次第、知ろうと思っていま ペラ二枚 ( 三〇、三一 ) を送ります。昨日、二十八日の午前す ) 。小生の信ずるところでは、すべてあなたの書いておら 八時にお届けした原稿は、晩の七時にまだ文選ができていまれるとおりでしようけれど、それと並んで、何か望ましくな せんでした。ミハイル・アレクサンドロヴィチ、どうか手配いものもあるに相違ありません。それをあなたは見ようとな してください。グラジダニン』のために、、 生を犠牲にしさらなかったのです。それは一つの性格を表明しているので ないでください あって、小生はほかならぬこの特質のために、あなたを尊敬 明日、六時にまた原稿を届けます。三十日の午前八時におするものです。のみならず、あなたご自身あたらしい人の一 届けするのが最後です。お願いです。溺れるものの足を引っ人で ( この言葉のよき意味において ) 、行動派であり、行動 ばるようなことをしないでください を欲しておられます。小生はたとい書面の上だけでも、あな 貴兄の・ドストエーフスキイ たと近づきになったのを快とします。この夏は医師がどこへ 小生をさし向けるか知りませんが、もう二年も行っているエ 9 ・・アルチェーフスカヤへ ムスだろ、つと思います。しかし、コーカサスのエセントウ べテルプルグ、一八七六年四月九日 キかもわかりません。もしそうだったら、少しはまわり路に 尊敬してやまぬフリスチーナ・ダニーロヴナ ! なるかもしれませんが、帰途ハリコフへ寄ります。小生はわ 折り返しお手紙に返事をださなかったことを、深くお詫びが国の南部へついぞ行ったことがないので、もう前から行っ します。三月九日付のお手紙をちょうだいした時、小生はすて見たいと思っていました。その時は、もし神様のお引合わ

8. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

ベルリンでブツイコーヴィチに会いました。あの男は、ど前たちの身の上に起こっているか、知れたものではない、そ うかしらと思っているうちに、だれか助け舟が現われるのでう思うとやりきれない。だから、手紙がきたのをうれしく思 す。ベルリンで、三日後には待望の『グラジダニン』が出る いながらも、やつばり、不安な想像をかかえたままでいるわ と、神かけて誓ったものですが、今まで出ません。小生はまけだ。かわいいアーニヤ、お前は退加などなんでもないと書 るで出ないのだろうと思います。彼については、一つ特異な いているが、いやはや、それはとんでもない間違いだよ。こ 点に気がっきました。あれはなまけもので、働くことができの懲役みたいな苦しみは、もう我慢できないくらいだ。以前 ないのです。ご承知かもしれませんが、小生はつい最近までエムスへ来た時には、いつもだれかかれか知り合いのロシャ 〕彼のめんどうを見ていましたが、今はもう愛想をつかしまし人がいたものだが、今年はだれもいない。どれもこれも下劣 た。あの男はなんでも人にかぶせてしまうのです。 なユダヤ人やイギリス人のつらばかり、そしていつもいつも しかし、つい長い手紙を書いてしまいましたが、みんな自沈黙と孤独だ。音楽までが俗悪きわまるものだ。指揮者はた 分のことばかりです。どうかおゆるしを願います。貴下の囚だ自分のワルッと、そして何かしら没趣味このうえないがら くたを演っている。図書室へ入っても、ロシャの新聞といっ 人たち ( サハリン、それから、貴下が囚人たちについて書か れたこと ) は、小生の魂を震撼しました。二十五年の歳月をたら、ひどく遅れてくる「モスグワ報知』と、あの胸くその 距てているとはいえ、これは小生にとって、あまりにも身近悪い「ゴーロス』だけ、あんなものを読むと細癪が起こるば い事柄です。しかし、このことは、じきじきお話しましょ う。では、楽しい待望の再会の時まで譲ります。永久に信服 たった一つの気晴らしは子供を眺めたり、話しかけたりす せる貴下の ることだ。ここには子供がたくさんいる。が、それでも、 ・ドストエーフスキイ ゃなことがある。今日も学校へ行く大勢の子供の中に、一 人、五つばかりの子供を見たが、歩きながら両手で顔を隠し 5 妻アンナへ て、泣いているではないか。どうしたのかときいてみたら、 エムス、一八七九年八月十日 ( 二十二日 ) 、金曜日 通 りがかりのドイツ人が教えてくれた。この子はもうまるひ 八月五日付の手紙を受け取った。心からありがとう。しか と月も、目に炎症を起こしているのだが、父親の靴屋は、薬 簡し、わたしはここが退屈でたまらないので、手紙ももはや気代にプフェニヒ玉いくつかっかうのが惜しくて、医者へやろ を浮き立たせてくれないほどだ。そのうえ、この手紙は五日 うとしないとのことだ。これがわたしの気分をめちやめちゃ も前に書かれたもので、今この瞬間には、どんなことが、おにしてしまった。概して、わたしは神経が立っているので、

9. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

ぎよ 0 とさせた。それに、あの四行は勢いのいい走り書き読可能 ) わたしはいまだにやはり希望をつないでいるけれど、 で、字もおどっていて、まるでお前の手が興奮のあまりふるしかし、とても苦しい。お前の手紙には、わたしを愛してい えているみたいだ。してみると、お前がその男に会ったのは、 るので淋しいと書いてあるけれど、それはお前がその男に会 土曜日のひるの直前だったんだね。しかも、「詳細は後で」 う前、つまり post-scriptum の前に書いたのだ ! アーネ などと付け加えている。これはつまり、日曜日まで待たなけチカ ! せめて : : : わたしのことを思い出しておくれ、あま ればならないわけだね ! ところが、アニカ、わたしはただ り侮辱しないでおくれ、でないとわたしは大事な友だちを失 もう心配た。かわいいかけがえのないアーニヤ、こういう場うことになる。何よりいけないのは、お前が全部を残らずわ 合、自分の恐怖を隠さない夫は、自分で自分を妻の目から見たしに話さないだろう、ということだ。くり返していうが、 て滑檮な立場に置くということは、ちゃんと承知しているけすべてはお前の意志一つだ。 れど、しかし、わたしはばか正直だから隠さない。わたしは ア = 力、わたしの偶像、かわいい正直なわたしの ( ←世 い配だ、ほんとうに心配だ。もしお前がわたしの大好きなあ ・ : わたしを忘れないでおくれ。お前はわたしの偶像だ、わ のかわいらしい笑いを浮かべながら、「お嫉きなさい」と書たしの神様だ、それはまったくほんとうなのだ。お前の体と き添えたのなら、お前は目的を達したのだ。そうだ、わたし 心のあらゆる隅々を夢中になるはど愛している。お前のぜん は嫉妬しているよ、アーニヤ ! わたしの性格はフェージャ たいをどこもかしこも接吻する。だって、それは、わたし と同じようで、最初の感じをお前に隠すことができないののものなんだからね、わたしのものだ ! さようなら、 だ。わたしはお前に、「楽しく暮らして、だれでも好きな人としかし、いっ会えるのだろう ! 詳しいことを残らず書いて こ、それはもう、ぎりぎりとおくれ ( も 0 とも、お前はやはり隠すだろうね ) 。お前はそ 遊びなさい」とい「たが判読不可 いうところまでお前を愛しているからこそ、それで許可を与の時、どんな着物をきていたの ? わたしはお前のまえにひ えたのだ。お前の豊かな、愛すべき、豪奢な性格 ( 心情と頭 ) 、ざまずいて、お前の足を一つずつ数限りなく接吻する。わた ほかの女性に見られない多面性が、わたしのそばで凋れてい しはたえずそれを想像して、慰んでいるのだよ。アニカ、わ き、仕事に追われ、憂鬱に沈み、倦怠に悩んでいるので、わたしの神様、どうか恥をかかさないでおくれ。 たしはお前の多面性と、良心と、ことに知性を信用して、許子供たちを抱きしめて接吻する。アーニヤ、あの子らにわ たしのことを話しておくれ ! もう一度お前に接吻する。そ : かわいい、美しいわたれに、わたしは毎分、毎刻お前に接吻しているのだ。いや、お 楽しい、魅力にみちた ( に行 ) ・ 前の手紙さえ、この二度目の手紙ですら、五十遍も接吻した しのアー = ヤ、わたしがこんなことを書くのは ( 下段落まで十 0

10. ドストエーフスキイ全集18 書簡(下)

までは郵便局長のやっ nichts da ( なにもない ) というだろう。帰ることができないのだ。 金はやつばり出ていく。ここの生活は、さして安くないの ブツイコーヴィチがわたしに「グラジダニン』を送ってく れるようになった。・ハズーノフとは、『ロシャ報知』の第五だ。なんだとかかんだとかいって、しじゅう出銭がある。賄 ( ホテルの出前 ) が悪くなってきたので、わたしはしばら 号をここへ送ってくれるように打合わせをしておいたが、ふ く断わることにした、どこかもっとましなのをさがすつもり と当地で「モスグワ報知』の広告で『アンナ・カレーニナ』 だ。なにしろ、ひどいやくざなものを持ってくるようになっ 、、載っていないことを知った。こ、ついうわけで、ここには卷 カそれにしても、どうだろう、 たのでね。とにもかくにも、二十二日か二十三日には、是が 怠が待ち受けているのだ。 : 、 わたしなどは少なくとも、ネグラーソフの雑誌で今度の長編非でももう本式に書きはじめなければならぬ。それまでにプ ー ) の第二編を完結させてから休載したのに、『ロシャ報ランをまとめることだ。でないと、「祖国雑誌』のために何 知』では第三編の中途でいきなりぶつりだ ! 読者に対してひとっ持って帰ることができなくなる。なっかしいわたしの 無遠慮なやり口じゃないか。大切なアーニヤ、今度はペテルアーニヤ、わたしの優しい天使としてお前を接吻する。お前 なしには生きていけないのがわかった。子供がいなくても全 プルグで迎える秋はどうやらすこぶる苦しいものらしいよ。 第一にお前の体、そこへもってきてわたしの仕事、金、そし然だめだ。 ここには、少なくともわたしにとっては、なんのできごと て来年の予定ーーーっまりわたしは何をしたものか、なんで生 計を立てたものか、『作家の日記』を刊行したものか、それも起こらない。すべてががらんとして、死んだようだ。療養 ともうまくいかないだろうか ? こうしたいっさいのことの家のあたりや、公園の中は人がいつばいで、やり切れない を、わたしはひっきりなしに考えとおして、おかげですっか ほど押し合いへし合いしている ( わたしはもう、一度クレンへ り頭を痛めてしまった。子供たちのことは夜ゅめに見るくらンを外套にひっかけられたことがある ) 。どのつらもどのつ いだ。あれたちのために働かなくちゃならない、無一物であらも我慢できない。 ロシャ語の話も耳に入るけれど、みんな ードフとかヴァラグシ れたちを置いて行くことはできない。 : 、 力さてなんとしたもえたいの知れないやつらで、ミャソ工 のか、これが間題だ。あらゆる点においてお前の助力を期待ンとか、そういったような連中ばかりだ。昨日の夕方、町の ここには〈フと オし一町だが、淋し、 する。それに万事は神様のおこころまかせだからね。しか外へぶらっきに行っこ。、、 し、これはまだまださきの話だ。ただ早くお前に会いたいもても花が多い。さようなら、わたしの天使、お前がうんざり のだ。だが、心では再会をあせってはいるものの、現実の事するほど抱擁し接吻する。お前の手や足を接吻する。後生だ から子供たちを見ておくれ、よく見ておくれ。わたしの天使、 牆はそれを許さない、たとえいくらかでも小説を書かずには 02